さとり妖怪との接し方

 幻想郷の歴史に、新たな一ページが加えられた。
 妖怪の時分である宵闇の中、僕は歴史書としていずれ名を馳せる予定の書物にそう書き加える。
 冬の幻想郷に沸いた間欠泉、それによる新たな妖怪達の住居、地底の発覚。
 封印されていた、というのは最早過去の話。
 全てを受け入れる幻想郷の理念にのっとり、楽園は地底の妖怪を受け入れ、妖怪達もまた地上へ顔を出すようになった。
 最近では博麗神社での宴会にも招かれるそうだが、参加しない僕は彼女らと顔を合わせることはない。
 だったら宴会に来いよ、と魔理沙は言うが静かな場が好きな僕としては御免被る。

「…………ん?」
 ――カランカラン。
 筆を置いて一段落していると、店先で音が鳴った。
 夜に訪れるとなると、いつも勝手な霊夢か大体勝手な魔理沙か。げんなりとする僕だったが、時間が経過しても足音が聞こえてこない。
 あの二人なら躊躇なく上がりこむので、今回の来客はどうも別の人物のようだ。

「あ、起きてた」

 何故か残念そうな顔をしているのは、三つ編みの赤髪を二つに垂らした少女だった。猫の耳や尻尾が生えている辺り、人間でなく猫又の妖怪なのだろう。
 ……というより、呼びかけに答えなかったら物色でもするつもりだったのだろうか。
 店の明かりとストーブをつけた僕は、何用かと尋ねてみる。

「もう店は閉めていたはずだけど、いったい何の用だい?」
「ああ、ごめんごめん。あのさお兄さん、ここに娯楽の道具はない?」

 また漠然として抽象的な注文だ。
 娯楽と一言に言っても、その種類は千差万別に尽きる。
 個人的に娯楽は趣味と同意義と思っている僕は、身近な対象を照らし合わせた。
 本を趣味とする僕、お茶を趣味とする霊夢、研究を趣味とする魔理沙。
 思いつくだけでまるでバラバラ。統一性と言えばインドアで楽しむといったところか。お茶が外でも楽しめるのでかなり強引な理屈だが。
 しかし、相手は初対面のお客だ。無碍に扱うわけにもいかない。何より、新規顧客獲得のチャンスなのだ。
 
「娯楽ねえ……君は何が好きなんだい?」

 ここで自分の趣味を押し付けるのは悪いやり方だ。
 それはあくまで自分の楽しみであって決して相手にとっての娯楽ではないからだ。
 自分が好きだからと言って、相手も同じ意見だとは決して限らない。
 情報量の差異が決定的な破滅の引き金になることだってある。
 そう、今現在、彼女が香霖堂に興味を持ってくれるか否かの瀬戸際なのだ。選択ミスなんて犯さない。

「ああ、あたいじゃなくって仕えてるご主人なんだけど…………」

 話を聞けば、彼女――火焔猫 燐(お燐と呼んでと言明される)は最近発覚した地底の妖怪、その主の古明地さとりのペットと言う。
 と言っても、主人に頼まれているわけでなく独自の判断によるものらしく、地上に来ていることさえ黙って来たらしい。
 さとりは心を読む能力を持つため、他者から敬遠される地底一の嫌われ者になってしまった。
 つい最近地上に出られるようになったこともあり、地底が無理なら地上でイメージアップを図ろうとお燐は友人と共にさとりを連れ出そうとしたのだが、さとりは長い間他者との関わりを避けてきたため地上に出ることを躊躇っている。
 大分説明を端折ったが、つまりはそういうことのようだ。

「で、地上も無理ならせめて気を紛らわす道具でもあればいいと考えたわけか」
「そう。色んな人に聞いたら、そういうのを求めるなら香霖堂に行けばあるかもって話になったんだ」

 ふむ。そういう時に名前が出てくる程度には知名度が上がっているのか。

「何ニヤニヤしてんの? 真面目に考えてよね」
「あ、ああすまない。しかし、そうなると難しいな…………」

 何せお燐は、娯楽品をプレゼントしようと考えている。
 だが面白くないものを渡してしまうのはお互いにとって良くないし、かといってさとりの趣味を聞き出すのは本末転倒だ。
 と、ここで僕の脳裏に閃くものがあった。
 お燐は別に、真の意味で娯楽品を求めているわけじゃない。
 ようは、さとりが寂しくないよう気を紛らわすものがあれば良い。地上に出てくれればもっと良い、というわけだ。
 しかし、僕が思いついた方法は賭けでもある。
 必要最低限にしか周りと接触しなかった相手だ、この提案を呑んでくれるかどうか……
 いや、ネガティブに考えるのはよそう。
 心を読む相手に仕えるお燐に全てを伝えるのはまずい。
 僕は最低限の指示だけ伝えるべく、口を開いた。




「お燐、どこへ行っていたの?」

 私――古明地さとりはペットを飼っているが、基本的にそれらは放任して育てている。
 それが災いして先日の異変に繋がったわけだけど、地上からやってきた人間がそれを解決した今はどうでもいい。
 そんな中、常日頃傍にいるペットの一人であるおお燐が半日近く傍にいない。
 出かけるなら一言申す彼女には珍しく、何も言わず出かけていたようだ。
 放任主義の私としては気にすることはなかったが、珍しいことなのでつい尋ねてみた。
 能力を使えば聞くまでもないが、お燐は心を読むと知っても離れなかった大事なペットだ。なるべく使いたくはない。

「あ、さとり様。すみません、ちょっと地上に行っていました」
「そう」

 返答は特に面白みのあるものではなかった。
 異変解決以来、地上へ頻繁に赴く妖怪が増える一方だ。封印されていた私達にとって、幻想郷という楽園は絶好の観光場なのだろう。
 私が赴くことはないだろうが、地底の妖怪たちの精神が国際的になるのは良いことだ。まとめ役としても、不満を晴らしてくれることに異論は何もない。

「あの、その時のことなんですが…………」
「?」

 お燐はそっと何かを私に差し出してくる。
 ひし型の紫水晶を加工した装飾品。一見すればピアスのようだ。

「これは?」
「地上で会った道具屋から譲ってもらったものです。さとり様に、と」

 お燐でなく私の名指しで?
 流石に怪訝を思わざるを得ない私は、心を読むことにした。 
 ……なるほど、娯楽品の提供か。
 そこまで想ってくれるお燐に感謝するが、生憎この装飾品では私の心は動かない――そう思っていた時だった。

『もしもし?』
「わあっ」

 ピアスから聞こえた声に驚き、放り出してしまう。慌ててお燐がそれをキャッチしてくれたので、落ちて壊れることはなかった。

「これは……霊夢達が使っていた陰陽玉と同じもの?」
「えっと……ちょっとお兄さん、どういうこと?」

 お燐も詳しい事情を知らないようで、ピアスに向かって話しかけている。

『驚かせてしまって申し訳ありません。声だけで申し訳ないのですが、自己紹介をさせていただきます。僕は森近霖之助。地上で道具屋を営んでおります』





 感度は良好のようだ。
 紫が作った遠距離通信機能付きの陰陽玉を模倣して作った、装飾品型の通信機。
 妖力を動力源とし、同じ波長を共有ことで通信を可能とする幻想郷型携帯電話だ。 
 これみよがしに見せ付けてくれた紫に道具屋としての矜持を刺激された僕が、女性にも楽しめるよう装飾品タイプとして開発した一品である。
 一組作ってから、渾天儀の著作者である妖怪の賢者相手に何対抗心を燃やしているんだと反省し、それ以降は埃を被っていたが人生何が役立つか分からないものだ。
 さて、僕がこうして通信しているように、お燐にこれを持たせたのは理由がある。
 お燐からの注文はさとりの暇つぶし、叶うなら人との関わりを持たせることだ。
 ここで僕が最初に思いついたのは、心を読まず、読まされず会話することだった。
 さとりは心を読まれると思われて嫌われること、同時に心を読んで相手が自分の印象について嫌悪するのを見るのが悲しいらしい。
 情報量の差異が困惑を生むのはすでに提示した通り。だが予想を立てなくては話にならない。
 ここから先は僕の舌がものを言う。
 会話することで仮説から推測、情報として取り込み思考誘導させていくのだ。
 
『はあ……その道具屋が私に何の御用ですか?』
 
 食いつきはまずまず。問答無用で通信を切られることも仮定していた僕としては一安心だ。

「僕は幻想郷の歴史書を作っておりまして。そのさい、歴史書の項目の一つに地底のことも書き記しておきたいと思っているのです。尽きましては、地底妖怪のまとめ役である貴方に、協力を仰ぎたいと思いまして」

 丁寧な口調で僕の私心を含んだ提言をする。
 さとりは地霊殿の主、妖怪達の顔役だ。
 長くその重職に就いていることから、それなりの責任感を持つのだろう。
 僕は歴史書の作成における、地底の妖怪達の利益を話した。

「ご存知の通り、今の幻想郷は人妖神霊問わず共存するある種の理想郷となっています。封印されて心苦しく日々を過ごしていた妖怪達に日の目を当てるため、ありていに言えば知ってもらいたいと思っています。良ければ、僕が幻想郷についてお教えすることもします」

 阿求の幻想郷縁起には、残念ながら地底の妖怪達のことは記されていない。
 これは、彼女自身が地底に赴くことはないことが上げられるし、今まで地底の妖怪達を知らなかったこともある。
 加えて、幻想郷縁起に記されるのは阿求の主観でしかない。
 だが、僕が尋ねているのは地底の主である。おそらくもっと詳しい内情まで知っているはずだ。
 そうやって、まずは利を叩きつける。心の美醜に染まったさとりにはこういった利益の絡み方のほうが有効なはずだ。

『なるほど、話はわかりました。……少しお時間をもらっても構わないでしょうか?』
「ええ、構いませんよ。受けるにしろ断るにしろ、次はそちらから連絡をいただきたい」
『了承です。では』

 そう残して、さとりは通信を切った。
 即決するほど心が揺れなかったか、と唇を引き締めつつ僕はおそらく彼女がこの提案を受けるであろうと推測していた。
 人であれ妖怪であれ、彼らは利と理で動く。
 利益と理由の二つが揃えば、誰であれ動くに値するのだ。
 私利私欲で動くのもいるが、さとりはいわゆる一国一城の主に値する存在だ。
 自分のため、というより地底の妖怪達のためと言っておけば彼女は自己を正当化して乗ってくる。
 ペットを多く飼うというのは、人間関係で満たされない時の代償行為という場合もある。話を聞く限り、さとりもおそらく孤独感を味わって生きていたのだろう。
 そんな相手は傷つくことを恐れて、他者との交わりを求めない。
 が、上役としての判断はどうだろう。
 別の誰かのため、と名目打っておけば自分が関わっても言い訳ができるのだ。
 ……通信が届く。
 彼女の答えを聞いて、僕は自分の推測が間違っていなかったと確信した。


 お燐から相手の人柄を一通り聞いてから彼女を下がらせた私は、森近霖之助の誘いに乗ることにした。
 心を読まず、読まされずに会話するのは随分と珍しい体験だ。先日の異変騒ぎでもしたと言えばしたのだが、会話というにはあまりにも殺伐したものだった。
 最近は皆も地上へ赴くことが多い。
 そんな彼女らの助けとなるのなら、提案に乗ってみるとしよう。
 だが、心が読めないのはかえって不安だ。反面、会話を予想するという久しくしていなかったことも出来る。

『難しく考えずとも大丈夫。貴方は僕の質問に答えるだけで構いません。会話の主導権を握る必要はありません』

 受けてからしばらく黙っていた私に、森近霖之助は促すように言ってくる。
 おそらくお燐から私のことを聞いているのだろう。なんとなく上から目線のような気もするが、先日地底に赴いた人間達を思い出し、幻想郷の住人は得てしてああいうものなのだろうと自分を納得させる。

『ああそれと、何人分か出来たらお燐に資料を受け取りに来ていただきたい。その点は迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします』
「わかりました。ああ、それと私もそうするからもっとフランクな口調でいいわ」
『そうかい? それはありがたいね。じゃあ早速で悪いけど、地底が出来た理由から…………』

 そうやって、一抹の不安を残しながらも私と彼の通信交流が始まった。


 さとりと会話を始めてから結構な日が経った。
 建前として話を聞いて歴史書を作成と言っているが、僕自身本当に知りたいということも手伝って弁舌は今のところ好調な滑り出しを見せている。
 やはりというかなんというか、さとりは人に関わることに怯えているフシがある。
 さとり妖怪というと、人間の心醜さに嫌悪した仙人のように世捨て人のイメージを持っていたが、なんてことはない。単なる引きこもりだ。
 それと、彼女は答えを先に知ることで常に会話を制していたせいか口頭のみの会話で若干のズレがある。
 例えば……

「そういえば、今日は雪が降っているけど地獄にも紅蓮地獄というものがあるらしいね。地下にも天気があるのかい?」
『…………そうね。あまり変わりないかもしれないわ』
「へぇ。いったいどんな理由で起きているんだろうね」
『さあ………………』
「……………………」
『……………………』
「そうだ、天気と言えば今回の異変で…………」

 と、今のように質問の答え、それらから派生する会話の流れが上手くかみ合わない。
 互いに探り合うのが会話の本質だが、さとりは根本的にそれが成り立たない。
 結果だけがそこにあり、過程はそこに意味を成さないのだ。
 言葉遊びを好む相手とはそりが合わないかもしれないな。最も、そう会うことはなさそうだが。
 偶然だが、僕の道具の名称と用途を知る程度の能力と似通ったものがある。
 使い方がわからない僕と、会話の流れを知らないさとり。
 僕は使い方に注目をしているが、流石に上役となるとそんな細かいことを気にする必要はないのだろう。
 が、進展もある。
 少しずつ、本当に少しずつであるがさとりのほうから歴史書と関係ない話題を振ってくるようにもなったのだ。

『そういえば、地上での彼女らの様子はどう? 暴れたりしていない?」
「宴会には僕も顔を出さないからよくわからないね。けど、異変らしい異変は起きてないし、弾幕ごっこなんて日常茶飯事の出来事だからストレスとかもそう溜まることはないだろう。今度魔理沙にでも聞いて見るよ」

 霊夢は他人の機微を知らないから聞くのは最後の手段である。
 ともあれ、話こそ地底の住人を案じてのものだったが、最初は僕が質問するだけでそれに答えていただけのさとりにしては凄まじい進歩だ。
 ほぼ毎日会話し、何日に一度はお燐を通して会話の結果をレポートとしてさとりに見せている。
 正直、さとりに見せるのは意味がないかもしれないが、僕がこれだけ頑張っているという熱意を形に表したものだ。
 さとりは人に気を遣うタイプだ。嫌われ者としての汚名は、自分のせいで相手の気を悪くすることで他者との関わりを断った悪影響なのだろう。
 そういう類は情で訴えるほうが強い。
 人が最終的に動くのは理屈よりも感情であるように、精神で自分を確立する妖怪には感情で押したほうが揺れ動く。
 僕の働きは情というほど強くはないが、話し相手程度には認めてもらえたようだ。
 暇を潰す、寂しさを紛らわす娯楽品の提供という意味ではこのくらいで十分かもしれないが、僕自身まだ知りたいことは多い。それに、折角の機会をここで終わらせてしまうのはもったいないと思った。

「そうそう、最近良い本を見つけてね。良かったらレポートと一緒に貸し出してもいいけど?」
『そうなの? 好みは結構うるさいわよ、私』
「そこは道具屋の目利きを信用してくれと言っておこう」
『ふふ。ならお任せするわ』

 読書仲間が増えるのはありがたい。常連になってくれるのはもっとありがたい。
 さて、まだまだ頑張っていこうか。





「手が空いて暇になってしまったわ。貴方は何をしてるの?」
『こっちは雪をつまみに晩酌しているよ』
「一人で?」
『騒がしいのは苦手でね。宴会に誘われることもあるけど、どうにも僕は好きになれない』
「わかるわ。私もああいう場は苦手」
『だろう? 酒は風情をもって味を楽しむものだ。酔うために湯水のごとく酒を消費する彼女らが信じられないね。最も、酒は一種の儀礼道具で、騒ぐことを共有するほうが大事なんだろう。それが宴会というものだ』
「場の共有ね……なら、今のこの時間もそうなのかしら」
『そうだね。大人向けの静かな宴会だ』

 こつん、と音がする。多分、徳利か酒瓶を当てた音だろう。
 口を綻ばせ、私も自室に備えてあった酒を持って同じように鳴らした。

『ここに君がいないのは残念だね。今夜は良い夜だ。雪が降って寒いのが玉に瑕だけど。だが月の狂気をかき集めた結晶体と思えばそれはそれで情緒を感じる。月光は雲によって遮られているが、具現化した恐怖は寒冷となって人を襲う。けど恐怖というのは人を惹きつけずにはいられない。まったく良くできている。君にも見て欲しいものだ』
「ロマンチストね。口説かれてるのかしら」
『おや、いいのかい?』
「その気もないくせに」

 くすくすと笑みがこぼれる。事実、森近は異性よりも道具に興味を持っているようだ。健全な男としてどうだろうと思うが、私は好意に値する。
 最も、心の中では何を考えているかわからないけど。
 でも、同じ景色を見て共有してみても良いという気持ちはあった。地底からではそれが叶わないのは残念だ。

『本当、綺麗だよ』
「!?」

 トーンが下がり、色気すら孕んだ森近の声音が脳髄にまで響く。囁くようにつぶやかれた台詞に加え、ピアスを耳元につけているので本当に口説かれた気分になってしまったのである。
 本当にそうだとしても、私にその気は、ない。

『残念だ』

 ……心を見透かされるとは、こういう気持ちなんだろうか。だとしたら今後は自重しよう。
 落ち着け、私。森近が言っているのは景色のこと。私じゃ、ない。
 沈黙が場を制する。妙にどもってしまい、自分から口を開けない。
 森近は雪に見とれているのか、喋る気配はない。ここは自分から話さなければ!
 が、ここまで大半が森近主導の会話であったことを思い出す。
 彼は割と性格が悪いせいか、私を弄る会話が多かった気がする。勘弁して欲しいが、そこに楽しみを覚えてしまった私がいる。
 私から話を振るのは始めてかもしれない。そう思うと、緊張で上手く舌が回らなくなった。

『おや、酔ったかな。見るものがない酒につき合わせるのも悪いし、今日はここまでにしようか』

 ……うん、そうだ。酒に酔ったからあんな錯覚をしただろう、私は。
 本当に、それだけ? と自問するが、答えは浮かばなかった。

『僕は、素面の君との会話も楽しんでいるしね。酔った君と話すのも楽しそうだけど、今夜は遠慮しておこう』
「変な人ね。さとり妖怪と話すのが良いなんて」

 冷静に努めて返答するが、内心はかつてないほど焦っていた。私と会話するのが楽しみ、なんて言われたのは初めてだったから。
 なぜ森近は、こうまでピンポイントに私の心を震わせるのだろう。これが、経験値の違いというものだろうか。
 これ以上森近のことを考えると頭が痛くなる。早急に切ってしまおう。

「それじゃあそろそろ切るわ。……おやすみ」
『ああおやすみ。また明日』

 通信を終えると、私は地上の方向を見上げる。
 ……せめて、思い描くだけはしよう。
 幻の雪を眺めながら、私はその日の就寝を迎えた。



 最初はただの暇つぶし。
 それが日課となってしまったのは、いつの頃からだろう。
 思い返せば頬が朱に染まるほど稚拙な会話から始まり、ようやくペットに話しかける程度に慣れてきたこの通信。
 その結果が目の前に積まれたレポートとして現れている。
 心を読まず、自分の意図を相手に伝える単純な手段。
 私はそれをすっかり忘れていた。
 私のたどたどしい言葉の意図を汲んで作成された紙の束。時間の経過と共にそれらが精微をつくした一冊の書物となっていく過程。
 それに私が関わっているのだと思うと、知らず胸が熱くなる。
 快楽にも興奮にも似た感情。これが喜びなのだろう。
 森近は霊夢や魔理沙の保護者としての一面もあるらしく、たまに彼女らについての愚痴をこぼす。
 娘や妹のように思っている手前、つい甘やかしてしまうようだ。
 私もお燐や空に対して似たようなことがある、と言えば互いの愚痴の討論になり最終的にうちの子のほうが可愛いと自慢対決にまで発展した。
 まさか私が他人とこんな話をするなんて、と通信を切った後にそう思い返したものだ。

「さとり様、最近機嫌良いですね」
「そう? 私は別に変わりないと思うけど」
「いいえ、わかりますよ。何年傍にいると思ってるんですか」

 お燐に言われてああ、私は今の生活を楽しんでいるんだと実感した。
 ずっと会話のみで触れ合ってきたが、実際の森近はいったいどんな人物なのだろう。
 怠惰な雰囲気を持つ大人というのはわかったが、外見はどんなものだろう。
 そこまで考えて、もし対面した時に彼がどんな心を持っているのか思い至った。
 そこで私は考えるのをやめた。
 森近とはそういった関係ではない。ギブアンドテイク、利益で繋がっている関係なのだ。
 下手に心を覗いて、落胆するのは嫌なのだ。
 他はともかく、彼に落胆を抱きたく、なかったから。
 ……これは、一抹の夢なのだろう。
 歴史書に記される妖怪は、地上に多く出向く妖怪達のことしか記されていない。
 全ての妖怪を記せば、それは歴史書でなく単なる資料だ。今回の異変騒動で表面化した妖怪しか描かれないのは他の妖怪達にとって不満かもしれないが、それがきっかけで地上に出るのであれば森近の目論みは成功と言える。
 が、その歴史書もそろそろ完成を迎えている。
 それは夢の終わりを告げていた。
 事実は情報の上に成り立つ砂上の楼閣だと森近は言っていた。
 森近との終わりも風に吹かれて崩れ落ちるのだろう。
 彼との会話も雨に溶け、いずれ記憶の大地に吸収されて消えてしまう。
 傷つく前に離れればいい。自分が眠りを覚ます恐怖で眠るのは、ゴメンだ。
 そう、夢なんだ……なら、もう少し浸っても問題ない。
 悠久を生きる妖怪にとっては雪が解けるほどの刹那……それだけの時間に期待を込め、私はピアスを手に取った。

画像提供:拝一樹


 そして、夢の終わりが近づいた。

『歴史書は完成間近。これも君のおかげだね。ありがとう、さとり』
「……別に礼を言われるほどのことじゃないわ」
 
 声に力がないことを自覚しながら、私は言葉を紡ぐ。

『おや、調子でも悪いのかい? 精神が参ったら妖怪はおしまいなんだから、養生するに越したことはない』
「言われずとも体調管理はしっかりしているわ」
『その割には声のトーンが低いようだけど?』

 誰のせいだと声を大にしていいたいが、そんな恥ずかしいことを素面で言えるほど私は大胆ではなかった。
 もう少し経験を積めば、森近のように上手く舌を回せるのかもしれないが、その機会ももうすぐ終わる。なら、叶うことはないだろう。
 そう、終わる。終わるんだ……古明地さとりとしての時間が終わる。
 いや、元々地霊殿の主としての時間だったんだ。
 彼が求めていたのは、地底の情報。私がまとめ役だったから選ばれただけのこと。
 それだけのことだ。
 ただ、話をする相手がいなくなる。別に珍しいことじゃない。
 昔からそうだ。
 自分が古明地さとりであると知ると、妖怪はおろか拾ったペットも成長するに連れて自然と離れていった。
 あからさまに避けるのもあれば、いつの間にか疎遠になっていた相手もいた。
 傍にいることを遠まわしに断るようになり、やがて断ることへの煩わしさから自分も相手から離れていった。
 それの積み重ねが孤独への歩みなのは、言うまでもない。
 普通はそうだ。
 心を読む相手と一緒にいるのが不安なのだ。
 下々を抑えるのに適した能力ゆえ、地霊殿の主となってからますますこの力は棄てられなくなった。
 舐められてはいけないと王の如き威厳と濁流のような心理攻撃で、地底の妖怪をまとめあげた過去は消えない。
 すでに私は、そういう妖怪になっている。
 たとえ能力を使わずとも、地底で私と話すのは限られているし、森近のように雑談なんて交わしたのは久しくない。
 自分が何かしたわけじゃない。
 心を読む力を持って生まれただけだ。
 それを棄てることのできたこいしが、少し羨ましい。
 けれど、私はもうこの力を棄てるなんてできない。それを抱えて生きていくしかないのだ。

『……り……さ…………さとり?』
「え?」

 気づけば、森近がやや声を大きくして呼びかけていた。迂闊。

『何か思案でもしていたのかい? だったら通信を切るけど…………』
「問題ない」
『だが、しかし…………』
「何も、問題ないと言っているでしょう?」

 紡がれる攻撃的な感情。やってしまったと思ったが、森近は気にすることなく話を続けてくれた。
 それももうすぐ終わる。
 少しでも長く話したくて、雑談を伸ばしていたけどもう限界だった。こんなとき、会話のバリエーションが乏しい自分が嫌になる。

『じゃあ、最後のレポートを完成させる作業に移るよ。今までご苦労様』
「ええ…………」

 終わる。終わって、しまう。
 何を言って良いのかわからず、頭はこんがらがるばかり。
 そんな私が選択したのは――

「それじゃ、失礼するわね。楽しかったわ、じゃあ」

 自分から、突き放すことだった。
 


「せっかちだな…………まあ仕事と割り切ってるからこそなんだろうけど」

 さとりからの一方的とも言える通信拒絶。僕自身さとりに友好的だったこともあったのでややショックだった。
 相手の気持ちなど、さとりじゃない僕が考えても詮無いことだ。
 最も、だからこそ人は話を通じて分かり合うのだろう。
 互いに隠し事、秘め事、好意や悪意全てをさらけ出して生きるのは難しい。
 意思の疎通を図るからこそ、人は発展していくのだし種を栄えていく。
 物事をはっきりつけるのは閻魔だけで十分。人の手には余る。
 同じ釜の飯を食した同僚に仲間意識を持つように、交流を通じて培った経験があるからこそ、情というものは生まれる。
 家族、友人、恋人……人がそれらを生むのは、紛れもない言葉の魔力なのだから。
 そして、僕がさとりに親愛の情を覚えたのも、間違いなくさとりの持つ言葉の力なのだから。

「このまま終わっては香霖堂店主の名折れかな……注文にはちゃんと応えないとね」




 森近との最後の会話を終えてから何日が経過しただろう。
 日課となっていた通信をやめてから、時間がとても長く感じる。
 話している時は一瞬で一日が終わってしまったが、今は刹那が一日に感じるほどの錯覚を覚える。
 如何に私があの通信に入れ込んでいたのかがわかるというものだ。
 けど、それも終わり。
 自室の寝台で枕に顔を埋めていた私に、突然向こうからの通信が入った。
 自分と思えない喜びと共に迎えた言葉は、私の意識を自失させる破壊力を伴って放たれた。
 今、お燐が最後のレポートを取りに地上へ向かっている。
 何故か、今まで私に見せたレポートを回収して欲しい、と言われ森近との苦労の結晶も傍にない。
 代わりに完成したのを持たせる、と言っていたが私は説明できないショックを受けていて、彼の会話を聞き流していた。

「どうして…………」

 裏切られた気分だった。

「森近も同じように思ってくれていた、なんて……どうして思ったんだろう」

 彼にとって、あのレポートの束は資料に過ぎなかったのだろうか。
 共同作業の過程というものでなく、破棄すべき黒歴史だとでも言うのだろうか。

「さとり様、さとり様ー」

 お燐の声が聞こえる。レポートを持ってきたのだろう。
 けど、私は今それを見ようとは思わなかった。完成版よりも重要なものは、すでに失われてしまったのだから。

「そこに置いておいて。あと、しばらく部屋に近づかないで」
「え? はぁ…………ああ、そういうことですか。わかりました、ごゆっくり」

 どうやらお燐は私の気持ちに気づいてそっとしてくれるらしい。
 やっぱり、私はペットと過ごすほうが良いのだ。
 そんなことを思っていた、その時だった。

「人を物扱いするとは、ひどいね。これでもちゃんとした生物なんだけど」
「………………?」

 聞き慣れたようで、慣れない声が聞こえる。
 枕から顔を離し、音源に振り向いて見ればそこには銀髪の青年がいた。
 琥珀色の双眸を覆う縁なしのメガネの向こうでは、やれやれと言わんばかりに目じりを下げている。
 
(この、声…………)

 金魚のように口を開閉する私に青年は黙って一礼し、

「一応、初対面ということになるのかな。改めて自己紹介しようか、僕は森近霖之助。地上で道具屋を営んでいる」

 最初の時と同じく、そう言った。

「な、なんで…………」
「言っただろう? 完成版を持ってくるって」
「歴史書が、貴方本人とでも言うつもり?」
「そうさ。紙は体、筆が口になった特異な歴史書だけどね。さて、改めて完成版を見て欲しい。眼の代わりは、耳になるけどね」

 森近の口から語られるのは、たびたびもらった経過報告のレポートに酷似した内容……などではなく、私の話した内容とまるで異なるものだった。
 からかわれているのか、と思い憎らしさもあって私は能力を使って森近の心を覗いて見た。
 するとどうだろう。
 彼は口で出鱈目なことを言っているが、本音はまさに完成版と言うに相応しい内容を心に浮かべている。 
 怪訝な顔をする私。森近は構わず、話を続けていた。
 もっと深く心を覗く前に、私は森近の意図を探ることにした。
 彼から教わった、相手を予想して考えるということを実践してみたのだ。
 そして、理解する。
 彼が、道化のように支離滅裂な内容を話しているその理由を。

「…………と、これが僕の作った歴史書だったわけだけど、どうだい?」

 探るような視線。期待と言い換えて良いかもしれない。私は、それに答えた。 

「ダメね。全然ダメ。順序が違うし、相手に読ませる配慮や見やすいといった工夫もない。発音も怪しいし、何より言ったことと違うわ」
「辛辣だね」
「そうよ。何せ、私はさとり妖怪なんだから」

 にやりと森近は笑う。私は正解を答えられたようだ。

「じゃあ作り直しをしないといけないね……けど、やはり通信じゃ聞き取りにくいみたいだ。良かったら直に聞かせて欲しい」

 私は心を覗く。そして、彼が私に話を持ち込んだ理由、それに関連する下心も全てを把握した。
 やっぱり無心だったわけじゃない、濁った部分もあった。だというのに、私はそれほど落胆していなかった。
 何故なら……森近も、私と同じ友愛の気持ちを持っていたからだ。

「君はさとりで、その力を手放せない」

 唐突に語りだす森近。私は、黙ってそれを受け入れる。

「でも互いを理解した今、こうして語らうことはできるだろう? それとも、あれだけの時間を共有したのに友人と思っていたのは僕だけだったのかな?」
「心を覗いたわ。言わなくてもわかってるでしょ?」
「僕は君の口から聞きたいね。僕が古明地さとりを友人だと思えたのは、君の口から語られる言の葉に惹かれたのだから」

 相変わらず、ロマンチックな男ね。友人という言葉に微妙に引っかかるものもあるが、今は無粋な考えだ。
 彼がそれを望むなら言っても構わない。何故なら、私も彼の言の葉に惹かれたのだから。

「そうね、せっかくの友人のお誘いだし乗ってあげる。今度は間違えないよう、しっかり教え込んであげるわ」

 言いながら、私は手を差し出す。
 森近は、唇の端を吊り上げながらその手を取った。

『これからよろしく』




 ――カランカラン。

「いらっしゃ……やあ、君か」

 最近、彼女は香霖堂によく顔を出すようになった。
 雑談だけで日を過ごすこともあれば、僕の仕入れ作業にもついてくる。
 それなりに商品を買ってもくれるので、僕としては万々歳である。

「ひどいわね。友人とお金を同列に扱うつもり?」
「僕は商人だからね。たまにそんな時もある」
「本音も一緒ね……なんでこんなのと友達なんだろ」

 そう言う彼女の顔は笑っている。会話力は、冗談を言える程度にレベルアップしたようだ。

「いつまでも下に思わないことね。貴方を手玉に取るなんて簡単よ。貴方の恐怖、ここで再現しましょうか?」
「よしてくれ。僕は荒事はできないたちなんだ」
「……本当。よくそれで生きていられるわね。その思考の飛躍から生まれる薀蓄を使って、会話で退けているの?」
「ヒトをなんだと思ってるんだ君は……僕は妖怪には襲われないからね。別に強くなければいけないルールなんてないだろう?」
「まあそうなんだけど…………」

 彼女はお茶を飲み干して一息ついた。

「それじゃ、今日は私について教えてあげるわ。他よりも力を入れて書いて頂戴」
「製作者が贔屓してる時点で歴史書じゃなくなるよ」
「ああいえばこう言う……まあいいわ」

 そうして、彼女は自分のことを語りだす。僕は一期一句逃さず、それを聞き届けながら筆を走らせる。

 ――幻想郷に新たな一ページが加えられた。
 まずは地底の主にして我が友、古明地さとりについて紹介しよう――




<了>


このお話のイラストを描いてくれた方々を紹介します!
全てpixivなので見られる人と見られない人がいるかもしれませんが、見れる方は是非どうぞ!(潤田さんの学パロ三部作は、目次の頂き物からでも読むことができます)
botaさん1 botaさん2 黒の彼方さん 潤田さん フロフキさん ひなみさん

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最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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