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巫女とハーフと夢幻伝説(上)

 文主導の案内の元、妖怪の山の麓を抜けた先で私達は樹海に足を踏み入れていた。
 哨戒天狗などの襲撃や警告は当然なく、すれ違っても怪訝そうな顔や好奇の表情を見せて私達を見るだけで、話しかけてきたり足を止めるような真似はしない。
 おかしいな、とふと思う。
 私は先日のにとりの件を文に話してある。
 当然、怪しさ爆発なので河童の住まう場所を捜査してもらえれば、事件に関連するものを見つけられるんじゃ? と提案したのだ。
 普通なら、天狗の権限などを使って河童を強制捜査すればいい。けれど、文はそれを実行しようとはしない。
 ただ、いつものように博麗神社にやってきてこう言ったのだ。
「今日、河童の所へ行きましょう」

 と。
 正直、哨戒天狗の態度を見るに文が上に意見を話したとは思えない。
 彼らが私達を見る態度は、巫女への物珍しさや部外者が自分の家に入ってきたことに対する悪感情だ。
 まだ全ての在住者が私達の出入りを許しているわけではないのだろう。残念だけど、その辺は仕方ない。
 嫌な考えが浮かびそうになった私は、気を紛らわす意味も込めて文に話しかける。

「ねえ文。河童って天狗の部下みたいなものなんでしょ? ここは一つ、権力使えば一発じゃないの」
「巫女さん、そんなことしたら大天狗様なりなんなりが出てきてこの事件が終わってしまうじゃありませんか」
「は?」

 いや、異変を解決するために今までやってきたんじゃ……?

「そんなことしたら独占記事が書けません。私は巫女さんに付き添い、この事件の始終を全て見定める予定なので」
「……傲慢な考えね。身内に優しい天狗様の言葉とは思えないわ」

 そう冷たく言い放つのは、グリモワールを大事そうに抱えるアリスである。
 以前の言葉通りこの件に協力してくれることになったのだ。

「これはこれは。まだお子様な貴方には大人の遊び心というものが理解できないのでしょうね。これも天狗流の洒落た楽しみなのですよ」

 まだ文が飄々として受け流しているから喧嘩にはならないけど、アリスの機嫌は下降を続けるばかりである。
 私は隣を歩くハーフ君に屈むよう言って、小さく耳打ちする。

(ねえ、アリス連れてきたのハーフ君よね? 最初から機嫌悪かったようだけど、何かあったの?)
(多分、朝の紅茶でも飲みそびれたんじゃないかな?)
(朝の一杯ねぇ。ま、確かにそれは大事だけど)

 何にせよ、あまり不機嫌さを維持されているとやりにくい。
 どうしようかと腕を組む私の傍らで、小傘は無邪気にアリスへ近寄っていた。

「ねえアリスちゃん」
「ちゃん、って……」
「じゃあアリスって呼べばいい?」
「……構わないけど」
「それじゃあアリス。あの子達はどう?」
「あの子達って、上海と蓬莱のこと?」
「うん。ヒビ入ってたし、壊れてなければいいなーって思ってたのよ」
「そう」

 小さくつぶやくアリスがグリモワールを開くと、その中から上海人形と蓬莱人形が飛び出してくる。
 驚きに目を剥く小傘をよそに、二つの人形はアリスの肩へ止まっている。

「触ってもいい?」
「…………別に」
「?」
「小傘、構わないそうだよ」

 わーい、と喜びの声を上げながら上海人形と蓬莱人形の二つを抱える小傘。
 何か話しかけている様子だが、それは少女が人形遊びをしている光景に他ならない。無粋なツッコミはやめておこう。

「……なんで貴方が代弁するのよ」
「あれだけではどっちに取っていいかわからないだろう? 言葉はちゃんと言わないと伝わらないぞ?」
「放っといて」
「やれやれ。文の言う通り、君はお子様だね。心に余裕がない。常に優雅たれなんて真似を押し付けるつもりはないが、そんな無感情系な態度は」
「放っといて」

 同じ言葉でハーフ君を押しのけるアリス。だが彼は止まらなかった。
 
「そもそもあれだ、態度を変える必要はないが受け答えはしっかりするべきだね。挨拶は全ての礼儀の始まり、君も西洋の貴族の流れを汲んでいるならノブレス・オブリージュのような精神を」
「誰が、いつその流れを汲んだのよ……」

 ハーフ君に辟易している様子のアリスだけど、私はあえて助けは出さなかった。
 なんだかんだでハーフ君がアリスに話しかけている間は彼女が孤立することはない。
 小傘とアリスだけでは、アリスの言葉の足りなさで誤解が生じる可能性が高いけど、ハーフ君が間に入ればアリスが苦労する歯目になる。
 苦労すると言うことはつまり、それだけ人に接しているというわけだ。
 まー私の主観から見た情報だし、そこまでアリスが望んでいるかと言われたらわからないけど、とりあえずは私の赴くままに考えていけばいいかな。
 
「でも文。独占記事とは言うけど、具体的にどうするの? このまま河童のところに乗り込んでも、隠しているなら何かしらあると思うけど」
「迎撃ってことですか? ご心配なく、巫女さんも鍛えて強くなっておりますし、問題ありませんよ。それに何せこの数です。いやあ、一つの事件のためにバラバラな面子がこれほど集うのも異例です。これも、巫女さんの人徳ってやつですね」
「これほど、って……五人だけど?」
「それが、同じ目的で協力しあっているのですよ? 我々天狗も仲間意識はありますが、誰かと対峙するときに集団で行くというのは早々ありません」
「まあ、普通は妖怪が問題起こしたら私が解決するのが筋だしね」
「その通り。巫女は妖怪を退治するものですからね。……ですが、今回はその解決に様々な種族が混ざっていますからね。普通、巫女の仕事を奪うようなものなので、こうはならないのですが……」
「前に小傘にも言われたけど、別に構わないとは思うんだけどね」

 まあ確かに、妖怪退治を行うのが巫女以外になれば、人の信仰やお賽銭は博麗神社でない場所へ流れて行くだろう。
 そうなれば神社の運営も危ないし、私も暮らしていけない。だから普通、妖怪退治は巫女が行うものなんだけど……

「今回は幻想郷を揺るがす異変というか、妖怪の山の身内騒動のようなものだし、大丈夫よ」
「妖怪が人間に協力して妖怪を懲らしめるというのも、変な話です」
「まるで桃太郎だね」

 と、ここでハーフ君が会話に割り込んでくる。アリスはいいの? と思い首を向ければ、彼女は小傘の質問にあれこれ答えている様子。

 付喪神の小傘に人形を褒められるのが嬉しいのだろうか、まんざらでもないようだ。
 
「あっちは小傘に任せて大丈夫だよ」
「確かにあれなら大丈夫でしょうね。ところで、桃太郎と言うのは?」
「文字通りさ。桃太郎は犬・猿・雉を率いて鬼ヶ島の鬼をこらしめた。桃太郎は言うに及ばず人間だが、そのお供は動物……それも、鬼と戦えるという面子なら広義の意味で妖怪に相当するはずだ」
「だから桃太郎、ってわけね。妖怪の山に鬼はいないはずだけど、今は新たに外からやってきた鬼が君臨している、と」
「ははあ。面白い解釈ですね。鬼の力を科学に例えれば、岡崎夢美・北白河ちゆりら両名は外の鬼と呼んでも差し支えありませんね」
「だろう?」
「となると、文は雉? 小傘は性格的に犬かしら。それでアリスが猿で、ハーフ君がきびだんごってとこね」
「僕がきびだんご? これまた、どうして」
「考えてみてごらんなさいな。小傘も文もアリスも、きっかけは全部ハーフ君よ?」

 小傘と魔法の森で出会い、私にけしかけたハーフ君。
 文は私もいたけど、企みを看破して交渉に持ち込んだのはハーフ君。
 アリスのグリモワールを拾い、最初に彼女に出会ったのもハーフ君である。
 桃太郎自身が何かしたわけでなく、お供の三匹が付き従ったのはきびだんごがきっかけなのである。
 だから、ハーフ君はきびだんごだと思う。

「そう言われてみればそうですね。そうなると、我々はハーフさんの魅力に参ったということですね」
「嬉しすぎて鳥肌が立つな」

 本気で言っているわけではないのだろう、ハーフ君が文の冗談を軽く流していると、

「――誰が、猿ですって?」

 柳眉を逆立てるアリスの声が背中にたたきつけられる。
 殺気はないけど威圧感伴なう言葉だ。
 
「どしたの、どしたの?」
「……私のこと、猿だって言ったのよ」
「ああ、聞こえてた? 別に馬鹿にしてるわけじゃないのよ」

 特に慌てる理由もないので、私はやんわりとアリスのことを猿と称した理由を話す。
 一応の納得はしてくれたらしいけど、まだ怒っているの腕を組んだまま頬を膨らませている。

「あまり知的なイメージがないわ。それならまだ、雉のほうがましよ」
「あややや。役が奪われてしまいましたね」
「ならきびだんご役を譲ろう。妖怪の山の住人の魔除けという意味で。僕はそうなると、道具を使う猿というわけか」
「わちきって犬なの~?」

 うん、それはもう。みんなには聞いてないけど、満場一致だと思う。
 
「……役を決めるのは後々に話しあうとして、そろそろ見えてきましたよ」

 文がそう言って足を止める。 
 樹海を超えた先に見えるのは、派手な音を立てて流れる川……ううん、あれは渓流ね。

「未踏の渓谷。ここまで来れば河童の住処はすぐです」

 適当な相づちを打ちながら、私は見事な景観の滝をしげしげと眺めていた。
 幻想郷に海はないので、ここまで大量の水が打ち響く景色は物珍しい。文や河童は毎日この光景を見ているとすれば、ちょっと羨ましい


「観光名所にでもすればいいんじゃない、ここ」
「なら天魔様に直談判してくださいな」
「それは無理じゃない? 色んな意味で」
「わかっているのでしたら結構ですよ」

 上手く話題をかわされたような気がするが、深く突っ込んではいけない理由があるのかもしれない。
 空気を読んで、私はこれ以上の追求はしなかった。

「でも、中々見事な景色ね。巫女の言うようにこの辺だけでも開放して欲しいものだわ」

 けれどアリスは追求していた。
 話題をそらそうと、首をぐるりと回して周囲を探っていると私はある点に気づく。
 目を凝らしてみるが、渓谷の上流に見えるそれは下流からでは少しわかりにくい。

「文。あれ何かわかる?」
「あれとは?」
「上流から何か見えるんだけど、ここからじゃわかりにくくて」
「上流? はて、河童か何かいるのです…………」

 文の言葉が途中で切れる。いや、切らざるをえなかった。
 上流に見えたそれが、徐々に私達の視線に入り込んでくる。

「あれは……夢美か?」

 私達の様子に気づいたハーフ君が上流を見やり、その姿を認める。
 そう、上流に位置し文曰く九天の滝と呼ばれる場に威風堂々と佇んでいたのは、先日ハーフ君が出会い私が邂逅したちゆりの主と呼ばれた岡崎夢美なる少女だったのだ。
 ちゆりやにとりの姿は見受けられない。ただ一人、彼女が悠然とそこに在った。

「……ねえ巫女さん、ハーフさん。二人の話を照らし合わせると、あの人が今回の騒動の犯人なのよね?」
「ええ。多分、だけどね」
「いや、ほとんど確実だろうね。夢美と最初に会ったとき、それとなく話を聞き出したが、彼女らが外から来訪し、河童に匿われ、教えを授けたのは間違いない。それがどうして哨戒天狗を傷つけ、アリスを襲ったかはわからないが、多分巫女の噂を聞きつけてそうしたんじゃないかな」
「そこがわからないんですよね。なぜわざわざそんなことをしたのか……」
「いいじゃない、別に。捕まえて白状させれば疑問は全部解決するわ」

 私達の言葉を一掃したのはアリスだった。
 まあ、言われてみればその通りだ。
 夢美を捕まえて聞くのが一番手っ取り早い。

「――――ん?」

 文が何かに気づいたようにつぶやく。
 どうしたの、と声をかけようとするが、あまり見せない真剣な顔つきに思わず躊躇してしまう。
 その様子に気づいたハーフ君が、私の代わりに文へ話しかけた。

「文、どうした? 随分考え込んでいるようだが――」
「――飛べる皆さん、上に避難してください!」

 と、いきなり叫ばれた言葉に対応する間もなく、私は文に手を掴まれて空へ飛び上がる。
 急激な視界の変化に三半規管が揺らされ気分が悪い。けど、その嘔吐感を堪えて文に何するの、と返そうとしたところで――その理由に気づいた。
 それは、幻想郷では決してありえぬ光景だった。
 津波と表現する他ない、怒涛の水流が九天の滝から未踏の渓流へ押し寄せてきたのだ。
 あのまま地を歩いていれば、水没による圧殺は免れなかったかもしれない。
 いや――もう、遅かった。

「うおあぁぁぁぁあぁぁぁ!」
「ハーフさん……!」

 ハーフ君の叫び声。咄嗟にアリスがハーフ君の手を掴んで飛ぼうとしたようだけど、文ほどの速さのない彼女では間に合わなかったのだ。
 結果、アリスはハーフ君を掴んだまま濁流に押し流され、私の視界から消えていく。
 焦燥が胸の内でざわめく。
 今すぐ文の手を離して二人の元へ飛び降りたかったが、文の手が私を離さない。 
 小傘もまた、私と同様にハーフ君とアリスの元へ飛ぼうとしていたが、やはり文の手によって行動を封じられていた。
 苛立ちが怒りに変わるのは、そう遅くなかった。

「文、離しなさい! 二人が…………」
「そうも、行かないのですよ」
「文さん、早く離し……………」

 小傘の台詞が途切れる。
 厳しい視線で文が射抜く先。そこにいたのは、夢美ではなかった。
 黄金の装甲に身を包んだ長身痩躯の人形。
 鎧の頭部から伸びる真紅の長髪は人間の毛髪を思わせるが、それらが特殊な繊維で編まれた何かであるということは、毛髪から放射される光子が証明している。
 スタイリッシュささえ溢れる細身の鎧に包まれた人形。フルフェイスマスクに覆われた顔から覗く赤い瞳が、光の残像を残して私達へ振り向いた。
 ゆっくりと飛行しながらこちらへ迫る

「小傘さん。巫女さんを抱えて彼女を追ってください。飛行戦闘だと、巫女さんは足手まといでしかありません」
「―――――……………そう、ね」

 息が詰まる。
 反論しようとする口は、事の優先事項を思い出すことで強引に閉じた。
 今すべきことは、他にもあるのだから。

「巫女さん…………」
「ごめんね小傘。ハーフ君達を追いたいんだろうけど――今は、岡崎夢美を優先するわ。だから、あそこまで連れていって欲しい」

 小傘が断るのなら、時間がかかるだろうが自分の足で追うしかない。
 飛べない自分では、どうしようもないからだ。
 
「ハーフ君はなんだかんだでしぶといし、アリスも一緒だった。なら、きっと大丈夫よ」

 半ば自分に言い聞かせるように告げる。
 本来なら私もまた小傘同様の行動を取りたいが、博麗の巫女としての自分がそれを許さない。
 何より優先されるのは、巫女の役目なのだから。

「わかった……うん、わかった」

 小傘もまた、自分に言い聞かせるように己を奮い立たせる。
 その様子を認めた文が、ようやく私と小傘の手を離す。そして彼女は、あの黄金のロボットへと向かう。
 
「本来なら巫女の役目は人里の人間を守って入ればそれでいい……なのに、ここまで踏み込んでいる。本来なら、あまりよろしくない行為よね」
「巫女さん……?」
「でもさほら、踏み込んだ責任は取るから――無理はしないでね。行こう、小傘」
「あ、うん。文さん、こっちの用事が済んだらすぐ行くからっ」

 文ほどではないけど、それでも従来の小傘よりも速いスピードで空を駆ける。
 一刻も早い解決を。
 一刻も早い救出を。
 そのどちらもこなせばいい。難しいけど、やるべきことがわかってるなら、迷うことはない。
 黄金のロボットが私達に視線を向けた。
 開かれる口蓋の中から光が漏れる。
 遠く離れていてもなお感じる熱量に肌がぴりぴりと焼ける中、一陣の風がその口を強引に閉じさせた。

「あややや。よそ見は行けませんよ?――貴方のお相手は不肖、わたくし射命丸がお勤めさせていだきます故」

 そよ風のごとき柔らかな風は、一瞬にして荒れ狂う暴風へと転じる。 
 その猛風に小傘の体勢が崩れるがそれもほんの少しのこと、すぐに体を立て直して九天の滝の頂上へと向かう。
 私はもう一度下流を見やる。
 常よりも圧倒的な水位が増しているであろう渓流の流れは最早鉄砲水と呼んでも差支えがないほど荒れ狂っている。
 そんな水流の中では、押し流されたハーフ君とアリスの姿を見ることは叶わない。
 けれど、私は無事だと信じていた。願っていた。
 視線を戻し、私は今は見えぬ岡崎夢美の姿を幻視する。
 何を考えているか知らないけど、この幻想郷では出る杭は打たれるもの。彼女は、それを知らない。
 なら、教えてやらなければならない。私の全力を持って。
 だから――首を洗って待ってなさい!







 押し流される体を止める間もなく、濁流は容赦なく僕達へ襲いかかる。
 このまま下流へ流れ着き、下手をすれば霧の湖まで流されてしまうかもしれない。
 だが、体は平衡感覚を失い今の自分が沈んでいるのか浮いているのかすらわからない。
 満足に息を確保していなかった僕は、勢いに負けていたこともあり窒息の危機に瀕していたが――急に、背中を押される感覚があった。
 そうしているうちに、僕の体は地上へ顔を出すことに成功したようだった。
 息も確保できる。そう実感した僕は、口や鼻から流れる水を吐き出し、すぐに空気を吸い込んだ。
 しかし水の流れはそんなささやかな休息も許さず、再び僕を水中へ引きずりだそうと襲いかかる。
 まずい、と舌打ちする僕は視界の中にアリスの人形が飛んでいることに気づく。近くにいるのか!
 考えはそこそこに、僕は腰のベルトに挟んだ巻物を取り出す。魔力を含んだそれは水の中にあっても濡れ紙で潰れる心配はないのだ。
 僕は巻物の紐を解き、軸を持ったまま上空の人形へと腕を振るった。
 そこに一筋の書巻が伸びる。
 ベルトに挟んであった掌サイズの巻物の長さとは思えぬほど伸びるそれは、どこか困惑した様子を見せる人形の手に巻きついた。
 それを見届け、僕は心中でその巻物の力を起動させる。
 すると、遥か上空へと伸び続けていた巻物は縮小を始める。
 その結果、僕の体は水の中よりの脱出を遂げ空の上へと舞い上がった。
 ――如意文(にょいもん)。
 それが、今使った巻物の名称である。
 孫悟空の使う如意棒にちなんだ効果を持った巻物である。
 忍者が使うような鉤、いわゆるフック付きロープのような、遠くのものに巻きつける道具の一つである。
 元は動かずに遠くの物を取るために作り出したものだが、まさかこんなところで使う歯目になるとは。

「アリス、助かった!」

 聞こえているかわからないが、ここに人形――よく見れば蓬莱人形だ――があるということは、近くにアリスがいるのだろう。
 僕は大声で礼を上げるが、返事は返ってこなかった。
 それも当然、戦闘は続いているのだから。
 水上に浮かんだのもつかの間、川の一部が盛り上がり生み出された水弾が僕へ向けて飛びかかってくる。
 咄嗟に体をひねって回避するが、続けざまに放たれた連弾によって体は隆起した岩へと弾かれる。
 この勢いで岩に当たれば洒落にならない!
 咄嗟に左掌へ送り込んだ魔力で八卦炉を取り出し、水中へ向けて一瞬だけ力を開放する。
 生まれた衝撃で体は上空へ跳ね上がり、からくも直撃を逃れるが危機はまだ去っていなかった。
 蓬莱が唐突な動きについていけなかったのか、バランスを崩してしまったのだ。
 僕はその動きに巻き込まれ、今度は渓流に面した岩へ叩きつけられそうになるが、勢いは少ない。これなら回避はできる!
 なんとか足を岩に向けつつ、飛ばされた勢いを利用して僕は壁走りならぬ岩走りで難を逃れる。
 飛行という名の助走があったからこそ可能な芸当だが、

「辛い……!」

 ずっと走り続けるのは無理がある。
 垂直で走るのも無理なのに凸凹な斜面は足場は最悪、平衡感覚を維持して進めている時点で褒めて欲しいくらいだ。
 それでも人形がバランスを立て直す程度には時間が稼げたようで、僕はそれを見届けると歪んだ足場を蹴って再び如意文に霊力を送り込んで縮小させる。
 あとは人形にこのまま上昇を続けてもらえれば、逃げることが

「期待はずれの残無念~」

 出来なかった。
 暢気な声が耳をついたと思えば、僕の真横には先日ほんの少しだけ遭遇した金髪の少女、北白河ちゆりがそこにいたのだ。

「外の人間は飛べないはずじゃ……!?」
      
 叫んだ質問は、水上を滑走するちゆりがその全身で証明していた。
 足元には、彼女の全長程度の大きさの板が置かれており、ちゆりはその上に乗って水上に浮かんでいるのだ。
 あの板に何かが仕込まれているのは間違いないが、その考察は現状を打破するには、あまりにも無意味だった。

「wake up!」

 ちゆりが英語で言葉を叫ぶ。
 起きろ、という意味の込められたそれは、彼女の足元にある板の機能の鍵を開ける。
 板の足元が爆発し、水しぶきを上げながらちゆりが飛び跳ねる。
 波に乗った彼女はあの板に乗ることで地上と同等、いやそれ以上の高速移動を可能としているのか宙に投げ出された状態の僕では捉えることが出来ない。
 片手は如意文を持つために塞がり、八卦炉で攻撃しようにも前述した通り攻撃を当てることは困難。
 何より、僕に残された行動の選択はほとんどないということだ。
 八卦炉で強引に体勢を変えてもちゆりのほうが早い。かと言って何もしなければ下方で渦巻く水流に飲み込まれて河童の餌食。
 上でちゆりにやられるか。下で河童に溺れさせられるか。二者択一と言えば聞こえはいいが、そのどちらも僕にとっては最悪である。

「まずは一人だぜ!」

 板の上で夢美が武器を構える。あれは、夢美も使っていたビームガンか。
 時間制限もすぎ、選択肢はちゆりへと強制的に選ばれる。成す術なく、僕はあれに打ち抜かれるかもしれない。
 最も――それは、僕が一人であった場合である。

「魔彩光!」
「何っ!?」

 上空より轟く紫の可視光線がちゆりへと放たれる。
 僕への攻撃を中断し、見事と賞賛すら覚える波さばきで光を避けるちゆり。
 ここで僕はポーチから取り出した特殊なお札を八卦炉に貼付け、それを靴の下に仕込んだ。
 刻まれた卦の一部を開放し、炉より発生させるのは風の力。
 回転する風を常時発生させることで浮力を生じさせ、僕は片足という不安なバランスながら水上を滑走する。
 先程のちゆりを見よう見まねで行ったものだが、思ったより効果はあるようだ。
 だが安心は出来ない。如意文を巻きつけた人形と八卦炉の下に仕込んだ吸着効果のお札のバランスが崩れれば、さっきの繰り返しである。
 そのバランスは、ほんのちょっとの攻撃でも崩れ去る砂上の楼閣だ。
 けれど今回、幸運は僕に味方していたようだった。

「ハーフさん、無事?」

 ちゆりを一時的に退けたアリスが飛行しながら僕に並走する。
 なんとか、と懸命に答えつつ先程助けてくれたお礼を交えながら僕はアリスの差し出した手に掴まった。

「はぁ、はぁ、はぁー……………」
「大丈夫?」

 掛けられた声に振り向くと、グリモワールを展開し球状の結界で僕達を包み込んでいるアリスがそこにいた。
 今もなお飛翔し、僕は水中を滑走しているのに、この中ではその影響は全くない。
 ……今にして思うと、とんでもない防御魔法だな、これは。
 この結界を解除した瞬間、僕らはビームガンや弾幕、それに水流に飲み込まれてしまうことだろう。そう思うと、少しぞっとする。

「助かったよ、ありがとう。しかし、まさかこんな展開になるとは思わなかったな」
「押し込みかける予定だったのでしょ? 反撃くらい、覚悟の上じゃないの」
「普通ならね。人間のちゆりもいるけど、最初に僕らを襲ったのはのは多分河童だ。河童が天狗に逆らうなんて、考えもしなかったからね。思考停止に陥ってしまったよ」
「ルールは守るものだしね。けど、相手は河童だけじゃない」
「……夢美達か」
「話に聞く限り、外の世界の人間が河童と組んでるんでしょ? なら、ルールを無視した行動を起こしても不思議じゃないわ」
「何せ、ルールの外の存在だから、か。河童がそれに従う理由は、外の世界の技術か。統一原理とか、そういったあれらは今の幻想郷よりも遥かに進んだ文明らしいしな。河童からすれば垂涎もの……なるほどなるほど、確かに理にかなっている」
「ブレインは大事よ。貴方はそれが武器なんだから、もっと柔軟に考えないと」

 僕は思わぬ言葉に眼を丸くする。
 柔軟に考えろなんて台詞をアリスの口から言われるなんて思わなかったのだ。
 何せ僕を拘束した時もそうだし、巫女達と戦った時もそうだが頭の良い子供、程度でしかなかったのだ。
 それが僕よりも冷静に物事を見ていることに対し、若干の情けなさと対抗心が湧き上がる。
 そこまで言われては負けてはいられないな。
 戦闘なら勝負する気も勝とうとする気も起こさないが、頭のほうで諸手を上げて降参という真似をするわけにはいくまい。
 さて、頭が冷えたことでこの現状を打開する策は思いついた。
 けど、一つ気になることがある。僕はこの確認のついでにそれも聞いてみた。

「グリモワールをより深く操れるようになっているんだね。けど……人形と同時操作した場合、いつまで持つ?」
「……ここで嘘をついても意味ないか。正直、結界を確保しながら動くとなると単調な魔法しか使えなさそう。上海や蓬莱を簡単に動かすことは出来るけど、私が攻撃に参加できないわ」
「やはりそうか……しかし、僕は移動に八卦炉を使っている以上相手への痛打は与えにくい」
「じゃあダメじゃない」
「待て待て。手がないわけじゃない。けど、これには君の協力が必要不可欠だ」
「……聞かせて」

 理由も聞かず、要件だけを求めるアリスに唇の端をつり上げながら、僕はその内容を打ち明ける。
 中身を聞いたアリスが怪訝そうに眉をひそめるが、じっと僕を見つめてくる。

「最初に言っておくけど、僕は戦うつもりはさらさらない。この場を抜けて夢美のところに行く。そこに巫女達もいるだろうしね。アリスはどうする?」
「家を襲った犯人は判明してるのでしょ? 拿捕は巫女さんがしてくれるだろうし、私はここに残って相手を引きつけてあげる。尋問は捕まえてからすればいいし、今は河童相手にデータを取るほうが有意義よ」
「ふむ。まあそれならそれで構わないが」

 また随分とクールな意見である。
 僕としては河童を引きつけてくれるならありがたいので、無駄な口は挟むまい。
 それも一瞬のこと、肩をすくめながらため息を一つこぼす。

「蓬莱はそのまま貸してあげる。けど、私が出来るのは単調な支援だけ。逃げ切るには攻撃するしかないから、あなたがなんとかするしかないわよ?」
「攻撃というよりはこの場から逃げ出す手段だけどね。河童が天狗に反逆しようが知ったことじゃないが、それでも争いごとはごめんだよ」
「……ホント、随分と平和主義者ね」
「戦わないなら、それにこしたことはないだろう?」
「妖怪の血が混ざってるなら、そういった衝動もあるでしょうに……ま、貴方の場合は思考欲がそれに該当するのかしら」

 随分と言ってくれるものだ。否定はしないが。
 と、ここで球状結界の外で音が絶え間なく響いてくる。
 眼を向ければ、どうにか結界をこじ開けようと何かが突撃してくるのが見える。
 巫女に壊されたときよりも耐久値が上がっているといえ、永続的な効果があるわけではない。
 作戦会議も済んだことだし、反撃開始といこうか。

「吹き飛べぇ!」

 結界が解除されると同時に、上海人形の放つ光線とは違う、アリス自身の使う魔法の弾幕がちゆりへ放たれる。 
 板に乗ってこちらへ接近していたちゆりだったが、弾幕の牽制でそれ以上の突進は封じられる。
 けれど足を壊されたわけでもなく、すぐに旋回運動で体勢を立て直しアリスへ向けて銃を構えていた。

「無理はしないでくれよ……」

 アリスも心配と言えば心配だが、それ以上に僕もやばい。八卦炉と水上のバランスもだんだん悪くなってきたのだ。 
 それを示すように、不安ながら滑走する僕へ川より立ち上る水柱が行く手を阻む。

「こっちは防御手段が奪われてるってのに……!」

 唯一自由な左手だが、八卦炉という僕の最大の武器を移動に使っている現状では何もすることが出来ない。
 近接武器は言うに及ばず、お札は水中の敵を倒すには威力が足りない。
 手がないこともないが、文曰く河童は空も飛べると言う。一時的に空に避難出来ても、いずれ追いつかれるであろう賭けをするには分が悪い。
 考えている間にも河童の攻撃は続く。
 水柱による地形の罠、滑走する先から飛んでくる弾幕。
 八卦炉から放出される風を操作して移動することでそれらを抜けていくが、ジリ貧なことに変わりはない。
 僕に出来るのはアリスがちゆりを倒してくれるのを待つだけ……!?
 
「君は……」
「やー、ごめんよ。死んじゃうとかそんな物騒なことはしないからさ、ちょっとだけ気を失ってて欲しいな」

 弾幕と水柱を掻い潜った先で水上に浮かんでいたのは、ちゆり同様ほんの少しの時間だけ邂逅した河童だった。
 確か名はにとりだったか? 巫女に助けられたと聞くが……

「君は巫女に助けられたんだろう? だったら、どうして巫女の邪魔をするんだ」

 時間稼ぎの意味を込めた言葉は思った以上に効果があったのか、しどろもどろになるにとり。
 その様子が逆に気になった僕は、質問を続けた。

「もう一つ、なぜ天狗に反逆なんてしているんだ。夢美にそそのかされたのかもしれないが、それだけで千年以上も続けられたルールを破る理由になるのか?」
「革命、なんだ」
「なんだって?」

 吐き出すようにつぶやかれたそれに、僕はわかっていながらももう一度聞き返した。
 その意味合いを、確認するために。

「私達河童の何世紀も先にあるその知識と技術。月のそれに匹敵するんじゃないかっていうあれらが、私達の手で生み出せるかもしれないのさ」

 細部は少し異なるが、アリスも予想していた通り夢美が原因のようだ。

「……つまり、それが夢美に協力する理由か。下克上とは、また」
「違う!」

 力強い否定。僕は沈黙を以て返した。

「天狗様に反逆する気はさらさらない。今回足止めにメカニクスは使ってるけど、足止めだけさ。天狗様を止めるって意味ではかなり強力だけど、傷つけるつもりはさらさらない」
「…………」

 にとりの独白に、僕は無言を貫く。
 なぜなら、いくら言い繕ったとしても、行動を起こせば全ては言い訳にしかならないからだ。
 それでも、吐き出させておくのは時間を稼ぐ意味でもあるが――何より、河童をも魅了する夢美達の技術に対して、無意識に惹かれているのかもしれないからだった。

「巫女もそうだ。あいつは人間なのに優しい。私もそうだけど、時には妖怪も助けるって言うじゃないか。そんなの、傷つけるのは御免だね。たとえそれが、巫女として間違ってたとしても」
「……………では、今こうしている意味は?」

 紡がれる声に抑揚がないことを自覚しながら、僕はつい口を開いた。
 胸のざわめきを抑えることが出来ず、不安だったからだ。
 その先にある答えが、僕にとってデメリットしかなさそうな気がする。

「夢美が私らに教えてくれた知識と技術の対価――つまり、魔力を持ち魔法を使う相手の、拿捕(だほ)だよ。巫女が霊術使えないって言ったら興味なくしたみたいだけど、あんたには興味津々だったから」

 ――やはりか!!
 事あるごとに魔法に興味津々だった夢美の欲するものがそれならまずいな……捕まったら何をされるのやら。
 最初に出会った時と同様、知識の情報交換なら喜んでするのだが、わざわざ交換条件として拿捕を提示するほど強攻策をしてくるのなら、穏便にすみそうにない。

「巫女には頑張って夢美を倒してもらわないとな…………」
「私もそう思うけど、やることはやらないと行けないから」
「なら、この戦闘を回避することに力を注げばいいものを」
「あー…………」

 にとりがチラ見した先では、板に乗ったちゆりが上空へ向けてビームガンを乱射している。
 相手は言うに及ばずアリスである。互いに致命的な一撃を欠け、弾幕と光線の撃ち合いと避け合いに発展していた。
 なるほど、監視ということか。

「苦労しているね」
「わかる? けど……感謝してるし、答えてやりたいと思うのも事実なのさ」
「難儀なものだ」

 それで質疑応答は終わったと判断されたのか、にとりの背負うリュックから金属製の腕が生えた。
 逃げ場はない。戦いは避けられなかった。少なくともにとりにとっても、僕にとってもだ。
 僕が逃げたら、アリスが狙われることになる。いくらグリモワールがあるといえ、二対一は厳しいだろう。
 先程の作戦会議で、なんとかしてにとりと交渉すると言った手前、何もせずこの場を去るのはいただけない。
 せめてにとりを無力化、あるは戦闘の中断をすることができれば…… 

「………………………………ん?」

 苦心のまま見上げてみると、僕は遠くで何かが飛来するものを見た。
 きらりと光るそれは昼間に映る流星、つまり天龍の鱗のようで……!!

「君の戦う理由はわかった。だが、そんなものに一々付き合ってやるほど僕はお人好しではない」
「逃げる気? でも無理だよ、周りは水、前方は私。水使いの私にとって、ここは牢獄みたいなものだから。それに夢美から聞いてるよ。あんたの最大の武器は近づかないと使えないって」
「確かに確かに。僕の最大の威力を持った技は近接におけるものだ。……けど、あまり情報を鵜呑みにしないほうがいい」
「何するかわかんないけど……こうすれば、関係ないよね!」

 にとりの周囲に水柱がいくつも吹き上がる。それらは均等に立ち並び壁を作ったかと思えば、僕を囲むように形を変え始める。
 水弾が群れを形成する中、僕はそこに幻想郷が隔離される前に見た滝を幻視した。

「河童の幻想大瀑布!」

 にとりが名と共に能力を解き放つ。
 迫り来る水弾を掻い潜った先に見えるそれは、僕の動きに合わせて迫る瀑布、まさに滝の流れであった。
 滝が地を打ち弾かれる水滴の散弾。それらが追尾の性質を伴わせて放たれる。
 僕は単純な移動では避けるのは不可能と判断した。
 とんでもなく勘の良い巫女や素早い文、アリスのグリモワールによる結界などなら避けるのも可能だろうが、僕には無理だ。
 かといって前述した三人の援軍は期待できない。
 あくまで三人は、だ。
 僕は八卦炉の出力を一時的に上げ、飛び魚のように水上を跳ねる。
 迫る大瀑布を視界に納めながら、僕は自然な動きで吸着のお札を剥がして八卦炉を構えた。

「水を吸い込む気? いくらなんでも、そいつは無理だよ。未踏の渓谷は勿論、九天の滝の水量全てを吸い切れるもんか!」
「そうだね。吸い込むのは流石に厳しいだろう。だから、水の性質を利用させてもらう」

 水は白と同様に変化の極地。器さえあればどんな形にも成り代わる。
 そして器を用意出来るのは、何も自分だけではない。水を使うと言うことはつまり、使われることでもあるのだ。
 魔法によって炉の一角が開き、同時に周囲を覆うように風が収束してくる。
 円を描きながら吹き結ぶそれはやがて、荒れ狂う竜巻となった。

「射命丸式風操術!」

 卦の一部、風の力を司る印に霊力を送り八卦炉の力を風に変換することで扱う風操術(ふうそうじゅつ)。
 何も八卦炉で使えるのは捕縛による折檻術だけではない。
 卦に刻まれている属性は無論、世界を構成する道具なのだから組み合わせ次第で無限の可能性が詰まっているのだ。
 僕は文の天孫降臨の道しるべになぞらえ、八卦炉を媒介とすることで擬似的にそれを扱うことを可能とする。
 これも、文という身近なイメージあってのことだ。一から組み立てていては、早々技など生まれない。
 無論、オリジナルに比べれば威力は当然下だが、この窮地を脱するには十分な力であった。
 竜巻によって水は形を変えて風に巻き上げられていく。
 同じ水同士のぶつかり合いでもなく、水を蒸発させる炎でもない。
 突き上げる風によって台風の目とも言える場を生み出し、河童の幻想大瀑布を一時的に無力化する。
 僕はそれを操作し、竜巻の中に一つ穴を作った。いわゆる風の抜け道である。

「くっ、驚きはしたけど逃がさない!」
「悪いけど、もう君では僕を捕まえられないよ」
「何を――」

「おっどろけー! パラソルスターシンフォニー!」 

 聞き慣れた少女の声が響き渡り、そこから星光の雨が降り注ぐ。
 円形に広がる弾幕はにとりの攻め手を尽く封じ、僕の逃走を助ける手段となる。

「アリス、真上に!」

 その声だけで理解してくれたのか、如意文に引かれるまま僕は蓬莱人形の導かれ風の抜け道を通り過ぎる。
 途中、小傘と目が合うと彼女はいつものような、朗らかな笑みを浮かべたまま親指を立てている。
 そして期待するように親指を引っ込めると、おずおずと左手を立て開く。
 意図に気づいた僕は如意文を持つ右手に八卦炉を押し込み、左手を立てる。
 ――手と手が重なり、打ち合う音が静か耳に響いた。
 
「任せた」
「任された♪」

 小さなハイタッチの音は、射命丸式風操術の効果が切れたことによる、大瀑布の直下によって地割れすら起きそうな爆音によってかき消される。

「あっ………………」

 意図の読めない、にとりのつぶやき。
 後に響くのは、小傘が弾幕を打ち込み、それに対応する派手な水しぶきの音だけだった。
 僕は振り返ることなく、蓬莱人形の導かれるまま未踏の渓流を踏破する。


 九天の滝の近くまでやってくると、蓬莱人形の動きがやけに鈍くなったことに気づく。
 僕は近くに足場があるところまで移動し、そこで蓬莱人形から如意文を外した。

「ありがとう蓬莱。後は大丈夫だ、アリスの元へ戻って主人を助けてやってくれ。あと、アリスにありがとう、とも伝えてくれ。君のおかげで助かった、ってね」

 人形に言葉が通じるかわからないが僕なりの誠意を込めた言葉を送る。
 蓬莱人形を操っているのはアリス自身ではあるが、僕はそうでなくともこの人形にお礼が言いたい気分だったのだ。
 通じたかはわからないが蓬莱人形はこくりと首肯の動きを取ることで、僕は満足を覚える。
 ふわりと浮き上がり、主の元へ戻っていく蓬莱人形を横目に僕は九天の滝の先にある施設へ目を向ける。
 元々妖怪の山に詳しいわけではないが、それでも周囲の自然と一線を画する建物がそこに鎮座していたからだ。
 
「遺跡……?」

 森の茂みに隠れ、全体は把握できないものの、入口の作りはそれに酷似しているように見える。
 周囲には誰もいない。夢美はおろか、天狗も河童も誰一人、だ。

(にとりは嫌々そうだったし、ひょっとすると夢美の独断で行っているのか? 今回の事件は)

 妖怪の山で戦闘があったと言うのに、哨戒天狗を一匹足りとも見かけないのはおかしい。
 文が事前に根回ししていたせいか? そうなると、遠まわしにこの事件をツマミに楽しんでいるくらい豪胆なのかもしれない。
 いや、考えるのは後だ。
 巫女はこの中に向かったはずだ。文もおそらく一緒だろうが、にとりの話を信じるなら文を足止めするための何かが用意されているはずだ。
 そうなると、高い確率で巫女は今一人だろう。願うなら、文が速やかに足止めを振り切ってくれることか。
 夢美が己の技術を最大限に利用できる場合の実力は把握していない。
 それでも、パワードスーツなる鎧にビームガンなど、高い文明の技術を数多く保有していることに相違ない。
 対して巫女はお札メリケンの完成形を渡したといえ、基本的に生身の人間だ。
 人類の叡智の結晶たる道具に体一つで立ち向かうには、あまりに無謀。
 その辺は弁えているはずだが感情的な巫女のことだ、必ず無茶を起こす。……悪癖がでなければいいが。
 直接巫女を助けに行ったとしても、文ほど実力のない僕では足手まといになってしまう。

(となれば、別の手段で間接的に助けるとしよう。狙うは夢美達の持つ技術だ)

 それを奪ってしまえば、夢美もちゆりも単なる人間でしかなくなるはずだ。
 元々、アリスの家を襲ったロボットが夢美達の持ち主なら、あれを生み出した工房が中にある持つ可能性が高い。
 なら、それを破棄してしまえば戦闘の続行を中断せざるを得ないはずだ。
 夢美の目的は、魔法を手に入れることなのだから。
 研究機関を人質に取ってしまえば、流石の夢美も諦めることだろう。
 大人しく天狗のお縄についたことでの罰はあるかもしれないが、そこは河童が弁護してくれるだろう。
 天狗もまた、河童の技術の恩恵を受けて生きている。そう無下にはすまい。
 半ば希望にも近い推測で行動の指針を得た僕は、八卦炉を力強く握り締めながら遺跡の中に入って行った。 





「巫女さん、あれ!」
「これ、は……!!」

 小傘に抱えられながら空を飛ぶ私達の眼に入り込んできたのは、文と一緒に倒したロボットに類似した機械の群れが跳梁跋扈し、天狗達と争っているところであった。
 幻想郷では中々にお目見えにならない、集団による戦い……些か数が足りないかもしれないけど、それでも組織だった天狗と機械の群れの争いは戦争と呼んでも差し支えないかもしれない。
 こんな大事になるとは思いもよらなかった。
 ううん、岡崎夢美の本気を侮っていた。ハーフ君から聞いた情報では、彼女は魔力の存在を見つけ、確認するために幻想郷にやって来たと聞いたから、てっきり学者か何かだと思っていた。
 でも、違う。
 天狗相手に戦争を仕掛けるほど、彼女は本気だったのだ。
 けど、こうなると文の黙秘行動が悔やまれる。さっさと彼女の危険性をもっと言っていれば、全体を巻き込むほど被害が広がらなかったかもしれないのに……!
 ロボットの熱線が薄暗い妖怪の山を白く染め上げ、天狗の放つ妖術が鋼鉄の体を傷つける。
 それらを一瞥し、私は唇を噛みしめながら夢美を追いかける。


 走る。奔る。駆ける。翔ける。
 疾走し奔走し駈け動き進撃する。
 己の身体能力にモノをいわせた高速移動は、飛行する天狗に引けをとらない速さを生み出し疾駆する。
 九天の滝の頂上で下ろしてもらったあと、小傘はすぐにみんなの元へ戻るよう指示する。 

「何言ってるの? 私だってハーフさんに改造してもらって、戦力にはなるんだから!」

 鼻息荒く雄々しげに宣言するが、私はこれ以上小傘をここに留めておくつもりは毛頭なかった。
 当然駄々をこねたものの、それでもあちらに援軍に行ってもらうよう言いつけた。
 ここから先は異変を解決する博麗の巫女の仕事である。
 小傘にはすぐ戻ってもらい、押し流されたハーフ君を筆頭に文やアリスのことを助けてもらって欲しかった。

「でも、私は巫女さんのことも助けたい!」
「嬉しいんだけど……その助力は、私よりハーフ君に向けてあげて。きっと、苦労してるはずだから。ほら、あの人助けてあげないと死にそうでしょ?」

 本人曰く、着いてきたのは岡崎夢美に物申したいからとかなんとか。
 理由はともかく、妖怪の山で私と離れている以上彼を放置しておくのは危険だ。
 なぜか攻撃を受けている以上、普通でないことがここで起きている。
 未確認のロボットが私達に、というか文に攻撃を仕掛け水使いであろう河童の攻撃によりハーフ君とアリスは下流へ流された。
 協力体制を取った相手にこの仕打ち、これだけですでに異常が起きているのは間違いない。
 だから、私は今すぐにでも下山して神社にでも戻って欲しかった。
 小傘が居れば、逃げる手助けにはなってくれるはず。
 私がそう説得して、ようやく小傘は渋々と頷いてくれた。
 ハーフ君お手製の雲帽子のせいで俯いた顔は見えないけど、消沈している表情であるのは想像に難くない。
 私は軽く肩を叩くと、小傘は不安げに顔を上げる。
 滲んだ瞳を見据え、私は告げる。

「お願い、ね」

 短く、単純に――明確に。
 ハーフ君や文のように達者な口を持っているわけじゃない。
 どんな言葉を連ねようと、頼む内容は変わらない。
 だから、シンプルに私は言った。
 沈黙が降りる。
 目は逸らさない。それは反撃の隙を与えることになる。小傘に反論を与えてはいけない。与えたくない。
 どれほど時間が経ったか。
 そう長い時間ではなかったと思うけど、十分に長く感じる静寂。
 沈黙の打破はない。けれど、静かに物事は進む。
 小傘の無言の頷きに首肯を返し、私達は同時にきびすを返す。
 地面を蹴った時に鳴った背後の音には振り返らず、私は勘の赴くままに走った。
 
「……?……………え?」

 山の頂上を目指して駆ける中、私はその途中で足を止める。
 視線の先に見えるのは、何の変哲もない山の木々の群れである。
 そこに夢美もいなければ天狗も河童もいやしない、足を止める理由にはならないはずなのだけど……なぜか、私はそこが気になった。
 自分以外の誰かに導かれるように、私はその先へ足を踏み入れようとして――思い切り鼻を打った。

「あいっツ…………………何ほれぇ」

 先ほど別れた小傘とは違う意味で涙が滲んでくる。
 赤く染まった鼻頭を押さえながら、私は中空であるはずの場所に手を伸ばし……そこに、金属の感触を覚えた。
 二、三度同じ動作を繰り返し、他の場所にも手を伸ばしてみると、やはり同じ感覚が手から伝わった。
 ノックするように裏返した中指で感触部分を叩く。
 僅かに鳴り響く音。確かな反応が、返ってきた。

「これ、天狗の隠れ蓑? ううん、違う。でもこれ見たことあるような」

 ここではっと閃くものがあった。
 文と出会い、その後に戦ったロボットのことを思い出す。
 あれは最初、確か隠蔽によって姿を消していたはずだ。
 ハーフ君の「眼」が被っていた道具を見破ったことで隠れていることを知れたあの場面。
 あの後、文の風が道具を切り裂いたせいでおじゃんになった、とハーフ君が嘆いていたけど……その隠蔽技術は、量り知れないものがあった。
 偶然といえ、それを見つけることが出来たのは幸運だった。
 ううん、前例があったからこそ、かもしれない。そう思ったほうが、多分良いだと思う。
 早速衣を剥がそうとするけど、それはすぐには叶わなかった。
 半径数十メートルの周囲を探り僅かな疲労と引き換えに得た情報は、尋常でなく広い範囲にこれが被さっているということだった。
 ひょっとしたら、夢美のアジトなのかもしれない。
 建物全てにその効果が及んでいるのだとすれば、この広さも納得である。
 だとすれば、どうするか。
 ヒントは、両拳に巻かれたお札メリケンの完成型から溢れる霊力にあった。

「…………………」

 呼吸を整え、見えない壁の前に佇む私は左肩を押し出すように体勢を変える。
 足はしっかりと地につけ、振りかぶるように右手を後ろへ下げた。
 私の出す答えは単純明快。
 目の前の壁を、拳で打ち砕くのだ。
 拳を壊すかもしれない荒業だけど、今はその心配はない。
 力を練り、溜めた力を全て右手に――正確には、お札メリケンに集める。
 お札メリケンの完成型はまず、両面に仕掛けを施している。
 前面、つまり相手に当てる部分には変わらず反発の性質を混ぜ、拳に直接触れる裏面には薄い霊気の膜を発生するようになっている。
 膜を展開し拳を包むことで、打撃によって発生する反動を防ぐ効果が現れているのだ。当然、防御面のほうが強い霊気に含む必要があるが、拳で相手の攻撃を防ぐのだから防御を強くするのは当然と言える。
 元より、打撃で倒せない相手なら無理に対峙する必要はないのだから。
 さて、常に薄い霊気の膜で覆っていると言ったが、その霊気を維持するには当然のことながら多大な霊力を必要とする。
 しかし私の霊力はそれこそ一般人より少し高い程度。博麗の巫女としての基準で考えるならブッチギリの最下位にして最底辺である。
 そこでハーフ君が開発したのが、カートリッジからヒントを得た新機能。
 お札自体に、霊力の貯蔵器としての機能を持たせているのだ。
 これにより、見かけは一枚の密度しかないお札の中に何十倍分というお札の霊力が貯蔵されている。
 貯蓄分を使い切ったのなら、手持ちのお札に触れることですぐに霊力をお札メリケンの中に補充することも可能だ。
 ようは邪魔の入らないこの状況、霊力ストックの限界ぎりぎりまで溜め込んだ一撃をお見舞いすることができるのである。
 正直、笑いが止まらなかった。

「まずは挨拶がわりの一発よ。こいつは私の奢りだから――遠慮せず、思う存分味わってちょうだい!」
 
 拳の中にある巨大な霊力の塊が、見えない金属との衝突によって開放される。
 荒れ狂う嵐のごとき力強さと派手さを秘めた一撃、一瞬の無音。
 しんとした場が辺りを包んだと思ったその瞬間――雷が直撃したかのような轟音を生み出した。
 耳をつんざく反響の後には、おそらく壁であっただろう何かがひしゃげた姿が残り、中の通路を私の視界にさらけ出していた。
 その威力を眺め、ふぅ、と満足げに頷く。
 使用した分の霊力を道具袋から補充する私の耳に、電波の途切れたスピーカーのようなジャミング混じりの声が聞こえてくる。

『――ちょっと、なんてことしてくれてんのよアンタ! 一部見える仕様にして入口開けて待ってた私が馬鹿みたいじゃない!!』
「その声、岡崎夢美ね? あー、でもそうだったんだ、ご苦労様」
『ご苦労様、じゃないわよ! 反対側に回り込んでくれたら入口あったの、開放しといたの、見えてたのよ~~~!!』
「あー、その、何。異変起こした貴方が悪いってことで……」
『……………ふ、ふふ、うふふふ。対象に入ってなかったのは訂正、こんな破壊力を単独で出せる人類なんて興味が尽きないわ。ハーフ同様、色々調べないと』

 声が一時的に途切れると、中空にぽっかりと穿たれた空間の色が広がっていき――やがて、それは巨大な船の構図を見せ始めた。
 どうやら、これが隠していた物体の全体図であり、夢美のアジトのようだ。にしてもでっかいなぁ。

『他はみんな天狗相手に出払っているけど、光学迷彩のエネルギーを全部迎撃に回してあげる。容赦しないからね!』
「なら、それら全部ぶっ壊して貴方の元にたどり着いてあげる」

 それが、博麗の巫女の勤めなのだから。
 私は新たな意気込みを胸に、夢美の待つ場へ赴くため船の中に侵入するのだった。






「まずいな」

 何度つぶやいたか知らないが、それでも僕は口に出さずにはいられなかった。
 遺跡のような場所に入り込むまでは良かったが、そこから先に進展がない。というより、する気が薄れていた。
 幻想郷では確実に見ることの叶わぬ不可思議な金属、それらが加工されて建築された遺跡。
 自立型の式神でも仕込んでいるのか、近寄っただけで開く扉に動く床、真っ暗だった道が突如光を取り戻す仕掛けなど、この場に来た理由も忘れて好奇心の赴くままに調べたいという欲求が歩くたびに湧き上がる。
   
「自分に、まずい」

 落ち着け僕。クゥルになれ。
 そうだ、こういうときはネガティブな意見や別の話題を思いつけばいい。
 勢い込んで侵入したのはいいが、地図を持っていない僕からすればここは迷宮だ。
 迂闊にも程があったかもしれない。事前に文を通して妖怪の山と連携し、この建造物の情報なり何なりを調べてもらうべきだった。
 もしくは先日、夢美を出会ったときに真っ直ぐここに案内してもらえれば……それはそれで危険だったかもしれないが。
 ともあれ、こんな巨大な建造物が山の中に鎮座していたのだ。発見できなかったとは思えない。
 だと言うのに天狗達が一向に見つけられなかったということは、ひょっとしたら天狗はわざと夢美を放置しているのかもしれない。
 その理由はなぜだろうか。
 こういう時は元を正してみよう。
 まず、事件の発端は哨戒天狗が傷つけられた、ということだ。
 妖怪の山は組織として、自分達に喧嘩を売ったであろう犯人の捜索を配下に命じ、その中で文が現場に落ちていたお札を理由に博麗の巫女を犯人と仮定しようとしていた。
 その辺は文のこじつけや僕の交渉も相まって誤解ということで済んだ。
 その後、真犯人探しの中であのロボットと対峙し、その所持者である夢美達を犯人と断定。
 そして今、夢美のアジトに居るわけだが……前述したように、こんな建物を天狗が見つけられないはずがない。
 どれほど眼が節穴だったとしても、ありえないのだ。
 神社が目の前にあるのに、神社なんてない、と言う痴呆の気、あるいは認識のズレを持っているなら別だが、そんな迂闊であるなら妖怪の山は組織として機能しない。
 となるとやはり、天狗達は知っていて放置しているとしか思えない。

「……情報は、全て『与えられた』もの……ひょっとして、僕達が欺かれているのか?」

 元凶の情報は文から通じてもたらされたものだ。アリスの件という問題もあるが、今は一時的に保留しておく。
 仮に天狗と夢美がグルだとしたら、巫女の傍にいるはずの文が……敵、なのか?
 小傘のような純真さと無縁で飄々とした文のことだ、仮に今までのことが演技だったとしても驚きことすれ理解できないわけでは、ない。 
 納得は当然行かないが。
 でも、そうなるとこの場に誰もいないのもよくわからない。
 結託しているのなら、この場に天狗なり河童なりをこの場に配置すれば……だがしかし、河童のにとりは確かに反逆の意があった。
 少なくとも夢美と河童は繋がっている。天狗の命令を無視し、夢美達を保護していたのが良い証拠だ。
 そうなると、やはり夢美が何らかの手段を持って――

「…………なんだ?」

 そこで強制的に思考が途切れる。
 靴が床を踏みしめる音がする。目の前から、誰かが歩いて来るからだ。
 自然、八卦炉を握った右手に力が込もる。左手はかく乱用に爆撃の術を秘めたお札を用意しておく。
 先日使いきってしまった魔道書の変わりに、お札に色々な用途を混ぜておいた。何があっても逃げるには十分である。
 今すぐに逃げないのは、相手が夢美かもしれないからだ。
 しかし、その期待はすぐに裏切られる。
 やって来た人物は夢美でもちゆりでもなく、別の人物だったからだ。

「あら~、あなた様は?」

 のほほんとした声音で僕に話しかけてきたのは、メイドだった。
 ヘッドドレスの飾られた黄緑色の長い髪は背中に流れ、青いワンピースや白いフリルつきのエプロンを羽織る彼女の姿はメイドと表現する他ない。 

「……夢美を訪ねて来たんだ」

 一種、賭けのように言葉を紡ぐ。
 侵入者として処理されるかもしれないが、迷宮に迷い込んだかのようなこの場において話す相手は重要だからだ。
 いざとなれば、逃げ切った後に彼女の後を追いかけて別の部屋に案内してもらえればいい。

「お客様でしたか。申し遅れました、わたくしはる~こと。主に家事を担当しているアンドロイドです」
「あんど、ろいど?」
「ご存知ない? メイドと言い換えたほうが良いでしょうか」
「ああうん、それならわかる」

 緊張は緩和し、脱力していく。半ば肩透かしを食らった気分だ。
 殺伐と言うには、あまりに彼女の放つ空気は陽気に満ちていた。

「失礼ですが、アポイントメントをお持ちでしょうか? えーっと……」
「(名前かな?)僕はハーフ。ところで、アポイントメントと言うのは……」
「あら、貴方様が例の。これは重ねて申し訳ありません、それではお部屋にご案内しますね」
「夢美から何を聞いているんだ?」
「魔力研究の協力者と。確か、ご主人様の論文をお手伝いなさるのですよね?」
「…………………ああ、そうだ。でも同時に、夢美の技術も見せてもらう約束をしているんだ。良ければ先に案内してもらえないか?」

 ひょっとしたら、という気持ちを込めて僕はる~ことに聞いてみる。
 上手く誤解してくれるなら、何の問題もなく中枢に潜り込めるかもしれない。
 満ちた期待は、る~ことの穏やかな笑顔と共に返される。

「ご主人様は今別の来客に対応なされていますので、お待ち願えたら嬉しいのですが……いいえ、ご主人様のお仲間でしたら学術の振興は抑えられませんしね。承りました、それではメインルームへご案内しますね」

 言って、踵を返する~こと。
 僕は予想以上の成果に心の中で喝采を上げながらその背中を追いかける。
 ふと、る~ことの背中に☢というマークが見えるが、あれは果たして何の意味合いを持つのだろう?
 魔術的要素……背に取り付けているということは、翼か何かを示しているのだろうか?
 僕は敵地であるということも忘れ、一時思考に没頭していった。





巫女とハーフと夢幻伝説(下)に続く

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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
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東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


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