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森近霖之助の、正直しんどい

 僕とかの有頂天人、比那名居天子は幸か不幸か知り合いである。 
 彼女は天界に暮らす天人であり、僕は香霖堂に根を下ろす地上人。加えて言えば僕は異変なんかに全く興味はなく、解決するための力もない。
 強さを必要とする面倒ごとを楽しむことなんか真っ平。晴れの日は読書、雨の日は明かりをつけて読書を好む晴読雨読が日常の僕と、退屈を嫌う天子では接点を持つはずがない。 
 そう。
 本来なら、僕と彼女は出会うはずはない。しかし、博麗神社倒壊の異変以降、天子は下界によく訪れるようになった。正確には、天子が異変解決の専門家である霊夢にちょっかいを出すようになったのだ。
 ここまでは特に問題ない。霊夢の周りに人が集まるのは当然だし、異変なんて幻想郷では珍しいことではないからだ。
 神社に影響が出た、という点では珍しいものかもしれないが、もっと大変な異変は頻繁に起きている。
 さて、遠まわしにして問題を先送りしていたが、そろそろ腹を決めて話しておこう。
 僕はある経緯から、天子と接点を作ることになってしまった。しかも、それは現在も継続中である。
 今回はその苦労話――ようは愚痴である。僕の精神衛生上、どこかに吐き出しておきたかったからだ。
 じゃあ、始めようか。

 ――カランカラン。

「霖之助さん、いるかしら」
「いらっしゃい、霊夢。今日はどうしたんだ? 随分面倒なことでも起きたようだが」

 恒例の挨拶と一緒にやってきた霊夢は、店に入るなりほっと一息つくように顔を緩めた。まるでどこかから逃げてきたような有様だ。霊夢のそんな顔を見るのも久しぶり、珍しいこともあるもんだ。

「面倒も面倒、霖之助さんに押し付けたいくらいよ」
「霊夢が面倒なんて言う案件を、僕が承諾すると思うか?」
「お茶とお茶請けもらうわよ。まったく、やんなっちゃうわ」

 返事をスルーした霊夢はお勝手に向かい、煎餅と新茶の茶葉を手に戻ってきた。仕舞った場所を教えた覚えもないのに、相変わらずの幸運持ちだ。才能の無駄遣いにも程がある。僕にもよこせ。
 と言っても、霊夢という存在(カード)が動くことで幸運という現象が起こる以上は無理な話だろう。彼女は博麗霊夢で、僕は森近霖之助なのだから。

「それで、一体どうした? 僕に押し付ける、ということなら異変関係ではなさそうだけど」

 霊夢は異変解決の専門家。おいそれと他人にその仕事を譲ることはない。それが博麗の巫女の仕事なのだから。
 だから、僕に代わって欲しいという以上は仕事でなくプライベートの問題なのだろう。
 ま、話を聞いても受けることはないが。

「面倒な奴に絡まれちゃってね。無駄に強いし、ヘコたれないし、こっちがちょっかいかけるとますます増長するから困りものよ」
「それはまた厄介な話だ。どんな奴だ?」
「そうねぇ。高飛車な上に負けず嫌いで清ましてて、自分を中心に世界が回ってると勘違いしてる大ボケ天人よ」
「天人? 天人が来てるのか。でも天人は陽気で明るく、毎日好き放題してる自由人なんだろう? 霊夢がそこまで嫌がるほどなのか?」
「嫌がってるから、香霖堂に避難してるんじゃない」

 天人は輪廻転生の輪を外れ、俗世間から離別した隠者としての面を持つ。
 心に迷いがなく、自分の言を絶対として憚らない。自分が否を発するなど間違っても思わない、己の正義という名の宗教に狂った信者とも言い換えられる。
 そのため天人は特有の物言いを操り、僕達にとって棘に当たる辛辣な言葉を持つ。地上人を見下し、つまらないもの、教養の足りぬもの、つまりは彼らにとって己よりも劣り下位に位置するものとして捉える傲慢な一面があるからだ。だからこそ阿求も幻想郷縁起の天人の項目に、彼らの言動がトンチンカンなどと記載しているのだろう。霊夢もそういった意味不明の言葉を、件の天人から浴びせられたのかもしれない。
 つまり、霊夢は僕にそんな奴の相手を押し付けようとしたわけか。
 絶対嫌だよ。

「『天人くずれ』だから普通の天人よりは俗っぽいけどね」
「君の様子からすると、何の慰めにもならないんだろうね」

 その通り、と煎餅をかじる霊夢。
 連日の宴会騒ぎでも疲れを見せない霊夢を、一時的といえ憔悴させるとは。
 霊夢なら面倒な人物を追い返すのにスペルカードの使用も躊躇しない。なのにこの現状、肉体的にも精神的にもよほど打たれ強いようだな、その天人くずれは。

「そうなのよ、あの桃っ子め。一日中とは言わないけど、いつも勝手に神社に来るんだもの。やんなっちゃう」
「君は鏡を見たほうがいいな」
「私はあいつと違って紅白よ。一緒にいるとめでたいわ」
「香霖堂にとっての紅白は略奪を示しているから、めでたくもなんとも無いんだが」
「ホント面倒ったらありゃしないわ。ゆっくりお茶飲めないし……霖之助さん、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてないよ」
「それに、私がいない時も勝手に神社で暴れたりしてるのよ。ああ、今はどうなんだろ」

 嘆息しながら、食べかけの煎餅を元の場所に戻す霊夢。後はお茶を楽しむ算段のようだ。

「じゃあ魔理沙はどうだ。格好の暇潰しだろうに」
「あんなマゾに構ってる暇はない、だそうよ。実験でもして家に篭ってるんじゃないの?」

 幻想郷には他人の揚げ足を取ったり弱みを指摘して楽しむ連中が多いといえ、また随分な台詞だ。
 おおかた霊夢の話を聞いて、霊夢にやられてもへこたれず、強く干渉する様子からそう受け取ったのだろう。魔理沙も年々染まって容赦がなくなっていくな、もっと謙虚になって欲しいものだ。

「会ったことはないが、神社には小鬼が住んでいるんだろう? そいつにバトンタッチすればいいじゃないか」
「萃香のこと? 天子のやつ、疎雨だと楽しめないって言ってあんまり相手にしてないのよね。それに、あの酔っ払いは一昨日から見てないわ」

 どうやら小鬼の名前は萃香、天人くずれの名は天子というらしい。まあ、僕にはさして必要な情報ではないかもしれないが。
 それにしても、疎雨だから楽しめない、か。
 疎雨というのはまばらに降る大粒の雨のことだ。天人が雨に弱いなんて聞いたことはないが……

「霊夢。疎雨だと楽しめないとはどういう…………霊夢?」

 ちらりと眼を向けてみれば、口に手を当てて考え込む霊夢の姿。
 思考に没頭しているようで、僕の声が届いていないらしい。

「………………ん? 霖之助さん、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちの台詞だ。急に黙って、どうしたんだ」
「なんか嫌な予感がしたのよ」
「君がそう言うとあまり洒落にならないから、やめてくれ」
「そうは言ってもねぇ。……今持ってないから、ちょっと道具補充させてもらうわよ」

 そう言ってお茶を飲み干し、店の奥へ向かう霊夢。不安だ。
 霊夢が武器を取りに行ったということは、香霖堂にとってよくない何かが起きる予兆のような気がしてならない。
 一時的にどこかへ避難しようかなと考えたとき、それは訪れた。
 カランカランカラッ。
 カウベルの音が鳴り終わる前に店に入ってきたのは、蒼海色の長髪に緋色の双眸、桃を象ったアクセサリーを身に付けた帽子を被る少女だった。白いブラウスの胸元には赤いリボンを通し、虹を彩るスカートにブーツを履いている。
 僕は条件反射で顔を上げ、いらっしゃいませと声を上げた。

「何この店……随分と古めかしいものばかりですね」

 いきなり随分な言い草だ。僕が彼女に抱いた初見の印象は最悪である。
 きょろきょろと店内を見回した彼女の視線は、やがて僕に固定される。
 嫌な予感が爆発的に広がっていく。どうか口が悪いだけの客でありますように、と願いながらどうかされましたかと声をかけた。

「この店に森近霖之助という人物が居ると聞いたのですが、貴方ですか?」
「ええ。僕が香霖堂店主、森近霖之助です。どういったご用件で?」
「欲しいものがありまして。……にしても、あまり強そうに見えませんね」
「見ての通り、単なる古道具屋の店主ですので。荒事は出来ないのですよ」
「本当ですか?」

 彼女が声を発するたびに不安が加速する。霊夢、早く戻って来い。
 僕にできることは、しかめ面になりそうになる表情を表に出さないことだけだった。
 
「ま、試せばわかりますか」

 刹那の抜き打ち。右手がブレたかと思えば、彼女の手にはいつの間にかバールのようなものが握られている。……いや、あれは剣の柄、だろうか。握り柄がある以上はその可能性が高い。
 僕は道具の名称と用途を知る程度の能力を起動させ、目を凝らして彼女の手に握られた何かを見る。
 金眼の瞳孔から一瞬だけ光が消える。集中力を全て、瞳に注ぎ込んだ影響だ。
 道具になった気持ちで見つめ、視てきた記憶を共有する。そうすれば、道具のほうからおのずと名称と用途を教えてくれる。
 それこそが、僕の能力。魔理沙に言わせれば中途半端らしいが、今の状況では活路を見出すことに必要だった。

「微動だにしないのね。見切ってた? それとも、動けなかった?」

 余裕で後者だった。
 と言っても恐怖やそういった感情からでなく、内心の驚きが度を越えたので一瞬だけ思考停止に陥ったのだ。瞳孔に光が戻ったときには、相手の持つ物が何であるかが頭の中に流れ込んでくる。
 それが何であるかを知った途端、僕の脳は理解を数秒だけ拒んだ。
 名称は緋想の剣、用途は気質を見極めること。普通に暮らしている中では早々お目にかかれない、とんでもない代物だ。
 天界の道具にして天人にしか扱えない剣が目の前にあり、それを持っているということは彼女が霊夢の言う天人くずれだろう。
 先ほど欲しいものがあると言ったが……なるほど、店で強盗行為をするあたり思考が俗っぽい。いや、賊っぽい。

「店内でそんな危なっかしいものを持つ以上、強盗と受け取らせてもらうよ」
「へぇ、一見で危険な武器ってわかるのね。単なる装飾剣かもしれないのに」
「道具を鑑定するのが好きでね。と言っても、その剣が天界の道具であることくらいしかわからないが」

 この状況で僕に出来るのは、霊夢が戻るまでの時間稼ぎだ。一秒でも長く彼女――天子に無駄口を叩かせなければならない。
 霊夢から聞いた前情報では、天子は負けず嫌いとのことなのでプライドも相当に高いはず。まずは相手を称えて気分を楽にさせる必要がある。
 僕は天子の自尊心を満足させる口上を想像し、慎重に言葉を選別していく。少しでも選定言語に誤りがあれば、僕の冷や汗は別の色へと変わってしまう。

「他にわかるのは、そんな至高の武器を持つ君が相当な人物だということかな」

 主にイタイ方向で。

「ふぅん。礼儀は弁えているようね」
「人並の教養は持ち合わせているつもりさ」

 段々砕けて地が出てきたか。敬語を使わなくなったのが良い証拠だ。

「しかし、天界での礼儀作法には疎くてね。そちらでは店で買い物するときには、このような手法を取っているのかい? だとしたら、認識を改めないといけないな」
「欲しいものがある場合は、それに限ったことじゃないわ」
「これはまた、随分と俗っぽい言い分だ。欲を捨てることが第一条件と呼ばれる天人の言葉とは思えない」
「あんな退屈な連中と一緒にしないで欲しいものだわ。むしろ天界は欲まみれよ。毎日歌に踊りに釣りに音楽、欲がないのならそれをしようとする気さえ起こらない。なら、欲と言わずになんと言えば良いの?」
「五欲を存分に謳歌する人間と変わらない、と言うことか」
「あら、六欲ではなくて?」
「生憎、四禅天(しぜんてん)のお世話になるほど欲にまみれていない」

 くずれと言っても天人に変わりはないようで、結構な知識は保有しているようだ。
 五欲とは五感(眼・耳・鼻・舌・身)の五境(色・声・香・味・触)に対する感覚的欲望のことだ。財・色・飲食・名誉・睡眠といったものを指す。
 対して六欲とは、凡夫が異性に対しての執着を見せるさいに分類される六種の欲。
 すなわち男女の性的な欲望を示す色欲。
 美しい人や物、形に傾倒する形貌欲。
 礼儀作法を他人に強制させる威儀姿態欲。
 美辞麗句を好み、耳辺りの良い賛辞たる語言音声欲。
 些細な失敗を喜びどうでもいいことに固執する細滑欲。
 恋焦がれる気持ちに執着する人想欲。
 これらを総じて六欲と言う。
 彼女は何かに執着する欲に対して含むものがあるようだが、生きている以上は人が欲に支配されるのは当然だ。方向性が違うといえ、人類は欲望を最大限に発揮して発展してきたのだから。
 一概に否定できるものではない。
 ちなみに四禅天とはそれらの欲に対し、禅を修することにより生まれ変わるとされる四人のお偉い様のことだ。

「どんな異性と接してきたかは存じないけど、全ての存在が同一であるとは限らないさ」
「かもしれないわね。ま、そんなのはどうだっていいのよ」
「そうだったね。香霖堂に道具を買いに来たんだったか?」
「道具、というのは誤りね」
「香霖堂は古道具屋。道具を求めていないのなら、ご希望に添えるものはご用意できないよ」
「勘違いしないで。道具かもしれない、のであって正確な答えは持ち合わせていないの」
「なら、なぜこの店に?」
「ここは博麗の巫女が足繁く通っているそうね。何事にも縛られず、中立たる巫女が定期的に通う場所。何かあると思うのが道理」
 
 急速に剣の柄へ霊力が収束していく。
 眼を瞬かせる僕の頬に熱い何かが触れ、ぴりりとした痺れにも似た痛みが走る。それは、一度の瞬きの間に行われた早業だった。
 すでに刃は引かれ、切っ先は天井へ向いているが僕に向けられた事実は変わらない。霊夢、まだか? ポーカーフェイスもそう長続きしないぞ?

「霖雨(りんう)……それとも霖(ながめ)かしら。どのみち、相性で言えば霊夢との関係は成り立っている、と。疎雨じゃないだけマシかしら」

 しげしげと流れるように、切っ先の上に付着した極少量の僕の血を眺める天子。紙で切った程度の痛みと出血しかなかったが、れっきとした殺傷武器である剣を振るってその程度に収める剣の技量は目を見張るものがある。が、ここまでされては怒りを覚えないほうがおかしい。
 その憤怒も瞬間性のもので、付着した血液が赤い霧となって霧散していく現象に目を奪われ、すぐにそちらへ思考を誘導されていく。
 疎雨、か。似たような単語をさっき聞いたな。そして霖雨や霖という言葉に、気質を見極める緋想の剣……となると、この赤い霧は刀身に馴染んでいるところか?……霊夢もそうだったが、霖の文字はよく間違えられるな。いや、今はそんなこと考えている場合ではないか。
 時間の経過は僕に不利しか与えない。対象をさっさと変更させないと。

「大した剣技だ。そんな大層な獲物を振るってこの程度で済ませるなんて」
「讃されるのは嫌いじゃないけど、見え透いたおべっかは嫌いよ」
「いやいや、香霖堂の客の中には剣術を嗜む少女もいてね。どちらが上か、なんてつい思ってしまっただけだ」

 以前店に訪れた魂魄妖夢は、剣術を扱う程度の能力だと酒のつまみの話に聞いたことがある。先ほど見せた技量とどちらが勝るか、興味はあった。考える価値はないが。
 だが今は天子の興味がそちらに移ってくれないか、と期待してのこと。僕はここぞとばかりにあの半人前の少女を押し出……そうとするが、天子は元々霊夢を探しに来たのだから通用しそうにないと自己完結し、僕は別の手段を模索する。
 案の定、天子は「ああ、あの……」とぼやくがすぐにどうでもよさげと言いたげな表情へ変わっている。妖夢、せめて話の話題になるくらいに成長していてくれたら……何の為に普段からかわれてるんだ。

「じゃあ今度会ったらその剣技を見せてもらいなさい。そして、私のそれと比較するといいわ」
 
 切っ先がブレる、瞬閃の切り下ろし。え? と呆然の声を上げる僕の背後から首や脇の間を縫って何かが通り過ぎる。
 小さな爆発。一瞬の間を置いて弾けた何かの正体を察する。
 天子は僕に危害を加えようとしたわけでなく、迎撃行動に移ったに過ぎない。緋想の剣が打ち落としたのは見慣れたお札、霊夢が弾幕に使うアイテムだった。
 それが僕の脇の間を通り過ぎていったもの。では、首を通り過ぎていったのは……

「っぶないわね、もー。ちょっと殺気立ちすぎじゃない?」
「そうさせてるのは、誰のせいよ」

 天子が左手に握られた何かを放り捨てる。小さな音を立てて床に転がるそれは、同じく僕がいつも用意している巫女の武器の一つである針だった。

「…………霊夢」
「そう怒んないで。ちゃんとすり抜けたから被害ないでしょ?」
「店を戦場にするなってことだよ。散らかるからね」
「これ以上の散らかりようはないと思うんだけどね」

 口ではそう言いつつも、僕はここにきてようやく安堵の息をつく。少し遅かったが、霊夢が来た以上天子もこれ以上狼藉を働くまい。仮に働いても、霊夢が外で相手をしてくれる。
 僕の推測を確信させるように、天子は霊夢が現れたことで目の輝きを増す。その様子は、遊び相手を見つけた無邪気な子供のようだった。外に行くわよ、という霊夢の言葉に頷き天子はさっさと店を出て行った。
 対して霊夢は諦めの顔。ため息混じりに肩を落としながらも、スペルカードや武器の確認を行っている。

「それじゃ、さっさと済ませちゃいますか。霖之助さん、お茶でも用意しておいてね」
「わかったわかった、だからちゃんと追い返してくれよ」

 当然、と言い残して霊夢も外へ飛び出していく。
 やがて盛大な音が店内に響く。甲高い金属音だったり、霊力のぶつかり合う弾けるような衝撃音だったり破砕音だったり、とにかく公害クラスな近所迷惑である。もっと遠くでやってくれないものか……
 ともあれ、ようやく僕も一息つける。
 どうせ霊夢が勝つだろうし、今日は助けられたこともあるし何か一品くらいはサービスしてやるか。
 ちなみに弾幕戦は天子が勝利した。最初は霊夢が勝っていたらしいが面倒になってきたので、天子を満足させる方向に切り替えたらしい。総合で勝ち越した天子は、それで満足したので帰っていったそうだ。
 天子が帰るまで付き合っていた霊夢が再び香霖堂の扉をくぐったのは、それから二時間以上後のこと。
 僕が送れるのは、この一言だけ。
 お疲れ、霊夢。







 嫌な予感とは続くものだ。
 おそらく香霖堂の中で最も価値のある非売品、草薙の剣……いや、霧雨の剣の手入れをしている時のことだった。
 汚れを拭き取った布は破れ、形を整えるために使った砥石は欠ける。手入れ道具がことごとく壊れていく様子は、道具達が命を賭して僕に異変を伝えているような錯覚にさえ陥る。
 程なくして、その予想は的中した。
 カラン、カラン。

「こんにちは、霊夢……あら」

 来店したのは、昨日に突然訪れ詫びもなく帰った迷惑天人。僕は傍から見て誰しもが機嫌が悪いと指摘する顔を作った。

「視力悪いの? ああ、だから眼鏡をかけているのね」
「この顔と視力は関係ない。……出口は今通ってきたところだよ」
「店じまいでもするの?」
「強盗に売るものはこの店にないよ」
「随分迷惑な奴がいるのね」
「ああ、ほとほと困っている」
「でも、昨日ならともかく今の貴方ならそれで追い払えるのでなくて?」

 天子が視線を投げたのは、僕の手に握られた霧雨の剣。魔理沙曰くボロい剣に目をつける辺り、鑑定眼は高い。
 なぜ基本的な能力が高いのに性格が破綻している奴が多いんだ、幻想郷の住人は。僕のように、もっと真面目にその能力を生かせばいいものを。それとも、能力が高いからこそ破綻するのか。

「ああ、これは…………」

 と、僕は霧雨の剣を天子に見せるように掲げた瞬間、金属が打ち合う甲高い音が店内に反響する。右手に感じる剣の重さとは別の圧力がかかり、僕は咄嗟に筋肉に力を入れる。それが功を奏したと気付いたのは、目の前に迫った天子の顔と霧雨の剣と鍔迫り合う緋想の剣があったからだ。

「よくそれで幻想郷を生きてけるわね。かなり力と速さを抑えたのに、その反応?」
「君のような不良は、天人じゃなくて辻斬りと改名したほうがいい。君に使われる道具も嘆いているよ」
「それも面白そうねぇ。被害者一号にでもなってくれる?」

 どこまで本気なのか、物騒なことをのたまう天子。言外に実行を含ませるその言動に僕の苛立ちは募るばかり。疲労とストレスのタッグによる不快感は加速度的に上がるばかりだ。
 しかし、ここで暴れられても僕では天子を抑えられないのは事実。なんとかして話題を逸らす必要がある。

「別の相手にしておくれ。さて、そろそろ剣を離してくれないか?」
「嫌よ。勘でしかないけど、その剣上等な気配がするわ」
「…………そりゃあね」

 八又大蛇の尾から取り出されたとされる、天叢雲剣なのだから。

「…………面白そうね」

 天子は僕のつぶやきに呼応したのか、緋想の剣に霊力が集中していく。霧のように漂い陽炎のように揺らめく刀身から発する霊力が、店中を包み込むように練りあがっていく。

「おいこら、やめ――――」

 その膨大な霊力が霧雨の剣に伝達した瞬間――それは発生した。

「うわっ!」
「きゃっ!」

 水天を幻視するかのように澄み切った青。その色を孕んだ流水が蛇のように捩じれた動きをもって緋想の剣の刀身に絡みつき、やがて水蛇の牙は天子へ飛び掛る。
 避けることの叶わぬ不意打ちを受け、天子は悲鳴を上げて床に尻餅をつく。僕はと言えば、突然の現象に目を丸くするばかりで不動であった。

「痛ったぁ、お尻まともに打っちゃった」

 その声で僕はようやく我に返る。霧雨の剣はすでに何の反応もなく、発生した水もどこへやら単なる古びた刀の体相を取り戻している。訝しむのも一瞬、変な反応を起こさぬようすぐに鞘へ戻して天子の様子を見る。
 床に尻餅をついた彼女の周囲は水浸しになっており、ちょっとした溜まり場すら作っていた。服や帽子はおろか体中びしょ濡れだ。ちょっと胸がすく思いだったのは僕だけの秘密である。

「水使いだったの? してやられたわね。……うわ中まで」

 顔をしかめる天子。下手に傷つくよりも、体を濡らすほうが彼女にとっては大変のようだ。そういえば、天人には衣服が汚れることを嫌う衣裳垢膩(えしょうこうじ)という天人五衰の一説があったな。 弾幕ごっこで服を汚している以上、デマであると思うがそれなりに影響はあるのだろう。

「これも店で暴れようとした天罰……いや、人罰だ。これを機に大人しくするんだね」
「うーん、そうねぇ。また服を濡らされたらたまんないし…………」

 おや? と僕は眉をひそめた。存外、素直に言う事を聞くものだ。てっきりうるさい! だのそういった返事が返ってくるかと思っていたのに……
 ここで僕の脳裏に打ち水という単語が浮かんだ。
 一般的に広まる打ち水の意味は、暑さを和らげるために道や庭先に水をまくことだ。しかし、その意味を詳しく調べてみるとその単語にはもう一つ意味がある。
 打ち水には『ほこり』を鎮める効果もあるのだ。
 ほこりは誇りや埃など、様々な意味合いを持つ単語の一つ。この場合は、天子の誇り……プライドのようなものを鎮める意味合いとして機能したのだろう。
 霧雨の剣から発生した謎の水。水神の化身にして八又大蛇の尾から生まれた剣だ、神水と呼んでも過言ではないほど徳と格の高いものなのだろう。
 これはやはり、道具の所有者である僕を守るためにその力を発揮したのだろう。……ふふ。

「ちょっと、澄ました顔してないで着替えちょうだいよ」
「んあ? 何で僕がそんなことをしなきゃならないんだ」
「ここ、お店でしょ? 服はないの?」
「店だと思うなら、ちゃんとした対価を――っと」

 天子がどこからか取り出し、僕に投げつけたのは桃だった。豊富な瑞々しさを持ち、かぶりつきたくなる芳醇な香りを匂わす高級品のようだ。
 僕は緩んでいた表情を引き締め、近くの棚からタオルを引っ張り出して天子に渡す。

「これで体を拭くといい。少し待っていてくれ」
「現金ねえ。対価がなければ、何もしないの?」

 天子の軽口を右から左へ流れるようにスルーし、僕は桃をお勝手にしまうと彼女の着替えを取りに店の奥へ向かうのだった。





「なにこれぇ?」

 天子が僕の用意した着替えを身につけ、自分の格好を一瞥した時の言葉だ。これは何だと聞かれたら、説明するのが僕の役目だ。

「ジャージー。用途は運動をする時に着るもの。軽くて伸縮性のある素材で作られていて、煌びやかな衣とは無縁だが、反面機能性を重視した外の世界の服だ。ついでに……ほら」
「…………髪留め?」
「桃を象ったものだ。君は桃が好きなようだし、それに合わせたつもりだが?」
「つけないとは言ってないわよ」

 額にかかっていた髪を上げ、天子は髪留め――正式名称はヘアピンらしい――をつける。アップにされた髪はまだ濡れており、毛先に残る水滴が今にも垂れそうだ。

「外でおでこを出したヘアスタイルを見せるのは初めてだわ。それに……こんな地味ーな服を着るのも」
「さっきから文句ばかりだな。果物一つで着替えが手に入ったんだから、そう難癖つけないで欲しいね」
「天界産だからそれ以上の価値があるわ。それに女が着替えを求めてるのよ、もっと綺麗なのはない?」
「風呂に入る時も、服を着たままと言うわけじゃないだろ。適度な力の抜きようが人生を楽しむ秘訣さ」
「好きなことは全力で楽しむ。それが私の人生における持論よ。それに着飾るのは女の嗜みって言うわ」
「外行きの場合だろう? 服が乾くまではそれで我慢我慢。それとも君は我慢できない子供なのかい?」
「…………中々言うわね。上等じゃない、そこまで言うなら服が乾くまでこれを着て過ごして見せるわ」

 一度落ち着いて天子と接してみると、彼女が存外と幼いことがわかる。詳細に言えば、性格が子供だ。上手く思考誘導してやれば面倒を回避できる。
 服をさっさと乾かして出て行ってもらいたいが、僕が服を乾かすのに使う道具はちょっとした難点があって今は使えない。どうにも乾かした服がパサつくというか……着心地に難があるのだ。僕はあまり気にしなかったのだが、魔理沙に使ってやったらにべもなく断言された。改良の必要ありとして、今は自分以外に使うことはしない。だから、天子の服は自然乾燥を待つしかない。
 服が乾くまでの間、僕は何も言わずに読書をすることにしたが、天子は店内の道具を物色し始めた。盗んでいく様子は見えないので、一通り眼を通すつもりのようだ。
 やがて天子は適当な椅子をカウンターの前に置いて座ると、台の上に腕を投げ伸ばして顎を乗せる。気の抜けただらしない顔だ。言外に退屈だと僕に告げているようだ。

「目的のものがないからって、そうむくれるな。そうだ、どうせならジャージーについて説明してあげよう。ジャージーは確かに見栄えという点では他の服よりも格段に劣る。だが働く必要も悩む必要も無く、毎日を歌って踊って酒を飲む天人にとってはこれほど使える服もない。豪華絢爛なものはやがて飽きが来てしまうが、その点、一点を突き詰め機能美を重視した道具は一切の無駄がない職人芸のこだわりが感じられる」
「…………話には聞いてたけど、ほんとに話が長いわね。けど、訂正個所があるわよ。絢爛な衣は飽きなんか来るはずないわ。飽きさせる時点でそれは絢爛なものではないの」
「なるほど、一理ある。……美術における機能とは、形態的表現を意図しない目的の事であり機能美とは、その結果的な形態に派生する美、ないしそれを活用した表現だ。もちろん、機能とは身体的、物質的なものだけではなく精神的作用も機能であり、そこに重点を置いた表現主義の系統は、歴史上、様々な形で登場している」
「造形美も悪くないわよ。心理や社会へ目を向けてみればわかるじゃない。人と動物を分ける基準の目安の一つに、服を着るか着ないかってのもある。人のあるべき認識を育て、好ましい精神状態を維持する環境の具現の一つの形。それが造形美でもあるんじゃない?」

 中々考えさせられる意見だ。男女という垣根もあるだろうが、育った環境の違いによる意見の相違は討論していて面白い。楽しいと感じる。腐っても天人、というわけか。

「あー、話すより体を動かしたい気分だわ。ちょっと森近、なんか面白いのないの?」
「僕は雑談を楽しく感じる人種なんだ。それに荒事もできない」
「少しは力つけなさいよ。もやし族にでもなる気?」
「放っておいてくれ。君こそ、静かに物事を進められないのか」
「だってじっとしてるのは退屈なんだもの」
「君は釣りとは一生無縁そうだな」
「あら、私は釣りは得意よ」
「ほう。それは驚いた。どんな風に釣るんだ?」
「要石で一定範囲に振動を与えるのよ。そうすると魚が気絶するから、衝撃で浮かんだところを獲ってるわ。ほら、簡単でしょ?」
「(要石?)それは邪法だ。餌を付けた釣り糸で魚を釣るからこその魚釣りだ」
「待つ間暇じゃない。それにあんな方法じゃ魚は獲れないわ。わかる? あの待ち時間の退屈さ」
「君が魚釣りを非常に苦手としている事はわかったよ」

 誰しも苦手なものはあると言うが、天子は魚釣り……いや、何もせずにいる時間というのが苦手らしいな。
 わかっていたことだが、僕とは反りが合わない性格だ。

「それより、君はどうして香霖堂に来たんだ?」
「ああ、そっか。当初の目的忘れていたわ」
「また霊夢を探しに来たのか」
「そうよ。あの巫女と戦うのは楽しいからね」

 また霊夢がげんなりしそうな目的だ。
 なるほど、出会ってからずっとこんな風に付きまとわれては、霊夢も憔悴するというものだ。
  
「天界には楽しいことはなかったのかい?」
「そうよ、退屈も退屈。幻想郷のほうが楽しいくらい」
「幻想郷では逆に、その生活に憧れるほうが多いんだがね。天人としての自覚がないのか?」
「ふん、生憎私は腫れ物扱いされる不良天人なのよ」

 眼に見えて不機嫌になる天子。暴れられても困るし、矛先をどこかに向けないと。

「で、そんな不良に付き合ってくれる霊夢に眼をつけた、と」
「何よ、私が構ってちゃんみたいな言い方して」

 事実じゃないか。

「被害妄想も甚だしい。まあ霊夢は肩書きといった物差しでなく、個人で接するからね。君も一緒にいて居心地が良いのはわかるが、相手の迷惑を省みないといずれは同じことになる。霊夢は確かにどんなことがあっても、中立のままいる。だが、彼女の周りにいる誰かが君を排除しにかかるだろう」
「…………あのスキマ妖怪のこと?」
「なんだ、もう会っているのか」
「生憎とね。あんな胡散臭い奴、あんまり顔見せたくないわ。……思い出して気分悪いわ」
「敵であれ味方であれ、諌めてくれる存在とは大事なものだ。人格に多大な影響を与えるからね」
「煩わしさしか感じないわ…………あら」

 カラン、カラッ。

「霖之助さん、いる…………げ、天子。なんでここにいるのよ。しかもそんな格好して」
「やっぱり、神社にいない時はここね。高確率で霊夢が来るみたいだし」
「連続して、というのは珍しいんだけどね。で、霊夢。どうかしたか?」
「ああ、特に用事というわけじゃないわよ」
「なら構わないわね。さ、霊夢。さっさと戦るわよ」

 天子はすでに椅子から腰を上げて臨戦態勢に入っている。着ているものがジャージーなせいか、取り出した緋想の剣が昨日ほどの華美な装飾に感じないが、本人は気づいていないようだ。
 霊夢はと言うとお茶の準備をして気に留めていない。無視を決め込むようだが、それを許すほど天子は寛容でないことはすでに理解している。

「霊夢、頼んだ」
「うぎぎ、憩いの場ですら休めないの?」
「ここは僕の店で、決して霊夢の別荘ではないよ」
「はぁ、今度は生贄でも呼んでこようかしら」

 その哀れな生贄が誰になるかわからないが、巻き込まれることに対してと、天子の相手をすることにご愁傷様と言っておこう。
 ま、十中八九魔理沙だろうが。

「せめてお茶の一杯くらいは飲ませてよ。霖之助さん、その時間を何とかして作って」
「何とかしてと言われてもなぁ……ん?」

 ふと天子の格好に思うことがあった。
 彼女は本当にあの格好のまま戦うのだろうか。弾幕の美しさを競うスペルカード戦とは言うが、いくら弾幕を美しく撃とうともジャージーでは格好がつかない。単に運動するだけならともかく、彼女らがやろうとしているのはスペルカード戦なのだ。機能美について語った僕が言う台詞ではないだろうが、せめて服が乾くまで待てばいいものを。
 そう指摘してやると、天子はそれでようやく自分の格好に気づいたようで顔を赤くした。少女としての心構えは忘れていないようだ。が、代わりに僕を恨めしそうに睨んでくる。……僕を睨んでもどうしようもないんだが。

「霊夢は別に相手をしないとは言ってないし、服が乾くまでの間は休憩すればいい」
「うう……別に私はいつもこの格好ってわけじゃないからね。だらしないとか、みすぼらしいわけじゃないの」
「はいはい、どうでもいいわ」
「ちゃんと聞きなさいよ!」

 ばんばんカウンターを叩いてわめく天子。台が壊れるからやめてくれ。

「霊夢、お茶を頼んだ。君が一番淹れるのが上手いからね」
「別に構わないけど、こいつの分も?」
「私は別にいらないわよ。お茶なんて…………」
「霊夢が怒る前に、僕がお茶の利点を話しておこう。お茶は重要なものでね。人間は活動すれば、水分とビタミンをどんどん失ってしまう。それを効果的に補い、さらにはリラックスの効果まで与えてくれるのがお茶なんだ。でもまあ、お茶の成分であるタンニンは摂り過ぎると。貧血を起こすこともある。何事も程々が大事ってことだね。結論として…………」
「お茶は活力と癒しを与えてくれるもの。だから必要ってことよ」
「お酒のほうが活力沸かない?」
「それはそれ。これはこれ」

 上手く話題もそれ、霊夢がお茶を三人分淹れたところで喧騒はなりを潜めた。それも一時的なものかもしれないが、やはりこういった静けさは大事にするものだろう。
 天子もそういったことがわからないわけではないが、騒いでいるほうに楽しみを見出すタイプのようだ。こればかりは趣向を押し付けるわけにはいかないので、どうしようもない。
 僕に出来ることは、香霖堂に被害がありませんようにと願うことだけだった。





 上空で繰り広げられる弾幕ごっこ。天子はすでにジャージーから元の服に着替え、戦いへと赴いていった。
 どちらが有利、どちらが不利かなんて関係なく、スペルカード戦を心の底から楽しむ天子とそれら全ての感情を受け流す霊夢の対照的な戦いが繰り広げられている。
 やはりというか何と言うか、テレポートを駆使したり誘導弾を持つ霊夢は割とずるいと思ってしまう。だが、天子はそんなことお構いなし、といった体で霊力が切れるまで弾幕を撃ち続けている。
 その様子を見て、僕は天子という少女のことをほんの少し理解する。
 子供のようだ、と評したがまさしく天子は子供だ。
 遊びを楽しむことにかけて、子供の右に出るものはない。幼いということは、様々な物事に割くエネルギーを『遊び』という唯一に費やすことが出来る。
 大人も遊びを楽しんではいるだろう。けど、大人は子供と違う。
 体格や教養といった肉体や理性の発達ではない、もっと異なる観点だ。
 大人だからこそ、遊びでは子供に敵わない。
 大人というのは、一日を遊んでもその翌日には日々を生きるための労働、或いは周りとの人間関係の構築など様々なしがらみに囚われる。それは一日だけでなく、この先、数多くの人生を生きるために向かわなければならない。
 ましてや、翌日以降も人生は続く。その日一日で全てを燃やしきることなど出来ない。
 だが、子供は違う。
 その日一日でなく、一瞬全力を費やして楽しんでいる。全力で遊んだつもりでも、無意識に力をセーブする大人とは根本からして違う。
 全く、迷惑な話で……目の毒だ。天子に店の経営を全力で楽しんでいるかと聞かれたら、僕は首を縦でなく横に振らなくてはならなくなりそうだ。
 ひょっとして妖怪の多くが少女の姿をしているのも、そういった精神があるのかもしれないな。最も、僕の偏見に過ぎないが。

「あー疲れた、もう今日は動く気しないわ。霖之助さん、夕食はご馳走になるわね」
「お酒はあるの?」

 戦いを終え、勝手なことを言う巫女と便乗した天人が他人の迷惑を顧みない台詞を吐く。……諌める言葉も、通用しないのなら意味がない。子供であることも考えものかもしれないな。
 どの道霊夢には昨日今日と助けられている。それくらいは、用意してやるか。天子にはご馳走する理由など欠片もないが、霊夢が黙認する以上はどうしようもない。

「ならせめて、夕食の材料でも獲ってきてくれ。そしたら腕を振舞ってあげよう」

 疲れた二人にこう言えば、少なくとも天子は諦めて帰る……そう思っていたのは僕だけだったらしい。
 最初は目論見通り店を出て行ったのだが、一時間と経たず霊夢は麦酒を、天子は大量の魚を手に香霖堂に戻ってきたのだ。
 前言撤回などした瞬間に何が起こるかわからない。僕はため息と精神的疲労を対価に夕食の材料を受け取る。
 救いは調理した夕食には麦酒が程好くあっており、その日は久しくなかった豪華な食事を楽しむことが出来たことだった。






 と、まあ天子との最初の馴れ初めはこんな感じさ。
 流石に翌日も、というわけじゃなかったけど霊夢が神社に居ないときに高確率で香霖堂に来るようになってしまったんだ。
 何度も何度も顔を合わせれば嫌でも知り合いになってしまうものでね、頻度はともかく霊夢や魔理沙同様の客以外の何かになってしまったよ。
 そのたびに面倒ごとが起きるのは、何かしらの呪いとしか思えないな。おかげで霧雨の剣について考える暇もない。霊夢に祓ってもらいたいが、巫女自体が僕にとっては呪いのようなものだからもうどうしようもない。
 ああ、それに霧雨の剣と言えばあれだ、打ち水に使われたあの謎の水。
 実は、緋想の剣がまとった気質から発生した水だったらしい。霧雨の剣が僕を守るために起こした現象かと期待していたが、見事に打ち砕かれたよ。ままならないものだね。
 ……あの日のあと?
 ああ、色々と大変だったよ。
 霊夢が持ってきた麦酒は夜雀の店で出す商品の一部だって言うし、天子は魚を獲るさいに地震を起こしたらしく、ちょっとした騒ぎになったらしい。どちらも被害は大きくなかったが、何故か巡り巡って僕へ批判が飛んできた。理不尽にも程がある。
 やはり子供には行動を諌める大人が必要だと言うことだね。天子は温室育ちだと言うし、天界でそういった人物にはめぐり合えなかったから、ああもワガママに育ってしまったんだろう。少なくとも、ウチで何かする時には僕が諫めているけどどこまで効果があるものか……霊夢? あれは素だからどうしようもない。
 頭痛の種が頻繁にやってくるのは、正直しんどいよ。
 ……ああ、大丈夫。心配しなくても、いつものことだ。気にしないでくれ。それに、悪いことばかりじゃない。天界産の桃をタダで仕入れるようになったんだ。量は僅かだけど、少なからず利益になる。
 この辺で失礼するよ。辛くなったらまた愚痴るから、その時にまた付き合ってくれ。
 それじゃあ、また。
 今後とも香霖堂をご贔屓に。
 





<了>


プロフ画像の絵師さんで、相互リンクさせていただいている、潤田さん後日談漫画を描いてくれました!

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楽しく読ませていただきました。

狼っぽい犬というものです。楽しく読ませていただきました。
六欲については、目に鱗で欲望に種類があることにおどろきました。さすが、霖之助。
のんびりブログ運営がんばってください。そして、霊夢と霖之助老夫婦にしか見え(ry
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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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