巫女とハーフと魔法使い

 湿度の高い原生林によって包まれる場所。それが魔法の森である。
 幻覚を見せる成分の多いキノコが右往左往に生え渡り、妖怪の山と同じく日光のあまり届かぬもの寂しい場所を歩いていく。
 キノコの放つ瘴気は息をするのも面倒であるが、それさえ耐え切ることが出来れば絶好の隠れ蓑にもなる。
 と、幻想郷在住の者なら誰でも知っているであろう注意事項を思案しつつ、私は隣を歩く文へ話しかけた。
「ねぇ、目的地って遠いの? あんまり長いしたくないんだけど。湿気も多いし蒸れる」
「そこは我慢と忍耐の見せ所です。例のゴーレムもどきの犯人が居座ってる可能性が高いのですし」
「わかってるんだけどね。ったく、なんで私らが来なきゃいけないんだか」
「相手が本当にゴーレムもどきを作った犯人なら、ハーフさんも小傘さんも失礼ではありますが足手まといになります。だからこそ、私達の出番というわけですよ」

 そこは納得しているんだけど、やはり魔法の森に長時間いるのは疲れる。
 瘴気は我慢すればいいけど、湿気が本当に嫌だ。髪がぱさつくし、感触が気持ち悪い。

「やけに敏感ですねぇ」
「全体的にね、水ッ気のするものが苦手なの。お風呂も長時間は無理ね」
「おや、聞き捨てなりませんね。風呂は長く入り、体を綺麗にするためのものですよ?」
「なんていうか、すっごく脱力するの。気持ちよすぎて眠っちゃうのかな」
「なるほどなるほど。好きすぎて嫌いというやつですね」
「だから嫌いじゃないってば」

 文花帖にさらさらと走り書きする文をたしなめながら、日光の届かぬ場所を進んでいく。
 妖怪も目立つ行動はせず、襲って来ないのは嬉しいけど、うんざりする気持ちは増すばかりである。

「向かってる先って、人間が住んでるのよね? 感心しちゃうわ」
「ハーフさん曰く、魔法使いが好んで住む森ですからね、ここは。その辺に生えてるキノコも、魔力を多く含有しているそうですし、修行にも最適だとか」
「ハーフ君の話って過程が違ってるからよくわからないのよね」
「けど正しいから、これまた面倒である、と」

 正解、とげんなりしながら言う。最も、面倒なのはそれだけではない。

「何より、本当にあれの製作者だったら戦わなきゃいけないでしょ?」
「悲観しないでくださいよ。あれが最後の一体だって可能性もあります」
「楽観的すぎるって。捕まったから出さなくなっただけかもしれないし」
「そうは言われましても、やることに変わりはありませんよ?」
「愚痴よ、愚痴。少しは付き合っても文句ないはずよ」
「あややや。巫女さんも苦労人ですね」
「誰かさん達のおかげでね」

 ただでさえハーフ君の相手だけで面倒だったのに、最近神社に入り浸る妖怪のおかげで休む暇もない。
 まあ、ハーフ君の意識が小傘や文に向くことも多くなったから、楽になった面もあるけど、総合すると苦労が増えた気がしてならない。

「いったい誰でしょうねぇ」
「ええ、本当誰でしょうね」

 はぁ、とため息をつきながらも、私は文と軽口を叩きあいながら魔法の森のさらに奥地へと進んでいった。





「見ろ小傘、まさにここは宝の山だ」
「おおー、わちきの同類さんかしら」

 魔法の森へ向かった巫女と文を見送った後、僕と小傘は無縁塚へ赴いていた。
 無縁の仏を弔い、火葬する墓参りである。
 たまに近辺に道具が落ちているので、死者が安らかに眠れるよう僕が墓地を綺麗にしているのだ。
 捨てるしかない道具は、可哀想なので僕が拾って有効に成仏させてやる。完璧な善意から来る奉仕活動なのである。

「いずれそうなるかもしれないが……そうなる前に、僕がなんとかする」
「うん、そうして。道具としてはそっちのほうが嬉しい」

 僕は何も言わず、帽子越しに小傘の頭に手を置いてくしゃくしゃに撫でる。
 少し乱暴な手つきかもしれないが、小傘は「やめてー」と言いながらもその顔は嬉しそうだ。
 巫女達の報告をただ待つだけでは退屈なので、僕は道具を保護しにここへやってきた。
 同じく暇そうにしていた小傘も引き連れて訪れたのだが、今日は少し目を惹くものがあった。

「これは……グリモワール。用途は基本魔術の発生……ふむ、つまりは汎用性の高い魔術書といったところか?」
「珍しいの?」
「ちょっと待っててくれ」

 僕は拾い上げた魔術書をぺらぺらめくって中身を確かめた。
 悪魔を呼び出すといった呪術本ではないので、安心して開くことが出来る。
 一見では解読できない文字が羅列されており、横から覗こうとする小傘に合わせて僕は少し腰を屈めた。
 小傘はお礼を言いながら目を魔術書に向けるが、頭に疑問符を浮かべた怪訝な目である。
 最近文から横流ししてもらった「比較物理学の誕生」もそうだが、魔術書は識者でも中々解読が難しいのだ。
 最も、だからこそ考察しがいもあるし解読しがいもあるのだが。

「全くわかんない……あ、ちょっと汚れあるわ。払うわね」

 小傘が手を伸ばし本の上にあったかすかな汚れを拭おうとすると――突然、魔術書に記載された文字が光を帯びた。
 驚きに目を剥く僕。小傘は突然のことで動きを静止していた。
 発生したのは、先日のゴーレムもどきが用いたような爆弾にも似た炎だった。
 近くにあった草木の一部を燃やし、残骸に変えた炎は余韻を残しながらうっすらと消えていった。

「………………これ、は」
「え、え、え? わ、私のせい?」
「落ち着け」

 身を縮ませる小傘をなだめ、僕は今の現象について考える。
 小傘が鎮静したころを見計らい、僕は小傘が取った行動を思い返し、半信半疑ながらもう一度再現してみた。
 つまり、文字の上をなぞったのだ。
 同じく、炎によって草木が弾ける音が木霊し、先ほどと同じ現象が起こる。……これは、確定だ。

「なるほど、文字をなぞることで魔法を発生させるのか……とんでもない掘り出し物だな」

 全ての魔法使いの存在を驚かせる代物だ、これは。
 何せ修行の必要も全くなく、文字をなぞるだけで魔法が出せるのだ。
 人によっては冒涜と映るかもしれないこの所業、だが僕にとっては慄くべき代物である。
 是非――これは調べてみたい、と技術者の血が騒いだ。
 僕は一先ずこれ以上の行使はやめて、無縁仏の火葬を続けることにする。まずはやるべきことを終えてから、である。
 ああ、その前に。

「小傘、君は全く悪くないぞ。むしろ、新発見の手助けをしてくれたんだ」
「へ? そ、そうなの?」
「そうだよ。そうだ、今日は帰ったら唐傘の調整をしよう。良い布もある」
「何だかよくわからないけど……ハーフさんがそう言うなら、素直に受け入れておくわね」

 笑顔を浮かべる小傘に同じく笑みを返し、僕らは作業を続けていった。
 火葬を終え、改めて道具の回収をしていると、二つ目のグリモワールを見つけた。今度の用途は、術者を守るものである。
 障壁を発生させる魔法か、とつぶやきつつそれも回収しておく。
 僕としては一つ目のほうが優先度が高いのである。
 あらかた作業を終えた僕らは、そのまま工房へ向かうことにする。色々調べたいし、唐傘も調整しないと。

「登場にインパクトを持たせるのも一つの手だな」
「た、例えば?」
「あえて猫の真似をしながら登場するとか」
「えーっと……にゃーん!……驚いた?」
「少し手を加えてみてもいいかもな。……にゃにゃーん」
「おお、低音で言うのね」
「小傘にハスキーボイスは難しいかもしれないな。ふむ、別の手を考えてみるか」

 途中、いつものように小傘への雑学薀蓄含蓄含んだ総合講座を繰り広げる中、上空に影が生まれた。
 雲でもかかったか、と思い顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできたのブーツの足裏だった。……は?
 ごっすん。

「ハーフさん?!」

 ブーツの踵が思い切り顔にめり込み、たまらず僕は重力に従って倒れた。
 そこへ、危なげに姿勢を崩しながらも地面へ着地した人影があった。

「……ごめんなさい。勢い余って踏んづけちゃった…………」

 痛みに顔をしかめながら立ち上がり、声の主へ振り返ってみる。
 そこには、申し訳なさそうな顔をする金髪の少女がいた。
 その黄金に染まる髪には青いリボンが施され、全体的に色素は薄く、人形のような顔立ちだ。 
 フリルのついた白いシャツには髪を結んだものと同色のリボンが通され、スカート部分もこれまた同じ青色である。
 青と白の装飾に身を包んだ彼女に僕が最初に抱いた印象は「人形」であった。
 大丈夫? と目で訴える小傘に頷き、僕は見知らぬ少女に話しかける。
 
「前方不注意か何だか知らないが、気をつけることだ。それで、何か用かい?」
「本当にごめんなさい。……貴方、魔道書を持っていない?」
「…………何のことだ?」

 一瞬、心臓の鼓動が大きく跳ねる。
 魔道書は、ある。先ほど拾ったばかりだしな。
 平静を装いつつ、僕は少女に訪ねてみた。

「さっき踏んづけちゃったから強く言わないけど、あまり嘘はつかないで欲しいわね」

 断定するような口調。
 ひょっとすると、あのグリモワールはこの少女の持ち物だったのかもしれない。
 しかし、これはあそこに落ちていたものなのだ。そして拾ったのは僕である。ならこれは僕のものであ――

「あら、あの本貴方のなの? ハーフさん、だったら返してあげないと」

 オーウ。
 思わず外来語を言いかけてしまいそうだった。小傘、交渉というのは正直に話せばいいものではないんだよ?
 仮に返すのだとしても、これ以上の収穫を手に入れたかったのに……
 じー、っと見つめてくる少女。
 僕は視線に耐え切れず、やむなくグリモワールの一つを取り出した。

「これでいいかい? 確か、術者の身を守る魔導書だったが」
「そうよ。それは元々私の持ち物なんだけど、最近強盗にあってしまったね。いくつか持ち出された中に、それが含まれていたの」
「貴方強盗に押し入られちゃったの? 大丈夫?」
「お構いなく。これでも魔法使いですから。……といっても、種族としての魔法使いじゃないんだけどね」

 ほう、と僕はつぶやく。
 もう一つの汎用魔導書はどうやら違うようだし、このままこの話題で押し切ってしまおう。
 小傘に小さく僕に任せてくれと合図を送る。彼女は疑問符を浮かべながらも、頷いてくれた。素直な子だ。

「もし違っていたら謝罪するが、全身鉄を模した人形を盗まれたりしなかったか?」
「……その質問に答える前に、その本返してもらえない?」
「答えたら渡そう」
「ごめん、信用できないわ」

 ならどうする、と言い掛けた寸前、僕の手に痺れが走った。
 グリモワールを落としてしまうが、小傘が慌ててそれを拾おうとして――彼女は突然のけぞった。
 なぜなら、グリモワールは宙に浮いていたからだ。いや、違う。グリモワールの下に何かが見える。
 僕がそれを確認するより早く、グリモワールは少女の手元へと引き寄せられていった。
 呆然とする僕にさらなる驚きが訪れる。
 少女が手を振り上げたかと思えば、僕は何かに縛られたように体を丸めてしまったのだ。
 小傘の悲鳴が背後で聞こえた。おそらく、小傘も同じような状態に陥ってしまったのだろう。

「こ、これは……なんだ、糸?」
「ご明察ね。最も、物理的なものじゃないけど」

 手元のグリモワールに引き寄せた少女は、中身を確認して一つ頷き再び手を動かす。今度は、拳を握ったのだ。
 すると拘束が強まり、僕は立つことがかなわず転倒してしまう。
 なんとか首だけを上に向けば、人形のように無機質な瞳で僕を射抜く少女の顔が見えた。

「さて、質問には答えてあげるわ。ただし、私から先にさせてもらうけどね」

 唇の端を吊り上げた少女の宣言に僕はどうすることも出来ず、受け入れることしか出来なかった。








「なるほどね。妖怪の山でも暴れてたんだ、あれ」

 ある程度の尋問(と言っても、あのゴーレムもどきが今どこにありどうなっているか。そして人形の能力だけだった)を終えた少女――アリスと名乗る魔法使いは、僕の拾ったグリモワールを広げ、視線を落としては内容を租借していた。 吟味するのは結構だが、この戒めをいい加減解いてもらえないだろうかと切に願う。

「それに、姿を消したり、口から熱線を吐く機能…………」

 話ながらも、僕は手足を動かして拘束を解こうとしているが、物理的なものでないため把握が難しかった。
 どんな風にどんな魔力を込めて糸を作っているのかを理解しなければ、解除もままならないのだ。

「かなり堅かったでしょ、あれ。よく倒せたものね」
「博麗の巫女と天狗のタッグだからね。そうそう遅れは取らないよ。最も、天狗がいても苦労はしていたが」
「天狗が苦戦…………」
「んぐ……ハーフ、さん……」

 傘ごと縛られている様子の小傘が、芋虫のような動きで僕の横へ這い寄ってくる。
 無理するな、と告げるも小傘は動きを止める様子がない。

「私もちょっと乱暴な質問だと自覚はしてるけど、第一印象がアレだから。暴力なんてナンセンスな真似するつもりはないし、そこの女の人は素直に教えてくれたから質問が済んだら解くわよ。それまで大人しくしてなさい。あ、貴方は別ね」

 人間(僕は妖怪とのハーフだが)、正直が美徳なのだろう。
 グリモワールを手に入れようと欲張ったのがいけなかったのかもしれない。
 が、年齢が僅か十前後の少女に冷然と見下ろされ、場を支配されていると思うと無性にやるせないのは男のプライドか。
 僕も芋虫状態であろうとなんとか体を身じろぐが、先ほど手に入れたもう一つの魔道書が無残にもアリスの目の前で落ちてしまった。
 自爆であった。

「あら、もう一つ持ってたの?」
「これは正真正銘僕のだよ」
「ふぅん……後学のために見せてもらうわよ」

 聞いちゃいない。
 か細い手が魔道書に触れるより早く、小傘の頭がそれを遮った。

「そういうことね、ハーフさん。任せて! ふーんがー!」

 懸命に頭を振った勢いでページがめくれる。驚いて手を引くアリスをよそに、小傘の頬がページに覆いかぶり、そのまま頬で文字をなぞった。
 果たして、魔道書の力は解き放たれる。
 今回のページによって現出したのが炎でなく雷だった。
 雷というには迫力と圧力が天然には劣るものの、アリスに咄嗟の防御行動を取らせることに成功する。
 それは、並列展開していた魔法の解除を意味していた。
 小傘の台詞では、僕が仕掛けたと思っているようだが全くの偶然である。だが利用させてもらうとしよう。

「小傘、すぐ巫女達のところへ行くんだ!」
「わかった!」

 拘束が解かれると同時に、僕は唐傘と小傘の腰を抱えて強引に立ち上がらせる。
 ばさり、と音がする。そこには先ほどまで浮いていたグリモワールが落ちた音だった。
 ワンテンポ遅れて魔道書を回収しようとした僕の手は、アリスのブーツによって遮られる。
 体が小さくとも魔力で身体能力を強化しているのか、僕の腕は蹴りの衝撃に弾かれ体はそれに引きずられるように吹き飛んでいく。

「こんのぅ……!」

 間隙を縫うように放たれる小傘の弾幕。相手が子供ということもあって、本気の攻撃ではないもののタイミングとしては申し分ない。
 昏倒を目的とした光弾は、使用者の意思を実行し叶えたことだろう。
 アリスの傍らに浮くグリモワールがなければ、の話であったが。
 
「アップセット」

 言下、グリモワールより結界が生じた。小傘の弾幕はアリスの目の前で散り消え、或いは軌道が逸れて別の対象へ着弾する。
 声を上げて驚く小傘に、体勢を立て直した僕は短く叫んだ。

「巫女達を呼んできてくれ!」
「わ、わかった! ならハーフさんも」
「させない――上海!」

 僕の下へ寄ろうとする小傘へ、人形が一つ殺到する。
 アリスと似たような容姿を持った人形だが、その手には愛らしい外見とは裏腹な凶器の刃を携えていた。
 人形は獲物を振り上げ小傘に叩きつけようとするが、それよりも僕のほうが早かった。
 腰のポーチから適当な小物を取り出し、文字通り飛び道具として投擲する。
 小傘に振り下ろされていた凶器は道具によって弾かれ、人形の難を逃れた彼女は目を丸くしながらも唐傘で人形に追い討ちをかけようとするが、これはグリモワールの結界に阻まれる。
 やむなく小傘は空へと逃れた。空から僕を見下ろし、逡巡する彼女に力強く頷き、森を指差す。
 ためらいは長かったが、僕が小傘からアリスへ視線を変えそれ以上何も言わなかった。
 そんな僕に何のリアクションも返って来ない。それが、回答だった。

「いいの? 行かせちゃって」
「その方が、都合が良いと思ってね」

 何のこと、とつぶやく少女をよそに僕は無言で腰のポーチを外し、アリスの目の前に放り、両手を大きく上げた。
 
「降参」
「…………はあ?」
「だから、降参。僕はこれ以上戦闘しない。気になるなら、もう一度拘束しても構わないさ」

 怪訝の目を向けるアリスだが、彼女は結局何もせず……いや、僕の魔道書を拾い上げていた。

「元より、小傘は逃がすつもりなんだろう? ちょっと戦闘になりかけたけど、本来僕は荒事は苦手でね。積極的に避けているんだ」
「…………いいの、それで?」
「適材適所ってやつさ」

 ふぅん、とアリス。
 彼女が何かつぶやくと、上海人形と呼ばれた人形が弾かれた凶器を回収してアリスの周囲に配置される。
 上海人形の他、似たような顔を持った人形がもう一つ浮いている。上海人形が青い服のほうで、もう一つは赤い服である。
 迂闊なことを言えば、すぐにあの人形が持つ刃は僕へ襲い掛かるのだろう。

「ま、結構乱暴な手段でスマートさがなかったのは私の未熟だし……OK、さっきのはお互い水に流しましょう。それで、あの子を逃がして貴方が残った理由は?」
「話し合いだよ。質問のお返しさ」
「なら、あの子を逃がさなくても良かったのでなくて?」
「小傘は純粋というか天然というか……こういう駆け引きの場には向いていない。迂闊なことを言って君の機嫌を損ねるのはこちらとしては嫌だしね」
「駆け引き……? 貴方、私と対等のつもり?」
「情報の提示という意味では、そう自負しているよ」
「提示って……別に貴方にこれ以上教えてもらうことなんてないですよー」

「――あのゴーレムもどきの鉄人形。君のじゃないんだろ?」

 そう言うと、アリスは子供っぽく尖らせていた口を引き締めた。
 僕を射抜く視線に険しさが混ざり、油断なく見据えている。……どうやら、話し合う気にはなったようだ。
 そろそろ腕も疲れてきたし、僕は両手を下ろして会話に意識を専念する。

「どうして? 貴方達、私が製作者だと思ってるんでしょ?」
「可能性の話さ。けど、さっきの君の質問でそれは違うと証明された。だから僕はあのゴーレムもどきは君のものではないと判断した」
「さっきの質問なんて、人形の居場所を聞いただけじゃない」
「言葉を返すけど、あの人形……名前は何て言うんだ? そこに浮いているのは上海だっけ? 名づけには呪術的な意味合いも多分に含まれる。あれほどの機能を持った人形を作っているなら、相応の『名』があると思った」
「無銘だからこそ、というのも考えられるんじゃない? 名前がないからこそ、何にでもなれる」
「確かに。では別の要因を上げよう」

 言いながら、僕はアリスの傍らに浮かぶ赤い服の人形を指差した。

「蓬莱人形がどうかした?」
「その人形だろ? さっきグリモワールを浮かばせていたのは。正確には、持ち上げていたのは、だが……」
「だから、それがどうかしたの?」
「さっきの雷の一撃で、君は人形操作を一時的に破棄した。魔力の糸が切れたことで人形は機能を一時的に止める。人形は操る糸がなければ動かない」
「回りくどいわね」
「おっと失礼。……本当にゴーレムもどきが君の人形なら、魔力の糸を伸ばして戻せばいい。盗まれたなら尚更だ、放置しておく理由がない」
「糸の範囲が足らなかったのかもしれないじゃない」
「だったら探したことだろう。……仲間の天狗の情報網には、君が引っかからなかった」
「……探さなかったのかもしれないわよ」
「へぇ。人形も結界で守るほど大事にしているのに?」
「……え、と」
「さらに言うなら、君はあの人形の能力を聞き出していた。本当に持ち主なら……仮に持っていただけだとしても、調べないはずがない。魔法使いを自負するなら尚更、ね」

 苦虫を噛み潰すような顔をするアリス。こらこら、子供がそんな顔をするんじゃありません。

「そうさせてるのは誰よ」
「これは失礼。さて、ゴーレムもどきの能力を聞き出しなおかつグリモワールを求めるアリス嬢?」
「…………なによ」
「良かったら、僕達は君の目的を手助けできると思うんだ」
「手助け?」
「そう、手助け」
「何を助けるのよ」
「そうだね。――仮想敵に、巫女と天狗をけしかけることかな」

 長い沈黙。やはて、アリスは大きくため息を吐いた。

「貴方、心でも読めるの?」
「何。推測と飛躍を駆使して答えを絞り込んだだけだよ。あと、その台詞は肯定と受け取っていいのかな?」
「なんだか見透かされてるみたいで気分悪いけど、相手してくれるなら助かるわ。――で、対価は?」
「協力要請かな。尖兵か斥候か知らないが、犯人は駒の一つにあんな物騒なものを所有してるんだ。こちらとしても戦力は多いほうがいい」
「私、馴れ合うつもりはないけど」
「必要な時に必要な力を貸してくれれば、それでいい」
「ならいいわ。私もデータ収集は必須だし……貴方の口車に乗ってあげる」
「交渉成立だ。……で、結局のところあの人形は君のものじゃないんだろう?」
「………………………………まあ、そうよ」
「まったく、そのひと言を漏らすのに随分遠回りしたものだ」
「私のしようとしたことを見透かしちゃうんだもの。ちょっとした意地よ」
「別に、戦ってくれって頼めばあの二人なら手伝うとは思うんだが……」
「あの二人って巫女と天狗? 私はその二人のこと知らないし、データを取るなら本気でやってもらったほうがいいのよ。私を犯人と思ってるなら、それを利用して全力出してもらう予定よ。……あの小傘って妖怪を逃がしたのも、そのためでしょ?」
「…………何のことかな」
「貴方一人が犯人かもしれない相手の下へ残る。助けを請われた二人は犯人を追っています。そんな犯人らしき人物の元に仲間がいると知ったら、普通はどういう行動をするでしょう?」

 僕の奪還はともあれ、異変解決を生業とする巫女にネタの為ならいつでも全力なことに加え、妖怪の山の一員としての義務もある文なら己が力の全てを出して犯人を拿捕することだろう。
 それこそが、アリスの狙いなのだ。

「自分の力を試したいといえ、過信はしないほうがいいと思うよ。これは純粋なアドバイスだ」
「何言ってるのよ。自分の限界を知り、研磨し、実戦に投入して成果を試す。何も悪くなんてないわ」
「若き魔法使いは、随分と研究熱心なことだ」
「そうよ、魔法使いは研究が生きがいなの。だから協力してもらうわね」

 僕の両肩に上海人形と蓬莱人形が乗り、体は突然動きを制限された。……もう拘束されたようだ。

「僕にも心の準備というものが」
「人質役は黙って。あと協力してくれるって言うなら、無駄に鋭い観察力で私の戦闘力とあの鉄人形と比較して」
「随分と好戦的なことで。こてんぱんにでもやられたかい?」
「やられてない。私の防御を相手の攻撃力が上回っただけの話よ」
「いや、それをやられたと言わずになんて…………」

 じろりと僕をねめつけるアリス。子供が出すにはおかしい迫力に、思わず僕は口をつぐんだ。
 よろしい、とアリス。……どうも、幻想郷の少女に淑やかさを期待するのが間違っているのかもしれないな。

「私は都会派よ」
「だったらもう少し自分を省みて、冷静に生きることだね」
「これ以上ないほど私はクールよ」
「あー…………そうだね。すまない、アリス」
「わかればよろしい」

 多分、何を言っても無駄だと判断した僕は投げやりに答えた。
 冷静なのは表向きなだけで、内心は外見のまま子供らしい。
 いったいどんな理由で人間の子供が一人で魔法の森に暮らし、こんなことをしているか知らないが、放置するには、僕は人間と……巫女と触れ合いすぎだ。
 できる範囲で見てやるのが、大人の判断だろう。

「人質さん。そういえば、貴方の名前は」
「名前はない。僕は人間と妖怪のハーフだから、そのままハーフと呼ばれてる」
「名無しなんだ。ま、だったら固有名詞はあまり必要ないわね。……貴方の体を動かすから、抵抗しないでね」
「……痛いのは嫌なんだが」
「グリモワールの結界が強ければ、傷はつかないから安心して」

 僕を戒める不可視の糸が圧力を増したと思うと、僕の意思とは無関係に体が勝手に手足を動かし始めた。
 アリスの糸は、どうも生きた存在すら操るほど高度なものだったようだ。
 やめてくれ、と言う前にアリスは短く冷たく、そして絶対の言葉を落とした。
 
「協力、してくれるんでしょ?」 

 僕は逆らえなかった。
 上手くアリスの心の隙をついて、協力をこぎつけたものの……対価は非常に大きい。
 いくら今後のための一貫とはいえ、痛いのは嫌だ。誰だって嫌だ。僕も絶対嫌だ。

「……お早い到着ね。さ、準備はいい? 下手に抵抗すると逆にきついから、ありのまま流れに身を任せたほうが楽よ」

 視線の先では、文と小傘の手に引かれながら空より来訪する巫女の姿。
 もうどうにでもなれ、と心の中で全てを投げ出しながら、僕の体は勝手にポーチや魔道書を装着し、戦闘態勢を整えるのだった。








「…………はー…………」

 戦場に居るはずの私は、場に似つかわしくないため息をついた。分類で言えば呆れだ。
 ハーフ君が誰かに捕まったと聞いて、小傘と文に引き連れて来てもらった私が見た光景は、それの真逆に相当していたからだ。

「ねぇ小傘、確かハーフ君って捕まったって言ったっけ?」
「そのはずなんだけど……はっ、もしかして仲直りしたとか!」
「でしたら、私達に向けて武器を構える必要はありませんね。あの方の性格でしたら、真っ向から私達に反抗するなんて愚の骨頂と考えそうですし」
 
 文の言葉に頷きつつ、もう一度眼下にいるハーフ君とその近くにいる少女を見やる。
 ここからでは聞こえないけど、ハーフ君の見慣れた呆れ顔を見るにまた面倒なことをしているのだろう。
 とりあえず、さっさと助けてあげますか。

「ありがと二人とも。ここで下ろして」
「了解。小傘さんは下がっていてください。私達の場合は高速戦闘ですから、下手な介入は邪魔になります」

 文の言葉にしょんぼりする小傘だけど、本人も弁えているようで何も言わない。
 心苦しいとは思うけど、近接戦闘におけるスピードで私達について来れないのならば、下がっていてくれたほうが助かるのは事実なので私としてはどうすることもできない。
 できるのは、さっさとハーフ君を助けて近くにいる少女……おそらく、一連の事件に関わりある人物から話を聞くことだ。
 降下の途中で手を離してもらい、私は軽やかな音を立てて着地する。
 さて、何を話そうか――そう考える私へ向けて、ハーフ君が突然お札を投げてくる。
 驚きに眼を剥くが、咄嗟の反応は早く私はそれを回避する。何をするの、と口を開く間もなくハーフ君は私へ向かって突進してきた。

「ちょっと、何すんの!」
「アリスに聞いてくれ!」
「アリスって誰!?」
「この子のことだ!」

 拙いけれど、ハーフ君が出すとは思えない速さで繰り出される蹴り。
 けれど私にとっては簡単に避けられるそれをさばくが、ハーフ君の手が携えていた本の字をなぞった瞬間、私の胸に炎が灯った。
 咄嗟にその場から横へ飛ぶ。その判断は正解だったようで、すぐさま炎が破裂し火花が私の髪に落ちてくる。
 それを払いのけながら、私はハーフ君の腹部へ貫手を放つ。
 容赦ない一撃は簡単にハーフ君を気絶させる、はずだった。
 ハーフ君に当たる直前、光の壁が展開し私の貫手が防がれる。堅い。あの鉄人形に劣らぬ何かで遮られ、私は動きを止めてしまう。

「魔彩光!」

 少女、アリスの言葉と同時、私の視界に乱入した人形の手から紫色の光線が放たれる。
 咄嗟にジャンプするが、人形の手は再び私へ向けられていた。まずい、当たる――

「私をお忘れなく!」

 文の鋭い声が響き渡り、突風が吹きつける。
 人形は風に吹き飛ばされて文の手に収まり、動きを強引に封じられる。
 追撃に放たれた風はカマイタチとなり、切り裂く風が容赦なくアリスへ向かう。
 が、私の攻撃を防いだ光の壁が再度展開し、文の風を防いだ。

「助かったわ、文。あと、あれが何かわかる?」
「あれとは、ハーフさんのことですか? それとも、結界のことで?」
「どっちも――」
「生憎ですが、お喋りの暇はなさそうです」

 相手が切り替わったのか、今度はアリスが私に向かってくる。
 放たれる弾幕を掻い潜り、拳を一閃。少女虐待な光景だが、プライベートならともかくこういった場合私は容赦しない。
 が、やはり光の壁が攻撃を遮る。ええい、邪魔すぎる!

「貴方が今回の騒動の犯人?」

 アリスからの攻撃は回避に専念し、私はその合間に話しかける。
 まともに答えてくれるかわからないけど、ボディコミニケーションで誠意は伝わるかもしれないし。

「貴方がそう思うのならそうなんじゃないの?」
「質問を変えるわ、ハーフ君に何したの?」
「見てわからない? あの人は私に協力してくれてるのよ」
「彼が少女趣味だったら、私はとっくに手を出されてるわ」

 遠くで「ほうほう」という声や「捏造だ!」と叫ぶ声。
 どうでもいいので放置した。

「金髪のほうが好みだったのでなくて?」
「それは盲点。外国人趣味なのね」

 やはり遠くで「随分と良い趣味をお持ちのようで」という意見や「冤罪だ、光源氏になんて興味ない!」さらに「おやおや、私は別に育ての楽しみなんてひと言も申しておりませんよ? そういうことを言うのは、貴方がそう思っているからということですよ」そして「謀ったな!」と締めくくる。

「ま、ハーフ君の性癖はとも『裏切ったな、僕の気持ちを裏切ったな巫女!』かくとして、貴方の目的は何?」
「私に勝ったら、答えてあげるわよ」
「やっぱそういう展開なの、ね!」
「ですが、こうも堅いと辟易しますねぇ」

 文へ眼を向けてみれば、天狗の攻撃の一切を通さぬ結界によって守られるハーフ君の姿が見える。
 先ほどの攻防のように、ハーフ君の攻撃はあまり効果がないようだけどこちらの攻撃も通らない、膠着状態が続く。

「人選誤ったかしら……貴方達、随分遠慮ないのね。仲間なんでしょ?」
「私達は殴り慣れてるし、ハーフ君は殴られ慣れてるのよ」
「…………仲間?」
「仲間」

 断言する。
 アリスは驚愕というか、信じがたい瞳で私達を見ているが……小傘にも似た純真さを感じる。
 
「お嬢さん、世間は色々とあるのですよ。縁の数だけ関係の幅も増えるということです」
「明らかに名誉毀損だ!」
「ひどい、こんなにも私はハーフさんへ迫っているのに」
「迫るの意味が違う!」

 どうもハーフ君の持っている魔道書は、炎や雷を起こす代物らしいけど天狗である文の速さに当てるには至難の業のようだ。
 容易く避けられ、ついには文に組み伏せられるハーフ君。
 アリスが肩眉を潜めて力を溜めるような動きをしているが、何も変わった様子はない。
 文は完全にハーフ君を押さえ込み、無力化していた。ハーフ君のほうは多分心配ないだろう。
 さらに人形の一つは未だに文の手によって強引に動きを封じられている。
 無理をすれば、あの人形は文の膂力によって粉々に砕かれることだろう。それを恐れてか、人形は何も動かず沈黙を守っていた。

「……天狗の力だと、これ以上は無理みたいね」

 口惜しげにつぶやくアリス。私はそれに既視感を覚える。
 工房に入った後のハーフ君がつぶやいていたような――

「そういう、ことね」

 縮地による歩法でアリスに密接し、膝蹴りを叩き込む。驚きの様子を見せるアリスだが、結界によって直接の被害はない。
 私は構わず、手足を結界に叩き込む。
 アリスが目の前で弾幕を展開し、別の人形が持つ凶器による攻撃もあったが、私は全て無視した。そう、避けることも。
 結果、それらを全て受けることとなる。
 無論致命傷は避けている。けど、弾幕による攻撃は皮膚を弾き、凶器による斬撃が肌を裂く。流血は瞬く間に私の体を赤く染めた。

「貴方、何、何を……考えてるの?」

 やや怯えすくんだアリスの声。彼女からしてみれば、私が何を考えているのかわからないのだろう。
 むしろ、自殺願望のソレに見えているのかもしれない。構わず、私は攻撃を続けた。

「見てわからない?」
「わからないわよ」
「なら、終わった後に教えてあげるわ!」

 振り抜いた拳は再度結界に阻まれる。けど、私は確かな手ごたえを感じていた。
 拳がだんだん伸びるようになってきたのだ。
 最初は手が途中で止まってしまい、威力を殺されていた。けれど今は、だんだんと力を押し込めるようになってきているのだ。
 これはつまり――

「グリモワールの結界が……!」

 結界が、脆くなっているということに他ならなかった。

「そんな、さっきまでなんともなかったのに!」
「そりゃあ、普通の攻撃と全力攻撃じゃ入る力も違うわよ」

 私がしたことは難しいことじゃない。
 意識を攻撃に専念しただけ。ただし、防御を捨てて。
 すぐさま回避に移れるような攻撃は、どうしても力の入りが浅い。完全に地に足がついておらず、一瞬しか力を込められないからだ。
 けど、今私がしていることは違う。
 きちんとした全身のひねりに加え、力の練りも十分に行ってから攻撃の動作に移っているのだ。
 余計な意識を割かず、攻撃にのみ集中することで自分の全力をそれに打ち込むことができる。
 私がしているのは、それだけのことだ。
 その代償が全身の傷なわけだけど――その成果は大きい。
 ビシィ、と力場の崩れる音が耳をつく。
 驚愕を顔に刻むアリスに構わず、私は攻撃を続けていたけど……

(ヤバッ、拳に力入んなくなってきた。滑るし痛いし、まだまだ修行不足ね)

 結界に鮮血が付着し、拳から鉄の臭いが漂うのを感じながらも手を緩めることはしない。

「っ……貴方、自分の身がどうなってもいいの!?」
「これは天狗達の異変に関わりあることでしょ? 妖怪、或いはそういった調和を乱す相手を退治するのは博麗の巫女の仕事なのよ」
「それだけ……? 仕事だからって、そこまですること?」
「それが重要なのよ。博麗の巫女にとっては、ね」

 一息つき、ハイキックを結界に叩き込む。
 今のでかなり力を削ったようで、結界はその機能を半分も出していない。
 私の攻撃は途中で止められることはなくなり、アリスの寸前にまで手足を届かせることに成功していた。

「元より寿命や身体能力、霊力でも劣る人間が妖怪退治してるんだから、身を削るくらいの覚悟でないと相手できないわ」

 打ち下ろした拳が、アリスの結界を完全に打ち砕く。
 結界を構築していた魔力の残滓が、私とアリスの間に降り注ぐ。
 まるで新雪のように曇り気のないそれを尻目に、私は己の血に染まる拳をアリスへ突き出す。
 追い討ちはしなかった。すでに、勝負は決しているのだから。徘徊する人形に囲まれてなお、私はそれを確信していた。
 互いに無言。
 何か言おうとする前に、アリスが口を開く。

「体を削った攻撃なんてナンセンスよ。最小限の消費で、最大限の効果を出す。それが、最も優れた戦いだわ」
「ま、確かに貴方の力はほっとんど消耗してないみたいね」
「そうよ。その証拠に……」

 アリスが携えていた本を開き、ページに手をかざす。
 すると、私が砕いたはずの結界が目の前に現れる。軽く拳を打つが、力場は再構築されており強度は削る前に戻っていた。

「このグリモワールがある限り、貴方の攻撃は私に届かない。これを砕くのに貴方はどれだけ苦労した? 私がこれを作るのがどんなに簡単かわかる?……持久戦になれば、負けるのは貴方よ。蓬莱人形、行くわよ」

 凶器を携えた人形がアリスの指示に従い、私の前に展開する。
 口元を緩めながら、勝利の言葉を紡ぎだす。

「その台詞、返させてもらうけど…………」

 人に指を突きつけてはいけないけど、この場合はまあいいでしょう。
 私はアリスに指を向け、宣言した。

「負けるのは貴方よ」

 言下、空より飛来した茄子色の唐傘がアリスの手を打ち、彼女の手からグリモワールが零れ落ちる。
 慌てて回収しようとするアリスだが、唐傘から伸びた長い舌がグリモワールを絡め取り、唐傘は自転の動きのまま遠方へ遠ざかっていく。
 追いかけようとするアリスだが、唐突に動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。

「犯人、確保ーっ!」

 今まで戦況を見守っていた小傘が、アリスを後ろから襲ったのだ。
 飛びつかれ、二人は何回転か地面を転がったがやがて小傘に羽交い絞めされたことでアリスは動きを封じられた。
 その隙に私は蓬莱と呼ばれた人形を握る。己の握力のまま、アリスの操作を封じるためだ。
 さすがに一筋縄ではいかなかったが、互いの圧力による負担が蓬莱人形の体にヒビを入れたことでアリスは抵抗を止めた。
 無駄だと悟ったのだろう。それか、人形が大事だったのかもしれないけど……どの道、決着はついた。
 グリモワールの結界は確かに強固だったけど、術者の意図した場所にしか展開できないのだろう。
 でなければ、ハーフ君への援護が可能で小傘の不意打ちを防げない理由がない。

「さて、何か言いたいことはある?」
「ある?」

 小傘が追い討ちをかけるようにアリスに尋ねる。
 彼女は私、小傘、人形達……最後に文に組み伏せられるハーフ君を見やり、深いため息をついた。

「…………私の負けよ」

 頷き、私も安堵の息をついて蓬莱人形を手から離す。
 文も同じく人形を解放したのを眺め、私はその場に崩れ落ちた。

「み、巫女さーん!?」

 小傘の声が聞こえるけど、だんだん声量が小さくなってきた。いや、私の耳が機能していないのかもしれない。
 懐から取り出した綺麗な布を乱雑に巻いて手当てをする。巻き直しはハーフ君にやってもらうとしても、今は出血を止めるほうが先だ。まあ出血を抑えても体中痛いことに変わりはないんだけど。

「疲れたー」

 そのまま地面に倒れる私。
 アリスを直接倒したわけではないけど、彼女は負けを認めた。だから、これ以上戦う必要はないのだ。
 そう伝えると、小傘の戒めから逃れたアリスが唇を尖らせながら言う。

「そうだけど……さっきのを繰り返しで悪いけど、貴方は異変を解決する博麗の巫女でしょ? 私が犯人なら、放っておいていいわけ?」
「うーん。そうなんだけどね。でもさ、貴方犯人じゃないでしょ?」
「……証拠なんてないでしょ」
「勘よ、勘」
「何よそれ」

 黙るアリス。が、ハーフ君が黙らなかった。

「アリス。巫女の直感を舐めてはいけないよ。博麗の巫女特有の能力と言っても過言ではないからね、それは。彼女がそう言うなら、そうであるし……証拠が欲しいなら、僕という証拠がある。さっきの推測を全部暴露しても構わないが?」
「自白したも同然じゃない! ああもう、何よこの気持ち……私が馬鹿みたいじゃない」
「子供ですからねぇ。十年も生きてないのに、自分の考えを全て実行できたらたまりませんよ」

 上半身を起こして首を動かしてみると、未だに文の戒めから逃れられないハーフ君の姿が見えた。……あのまま話してたの?
 そして、ハーフ君の提供の元、どうしてアリスが私達と戦ったのか。それを知ることとなる。
 にしても、仕返しねぇ。
 種族として魔法使いでないといえ、実験に体を張るのはその道を歩く人にとっての義務なのかしら。
 結局真犯人の手がかりは消えちゃったけど……悪いことばかりじゃない。

「アリス。確かに私は博麗の巫女だし、妖怪や悪人は倒すべきものだけど、全部が全部そうってわけじゃないのよ」

 妖怪だからといって、全部倒していたらきりがない。
 文や小傘、半分だけどハーフ君だって妖怪だ。けど、彼らとは友達だし仲間である。
 外の世界で忘れられた存在が妖怪なのに、ここでも消えるようなことなんて――悲しいと思うから。
 なら、同じ人間のアリスと仲良くなれないはずがない。
 まあ、こんな状態でそこまで友好的になれるかわからないけど、少なくとも私は彼女と仲良くしたいと思っている。

「甘いわね」
「ちょろ甘ですね」
「金鍔なのよ」
「それが、今代の巫女ってことさ。……文、そろそろ離してもらえないか?」
「…………あーなんてこと。はーふさんはありすさんにあやつられている。たすけないと。でもどうすればいいの? とりあえずしょっくでもあたえてみましょう」
「棒読みに狂気を感じるのは気のせいか……?」
「ま、被害はハーフ君だけみたいだし、それだけなら問題ないし『大問題だ』犯人じゃないって言うなら、私達は協力できると思うのよ」
「名無しの人質さんと同じこと言うのね、貴方も」
「この場にいる皆が、巫女さんに感化されてるのですよ」
「そういうことー」
「僕は別に感化されてるわけじゃないさ」
「素直じゃありませんね」
「本心だよ」
「ハーフさんがそう言うなら、そういうことにしときましょ、文さん」

 恥ずかしいからその辺で勘弁して頂戴。居たたまれなくて復活してもしばらく手と膝が地に着いて頭を垂れそうです。
 
「さて、アリス。私は貴方と仲良くしたいんだけど、どう?」
「……そこの人には伝えたけど、馴れ合うつもりはないわ。でも、実験に協力してくれたし、結界の強さを知ることもできたし……まあ、手が欲しくなったら言ってちょうだい。その程度には、仲良くしてあげる」
「子供の時分に甘え方を覚えないと、後々苦労するよ?」
「黙りなさい」

 ハーフ君のちょっかいを切り捨てたアリスは、ヒビの入った人形を大事そうに抱えて空へ浮かびあがる。
 まだ手が届く範囲だと気づいた小傘が、唐傘の舌に巻きついたグリモワールを受け取り、丁寧に唾液をふき取ってからアリスへ差し出した。

「はい。元々貴方のなんだから、忘れちゃダメよ?」
「…………怒ってないの? そこの巫女や天狗は名無しさんのことどうでもいいって思ってるみたいだけど、貴方は純粋に心配してたでしょ?」

 きょとんとするアリス。ハーフ君のことをどうでもいいというのは少し違うから訂正するべきか。
 そんなことを考えている合間に、小傘が口を挟む。

「ハーフさんに危害を加えたことについては色々言いたいけど……貴方も、人形を少し壊されてるでしょ? これで手打ちかな、って。私、道具の付喪神だからさ、なんとなくわかるの。その人形達がいかに大事にされてるかって。だから、私はこれ以上何も言えないわ」
「そう。…………付喪神の貴方が言うなら、確かなのかもしれないわね」

 グリモワールを受け取り、アリスはもう一度人形達を抱えた両腕に力を込める。
 その仕草だけで、小傘の言が正しかったことの証明に他ならなかった。
 
「慰めなんかじゃなくて実感の篭った言葉だったわ、ありがとう。……失礼致します」

 ぺこりと頭を下げ、魔法の森へと飛んでいくアリス。
 ……収穫はあったといえ、あのグリモワールの結界以上の難度を持った敵がいることが、軽く私を憂鬱にした。

「ごめんねハーフさん。私は、これ以上あの子をどうすることもできないわ」
「…………いや、構わないよ小傘。ありがとう」
「ほら文さん。そろそろ離したげて」
「そうですね、これは申し訳ありません。十分楽しみましたし」
「僕は楽しめなかったよ。魔道書も結局君達相手だと役立たないこともわかったし」
「相手が、何より戦い方が悪いと言わせていただきますよ。ハーフさんを動かしていたのはあの子。決してハーフさん本来の動きではありませんでした。他人を操作できると言っても、合ってなければ無意味無価値です」
「……僕に向かって言われているようで、グサっと来るな」
「まぁまぁ、落ち着いてハーフさん」

 落ち着いてるよ、と文によって凝り固められた体を柔軟に解しながらハーフ君は立ち上がる。
 ポーチから包帯やら薬を取り出し、私の手当てを始める。
 さっき自分でやったといえ、あれは応急処置に過ぎない。だから、こうしてしっかり手当てを受けたほうが良いに決まってる。
 治療を終えたのを見計らい、私は地面に足を投げ出しながら両手をハーフ君に突き出した。

「ん」
「…………自分で歩くという選択肢は」
「ない。私怪我人よ? それに疲れた」

 はぁ、とため息をつくハーフ君。
 日頃は私達をからかい、場を和ませるのが彼の常なのだけど――私からすれば、それこそ今のハーフ君が本来の姿に近いと思う。
 どうしてその本質を隠しているのかは知らないけど、いずれ教えてもらえると願い、今は何も言わなかった。

「僕は飛べないよ」
「なら、今日は歩いて帰りましょうか」
「ハーフさんも言ってるものね。地に足をつけるのは大事なことだって」
「揚げ足とはこう言うことだろうか…………」

 やれやれと首を振りながら、私に背を向けて腰を下ろすハーフ君。
 流石に昔みたいに抱っこはないか、となんとなく寂寥感を覚えながら私は両手をハーフ君の首に回す。

(…………そうでもないか)

 寂しさを覚えたのも一瞬だけ、すぐに懐かしさが込み上がった。
 昔、ハーフ君と出会って間もない頃に、こうして背中の上に揺られて博麗神社への岐路についたことがある。
 ハーフ君はその時と全く変わらない。ずっと、変わっていない。
 それがたまらなく、嬉しく思えた。
 ……なんだか、急に睡魔が襲い掛かってくる。安心したから、気が抜けたのかもしれない。
 無言でハーフ君の首元に頭を埋め、心地よい睡魔に身を委ねる。
 最後に見た景色がいつか見た光景と重なり――そこで、私の意識は夢見へと誘われていった。

<了>


支援絵いただきました!
拝一樹さん(ラストシーン)
画像提供:拝一樹

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
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上記絵文字提供:うるち

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