ラブぜろ? 六話

「ただいまー」

 夕食の買出しから帰ってきた瞬は、ポケットにレフィンがいるにも関わらず帰還の声をあげる。一人じゃない、ということが気分を弾ませているのだ。

 普段ならポケットから顔を出したレフィンが返事をする(相変わらず言語は理解できないが)のが習わりだったのだが、今日はいつもと違った。

「おかえりー」

どさり、と夕食の材料が詰まったスーパーの袋が手からこぼれ、重力に従って床に落下する。卵が入っていたからひょっとしたら割れたかも、と迂闊にも落としてからその考えに思い至る。
 ポケットに身を潜めていたレフィンが慌てて飛び出し、袋を持ち上げようとしているが、身長十五センチ弱の彼女に食料がぎっしり詰まったスーパーの袋を持ち上げる筋力はなかった。

 落とした理由は、無人なはずの我が家に居座る少女のせいだ。

 太ももまで伸びる黒いノースリーブのワンピース、その上にレース付キャミソールに覆われた格好でくつろいでいる。

 切れ長で二重の瞼。不動の表情を形作る造詣。白い肌に朱色の唇。全身から蟲惑的な美しさをかもし出し、人形のような造形の美を佇ませていた。

 瞬が荷物を落とした理由は実に単純明快。見惚れた……のではなく、もう二度と会いたくないと思っていた疫病神に遭遇してしまったせいだ。

 その疫病神の名は高原恋、通称ラブと呼ばれている。

「あ、これ手作り? 相変わらず良い腕してるわね」

 恋は勝手知ったる我が家と言わんばかりに、冷蔵庫の奥に入れておいた自作のレアチーズケーキを上品に租借している。自作と言っても、アルミホイルで覆った皿に砕いた生地を敷き詰め、そこにクリームを流し込んで冷凍するだけだ。

市販品にちょっと手を加えたお手ごろなもので、少しでも料理を嗜んでいるのなら誰でも作れるおやつである。

「誰?」

 瞬はすっとぼけることを選択する。恋はつまらなそうに記憶喪失? とのたまった。

「不審人物だ、警察呼ばないとな」

普通、家に知らない人物が上がりこんでいた時の反応として、瞬は電話へ体を向ける。しかし、背後から声をかけられその行動を中断された。

「まあ待って。いきなりそんなことされたら年頃の女の子は傷つくと思う」
「年頃の女の子は人ん家の冷蔵庫漁ったりしません」

 正論ね、とあくまでペースを崩さずにもぐもぐとケーキを頬張る恋。どうでもいいがおやつを取られたレフィンが目尻に涙を浮かべてケーキの残骸に縋っていた。……後で作り直すからみっともないことするのはやめなさい。そこのやつみたいに変人になっちゃうぞ。

「変な奴って思ってるでしょ。失礼ね」

思わない理由を教えて欲しいものだ。

 カンベンしてくれよ、と頭を掻きつつ、瞬はどうやって家宅侵入したか気になった。カギはかけていたし、窓が破られた様子もない。常識的なものでなく、あのカードで入ってたんだろうなと半ば予想した答えが浮かぶ。

恋の気だるげな声が届く。

「ピッキングって便利よねー」

 瞬は迷わず電話へ手を伸ばし、一一〇とプッシュする。しかし警察に繋がる前にコードを抜かれてしまい強制終了させられる。

「冗談、冗談よ」

 冗談には聞こえないから電話したのだが。


 落とした夕食の材料を片付けながら訊ねる。逃れられないから向き合わなければならないのが現実の厳しいところだ。
「それに、警察は私たちと繋がってるから無意味よ?」
「それでもアンタが迷惑をかけているって理由で取り締まってくれるかもしれない」
「甘い考えね。そんなんじゃアワビサザエドザエが取り放題よ」
 そりゃ海女だ。っていうかドザエって何だ。あとなんでその三つ限定なんだよ。
「気にしないで。私は気にしてないから」
 だったら自分で言うな。
「で、用件はなんだ?」

「差し当たって、挨拶と夕飯ご馳走になりに来ただけよ」
「俺ん家はレストランじゃないぞ。んで挨拶ってのは?」
「隣に引っ越してきました。ぶい」

 人差し指と中指でピースサインを作る恋。表情が変わらないのでわかりにくいが、どことなく嬉しそうだ。

対照的に、瞬はムンクの叫びを顔に刻み絶句していた。表情から察せるように、どことなくても嫌そうだ。

 ちなみに隣、というのはこのアパートに隣接した高級マンションのことだろう。流石離界管理局員、良い場所に住むものだ。

「それが俺の家に来る理由とどう関係が?」
「そこにご飯があるから」
どこの登山家だ。
「片乃瀬山に登ってる高原と申します」
「生憎人を騙すような奴はその山には登れないのですお客様」
「禁止されてるほうが燃えるわね」
「用意なんかしないからな」
「そうするとあら不思議、片乃瀬君の食事が私の胃の中に」
「迷惑って言葉の意味を調べて千ページ書き取りして出直して来い」

 いい加減やり取りに疲れた瞬は、後ろから聞こえる声を無視して夕飯の支度に取り掛かる。

「いいじゃない。減るものじゃないし、引越し祝いってことで」
 大いに減る。主に俺の神経が。
「そういうのは、蛇神さんとか知り合い同士でやってもらえよ」
「他の人たちはみーんな仕事。同年代で働いてる知り合いは生憎いないわね。だから淋しくて淋しくて、慰めてもらいにきたの。片乃瀬君の美味しい手料理で」

 さっきと言ってることが違う。おそらく最初のが建前で、今のが本音なのだろう。あるいはどちらも本当か。

「あと、これもついでにお願いできる?」

 そう言って渡されたのは生肉だった。匂いを買いでも生臭いだけで、肉質は見たことがない珍しいものだった。

「なんだこれ?」
「蛇神さんの蛇のエサ。ついでに調理してくれない?」

 そんなの人にやらせるな。

「まー、いいけどね」

 作るものが美味しい言われると、例え相手が気に食わなくても悪い気分ではない。今なら恋の戯言を流しつつ夕食くらいごちそうしてやる甲斐性を見せてもいいくらいだ。決して久しぶりに取る複数の食事が嬉しいわけではない。

「じゃあ満干全席よろしく。なければフランス料理フルコースで」
 作れるか。


「レフィン、ソースくれ」

 頭の上に乗って完成を待つレフィンに指示を出し、調味料を運んでもらう。ふよふよとおぼつかない動きながらも、レフィンは健気に瞬に従う。出来た子だ。

 別に無理に手伝わなくてもいいのだが、どうしても、と頼み込んでくるレフィンの意気込みに負けて、調味料など軽いものを運んでもらっているのだ。

「もういいよレフィン。後は俺がやるから」
「何か手伝う?」
「いい。向こうでレフィンの相手をしててくれ」

配達されたソースをへたに染み込ませ、フライパンの上で焼かれているお好み焼きの生地に塗っていく。幸い卵は割れておらず、十分に使うことができた。

 キャベツと肉というシンプルなものであるが、十分な味と満腹感を約束する。自作というのは得てして味が向上するものだ。下手に創作しなければ、の話であるが。

 レフィンは菜食主義者なため、肉の変わりに緑黄色野菜を多めに入れる。お好み焼きというより卵と水で溶いた小麦粉と野菜の炒めものだ。彼女の食事は小皿に盛られたこの一つだけ。物足りないと思うかもしれないが、レフィンの燃費の良さはリサーチ済みだ。

「おなかすいた」
「もうすぐだから待ってろ」
「はぁい」

 瞬と恋用にジャガイモの煮っ転がしなどの簡単につまめるものを追加し、今日の夕食の完成だ。足りなければ焼きそばでも足して広島風にすればいい。

 皿に移したお好み焼きに青海苔をふりかけながら、瞬はテーブルで待つ欠食児童に一声かける。

「メシ出来たぞー」
「待ってました♪」

 恋に皿を渡す隣で、レフィンが息を呑んでいる。瞳をきらきら輝かせてお好み野菜焼きを見つめ、瞬を見上げてくる。どうぞ、と促し食事を進めた。

 思いのほか静かに食事を取る恋に驚きつつ、気を取り直してホントの用件はなんだと訊ねる。

「何もないけど? 挨拶と食事に来ただけだから」
「そう言って、何か企んでるんじゃないだろうな」
「私がそんなに腹黒く見える?」
「先日俺に何したか言ってみろ」
「観察してました。命の危険ギリギリまで追い詰めて」
「そんな目にあったってのに何の疑いも持たないでか」

 テーブルを叩き付けたい衝動に狩られるが、流石にそれは我慢する。今は一応食事中なのだ。

 恋と話すと騙されたことを思い出して喧嘩腰になってしまう。飄々と受け流してくれるのは、瞬にとって助かっていたりする。ただ、本人にその自覚はない。

「過去に固執するより、未来に向かって歩いたほうが人間らしいと思うんだけどどう?」
「言葉だけなら綺麗だけど、それだけで納得できるほど人間出来てないぞ」

 そりゃそうね、と恋はもごもご口を動かし夕食を租借していく。怒鳴り疲れた瞬に、レフィンがよたよたした動きでコップにコラ・コーラを注いでくれる。感動した。

 炭酸で喉を潤し、食事を再開する。最初の瞬のひと言がきっかけになり、それからはかしましい食卓となってしまった。

「そういえば、休日ってほとんど家にいるの?」
「バイトが時々入るけど、まあ大体は。家にいればなーんも起きないし、まったり過ごせるしな」
「ホントおじいちゃんね。いい若者なんだし、運動とまではいかないけど友達と遊んだりすれば?」
「あんまりそういうことしなかったから、家にいるほうが落ち着くようになっちゃったよ。それに、友達って断定できる奴はいないさ」

 小さい頃は友達を作るのに必死だったが、いつ引っ越すかわからない身の上と自覚してからは学校で話す程度に落ち着いてしまった。どうせ引っ越して疎遠になるのなら、最初から作らないほうが良い。そう決めたのは、まだ小学生の頃だった。最も、それだけが理由ではなかったが。

「何をもって友達とするかなんか、人それぞれなんじゃない?」
「ちょっと親しい知り合いはいるけど友達かどうかはわかんね」
「ふぅん」
 恋の胸中を知る由もないが、彼女は面白げもなくつぶやくだけだった。
「運動そのものはどうなの?」
「別に嫌いじゃないさ。運動神経も特筆してすごいわけじゃないけど、悪くもないし」
「つまんないわね」
「つまらん男で結構。俺は堅実に生きるのだ」
「堅実もいいけど、無茶するのも若者の特権よ?」
「年取っても無茶する人を知ってるからな。ああはなりたくない。それならつまらなくても手堅く生きるさ」
「若者の情熱を忘れちゃったってわけね。ま、いいわ。これからはおじーさんって呼んであげる」
「謹んで断る」

 それきり話を切ろうと思ったが、恋のほうから話題を変えたことで会話は続行した。少し気分が楽になり、ちょっとだけ感謝したが口には出さなかった。
 やがてテーブルに置かれた食事は全て空になり、夕食はこれにて終了となった。 
「ごちそーさま、美味しかった」
「そりゃどーも」

 恋の感想に適当に頷いておき、流し台に食器を運んでいると、軽快なメロディが部屋に鳴り響いた。音源を捜すと、恋の携帯電話の着信だった。

「もしもし。……え? 今からまったりしようと……なら貸しで……じゃあそれで」

 少し怒った様子の面持ちで電話を切る恋。とりあえず話の流れとして内容を尋ねてみた。

「呼び出しか?」
「社会人だしね。やんなっちゃう」
「ホントにメシ食いに来ただけだったな。……おい、蛇のエサ忘れんな。焼いたりなんだりはしてないけど、柔らかくして簡単に処理しといたぞ」
「ありがと。九時までに戻るから甘いもの用意しといて」
「誰がするか」

よろしくー、と言って恋はベランダに出ると、壁を乗り越えて隣の部屋に戻っていった。あの強引さは重宝ものだろう。気が弱い相手なら言われるがままに作ってしまいそうだ。一応、外見だけで言えば美少女であるのも強みだろう。恋を知らない相手なら、見知らぬといえ美人に頼まれごとされるのは男として悪い気分とは思わない。……それにしても、恋の辞書に玄関という文字を載っていないのだろうか。

 くい、と服を引かれレフィンが作ってあげようよと眼差しに思念を乗せてくる。なんで俺が、と言ってもレフィンは聞き入れてくれない。

 やがてお互い意地の張り合いへ発展したが、やはりというか何というか、最後は瞬が折れる形となってお願いを聞いてしまう。

「わかったよ、さっき食われたおやつと一緒に作ればいいんだろ」

 感情剥き出しで詰め寄ってくるレフィンのお願いは、どんなに意志を固めても逃れることができない。レフィンの前だと怒りの感情が霧散してしまい、強制的にリラックスさせられる、と言えば良いのだろうか。

 これもプラント人の特性なのか、それともレフィンが持つ無垢な性格さから来るものなのか判断はつかないが、和む反面恐怖にも似た焦りを感じていた。

 怒るという行為は、情操教育的に必要なことだ。例えば罪を犯しても全てが許されてしまうと反省をしない。後悔もしない。結果繰り返す。

 レフィンに限って悪事なんて働かない、せいぜいイタズラ程度のことしかしないとは思うが、少し心配だ。

「……ま、代価って思えばいいか」

 ここ最近、作ったばかりの食事を誰かに食べてもらえる機会が多い。そのことが少し嬉しくて、自然と頬が緩んでくる。

 いつもなら深夜に帰ってくる父親のために作り置きした食事をラップにかける作業を機会のように繰り返していたが、最近は口笛を拭く余裕まで出来ている。恋のことはまだ許せないが、こんな機会を作ってくれたことは少しだけ感謝している。

 それで自分を納得させ、瞬はデザートのメニューを考えながらスポンジに洗剤をつけていく。

 うん、やはり悩むのは食事の献立くらいに限る。





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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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