ラブぜろ? 二話

 翌日の朝、瞬は唸っていた。

 昨日、瞬が信じていた世界の常識が壊れた。
 今なお価値観やら常識やらを秒刻みに壊し続けるそれは、今は布団の中ですやすやと穏やかな寝息を立てている。

「……なんで持って帰っちゃったんだろ」

 自問しても、答えはない。それこそなんとなく、としか答えられないのだ。
喫茶店のバイトの帰りに、化け物というか怪人というか、奇怪な人物を目撃してしまい、逃亡するさいにこの妙なものを拾ってしまった。

 昨日の出来事を簡潔にまとめてみたものの、出る答えは、

(なんだコレ、ゲームか?)
 確実に合っていない、適当なものである。

 くだらない考えを止めようにも、脳裏にはSFやらファンタジーやら魔法やら、様々な単語が飛び交っていた。

 そもそも、なぜこうなったのだろう。そう唸る瞬の中では、彼女を見たときに感じていた安らぎが自己嫌悪へと変わり果てていた。

 とにかく、毎日平穏スバラシイ! と感じている瞬にとって、今置かれている現状は到底耐えられるものではなかった。

 幸い今日は休日だ。ゆっくり考えよう。

 それに父親は今日明日泊り込み。こちらとしては非常に好都合だ。

 安心したところで、まずは朝食だ。

 食事を作るという日常動作を行うことで非現実への思考を破棄し、冷静さを取り戻したかった。

 エプロンを身につけ食器や調理に必要な道具を揃え、米を洗い、炊飯器のボタンを押したところである問題にたどり着く。

(この子、何喰うんだろ)

 そう、妖精少女の食事事情である。

 普通に瞬と同じ朝食を用意、というのはおそらく違う。そもそも体の大きさが違うのだ。

 
 赤ん坊よりもさらに小さな体が食せるもの。

 うーむ、と頭を悩ませる瞬。その一方で少し心地よい頭の疲労も感じていた。

(どうせ悩むなら、食事の献立くらいでいいな、やっぱり)

 苦笑しつつ、果物と野菜スープで行こうと掌をぽんと叩きながら彼女の食事を決定する。

 野菜と果物中心の食生活はナチュラルハージーンと呼ばれ、体の感覚が軽くなることからか、妖精の食事とも呼ばれる。この子にはぴったりだろう。

 今のように家賃数万円のアパートに住んでいる時は、この食事がメニューの中心だった。

 安く済ませる食事を追及した結果としてスープ作りに着手したのだが、父はともかく育ち盛りの瞬にとって朝食が野菜スープと果物というのは難儀したものだ。

 それでも健康体で成長してきたのは、野菜中心の食生活のおかげなのだろうと一人納得したこともある。今は野菜が高騰していて前より頻繁に作らなくなったが。それに瞬は基本的に肉のほうが好きだ。若者として間違っていないはずである。

 思い出に浸りつつ、瞬は早速調理に取り掛かる。

 慣れた手つきで鰹節等のだしを取るなど、料理人顔負けの手際で瞬く間に妖精の食事を完成させる。スープ皿と、味見用の小皿にそれを盛ってスープはOK。

 後は追加分として、焼き鮭や野菜の盛り合わせを作って完成だ。

 茶話と小皿にご飯を盛ってテーブルに食器を運び、ほこほこと湯気を立てるそれらを並べながらエプロンを脱ぐ。

 妖精少女を揺さぶって起こし、優しく扱いながら彼女をテーブルに置いた。

 眠りが冷めていないのか、虚ろまなこで頭をふらふらさせていたが、スープの香ばしい匂いに惹かれたのか、垂れていた耳がぴん! と尖りを戻す。その様子が小動物を連想させ、瞬は頬を緩ませる。

 妖精は食べていいの? と言わんばかりの視線を向けてくる。きらきらと目を輝かせる彼女に破顔しながら、スプーンでスープをすくうジャスチャーを返す。

 使い方がわかったのか、妖精はヨーグルトをすくう程度の小さなスプーンを手に、ゆっくりスープを租借する。

 一口食べた瞬間、ぴん! と尖った耳がさらに跳ね上がる。折れるんじゃないかと内申はらはらしたが、それは杞憂でしかなく五分と経たないうちに小皿に盛られたスープは綺麗に飲み干された。途中でスプーンを置き、皿を抱え込んでんくんくとスープを飲む姿は愛らしく感じた。

 瞬はその食べっぷりに感心しつつ、自分も焼き鮭をつつきながら朝食を食べ始める。

 途中、野菜に顔を突っ込んでいた妖精を誤って箸でつついてしまい立腹されたが、あまりにも迫力がないので逆に笑いが零れてしまう。それがますます怒らせることに繋がり、朝食の間に延々とループする結果となった。

(そういえば久しぶりだな。朝飯をこんな風に笑って過ごすの)

 家が裕福であれ貧乏であれ、父親が朝に居ることは滅多にない。

 裕福であれば仕事で忙しくなり、貧乏になったらなったで借金返済のため働く量が増える。まだ母も一緒に暮らしていたころもそれは同じだ。

 数年ぶりの一人ではない朝食に、瞬はこれから頭を悩ませなくてはいけない事を一時だけ忘れていた。

 朝食を片付けてお茶で一息つくと、しばし心地よい静けさが部屋の中を満たす。
それから十五分後、リラックス気分の切れた瞬はテーブルの上で唸りを上げた。

 さぁてこれからどうしよう。

「なあ、用事ある? あるんなら俺と用件のためにも速やかにここを出て行ったほうが良いと思うんだけど」

 ジェスチャー交じりに会話を試みる。

 妖精は意味がわかっているのかいないのか、話を聞くだけでリアクションを起こさない。それでも根気良く続けていると、ここで妖精が動く。

 ばっ、とはだけた背中から透明な羽根を展開させる。驚く瞬を尻目に、本棚の中を漁り始める。無論、小さな体を賢明に使って引っ張っているので、一つ取り出すだけで倍以上の数の本が落ちてしまう。

 瞬はしかめっ面を作りながら床に散乱する本を片付ける。その間に妖精はやがて一つの本を取り出し、重そうに抱えながら瞬の前に持ってくる。

 手を止めて本を受け取ると、妖精は瞬の頭の上に乗り表紙を見ろと指す。

 表紙には花の絵が描かれている。野草や野花などが記された植物関係の本のようだ。

 こんなのあったっけ、と思いつつページをめくりこれがどうかしたのかと訊ねた。対して妖精はただ一点、表紙に印刷された花をずっと指し続けている。

 まず花軸に注目した。研磨された石で細工された彫刻品を見ているようで、全体が陽光を受けて輝きを発している。

 軸に支えられた花は真紅で彩られている。血のような濃さを持った花弁は、この花が実際に血を吸ったことで得た美しさではないかと錯覚する。

 花は花軸の美しさを引き立たたせ、花軸もまた花の妖しさを際立たせている。見たことのない、珍しい花だった。むしろ日本はおろか世界でも類を見ないものではないのだろうか?

「ひょっとして、この花を探してるのか?」

 こくこくと嬉しそうに頷く妖精。笑顔にえくぼが浮かび、童顔なことを合わせてもますます子供っぽく見えた。お互い言葉を理解できなくても、意志の疎通は可能のようだ。

(うん、探し物してるなら自然と出て行くな)

 別の意味で頷きを返す瞬。
 
 そんな思惑とは裏腹に、妖精は頭の上から降りる気配がない。唸り声を上げてじっと花の写真を見据えている。

「どこにあるかわからないのか?」

 妖精が片目の端に涙を滲ませながらしょんぼりする。瞬はう~むと目を細め、頬を掻きながら本の中身を調べ始める。 

 漁り始めて一分もせずに目的の花の場所が判明する。ここから一つ県を跨いだ高山地帯に咲いているようだ。

 信じられないなと否定するが、本に記載されている以上信じないわけにはいかないだろう。念のため出版社なども調べるが、その手では有名な会社であったことから訝しげながらも納得する。

 ページを破り、生息地の地図に丸をつけた切れ端を妖精に持たせる。そして一時間近くにも及ぶ熱論で所在地を教え込む。理解したかは別だが、少なくとも瞬はやれることをやったはずだ。

「じゃ、そういうことだから」

 これで終わり、と告げるが妖精は服をくいくい引っ張って写真を指すだけだった。

「これは、なんだ、その……一緒に探してくれって暗に言ってんのか? 悪いけど、流石にそこまで付き合うほどお人よしじゃないぞ。お金だって無駄遣いできるほど余裕ないし」

 朝食のことは確かにこちらも嬉しいものがあったが、だからと言ってこの話を了解することはない。近所ならともかく、県外に遠出してまで探す気はない。もう一つ言うなら、瞬に花を愛でる趣味は無いので興味がなかった。

 悲しそうに目を伏せ、何かつぶやく妖精。言葉が通じるなら、おそらく彼女はダメ? と言っているだろう。

「俺は後に残るような面倒事は極力関わらずに生きていくって決めてるんだ。そういうのはもっとお人よしな奴に頼んでくれ」

 妖精は顎に手を添えて思案顔を浮かべる。やがてすくっと立ち上がると、唯一の意思疎通手段であるジェスチャーを繰り出した。頭の上で足を動かすないでくれ、痛い。

 妖精は頭の上から離れると、腕を組んで悠然としているような態度で瞬の眼前に浮かんだ。舌を突き出したと思えば、床に降りてしゃくとり虫のようにずりずりと動く。その様子を見ると、昨日の蛇男について言っているのだろうか?

 どうやら正解らしい。次いで逃げ回り、自分を指すと瞬の服の中に入り込んでくる。しがみ付いたあと、最後にスープを飲む仕草。その一連の流れをさらに十数回繰り返す。

 二十回目。そこでようやく、蛇男から逃げた時自分も連れていってくれたということ、スープを作ってくれたことに対してのジェスチャーだったことを理解する。

 さらに詳しく知るべく、体を張った伝心法が展開する。
その結論として、瞬は彼女の中では蛇男から助けてくれた恩人で良い人、と認識されているようだ。

 瞬は彼女の言いたいこと全てを理解し、にっこりと笑みを浮かべた。妖精もうんうんと頷きぽんと手を合わせる。じゃあ早速、ということか。

 ダメ、と返し妖精を抱えてベランダの手すりに彼女を置いて窓を閉める。もちろんカーテンを閉めることも忘れない。

「これでヨシ」

 すっきりした顔で額に浮かんでいた汗を拭う。が。

 コンコン。

 手が止まる。音を紛らわすべく、声を出す。

「時間は……九時過ぎ。まだ早いし、遊ぶ予定もないから音楽でも聴きながら本でも読もう」

 コンコン、コンコン。

「あー、今日は有意義にすごせそうだなー」

 コンコン、コンコン、コン……

 それまで一定のリズムを保って叩かれていた窓が軋りを止める。それから数分経つが、何も起こる気配はない。逆に不安だ。

 し………………ん。

 沈黙に耐え切れなくなった瞬はカーテンを開けた。窓の外では健気にも元の位置から一歩も動いていない妖精が居た。

 どうやって窓叩いてたんだ、と訝しげな視線を投げるが、妖精は首を傾げるだけで何も言わない。言われても言葉が理解できないので正直ありがたいが。

 見つめ合うこと数分。瞬は耐え切れなくなって目を反らした。
「あーもう!」

 髪をわしわし乱暴に掻きながら、どうやったら平穏な一日へ戻れるかを必死で考える。だが案はいくら頭をひねっても出てこない。

「とにかくダメなものはダメなんだよ!」

 もう何も思いつかない瞬はわめいた。

 溜まった鬱憤を晴らすような絶叫。

 大声で威嚇すれば萎縮して逃げてくれるだろう。正直、そこまで深くは考えていなかったが。

 息を切らしながら妖精を見る。彼女はもうそこにはいなかった。

「……出てったか。怒鳴って正解だな」

 抑揚のない声。自分が出しているとは思えない声音に、思わず顔を上げる。

 ばさっ、と羽音が耳に届く。びくりと震え周りを見ると、一羽の鴉が飛んでいる。

 驚かせるなよと独りごちた瞬は、鴉の足に人形が握られていることに気づく。その人形は金髪で羽根を持っておりまるであの妖精に似て……訂正、あれは妖精だ。
息を呑む瞬に眼に、太陽とは異なった光が閃く。次いでボンッ! と電灯の破砕音。あれが蛇男に放った雷撃ということを遅れて理解する。蛇男に放ったものよりも強力で、その分光も大きかった。

 同時に階上や階下で悲鳴が上がる。アパートと言っても、瞬以外にも大勢の人がここに住んでいるのだ。そんな外界で雷撃など打てば、注目を集めてしまうのは自明の理である。

 警察、という声に瞬は頭が真っ白になるのを感じた。
当の妖精は雷撃で鴉を、不可抗力で電灯をいくつか破壊し、体を捕まれたまま身動きが取れず地上へ落下していく。翼のせいで落下速度は遅いが、明らかに自分より重い質量を支える体に負担をかけていた。

 体が無意識に動く。

 瞬は階段を使って下へ駆け下りる。自宅が三階の一番端の部屋なのが今だけ苛立たしい。妖精のほうは段々勢いが強くなる。間に合う確立は五分五分。瞬はそれでも二段飛ばし三段飛ばしと全速力で走った。

 階段を降りきったところで妖精が力尽き、重力に従って真下へ落ちる。

 このままでは間に合わない。

 一瞬だけ、見捨てれば何事もなくなるという考えが浮かぶ。瞬はそれをすぐに打ち消した。

 何事もなくはない。見捨てたという事実がいつまでも残り、多分、いや絶対罪悪感で後悔すると思った。

「だあああああ!」

 腕を懸命に伸ばし、頭から落下地点へ突っ込む。
手の中と腕に熱さと痛みが走った。焼け焦げた鴉の足から妖精を解放してやると、彼女はひどく怯えた表情をしていた。

「……大丈夫か?」

 頭を撫でようとすると、両腕がひどく痛んだ。よくみれば皮膚が擦りむいて血が噴出していた。地面に全速力で突っ込んだ代償だ。でも妖精が無事だったのだから、痛みを受け入れて我慢すれば良いことだ。

 それにしてもよく間に合ったな、と自分を褒める。運動神経は悪くないといえ、正直助からないかもと焦っていた。

 ふと、焼けるような痛みが消えていくのを感じる。
 燐光が傷を埋めるように瞬を包み込み、それ以上の出血を止めている。やがて数秒とかからずに傷が完全に癒えたのを見ると、今度は逆に瞬が呆然とする番だった。

 妖精は治ったにも関わらず瞬の腕を撫でるようにさする。人間のような手の柔らかさを感じて何か言おうとしたが、口には出さなかった。

 それもつかの間、瞬は奇異の視線から逃れるべく服を少しずらして顔を隠し、妖精を抱えてその場から走り去っていった。






コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
noblenova☆gmail.com←☆を@に変えて送信お願いします。
バナーは目次の中にあります。

web拍手

      ↑
  お礼画像はこちらです。
  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード