巫女とハーフと夢幻伝説(下)

 激流と化す渓谷の川の上で、二組の人間と妖怪が戦いを繰り広げていた。
 小傘はにとりに、アリスはちゆりを相手に立ち回り、その戦線は崩れることなく均衡を維持している。
 水の牢獄を生み出すにとりの支配する渓流へ援軍としてやって来た小傘であったが、その顔に不安な様子は見受けられない。
 むしろ意気揚々にして戦気を漲らせているように見て取れる。
 それは、先ほど己を鍛え直してくれた彼とハイタッチを交わしてからずっとである。
 多々良小傘は人間を驚かす妖怪だ。
 人間の驚く様子を糧として、心を食べることでその存在を維持している。
 彼女は元々、使われなくなった唐傘が時間を経て付喪神になったことによって自我を芽生えさせた。
 そんな小傘に、彼は「任せた」と言ってくれた。必要としてくれた。
 気持ちが高ぶらない理由は、どこにもなかった。
「今日のわちきは絶好調! 河童でもなんでもかかってこーい!」
「言うね、それなら受けきってみなよ!」

 水面から水柱が隆起し、螺旋を描いて小傘に迫る。
 小傘は渓流の中にある岩を盾にしようと移動するが、水は岩をもろともせず砕き進んで向かってきた。
 使うものは何の変哲もない水であるが、そこに衝撃と回転が加われば確かな殺傷力を秘めた力として機能する。
 元より、低空ならともかく空から水の中に落ちるだけでも、体がバラバラになるほどの威力を持っているのだから。
 だが小傘は水のドリルに慌てず騒がず、己の本体を前に掲げて傘を広げ受けの体勢を作った。
 着弾する螺旋水。
 岩すら砕く水流を秘めたものであったのは先ほどの一撃で証明されていたが、広げた傘は傷ひとつなくその水を受けきった。
 驚きに眼を剥くにとり。
 小傘は悪戯に成功した童のような笑みを浮かべつつ、傘を広げたままお返しとばかりににとりへ突進する。
 水を巻き上げて壁にしようとしたにとりだったが、小傘のほうが一段速い。
 殺到した小傘は唐傘を閉じて両手にしっかりと握り締め、にとりに向けて全力で突きを放った。

「のびーるアーム!」

 回避は不可能と悟ったのか、リュックサックから伸びる金属製の両腕がその一撃を受け止める。
 ぎしりと軋む金属の腕。
 衝撃こそあったものの、にとりは小傘のフルスイングを止めることに成功していた。が、 

「唐傘お化けの新機能そのいちー!」

 小傘が持ち手として握っていた石突き部分、下駄を模したそれを回した瞬間、巫女が行う震脚のように下駄が空気を蹴った。 
 正確には、蹴る動作をスイッチとし仕込んでおいた霊力噴射機能を起動させる加速装置。
 生み出された推進力により攻撃力が増加した唐傘は、受け止めていた金属腕の守りを突破する。
 勢いを止められず、にとりは水面へと叩きつけられた。

「どうだぁー!!」

 この場にいない改造者のことを思い、むふー、と鼻息荒くふんぞり返る小傘。
 しかし彼女は気づいていない。
 戦いは一対一ではなかったということを。

「Lets Sailor of Time!」
「え?」

 背後から聞こえた声に振り向くと同時、自分の下にある水の流れが渦潮のような形に変化していることに気づく。
 その流れを生み出しているのは、変な板に乗った少女であった。
 何か言いかける寸前、小傘は自分の置かれた状況に気づく。
 慌てながらも飛んで逃げようとするにはもう遅く、小傘は大津波とも呼んで過言ではない大渦に巻き込まれてしまった。
 その波の頂点に乗るもう一人の敵、北白河ちゆりがアリスを振り切って乱入してきたのだ。

「おーいにとり、大丈夫かー?」

 水面に浮かび、にとりが沈んだ場所を見下ろすちゆり。
 反応に答えるように、ぶくぶくと空気を含んだ泡がいくつも並び、そこからにとりが浮かび上がってくる。
 ぷはっ、と噴水のように口から水を吐き出したにとりは、ちゆりの手を借りて再度水上に立った。

「ううん、予想以上の威力……あの傘回収できないかな」
「それもいいな。河童の技術が使われてる様子じゃなかったし、マジックアイテムならご主人様も大喜びだ。私のウェイクボードじゃ移動できても中には入れないし、取ってきてくれよ」
「了解。あ、でもその前に念には念を入れないと、ね! 光り輝く水底のトラウマ!」

 言ってにとりが再び水中に潜り込み、小傘を巻き込んだ大津波が引かないうちに新たに能力を使う。
 水面から水中へたたき落とされ、さらに中でも左右から水によって制圧される一連の流れの中では、平行感覚はおろか状況の把握すら難しいだろう。
 妖怪だから溺死させるには不十分だが、衝撃で気絶させるには十分だった。
 なぜならここは自分の領域であり、にとりは水を使う河童なのだから。水を扱わせたら右に出るものはいない。
 大津波が引くころ、水中の動きもまた停止していた。・
 こんなところか、とつぶやくにとり。ちゆりも、小傘達を倒したであろうと思っていた。
 思い込み、あることを意識の外に放置していた。
 ちゆりが乱入して小傘へ強襲を仕掛けたように、彼女にもまた助けられる存在がいたということを。
 
「……ん?」

 ちゆりがそれを察知できたのはほとんど偶然だった。
 水面を横目に一瞥する。それは何の意図があったわけではない。説明するならば「なんとなく」だ。
 それが幸いしたと気づけたのは、咄嗟に反応した体がにとりを抱えて横っ飛びしてからだった。

「ちゆり、何を」

 にとりの言葉は、水中から吹き出した紫光が二人が占めていた空間を吹き飛ばした音によってかき消される。
 
「外した!? 悪運の強い!」

 光の後に続くのは、小傘の服の襟を握って飛び出したアリスだった。
 彼女らを取り巻く薄い光の壁を一瞥し、ちゆりが苦虫を噛み潰したような渋面を作る。

「直撃させたはずなんだけどなぁ」
「お生憎さま。あの程度、巫女の拳のほうがよほど強かったわ」
「おいおい、本気で人間かよあいつ。妖怪じゃないのか?」
「……あんまり否定できないのは、何故かしらね」

 不意に生まれた沈黙を恥じるように、アリスは頬を赤らめながら首を振って小傘を離す。
 軽く咳き込んでいるものの、彼女に負傷した様子はない。
 にとりの光り輝く水底のトラウマは、アリスのグリモワールによって全て防御されたようだ。

「うっはー、千日手ってこのことかぁ? どうするよ」
(……このまま時間潰すのが一番かなぁ)
「ありがと、アリス。油断したわ」
「油断がデフォな貴方からそんな言葉が聞けるなんて……」
「そんなことないってばー!」
「だってぽやぽやしてるし、そんなイメージがあったのよ」
「むむむ。ここは名誉挽回ってやつね、見てろー!」

 叫びながら唐傘を上に掲げる小傘。
 何かが来る、と身構えたにとり達をよそに小傘はアリスを相合傘のように唐傘の内に入れた。

「そぅれー!!」

 小傘の言葉がキーワードとなり、唐傘お化けの瞳がぎょろりと眼を剥く。
 それが眼前の二人に視線を向け、口から伸びた長い舌が二人に向けて突き出され、
 
「傘騙しぃ!」

 振りかぶる動作をした瞬間、唐傘の瞳が擬似太陽のごときまばゆい光を解き放つ。
 回避動作やのびーるアームで受け止めようとしていた二人は、まともに光を直視してしまい眼を焼いてしまう。
 視界を乱された二人が必然的に眼を覆うことで、一時的な行動不能に陥る。

「どう、どう、驚いた!?」
「驚いた驚いた、驚いたから落ち着いて!」

 小傘の喜びの声には適当に相槌を打ちながらもその隙を逃すアリスではなく、上海人形と蓬莱人形をここぞとばかりに特攻させる。
 狙うはちゆりのウェイクボード。あれを奪えば彼女の機動力は失われ、必然的に戦闘から退場だ。
 ちゆりは回避も防御も行えない。狙うなら今しかない、とアリスは即断する。
 しかし、アリスの信頼する二体の人形は鋼の両腕によってその動きを封じられていた。
 にとりのリュックから生えるのびーるアームが、彼女の指示なしに自動で防御を取ったのだ。
 すぐさまアリスは魔法の攻撃に切り替えようとするが、すでにちゆりは視力を取り戻したようで、ビームガンの狙いを定め、異音を生じさせながら光線を射った。
 上海人形達は拘束から逃れんと動かしたまま。攻撃と防御を同時に行えず、アリスは迫り来る光線を避ける手段はなかったが、間に割り込んだ小傘が唐傘を展開し盾のように広げて光線を防ぐ。
 それに乗じて突貫し、のびーるアームによって戒められる上海人形と蓬莱人形の救出を図る。
 目的は直撃ではなかった。唐傘の一撃で、のびーるアームの手を離そうと考えたのだ。
 同じ道具として、彼女らを捕まえられて怒らないほど小傘は付喪神が出来ていなかった。
 狙い通り、突き出した唐傘の一撃は防がれるが人形達は開放される。
 それを見届けた後、再度柄頭の下駄を回そうとするが、ちゆりの銃弾が自分の手元を狙っていることに気づき、咄嗟に手を離してしまう。
 人形を助けた対価として小傘は己自身を奪われたが、それも一瞬のことだった。

「こんのぉ!」

 同じく特攻していたアリスが巫女ばりの蹴りで唐傘の柄を打ち、奇しくも取り付けた機能と同じ効果、つまり加速による突破力を生み出しのびーるアームの両腕を強引に外したのだ。
 さらににとりの胸元に穂先が迫るが、

「させるかぁ!」

 だが穂先はにとりに突き刺さらず、パワードスーツのレベルを上げたちゆりの手によって受け止められていた。
 小傘はアリスの援護に気づき、すぐさま唐傘を握り直して距離を取ったおかげで再度奪われることはなかった。
 一瞬の中に攻防を織り交ぜながら、二組の人間と妖怪は互いに距離を測り直す。
 交錯する視線には様々な感情が入り乱れたものの、するべきことに変わりはない。
 つまり――戦いはまだ終わりそうになかった。





 
 
 高速旋回する己のスピードに引けを取らぬ速さを持つ黄金の人形――メカニクスと文の戦いは互いに致命打を与えられない膠着戦に陥っていた。
 拳や団扇を使った三連打、風弾を押し当て疾風扇を命中させるものの、メカニクスには傷らしい傷はない。
 大技を繰り出そうとしても、文に匹敵する速さを持つメカニクス相手にその隙は中々見受けられないのだ。
 小技で攻めても無意味。大技は当てられない。
 それはスピードに自身のある天狗という種族からすれば、侮辱にも似た憤怒を沸き上がらせるに十分だった。
 しかし文は憤ることはあっても怒髪天を衝くことはなく、むしろ冷静に互いの戦力を推し量っていた。
 制空権を取るように文の頭上へ飛び上がり、黄金の長腕を振り下ろす。
 飛び道具を使った様子も、弾を射った形跡もない。
 だというのに、文の周囲には強烈な重力が発生し翼を折らんとする圧力が襲いかかる。
 すぐに下降することで重力を味方につけ、地上へ激突する寸前に旋回して再び空へ舞い上がる。
 待ち受けていたと言わんばかりに、メカニクスが視線の先に回り込む。
 細部は違えど、似たようなやり取りを多く続けていた。
 巫女と別れ、この物体と対峙してから、ずっとである。

(おかしい……おかしすぎる)

 メカニクスの口から放射される光線を軽く避けながら、文は心中でつぶやく。
 自分と同じ速さを持っているのなら、先ほどの重力場と並行して光線なり何なりを使えば自分に手傷を与えることは出来たはずだ。
 頑健さには自信があるが、メカニクスのような鎧に覆われた装甲よりは薄い。
 ならば、相手の攻撃が自分に当たればそれなりにダメージは通るはずなのだ。
 ところが、相手はそれをしない。
 攻撃を当てるチャンスはあった。おかしいと思い、わざと隙を作って攻撃させても、必要以上の追撃がない。
 力を測っている、とも考えたが夢美が姿を表し地上で自分達を襲っているからにはそんな悠長なことをしている理由はないだろう。
 となれば、何らかの意図を持って手加減していると見るのが妥当。
 思いつくのは、巫女と自分を引き離すための足止め。
 足止めしていると思っていたのに、その実足止めされている、ということか。
 自分を倒すより、巫女と組ませないために作られたモノ。それが目の前の存在なのだろう。

「これを作ったのが河童であれ岡崎夢美であれ、コケにされているのは確かなようですね」

 静かに息をつく。
 文は冷静で計算高い天狗である。
 必要とあらば自分を偽ることもするし、敵対したくない相手には媚を売る事だってある。
 相手の意図も理解できる。自分だって立場が違えば、飄々としながら相手をおちょくって時間を作るだろう。
 けれど――けれども、今はこちらが急いでいる立場だ。相手に合わせる道理はない。

「外の世界の人間が起こした異変、それを解決する博麗の巫女……こんな面白そうなネタ、放っておけるわけないでしょ!」

 一喝し、文は疾風の速さでメカニクスに接近する。
 一陣の風に同化したかのように掻き消える文の速さは予想外だったのか、首を巡らせることには文はメカニクスを置き去りにして背後に回り込んでいた。
 それは、メカニクスでは捉えきれない動きということを証明していた。
 
「幻想風靡」

 つぶやかれた声を、果たしてメカニクスは拾うことが出来ただろうか。
 聞こえたとしても、跳ね飛ばされた衝撃でそれどころではなかっただろう。
 文が行っているのは単純明快、妖術によって風をまとい体当たりをしているだけだ。
 ただし相手に直撃したと同時に切り返し、それを交互に行うことで何度も何度も追撃を行う文の最大の必殺技である。
 風のように吹き、音を置き去りにして放たれた天狗の体術と妖術の複合技はメカニクスを強烈に打ち付け、先ほどまで傷一つなかった黄金の装甲を損傷させていく。
 使用した霊力が尽きる寸前、とどめとばかりに団扇を振り上げ、メカニクスへと叩き込む。 
 重力場によって地上へ落とされた先の展開と真逆の構図をよそに、文は静かに相手の出方を待っていた。
 そう、出方を待っていた。

(正体不明の相手と戦う場合、手っ取り早いのは自分の最大の技をぶつけること……)

 通じる通じないは別として、そうすることで戦力を図るのだ。
 起き上がらなければそれでいいし、起き上がったとしてもダメージの具合を図ればいい。
 重症なら再度叩き込んで戦闘を終わらせればいいし、効いていないなら天狗の集落まで誘導して選手交代すればいい。
 何も、自分が倒さなければいけないわけではないのだから。
 胸中の推測をよそに、メカニクスは体中から摩擦による煙を巻き上げながらも、機械音を生じさせながら文を見上げる。

(ダメージはそれなり。さっきみたいに喰らってくれるかわからないけど、二発くらい叩き込めば多分倒せる。問題は、それを使用するまでに消費される時間)

 霊力を練り上げるにはそれなりに時間がかかる。
 巫女が使うお札メリケンに搭載された新機能のような、カートリッジなるものが自分にもあれば良いが残念ながら手元にはない。
 時間を使って再度幻想風靡を発動するしかないのだ。
 誘導のほうが速いか、とぼやきメカニクスへ気を配りながら、周囲の様子を観察する。
 そこで、始めて気づく。
 自分の他にもメカニクスのような物体が空に跋扈し、他の天狗もそれの対応に追われているということに。

「これは、予想外――」

 時間にして一秒程度の、間。
 気を取られたのはその程度でしかない。
 しかしメカニクスが地上から上空へ舞い上がり、組んだ両腕を文の頭に叩き込むには十分な時間だった。

「うぐっ……がっ!」

 油断した覚えはない。目は向けていなかったが、気配は探っていた。
 けれども、メカニクスは自分に攻撃を打ち込んでいた。
 さらに変化は続く。
 様子見、と言って過言ではなかったさっきまでの戦いと違い、メカニクスは攻撃の後に追撃を行ってきたのだ。
 両腕から形成される重力場によって動きを封じ、口の砲門から発砲される光線の乱舞。 
 さらに脚部の装甲の一部から、河童の工房で見たことがある弾頭が飛び出した。
 確か、ミサイルとか言う外の世界の兵器――!
 空気を裂いて生み出された爆音は、反響のない外で起きたにも関わらず耳をつんざき鼓膜を破るような轟音を伴って破裂する。
 後には、妖怪の山の一部が禿げ上がるほどの熱量と鉄塊を打ち込まれ、山中の穴の中心に大の字で倒れる文が残されていた。
 メカニクスの瞳が盛り上がる。
 望遠レンズと言う名の、仮初の千里眼を得ることが出来る道具。それが瞳に埋め込まれているのだ。
 視線の先で倒れる文はぴくりとも動かない。
 同じくメカニクスもまた、視線を外さずじっと文を見据えている。
 数十秒ほど経過したところで、文の口からボヤキ声が漏れた。

「やっぱ狸寝入りはバレますかぁ」

 むくりと立ち上がり、ため息混じりにメカニクスを見上げる文。
 その視線に弱々しさはなく、むしろ反逆心が爛々と燃え上がり、瞳を輝かせている。

「自分が力出した分だけ、カウンターで返すってわけですか? 鏡……ううん、さっきの状況を顧みるにまるでイタチごっこ。全然状況が変わっておりませんね」

 やれやれと首を振り、右手を大きく掲げ指向性のある風を集束させていく。 
 風に揺られてある物がゆっくりと降下し、やがて文の手には、彼女達天狗のトレードマークである兜巾(ときん)が納まった。
 頭部へ受けた打撃のせいで、被っていた兜巾が落ちていたのだ。やはりこれを被っていないとしまらない。
 兜巾をかぶり直し、ゆっくりと文は空へ浮かび上がる。
 構図は最初と同じ。つまり相手の予想の範囲内。悔しいことだが自分の最大の威力を持った技では倒すのは難しい。
 しかし、それは物事の一面でしかない。
 幻想風靡を与える時間を稼ぎ、何回も当てられるのなら確実に勝利は可能。倒せないことはないのだ。
 脳裏には、二つの選択肢が浮かんでいた。
 このままイタチごっこを続けて相手に付き合うか。
 巫女への援護を諦め、本気をメカニクスを倒すことに集中するか。
 二つに一つだったが、文はあえて三つ目を提示した。

「とりあえず、貴方の仕事が私の足止めなら――せいぜい、追いついて付き合ってくださいね?」

 文の姿が再び消える。
 瞬間移動にも等しい高速移動は、メカニクスへの接近をするものかと思われたが、今度は異なった。
 彼女はその場から撤退するように、戦場からの脱出を図ったのだ。
 当然、メカニクスはその後ろを追いかける。 
 文はわざとスピードを緩め、一定の距離を維持したままメカニクスから放たれる光線の乱舞をよそに飛翔する。

(そうそう、追いかけて来てくださいよ。私の足止めということは、どこに行っても追いかけてくるということ。せいぜい、貴方自身に戦場をかき回してもらいましょうか)

 回避運動を取りながら、メカニクスからは見えぬようほくそ笑む文。
 思惑を図れぬまま、メカニクスは愚直に己の責務を全うするべく文へ攻撃を仕掛け続けていた。


 


 

 船内を走る私は、迎撃という夢美の言葉通り結構な歓迎を受けていた。
 具体的には、トラップ群である。
 壁を破壊して道なりに進んでいたのもつかの間、正面からわらわらと湧き出て、ネズミのように這い寄ってくる物体。
 スピーカー越しにミミちゃんを喰らえーとか聞こえたので、まあそれが名称なのだろう。
 しかし、少しでも触れた瞬間にハーフ君のお札のように爆発するのは動く地雷のようなものだ。驚異に値する。
 ぶつかった瞬間によぎった嫌な予感に従って離れなければ、爆発に巻き込まれていたかもしれない。
 けれど、これが地雷だと気づいてしまえば踏まなければいいだけの話。
 私は通路の壁を三角飛びで進みながら、床を踏まずに移動を続けていた。
 壁走りでも構わないだろうけど、直角の通路もあるので出来る限り三次元機動が出来る動きが一番いい。

『ちょっと、地雷回避するならせめて飛んでいきなさいよ! 魔法のありがたみが全く感じないじゃないの!』
「お生憎さま、わたくし武闘派ですの」
『くぅぅー! 身体能力だけズバ抜けてるだけなのにぃ!』

 そんな夢美の叫び声が木霊したかと思えば、通路の先から何かが飛んでくる。あれは――銃?
 怪訝な眼を向ける私だったが、その銃がぴたりと中空で停止し、こちらに銃口を構えてきたことで気を引き締める。
 壁を蹴ると同時に、銃口からレーザー光が射出される。それは一つでなく、避けたはずの方向から、あるいは背後から機銃のように打ち出される。
 これは……銃がワープしている?
 先代の巫女は零時間移動(テレポート)の力もあったというけど、彼女は確かただの人間。
 となると、純粋な科学力でこの現象を起こしているということになる。
 あのロボット達といい、どんだけトンデモ科学力持ってるのよ、こいつら!

『ガントリッパー、受けてみなさい!』

 三百六十度を縦横無尽に走り回るレーザー光をよそに、私は冷静に拳を体を動かす。
 避けられる攻撃は純粋に避け、どうしても避けられない攻撃は、

『ええっ!?』

 嘘、とつぶやく声が聞こえる。
 私がしていることが信じられないのかもしれない。
 何せ、放たれるレーザー弾を己が拳で叩き落としているからだ。
 科学に凝り固まった人間なら驚くのも無理はないかもしれないが、私にとっては別になんでもない。
 ハーフ君のお札メリケンの攻防力が、ガントリッパーの攻撃を上回っている。ただそれだけの話だ。
 私はあえてインパクトのある効果を魅せるため、手頃な銃弾を回避中に選別し、まっすぐ私に向かうレーザーに手をかざし――そのまま、握りつぶした。

『――――――』

 息を飲むのが聞こえるようだ。実際に言ったわけではないが、多分そうしているだろう。
 正確に言えば握りつぶしたわけでなく、お札メリケンに着弾して掻き消えたというのが正解なのだけど、夢美の位置からでは見えなかったのだろう。
 仮にカメラが目の前にあって見えていたとしても、外の世界の人間にとって銃弾を正面から潰されるのは慣れていないはず。
 防御の後は攻撃だ。
 私は宙に浮いた銃へ間合いを詰め、一つ一つ確実に潰していく。
 銃自体はアリスのグリモワールほど硬くはなく、お札メリケンの効力を使うまでもなく自身の力で破壊することは可能だった。
 そして私は全ての銃を処理し終えたあと、夢美に向かって静かに告げる。

「直接来なさい、岡崎夢美。迎撃トラップなんてものじゃ、私を捕らえることはできないわ」

 返事を待たず、私は駆け出す。
 ミミちゃん地雷もないようだし、普通に走っても問題ないだろう。
 しばらく船内を走る間、夢美からの攻撃は来なかった。思ったよりさっきのハッタリが効いたのかもしれない。
 実際、トラップによる数押しで攻められたら音を上げるのは私だ。
 勿論簡単にヘコたれる気はないけど、私だって一応人間、疲労は嫌でも溜まる。
 疲労すれば体を動かすのが辛いのは当然だし、何より用意したお札メリケンのストックもある。
 今はまだ平気だけど、あのロボットのような兵器が残っている可能性だってある。だから、なるべくペース配分には気をつけておきたい。
 そうして地図もなく船内をさ迷う中、咄嗟に巫女の勘が弾け横へ飛んだ。
 そこに殺到したのは、機銃のごときレーザー光の嵐。眼を向ければ、そこにあるのは視界を埋め尽くす銃器の群れ。
 持ち手がいないのに、物だけがそこに浮遊しこちらに銃口を向けているのは恐怖を通り越していっそシュールだ。
 でも、整列された銃隊の意図はわかる。銃とは、込められた弾を撃つためのものだから。
 ゆえに、私は回れ右をして逃げの一手を取った。

「冗談じゃないわよ!」

 言っておくけど、私はレーザーより『速く』動けるわけじゃない。
 銃弾が発射されるより『早く』動くこと、そして銃口から予想される着弾点を予測した回避を行っているだけにすぎないのだ。
 そりゃあ文が本気を出せば銃より速いかもしれないけど、私は天狗ではない。
 だから何が言いたいのかと言うと、逃げ場がないほど銃弾が打ち込まれたら嫌でも命中してしまうということだ。
 そのリスクを避けるため、私は壁走りや三角飛びで直角に動くのを避け、それでも当たりそうなときは適当な壁を殴って引っぺがして強引に止める。
 忍者が使う畳返しならぬ壁返し、自分がするとは夢にも思わなかったけど実際結構役に立つ。 
 これは、今後地面でも利用できそうだ、って今はそんなこと考えてる暇はない!

「うっひゃあ……!」

 あぶな、今の危なかった! 髪の毛少し焦げたって!
 逃げる先に見えるレーザー光が恐怖を煽り、私から思考能力を徐々に奪っていく。
 だから、なのか。
 私は自分がある場所に誘導されていることに、ちっとも気づかずに逃げ続けていたのだった。






「こちらがメインルームになります~」
「ああ、ありがとう」

 結局、敵襲らしいこともなく僕は事も無げにメインルームと呼ばれる場所に足を踏み入れていた。
 淡い光に覆われた部屋は、異世界とも言える風景だった。
 同じ不可思議な金属でできた広い部屋の周囲の壁は光り輝く文字や図形が刻まれており、常時変動を続けている。
 一応僕も知るテーブルやソファーなども設置されているようだが、その上に半透明な正方形の板が浮いていて、周囲の壁と同様に中で何かが蠢いている。
 あれは、ホムンクルスの一種なのだろうか?
 あんな小さな、それこそ紙と同等の薄さでしかない中にどんな魔術が刻まれているんだ?

「こちらが夢美様が途中まで仕上げておられました、非統一魔法世界論の資料になります。データディスクは夢美様の机、あちらの引き出しに入っておりますので、必要でしたら取り出してくださいませ。パスワード付きですけど、いつもので開くそうですから~」

 言って、彼女は半透明な四方形の何かをこちらへ飛ばした。
 思わず身構えたが、目の前で止まったそれは特に害意はない様子であった。
 おそるおそる僕の能力で把握してみると、目の前に飛んできたものは「仮想ディスプレイ」と呼ばれるものであった。
 用途は文字を記すもの。……つまりこれは、夢美達の使う紙なのだろうか?
 おそるおそる触れてみると、半透明の仮想ディスプレイなるものにはしっかり触れることが出来る。
 四方や横角も調べてみるが、同じだ。中に文字が記されている、紙と同じ用途で使われている。

「これは……立体に絵が、描かれている? 直線や平面を超えたというのか……!」

 戦く僕の傍らで、る~ことがやはり同様に仮想ディスプレイを飛ばしてくる。
 繰り手は、立体映像の書類が百枚近く束ねられてようやく止まった。 

「とりあえず、最低限の事前資料をまとめておきました。把握されましたら、後はお任せしますね。では私はこれで~」

 る~ことは黄緑色の髪をなびかせ、踵を返して部屋から退出してしまった。
 自動で開くドアが自然に閉じられ、沈黙と淡い光が僕を包み込む。

「………………勢いに任せて来てしまったが、さてここからどうするか……………」

 とりあえず周囲の探索といこう。
 僕は自分の立つ入口とは反対側の壁に歩み寄り、傍に設置されていた窓を覗いてみる。
 眼下には山地や森などが広がっておりいまだに遺跡がこの場に鎮座していることを僕に知らせる。
 しかし随分と庶民的というか家庭的な遺跡もあるものだ。机やテーブルがあるこの部屋を見ると、単なる家のように思える。

「る~ことはメインルームと言ったが……工房における、実験場と考えても良いのだろうか?」

 メインと名を打っているあたり、この部屋は遺跡で一番重要な場所のはずだ。
 る~ことの言を信じれば、であるが彼女は嘘が苦手……というより、つく必要がなさそうに見える。
 とりあえず僕は中空に浮かぶ仮想ディスプレイに眼を向ける。
 中身は日本語で書いてあるものの、一見しただけではさっぱり理解が出来ない。
 専門用語があまりにも多いのだ。
 統一原理、という単語などはわかるものの、それ以外はさっぱりである。
 おそるおそる中央のスチール製の机の上にあった道具を見やり、キーボードなる装置に視線を下ろす。
 そこにはひらがなや英単語や数字などが羅列していて、これで文字を組み合わせるものなのだと推測できたからだ。
 とりあえず僕は、適当な単語として「おかざきゆめみ」というキーワードを打ち込んでみた。理由は特にない。
 すると、仮想ディスプレイにパスワードが違いますと表示される。どうやら暗証番号を解かない限り、これを扱うことは不可能らしい。
 好奇心が刺激されるとともに、押す度に生じる不可思議な異音が気に入った僕は連続して文字を打ち込んでみる。これも特筆した理由はなかった。
 しかし、そう時間を取られるわけにはいくまいと考えた僕は最後とばかりに、先日拾った夢美の銃弾の名称である「ストロベリークロス」という単語を打ち込んでみた。元を正せば彼女との縁はあれを拾ってからだ、締めくくるには相応しいかもしれない。
 改めて探索するか、と立ち上がろうとした僕だったが、仮想ディスプレイに表示されていた絵に変化が生じたのを見て足を止める。……どうやら、パスワードはあれが正解だったらしい。僕の能力も捨てたものじゃないな。流石だ。
 真に驚きだったのはそれからだった。
 周囲の壁が一斉に動き始め、区分に分かれていたはずの仮想ディスプレイが一層に起動を始める。
 思わず八卦炉を取り出して身構える僕を指摘できる奴はいない、と思う。
 忙しなく動き続ける立体映像を横目に、僕は場が収まるまで緊張を走らせて周囲を警戒していた。
 特に敵襲や暴走の気配はなかったが――困ったことに、キーボードが中空にも現れさらに多くの空間図形が次々と部屋の中に現れていく。
 目まぐるしく動くそれらに頭がついていかず、軽く眼を回していたが、

「……まさかパスワードを当てるなんて、すごい強運。これも、彼女の恩恵かしら? でも、これ以上は深く立ち寄らなくても良い区分ですので――後は任せなさい」

 僕の意識は突如スイッチを入れるように切り替わり、目の前のキーボードを自然な動きで打ち続けていった。 





 来る、と私の勘が敵の来訪を告げる。
 ガントリッパーの嵐を掻い潜った先に導かれた部屋は、続く道のない行き止まりの個室だった。
 その分、私が思い切り暴れても問題ない広さを有しており、戦うには問題がなさそうだ。
 推進剤がまき散らされ、浮力を得る噴出音が鼓膜に残る。
 入口の扉を通り抜けて振り返った私の眼に飛び込んできたのは、小型ミサイルに乗って特攻を仕掛ける夢美の姿だった。

「んなぁ!?」

 小型といえミサイルに乗って突撃してくるとは予想の範疇になく、私は一瞬だけ呆然としてしまう。
 それが回避の隙を奪ったことに気づいたのは、ミサイルから降りた夢美が唇の端を吊り上げながら私を眺めていたからだ。
 避けられない――

「なら!」

 強引に起動を逸らしてしまえばいい。
 小型ミサイルが私に着弾するより早く足を振り上げる。
 ほぼ九十度直角に伸びきった股割れに等しい角度の蹴撃が小型ミサイルの形状をへし曲げ、部屋の天井へと跳ね上がる。
 ひしゃげたことで中の信管が作動したのか、天井に突き刺さるより早く小型ミサイルは中の炸薬量に比例した熱風と衝撃を撒き散らす。
 そんな中、煙と火花を切り裂いて夢美が殺到してくる。
 攻撃は私と同じ蹴り。鋭い一撃を私は咄嗟に腕で受け止めた。
 そのままカウンターで食らわせてやろうと思った考えはすぐに消える。
 予想を遥かに超えて、夢美の一撃は重かったのだ。それこそ、私に迫るほどに。
 結果、蹴り飛ばされた私は壁に背中を強かに打ってしまう。
 痛みに顔をしかめるのもつかの間、今度はレーザーが伸びてくる。
 咄嗟にしゃがんだものの、夢美自身が接近戦を仕掛けてきたことで二の句を告げる間もない攻撃にさらされる。
 意外なまでに鋭く重い体捌きを掻い潜る最中、先のガントリッパーとは異なり苺色の光が足元で炸裂した。
 不意打ちに等しいそれを受けた私は傷を負ってしまい、僅かに動きを止めてしまう。
 それを見逃す夢美ではなかった。
  
「ウラシマエフェクト!」

 舞い乱れる光の曲線。
 幾重にも走り、翻るレーザーの乱舞が私を打ち抜き体を焼き焦がす。
 全弾を喰らうことはなく、致命的な傷だけは避けることに集中する。
 懸命に歯を食いしばって堪えたことで倒れることはなかったが、久しく感じていなかった全身に走る痛覚に少しだけ涙が滲んだ。

「一応、直撃だったはずなんだけど。貴方人間なのよね?」
「ちゆりといいアンタといい、どうしても人を人外扱いしたいようね」
「それだけ人間離れしてるってことよ。ったく、それなら魔法を使ってくれたらいいのに」
「スピーカー越しにも言ったけど……私は肉体派なの」
「肉体派じゃなくて武闘派って言ってたわ」
「細かいことはどうでもいいでしょうが!」

 何故か湧き上がる気恥ずかしさを誤魔化すべく、今度は私から攻撃を仕掛けた。
 夢美の主武装は銃器。けれど、体術の驚異も放ってはおけない。
 ちゆりも使っていたパワードスーツは、当然夢美にも使われているのだろう。
 さらに今回は博麗の巫女である私との対峙だ。当然、パワードスーツのレベルも最大限に上げているはず。
 で、あるからこその先の一撃。
 私が優っているのは身体能力のみ。となれば、攻めて攻めて攻めつづけ、格闘戦に持ち込む他ない。
 お札メリケンを最大に活かした一撃を打ち込むことができれば、私の勝ち――

「って、思ってるでしょ? そんなの、可能性空間移動船をぶち破った段階で推測済みよ」

 夢美が私の背後に銃を投げたと思った瞬間、彼女は目の前から消失していた。
 え、とつぶやく私の背中に銃弾が打ち込まれる。
 私は咄嗟に横に飛んで反転する。おかげで、先ほど自分が占めていた空間に走るプラズマ弾に当たることなく体勢を整えられた。
 予想通り、目の前には驚いた様子の夢美が見える。

「さっきガントリッパーでテレポートを見せたのは失敗だったわね。本人がするとは思ってなかったけど、そういうものがあるってのが頭に入ったから」
「……戦闘経験ってやつ? うん、素敵ね。百聞は一見にしかず、机上の空論より実地の行動。頭より体が動くってやつね」
「……嬉しそうね、貴方」
「ええ。中々嬉しいわよ。データの達人技術と違う、本物を見せてもらってるのだから」

 嬉しそうに語る夢美に、私はどことなく戦意が削がれていく感覚を覚える。
 夢美は無邪気に笑い、私の経験則から来る動きに感心を覚えている。
 妖怪の山での騒動を起こした真犯人だと言うのに、無条件に敵意が薄れていっているのだ。
 だから、だろうか。
 こんな質問を投げてしまったのだ。

「魔法を求めて幻想郷に来たって言ったけど、どうして? 貴方達ほどの科学技術があれば、それは魔法にも等しい働きを持っているはずなのに……」
「……確かに、私達は非常に優れた科学力を持っているわ。テレポートを可能とし、ついには幻想郷という異世界にまで私達はやってきた。科学ってのは中々白いものでね。プログラムのデータ、0と1の羅列を組み合わせただけで無限の可能性を生み出すことができるの。このパワードスーツ一つとってもそう。基本、学者である私ですらプログラムを打ち込むだけで貴方みたいな武術の達人と同等の動きを可能にしている」

 貴方達にしてみればまるでゲーム感覚のようね、と夢美は告げる。
 真意を理解できないまま、夢美は話を続ける。

「私の世界にテレビゲームっていう、仮想現実を楽しむ遊びがあってね。当然、遊ぶのは大人だけじゃなく子供もいるわ。むしろ、子供のほうが多いくらい。そんな子供が画面の中で伝説の勇者や魔法使いになって幻想のモンスターを駆逐するRPG、操作キーさえあればもやしっ子でも幻想郷にいるような妖怪を狩る。私達は、それを仮想だけでなく現実にそれを行うこともできる。そう、今のように」
「……それは、言外に現実はゲーム、つまるところ遊びだってこと?」
「まさか。現実は現実。二次元と三次元を同時に見てるわけじゃないわ。それこそナンセンス。……私が言いたいのは、全てにおいてロマンを求めるってことよ」
「ロマン?」
「科学だけでもこれ。仮想の中といえ、ありとあらゆる可能性を生み出すことが出来る。なら、そこに幻想があったら? 仮想であるはずの魔法が現実に加わったらどんなに素敵か……想像するだけで素敵」

 舞台の役者が、観客に心中を知らせるための独白のように。
 神様へ祈り、罪を覚え悔い改めた告白をする懺悔のように。
 あるいは、理想を求め諦めきれずにさ迷う夢想家のように。
 それは、偉業を遂げた英雄のお話を歌う吟遊詩人のように。
 彼女、岡崎夢美は幻想郷の管理者たる博麗の巫女に言った。 

「人生は物語のようなものよ。おとぎ話の登場人物に憧れるのなら、自分もそれに関連する何かを探せばいい」
「その結果が……魔法?」
「そうよ。最も、大前提として学会への復讐が先だけどね。それが済んだら、またここに来て魔法を堪能させてもらうわ」

 ゆっくりとビームガンの銃口を私に向ける夢美。
 胸にあった敵意は結構散ってしまったけど、戦意はいまだ残っている。だから、戦える。

「貴方のお話、良いと思うわ。言葉を借りるなら、素敵。でも、ごめんなさいね。私は博麗の巫女。貴方は異変を起こした犯人。だから、過程はどうあれ結末として私は貴方を打倒する」
「それで良いんじゃないの? だって、それが幻想(あなた)の在り方なんだもの」

 私もお札メリケンの力を起動させ、拳を構える。
  
「ゲームって、言うほど悪いものじゃないと思うわ」
「へえ、どうして?」

 攻撃する様子がないと悟ったのか、夢美は私の軽口に応えてくれる。
 ついでだ、と私は思いの丈を言ってみた。

「だって、ゲームって遊ぶものでしょう? 人間でも妖怪でも、ルールで縛られた遊び(ゲーム)なら一緒に楽しめると思うのよ」
「……それは、ルール次第で力を均等にできるから?」
「ボートゲームみたいにね。サイコロや運なんて、操ることなんて出来ない。操れたとしても、ルールで禁止にしてしまえば使えない。みんな平等に、妖精が龍神を打ち負かすことすらある、そんな遊び」
「妖精……幻想郷では子供以下の力の存在だっけ。子供がテレビの中で勇者になって魔王を打ち倒すように、そういうルールで縛られプログラムされたものなら、確かにそうでしょうね」
「そういうこと。お付き合いありがと」

 両腕に霊力が渦巻き、目に見える形となって光が溢れる。
 瞳を輝かせながらも、夢美はビームガンを握る手に力を込める。

「いいわよ、別に。そういうの……私もキライじゃないわ。貴方が魔法を使えたら、もっと良かったんだけどね!」

 ビームガンを持つほうとは反対の手がひるがえる。
 ハーフ君曰く夢幻爆弾と呼ばれる制圧力の高い爆弾がばらまかれ、広範囲に衝撃波がよせる。
 私はバックステップで範囲の外に逃れ、再度接近しようと試みるも苺色の光を放つ三つの大玉が夢幻爆弾の隙を縫うようにゆっくりと迫ってくる。
 お札メリケンの霊力を防御に回し、それを凌ぐのだけど、今度は空中に描かれた青白い魔法陣から大量の弾がばら蒔かれる。
 攻撃する暇を与えてもらえず、私は防御を続ける。
 ひたすら、チャンスだけを待っているのだ。
 けれどそんな僅かな望みも夢美は与えてくれなかった。
 考えてみれば、夢美は銃器だけでなく仮初めながら身体能力が向上している。
 爆弾をばら撒き、牽制することで私への接近を容易に可能にしていたのだ。
 そこまでは良かった。
 私の失策は、近接戦なら例え自分に近しい体術を持っていたとしても、確実に勝てるという自信にも似たおごりだった。
 過信は失敗を招くことを、私は身を持って体験することになる。
 全ての爆撃を凌ぎ、背後に迫る夢美に気づきながらも私は彼女の攻撃を捌ききり、反撃に移ろうとした。
 けれど、現実は予想に反して私の防御を掻い潜った夢美の手が私の首を掴む。
 そして、絶望の声が聞こえた。

「アンチプラグマディズム」

 足元から噴出する幾つもの苺色の十字光、ストロベリークロスが私を打ち抜く。
 私がお札メリケンで防御できるのはあくまで拳の部分。地面までは対応していない。
 手を地面に向けて防ぐならまだしも、足元からの攻撃を防ぐことは出来なかった。
 打ちのめされた体が放り投げられ、床に落ちるかと思いきやさらなる追撃が待っていた。
 体が降下を始めたところでさらなるストロベリークロスによるトドメを撃たれ、何回かバウンドした後にようやく体が止まる。
 仰向けに大の字で倒れる私を悠然と見下ろしながら、夢美は嘲笑していた。

「ふふ、ちょっとやりすぎたかしら」

 指一本動かすのも億劫な痛みが全身を駆け巡る中、夢美は懐から取り出したリモコンを操作する。
 すると、寝転がっていた私の手足に鉄枷がはめられ、背中を預けていた地面が隆起する。
 壁そのものが操作を受け付けているようで、私は倒れていた壁の一枚を背に預け完全に拘束され、夢美を見下ろすように少し高い位置に固定される。
 まるで、罪人にでもされた気分だった。

「聖者は十字架に磔られました、ってところかしら?」 

 私の心中を代弁するように、夢美が言う。
 けれど、私は返事する気力もなく、顔だけをなんとか動かして夢美に向ける。
 言葉を紡ごうにも、口がかすかに動くだけで空気を震わすには至らない。
 完全な、私の敗北だった。

「この部屋に誘導されてたことに気付かなかった? ここは実験室でね、色々拘束器具みたいなものあるし、暴れん坊を大人しくさせるのに適してるのよ。……良いこと教えましょうか? ハーフが船に侵入したって、る~ことから聞いてるの」
「…………………!」

 震える唇は微かな刻みを残すばかり。決して言葉には至らない。
 けれど、私の言葉を、感情を理解しているのか夢美はさらなる言葉を紡ぐ。

「戦ったのを見ると、特別なのはそのお札だけみたいね。ハーフ特注品? とりあえず彼を捕獲すれば、貴方はそれだけで解放してあげる。身体能力の凄さはわかったけど、私達の科学を超えるものじゃないしね。そのお札だって、もう一度作ってもらえば良いし」

 ほ、か、く?
 だ、れ、を?

「ああ、楽しみね。あの時見せてもらったのは科学でも再現可能だけど、ハーフが魔法を使えることは確定してるし……調べがいあるわぁ。きっと有意義な情報をもたらしてくれるに違いない!」

 ああ、そうだ。
 ハーフ君が、そういえば狙われているのだった。
 おかしいな、博麗の巫女なら、ちゃんと異変を解決して、人間を守るはずなのに。
 ああ、ハーフ君半分だけか。でも、半分でも救わないと。でも、半分は退治するもの?
 どっち、だっけ。
  
「少しここで大人しくしてなさい。もう入口は閉じたし、ハーフはもう袋の中の鼠。逃げられはしない――」

 視界が闇に染まる。
 一瞬、無意識に眼を閉じたのかと思ったけどすぐ部屋は光を取り戻す。
 何事! と先ほどと打って変わって慌てる夢美の声しか聞こえない。

「る~こと、今どうなってるの!?」
「どうも、船の主力電源が落ちたみたいですね~。すぐに予備発電装置が働いたみたいですけど、天狗達と戯れるよう指示した子達、み~んな起動停止に陥ってます~」
「なんですってぇ!」
「先ほどのハーフ様が誤作動してしまったのでしょうか~」

 ……え?

「え、ハーフメインルームにいるの?」
「はい~。ご主人様、案内してあげなさいと申しましたので……」
「おばか~! そんなの、実験室なり別の部屋なりにすれば良かったのに!」
「でも、ハーフ様はご主人様の協力者なのでしょう? なら、別に構わないかと……」
「現場の判断で物を動かさないの! 確実に、必ず! 上に報告して!」
「はい~、これから注意致しますわ~」
「ああもう、家庭用メイドしか残さなかったのは私の不注意ね……事務対応のAI、完璧じゃないみたいだし……まずいわね、リモコンの遠隔操作も聞かなくなってる。支配権移された?」

 かちゃかちゃとリモコンのスイッチを押す、虚しい音だけが響く。
 ふと、私は拘束された鉄枷に圧力が失われていることに気づいた。

「それに天狗達の相手がこれで終わったとなると、不自然がるのは当然……まあ今から再度遠隔操作でプログラムを――」
「おいご主人様、何してるんだよ!」
「もう、次は何なのちゆり!」
「船浮かんでるじゃないか、私を置いてく気か?」
「うわ、ほんと……! これもハーフが動かしたってこと? 未来知識なんて欠片も理解できないはずなのに、実行したってこと? 素敵」
「素敵な馬鹿だよ、ご主人様は!」
「……はっ。今は考えに浸ってる暇はないわね。動かしたのがハーフでもなんでも、操作権を奪い返さな――」

 夢美の言葉がふと途切れる。
 おそらく、気づいたのだろう。
 私の行動に、気づいたのだろう。
 戒めから解かれ、拳を握った私に。
 霊力の全てを右手に込めている私に。
 今まさに、体ごと夢美に倒れこむ姿に。

「――アンタも、道連れだぁ!」

 残る力全てを振り絞った私のスイング。
 不意打ちだが、夢美が僅かに反応する。
 当たるか外れるか、どちらか私にはわからない。
 すでに意識を、全精力を拳に込めた私は半ば気絶に入り込んでいたのだ。
 わかったのは、拳は何にも当たることなく空回り空を切ったということと―― 

「危……なっ、拳が、飛んで―――――――」

 夢美の叫び声と何かが砕ける音だけを耳に残しながら、意識の糸はぷつりと断ち切れるのだった。




「―――――――――」

 気づけば、僕はメインルームではない場所に立っていた。
 地を這い、駆動するする鼠が傍にあった壁に当たり小さく爆ぜた衝撃と音がする。
 痺れる痛みと引き換えに自意識を取り戻した僕は、脈打つように鼓動の音を響かせる胸に手を当てる。

(いつの間にこんな所に……)

 なぜか胸の動悸が早い。
 じんわりと掌を湿らせる汗が、僕の知らないうちに何かが起きていたことを告げている。
 夢遊病を患った覚えはないし、意識もはっきりしている。
 なのに、ぽっかりと穴が開いたように記憶に途切れがある。覚えているのは、メインルームに入って色々と調べていたということ。
 仮想ディスプレイという中空に浮かんだ四角い箱に手を触れようとしたところまでは覚えているのだが、それから先が雲ががかっている。
 自分の位置を再確認してみても、る~ことに案内された時に通った場所ではない。
 首を周囲へ巡らせて見ても、元より土地勘もなく地図もない遺跡の中、所詮はその場しのぎの行動であり、結局はうな垂れるという選択肢を選ぶ他なかった。

「どういうことだ……」

 頭を抱えてうずくまるも、現状が変わるわけではない。けれど、少しくらい落ち込む時間は欲しかった。 
 十秒程度の時間を使い、思考を強引にクリアさせる。まずは動いて何があったかを確認しないと……いや、そもそもの目的を果たさないと。
 夢美達の技術の制圧という目的を思い出し、僕は意気込みを新たに一歩――

「っつぉ!」

 踏み出そうとした足を切り替え、倒れこむように横へ流れる。
 一筋の光条が真横を通り抜ける。慌てて光が飛び込んだ方角へ眼を向ければ、舌打ちし僕をぎらついた視線で睨めつける夢美の姿があった。

「外したか……」

 慌てて立ち上がって体勢を整えたのが幸いだったのか、追撃の様子はない。
 いつでもアイテムを取り出せるよう、左手の霊印を起動させ足を小刻みにステップさせる。立ち止まった状態より、軽く動かしておいたほうがダッシュに切り替えやすいからだ。
 そんな僕の事前準備は、夢美がぽつりと漏らしたひと言で足を止めてしまうことになる。

「良い意味でも、悪い意味でも予想外ね、貴方は。巫女には期待を裏切られたけど、貴方なら応えてくれそう」

 巫女の名が出たことで、僕の意識がそちらへ向けられる。
 相手の腹の中とも言える遺跡の中と言っても、僕は正面対決に向いていない。直接対峙するには、不都合のはずなのだが……感情は、そんな冷静な意見を塗りつぶし僕の口を操作する。

「期待を裏切られた? 元より、彼女は肉体派だろう」
「あいつ、どうやって侵入したと思う? 拳でこの壁ぶっ壊して入ってきたのよ? あの体調べるだけでも価値あるかも、って思ったけど……ま、暇つぶし程度ね。その点、貴方は違う。魔法も使えるし、何より未知で未来の知識を活用して船のシステムを乗っ取った。あのパスワードは、こっそり銘々した銃の名前だからちゆりにも教えたことなかったのにね。これも未知の道具の名称と用途を知る能力だっけ? 素敵。そんな存在を調べられると思うと、もっと素敵」
「巫女は?」
「私が出迎えた。そんな私が貴方の目の前にいる。答えたも同然でしょう?」
「直接言われないと納得できないタチなんだ」
「そう。じゃあ一緒の部屋にお連れしますわ」

 右手に構えた銃を僕に向ける夢美。
 僕は今すぐ巫女の場所を聞き出そうと言葉を紡ごうとするが、今度は感情を制御して自制に努める。
 落ち着け、今感情に動けば元も子もないのだから。
 口では否定しているものの、僕は夢美の言葉に嘘偽りはないと思っている。
 あまり想像したくはないが、巫女は敗北したか、あるいは動けない状態にあるのだろう。 
 だが、一方的にやられる彼女でないことは僕がよく知っている。
 だから、落ち着け。 
 と、言い訳と正論を何通りも頭の中に巡らせる。
 僕がすべきことは、この場から逃げ出して巫女の救出、あるいは合流することである。
 技術制圧は二の次だ。

「それに、調べる調べると言っているがもう捕獲したつもりかい?」
「逆に、逃げ切れると思ってる?」
「そうだね、普段の君なら無理だろうけど……巫女にやられたんだろう? その体」
「…………………」
「隠さなくてもいい。巫女と対峙して、勝ったにしろ逃げたにしろ、彼女が何もせずにいるはずがない。ある程度、ダメージは負っているはずだ」
「言い切るわね。でも――」
「どんな手を使ったとか、君が何をした、とかは関係ないさ。方法なんて考えなくても結果を出す。それが、巫女だ」

 そう言い切った視線の先、夢美は上手く隠しているつもりだが僕の目は誤魔化せない。
 明らかに服の下に着込んだパワードスーツに損傷が見られるのだ。それも、軽微でなく明らかに破壊を伴った痕が見える。
 強いて上げてもあげずとも、僕にはそれが明らかな陥没だとわかっていた。

「全力でないのなら、君はどの程度戦える? 少なくとも、まともに天狗を相手にするには厳しいだろうね」
「…………ああそっか、貴方は巫女の武器の製作者だっけ。与えた切り札を理解してるのは当然か」

 観念したと言わんばかりに肩をすくめる夢美。
 巫女の武器と言えばお札メリケンしかないが、やはりそれで一撃をもらったのだろう。
 しかし切り札とは、些か大げさな気もするが。

「霊力? 魔力? とにかく、そいつを拳の動きに合わせて飛ばすなんてね、不意を打たれたわ。固定観念は思考の敵だってわかってたけど、早々上手くいかないものね。ぜひ、あの技術をご教授して頂きたいわ」
「『教』えを『授』けるのは君の役割だろうに」
「知らない知識を持っていて、それを人に与えるなら誰もが教授になれるもんよ。……さて、ムダ話はここまでね。どうやってシステムにアクセスしたのかわからないけど、いい加減支配権を返してもらうわ」
「…………システム? 何のことだ」
「とぼける気? 誤魔化したって無駄よ」
「そんなことを言われても、知らないものを言われてもどう答えれば良いかわからないんだが」
「そう、あくまでそう言うのね。……そうね、面倒なことせずとも、貴方を捕まえれば全部解決するか」

 ビームガンをこちらに向ける夢美。
 銃口と視線が僕へと注がれた一瞬、ビームガンの撃鉄は引かれ雷管を叩く。
 僕は夢美が引き金を引く前に左掌から取り出したお札を掲げ、放たれた銃弾をそれで防ぐ。光の弾丸は僕に着弾することなく、差し出したお札によって受け止められていた。
 僕はすぐに別の特殊なお札を取り出し、ビームガンを防いだお札に触れさせた。
 起動する、性質付与の力。
 夢美と共にあのロボットを撃退した時に使った、道具に新たな性質を加える程度の能力。
 それを用いた僕は、連続でそれを発動させお札にある効果を溶かし込んだのだ。
 そんな続けざまな行動を夢美が許すはずもなく、ビームガンを今度は避ける間もなく打ち込んでくる。
 逃げ場のない光弾の群れは、容易く僕を打ち抜くことだろう。
 ただし、それは先ほどの僕の行動を阻害しれいれば、の話である。
 光弾の一つが着弾する寸前、僕はある用途を溶かし込んだ黒いお札をその辺に放る。
 すると、光弾はまるで黒札に引き寄せられるように軌道を変えていく。後続の銃弾も同様に、乱射された光は同じように黒札に吸い込まれていきビームガンは結局一撃足りとも僕に直撃することはなかった。

「…………それは一体」

 疑問のつぶやきが夢美の口から漏れる。僕はなんでもなさげに答えた。

「さてね。雷を受ける避雷針のような、光を吸収する黒のような、そういう用途だけを混ぜたものだから詳しいことはわからない。が、言えるのは、もう君のビームガンによる攻撃は通用しないってことさ」

 外の世界の道具に加え、マジックアイテムも溶かし込んだ混合品だ。正確なことはよくわからない。
 言えることは、夢美のビームガンに使われているエネルギーを吸収することが出来る、ということだ。
 夢美が話してくれたことだったが、ビームガンには光のエネルギーを使用しているとのこと。ゆえに、僕は光を吸収する色である黒を起点に避雷針ならぬ避光札(ひこうさつ)を生み出した。
 そういう用途のものを選りすぐり、溶かし込んだものだ。
 再び発砲する夢美の攻撃を、同じように避光札で迎撃する。しかし何度も受けきったせいで許容量が限界に達したのか、すでに形も崩れボロボロになりかけている。僕は改めてそいつから用途を抽出し、別の札へ溶かし込んでビームガンにそなえた。

「同じことだよ。君のビームガンによる攻撃はもう通用しない」
「ふふ……ウフフ。素敵、素敵よハーフ。貴方は最高ね」

 無駄だと悟ったのか、夢美はビームガンを懐に仕舞い込む。その動きを見て、僕はほっと一息をついた。
 避光札は使い捨て。切れたら新たに生み出せば良いかもしれないが、それには非常に体力を消耗する。そう何度も出来るものではない。
 それに、僕が生み出したこれは、一見すれば同じ性質の攻撃を持つ相手には無敵の防御に見えるかもしれない。
 だが欠点もあった。
 まず第一に、吸収する攻撃の選択を行わなければならないということ。そして何より、それが全く「同じ」でなければ効果を発揮しないということ。
 同じやり方で巫女の拳を防ぐお札を作ったとしても、二撃目を防ぐことはない。なぜなら、全く同じ動きや力は世の中には存在しないからだ。
 例えば言葉。
 同じ言葉を発したとしても、空気に伝わる振動や喉を震わせる声帯が一致して吐き出されることはない。
 弾幕を撃って、全く同じ軌道で放たれることもない。同じように見えて、非常に微細な誤差が絶対にあるのだ。それが0.1にもそれ以上に狭まった誤差だとしても、やはり完璧な同一というのはありえない。
 夢美の言う「機械」という技術だからこそ通用する戦術だ。
 ビームガンに使われる燃料は、元になるエネルギーを配分して撃ち出したものらしい。
 統一原理なる力によって発砲される光弾は、一つ一つが完全に統一された力なのだ。ゆえに、寸分の狂いもないエネルギーだからこそ、避光札はその真価を発揮する。何せ、意図したエネルギーが全く同じだからだ。銃弾が風に変わることも、水に変わることもない。もし変えられたら「光を吸収する」用途が無意味になる。
 それに、これが弾幕なら調子の善し悪しで性質が変わってくる。己の意志一つで手加減も可能になる攻撃が、妖怪の使う弾幕であることに対し、夢美のビームガンは全てが均等に効果を発揮する。
 だから、僕はわざわざ性質を加え直して防御に手間をかける必要もない。ビームガンの光という効果さえ覚えてしまえば、それだけで良かった。
 統一原理。聞こえは良いかもしれないが、設定されたポテンシャル以上の力を発揮する生物相手には通用しない。 
 ここまで聞けばメリットばかりだが当然のようにデメリットもある。
 パワードスーツと同じように、ビームガンの出力の切り替えを行う装置があったとしたら、この効果は無意味なのだ。
 仮にパワードスーツの最大レベルが10まであったとして、ビームガンにも同様に適応されているとしよう。
 今しがた防いだビームガンのレベルが5で、僕が用意した避光札はレベル5のビームガンなら防げるが、出力調整を行いレベル4なり6なりに切り替えられたら全くの無意味になる。何故なら、それは「レベル5のビームガンの攻撃を防ぐ」用途ではないからだ。
 簡単に言ってしまえば僕の種族のように全てが中途半端。
 夢美を倒すことも、攻撃を防ぐことも出来ない。
 けれど――飲み込みの早い夢美なら、今のを見ればビームガンによる攻撃を躊躇ってくれる。なぜなら彼女は賢く、無意味なことはしないからだ。
 そして僕の思惑通り、彼女はビームガンによる攻撃を中断した。完全に止めることはないだろうが、少なくとも近接戦闘主体に切り替えることだろう。
 そうなれば、僕の「仕込み」の成功率も上がることだろう。

「次から次へと飽きないけど、時間をかけるのはこちらとしても不都合……手早く決めるわよ」
「お手柔らかに頼むよ」

 夢美が一歩足を踏み出すと同時に、僕は左掌へ送り込んだ八卦炉を掲げた。

「多々良式発光術!」  

 文の力を応用した風操術の小傘版、唐突な発光による動揺を誘う能力だ。
 風を操る射命丸式に比べれば些か地味かもしれないが、これは相手を驚かせ隙を作る力なのだから地味で目立たないくらいのほうが都合が良い。
 即座に僕は新たなマジックアイテムを取り出し、それを夢美に投げつける!

「っつ、その程度で――!」

 夢美の驚きの声。それも当然、彼女の目には何人もの「僕」が浮かんでいるのだから。

『さて、どれが本物かわかるかな?』

 複数の僕の声が重なり、協奏曲のような響きを伴って夢美に伝わる。
 地上に立つ僕、中空に浮かぶ僕、天上に立つ僕。夢美は戸惑いながらも、一番近くにいた僕に蹴りを叩き込むと、その一撃を受けた僕は空気を破裂させるような音を出しながら消滅した。

「これは……分身……?……………ふふ、迂闊ねハーフ。私をおんぶして運んだ時、貴方は飛べないことを露呈させている。つまり、床の上に立っている貴方が本物よ!」
 
 言い切り、即座に床の上に立つ僕へ殺到する夢美。その速さは巫女に迫るはずであったが、全盛でない以上は僕の目でも捉えきれるだろう。だが、僕は全く動かずその場に立っていた。
 そして夢美の手が僕へ伸び、体に触れた瞬間

「マーガトロイド式マリオネット」

 同じような音を立てて破裂する僕。
 しかし先ほどと異なり、はじけ飛んだ僕の中から無数の糸が飛び出し、夢美に絡みついていく。
 突然の不意打ちにも関わらず、夢美は強引に糸の束縛から抜けだそうとするが、甘い。
 マリオネットと銘打っているが、その真価は相手の自由を奪う拘束性にある。僕の中途半端な力ではアリスのように相手を操作するとまでは行かないが、束縛の力は引けを取らないと自負している。
 だから抜けだそうとしてもそう簡単にはいかない。結果、夢美がもがくたびに糸は彼女を束縛する力を強めていき、やがて完全に拘束するに至った。
 僕は夢美を捕らえたことを確認すると「入り込んでいた風船」を内から破り、軽やかに着地する。そうして周囲に浮かぶ僕を元に戻して回収した後、糸を具現化させている元、つまり八卦炉を拾い上げ悠然と後ろでに縛られ足を閉じる夢美を見下ろした。

「……なるほど、自分の分身の中に入ってたわけね」
「その通り。あれは霊力を使うと風船みたいに膨れ上がって分身を作ってくれる。そして、風船で人を持ち上げられないわけじゃないってことさ」
「ああもう、さっきから掌の上ね。落ち着け私、冷静になれ」
「そいつはどうも。一応、聞いておくけど巫女はどこに?」
「……………………」
「無視は少し寂しいな。ま、それならそれでいいか。とりあえず、聞きたいことが――」

 今度は、僕が夢美へ伸ばした手を中断する番だった。
 視界の先に見える十字路の一部から、爆炎が吹き出したからだ。次いで響き渡る振動が地震を起こし、僕は慌てて腰を下ろして転倒を防ぐ。
 揺れは一瞬だったようで、すぐに元に納まったが……のんびりしている時間がないことを告げていた。

「……今は合流を急いだほうが良いか」

 糸の排出を止め、僕は八卦炉を拘束される夢美の頭へ押し当てる。
 夢美も人間だ。風操術の応用で軽い衝撃を頭部に与えれば、簡単に昏倒あるいは気絶をしてくれることだろう。
 今は無力化だけさせて、巫女との合流を優先したほうが良い。

「君が起きる頃には、巫女が全て終わらせることを祈るよ」

 返事はない。答えたくないのかもしれない。
 首をすくめて嘆息しつつ、僕は八卦炉に霊力を――

「超人化原理」

 ――送り込む寸前、ぞっとするような寒気を感じて咄嗟にその場を離れた。同時に夢美を拘束していた糸が力ずくで破られ、音を立ててはじけ飛ぶ。戦慄する僕をよそに、ゆらりと立ち上がった夢美の視線が僕を射抜いた。
 夢美のまとう赤い衣が、より一掃真紅に染まっていく。服の下にあるパワードスーツがうねりを上げて駆動し、赤熱するほど力の放出を続けているのだ。
 
「貴方が起きる頃には、全てが終わっていることを祈るわ」

 返される言葉に応える余裕もなく、僕は発動させようとしていた風操術の出力を最大限に変えて夢美との間に竜巻の壁を生み出す。
 それが巫女の拳を前にした紙の盾ということを知りながらも放ったのは、背後を向いて走り出す時間を作ってくれるからだ。
 追撃を阻んでいた竜巻の壁は、夢美の両手によって強引に切り崩される。その所業は、僕の遠距離攻撃の全てが無意味にされることを意味していた。
 もし追いつかれたとして、今の彼女に傷を負わせるなり怯ませて距離を取るには、接近戦を仕掛け太上老君式を使う他ない、ということだった。
 ……笑うしか、ないな。
 込み上がる笑いが恐怖なのか、それとも別の感情によるものなのかわからない。わかるのは、逃げなければ捕まるという事実のみ。
 僕は誰でもいいから味方と合流できるよう祈りながら、一目散にその場から逃げ出すのだった。



 風を突き抜けて飛ぶ文の背後から、黄金に包まれた長身痩躯の装甲体が疾駆する。
 放たれる鉄塊の弾幕と光線による嵐は豪雨のように降り注ぎ、山の一部をはげ上がらせる猛威を振るう。
 攻撃を仕掛けられるたびに回避し、カウンターで疾空扇などによる遠距離攻撃でちまちまとメカニクスの気を引きつけながら、文は戦場を飛び回っていた。
 狙うのは戦場のトリックスター。天狗達がメカニクスと似た相手と立ち回る戦火に飛び込み、相手の攻撃を敵の同胞へ仕掛けるのだ。
 無論、相手も馬鹿ではないからメカニクスの攻撃を回避するものの、馬鹿でないのは天狗も同じ。与えられた隙をものにし、確実に敵を潰していったのだ。
 ただ仲間の天狗達が敵にトドメを刺さず、行動不能にとどめているのは眉をひそめるものであったが、悠長に考える暇はメカニクスが与えてくれなかった。
 その話を意識の片隅に置いた文が改めて戦場を飛び交う中、文は空に船が浮かび上がっていくのを見やる。
 一体どこにそんな質量のものを隠していたかは知らないが、あれが岡崎夢美の所有物であろうことは推測できる。
 天狗が知らない未知の物体であれば河童が所有するものだが、その河童も今は怪しいのだ。ただ、あんな巨大なものであれば見逃すはずがないし、一度見たら忘れられないだろう。そうなれば、あの船は岡崎夢美のものであることは想像に難くない。
船に視線を奪われる最中、遥か下方に見慣れた姿を認める。
 視線の中にいるのは小傘とアリスの見知った二人と、敵と思わしき金髪の少女、そして河童のにとりだった。
 最初に津波に襲われたときに疑問を抱いていたが、今ので確信する。河童は、岡崎夢美に協力しているのだと。
 事件の始め、あのロボットを持ち帰って河童に見てもらったあの時から、彼らは天狗を騙していたのだろう。大方、ロボットに使われる技術に目がくらんだのだろうが……当分、彼らが日の目を見ることはないかもしれない。

「――っとと。思考させる余裕くらいは、させて欲しいものですね」

 背後に回り込んでいたメカニクスが振り下ろす黄金の長腕を背中に回した扇で受け止め、反撃の回し蹴りを叩き込んで風を放つ。
 少し距離を離すと同時に開かれるメカニクスの口蓋。避けることも考えたが、今の位置関係状、避ければ下にいる四人に攻撃が向くだろう。
 天狗なら安心して任せられるが、あの四人は戦闘能力で天狗より下回る。受け手を逡巡する一瞬の隙を、メカニクスは逃さない。
 攻撃の気配を感じた文は、回避でも反撃でもない手を取った。そこから反転し、ダイブするように急降下を始める。彼女は、メカニクスの攻撃が小傘達に当たるようなら風で救助を試みようとしていたのだ。
メカニクスの脅威は、攻撃するさいに起こる風に揺らぎを感じとれば視認せずとも察知することが出来るので、後方の憂いはないと言えた。

(ハーフさんならともかく、二人にケガをさせたら巫女さんが怖いですからね)

 何気に酷いことを考えながらも、己の技量に自信を持つ文は何があっても防げると思っていた。
 ここまでの彼女に失策はなかった。だが、そんな文に誤算があるとすれば、メカニクスもまた岡崎夢美が所有する道具。示せば、敵の仲間だと思い込んでいたことだろう。
 しかし、文の風が異常な音を察知する。それは、初めてメカニクスから漏れた声だったのかもしれない。

「修正プログラム、起動。マスターコマンドの強制譲渡により機能を一時停止。現状のデータを送信。コマンド再入力……修正……修正……修正……エラー……オーダー受理。目前敵の殲滅を執行。再コマンド……」

 ぞくり、と文は寒気を感じて先ほどまでの思考を全て破棄して振り返る。
 その先に見た光景を直視した文は、風を用いて下の四人に全力で声を届かせた。

「上――!」

 四人が上空を見上げたのは、文の声が聞こえたからか――否、魔力や霊力といった幻想でない、純然たる力が集まっていたからだ。
 文の背後で、円盤が射出される。一見すれば何の変哲もない、輪っかのようなものだった。それがメカニクスが両腕を振るうのを合図にコンマ秒単位で回転を始めたかと思うと、円盤を中心に周囲に空間の歪みが発生していた。
 それが何であるかを悟ったのは、他ならぬ敵の少女だった。

「あれはネルスボア太極図のプロトタイプ……おい、マジかよ!! ちょっとそこの金髪、あの結界早く出せ、最大限にだ!」
「はあ? 文もあんたも何言って――」
「良いから死にたくなけりゃ言う事聞け!!」
「アリス、よくわかんないけど、あんな力見せられちゃ言うこと聞いておいたほうが良いんじゃない?」
「あれが……科学……」

 それぞれ異なる言葉を漏らし、呆然と見上げ、アリスがグリモワールを起動させようとしたその時――災厄は、訪れた。
 発生する重力波。周囲の木々や土、九天の滝の水を巻き込んで集束していく円盤の中心に黒い渦が発生する。
 周囲全てを飲み込むそれは、世界を喰らう獣のような口蓋にも等しく五人に押し寄せる。
 グリモワールの光の壁が黒に接地したその瞬間、光が黒に喰らい潰される様を、文は風で感じ術者であるアリスは肌で感じていた。
 戦慄や驚愕、等しく驚きと脅威を併せ持ったその技はグリモワールの光の壁を飲み込み――やがて、五人の居た空間ごと飲み込んで行った。
 

 押し潰された大地に残るのは、それを悠然と見据えるメカニクスだけだった。更地となった周囲を一瞥し、黒渦によって潰された川に水が戻っていく音が響く。
 現状の敵の殲滅を確認したメカニクスは、きびすを返してその場を離れようとした矢先、飛来した真空の刃がメカニクスを貫いた。
斬撃寄りでなく貫通性を突き詰めた特性を秘めて放たれた風刃は、メカニクスの腹部へ食い込み、静かによろめかせる。
流れの戻った川の中に、小さな波紋が起こる。徐々に拡大していくそれが水を震わせたと思えば、やがて一つの大きな穴がそこに生まれた。風が、水の中で渦を起こし、自分達へ迫る水を防いでいるのだ。

「おお、命中命中」
「私が装甲薄いとこ教えたおかげだろうが」
「ここは一致団結するところ、と巫女さんなら言うでしょうし、素直に労えば良いものを」
「うっせ。言うならおまえじゃなくて、アリスって奴だろうが」

 そこから飛び出す、黒と金の色彩の髪の少女達。文と、ちゆりであった。風刃が貫いた腹部からは黄金の装甲が剥がれ落ち、無機質な機械の内部を彼女達にさらしている。確かなダメージが、伝わっているようだ。
 だが素直に攻撃を受け続けるメカニクスでなく、反撃に転じるべく口蓋を開く。幾度となく文を襲い、時には傷つけた光線が今度は全体へ向けられる。
 力を十分に蓄えて発射するつもりなのか、充填時間が長い。即座に防御に移ろうとするが、肝心な防御の要は小傘の両手の中で静かに気絶していた。口元からはわずかであるが血が滲んだ様子は、吐血するまで防御壁を維持し続けた彼女の苦労の一旦を伺わせる。ゆえに、彼女の結界にはもう頼れなかった。 

「あややや。いかがしましょう、アリスさんはさっきの防いでガス欠してますし……」
「おい、ここで煙の一つでも起こせるか?」
「水辺ですよ、ここ」
「だよなぁ…………」
「ちゆり、それってひょっとして…………」
「ああ、にとりの考えてる通りだと思うぜ」
「煙が出せればなんとかなるの? だったら……」

 挽回を示す小傘の言葉をかき消すように、チャージを終えたメカニクスの口蓋から光線が豪雨のように降り注ぐ。
 結界もなく回避の間もない攻撃に、彼女達はその場から動くことは出来なかった。
 が、そんな彼女らの周囲に霧が発生していた。突如として湧き出た霧の中に数多の光線が貫いていくが、その威力は大きく減衰し文達の元へ到達する頃には、グリモワールなしで防げるほどに弱体化していたのだ。

「あいつもそうだけど、私らが使ってるのは光だからな。その性質を利用してやりゃあ、こんなもんよ」
「なるほど。ですが小傘さん、よく煙を発生させることができましたね?」
「ふふん、ハーフさんの雲帽子のおかげね」
「いやいや、私も協力したんだからそれだけじゃないよ?」
「わかってるって。にとりさんもすごいよ!」
「……………今まで戦った相手にそう言われると、ねえ」

 煙の発生源、それは小傘の帽子に手をかざしたにとりから生まれているものだった。
 雲を象ったこの帽子には、実は空気を演出する程度の能力が製作者の手によって溶かし込まれている。
 演出とは表現であり、元になる何かに基づいて意図を達成するように統括することだ。水煙による霧を発生させることが出来たのは、その空気の発生源たるにとりが水使いであるからだ。水を効果的に演出する機能の応用として、水を煙状に変化させたのだが……

「正直、ここまでできるとは思わなかった。細かい水の操作に自信がつくね、こいつは」
「でしょでしょ?」
「…………聞く限り、それって思いっきりプラシーボ効」
「何を言いたいのかわかりませんが、ちゃんと能力として機能するなら大丈夫でしょう。光が通じないのなら、あれの攻撃方法は選択されます」

 文の予測通り、光が通じないと悟ったメカニクスは、両足の装甲の一部を剥がし、中に設置されていたミサイルを今度は射出する。これは防げないよ! と騒ぐにとりをよそに、文は静かに扇を振るった。
 軽い腕の振りから生まれたとは思えぬ強烈な風がミサイル群を包み込み、その軌道を乱していく。軌道修正して文達へ再度向こうとする頃には、地面や別の場所に着弾しミサイルはその用途を散らしていった。

「あれは単なる鉄塊です。で、あれば風で軌道を変えるなど造作もないですよ」
「そこに気づくまで、結構時間かかったんじゃないか?」
「うるさいですね。こういう時は素直にかっこいいと賞賛するべきです」
「文さんすごい!」
「もっと言ってください」

 素直に賞賛する小傘にまんざらでもない様子を見せながら、文は再び腕を振るう。
 光線はにとりと小傘が。ミサイルは文が防ぐことで一時の防御手段を得たが、互いに致命的な攻撃は与えられぬままであった。
 メカニクスは戦闘の硬直を嫌い、両腕を上に掲げる。そこから生まれる重力場に、文達は自分の周囲に重圧が伸し掛ることを知りながら、あえてそれを受け続けていた。
 その均衡を崩したのは、こっそり川の中に風の抜け道を作り、メカニクスへの道を踏破したちゆりだった。
 飛行型ウェイクボードに乗って高速飛翔するちゆりに気づき、迎撃体勢を取るメカニクスだったが、残った三人がそれを阻止し、さらに防御の手間も与えぬとばかりに質量を持たせた水煙をメカニクスへぶつける。
攻撃と防御の処理に追われるメカニクス残ったのは、迫り来るちゆりへさらす無防備な体だった。

「お前の弱いとこはお見通しってな。製作者の必殺の武器、サービスで出力最大な。ツケにしといてやるからありがたく受け取れ!」

 メカニクスの製作に携わったと明言するちゆりのビームガンから、夢美のウラシマエフェクトと似て異なる光弾の群れが展開される。
 夢美と圧倒的に違うのはビームによる威力、パワーにあった。
 次元断壁とちゆり本人が命名したそれは、空間を薙ぎ次元を超えるという願いを求めてつけられた。この光弾一つで次元を断ち、相手を屠る必殺の意味を込めて。
 視認する限り四つのレーザーの壁がメカニクスを包んだ瞬間、押し潰すようにレーザー同士の壁の距離が縮んでいく。
 幻想風靡でさえ摩擦を起こすことしか叶わなかったメカニクスの装甲だったが、度重なる連戦と金属疲労の効果か光の熱によってそのメッキを剥がしていき、黄金痩躯の体は融解されていく。
 だがメカニクスは文達の攻撃を防ぐのに手一杯で、ちゆりに回すアタックリソースが存在していない。一方的に、攻撃を受け続ける他ないのだ。

「ちょっきん」

 ちゆりはピースするように二本の指を突き出し、閉じる。それはさながら、未来の結末を示す予告だったのかもしれない。
文の風とにとりの水、そしてちゆりの光による三撃を受けたメカニクスは体を軋ませ、やがて盛大な音を立てて爆ぜた。
爆散したメカニクスの姿を目に捉えることは出来ない。文の風で周囲を探ってみるが、知覚範囲にメカニクスは見つからない。それはつまり敵の消滅を意味し――彼女達の勝利を意味していた。







 鈍り気味だった先刻とは打って変わって機敏な動きを得た夢美の手が伸びる。
 巫女や文とのやり取りで目が慣れていた僕は、どうにか初手を避けることに成功したが続けざまの手はどうにもかわせそうになかった。
 早撃ちによるビームガンを取り出す夢美に、牽制の意味を込めて避光札を掲げる。少しでも躊躇してくれれば、その隙を縫うことが出来る。
 だが、夢美の速さは予想以上だった。ビームガンを持たぬ手が伸びたときには、避光札は僕の手から離れ、夢美の手に納まっていたのだ。

「こなくそっ!」

 霊印を起動、抽出したアイテムを目の前に掲げ夢美の蹴りをガードする。
 素材自体が強固のため攻撃を防ぐことは出来たが、衝撃までは押し殺せずたたらを踏んでしまう。だが、足に力を込めすんでのところで転倒は免れた。

「……そんなもので防ぐなんてね」
「素敵じゃないかい?」
「罰当たりな気もするわ」

 夢美の軽口に答えながら、僕は左掌から引き出したアイテム――巫女にボコられながらも、諦めずに弄っていた賽銭箱の蓋をしっかり両手で抱える。
 魔改造が施された賽銭箱はすでに防具の域に達しており、ビームガンを素で受け止められるほどだ。賽銭に比例してその強度は増していくことだろう。
 
「いや何、こうして君の攻撃を防いでいるんだ。ご利益はある、さ!」

 蓋を霊印の中に収納し、巫女が神社の清掃に使っていたものを戦闘にも耐えられるよう改造した箒を取り出し手に向かって殴りつける。間合いを取る意味での払いだったので頭部でも良かったかもしれないが、避光札を取り戻そうとするフリを見せられればそれでいい。性能を看破されていない以上、まだ「使える」と思わせなければならないのだ。
 咄嗟に手を引くことで箒の一撃を避ける夢美。さらに振り回した箒を振るう。槍と違って一撃が軽い棒術――箒だが――では、連打でなければダメージには程遠い。

「こんなもの!」

 箒の間合いに飛び込み、柄を掴もうとする夢美。けれどその手は空を切る。咄嗟に収納したことで箒はすでに僕の手には残っていないからだ。
 空振ったことで体勢を崩す夢美に八卦炉を構え、太上老君式の一撃を放とうと蓋を魔法で解放する。建物の中というのに集束してくる風を受け、先のロボットの残骸を思い出したのか夢美の顔が驚きに切り替わる。

「……ガントリッパー!」

 後方に銃を投げたと思えば、夢美はそこからいなくなった。いや、銃を投げた地点に存在している。まさか、零時間移動!?
 そんなものまで持ち合わせていたのか、と驚愕を胸に宿したのも一瞬、今は好都合と唇の端を吊り上げる。
 風が解き放たれる。
 ただし、内でなく外に、であった。
 ここで夢美が僕の狙いに気づくが、遅い。すでに視線の中の彼女は、遠くへ離れていっている。
 集まった風は吸い込むものでなく、吐き出すためのものだったのだ。それは太上老君式でなく射命丸式の行使に他ならない。
 発射口が同じでも、出るものは違う。それが相手に対するフェイントになるのだから、技も多めに見せておくものだ。
 さて、距離は稼いだといえ夢美を倒したわけではないから根本的な解決にはなっていない。
 まずは巫女を探さなければならない。心配ということもあるが、こうした異変を解決するのは博麗の巫女でなければならないのだ。僕や小傘達も確かに異変解決の手伝いをしてはいるものの、直接的な解決は彼女でないと意味がない。
 僕達が勝手に解決してしまえば、博麗の巫女としての役割を奪ってしまうことになる。それは非常にいただけない。

「探し当てたとしても、巫女の現状次第では逃げるしかないな」

 僕の予想では捕まって動けないと思っているが、もし敗北したとなったらここは逃げる他あるまい。夢美もかなり追い詰められているとは思うが、倒すべき巫女が戦闘不能なら仕方ない。
 癒しの法力なんて持っていないし、霊薬を投与したとしても速効性に欠ける。ちゃんと養生して傷を癒さなければ後遺症が残ってしまう。
 何にせよ、まずは巫女を見つけることが先決か。
 僕は遠くから聞こえる夢美の声を無視しながら、捜索を開始する。不思議とどこに行けば巫女がわかるかを知っていたかのように足取りは軽く、ほぼ一本道に僕は目的の部屋を探し当てることが出来た。
 探し当てた先、倒壊したある部屋の中に入り込んだ僕の目に飛び込んできたのは、うつ伏せで倒れる巫女の姿だった。
 慌てて近寄り、抱き起こそうとするがまずは体を確かめることを優先する。……息はある。けれど、傷から察する出血の量は相当にまずい。一刻も早く手当ての必要があった。
 応急手当を施し、完全に止血はしてみたものの、そこから先は専門の医者に見せる必要がある。

「痛いかもしれないが、我慢してくれよ巫女」

 ゆっくり巫女の体を抱き起こし、腕を引いて肩に回す。おんぶの体勢を作り、いざ立ち上がろうとした矢先、僕にかかる声があった。

「痛いかもしれないけど、我慢してねハーフ」

 視界に閃光が走る。
 直後、光は右肩を貫き僕を地面に崩れ落ちさせる。巫女のクッションになるように庇ったから彼女にさらなる傷を与えることはなかったが、無理をしたために肩の鈍痛が酷い。じわじわと流れる血を片手で抑えながら、僕は光を発した犯人を睨めつける。

「随分速いお付きで」
「目的地を知っていればこそ、よ。貴方がここに来ることはわかっていたし……何より、ショートカットも使ったから」
「一応、この遺跡は君の庭だったね」
「遺跡じゃなくて船よ。可能性空間移動船。時空を超えて幻想郷への航路を進んできた素敵な船よ」
「夢は時空を超えて、か。いやはや、外の世界の技術は随分と進歩を遂げているみたいだね。まさか、博麗大結界を超えるものがあるなんて」
「外の世界の人間は珍しくないんでしょ?」
「確かにそうだが、君達のような外の世界の人間はむしろ妖怪より希少種さ」
「………………」

 ぼそぼそと、巫女がうわ言のように何かをつぶやく。僕は慌てて巫女を下ろして距離を取る。痛みを堪えて立ち上がろうとするが、夢美はそれより早く僕を蹴り飛ばし、転がった先でマウントポジションを取った。左掌には銃口を突きつけられ、灼熱を発する右手は肩から先が上手く動かない。詰み、と呼ぶに相応しい構図だ。

「チェックメイトよ。散々手こずったけど、結局は私の勝ちのようね」
「……覚えておいたほうが良い。一番危険なのは、勝利を確信したその時だって、ね」
「……その減らず口も素敵だけど、お生憎さまよ」
「うあっ!」

 引き金が引かれる。左掌を貫く熱線は霊印を描くことすら許さず、焼け爛れた肌を残し力なく垂れる。……痛みのせいで霊力が上手く回らない。強引に起動させることも可能かもしれないが、僕の望みとは異なるアイテムを排出するかもしれない。一手も打ち間違えられないこの現状で、そんな博打をするのはまだ早い。

「まったく、もう少し優しく扱って欲しいものだね」
「じゃじゃ馬を飼い慣らすには、多少の鞭は必要だって言うわ」
「馬も生き物だ。飴のほうが嬉しいに決まってる」
「その馬が素直に言うこと聞くのなら、私もそう考えるんだけど、ね!」
「ぐぅ…………」

 夢美の左手が貫いた僕の右肩に触れる。彼女なりに優しく扱っているのだろうが、これは傷口を広げる行為に他ならない。苦痛に歪む僕を見る夢美は、なぜか唇の端を釣り上げている。……ぞっとする。嗜虐趣味だったのだろうか?

「……新たな趣味に目覚めそうよ」
「そいつは、勘弁して、欲しいな」
「そんな素敵な顔する貴方が悪い」

 肩から首に、そして頬に手が動く。さわさわと撫でるような動きはむずむずした感触を僕の全身に伝える。銃口は変わらず左掌に添えられ、右手は動かないが――徐々に、組み敷かれたはずの足が解けている。
 一体何に注視しているのか知らないが、これは好機。夢美の下半身の意識を別に向けさせれば、活路は見いだせる。

「あら、ダメよ」
「うぐぁ…………!」

 強引に動かそうと見せる両腕が腕力で強引に封じられる。巫女の力に匹敵……いや、ひょっとしたら優っているかもしれない。ビームガンを袖の中にしまい込んだ夢美は、僕の両の手首を握って動きを封じた。

「少しくらい、痛みを耐えたほうが良いわね。貴方の声は素敵。私を変な趣味に目覚めさせてしまいそう」
「知りたくないし、要らなかった情報をありがとう。君は魔法以外に興味を持たないと思っていたよ」
「私もよ。こんな自分に驚きだわ」

 ぐぐ……と力の入らぬ両手で夢美を振り解こうとするが、痛みをぶり返すだけだった。それ以前に今の夢美の驚異的な筋力の前には、僕の力など人間を前にした蚊の一刺しでしかないだろう。
 
「多分、色んな一面を見せる貴方のせいね」

 夢美の顔が迫る。
 鼻と鼻が触れ合いそうなくらいに近づいた夢美の瞳の中に僕の顔が映り込む。それを認識できる程度に、彼女は僕に迫っていた。

(チャンス!)

 その一瞬の隙をついて、僕は両足を引き寄せる。それは、下半身が夢美の足の戒めから解き放たれたことに他ならない。
 引き抜いた両足を上げ、ダンゴムシのように体を丸める。引き絞った弓から放たれる矢のように、僕は夢美の胸に足を叩きつける。
 当然、その動きを察知していた夢美によって蹴りは受け止められたが、僕は素早くマウントポジションから抜け出すことに成功した。
 いぐっ、と痛みを堪えながら左掌から生まれるアイテム――僕の必殺の武器である八卦炉を取り出す。流血し、垂れる血の雫が八卦炉を伝って地に落ちる。
 ぴちゃん、と跳ねる音が響く。
 動いたのは夢美。
 ビームガンの乱射による光弾の群れ。だが僕は避けない。狙いがブレるからだ。
 集束する風。肌を焼くレーザー。僕も夢美も止まらない。
 銃では仕留めきれないと判断した夢美が疾駆する。魔法によって蓋が解き放たれる。
 荒れ狂う嵐を吸い込むような収束性。吐き出すのでなく、吸い込みによるそれは僕の持ち手で最大の威力を秘めた太上老君式。
 彼女は正面に居る。直撃は必須――!

「小賢しいわよ、ハーフ!」

 夢美の叫びと同時、彼女のまとう黒いマントが翻る。
 まるでそれ自体が意志を持つかのように蠢き、槍のように素材に含んだ黒を突き刺してくる。

「そんなもの!」

 構わず、僕は太上老君式折檻術を発動させる。
 完全に解放された炉は視界に映る全てのものを吸い込み、取り込んだものを焼いていく。三昧真火による灼炎は中のものを燃やし尽くし、風の力によって排出させる。

「――そんなものに、貴方は負けるのよ、ハーフ」

 背後からそう囁く、夢美の声。僕は視線を排出したものへ向ける。
 吐き出し、炎に包まれる物体は夢美ではなかった。僕の能力はそれが、さっきまで夢美が身につけていたマントだと告げている。
 手に走る衝撃。
 八卦炉は遠くへ蹴り飛ばされ、僕の手には何のアイテムも残っていない。その状況を見やり、夢美は笑みを浮かべた。

「怖いわね。そんなのを私に使う気だったの?」
「さあね。あのロボットに使ったときよりは威力を抑えていたと言っておくよ」
「そうね。でなければ、マントが原型を残ってるはずないもの。けど、貴方は戦力を見誤った。それが貴方の敗北ね」

 その言葉にかすかに笑みが溢れる。
 怪訝そうに眉をひそめる夢美だったが、最早僕を喋らせるつもりはないのだろう、トドメの一撃を繰り出すべく拳を引き――

「そうだね。戦力を見誤った、君の敗北だ」

 繰り出された拳を取り、僕は生涯でも類を見ない鋭い動きを持って夢美を放り投げる。
 相手の力を利用した合気道にも通用する柔術、僕も巫女から護身術程度に学んでいたがその甲斐があった。
 派手な音を立てながら倒れる夢美。片膝をつき、すぐさま立ち上がろうとする夢美を見ながら、僕はほっと一息ついた。もう、夢美が限界だったからだ。

「くっ、ちょっと投げられたくらいで――」

 がくん、と立ち上がろうとした夢美の動きが止まる。
 赤熱し、蒸気を吹き上げる夢美のパワードスーツ。放電し、黒ずんだ煙が上がるそれはやがて――沈黙した。
 夢美は片膝をついた姿勢のまま動かない。動けない。
 そんな彼女に、僕はゆっくり説明を始める。

「な…………」
「それ、もう使えないんだろう? エネルギーを失ったパワードスーツは単なる重い鎧に過ぎず、打ち込んだはずの技術は使えない。つまり、今まで君の強さの一部を誇っていたそれはここに来て、最大の役立たずになったってことだ」

 夢美と出会ったとき、ロボットを撃退した後に夢美は同じ状況に陥った。いわゆる霊力切れに等しいエネルギー切れの状態。
 あの時より速い動きの夢美を見て思ったこと、それは明らかに出力過剰だということだ。
 そんな速さが出せるなら最初から使っていたことだろう。けれどそうではなかった。
 赤熱するパワードスーツが証明するように、限界以上の性能を駆使していると気づいたのはすぐだった。なら、後は時間を待てば自滅する。
 なぜそう思ったかはわからない。多分、勘だ。
 巫女の勘は普通と違って、神の託宣、つまりは神託を受けているような、誰かに囁かれて生まれるタイプと聞く。僕は勘でなく、根拠を証明して行うものだが、たとえ根拠がなくとも同じことを言っただろう。
 つまり、岡崎夢美はもう動けない、と。

「お疲れ様だね、夢美。君の野望は、ここで―――――」
「そんなの、認めてなるものですか!」
「何をする――!?」

 と、夢美の足元に落ちたそれを見やり、僕は戦慄する。
 それは、夢幻爆弾。しかも、今まで見たものよりも明らかにサイズが違う。倍近い大きさを誇っていたのだ。

「何を考えている!?」
「確かに動けない……けど、防御力は落ちてないのよ、これ」
「だからと言って、至近距離で爆弾を使うなんて馬鹿げてる!」
「ふふん、それくらいしなきゃ、手に入れられないでしょ? 貴方(魔法)は」

 ――なんて、執念。
 僕は紛れもなく、敵意も害意も全て消え岡崎夢美に尊敬の念を覚えた。
 同時に、もう僕に出来ることは何もないと理解してしまった。何故なら、この爆弾を防ぐ手段は、僕には残されていなから。
 夢美はパワードスーツの防御力で耐えるつもりだろうが、僕はそうは行かない。防ぐ手段もアイテムもない。ただ、その身に受けるのみ。
 僕の役目はこれで終わりだ。後は専門家に任せればいい。
 そう、後は――

「吹き……飛べぇ!」

 閃光の熱が体を包み込み、熱衝撃波が叩きつける。夢幻爆弾の威力を一身に浴びながら、もう僕はこれ以上立てないと悟る。
 もう、限界だった。
 解決の光景を見ることは叶わないようだが、きっと目が覚めるころには全てが解決していると信じて、僕はゆっくりと瞼を閉じた。
後は、博麗の巫女に任せればいい。

(頼むよ、巫女……………)








 瓦礫の中に一人、夢美が佇んでいる。
 夢幻爆弾を至近距離で暴発させたといえ、パワードスーツをまとう彼女はハーフ君ほどのダメージは受けなかったようだ。

「はあっ、はあっ、はあっ……もう、これで、終わり、ね」
「――そうね、これで終わりよ、岡崎夢美」
「んなっ…………」
「休ませてもらったけど、実は結構いっぱいいっぱいなのよ。なんて言うか――もう、あなたに向かって倒れこむくらいしかできない」

 ぱくぱくと口を金魚のように開閉する夢美。なんとなくその顔が面白くて吹き出しそうだったけど、そうする気力が今は湧かなかった。
 残っている気力は全て、夢美へ近寄るために使った。後はもう、倒れることしかできない。

「なんで、貴方が…………」
「なぜ? 貴方は異変の主犯で、私はそれを解決する巫女だからよ」

 そう、私は博麗の巫女。
 異変を解決する幻想郷唯一の存在。
 それが、今立っていられる答えだった。

「ほんとしんどいんだけどね、貴方も一緒でしょ?」
「う……く……」
「もう無理よ。貴方はよく戦ったけど、勝利は私達のほうに傾いた。これ以上は何もない。だからね、これで――」

 今にも倒れそうな体を強引に動かす。せいぜい今の私じゃ、倒れる方向を変える程度にしか出来ないけど、今はそれで十分。
 動けぬ夢美に向けて倒れこむ私。夢美はなんとか動こうとしているようだけど、パワードスーツの重みと連戦の疲労が蓄積した体は言うことを聞かないようで、声しか絞り出せていない。
 お互い様ね。けど、勝つのは私よ。

「終わり!」

 文字とおり倒れこむような頭突きが夢美の額を打つ。
 重々しい打撃音が部屋に響き、崩れ落ちる私と夢美。もう指一本一つ動かせないし、声を出すのも億劫だった。不幸中の幸いなのは、夢美が失神しているということを確認できるということ。
 ようやく、長かった異変に終止符を打ったのだ。
 精根尽き果てた私はその事実に安堵すると共に、ハーフ君が起きなかったり、誰かが駆けつける前に夢美が目覚めたらどうしよう、と顔を青ざめさせる。
 と、そこへ――

「今回はえらく大変だったわね」

 冷ややかとも取れる麗しい声が届く。声を出すのもきつかったけど、返事をしないわけにはいかず私は搾り出すように応えた。

「……見ていたなら、手伝ってくれても良いのに」
「馬鹿を言わないで。妖怪が異変を解決したら意味ないでしょう?」
「ハーフ君と一緒のこと言うのね……異変を解決するのは巫女でなくちゃいけないってのはわかってるけど、もー少しなんかしてくれても良かったんじゃないの?」
「刺のある言葉ですわね。今回に関しては、私もこっそり手伝いましたのよ?」
「どーだか…………」
「本当ですよ。貴方には見えないところ、いわゆる裏方だったからそう言うのも無理ないけど、今回は働きましたわ」
「……ったく、あんたくらい強い妖怪なら、全部お膳立てしてくれても良いのに」
「思ってもないことを」
「ソーデスネ」

 ああ、もうほんとツライ。目覚めたばっかだけど、寝たい。
 それくらい、私は疲れていた。

「なら、ゆっくりおやすみなさい。もう少ししたら貴方のオトモダチが来るはずですから」
「あんたが言うなら、そうなんでしょうね」
「ええ。ですから、今はお休みなさい。存分に、存分に…………」
「そうね…………そうさせてもらうわ……………おや………み…………ゆ………り…………」

 ……………………………………………











 さて、今回の異変についてのまとめを話そうか。
 まず僕達のことだけど、あれからすぐ小傘達が合流してくれたおかげで異変は本当に解決を迎えた。僕が目覚めた時には、喚く夢美とやれやれと言わんばかりの表情をしたちゆりが(彼女は夢美が負けたと知ったら、早々に白旗を揚げたらしい)まとめてお縄を頂戴していたところだったから、何があったのか簡単に予想はつくんだが、もう少し詳しく説明しておこうか。
 まずは夢美達の処遇なのだけど――これが意外に、重い罪にはならなかった。
 なぜなら、そもそも今回の騒動、天狗の間では軍事演習的な扱いとして処理されているのだ。
 その理由として、夢美が差し向けたあのロボット勢の全てが、天狗の遊び相手として提供されたらしい。最近体の鈍った天狗達を全開で戦わせるため、と天魔という妖怪の山の最高権力者から通達された情報を聞いただけなので、他にどんなことがあったか知らないが、上手くやりましたね、と文が言っている以上何らかの取引があったのだろう。
 夢美に聞いてもトボけられたし、一体何があったのやら。
 ともあれ、あの盛大な異変は妖怪の山にとっては「遊び」でしかなかったというわけだ。なんというか、頭が痛かった。
 そしてそもそもの発端、つまり妖怪の山の天狗を傷つけた騒動なのだが――傷ついた天狗が見当たらない、ということで事件自体がないこととなった。
 問題になったのは、妖怪の山の敷地に船が入り込んでいた影響であるが、そこは河童への技術提供を盾に凌いだらしい。

「――他にも色々ありますね。アリスさんを襲ったのは、天狗を相手にする場合の戦力向上の一環、とのこと。つまり適当に戦ってデータを取り、レベルを調整していたそうです」
「つまり何、単なる通り魔に襲われたと思えと?」
「そういうことだね。付き合わされたアリスとしては甚だ不満だろうが」
「その不満も、もう晴れちゃったんじゃないの?」
「そーね。何せ、あの作業に盛大に協力したんだし、もう十分だと思うんだけどなぁ」
「巫女は黙ってて! あれでも足りないくらいよ!」

 ぷんすかと怒るアリスを小傘が宥めつつ、僕らは異変解決の祝いと称して宴会を開いていた。天狗達との合同で開催されており、周囲にはかけつけガロンと言わんばかりの酒豪達による飲み会となっている。
 そんな中でも――

「うーん、私達も参加して良かったの?」
「何言ってんのよ。あの騒動で特に問題なかったんだから、もういいんじゃないの? 過ぎたことを気にしても仕方ないわ」

 と、河童のにとりの盃に酒を注ぐ巫女。にとりは恐縮だね、と言いながらも酒をあおり、不思議そうに巫女を見つめている。

「本当、今代の巫女は変だねぇ」
「もっと言ってやりなさい、河童」
「おいおいご主人様、何ふてくされてんだよ」
「……ちゆり、今の現状わかってる?」
「あー? 船が壊されて帰れなくなっただけだろ?」
「十分問題でしょうがぁぁぁああぁあぁぁ!!」

 うがー、と両手を突き上げて喚くのは今回の異変の主犯である夢美。その傍らには、部下であるちゆりの姿があった。
 今回の様々な問題に対して尽力したのは良いものの、一部の不満を解消するべくして行われたショー……可能性空間移動船に対する暴力の嵐だ。
 天狗達やアリスも参加したそれは、自分の力を船にぶつけるだけの単純なものだったが、中々壊れにくい船だったため、天狗の力を盛大に発揮されてしまったのだ。
 重要なシステムこそ破壊を免れたものの、外観は完全に破壊され、しばらく動かすこともままならず修理に追われる日々が始まるらしい。修理には河童達が参加し、思う存分その技術を見ることが出来るとにとりが言っているので、機会があれば僕も同伴したいものだ。
 そして晴れ晴れ無罪とは行かないものの、行動の不問が言い渡された夢美達はやけ酒の勢いで宴会に参加しているのだ。まあ確かにそうだろう、僕も何か罪を犯したとして、その償いが工房の破壊だったら飲まずにはいられない。気持ちがわかる僕は、黙って夢美の盃に酒を注いだ。

「しかし、よく仲良くできるもんだなあんたら。私ら一応、かなり追いつめたつもりなんだけど?」
「ん? 何のことだい?」
「あんたと巫女のことさ。他の仲間はそんなに被害がなかったけど、お二人さんはかなり怪我してたろ? そんな傷を負わせた相手と普通に仲良くしてるのが、なんだかなぁって思ったんだよ」
「怪我はほら、君達の医療ポッド? ってので直してくれたじゃないか」
「あー、あれすごいわよね。普通ならもっと時間かかると思ってたけど、傷跡も残らず完治しちゃったし。すごく助かったわ、あれ」
「のんびりしてんなぁ」
「それが幻想郷の気風なのよ」
「だからと言っても、貴方達の傷の治りは異常よ。やっぱ、調べさせなさい」
「あ、こらー。負けたんだからダメよー?」

 迫る夢美から守るように、小傘が僕と夢美の間に割り込んでくる。嬉しいのは嬉しいが、本気ではないだろうから安心しなよ、小傘。……本気じゃないよな?

「逆に考えれば、色々調べる時間が増えたってことよね。うん、ポジティブに、ポジティブにいけばいいわね」
「その前向きさは尊敬するわー」

 巫女のつぶやきに同意する僕。夢美は色々とアレだが、尊敬に値する部分は確かにあるのだ。

「ま、船が直るまでは幻想郷に住むんでしょ? だったら、これまでのことは水に流していきましょうよ。ね? ほら、なんなら友達になりましょうよ」
「う、うん……そうだね。夢美とちゆりがそうなんだ、巫女だって同じだ! 人間は盟友だね!」
「では、恒例の儀式としまして、とりあえず飲んで飲んで騒ぎましょう!」
「貴方は飲みたいだけでしょう……」
「アリスは控えめにね。子供だし」
「小傘に子供って言われると、何とも言い難い感情が…………」
「な、なんでー?」

 そんな風に人間も妖怪も問わず、酒を酌み交わす様子を見ていると、僕の盃に酒が注がれる。
 見れば、注いだのは巫女だった。どうしたの? と目で訴える彼女に、なんでもないよと僕は言った。

「何よ、気になるわね。何か言いたいことあるなら言いなさいよ」
「別に、なんでもないよ、巫女」

 そう、なんでもない。
 なんでもないからこそ、良いのだ。この風景に違和感を持たないこと。それが、素晴らしく思えたなんて気恥ずかしくて言えやしない。
 ましてや、この集まりが巫女のおかげだね、なんて口が滑りそうになったことも言えない。

「ともあれ、飲もうじゃないか。記憶がなくなるまではごめんだが、たまにはこんな大勢の騒ぎの中ではしゃぐのも一興だ」
「いつもはしゃいでる癖に、何言ってるんだか」

 やれやれと首をすくめる巫女。
 けれどその横顔に嫌悪はまるでなく、彼女はただ子を見守り包み込むような母性に満ちた笑みを浮かべるのであった。



<了>





支援絵いただきました!
みさださん(頭突き)
画像提供:みさだ

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面白かった!

“先代巫女”の文字に引かれて覗かせていただきました。
シリーズを一気に拝読させていただきましたが、戦闘シーンの描写が秀逸ですね。
本作はまさかの機械文明との対決!小傘・アリスにはかなりはらはら…。
我が身を顧みず肉弾戦を挑む先代さんの格好よいこと!。旧作ネタもからんで面白かったです。
次作も楽しみにしております。

Re: 面白かった!

>豊水さん
戦闘シーンが多くなる巫女ハーにおいてその言葉は励みになります。
旧作+オリジナルという点でwin東方好きな人にはわかり辛いかな、とも思いましたが、そう言ってもらえれば幸いです。
うちの巫女は術が扱えないというスタイルなので必然的に肉弾戦に。だからこその魅力を出せればなと思います。
次回更新はのんびりお待ちくださいませ。
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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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