ラブぜろ? 五話

 破壊という名で開錠された扉を通り抜け、瞬は屋上に到着した。

 蛇男の追尾はない。振り切れた幸運に感謝しながら、フェンスに背を預ける恋に駆け寄る。

 乱れに乱れた息を整え、瞬は互いに無事なことを確認する。

「無事でよかったな。でも、あの霧男はどうした? それに大きな鳥もいないし……」
「これ」


恋がカードを取り出す。無機質でトランプのような札には、あの巨鳥の絵が記され
ている。瞬の脳裏に、小中学生や一部の大人に人気のカードゲームが浮かんだ。
「【手品師(トリックスター)】って言うの。この中にキルカートが封じられてて……あ、キルカートって言うのはあの鳥の名前ね。ついでに、何も書かれてないカードに文字を書き込めば、その通りの事象が発生する。自転車の重力制御とかもこれでやったの」

 解説を終えると、恋はカードを服の中にしまい込む。

「それよか、霧男はどうしたんだってば」
「あれなら凍らさせて、動きを封じ込めといた。残る問題は蛇男だけ」

 流石、と心の中で感嘆する。瞬はすでに絶対的な信頼を恋に抱いていた。

「多分屋上に向かって来てると思うぞ。扉が開いた瞬間に不意打ち喰らわしてやればどうだ?」
「そのアイデア、ありがたくもらうわね。流石は離界ネタオックーレから来た離界人」
「全然面白くもなんともないし、それ以前に離界人になった覚えは一切ないっつーの」

 恋は袖から取り出した二枚のカードを両手に携える。瞬は事の結末を静観しようと、邪魔にならないよう恋から離れた。

 それが過ちであったのは、恋の背後に漂うモノが証明した。

もう一つの脅威――霧男。霧が手を形成し、恋の手からカードを奪い取らんと襲い掛かる。恋は逃げようにも、足を固定されてその場から動けない。

「高原!」
「ラブでいいのに」

 相も変わらず場違いなまでに落ち着きを見せながら、恋はカードの力を解放する。今度は一体何が出てくるんだ、と瞬は身構えた。

 何にせよこれで有利な状況になる、そう思っていた瞬だが、その予想は大きく覆された。

 カードが光っても何も起きない。それどころか恋は、彼女の足下から発生した水によって包み込むように覆われてしまい、動けなくなってしまう。もがいてもその場から動けぬ様は、水の壁で閉鎖された檻だ。

 恋が行動不能に陥り、同時に瞬の思考も停止した。頭頂からつま先までぴくりとも動けない。動かない。

 視界一面を白い粒が塗りつぶし、世界を真っ白に染めていく。これが全部白一色になったら気絶するのかな、とぼんやり思う。

 虚ろな瞬を正気に戻したのは、恋が投げたカードだった。カードは夜気を裂いて胸に当たり、衝撃が意識の中に切り込んでくる。それは小さな力であったが、瞬を元に戻す役割を十分に果たした。

 瞬がカードを拾い上げた時、事態は悪いほうへ進展を見せていた。

 レフィンが霧男の手に掴まれ、奪い取られていた。いつの間に、と動揺する瞬の視界の中で、霧が密集し人の形を取っていく。

 やがて透明だった水に色彩や肉の質感が加わり、一人の人間となって完成する。

 周りに女性がいれば、状況に関係なく惚けた声が確実に上がると確信するほど整った顔立ちだった。だが、今はその容貌に陰りが見える。

 精悍であろう顔には大きな傷が付けられていた。抉られたように荒れた肌は、彼が負った傷の深さをうかがわせる。

 他にも大きな外傷があった。引き締まった体躯で作られた体、その中の左腕が肩の付け根から先に存在していない。

 いや、付いていないのではない。付け根から伸びた水が、恋を包む水の檻と繋がっている。あの水の檻は、霧男の左腕で作られているようだ。
切れ長の双眸が瞬を射抜く。瞬は恐怖を紛らわせるべく、恋のカードを力強く握り締める。

「高原を、レフィンを離せ!」
「断る。俺は血が必要なんだ」
「血?」

 反射的に聞き返す。

「離界プラントに住む住人の血は、俺にとって癒しの効果を及ぼす」
 霧男の爪がレフィンの腹に伸びる。指がそっと腹を撫ぜた。レフィンが苦悶の表情を見せ、その体からきらきら輝く血が滲み出た。

「やめろ!」 

 瞬は激昂しながら霧男に静止をかける。当然のことながら霧男は揺るぎもしない。拳に力を入れる。だがそれはすぐに脱力した。真正面から突っかかって勝てる相手ではない。そもそも、人間が勝てるかどうかも怪しい。

 レフィンの腹からすくわれた血の玉が指先に乗る。霧男はそれを顔の傷口に当てるようになぞった。
 付着した血が傷口を消していく。微量なものであったため、全ての傷を消すには至らないが、レフィンの血が霧男の傷を治す、という結果が眼前に残った。

 飛び出しそうになる体を両腕で抑える。次に何かされたら多分抑えられない。瞬は感情のままに喚きそうな口を閉じ、努めて冷静に言葉を選ぶ。

「……レフィンの血が、あんたにとって特効薬になるってことか」

 霧男は何も答えない。瞬はそれを肯定と受け取った。

「どうしても、必要なんだ」
「だからって、殺していい理由にゃなんないよ」

 犯罪は等しく許せない行為だが、人殺しはその最たるものだ。どんな人種であれ、やることはあまり変わらない。瞬は静かに怒気を吐き出す。

「一人を殺すことで一人助かるなら絶対に行動する。どこの世界でも同じだろう」

 瞬は咄嗟に声がした方へ振り向いた。

何もなかった闇から蛇男が姿を現す。いつの間にか、屋上へ上がっていたようだ。
逃げられない。恋は動けない。レフィンは相手の手中。
絶体絶命だ。最悪すぎる。

「いいじゃんか、そいつがいるせいでおまえ不幸になってるんだぜ? いっそ見放せばおまえの望む平穏って奴が帰ってくるのに」
「生憎と、そう思っていた時期はもう過ぎちゃったんだよ」

 ついさっきね、と強がって見せる。

「ならどうするんだ?」

 蛇男の視線が瞬の手に注がれている。

当然、彼らが警戒しているのは恋のカードだ。これさえ抑えてしまえば瞬にこの場をまとめる手段はない。……そもそも、これの使い方、また何が封じ込められているのか瞬自体も知らないのだが、わざわざそれを言ってやる必要はない。

 紛らわすように、瞬は二人の犯罪者を睨みつけた。霧男は何も言わず、蛇男はおー怖い怖いとおどけてみせる。

 ごぼっ、と空気が泡となって浮かぶ音がする。恋が水の檻の中、溺死したようにぷかぷか浮かんでいた。

「その子もいれちゃえよ。三人のほうが寂しくないぜ?」

 その言葉で、瞬はキレた。

 限界寸前まで煮えたぎっていた怒りが一気に沸点を超える。

 右手を振り切り、握られていたカードが二人に飛来する。だが感情に反応するならもっと早い段階で力が発現していたわけで、カードは蛇男に当たって床に落ちる。

 瞬は構わず体当たりをするように突進する。

 腰にしがみつくように体当たり、それは至極あっさり避けられた。首に手が迫る。かわそうにも、体を動かそうとする前に蛇男の手が瞬の首に握られていた。

「バッカだなあ。生身で勝負したって俺に勝てるはずないのに」

 右腕一本で強引に体が浮かせられる。手を解こうにも、万力のような握力を前に瞬の抵抗は無駄に終わる。

 瞬は声を押し殺し、無駄な抵抗を続ける。じたばたともがく姿が間に障ったのか、蛇男は有り余る膂力で瞬をフェンスに叩きつける。ガシャン! と激しく身を軋らせながらフェンスが悲鳴を上げた。そんな衝撃を受けても、瞬は半ば意地になりながら声を上げなかった。

 めきめきと、何かがひしゃげる音が聞こえる。それは自分の骨なのかと思ったが、それはフェンスのほうだった。力任せに破壊され、人一人が通れる穴が空く。

 背中にあった網の感触が消え、首を締める蛇男の手以外の触感が消える。瞬はフェンスの穴に通され、蛇男の腕を基点に空に浮かばされていた。

命綱を握るのは蛇男であり、縛られているのは瞬の首だ。どちらにしろ長く保たないのは明白である。怒りは薄れなかったが、頭は妙に冷えていく。

 地に足がついておらず、足の先が痺れていく。だらりと伸びた足に習い、手もそれに続いた。もう抵抗する力も残っていなかった。

 かすかに開かれた眼に白い何かがよぎる。力を振り絞って見開かれた目に映ったのは、恋のカードだった。

「最後はこれで終わらせてやる。死ねばみんな平等に平穏さ」

 使い方を知っているような口ぶりで、蛇男はカードを瞬の額に貼り付ける。事実、瞬には扱うことのできなかったカードは蛇男に応えるように輝きを帯びていく。

 言いようのない違和感が瞬の頭の中を走る。

 感情が先走って気が付かなかったが、なぜ彼らは瞬が平穏を求める思考を持つことを知っているのだろう。


 違和感はすぐに消えた。いや、消された。カードの光が最大に達し、その力が解放されたのだ。ちくしょう、とつぶやきながら瞬は目を閉じた。

「……………………」
「……………………」
「……………………」

 何も言わない。起こらない。

 瞬はおそるおそる目を開け――絶句した。

「そんなにあの子が良いの? 私とあの子、一体何が違うの?」
「……………………」

 無表情で首を絞める恋の姿が目に入ったからだ。驚きが度を越して、口走っている内容に何を言えばいいのかさっぱりわからない。

「私の気持ちに気づいてるくせに、何も言わないなんて最低! もう片乃瀬君なんて知らない! ぷんっ!」
「ラブ、いー加減にしとけ。空気違いすぎる」

 蛇男が呑気な声で恋に話しかけている。

 くい、と何かに服を引っ張られる。振り向けばレフィンがいた。もうわけがわからない。

 瞬は屋上に立っていた。若年性記憶欠乏症にかかっていなければ、確か先ほどまで首を離せば地面直撃、という場面だったはずだ。なのに、今はしっかり足が床に着いている。それに水の檻に閉じ込められていた恋が何故か自分の首に手を添えていて捕まっていたレフィンが何故か服を引っ張っていて離界犯罪者の二人がなんだかフレンドリーな雰囲気を出していて……

 瞬は首を絞める細身の手を払いのけ、恋の肩に手を置いた。出来る限り強めの握力で握り締める。

「どういうことだ」
「ごめんなさい、今までのは全部芝居だったの」

 真摯な声で、恋は事の顛末を話し始めた。

「彼らは離界犯罪者じゃないし、レフィンも狙ってないわ。花もこっちが用意したし、傷とか爆発とかは全部、私の【手品師】で、幻を見せていたのよ」

 どうやら、恋のカードは怪獣を閉じ込めておく以外の用途もあるらしい。が、今この場では非常にどうでもいいことだった。

「なんで」
「話は長くなるんだけど、要約すれば離界人と接触した地球人がどんな反応を示すか試したかった、そんなトコ」

 知らず、拳に力が入る。瞬は左腕で右腕を握り締め、肌が白くなるほど握り締め自制する。

「気持ちはわからんでもないけど、こっちとしても事情があったんだ。何なら土下座でもするし、殴りたいってんなら抵抗しないぜ、俺たちは」

 蛇男の陽気さに、さらに怒りのボルテージが上がる。

「……騙したには違いない」

 顔の傷が完全に消え、腕も戻った霧男がつぶやく。

「あ、蛇顔のは上司にして一緒にコンビ組んでる蛇神浩史(へびがみひろし)。あ、これは本名じゃなくて日本で活動するにあたっての偽名だから。霧の人は離界管理局とは関係ないんだけど、協力要請によって手伝ってくれた――」
「俺の紹介は省いていい。そっちにとっては知る必要もないだろう」
「そう? まあともかく、今回レフィンが対象だったからミストラル人の協力がどうしても必要だったから彼に手伝ってもらったの」

 さらに何か説明していたが、瞬の頭には入っていなかった。レフィンを拾ったことから今までに関して、全てが芝居だったということに深く憤りを感じているのだ。

「でも、レフィンはあなたと同様に何も知らされてないから、彼女は怒らないでね」

 瞬の心の内を読んだのか、慰めになるのかわからない言葉をかけられる。瞬はどこに怒りを向ければいいか悩んだ。

そんな気持ちも、事実の説明を受け瞬の分まで怒ってやると言わんばかりに騒ぐレフィンを見て、段々しぼんでいった。

垂れ下がりの耳は怒髪天を衝くようにぴんと立ち、頬を膨らませたりぶんぶん腕を振ったりするレフィンが怒っても、全くと言っていいほど迫力がなく、むしろ愛嬌があって微笑ましかった。それが瞬の怒りを静かに鎮めていったのだった。

 瞬はレフィンにもういいよと言ってから、改めて三人に尋ねた。

「教えてもらうぞ。全部」
「もちろん。でないと、あなたのご飯を食べさせてもらえそうにないし」



 恋の台詞通り、何故か離界犯罪者役を演じていた二人まで招かれた夕食が瞬の家で行われた。

 なんでだろう、と不満を抱きながらも、作らなければ話さないとまで言われてしまってはお手上げだ。無視すればいいのだろうが、説明を受けなければ納得行かない自分がいたので大人しく従った。

 九月という季節ながら、瞬がセレクトした夕食は鍋だった。単に複数で一緒に食えるから、という理由でしかないが、思いのほか好評に食べてもらえたのでヨシとする。

「ごっそさん、マジ上手いなこれ。報告通りだ」

 ごとり、と食べかす一つない綺麗な器を置きながら蛇神が口元をぬぐう。今の蛇神は人間モード、つまり頭部が普通の人間に戻っている。……それでも蛇っぽく見えるのは元が元なのだろう。瞬は深く考えないことにした。

「昆布と鰹のダシが染みた野菜、程よく柔らかく淡白な肉、にゅる~んな白瀧、豆腐に出汁しょうゆを浸せば筆舌尽くせない。これが和の味……何の力も使わずにこの場に津波とか起こせない自分が嫌になるわね」

 何故か説明口調の恋は、手を合わせて鍋を拝んでいる。実際、カードを使えば津波なんて簡単に起こしそうな恋が言うと本当にやりそうで怖い。美味さのリアクションが現実を侵すのは漫画やテレビの中だけで十分なので勘弁して欲しい。

「…………」

 霧男は無言で黙々と鍋の中身を租借し反芻していた。無口で何を考えているのかさっぱりわからないが、箸の進みようを見ればそれなりに満足しているのが見て取れる。ただ、時折レフィンをちらちら見ているので、この男にはまだ警戒を解くわけにはいかない。

 当のレフィンはというと、野菜を多めに盛った皿を前に奮闘中だった。味見用の小皿で量こそ問題ないのだろうが、熱さまでは変えることができないので苦労しているようだ。といっても、冷えた鍋料理などおいしくないので我慢してもらうしかない。

 そんな全員が食事を終え、ようやく話を開始したのはそれから一時間後だった。

「まずおめでとう、片乃瀬君。あなたの行動のおかげで、地球とプラントは友好協定の締結の話が良好になったのよ」
「光栄なことだぜ? 地球人には不干渉決め込んでるプラントから信用を勝ち取ることが出来たんだから」
「……その協定ってのを最初から説明してくれ」

 まず、と言われてもさっぱりわからない。話を飲み込むため、瞬は詳細を求めた。

 噛み砕いて受けた内容はこうだ。

 先日、離界管理局による地球とプラントの重役会議が行われた。

 レフィンが地球にやってくるきっかけとなった花、正式名称宝鮮花(ナルツファール)のように、プラントで土の種類によって成長が変化する不思議な種の量産に成功したことからこの事件は始まった。

 広域連合(こういきれんごう)の一つであったプラントは、同盟界(どうめいかい)へ土壌に関する貿易を執り行っていた。同じく同盟界である地球も土壌提供を考えていたのだが、プラント側から地球へ交易拒否の意見が出されたのだ。

 過去、プラントの世界と似た環境にある地球へ訪れたさい禁忌の化け物として狩りの対象になったこと、文明の発展による住みやすい環境の破壊など、訪れることすら苦痛となった時期が長く続いたという。

 来訪すれば異端として扱われ、同盟を誓おうにも誓えないその状況によって、地球人への信用は限りなく無に近づいた。

 とはいえ、広域連合の席に身を置く上で同盟界同士の不干渉を続けるわけにもいかない。しかし安易に地球人と接したくはない。そのため、今の地球人が信用に値するかどうか見極める必要があったのだ。

 その過程で、宝鮮花が要りようだったレフィンがプラント、瞬が地球と互いの世界代表として選ばれたらしい。

「色々と突っ込みたいとこはあるけど、どうして俺が選ばれたんだ?」

 離界人と接触した地球人がどんな反応を示すか試したかった、と言っていたが、背景には瞬とレフィンを対象にした観察行為が行われていたようだ。

「ああ、地球でもプラントでもない第三者がルーレット・ダーツで選出したのよ」

 世界同士の確執は、第三者にとって随分と価値が安かった。

「案外馬鹿にできないものよ? サイコロと同じようなものだし、誰も口をはさむことの出来ない確立による選出方なんだから」

「だからって、ダーツなんかでそんな重要なこと決めるなよ…………」
「ま、他のお偉いさんから見れば同盟界同士のささいなイザコザにしか思ってないからな。いい暇つぶしにでも思われてんじゃねーの?」

 蛇神の陽気な声が頭を重くする。離界を国に例えたとして、国同士の交易が破綻になるかもしれないというのだ。……考えてみたら、自分に何の利もない第三者にとっては本当に至極同でもいいのかもしれない。瞬はさらに沈鬱になった。

「そういえば、レフィンはなんで宝鮮花が欲しかったんだ?」

 気分を紛らわすべく、瞬は疑問の一つを口に出した。

「宝鮮花が出す蜜は、プラント人にとって栄養価の高い食料なんだよ。薬の原材料にも使われる。一口食べれば、生命力に満ち溢れた体になるってのが通説だ。病弱な患者の食事に使われるのが主な使い方だけどな」

「レフィンの母親がね、その病弱な患者の一人なの。家族のためにも、どうしても宝鮮花が欲しかったってわけ。趣味が悪いってわかってるけど、それを議題の内容に利用させてもらったの」

 本当に趣味が悪い。健気にも家族のために身を削り、禁止行為まで犯して地球へやってきたというのに……

「まあお袋さんは単にバテてただけで、今は元気に騒いでるんだけどな」

 レフィンが不憫でたまらない。

 病弱というのも多分恋の出任せだろう。話に一貫性がなく人をからかうのが趣味というのは一日付き合ってよくわかった。

「結局、レフィンのしたことは許されるのか?」
「今回は上も見逃してのことだから特に問題ないわ。まあ名目を保つために何週間かプラントの帰省を禁じられるくらいね。問題があるとすれば、片乃瀬瞬という少年の毒牙によって一人の少女が片乃瀬色に染まってしまったことね」

「あんた女だけどはたいていいか?」

 結構本気だ。覚悟を決めた俺なら離界人でも立ち向かってみせる。……赤子の手をあやすようにかわされるのは目に見えているのだが。

「計画の発案と実行は私だけど、おかげで会議が円満に進みそうなんだからその犠牲はやむないと思って」
「山ん中入って傷だらけになったり、腹蹴られて強制飛行したのを我慢しろと?」
「や、それはすまんかった。俺らはもっと安易っつーか簡単にしようと思ってたんだけど、ラブがいじったせいであんなんになった。でもよ、ジャケット越しに蹴ったから痛みはないはずだぜ? ラブがジャケットに【手品師】貼ったはずだし」

 ああ、と一瞬で乾いたジャケットの副産物をかみ締める。だからと言って嬉しくはないが。

「それとこれは関係ありません」
「命の危機に瀕しないと、人間本音が出ないから」
「もっと平和的にしても罰はないと思うんだ」
「それじゃ面白くないじゃない。本気の顔のほうが見る側としても感情移入し易いものよ」
「だったら演じてる俺にも楽しめるようにしてくれよ」
「さっきも言ったけど、私のことはラブでいいのよ?」
「平和がないって意味のラブだぞ、ちなみに」

 蛇神がそっと告げ口でラブの真の意味を教えてくれる。だろうな、と至極当然に受け止める。テニスや卓球では、ゼロポイントのことをラブと呼ぶ。平和ゼロ、確かに納得だ。

 そんなやりとりを気にせず、胸に手を当てて懇願する恋は何も知らない第三者が見れば何も言わずに頷くほど綺麗だった。だが実態を知った瞬は全く心が動かされない。むしろ冷淡として拒否を示した。

「絶対呼んでやらん」

 無視を決め込む瞬に届く声で、恋がぽつりとつぶやく。

「いじけんなよせっちょん」

 誰だ。

「苗字の瀬にちなみました」
「なれなれしい上にきもい」
「女の子にきもいって言っちゃダメよ? 言葉の弾丸で心を抉られるなんて、ピュアで繊細な私には耐えられない」
「弾数は俺が生きてる間は無限だから、俺の舌が回る限り撃ち続けてやる」
「なら私は千ある人格のうち、言論が得意な人格に切り替わって対処しないといけないわね」
「何も考えずにノリだけで話してると、そのうち痛い目見るぞ」
「夫婦漫才するのもいいけど、そろそろ本題に戻ったほうがいいんじゃねえか? ほら、小さいお嬢ちゃんもすっかり拗ねてる」

 蛇神に促されて目を向ければ、レフィンが仲間はずれにされた恨みを目に宿してぶつけてくる。

「ああ、ごめんなレフィン。無視するつもりはないんだ」

 謝ってみても、レフィンはそっぽを向いて目を合わせてくれない。喋れたらつーんと口に出して頬を膨らませただろう。や、実際口を尖らせ頬はリスのように丸くなっているのだが。

 嫁に謝る情けない亭主のようにしどろもどろしていると、恋から聞き捨てならない一声が放たれた。

「やっぱり人形趣味…………」
「レフィンは人形じゃないぞ。っていうか、もう帰れ。残りの話は蛇神さんから聞く」
「どっこい私は帰らない」
「いい加減にして下さい」

 突き放すように敬語で返す。

 言ってから、そういえば知り合いでもないのに最初からタメ口だったな、と頭の片隅にそんな疑問が浮かぶ。基本的に最初は仲良くなるにしろならないにしろ、敬語で応対するのが普通だったのだが……少し自由奔放な恋の空気に当てられていたのかもしれない。

「敬語だなんて他人行儀な……Dまでいった中なのに」
「意味わかって言ってるのか?」

 老成しているといえ、瞬とて健全かつ情熱をもてあます中学生である。男女の知識の一つや二つ当然持ち合わせているし、恋も知っているだろう。むしろ女の子のほうが詳しいと言える。だからわかってやっているなら完全に逆セクハラだ。訴えたら多分勝てる。……訴えたら訴えたで色んな汚名を着せられそうな気がするが。

 そういえば、昼食を食べてる時にレフィンを腹に隠してボケてたっけと思い出す。ひょっとしてそのことに対して言っているのかもしれない。

 恋は手を合わせ、もじもじしながら恥ずかしそうにつぶやいた。多分演技だ。

「もちろん。自転車の後ろに乗って、腰に手を回したじゃない」
「…………ちょい待て。高原の中でDってどんな意味だ?」
「抱きつきでしょ? 何言ってるのよ」

 天然なのかわざとなのか、瞬には判断がつかなかった。とりあえず打開策として、適当に頷くだけにしておく。

「もういい、ホント話戻して。蛇神さん、よろしく」
「えーっと、どこまで話したっけ。ああそうだ、今回の事件の概要と小さいお嬢ちゃんの処遇だったな。もう話すことなんてあんまない気がするけどなあ。謝罪以外に謝礼とか欲しいのか?」

「いらないですよ、そんなの。俺は平穏な暮らしが出来るならそれで十分です」

 人から見れば超がつくほど貴重な体験も、瞬にしてみれば平穏を破壊する忌むべきものでしかない。未知に焦がれる心はどこかに置き忘れた。

「まあそれに関しては問題ないと思うぜ。おまえさんが選ばれたのは他意のない偶然だし、政府が公表しない限り離界の存在は明るみには出ない。普通の人間がこれから数十年生きてく上で離界人に関わるなんて確立として十パーセントもない」

「それならいいですけど……」

 納得しかけたところで、蛇神はでも、と追言した。

「離界人のほうからアプローチ仕掛けるなら、また話は別になる」

 頭の上に三点リーダを引き連れたトンボが飛ぶ。一拍間を置いて、瞬は問い返す。

「そ、それわどういうことですか?」
「小さいお嬢ちゃんはおまえさんのことすげえ気に入ってるみたいだから、小さいお嬢ちゃんだけは俺らが去ってもまた来ると思うぜ?」

 瞬は激しく同意しているレフィンを見やり、口元を緩ませる。なぜかレフィンだけは無条件で何でも許してやれる。

というより、レフィンと話していると、リラックスした気分になれるのだ。マイナスイオンでも発しているのだろうか? 今日一日で神経が磨耗した瞬にとっては大変ありがたい。

「んで、だ。ホームステイみたいなノリでレフィンをおまえさん家に置いてくれやしないか?」

 突然の提案に眉をひそめたものの、さっきと比べて問題にならないくらい易しかったため瞬は快く承知した。

「別にレフィンだけなら特に構わないさ」

 よし、と恋と蛇神が小さくガッツポーズを作ったのは、瞬には見えなかった。

 先に大風呂敷を展開させ、一気に落とすことで錯覚効果を引き起こしたのだ。こっちのほうがマシだな、というやつだ。

「さっきは話の流れ上で忘れてたけど、そういえばレフィンは何日か家に帰れなくなるんだろ?」
「ええ。まあそんなに長くはならないと思うし、長くても一ヶ月もないわよ。ちょっとした旅行だと思ってくれればいいわ。宿代全て片乃瀬君持ちの」
「…………まーいいけどさ」

 食事の量も体相応だし、レフィンなら問題ない。それに今の家庭事情ならもう一人くらい増えても問題ない。

「レフィン、何日か家族に会えなくなるけど平気か?」

 顎に指を添え、考え込むように唸っていたが、やがてにぱっと笑顔に切り替わる。

「大丈夫みたいね。それじゃあ私達は退散しましょうか。これ以上愛の巣を汚すと旦那が怒りそうよ」
「ホントにはたくぞ?」 
「そうは言いつつ結局叩かない実はいい人瞬にーさん」
「言ってろよ」

 さっさと帰れと言わんばかりにひらひらと手を振る。恋はこくりと頷き、蛇神に目配せしたと思うと、じゃあねと残して消えてしまう。後には、彼女らがここにいた証拠である鍋の食事跡とレフィンが残されていた。一緒に連れ帰ったのか、それとも話している間に勝手に帰ったのか……霧男の姿もない。

 随分とあっさりした別れに、どこか拍子抜けしてしまう。荒らすだけ荒らして帰るその様は、台風を連想させた。流石平和ゼロのラブさんだ。

「結局、何だったんだろうなあ」

 まさにその一言に尽きる。提示し、判断した選択肢も彼らが用意した芝居に過ぎなかったのだ。

 ピエロを演じて怒りを覚えないわけではないが、自分のところでその感情を止めてしまえば何も良いだけの話。下手に暴れて飛び火するよりも、そっちのほうが何倍もマシだ。

 我慢することに慣れている瞬は、冷めた面持ちで中空を見据える。凝視するのもつかの間、頭の上にレフィンが乗ってくる。

 それでも表情を崩さなかったが、辛抱できずに破顔する。冷たいジュースが飲みたくなった。それも炭酸で。

 瞬は冷凍庫から氷を取り出してコップに入れると、そこにコラ・コーラを注ぎ込んだ。一気飲みは喉が痺れたが、そうしたい気分だった

 頭の上のレフィンが興味津々にコップに入ったコラ・コーラに注目している。表面張力が起きるほどの並々さまで注ぎ、レフィンはおそるおそる小さな舌で黒い炭酸飲料水を舐める。

 酸味が利きすぎているのか、文字通り飛び上がってビックリしているレフィンに苦笑しつつ、これがピエロの代価なら悪くないかな、と思っていると、突如部屋を包み込む閃光に目を焼かれた。

 洗い物を済ませたら、とりあえずむやみに雷撃を撃たないよう説得しないとなーと呑気にしながら、瞬は畳の上に沈んでいった。

 二週間程度と考えていた保護の話を受けた時点で、離界人に関わる選択の決定打を選んだことを、当の本人は知らずに意識を失っていた。










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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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