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陽だまりの娘は木漏れ日を好み


 草木の芽が張る時分の到来を受け、桜は風に揺られ華々しい姿を幻想郷の各地でお披露目している。季節は未だに移り変わりを見せる様子はない。
 春浅しなんて言葉はそこには感じられない。あるのは意識を春眠へ誘う、ゆったりとした空気だ。それらが蔓延しているせいか時間がいつもより長く感じられ、僕はこの春をまだ堪能できるのだと得をした気分になっていた。
 毎年恒例の花見を楽しむべく白い桜を眺めて一人花見を洒落込んでいたのだが、それも唐突な終わりを告げていた。理由は簡単、いつも勝手な来客が華を無粋にさせたのだ。
 乱入者――博麗霊夢は弾幕ごっこで傷ついた服の修繕をツケで依頼し、僕の服を着てその足でいつものように茶葉と湯のみをたぐり寄せ、寂しくもなんともない口を埋める定例作業へ取り掛かっていた。

「じーっとこっちを見てるけど、何か用なの霖之助さん?」
「別に。ただ、気分よく酒を飲んでいたのに邪魔が入ったなって思っただけさ」
「オブラートどころか本音をさらけ出されてもねぇ。でも酒を呑むならちょうどいいか、今日の夜にでも早速裏手で花見をしましょ」
「……余計なことを言ってしまったな。まったく、静かに美味しく飲めなくなるじゃないか。ちょうどよくもなんともない」
「毎度のことでしょ? それに、飲み方次第で変わると思うけど」
「心配されても、礼を言う気になれないのはなんでだろうね」
「霖之助さんがひねくれてるからじゃない?」
「その言葉、そっくり返すよ」
「私ほど素直なのはそうそういないって」
「そうだね、いつも君は本音で喋って行動しているよ」

 だからなおさら性質が悪い、という台詞が喉元まで出かかったが、吐き出すことはしなかった。無駄に揚げ足を取られそうな言葉を吐くのは利口ではない。
 慣れたくもなかったため息をつきながら、お猪口に残っていた酒をあおる。夜に霊夢が開催するであろう宴会で騒がしくなってしまえば、この喉越しは味わえない。さらば桜酒、と名残り惜しさを存分に噛み締めながら喉を通った酒は、いつも以上にほろ苦い味がした。

「でも最近は修繕依頼が多いな。負け続きなのか?」
「流石にその辺の妖怪には負けてないけど……一定以上に強い奴とすると、高確率で負けちゃうわね。この調子で異変起こされたら、解決に時間かかりそうで怖いわ」
「博麗の巫女がそんな調子じゃ困るな。早く勘を取り戻して、いつもの呑気さを取り戻してくれ」
「そうしたいんだけど――今回は、ちょっと厄介かもね。魔理沙にも負け越されちゃったもの」

 言いながら、桜の花びらを一摘みして自分の湯のみに落としている。以前彼女に振舞った飲み方をお洒落と称していたように、結構気に入ってくれたようだ。
 しかし本気で勝つ必要のない、平時での弾幕ごっこといえ霊夢が負け越しとは珍しい。でも魔理沙なら「今の霊夢に勝っても意味ないぜ」と言って勝利をノーカウントにでもしている可能性のほうが高そうだ。

「そういえば最近あの妖怪見ないわね。もう入り浸ったりしてないの?」

 その言葉にうん? と首を傾げる。霊夢の指す妖怪がどちらを指しているのか、すぐに把握できなかったのだ。

「あの妖怪?」
「夜中に弾幕ごっこ仕掛けてきた奴」
「それだけじゃ…………ああ」

 その言葉で誰を指しているのか理解し、僕はなんとも言えない表情を作る。
 幻想になった朱鷺の美しさを幻想郷で広めるべく奮闘していた少女、朱鷺子。紆余曲折あって霊夢最大のスペル、夢想天生に挑み敗北した彼女。
 あれから朱鷺子が香霖堂を尋ねる機会は減っていた。おそらく、目的が定まったことでヒントなり話を聞く理由がなくなったからだろう。無理に彼女の家に押しかけるのはためにならないと思うので、僕としてはどうしようもない。
 無論、あの姿を見てしまった以上助けてやりたい気持ちはあるが……正直、朱鷺子の目的が定まっており、手段もはっきりしているなら手助けできることがないのだと思う。それは、訪問の回数が減ったことが示している。
 あるいは……

「あ、咲いた咲いた。し~ろい桜が咲いた~♪」

 飲みごろになったお茶をすすって一服している霊夢を見やり、僕は推測でしかない意見を胸の内に留める。
 霊夢と会ったら、あの勘違いを思い出してしまうのかもしれない、なんて。
 そんな考えはすぐに散らし、徳利に残っていた酒をお猪口にそそぐ。当然ながら、先程飲み干してしまったのが最後だったので雫程度の申し訳なさでしか酒は垂れてこない。在庫はもうなかったから、早く燃料を補給し直さなければ。

「いわゆる一つの、エア飲みってやつ?」
「なんだい、その無理やり単語を繋げで作った言葉は」
「本来あるべきものや場所に、本当にあるかのように空想を当てはめてそれにそった動きをすることの総称みたい。外の世界では単語の前にエアってつけてるらしいわ。外の世界でなくともエアをつけるのもいるけど」
「無意味さを強調して何をしているんだか。外の世界の人間が考えることはよくわからないな」
「貴方が言っても説得力がないと思うんだけど」
「失敬な。何を根拠にそう言うんだ」
「これが風流さ、って桜を見て酒を呑む仕草」
「そりゃあ花見をしているんだから、その行動は当然だろう」
「エアなんとかって本来のものを何かに置き換えて、本物を真似るって意味でしょ? なら風情って言って桜をツマミにした酒飲みも同じ意味じゃない。ほら、空気感を味わうことを風情って言うし――って、何よその顔は」

 霊夢が指摘した顔というのは、肩をすくめながら呆れている――つまり、今の僕の顔に刻まれているであろう表情だ。

「霊夢はもったいないなぁ」
「ぶしつけにそんなこと言われても、腹立つ前に言葉をなくすんだけど」
「いいかい? 君はそもそも風流を勘違いしている。桜茶を嗜む趣を理解しているのに、全く勿体無いな。仕方ないな、僕が教えてあげよう」
「本当に仕方ないって思ってる人は、そんな事言わないと思うのは気のせい?」
「気のせい、あるいは枠にとらわれすぎだね。十人十色という言葉があるように、一人の情報で全てを理解できるなんてあるわけないんだ」
「そうね、よりけりよりけり」

 半眼で僕を見やる霊夢は、顎に片手を添えてやれやれと言わんばかりに息をつく。なんとなく見当違いな言動をする子を生暖かく見守る親のような視線だ。僕と霊夢の関係で言えば実際は真逆であるのだが、子供は背伸びしたがるものだ。これくらい受け止めてやるのが大人の余裕であろう。
 ふふんと鼻を鳴らしつつ、僕は改めて風流と風情の違いについて霊夢に説明をする。

「風流と風情……言葉からして似たような印象を抱くこれらは、あくまで似ているだけで同じ意味ではないんだ。風流は日本の美意識を表現されることに良く使われているね。おもむきやわびさび、潤いに幽玄や枯淡(こたん)、楚楚(そそ)といった言い回しもこの辺に分類される。霊夢に分かりやすく言うと咲夜のイメージが一番近い」
「あいつが日本の美意識の象徴とでも言うの?」
「あくまで言葉の羅列で例えただけさ。言葉の意味に相応しいというなら、もっと他に適した人物がいる……かもしれない。ともかく、彼女を表現するなら瀟洒、と言うように情緒を示す単語は案外数が多い。けれども、それらを風情に当てはめるのは本来の意味から少し離れているんだ」
「本来の意味?」

 首を傾げる霊夢に、僕は黙って頷いてやる。

「『おこる』と『いかる』。これを聞いて連想するものと言えば?」
「聞いたままじゃない。しいて言えば、瞬間沸騰の高い感情?」
「確かに聞いたままの意味だし、後半の言葉も間違ってはいないだろう。……言ってしまえば、これは類義語に当てはまるんだ」
「意義の類似する言葉、だっけ?」

 正解、と僕はつぶやく。霊夢はどうでもよさそうに茶を喉へ流し込む。

「対義語や同義語みたいに色々あるけど、今は省こう。僕があえて類義語をたとえに出した意味、霊夢にはわかるかい?」
「……いつものことだけど、当てはめ方が悪いわ。全文空白のクロスワードパズルを提出されても、いきなり答えられるわけないでしょ」
「ヒントは出したよ」
「それが分かりにくいの。もっと分かりやすくお願いね」
「そんな義理はない」
「知ってる」

 しれっと答える霊夢。真面目に聞く気はどうやらないようだ。
 まあいい、僕は僕が満足するために霊夢に教えてやろう。そう思い口を開こうとするが、それは霊夢の台詞によって封殺されてしまう。
 
「あー、類義語って言ったけど……風流と風情が類義語って意味?」
「一応正解と言えば正解だろうが……ここは別の解答を提示しておこうか」
「結局語りたいだけじゃない」

 努めてスルーし、僕は改めて先程言いかけた語句を紡ぎ出していく。

「まずは風流について説明しようか。風流という単語を分けてみると、風が流れる様とも読める。風の流れとはすなわち揺らぎであり、その有り様によってその人柄を示すんだ」
「つまり風流は、景色でなく人を示している?」
「もっと言えば、ゆらぎのある人格……有り体に言えば味のある人、だな」

 ゆらぎはどうして起こるのか、と言えばそれは我々を取り巻く自然のなかのあらゆる『もの』と情を交えるためだ。山や川、草木に動植物や魚などすべてに『情』は あり、それを日本人は『もののあわれ』と呼んで尊んだ。
『もののあわれ』とは、対象客観である『もの』と、感情主観である『あはれ』の一致。その時生じる調和的情趣の世界。すなわち、優美や繊細、鎮静鑑賞的の理念である。
 それら『もの』と情を交えるためにこちらがゆらいで相手に共振している在り方を、古人は風流と呼んで讃えたのである。

「なら私は風流人ね」
「どうしてだい?」
「だって巫女じゃない」

 どう? と言わんばかりに霊夢はそれ以上語らず、湯のみの中身を口につけている。
 物の見方によっては、確かに神への交信を行う巫女もそれに含まれるのだろうが……霊夢の言葉を借りるなら、よりけりである。
 それに、万物に宿る神々を『もの』に例えれば正解かもしれない。

「そうだな、まあ間違いではないだろう。だが今は別の答えを言わせてもらおう」
「まだ前置きが続くの?」
「――基本的には、自然を見て美しいと感じた時に生じるゆらぎ……それが一般的に風流と呼ばれている。けど本来は逆に自然の脅威、たとえば地震や津波に慌てふためくのも風流なのさ」

 対策をしていたから自然は怖くない。その気持ちは当然かもしれないが、風流に当てはめると少々異なる。
 風流で示すのであれば、想定外の出来事に遭遇し、その中でゆらぎながら必死に対応することで思ってもみなかった自分に出逢うこと。それが風流としての正しい姿である。
 だから、自然災害に対する教えがあるのなら、それが最も風流を害するのだ。元々、想定外のことを減らそうということが不風流なのである。

「災害に対策を講じるのは人間として当然のことなのに、風流だと違うのね」
「確かにこれだけ聞けばそう思うのは当然だろう。でもね、風流はこれでは終わらないのさ。それを証明するのが、風流ならざる処もまた風流、という言葉だ」

 そう、そんなものを風流として認めてしまいそれが続くようなら待っているのは破滅である。全ての人間が風流を理解できるわけではないし、実際に被害を受けてしまえば風流を楽しむ気さえ起きない。
 この言葉は、かつての風流さえやがては想定内になってしまうから、常に想定など打ち破って心に風を起こせということを記したものなのだ。
 本来自然とは恐ろしいものだし、風流はその恐れをなだめるための言葉だった。そう考えると、一つの言葉から様々な『もの』が見えて来ないだろうか。

「幻想郷風に言えば、異変を楽しめってことなのかしら。魔理沙辺りが好きになりそうね」
「霊夢は……聞くまでもないか」
「当然。異変を解決するのは、それが続くと困るからよ。迷惑かけないんだったら、好きなだけやればいいわ」
「博麗の巫女によるご高説、しかと聞き入れたよ」
「有り難くかみしめてね。素敵な祝詞として使おうかしら」
「神に祈る言葉とは到底思えないな」
「だって面倒だもん」
「ま、それもそうか」
 
 異変なんて起こす気は微塵もないが、頭の片隅にでも留めておいてやろう。

「風流については理解したけど、風情にも同じように意味があるの? さっきの類義語じゃないけど、そもそも風流と風情って同じ意味だと思っていたけど」
「それは難しい問題だから。一概には決めつけられないな」
「日本語ってのは難しいのね」
「だからこそ、面白いんだよ」

 唇を笑みの形に歪めていると、霊夢の小さな頬に橙色の光が差した。そんなに話し込んだつもりはなかったのだが、もう夕刻に差し掛かっているらしい。
 ゆったりとした時間に漬かり過ぎて、霊夢が来た時間がまだ午前のように錯覚していたのだろう。時間が圧迫されるのも問題だ。

「さて、風情についてだが――」
「残念だけど時間切れ。夜に花見するから、そのための準備をしないと」
「……そういえば香霖堂が舞台になるんだったな」
「綺麗な夜桜を見て風流を楽しめばいいでしょ?」
「楽しませてくれれば良いんだがね。せめて来るのは君だけにしてくれ。それなら楽しめる」
「何言ってるんだか」

 無理だろうと僕は断言していた。
 前に開いた時もそうだったが、霊夢達の宴会はとにかく騒がしい。スペルカードを宴会芸として用いた時点で静寂など求められるはずがないのだ。
 僕は寂しい気持ちを味わいつつ、締めの言葉として簡単な解答を霊夢に言い渡した。

「今日の結論として――簡単に言ってしまうと、風流とはその身に降りかかる全てを楽しむ事を言い、風情は雰囲気の類義語ってことさ」
「こんな簡単に済むのに、よくもまああそこまで話を広げられるものね。おかげで退屈はしなかったけど」
「それは何よりだ」

 万感の想いを込めて紡いだ言葉だったが、霊夢は風が吹きつく柳の葉のように受け流してしまう。僕としても返答を期待したわけではないので別に構わないが。

「ああそうだ、風情のことはもう済んじゃったし、別の話用意しておいてね。さっき確認した時に食事の在庫なかったから、面倒だけど着替え直してちゃちゃっと調達してくるわ。これからは備蓄もしっかりしておいてね」
「…………?」

 返事をする前に、霊夢は香霖堂から去っていってしまう。
 話を用意しておけ、なんて珍しい。今日は少し早い百物語でも開催するのだろうか。するならするで構わないが、風流について説明したばかりなのに早速風流を壊すような真似をされると色々と言いたいことが湧き出てくる。
 どうにも回避は不可能のようだし、せめて酒の味だけは堪能しよう。
 そんな想いを馳せながら、僕は香霖堂の裏に集うであろう騒ぎを予想して辟易していたのだが――







「………………………」
「どうしたの、霖之助さん。お酒おいしくない? それともおゆはんもっと欲しいの?」
「ああいや、そんなことはない。ないんだが…………」
「じゃあ何なのよ」
「いやその、誰も来ないなと思ってね。宴会なのに誰も来ないなんて、異変じゃないか?」

 僕と霊夢は現在、香霖堂の裏手にある白い桜の前にゴザを引いて鎮座し、夜桜と簡単な食事にありついている。
 そう、この場にいるのが僕と霊夢の二人だけなのである。
 魔理沙はおろか、紅魔館の吸血鬼や妖怪の山の天狗達といった他の妖怪が一向に姿を表さず、僕と霊夢の二人だけが夜桜の下で呑んでいるのだ。こんなにおかしいことはない。

「異変なんかじゃないわよ。だって今日宴会だって言ってないし」
「普通なら耳を塞ぎたくなるほど騒がしく――なんだって?」
「え? だから異変なんかじゃないって」
「その後だ」
「今日、香霖堂で宴会するって言ってないし」
「どうして?」
「どうしてって、どうして?」
「いや、今日の夜に酒を呑むんだろう?」
「だからこうして呑んでるじゃない。何もおかしくないでしょ?」

 思い返してみると、霊夢は夜に酒を呑もうと言ったが一言も宴会とは言っていない。いやしかし、普通あの流れはどう見ても宴会へ雪崩れ込むだろうに……
 僕は酒を味わい、ほっと息をつく霊夢を横目に眺める。アルコールが入っているせいか、白い肌には朱色が浮かび、赤みの浮かんだ顔が若干ではあるがゆらゆらと動いている。早速風流を味わっているのかもしれない、と漠然と考えてしまう。
 そんなことを考えているうちに、何故か霊夢は僕へ身を寄せると、空になっていた僕のお猪口に持っていた酒瓶の中身を注ぐ。……どうやら、酌をしてくれているらしいが、僕はそれよりも霊夢の唐突な行動に目を瞬かせるばかりであった。
 同様に霊夢は自分のお猪口にも酒をそそぎ、一気に飲み干す。ほう、っとした息づかいが妙に頭に残った。

「んー。意外と香霖堂製のお酒って口当たりは良いわね。ま、ウチのには負けるけど」
「だったらご自慢のお神酒を持ってくれば良いものを。それに、酒造を始めて片手の指の本数ほどに年月が経ってない見習いが、酒の専門家に勝てるとしたらそっちのほうが驚きだ」
「そっちのほうが嬉しいと思うけど? むしろ香霖堂で酒を売ればいいのに」
「酒を商品にすれば確かに繁盛はするだろうね。ただし、金銭は入らない」
「随分と矛盾してない? 繁盛するのにお金が入らないなんて」
「ああ。どっかの誰かさん達が試飲と称して飲みまくる光景しか想像できないよ」
「霖之助さんにしては貧弱な思考ね。もっと頭柔らかく考えればいいのに」

 無理だな、それは。
 口にはしない代わりに、先ほど霊夢に酌をしてもらった酒を口にする。どこか普段以上に苦味を感じたのは気のせいではないはずだ。精神が味覚に影響をおよぼすことは知っていたが、体験したくはなかったな。

「ん」
「…………?」
「ん」

 突然に霊夢が何か喉を鳴らしたと思えば、彼女は自分のお猪口を僕にさし出してくる。……一瞬の静寂。僕は半ば無意識に酌を返していた。それは正解だったようで、霊夢は満足気に頷いてお猪口を唇に寄せる。
 微妙な居心地の悪さを感じて、少し距離を離すが霊夢はぴったりとマークでもしているのか、動いた分だけ移動してくる。これ以上下がると敷いたゴザの範囲から出てしまうため、僕は動きを止めざるを得なくなる。結果、彼我の距離は微塵の変化もなかった。
 それらを気にしていないのか、霊夢は再び話を続ける。

「香霖堂で作るのじゃ、そんなに美味しいお酒は出来ないと思ってたけど……何か秘密でもあるの?」
「僕の普段の行いが良いから、神様もサービスしてくれたんだろう」
「…………調子に乗るなって」
「無駄に交信しなくても良い」

 そして聞きたくなかった。
 いや嘘かもしれないが、実際に神様と話ができる霊夢が言うと本当かもしれないから困る。せめて冗談とぼかしてくれたら気にせずにいられたのだが、それを口にして真実を確認するほど意気込みはなかった。所詮酒の席の話だ、忘れてしまおう。

「口にする前は、綱渡りしながら酒を呑む気分だったのに。良い意味で拍子抜け」
「だったら、空を飛びながら飲んでみれば良い。君なら落ちる心配もないだろう」

 本当にしたらどうなるか少しだけ興味が湧いたが、すぐにその考えは消えた。
 空を飛びながら酒を呑むなんて、それは最早飲酒でもなんでもない。そんな実験をして得をするのは酒好きな呑ん兵衛くらいだ。
 自分で考えた想像を馬鹿らしいと評しながら、僕も酔っているのかなと酔い覚ましの意味を込めて備えてあった冷水をあおる。
 きーん、と体に凍み渡り脳を涼しくする冷水のおかげで、少し身が引き締まる気分だった。

「ところで、どうしていきなりこんな酒宴を提案したんだ?」
「どうしてって言われても、気分としか答えられないわ」
「この時期は、ほぼ毎日のように宴会しているだろう? それに霊夢は僕の飲み方より神社でいつもやるような、騒ぐ宴会のほうが好きなはずだ。……わざわざこうした場を用意して呑もうなんて、随分らしくない」
「ほら、風流とかの話を聞いてちょっと試してみたくなったとか、そんな感じ」
「いやだから、それに至った理由をだな」
「そんな気分だったの」
「………………………」

 聞いてくれるな、と言わんばかりの雰囲気に押され、僕は口ごもってしまう。
 なんだ。なんなんだ今日の霊夢は。
 彼女は呑気な気分屋だし、基本的に何も考えてないから唐突な提案だってするだろう。けど、今日の酒宴は……妙にしこりが残るのだ。霊夢自身、自分がしていることをよく理解していないのかもしれない。
 その視線に気づいたのか、横目で僕に瞳を向ける霊夢。その仕草を受けて頭の片隅に浮かぶものがあったが、それを意識する前に霊夢が話しかけてくる。

「変な霖之助さん」
「……変なのは君だよ、霊夢」
「失礼ね。どこが――」
「変だよ」

 短く紡がれた声は量こそ小さいものであったが、普通に語るよりも確かに、確実に霊夢の鼓膜へと響かせる。自分の声に抑揚がないことを自覚しながら、僕はもう一度霊夢へ呼びかける。

「本当にそう思っているんだったら僕は何も言わない。別に霊夢のことを理解しているなんて言う気もないし、する気はない。できる気もしない。だが――」

 呼気を整え、短く鋭く、言った。

「らしくないと思えるくらいには、君との付き合いはあると思っている。それに、そんな君を見るのはどこか忍びない」

 ……風が吹き付ける。
 風流や風情、風雅といった美意識の賛美に対する言葉には風が含まれている。それは風が流れるさま、一年中風を浴びて風を感じ、季節の変化を嗅ぎつけることで、その自然の変化……自分の揺らぎを一番実感できるからだ。
 そして雰囲気の類義語は風情であり――霊夢のまとう雰囲気が変化することで生じる風流を、僕は一身に受けていた。

「……はあ、そうね。ちょっと元に戻るわ」

 言って、霊夢は僕から身を離しため息をつく。その仕草にどんなものが含まれていたのかは知らないが、それを吐き出すことで霊夢の表情が若干和らいだような気がした。

「紫がね、ちょっとワケわかんないことを言ってきたのよ。だから、試してみた。理由を挙げるならそれだけね」
「抜けた主語の穴埋めをしてるわけでもないんだ。もう少し詳細に頼む」
「んーっとねぇ…………」

 説明しようにも上手い言葉が見つからないのか、まごついて口を濁す霊夢。僕は霊夢の様子を気にかけるより前に、紫という厄介な単語が出たことに意識を奪われていた。
 何か罪を犯した覚えはないのだが、今現在の僕は紫から見れば執行猶予という立場に置かれているらしい。
 刑の言い渡しすらされていない現状でそんなことを言われても困るのだが、今の霊夢の様子と無関係であるとは思えない。
 だが紫が警告するほど大きなことをしでかした覚えは――

「霖之助さんって、私のこと好きなの?」
「あー?…………………………はあ!?」

 酔いが一瞬で覚め、今まで頭を占めていた思考も全てがかき消された。
 とんでも発言者である霊夢はと言えば、喉に詰まった小骨が取れたと言わんばかりにどこか安堵の息をついている。

「いやいや霊夢。突然何を言ってるんだ」
「違うの? 紫からそう聞いたんだけど」
「言いたいことは一晩では語り尽くせないくらい一瞬で湧き出てきたが、今は捨てよう。あーその、君のことは好き嫌いとか――じゃなくて、なんでその結論に至ったんだ?」
「あの妖怪と弾幕ごっこした後くらいかな。あいつがスペカ使った時に、霖之助さんの顔が頭に浮かんだって話したの覚えてる?」
「まあ、覚えて…………いるよ」

 心に浮かんだ情念を、意図的に無視する。今その感情に囚われてしまうと、霊夢の話に集中できない。
 長く間を置いて呼吸を整え、改めて霊夢に問う。

「その質問になんの意味が?」
「そのことを紫に話したら、霖之助さんの想いが博麗小結界を超えたとかなんとか。相変わらずよくわかんないこと言う奴だけど、まとめると霖之助さんの好意が私に響いたせいだって」
「それで、さっきの質問か」
「そういうこと。それで、霖之助さんがそういうことなら、って思って色々考えてみたんだけど、なんだかしっくり来なくて」
「色々というのは、さっきのらしくない行動のことか」
「そ」

 短く肯定する霊夢。なるほど、らしくない彼女の行動の理由はわかった。
 しかし、しかしだ。
それを聞かされた僕にどんな反応を求めているんだ。軽い感じで僕も好きだと言えばいいのか、そんなわけないと否定すればいいのか。
 普段の呑気な調子で言われたらスルーしているところだが、今だけはそんな風に軽く返してはいけないと僕の勘が全力で告げていた。
 霊夢は沈黙を通し、僕も発言しない無言の空間が出来上がる。言葉の取捨選択ができない僕の脳裏に、あの雨の日のことが思い浮かぶ。
 あの時の霊夢は男女の愛情について疎かったので行為について特に言及することなく、また口づけのあとも別段変わりない、いつもの霊夢を通していた。

(って、今ひねり出す答えは違うだろう)

 思わず自分にツッコミを入れてしまう。
 けれど、さっきの発言の後にそれを思い出すとやはり年頃の少女に対してするべきではなかった自分の行動を恥じてしまう。あの時の僕は何を考えて……

「ああ、そうか」
「霖之助さん?」

 すとんと落ちるように、言うべきことが浮かぶ。
 なんて事はない。年頃の少女らしいことを意識してもらい、彼女の虚ろな部分を埋めてやれないかと、勝手にそんな思い上がりをしていたのだ。
 それが紫に知られて釘を刺され、それを無視して行動を起こした結果、霊夢に悪影響を及ぼした。今日香霖堂に来た時に言ったじゃないか、最近弾幕ごっこに負け越している、と。
 霊夢自身気づいているのかいないのかわからないが、多分影響を与えたのだろう。紫が懸念したのは、これが異変時まで続いて、異変を解決できなくなることへの恐れだったのかもしれない。

「いや、なんでもない。無理に好きじゃない相手に合わせて恋人気分に浸る必要はないってことさ」
「え?」
「あの雨の日にした、恋人ごっこの延長。それをやろうとしたけど、上手く噛みあってないからしっくり来なかった。それが、霊夢の気持ちの歯車を止める小石になって影響を与えていたんだ。だから」

 だから、今後香霖堂には来ないほうがいい。
 そう告白する寸前、メイドの能力でもなんでもない、単なる言葉が僕の時間を止める。

「何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、私は霖之助さんのこと好きよ?」
「―――――――――え?」

 霊夢の言った意味を若干遅れて理解し、理解したからこそ何も言えなくなった。そんな僕の心情など知らず、霊夢は思うがままに、いつも通りの呑気な声が耳に届く。

「でも、だからって何か変わるわけじゃないと思う。例えば、霖之助さんは私と恋人同士になりたいって思う?」

 無言で首を振る。少なくとも、僕はそういう気持ちを霊夢に対して抱いたことはない。多分僕が霊夢に抱く気持ちの源泉は擬似家族のような年下への愛情であり、男が女に対して抱くものではない、今はまだそう思う。

「私も同じ。正直、そんなこと考えたことないし、そういうことをしている自分が想像できないの。だかららしくないこともして知ろうとしたけど、やっぱ向いてなかったし。互いに好き合っていても、そこから行動しないのなら、応えないなら関係は不変よ」
「そうだね、多分――多分、霊夢は慣れない感情をぶつけられて戸惑っただけだと思う。いわゆる吊り橋効果ってやつだな」

 本当に? という声がどこかから聞こえた気がした。
 空を飛ぶ程度の能力を持つ霊夢に『吊り橋』だなんて地に足をつけた効果が本当にあるのだろうか。それとも、頭の片隅にある冷静な部分が聞こえないはずの声を意見として出しているのか。
 僕はそれら全てを無視する。霊夢が不変を望んでいるからだ。
 何より、霊夢でない霊夢を見るのは嫌だった。

「はあ、何だか図らずとも霖之助さんが好きなしんみりした晩酌になっちゃったわね。花見って空気じゃないわ」
「いや、十分だよ。ところで霊夢」
「なぁに?」

 良い感じに酔いどれているが、返事にはまだ力強さがあった。だから、今のうちに聞いておこう。

「『風流』を味わった感想はどうだい?」
「お茶を飲んでいる時に感じたかったわ」

 にべもない台詞だったが、声音がいつもの霊夢であることを確認した僕はわずかに目を細める。息を吐けば、そのまま暗澹とした気持ちも排出されているような錯覚すら覚えた。
重い荷物を置いたときの開放感が込み上がる中、僕は話を締めるようにつぶやく。

「どうやら、僕も同じ気持ちのようだ」
「そう、なら良かったわね霖之助さん」

 ああ、と頷き返しながら、僕は空になった霊夢のお猪口に酒を注いで酌をしてやる。
 その時、白い桜の花びらが舞い散りはかったかのように僕らのお猪口へ落ちてくる。透明なアルコールの雫の上に浮かぶ白楼の花片を見やり、僕らは顔を見合わせて笑い――同時にそれを飲み干すのであった。
















「ま、許容範囲でしょう」
















 昨夜は必要以上に酒を飲んだうえに日付を変更してなお起きていたせいか起床が遅く、霊夢に至っては正午に近い時間まで布団から出てくることはなかった。幸か不幸か客は訪れなかったのだが、どこか釈然としない気持ちで胸が一杯だ。
 朝食と兼用した昼食を取って神社への帰路につこうとする霊夢であったが、そもそもの要件である服の修繕をしていないことに気づいたため未だ香霖堂にいた。急かす割に程なく雑談した霊夢は、昼八つの末の刻にしてようやく帰宅の意志を示し、現在は着替え中である。
 昨日から数えると、一日以上霊夢は香霖堂に居たことになる。前にも同じようなことはあったが、抱えていた問題を思うと非常に時間が長く感じた気がする。
 それ以前に神社の掃除や仕事をしなくても良いのかと思うが、まあ霊夢だからなと考えてしまえばそれ以上の追求は出来なかった。というより考えても無駄だ。
ふと、僕の足はいつの間にか裏手へ向かい白い桜の元へと歩んでいた。枝葉の間から降り注ぐ木漏れ日が良い具合の暖かな陽だまりを作っており、今日は店を閉じて外で読書しようかという気が沸き上がってくる。
 しかしこちらも商売人だ。そう簡単に誘惑に屈するわけにはいかない。
商魂という名の意志力を総動員して抗う僕をフォローし、勝利に導いたのは霊夢の呆れた声だった。

「何やってるんだか」
「いや何、ちょっとした強敵と戦っていたんだ。例えるならそう、布団の中に住まう眠気ぐらい強かった」
「それは確かに強敵ね」

 だろう? と得意気に鼻を鳴らす僕を一瞥する霊夢はすでにいつもの巫女服に着替え直している。ほつれていた跡も見当たらないし、我ながら完璧な修繕だな。

「ところで、結局何を見ていたの?」
「木漏れ日製の陽だまりだよ。やっぱり今日はのんびり本でも読もうかな」
「別に良いんじゃない? にしても確かに良い具合な場所ね」
「ああ。これぞまさに春だ」
「うーん、これ以上ここに居たら私にも誘惑攻撃が襲いかかってきそうだから、さっさとおいとましないと」
「霊夢も魅了するとは、大したものだ」

 見るからに春な霊夢だから、共感することが多いのかもしれない。
 そして僕は、霊夢に対し言っておかなければならないことを語る。

「そういえば、僕らはお互い恋人とは思えないって言ってたけど……その時が来るまでは君にとっての一番都合の良い男でいてやるよ。僕に対する気持ちと、将来抱えるかもしれない相手への気持ちの差異を見つけることが出来れば、合格だね」
「らしくないわよ霖之助さん。何に対してかわかんないけど、考えすぎだと思う。まあ思考しない霖之助さんなんて霖之助さんじゃないけど」
「そうだな…………でも多分、らしくないのはこれが最後だ。次はないはずさ」
      
 だから、霊夢とこういう話をするのはこれで最後であって欲しい。僕自身、彼女のそういうことに対する感情をきっちり整理できているわけではないからだ。
 霊夢が帰るのを見届け、僕は静けさを取り戻した店内で一人考える。
 僕が思うに木漏れ日という言葉は、照りつける陽射しから逃れたひと時の休息、森林浴にも似た癒し、爽やかな言葉が呼び起こす情感的な意味を含んでおり、たんに物理的に日が翳った状態を指す木や葉っぱの陰ではないと思う。
 それこそ、昨日話した風流にも当てはまるだろうし……それ以外にも木漏れ日というものは別のことに当てはめることができると思う。
例えば……人間関係とか。
 博麗の巫女を太陽とするなら、周囲に集う人間や妖怪が彼女を慕うのも無理はない。光を忌むべき者がいたとしても、それでも彼ら彼女らは太陽を強く意識せざるを得ない。それは、幻想郷における唯一の絶対の一であるからだ。
 陽だまりというはっきりとした白よりも、木漏れ日という灰色を好むという霊夢。彼女は博麗の巫女という光を自身の性格による枝葉を介して、周囲に木漏れ日として届けている……そう考えると、誰にも入れ込まない霊夢の振る舞いも納得できる。
 神々が和と荒の二面性を持つように、人の性質にも善と悪がある。
 どちらか片方を百パーセント向けられるより、どちらも孕んだ曖昧なもののほうを好むのは、人間と妖怪のハーフである所以だろうか。うん、今日はその辺についても考えてみても良いかもしれないな。
 すでに僕の中にあった霊夢へのわだかまりは薄れてきている。都合が良いものだ、と思うが人間も妖怪も、基本的に都合が良いほうが嬉しいのである。
 何より、人間関係は灰色が一番良いのだから。







<了>

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