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厄神詩集

 雨は きらい 
 けど みずはすき
 流されるより 流れていたい





 しとしとと、雨が静かに小止みなく降る。
 こうした静かに降る細かい春雨は香霖堂の家屋を、倉庫を、裏の白い桜を濡らし雨露を塗りつけていく。
 龍神の通り道が虹であることは周知の事実であるが、移動のたびにこうも雫を垂らされては下界に住む者として若干の不満を覚えても仕方ないだろう。
 最高神なのだから、移動によって生じる力も半端ないことは理解しているし、必要なことだから割り切っているが、芽生える感情まではどうしようもない。
 貴重な桜もこんな雨のせいでは花見というには及ばない。仕方ない、こうした日は読書をするに限る。
 そう思い、適当な本を取って腰掛けた僕は、ページをめくってすぐに顔をしかめた。

 
「湿気ってる……梅雨にはまだ早いはずなんだがなぁ」

 他の書物も見直してみるが、やはり雨のせいか湿っていてとても読める具合ではない。
 無理をすれば読めないこともないだろうが、力加減を間違えてページを破ってしまいそうで怖い。
 ため息を一つこぼし、今度は道具の清掃でもするかと腰を上げ、倉庫へ顔を出そうとしてみたものの……店を出た第一歩でぬかるんだ土に足を取られ、思わず体を倒してしまう。
 なんとか転倒こそ免れたものの、手にした傘は土に汚れ雨が髪や服を濡らしていく。じっとりと中に浸透していく水気に顔をしかめながら、僕は傘を回収して店内に戻る。
 本もダメ掃除もダメ……一体、どうしろと?

「どうにも最近、良いことがないな。呪われてるんだろうか……変なものを拾った覚えはないんだが……霊夢にお祓いでもしてもらえば、少しはマシになるだろうか」 
「巫女ではその厄さは祓いきれないと思うわ」

 カウンターに戻って頭を悩ませる僕に、突然入店した何者かがそんなふうに話しかける。
 ゴシックロリータ風のドレスに身を包み、翡翠色の長髪を胸に垂らすように結った少女だ。初めて見る顔だ。ともあれ、ここに来るということは来店客だろう。雨よけに避難したというなら早々に出ていってもらえばいい。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」
「初めまして、私は鍵山雛。人間の厄を請け負って、神々に献上しているの」
「……………はあ」

 どうやら普通の客ではないようだ。いや、客……なのだろうか? 彼女は。

「最近、香霖堂の店周りが厄いから、つい寄ってしまったわ」

 客ではなさそうだ、とげんなりする僕を気遣ったのか、雛は自分の仕事の内容を僕に語る。それは結構なことだし、献身の心に胸打たれるものはあるが、それが僕に何ももたらさないのなら深く意識を割く理由にはならない。
 適当に追い返そう、と思いさっさと相手の用件を聞くことにする。確か厄を請け負って神に献上すると言うのだし、つまりは厄除厄吸い……まあ悪いことはないだろう。

「それは助かりますね。厄除けに一つ、能力を使ってもらえると嬉しいのですが」
「それは構わないけど、貴方の人間部分は半分だけ。それでは一人分の厄を請け負うとは言えないわね」
「いや、それで全然構わな…………」
「そうね、今の倍の厄を貴方から受け取らないと」
「それは、二倍苦労しろと言うことかい?」

 突然の申し出に口調が元に戻る。お客さんでなく、これは厄介な相手だ。
 厄を請け負うというのに、苦労を強いてどうするんだ……

「そうとも言うわ」
「…………………」

 何とも言えず、苦虫を噛み潰すように顔をしかめる。
 人間のために厄を吸い、請け負うと自称しているのだから人に害を成すものではないはずだが……

「確かに二倍苦労してすれば厄は一人前になるかもしれないが、その計算だと厄も二倍になって変わらないんじゃないか?」
「何を言うのよ。苦労は後の楽しみ、あるいは生きるために必要なことでしょう? 意味のない苦労をするから、そんな計算になるのよ。私に従って苦労すれば、そんなことにはならないわ」

 歯を剥いて笑う雛。佇まいや気質から大人しい少女だと思っていたが、案外そうでもないようだ。
 彼女の話には確かに利がある。
 布に細工して糸を操るのは服を作るためであるし、畑を耕す苦労をしているのは食物の収穫のためであるし、石垣や木を築くのは城や家屋を建築するためだ。それらは衣服をまとい日々を生きるためのものであり、住まいを手に入れるため……生活の基礎となる衣食住に他ならない。
 他にも苦労というのはたくさんあるし、その苦労の後に得られるものも人それぞれであるだろう。
 ならば、僕の言っているのは屁理屈にすぎないと断言されているようなものだ。初対面の相手にそんなことを言われては悔しさが先立つ。が、それ以上に苛立ちもあった。

「これだけの厄、何もせずにいるなんてとんでもない」
「意訳すると、今の二倍苦労して厄をひねり出せ、と聞こえるんだが?」
「そう言ってるのだけど?」
「帰ってくれ」
「何もしていないのに帰る趣味はないわ」
「冷やかしでなければ最高の客なのに……じゃあ、僕に一体何をしろと?」
「そうね。普段は何をしてるの?」
「物を拾って、それを弄った後に客に売ってるね」
「なら、いつもと同じように何かを拾いに行きましょうか」
「外を見てくれ」

 言われて、首を入ってきたドアの方角へ向ける雛。次いで雨粒を叩きつけられる窓へ廻り、やがて僕の目に戻り……首を傾げた。いや、傾げないでくれ。

「雨が降っているだろう? 用もないのに、わざわざそんな日に出かける趣味はないよ」
「用ならあるでしょう? 厄除けって言う大事な用が」
「言い換えよう。そこまで無理にする必要はない」
「私がしたいの」
「善意の押し付けは悪意と変わらないと思うが?」
「利のある作業に善意も悪意も関係ないんじゃない?」

 ああ言えばこう言って逃げ道を確実に潰してくる雛。それから幾度か口を交わし、僕は自分が意固地になっていることに気づき、一度冷静さを取り戻すべくお茶を入れることにした。
 雛にもどうだい? と聞いたがお構いなくと言われた。なんだか悔しかった。
 頭の冷えた僕は、雛の説得も相まって外に出ることになってしまった。いや、逆に考えよう。雨の中を少し出歩くだけで、日常の中に潜んだ小さな不満が晴れるというのだ。これはお得、と考えたほうが精神的に良い。

「君もついてくるのかい?」
「当然。私がいなければ、厄を回収できないもの。ああでも、少し離れて着いていくから。私が一緒だと、必要以上に不幸になってしまうから。さ、話はこれまでにして行きましょうか」
「……幻想郷には淑やかな女性は存在しないのだろうか」
「私は十分物静かなタイプよ?」
「自分で言わないでくれ」





 おとが沈む
 みずに吸い込まれるのだ
 おとを包み込むみずのようにそっと人のためにはたらいてゐよう
 つつみ終えればしづかに眠りましょう




 出かけると言っても、僕のすることは変わらない。
 拾い物を集めに行くだけだ。と言っても、今回は無縁塚ではない場所での活動だ。主な収集場所が無縁塚であることは間違いないが、別にそこでなくとも物を手に入れる場所というのは存在する。
 最も、僕のようにわざわざそんな場所を探し回す暇じ……積極的な回収業者はそういない。だからこそ、思うがままに道具を手に入れることが出来るので問題ないのだが。
 しかし雨の中の回収作業というのが面倒である。
 従来の作業ですら肉体労働なのに、今回は雨粒によって持ち帰るのが面倒ということがある。元より野ざらし雨さらしにされた道具達ではあるが『持ち帰る』となると、必要以上に手間がかかるというものだ。雨合羽を着込み、傘を指しているといえ雨が体を叩きつける煩わしさが消えることはない。眼鏡も濡れて見えにくいしな。
 そして厄除けしてあげると言った少女は遠く離れた場所でこちらを見据えている――いや、いた。作業が始まってから、くるくると体を回したり何なりをしていたが、今は傘を片手にぼうっとしている。……本当に彼女は厄神なのだろうか。騙されているんじゃないかと勘ぐってしまう。本当にそうなら、それらしい働きを見せて欲しいのだが。

「鍵山さん」
「私に近寄らないほうが良い。貴方も不幸になってしまうから」

 そして声をかければ、こんな会話が交わされる。別のやり方で話しかけてみても、似たようなやりとりで答え結局は僕を遠ざけているのだ。
 最初に店に訪れたときはやむなかったとのことだが、別段今不幸に見舞われているわけではないのだから、近寄っても大差ないと思う。というより、遠くからじっと見られるほうが不幸だ。
 元は雛流しが神格を持ったとのことだが、どう見ても厄を代替わりしているとは思えない。むしろ、僕を身代わりにしているような気もしてきた。
 本当にそうじゃないのか? という不安を目に宿し雛を見据える。だが彼女はこちらを一瞥するだけで、すぐにふいっと天を見上げてしまう。変わったことと言えば、何やら僕には聞こえない声量でぼそぼそと何かつぶやいている。
 耳を傾けようにも、雨音が邪魔で聞こえにくい。かといって近寄れば離れてしまうし、どうしようもない。
 こんな時は何か考えてみるか。
 そうだな……雛、雛……雛流し。
 雛流しは、三月三日の夕方、紙などで作った雛人形を川や海に流すことだ。祓(はらえ)の形代(かたしろ)を流したことに由来する行事であることからそう呼ばれている。
 ふむ、形代、か。
 形代とは人の形をしたもの、あるいは人形である。転じて、身代わりということで先の厄除けから連なる雛流しに由来する。
 厄を形代に移し変えて海に流すことで、厄から身を守るというものだ。
 ふと、雨の中わざわざ出かけたということは、この天から降り注ぐ雫を海に見立てているんじゃないか、と考えつく。
 龍が通るたびに発生するエネルギー……この場合は雨だ。龍とは世界を想像した最高神であるのだから、その力に凶祓いの性質が含まれていても何らおかしくない。龍とは破壊の象徴であると同時に、創造神でもあるのだから。
 このたび、雨の中に住まう龍神に厄を送ることでその力によって浄化する――そして、今何かをつぶやいているのは呪文の類。仮にも神様なのだし、僕の知らない方法で見えない厄を吸い取り送っているのだと考えれば雛の行動にも説明がつく。
 ふむ、大体こんなところか。
 作業も思案も一段落つけた僕は、水滴の不快感をこらえながら荷物をまとめる。濡れていない小さなタオルで眼鏡のレンズをふき取って水気を切ってかけ直すと、先ほどまで水滴で濁っていた視界が鮮明に切り替わる。最も、帰るころにはまた水に濡れているのだろうが。
 
「とりあえず作業は終わったし、もう帰るくらいしかないのですが……僕の厄は吸い取れたのですか?」
「ええ。貴方が作業に没頭している間には済ませたわ」

 やはり離れた距離で声をかけると、今度はしっかりとした返事が返ってきた。観察してみると、すでにつぶやきの様子はなく最初に見た佇まいを見せている。
 少し、思考に没頭しすぎていたかな?
 時折観察を続けていれば、厄を吸い取る光景を見れたかもしれないと思うと残念だ。しかし、厄が消えたという実感は薄い。二倍苦労してくれと言ったわりには、やや苦労が足りない気もする。
 そう考えていると、それを見透かしたように雛は言った。

「今ので三分の二程度かしら」
「雨で二分の一か。一・五倍なら大抵の厄は取れているだろうし、僕個人としてもそろそろ帰りたいのだけど」
「明日の不幸を減らすと考えれば苦労も薄れるんじゃない?」
「明日は読書の日だから休日だ。読書は動かないから、厄も寄って来ないだろう」
「読書なら帰ってから出来るでしょうに」
「営業時間は店主が定めるもの。そして明日は営業時間がない。つまり、香霖堂は休日ってことさ」
「疲れたし面倒になったって言えば? 無理に言い訳しなくても良いのに……」
「言い訳じゃないよ」

 事実だ。

「明日気兼ねなく休めるなら、今日はもう少し頑張れるんじゃないの?」
「明後日から頑張りたいなあ」
「なんてダメな考え…………」

 放っておいてくれ。僕は必要以上に無理はしない主義なんだ。

「そもそも、今日この場にいるだけでも妥協したと思ってくれ」
「逆に、ここまで来たらもう少し」
「そう言って、その次の作業を終えたら似たようなことを言って延々と巡らせるつもりだろう? その手は食わない」
「どれだけ疑り深いのよ…………」
「いまいち実感がないからね。何か体から抜け落ちた感覚でもあれば別だが」
「一応、あるはずなんだけど。多分思考に没頭しすぎて、気づいてなかったんじゃない? 貴方、医者に注意を逸らされて注射とか痛がらない幸せなタイプでしょ?」
「どんな例えだ」

 押し問答を繰り返した結果、結局それ以上の苦労は勘弁だということに落ち着いた。雛はまだ不満を持っていたようだが、今度は僕の説得によって頷いてくれた。雛自身、無理やり外に連れ出したことが強引だったと自身気づいていたのだろう。その点をついたら、途端に反論が小さくなった。
 ただ、実感はないが厄を請け負ってくれたことに対する礼は欠かさない。一応彼女は僕のために動いてくれたのだし、それが嘘であったとしてもなかったとしても、道具を拾ったことですでに利はある。
結局、喉元過ぎれば熱さを忘れるということだ。苦労したとしても、終わってしまえばなんてことはない。
そうして、僕は何とも言えない顔をした雛の顔に一抹のしこりを残しながら、彼女と別れた。
結局、その日は特に不満も厄も感じることはなかった。




 人をみずがうるおしてゆく
 人というもののそばにしゃがんで
 人のすることをみていたい
 人は守るべきものだから



 ……渦の中にいる。
 光の薄い暗がりの中で、僕はゆらゆらと揺れる小舟の上に乗っているかのような感覚に襲われていた。
 渦と認識できたのは、周囲がゆっくりながら回っていると気づけたからだ。
 水の音も何もない、何かの上に浮かんだ僕。
 ただ、ゆらゆらと揺れ続ける。くるくる回って一回転。そして小舟は流れていく。
 急に誰かに会いたくなった。
 これは夢なのだろうと、意識の中の僕は気づいている。けれど、抜け出す方法が見当たらない。
 急に誰かに会いたくなった。
 寂しさを感じるたびに、その感情が熱病になって夢の中の僕を蝕んでいくからだ。
 ゆっくりと流れて行く小舟と対照的に、体感時間の経過が非常に早く感じられた。
 発熱がいつまでも続き、時間は日をまたぎなお衰えることはない。不安に押しつぶされそうになる闇の中、僕はある少女の浮かんだ。
 神様、貴方に会いたくなった。
 自分から拒絶した手前身勝手だと感じていたが、僕はそれでも彼女を求めた。
 そう念じて何時間も経過すると、視界がゆらぎ、ぼうっと……陽炎のように世界が揺れる。
 そこに、彼女が現れた。
 安らぎを、安堵を求めて伸ばした手をつかむものはなく、ただ少女の顔を見つめるのみ。
 現れた彼女はしかし、心に描く表情を刻んではいなかった。
 実物は想像を超える。
 現れた彼女は、僕の心よりもずっと優れた顔をしていた。
 小舟が彼女に触れる。
 途端、世界が弾けた。
 厄神は静かに去っていった。





 目が覚めると、視界がぐにゃりと歪んだ。
 体が重い。頭の上に石でも乗っているような錯覚すら覚える。
 カラン、カラン。
 そこに、店のカウベルの音が聞こえた。
 煩わしい。無視しようと思ったが、遠くから聞こえる声が昨日の少女であることに気づくと、僕は体を引きずって店内に向かう。
 果たして、鍵山雛はそこにいた。

「風邪を引いているなら、無理に出てこなくても良いのに」
「僕も、そう思ったんだけどね。あえて言うなら、『つい』」
「『つい』なら仕方ない。気分に勝つのは非常に難しいもの。ここに来たのは、厄の確認」
「…………………………」

 ふと、僕はさっきまで見ていた夢の光景を教えるべきか悩んだ。
 夢を見た直後に、夢の中に現れた彼女……タイミング的に、何かあるんじゃないかと思ったからだ。

「けど、まだ体の調子は芳しくないから、休んだほうが――」
「鍵山さん。貴方のしたことを教えてもらえませんか?」
「へ?」

 ぽかんと、間の抜け声を上げる雛。
 発言者である僕自身、何を言っているのかと思うのだが……偶然では、すまない気がしたのだ。

「雨に打たれて風邪を引いた、のであればそれでいい。風邪を引きにくい体質ではあるけど、引かないわけじゃないからね。けど、気になるんだ。これが」
「これが、厄の取りこぼしじゃないかって?」

 口に出さず、頷こうとしたが頭が重いのでそれをするのも面倒だった。
 雛は無言を肯定と受け取ったのか、諦観の意を示した。

「……ごめんなさいね。ちょっと、厄の送り方を変えてみたの」
「……送り方?」

 予想と違った言葉に、思わず声を出す。てっきり、厄を回収できなかったものだと思い込んでいたのだ。だからこその、調子の悪さなのかと……

「普段は厄を溜めて送る場合、舞を踊るの。傍から見たらくるくる回っているだけかもしれないけど、回転には色んな意味が込められていてね。詳しく説明するのは省くけど、今回はそのやり方を……詩に乗せてみたの」
「詩? 文学の?」
「そう、詩」
「どうしてそんなことを?」
「以前、博麗の巫女や魔法使いを相手に弾幕ごっこをしたことがあったわ。そのとき、私は私なりに相手を心配して動いたの……結局、いらぬ世話だったみたいだけど。その時、なんていうか……自分のやり方を否定された気になっちゃってね。もちろん、身勝手な意見というのは理解してるんだけど、そういう相手にも通用するやり方って何だろう? って考えるようになったの。ちょっと強引に外へ連れ出したのも、彼女達を参考にしてみたのよ」

 ……ここで霊夢と魔理沙の話題が出るとは思わなかった。
 なぜだろう。彼女らが動くと、巡り巡って僕が苦労する羽目になるとでも言うのか?

「そのうち考えはどんどん飛躍していって……そのうち、ちょっと自分を変えてみようって意見に落ち着いてね。その一環として、神様への厄の送り方を変えてみたの」
「それが、詩?」
「そう。輪廻の輪を示す回転ではなく、ありとあらゆるものを表すために神が与えた『言』……その派生である詩を表現して、届けようってね」
「…………もしかして」
「ご明察。その一環の相手が貴方だったの。けど、結果はごらんの通り少しだけど厄を残してしまった。今まで通りで良かったのに、ごめんなさい」
「別の方法を開拓するという試みは評価するけど、失敗しては意味がないな。従来通りのやり方で何の問題もなかったのだから、続けたほうが良いだろう」
「そうね。貴方の言う通り。人に迷惑をかけるなんて、あってはならないこと……本当に、ごめんなさい。これからは今まで通りの方法を続けるわ」
「しっかり反省しているなら、それでいい。それより、体は元に戻るのかい?」
「ええ。厄の残滓が消えるまでは調子を崩しているでしょうけど……明日には元に戻るはずよ。医者いらずね」
「そうか。しかし、結局失敗して僕の体に害を与えたのなら、それなりの対価をいただきたいのだけど?」
「対価? それは別に構わないけど……私、お金になるようなものは持ってないのよ。この服くらい?」

 言って、多くのフリルが施されたドレスを示す雛。
 なんというか……なんとも抜けた意見を言うな。

「服を対価にしたら、君の着るものがなくなるだろう。それに、僕が求めるのは服じゃない。……君が詠ったという、詩さ」
「へ?」

 ぽかんと、僕の言っている意味がわからないと言わんばかりの雛。
 頭の重さを無視して、僕はその意図を伝えた。

「やり方を変えると言っても、その詩までなくすことはないだろう。僕が保存して、有効に利用してあげるよ」
「ええっ!?」
「何をそんなに驚いているんだい?」
「いえ、その……なんだか、恥ずかしくて」
「スペルカードみたいなものだろう? 叫ぶか、歌うかの違いさ」
「そ、そんなものかしら…………?」
「そんなものだよ。何なら、君が一語一句目の前で歌って僕が記録する、という方式を取るけど?」
「お願い、やめて」

 くすん、と鼻をかすかに鳴らす様はちょっと涙を流しそうな勢いだ。何だか苛めている錯覚に陥る。そんな趣味はないというのに。

「…………わかりました。迷惑をかけたことに間違いはないので、その対価を受けます。けど、その……見せびらかしたりするのは、やめて欲しいのだけど……」
「大丈夫。そんなことしたら厄を移してきそうだし、それに天狗じゃないんだからそんな真似はしないさ」
「そんなことしません! その言葉、信じますから」

 書くもの借りるわね、と言って彼女は店内を見回す。僕は筆などを与えて、書物にまとめてもらうよう言う。そして無理をきたしたせいか、急に体が重くなる。立っているのも辛くなった僕は、適当な椅子に腰を下ろし、ぐったりと背を預けた。

「大丈夫? まず布団に入ったほうが…………」

 やがて瞼が単一の色に染まる。
 僕に駆け寄る雛の姿さえも単色の黒に染まっていき、僕は再び夢の世界へ旅立っていくのだ。
 今度は、あの妙な夢を見ることもない。
 起きた時に体の調子は変わらず、頭も重いままであったが――不思議と、気分は天気と違い晴れやかなものであった。




 雨のおとがきこえる
 雨がふってゐたのだ
 あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう
 雨があがるようにしづかに死んでゆこう



 最後にそんな詩を口頭で追加して、僕は雛が紡いた詩集を閉じる。
 また一つ、香霖堂に非売品が増えてしまったなと、暢気なことを考えながら笑う。
 ぴちゃん、と雨の雫が垂れる音がする。
 音は水の中に吸い込まれ、やがて消えていく。
 多分きっと、今も彼女は厄を探して回っているのだろう。
 雫が水に溶けて消えるように、憤りも文句もなく、静かに、静かに――





<了>

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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