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巫女ハー 16-1

 白。白。白。
 白銀色の雪景色に支配された幻想郷は、深々と降り積もる自然の脅威が訪れていた。
 強い風が吹いたり、強烈な寒波が襲っているわけじゃあない。けど、毎日毎日減少のげの字も見せない降雪量が蓄積されていけば当然、平均気温というのも下がり続けるわけでして。

「…………………ねえ、幻想郷の冬ってどうなってるの?」
「どうなってるって?」

 ガタガタ震えて歯を鳴らす夢美の問いに、炬燵の暖かさに包まれて微睡んでいた私は呑気に答える。
「明らかにおかしいでしょ、雪まったく止まないじゃない!」
「ここは砂漠とかじゃないんだし、雪がまったく降らないってのもそれはそれでおかしいぜ?」
「そういう問題でもないでしょーが! 毎日毎日毎日毎日止む気配もなくどんどん降りよってぇ…………」
「冬だしー」

 だから自然なことなのだ。自然でないといけない。というか寒いから自然のままでいて。動きたくない。

「冬でもおかしいことはあるのよ。見なさい巫女。これ、人里の降雪量データ。去年までと比べると圧倒的に今年が狂ってることがわかるわ」
「調べたのは私だけどなー」

 同じく炬燵の温かみでぬくぬくするちゆりに同意する私の顔に、紙の束が押し付けられる。あー、やめてー。

「博麗の巫女なんだから異変の前触れかもしれない調査を欠かさないっ!」
「寒いんだもん…………」
「岩をも砕く巫女も、寒さには勝てないってか」

 手がかじかむしね。皮膚が割れるとどうしても拳の握りも浅くなるし。
 他にも色々建前な理由はあるけど……まあ、ひっくるめて言ってしまえば寒いのが苦手というので正解だ。水を想起するせいかもしれない。
 まだ人里から依頼もないし、出来る限りはのんびりしましょ。

(それでも今年の冬は確かに異常。というより、雪が降り積もりすぎてる。……雪の妖怪って言えば雪女くらいだけど、まだ出会ったことないし、幻想郷全域に及ばせる力があるとも思えない。……あー、面倒だけど調査した方が早いかなぁ)

 夢美に押し付けられた書類を横目に、私はぼんやりと今後の予定を組み立てる。
 これ以上雪が続けば博麗神社への道のりが困難になって参拝する人が減ってしまうかも、ということに対する危惧もそうだが、何より自分が嫌だった。
 せめてもう五分、という温かみへの欲望を打ち消し、私はゆっくりと炬燵から体を出した。

「仕方ない、少し調査といきますか」
「流石ね巫女。素敵よ」
「けしかけたとしか思えんがな」
「お黙り」

 がみがみとちゆりを叱る夢美をよそに、私は二人に神社から出ないよう一応の指示を出しておく。
 こう見えてこの二人は、以前妖怪の山限定であるが幻想郷を騒がせた異変の首謀者である。その時に拠点を潰された彼女らは、保護観察ということで博麗神社に居候しているのだ。

「なんでよー。私達も連れてきなさいよー」
「ダメなものはダメ。ちゃんと留守番してなさい」

 外の世界から幻想郷を調べるためにやって来た彼女らにとって、幻想郷での事件は自分で調べたいようだ。好奇心という点ではハーフ君にも劣らないだろう。

「おみやげよろしくな」
「そんなもの、ない」
画像提供:じゅらきん
 からかうように声を投げるちゆりに適当な返事を返し、私は自室へと向かい着替えを始める。
 冬ということでハーフ君に新しくこしらえてもらった衣装箱を引っ張り出し、中身の袖を通す。
 デザインは以前着ていたものに似ているが、フリルがついたりインナーに肩リボンがついていたりと、少し洒落た造形となっている。うん、やっぱ飾りがあったほうが可愛いわね、と一人満足する。
 製作はハーフ君だけど、デザイン設計はこの私なのだ、この服は。ついでに、ハーフ君の冬衣装の設計もしてあげたが、気に入ってくれたかな?
 一応もう一着、ハーフ君が独自に作ってくれたものもあるけど、あれを着るのはまた別の機会にしている。理由は簡単、冬というには軽装なので寒いのだ。寒がりな私からすれば、動きやすさよりあったかさを求めたい。冬に脇出しとか凄まじいセンスだと私は思う。いや、冬でなくとも脇出しはすごいと思う。どこからか肩出しはいいのかという声が聞こえた気がしたけど無視した。
 着替えをすまし、草鞋から耐寒装備として番傘を携え黒いブーツに履き替えた私は、靴と体の調子を確かめながらぐっと考える。

(一刻も早く、原因が見つかりますように)

 もし妖怪だったらさっさと殴って終わらそう、と意気込みながら、私は白銀の幻想郷を踏みしめ博麗神社を後にするのだった。




 探索開始から小一時間。
 すでに私のやる気は半分以上下がっていた。
 雪原と言っても過言ではない道を踏みしめるには必要以上に体力を使うし、視界の大半が白に染まっていて面白みも違和感もない。
 地面は言うまでもなく凍結していて滑りやすいし、少しの水気があれば容赦なく氷漬けんいなっている。
 パキパキと足で氷を割って暇を潰しながら進んでいると、急激に気温の変化が生じた。ただでさえ寒かった周囲をさらに低温化させる、原因がそこにあったのだ。
 それは言うなれば氷で作られた建築物、より正確に言えば祠のような洞窟だった。大きさ自体はそう広くないけど、ヘタをすれば博麗神社の敷地程度の面積はあるかもしれない。
 神社から勘の赴くままに南下を続けていたから、ここは博麗神社の南に位置するだろう。けど、以前にもここは通ったことがある。けど、そこにあったのは何も無い平原のような場所だったはず。
 そこに、洞窟が生まれる?
 広さで言えば確かに突然現れても受け入れるだけの土地はあった。けど、問題はそこじゃない。平原に氷で作られた洞窟が存在していることが異常なのだ。

「どう考えても異変よね……もう少し、防寒具用意してくれば良かった」

 ハーフ君特性の服には多少の耐寒……正確には一定以上の保温を保つ効果があった。五行属性における火がうんぬんとか言ってたけど、暖かくなるなら理屈はどうでもいい。しかし、全てが氷に包まれた建物に入ればいずれは保温の容量を超えて体温は低下を続けることだろう。
 寒いのは嫌だし、風邪を引いてしまいそうだと考えるが、どう見ても異変でしかないものを放置するには博麗の巫女としての挟持が許さない。
 はあ、とため息を一つこぼし、私は番傘と閉じて洞窟の入口に立てかけると意を決してその洞窟へ進んでいった。




 天然迷路は氷で作られているといえ、地面に貼った薄い氷の膜よりも強固に作られており、歩くだけでは割れる気配もない。このくらいの厚さなら、踏み込んだ時に足場が壊れることはないだろう。
 慎重に周囲を探りながら、私はお札メリケンを両手に巻いていく。陽光が直接届くことはなかれど、視界に闇はなく十分に良好だ。もし何かが起こっても十二分に対処は可能である。
 むしろ、早くここから出たいからさっさと原因に出てきてもらいたい。本当に自然でこんな洞窟が出来るはずはないのだから、これを作った何者かがこの中に居るはず。
 入ってしばらくは真っ直ぐ歩き続けるだけだった。進んだ先に十字路もあったけど、左右にはそれぞれ行き止まりしかなかったので結局のところは直進である。
 それを何度か繰り返した先、少し開けた場所に出た。特に目のつくものはないけど、ちょっとした開放感からか私は息をすうっと吸い込み、口を開く。

「博麗の巫女が参ったぞー。さっさと観念して出てきなさーい!」

 さーい………ぃ…………と洞窟に中に虚しく声が響く。反響した声が数秒間ほど広がり、やがて空気の中に溶けていった。

(ま、当然か。逆に反応したら馬鹿みたい――)
「参られましたかー」

 馬鹿が居た。
 想像以上の呆気無さに拍子抜けしつつ、私はすぐさま音源に振り返り戦闘態勢を整える。

「私はレティ・ホワイトロック。冬を生きる妖怪よ。よろしくね」

 そう言って遠く離れたところから現れたのは、白い帽子を被った女性だった。
 青と白を貴重とした服に包まれた体躯は女性らしさを象徴しており、同時に妖怪特有の怪しい瞳で静かに私を射抜いて来る。
 緩やかにウェーブした髪を揺らしながら、レティと名乗ったその女性は気軽に話しかけてくる。

「……聞いたことある。冬にしか顔を出さない、寒気を操る妖怪だって」
「あら、いつの間にそんな人気者になったのかしら」
「この妖怪に注意、って感じだからむしろ指名手配扱いよ」
「そうカッカしないの。周りのように冷たく、クールに話しましょう」
「貴方のような妖怪と違って、人間だから寒すぎるときついの。まともに話したいなら、少しくらい気温を上げて欲しいもの、ね!」

 相手が口を開くより早く、私は真っ直ぐ一直線にかけ出す。目標はすでに見えており、走りこんだ私の間合いの中に入っている。あとは最大威力のお札メリケンでぶっ飛ばしてしまえば――

「…………!」

 跳ねるように突進した全てのエネルギーをその場で止める。急制動によって生じた運動量は全て足元へ流れていき、厚いと判断したはずの氷にひび割れと凹みを残した。

「噂に聞く猪巫女ってわけでもないのね。それとも、勘?」

 口元に手を当てながら微笑するレティ。
 揶揄するようでもあり、賞賛しているようにも見て取れる。私にとってはむかっとする行動でしかないが。
 博麗が私に教えてくれるのよ、と軽口を答えながら私はすっと右手を伸ばす。
 足を止めた理由はとても簡単だ。私と女性の間には壁が存在していたせいだ。それも、一見ではわかり辛いほど薄く、私の突進を止めるほどの何かを発している。
 触れているだけなら、指先に少し力を込めるだけで壊れそうなほど、それこそ水溜りに膜を張った程度の氷にしか見えない。けれど、そのミリ単位であろう薄さの中に秘められた力は、霊力の乏しい私にもひしひしと感じることが出来た。

「何これ…………」
「それが、この建造物の秘密よ。博麗の巫女」
「この壁が?」
「より正確には、これを作った力の一欠片。これを突破できない限り、平原を元に戻すなんて十年経っても不可能よ?」

 笑みを深めるレティへ顔をしかめたものの、先ほど感じた嫌悪感は薄い。多分、出来の悪い子供を相手にした母親のような笑みだったからだろう。純粋に、私のことを心配している様子が見てとれる。
 とは言うが、天下の博麗の巫女が妖怪に心配されるのはいただけない。意趣返しというわけではないけど、度肝を抜かせてあげましょう。

「夢美の船より硬いってことはないでしょ。ぶち抜かせてもらうわ」

 すっと拳を引き、お札メリケンに霊力を溜めていく。
 最大の一撃を最高の威力で放ち、壁を粉砕してみせましょうか。
 渦巻く霊力が螺旋を描いて拳へ吸い込まれていく。湖に垂れる一滴の雫でしかない私の霊力が起爆剤となり、堰き止めていたダムを決壊させるかのように破壊の力が集う。
 久方ぶりの全力の打ち抜き、中々使う機会はないけど使った後の爽快感はかなり後味が良い。さて、この妖怪の余裕の笑みを周囲と同じように凍らせてあげましょう。

「とくと見なさい、博麗の能なしによる一撃を――」
「ああ一つ注意事項なのだけど」

 振りかぶった拳が薄壁に当たる直前、そんなつぶやきが聞こえてきた。
 無視無視、と右から左へ流れるように彼女の言葉をスルーしようとした私であったが、

「この壁、洞窟全域を支える支柱みたいなものに繋がってるから、壊すと洞窟も壊れるわよ?」
「――――――へ?」

 時すでに、遅し。
 最大まで溜め込んだ霊力と拳による加速が加わった一撃は壁を打ち砕き、破壊の余波による振動が洞窟全域へと響き渡る。
 地鳴りのように崩れる足場。上方からは砕けた壁が氷柱のような鋭さや単純な氷塊という打撃力を伴って降ってくる。

「ちょ、攻撃したら洞窟崩壊って冗談じゃ…………ちょっと貴方……いない!?」」
「貴方みたいに、言うことを素直に信じてくれる人は私達妖怪にとってはありがたい存在ね~。それが博麗の巫女ってのがなお面白い」
「…………ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」

 レティへの罵倒はやがて、洞窟を埋め尽くす雪崩への驚きへの切り替わる。
 まずい。洒落にならない。重みで押し潰されて死ぬかもしれない。考えるよりも早く、私の足は入口へと動いていた。

「今度会ったら問答無用だからね、覚悟してなさい!!」

 いち早く脱出することしか考えていない私の負け惜しみが相手に届いたどうかは、全くわからない。それでも、言わずにはいれなかった。 
 体に当たりそうな氷は手足で砕き、進行方向に盛り上がった障害物は突進で貫いていく。それでもその行動の一つ一つが着実に速さを殺し、脱出への時間を奪っていく。

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 気合を入れているのか絶叫なのか、自分でもよくわからない叫び声をあげながら、私はひたすら駆け抜ける。
 そして見つけた出口に希望を見出し、とうっ、と勢いをつけて外へ飛び出す。ずささー、と多少体を擦ってしまったが、なんとか無事に洞窟を抜けたようだった。

「ふー、まったく、」
「危機一髪だったわね」
「そう、その通…………」

 すぐさま立ち上がり、声のするほうが振り返る。
 そこには、先ほど壁越しに対話した時と変わらぬ佇まいでレティが私を見据えていた。

「さっきはよくも!」

 怒りのままに突進する私だったが、まるでその行動だけを繰り返すように再び足を止める。先ほどと同じことの繰り返し。それは、同じものが私とレティの間に立ち塞がっているからであった。

「嘘ついてたのね。突破すれば良いって言ったのに」
「ただ『壊す』だけじゃ同じことの繰り返し。突破=壊すってわけじゃないのよ?」
「悪かったわね、脳筋で」
「誰もそんなこと言ってないのだけど」

 じゃあハーフ君辺りが言ったのかしら。きっとそう、多分そう、絶対そう。だから後でこの借りを返してもらわないとね。具体的にはあったかい食べ物とか。
 呑気にそんなことを考えていた私は周囲の違和感に気づく。それは、先ほど崩壊した洞窟が、再び私の周りに存在していたからだ。
 まるで過去に遡るように、周囲には何の変化もなく再び薄壁越しに私とレティは対峙していた。

「気づいた? この洞窟、破壊されてもふたたび作り直されるの。だから壊すのは無意味な労力を使うだけ」
「貴方がこの洞窟を作ってるんじゃないの?」
「まさか。むしろこれをなんとかして欲しいのよ」

 思いも寄らぬ発言に、少し言葉を失う。レティ・ホワイトロックと言えば寒気を操って人間を恐怖に陥れる雪女。彼女が現れる日は非常に寒いと相場が決まっており、その場に相対するだけで力が削られていくとのこと。こんな風に氷による異変があるなら、彼女の恐れを助長させるものではないのだろうか?

「寒気を操る貴方が、寒気を生み出す存在を処理して欲しいの?」
「簡単よ。これは自然によって作られたものではないもの。人工の冬なんてナンセンス、冬は冬であるだけで尊く、生命の儚さを告げるものなの。人為的に生み出された自然は、むしろ汚されているとしか思えない」

 かすかな怒気が声に乗って吐かれる。どういう意図かは知らないが、レティもまたこの洞窟形成の繰り返しの現象に憤りを感じているらしい。
 私は意識を切り替えて、尋ねるべき質問を拾い改めて問うた。

「……ひょっとして、力を吸われていたりするの?」

 ぴくりと、レティの眉がかすかに動いた気がした。言葉にも出していないが、雰囲気に変化が生じたことを察し、私は彼女に告げる。

「私に、どうして欲しいの?」

 そこで、初めてレティは嬉しそうに笑う。
 笑み自体は何度も見ていたのに、私にはそれが初めてレティの見せる笑顔のようにも思えた。きっと、感情の込め具合というやつだろう。ただ笑うだけならそういう造形の人形でも出来る。感情が込められることで、きっと初めて笑顔というものになるのだろう。

「さあね。とにかく、異変の解決は任せたわよ博麗の巫女。なんとかしてみて頂戴」
「あ、ちょっと、何かヒントの一つくらい…………!」

 質問を投げた頃にはレティの姿は陽炎のようにゆらめき、消えていた。返事はなく、言葉によって震えた空気が虚しく反響するだけだった。

「もっかい壊しても、多分同じ結果、か。うーん、一旦返って対策を練るべきかな」

 障害物は氷なのだから、ハーフ君の八卦炉で炎を用いて溶かしてもらうという手でもいけるかもしれない。何にせよ今は手段がなさそうね。
 それでも他に何の方法も試さずに去るのはダメダメと気を取り直し、私は少し腑に落ちない気分を抱えながらも再度薄壁の壁を攻略すべく主に体を使って調べるのであった。









「寒すぎる。神社についたらまずは熱燗かお茶を用意してもらわないとな」

 巫女設計僕作成の冬服(アシンメトリーなところが気に入っている)を着込んでいるといえ、季節の暦が冬である以上寒さをなくすことは出来ない。冬に寒くないなんて出来事が起きたら異変以外の何事でもなく、冬が過ぎても寒いままならやっぱりそれも異変である。何が言いたいのかと言えば、寒いのは冬のせいだから仕方ないね、ということだ。
 とはいえ寒いのが好きなんて言うつもりは微塵もない僕からしてみれば、一刻も早く時間が進むのを待つばかりだ。
 身を震わせながら、僕は博麗神社への道のりを歩いていた。夢美達が起こした異変から日々は過ぎ、天候はともかく穏やかな日々が毎日を刻んでいる。僕にとっての毎日は暇を潰したり物を作ったり考察したり、何より巫女にちょっかいをかけることである。
 十年近く続けていることだけあって、その足取りに迷いはない。昨今のように異変で怪我をするのはいただけないが、彼女が博麗の巫女である以上は仕方ないことだろう。
 それにしても、妖怪の山の騒動は僕にとっても巫女にとっても近年稀に見るものだっただろう。幻想郷全体で見れば特に被害はなく、妖怪の山の身内のゴタゴタで処理されているものの、あの技術力が他に飛び散ったとなれば一大騒動であったのは想像に難くない。
 そう考えると飛散せずに妖怪の山の中に留めた天狗の首領を褒めるべきか、そんな展開に持っていった夢美に感嘆するべきか。
 何にせよ、飛び火しないのであれば好きにやればいい。

「おや……?」

 白雪を踏みしめた足が止まる。
 元は森林である現在地も冬積もる雪のせいか一面を白銀に染めているせいか、何らかの異物が侵入してくれば、とても分かりやすく示してくれる。
 異物とは人影であり、僕以外の誰かがこの場にいることを示していた。
 音もなくそこに現れたのは、僕よりも背の高い銀髪の翁だった。老人であることを踏まえると白髪であるかもしれないが、艶のある髪は色が抜け落ちて変色したものとは思えず、生来の地毛の色であろうことを推測させる。
 冬の季節のせいか、長着の上に羽織を加えた上、質の良い襟巻きという重装備。腰に帯びた刀からして老剣客と言った風情だ。
 対面するのは初めてだし、幻想郷で外に出歩いて誰にも会わないということもない。だから単なるすれ違いだろうと僕は無視して歩き出そうとしたのだが、それは他ならぬ翁によって呼び止められる。

「少し、者を訪ねたいのだが」

 低く、厳かな声音は相手を威圧するかのような発声だった。本人にその気はないのかもしれないが、少なくとも僕にとっては一歩下がってしまいそうなプレッシャーを伴った声だった。

「ええ、何でしょうか」

 気圧されながら、無意味であると自分を誤魔化し体に活を入れる。単に質問されているだけなのに、どうしてここまで圧力を感じる必要がある。
 足を止めて、体に芯を入れるように固定する。少しでも気を抜けば、情けない話だが尻餅を着いてしまいそうだったからだ。

「博麗神社へ行こうと思っていてな。存じているか?」
「…………ちょうど僕もそこに行こうとしていたんですよ」
「案内を、頼めるか?」
「…………………ええ」

 そう言うと、翁は僕に先を歩くよう言う。 
 少し歩いてわかったことは、翁が途方もない武術の達人であろうということだった。足運びに隙もなく、雪を踏みしめているというのに音を出すことがない歩法。二人で歩いているというのに、僕一人分の足音しかないと、自分しかいないような錯覚すら起こる。
 翁は黙って僕の背後を着いて来る。ぴったりと、一定の距離を保つ様に揺れはなく、意図的に足を緩めても向こうも同じだけ進む速度を抑えてくる。
 そんな位置関係に気まずくなった僕は、沈黙を回避する意味を込めて質問を投げた。

「そういえば、どうして博麗神社へ? お参りというようには見えませんが」
「何、他愛ない用事だ」
「用事、ですか」
「ああ」

 ここで初めて、翁の足音を発するが僕の耳をつく。僅かな違和感を覚えながら、彼の答えを待った。

「当代の博麗を斬りに行くだけだ」

 自分でも信じがたい反応が僕の体を駆け巡る。左手に霊印を起動させ、振り返りながら八卦炉を取り出した時すでに翁は抜刀し、僕に向けて刀を振り下ろしていた。
 金属が咬み合う重々しい音が響く。八卦炉を盾にすることで初撃は防げたものの、こんなの偶然でしかない。キチキチと刃金によって削られる八卦炉の外壁に戦慄していると、翁の口から言葉にならないつぶやきが漏れる。

「見かけによらず好戦的だな」
「斬りかかっておいて、何を言うやら」
「先手を打って防いだまでだ」
「このっ……!」

 のしかかる力は半端無く、右手を八卦炉の下に添えて両手、いや全身の筋力全てを総動員しても徐々に押され始める。対して向こうは涼し気な顔をしており、まだまだ底を見せていない。鍔迫り合いともろくに言えないこの状況でも、僕を一蹴できる程度の力を持っているはずだ。
 そんな相手であるなら、脇目もふらず逃げの一手を打つのが当然の判断であるはずだ。だが、今の僕はその考えを破棄することしか考えられなかった。……目の前の存在を巫女に合わせてはいけないと、強く思ったからだ。勝てる気はせず、策も何一つ思い浮かばないがなんとかしなければならないという思いだけが胸を支配する。
 蹴りで間合いを伸ばすことも不可能。押し潰されるような上段からの一撃は腕だけでなく足にも負担をかけ、僕が一歩も動けぬ膠着状態を作り上げている。
 この状況を打破する方法は一つ。八卦炉使うことに他ならなかった。
 息切れしそうになる中、炉の蓋が相手に向いていることを確認した僕は相手との距離を取るべく射命丸式による風の力を解き放とうとして――あっさりと、拍子抜けするほど簡単に八卦炉が弾き飛ばされる。

「あ、れ?」

 だから、そんな呆けた声が出た。
 だから――次いで放たれる斬撃に対して、何の反応も出来なかった。
 八卦炉を弾いた横薙ぎの刃は縦の軌道に切り返し、音もなく振り下ろされる。
 一閃。 
 白刃から煌く銀光が、冬の空気をまとった氷刃の軌跡を描く。動けることなど何もなく、僕が出来たことと言えば刀身が白木の鞘に納まっていくのを見ていることだけ。
 ぱちん、と納刀の音が響いた瞬間、それは起きた。
 肩から腰にかけて赤い線が血飛沫を伴って走る。僕の体内という苗床から咲いた鮮血の花が積雪の大地を紅く染める。
 痛みすら感じる間もなく、自然と僕の体は白い白い雪の中へと埋もれていった。
 じわり、じわりと天然のキャンバスに人工の赤が塗られていく。出血による朦朧のせいで意識をはっきりさせることが出来ない。
 ぼうっと、自分に起きた出来事をどこか他人事のように観察することだけが、僕に許された行動だった。

「…………聞いていた話と違ったな。随分と、積極的なことだ」

 翁の声が上から届く。耳はその言葉を聞き入れていたが、頭では何を言っているのか理解できなかった。

「それほどまでに、と言うことか」

 目の前が白く染まっていく。
 紅雪とは違う、白い粒々の何かが視界の端から現れ、急激に辺りを白く塗りつぶしていく。ごぼっ、と口から何かが出た。それを確認しようとしたが、あたり一面が白になっていて何を吐き出したのかわからなかった。

「これなら、告げるまでもない」

 何か、探さなければ。何を? 武器だ、この翁を止める何かが欲しい。
 僕の武器は八卦炉だ。どこに飛ばされた? どこにある? 見つけ、ないと……
 見つ…………………――――…………………―――――

「博麗…………出…………急…………」

 声が、遠い。
 何も、聞こえなく、なって、きた。
 どう、すれ。ば。

「……………巫……………女…………」









 そのつぶやきは、彼のものだったのか。翁のものだったのか。
 認識すら出来ず、世界は反転し黒に染まっているだろう。
 声を出すことも、指先一つ動かすことも叶わぬまま、彼の意識の糸はそこで断ち切れている。
 それでも、虫の息であっても青年はまだ生きていた。
 そんな彼の様子を見やり、翁は先の出来事を反芻する。
 良い反応だった。言葉よりも早く体が動いていたし、動けぬ状況下での判断も知っていたが、翁からしてみれば雛鳥が目の前で歩く様を見ているようでしかない。一手も二手も、その何手先でも読みきることは可能だ。
 青年は良き反応をした。戦に慣れぬ素人と聞き及んでいたし、実質彼の動きは戦う者のそれではない。そんな身でも、青年は確かに速かっただろう。
 けれど、足りない。翁との間に存在する、到底辿りつけぬ圧倒的な実力差を前にしては遥かに遅い。
 とはいえ、精神は肉体を凌駕するとでも言うのか、青年は気を失ってなお弾いた武器へ手を伸ばしていた。
 意識してのことではない。そこにあるのは執念、いや妄執とも言うべきか。翁を博麗の巫女に会わせぬという意志がそこに感じられた。
 この状況になった言葉を顧みれば当然であろう。青年からすれば、翁は博麗の巫女へ敵対と取れる発言をしたのだから。
 だが、翁は動かない。真に博麗の巫女と敵対するのであれば、ここで青年を斬る必要はなかった。
 青年が当代の巫女にとって大事な相手というのは聞き及んでいるが、わざわざそんな相手を斬って巫女を挑発するという戦術は翁の好みではない。本当に敵対するのであれば、真っ向から斬り伏せるのが翁の最も得意とするスタイルだからだ。
 翁が思案している間にも、青年の体からは出血が続いている。溢れ出す血はすでに周囲に血溜まりを作る勢いである。今は全て雪に吸収されているが、季節が冬でなく雪が積もっていなければ、血溜まりを作る程度に流血しているのは明らかだった。
 人間であれば死亡の秒読みであるが、翁は彼が自分と似たような混ざり者であることを存じている。すぐに死ぬことはないだろう。それでもこのまま放置すれば死に至るかもしれない。
 翁は思案を顔に見せぬまま、倒れる青年へ近寄ろうとして――突如発声した横殴りの衝撃によって吹き飛ばされる。
 雪を削り砂利が見えるほどに大地を抉りながらも、翁はすぐに体勢を整え、自分をこのざまにした相手をねめつける。
 乱入者は女だった。
 大人と少女の境目にあるような、妙齢にしてはやや幼さを残す顔立ちの女。
 桃色でセミロングの髪にはシニョンキャップを着けており、冬用に着込んだ厚着の胸元には牡丹が彩られ、その衣をさらに覆う前掛けには茨の刺繍が施されていた。怪我でもしているのか服の裾から覗く右腕には包帯が巻かれており、反転した左の手には鉄の腕輪をはめている。
 翁は怪我という判断をすぐさま撤回する。己の身を苛む痛みは本物であり、仮に傷を負っている状態だとしてもこれほどの攻撃を繰り出したであろう相手を侮ることなど出来なかった。

「白昼堂々と辻斬りに遭遇するとは思いも寄らなかったわね」

 彼女は隙を見せぬままゆっくりと倒れた青年の傍へ歩み寄り、守るように翁と対峙する。知り合いか、という線は浮かんではすぐに消えた。ならば、名を問うておく必要があった。

「…………何者だ?」

 納刀した刀の柄に手を添える。瞬時に抜刀できる体勢、知る者が見れば居合いと評したその姿を見やり、彼女は頬にかかった髪を背後へ流しながら答えた。

「茨華仙――ただの、行者ですよ」



<16-2へ続く>

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非公開コメント

面白かったです!!

面白くて、ここまで一気に読み進めてしまいました!
続きが創作されるのを、楽しみに待たせて頂きます。

Re: 面白かったです!!

>いぺたさん
過去改ざんものといえ、主役二人が実質のオリキャラみたいなSSですが、そう言っていただけると嬉しいです。
ネタ自体はあるんですけど中々。のんびりお待ちくださいませ。
ともあれ、読んでいただきありがとうございました!
プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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