欲から始まる勘違い

 真っ赤な彼岸花に彩られた道を踏破し、僕は無縁塚に向かっていた。
 目的は無縁仏――いわゆる外の世界の人間の埋葬だ。
 死体を放置しておくと、それを喰らう妖怪が増え疫病が流行ってしまう。
 閉鎖的な空間である幻想郷における疫病は異変に匹敵する。そうならないため、僕がきちんと埋葬してやっているのだ。
 僕がこんなことをしているのは善意、そう善意で弔っていることが多分にあるが、ついでに外の世界から幻想入りする道具を報酬としてもらうからだ。

「そうやって理論武装して、大人は汚くなっていくのね」

 何が面白いのか、回収作業を見物していたさとりがぼそりとつぶやく。
 朝から店に来ていたのだが、ちょうど僕は無縁塚へ赴くところだったのでついてくることはないと言ったのだが、雑談は移動しながらでも出来る、待つのは暇、など結局来てしまった。
 面白いことなんてないのに……単に引きこもっていた分、今を満喫しているのかもしれない。
 それにしてもひどい言われようだ。労働に対する正当な対価を汚いとは。

「はいはい、貴方のボランティア精神には感動すら覚えますわ」

 全く心が篭っていないなら、言わないほうがむしろ美徳だと僕は思う。

「それにしても、香霖堂の商品って拾い物だったの? そんなの買わされてたのね」
「買わされるとはひどいね。僕は日の目を受けず打ち捨てられた可哀想な道具を再利用しているだけさ。それに元々、香霖堂は拾い物を売る店だよ。最近は別に新しい商品も仕入れているから、君の言うことには適応されない」
「物はいいよう、相変わらず上手く回る舌だこと」
「僕は常に真実を言っている」

 一通り回収を終えた僕は、荷物を手押し車にまとめる。
 その傍らで、さとりはきょろきょろと周囲を見回していた。

「どうかしたかい?」
「ううん、なんでもない。ただこの辺りは亡霊が多いから気になって」
「お燐にでも頼めばいいんじゃないか? 怨霊管理を任せているんだろう?」
「地底限定よ。地上のは冥界の管理者に任せておけばいいわ」

 なら単に景色が珍しかっただけか。まるで子供のようだ。

「違うわよ」

 なら僕の眼を見ながら言えばいい。
 大方、おのぼりさんのような行動をしてしまった自分を恥じているのだろう。
 いくら地霊殿の主という重職に就いているといえ、誰しも珍しい景色にはそうなるものなんだから恥ずかしがることはなかろうに。

「だから違うって」

 ともあれ、無縁塚の景色に見惚れるというのは決して珍しいことではない。
 紫の桜のような美しさを平時保っているわけではないが、彼岸花は人間の生きる気力を取り戻す程度の魅力を持っている。
 妖怪が入り乱れる危険の区域に似合わぬ、生気に満ちた場所だ。
 活気があれば、自然と心も豊かになる。さとりもそういった空気に当てられているのだろう。

「話を聞いて…………?」
「さとり?」

 さとりはある方向を向いていた。
 気になって見てみれば、そこには本を抱えた一人の少女がいた。
 黒を基調とした貴婦人風の衣装、ゴシックロリータの衣に身を包み、背と頭部に鮮やかな色を持つ羽を生やしている。
 色彩からして、あの少女は朱鷺の妖怪らしい。

「こんな辺鄙な場所に訪れるとは、珍しいものだ」

 ふと、僕はあの少女が何の本を拾っているのか注視してみる。
 そこで、僕は息を呑んだ。

「何……だと……」
「…………森近?」

 さとりの声が右から左へ流れるように通り過ぎていく。

「………………あ!」

 さとりに気づいた少女が僕らを見やり、一瞬驚いた表情を見せてすぐに退散する。
 逃げるように鮮やかな移動に、呆気に取られたほどだった。

「行っちゃった……まあ確かに、あんな経験してたら苦手意識持つわね」
「! あの子を知ってるのか?」
「心を読んだだけよ。そしたら、以前霊夢に本を奪われて魔理沙にボコボコにされてるみたい。その時貴方も傍にいたから、仲間と思われてるんじゃないかしら? その認識は間違ってないけど」

 思い出すが、記憶を遡ってみても該当することはない。
 深く思い出すが、やはり結果は同じだった。
 霊夢や魔理沙に泣かされる妖怪など数多く見てきた僕にとって、その作業は昨日道端で見た砂利の中の石を思い出せと言われているに等しかった。
 だが、諦めるわけにはいかない。どうしても僕はあの少女のことを思い出さなければならない。
 絞り込める語句は本。そこから照らし合わせていけばおのずと結果は記される!

「何か外の世界の書物を奪われたみたいね。帰って調べて見れば、出所も思い出すんじゃない?」

 と、さとりに先んじて言われてしまった。
 ふむ、仕方ないな。もう少しで思い出せそうだったけど、先に答えを言われてしまっては仕方ない。
 流石さとり。制空権ならぬ制話権には一日の長があったか。

「子供なのはどっちなんだか…………」

 はあっ、とため息をつくさとりを尻目に、僕は香霖堂へ急ぎ足で戻っていった。





「これか……非ノイマン型計算機の未来」

 霊夢があの妖怪少女から奪った三冊の本。それは以前、僕が所有していた十二冊の外の世界の書物に関連するものだった。
 そうか、あの時手に入れたさいに店に突っ込んできたあの子か……
 思い返していると、さとりは僕の手から本を取って流し読みをはじめる。しかし、十秒と経たずに閉じてしまった。

「私にはさっぱり。こんなの読んで何になるの?」
「そりゃあ、外の世界を理解するためさ」

 僕は常々、外の世界へ行って見たいと思っている。
 それは単なる知的好奇心だけでなく、長い物に巻かれて自分を高めるためだ。
 僕が香霖堂を始めたのは、自分の能力を有効的に活用するためだ。
 霧雨道具店ではその力を活かせず、この店を開いてみたのだが外の世界の式神であるコンピュータの起動もろくに成功しない現状。 
 僕が将来使う予定の式神を扱うためにも、外の世界の勉強は常に怠らず、研磨するべきなのだ。

「へぇ、貴方にもそんな向上心があったのね」
「男に生まれたからには、自然と持つものさ」

 そして外の世界で修行を終えて戻ったそのとき、僕の手によって幻想郷のアカデミズムが動く。 
 森近霖之助の名は幻想郷に広まり、香霖堂にも客が訪れ店も安泰というわけだ。

「思い出したのはいいけど、それからどうするの? 知り合いってわけじゃないし、むしろ敵みたいじゃない。そんな相手に、どう接触する気?」
「魔法の森を気長に探すさ。最悪、無縁塚で待ち伏せる」
「さり気にストーカー宣言しないでよ。そこまでして欲しいの?」

 さすがはさとり。僕があの子に執着する理由に気づいたみたいだ。
 心を読んだと言われてしまえばそれまでだが。

「当然。彼女は僕の将来を変えてくれるかもしれないからね」
「彼女、じゃなくてあの本でしょ」

 そう。僕があの妖怪少女を探すのは、あの子が持っていた本が原因だ。
 遠目からだったが、コンピュータらしき絵と~コン、マニュアルという単語がちらほら伺えた。
 以前ストーブの燃料を紫から受け取るさい、コンピュータを見た紫が「古いパソコンですね」とこぼしたことがあったのだ。
 あの少女ほど外の世界に詳しい妖怪はいない。妖怪の山に住む巫女も知っているかもしれないが、霊夢や魔理沙が幻想郷の歴史に興味ないように、彼女もまた外の世界で暮らしていただけで知識に深いとは思えない。それに比べ、紫はもっと新しいタイプのコンピュータを知っているのだろう。
 が、重要視するのはそこではない。
 紫がこぼした「パソコン」という単語。
 パソコンとはコンピュータの正式名称「パーソナルコンピュータ」の略称。
 つまり、あの本はコンピュータを動かすためのマニュアルである可能性が高い。
 あれを手に入れ、コンピュータを使役できれば僕が外の世界にいったときに重要な助けとなるはず。そのため、何としてでも手に入れる必要がある。
 僕はさらにさとりから彼女の情報を聞き出し、手に入れた情報の整理をはじめる。思いつくだけで十四の策が閃いた。今日の僕は一味ちが「実質二、三しか使えるのないじゃない。必要以上に誇張しすぎよ」失礼な奴だ。

「そんなわけださとり。僕はこれから出かけるが、君はどうする?」
「えらく積極的ね。私は外の世界にはあまり興味がないし、遠慮しておくわ。……まあ、進展でもあれば連絡ちょうだい。この置物が動くなら、見てみたいし」
 
 髪をかき上げながら、さとりはコンピュータを見やる。彼女の耳には、僕が作ったピアスが未だにつけられている。気に入ってもらえたようで何より。やはり女性にも楽しめる装飾品型にしておいて正解だった。
 さとりは最初僕にも付けるよう頼んできたが、目をつけられて魔理沙買い(金がないのに商品を持っていく買い方)されると厄介なので僕の分は懐に隠してある。装飾品なのに隠し持つというのは意味がない、と言われたが奪われるよりはましだと納得してもらった。

「わかった。君なら安く譲ってもいいよ」
「確定した言い方は、実際に起きてからしたほうがいいわ。格が下がるから」

 そう言い残して、さとりは帰っていった。
 僕はその後姿を見送ったあと、必要なものを揃えるべく用意を整え人里へ向かうのだった。


 

 化け物茸の胞子が舞い散る薄暗い魔法の森。僕は独り、荷物を抱えてそこを歩き回っていた。
 きょろきょろと周囲を徘徊するが、宵闇の妖怪はおろか動物にも遭遇しない。湿気の多さにあてられて汗が浮かぶくらいだ。
 汗の不快感を拭いながら、僕はこれからのことを考える。
 あの少女は従来の朱鷺と違い妖怪化したものだ。
 だとすると朱鷺と同じような扱いでは引っかからないかもしれない。
 一応、朱鷺が食すドジョウ、サワガニ、カエル、昆虫や植物などを一通り揃えてきたが、どこまで役に立つか。
 結論から言えば、その日は不振だった。
 ここで僕は情報を整理する。
 あの朱鷺の少女は本読み妖怪でもある。その辺は僕と話が合いそうだが、まずは遭遇しなければ話にならない。
 次に、霊夢が本を強奪したという事実。
 あの妖怪がそれなりに危機感を持っているなら、人目のつく場所で本を読むことはしないだろう。何せ、楽しそうに読んでいたところを不意打ちで攻撃されたのだ。巫女を恐れて隠れた可能性も高い。
 だからといって、この魔法の森で本を読むということは考えにくい。
 この湿気の多い場所で本を読むなど、紙を痛め本の寿命を縮める行為に他ならない。本が好きであるなら、そんなことはしないはず。 
 となると、人目につかずなおかつ安心して本が読める妖怪の住居……

「魔理沙のように、家を持っている可能性があるな」

 独りごち、僕は足を進める。
 最も、魔理沙の家は元々あった廃墟を僕や彼女が改装・清掃して住めるようにしたのだが。
 しかし、魔法の森は人形遣いの家もあるように意外と建築物は多い。
 捨食・捨虫といった種族としての魔法使いに至った、或いは至ろうとした者達が住んでいた森だ。いくら成長を止め食事を必要としなくなっても、家屋までは創造できない。
 そういった者達が建てた住居は、持ち主がいなくなって廃棄されたままだ。あの妖怪少女も、そういった廃墟を住居にしているかもしれない。

「しかしそうなるとますます面倒だな…………」

 この森を隅々まで捜索しなければならない。倦怠感をため息に変えつつ、僕はそれでも外の世界のために移動を続けるのだった。


 数日が経過するも、僕は未だ魔法の森を歩いている。
 進展はなく、無為に歩き続けるだけで終わってしまった。まことに遺憾である。
 霊夢や魔理沙に頼むことも考えたが、刺激するだけで終わりそうなので却下。全く、いてもいなくても頭を悩ませる二人だ。
 やはり無縁塚に行くのがいいかもしれないな。
 商品の仕入れ……もとい無縁仏の埋葬に行くのも悪くない。こうして善行を重ね続けることで僕の徳も高まるというわけだ。
 そんなことを考えていた、そのときだった。
 茂みから音がする。音源へ眼を向けて見れば、そこから本を何冊かかかえた妖怪……そう、僕が捜し求めていた少女が現れたのだ。
 僕は心の中で歓喜の声をあげる。ようやくめぐり合えたことに対し、愛しささえ浮かべてしまいそうだ。本に対して。

「あ」  

 妖怪少女は僕を一瞥し、すぐさま元の道へ引き返す。
 僕はその姿を見送った。声をかけることもしなかった。
 それは何故か。
 引き止めなかった理由はただ一つ。このまま彼女の家、或いは落ち着く場所まで案内してもらうためだ。
 僕があそこで何かしても、あの少女は話すら聞かず逃げの一手を打つだろう。それではここ数日の苦労が水の泡だ。
 それに元々、僕は確実性を期すために彼女の精神が落ち着ける場所で話を切り出そうと考えていた。
 自宅にまで押し入って目的の物を手に入れようとする僕は傍から見れば強盗、あるいはストーカー以外の何者でもないが、外の世界を理解するためなら多少の良心や道徳など捨てることにためらいはない。
 一定の距離を取って後を追いかけた僕は、やがて小さな家屋とそこに入っていく少女を発見した。あれが彼女の家のようだ。
 場所は特定できた。あとは交渉するのみ。 
 嫌われている相手との仲直りは相当な苦労を要する。
 直接的な原因がないといえ、僕も本を手放さなかったこともある。まだ彼女は僕が本を持っていると気づいていないはずだ。ゆえに勝機はそこにある。
 怪しく眼を輝かせながら、その日は香霖堂に帰った。




「…………ついてなーい」

 私はげんなりしながら肩を落とした。
 先日から続けざまに、以前大事にしていた本を奪った相手の仲間と連続で遭遇してしまったのだ。
 出来事の一度は偶然、二度目は必然ということもありなんとなく三度目もありそうな予感がする。

「やだなぁ…………」

 もう一度、深いため息をつく。
 奪われたあの本は、私が外の世界を想像するのに重要なインスピレーションを刺激するための大事なものだったのに。
 正直に言えば、あの本の中身は全くと言って良いほどわからない。
 けれど、それを想像して楽しむためには欠かせないものだったのに。
 暗たんとした思いを抱えていると、家の扉をノックする音が聞こえた。
 なんだか、嫌な予感がした。

「はーい」

 居留守を使いたいけど、わざわざ私を訪ねてくれた人に対して申し訳ない。
 私は足早に玄関へ向かって……後悔した。

「こんにちは」

 そこに立っていたのは、青い服を着た青年。確か、外の世界の道具を扱う香霖堂とかいう古道具屋の店主、森近霖之助だった。
 外の世界に興味のある私だけど、あの二人の身内ということで足を伸ばさなかった店の主が、私の目の前に立っている。
 ああ、二度あることは三度ある。やはりことわざというのは、実体験した誰かが作るからこその言葉なんだ。
 逃げ出そうと考えるけど、この家はすでに見つかった。退路は、断たれた。

「っ…………!」

 私は無我夢中で妖弾を放つ。
 問答無用の弾幕。赤いのに青い奴と黒白の仲間だろうが関係ない。二度と奪われるもんか!
 撃った後、追撃の一撃を放とうとする私の視界に飛び込んできたのは、一撃で床に倒れ伏す店主の姿だった。
 あまりの呆気なさに、私は弾幕も忘れて呆然としてしまった。

「あいたたた…………いきなりひどいじゃないか」

 ゆっくりと起き上がる店主。
 怪我らしい怪我はないみたいだけど、勝負する気がないのかそれともあれが実力なのか……ともかく、彼は異常に弱かった。

「えーっと、ごめんなさい」

 こっちは悪くないような気もするけど、無抵抗・なおかつ弱い相手だったのでつい謝ってしまう。

「いやいや、君としては致し方ないことだろう。また本を奪われるとでも思ったんじゃないのかい?」

 どきっとする。やっぱり、そのつもり……?

「それより、なんでここに?」
「君を探していたんだよ」
「私を……?」
「そうさ。ほらこれ、霊夢が言っていた本なんだけど……君のなんだろう?」
「あ、これ!」

 そう言って抱えていた道具袋から取り出したのは、あの時巫女に持っていかれた本だった。

「ど、どうしたのこれ!」
「どうしたのって、君のじゃないのか? 違うなら僕の用件はもうないから帰るけど」
「ち、違う! 私! 私の!」

 店主の手から本を奪うように取り、ぎゅっと抱きしめる。もう離さないわ!
 まさか、という思いだった。
 嫌な予感なんか気のせいだった。この人は私のために本を届けてくれるいい人だったんだ!
 そうなると、さっきの自分の行為を思い出して顔を俯かせてしまう。
 しかし、店主はそんな私に慰めの言葉を投げた。

「気にすることはない。僕の周りには人の話を聞かない連中や、心を見透かすように何を考えているかわからない妖怪もいるしね。むしろそうやって素直に謝れるところは好感が持てる」

 理不尽なことが多く厳しい幻想郷に似合わぬ優しい言葉。ああ、こんな人に会ったなんていつ以来だろう。

「けど、どうして貴方みたいな人があの二人の仲間なの? ちょっとおかしくない?」
「ちょっとした悪ガキのたまり場にされているだけさ。もちろん、僕は許可していない」
「じゃあ貴方もあの二人の被害者ってこと?」
「そうだね。よく商品を奪われるよ」
「酷い…………」

 改めて、私はあいつらに敵意が沸いた。こんないい人を食い物にするなんて、許せない!

「僕もあの時何も言わなかったし、その見返りと思ってくれればいいさ」

 続く言葉も、優しげな響きを伴って紡がれる。こんな良い人に会えるなんて……

「…………この人なら」
「ん? 何か言ったかい?」
「ううん、なんでもない」

 ともかく、もてなさなきゃ女が廃るというものね。

「上がって。お詫びに何か出すから」

 そう言って私は、少し散らかった部屋を片付けながらお茶請けの用意を始めた。






(ここまでとんとん拍子に行くと、何か穴がありそうで怖いな)

 僕はお茶を口に寄せながら、彼女のもてなしを受けていた。
 朱鷺子――好きに呼んでと言われたので、種族が朱鷺であることを踏まえてそう称した――は僕が申し訳なく感じるほど歓迎してくれた。あの本が手元に戻ってきたことがよほど嬉しいのだろう。
 同じく読書を愛好する僕としては良い心がけだと思う。物を大事にする奴に悪い奴はいない。
 しかし、ちょっとした同情を誘おうとして霊夢と魔理沙の被害を受けていることにしたが、逆にいたたまれなくなっていた。
 確かにあいつらは勝手に物を持っていったりするが、異変時には駆けつけてくれたり不当な条件で非売品を手に入れさせてくれるので、朱鷺子が思うほど邪険にしていない。やや過剰だったかなと反省する。
 これなら、わざと妖弾を喰らわなくてもよかったかもしれない。
 向こうを立てる手段として僕が用意したのは、いつでも力ずくで追い出せるというスタンスを朱鷺子に持たせることだった。話だけでも聞いてやろう、と思わせることができれば成功なのだが、本を返しただけでここまで歓迎されると拍子抜けしてしまう。僕が痛かっただけだ。
 朱鷺子は現在、あれらの本を厳重に保管すると言って部屋を退出している。僕が倉庫に非売品を置くように、隠しておくつもりだろう。
 僕個人としてもあの本を手放すつもりはなかったが、そこは協力者の力によって解決している。
 稗田阿求。里の人間で最も多くの資料を持ち、千年もの歴史を持つ稗田家の当主にして御阿礼《みあれ》の子の九代目。
 彼女の持つ一度見た物を忘れない程度の能力によって、あの「非ノイマン型計算機の未来」は15冊全てが複製されている。
 対価はやはり結構なものを必要としたが、上質の兎肉や紅魔館当主ご愛用の紅茶、とどめに幺樂団の演奏者の名前入りの色紙だ。 
 阿求用の交渉道具として持っていたものだが、有効に成仏させなければ物を捨てられない魔理沙と同じ運命をたどる。道具とは使ってこそ価値があるのだ。
 話がそれた。 
 ともかく、僕が朱鷺子に渡したあの三冊。そのシリーズもの全冊。これがあればパソコンのマニュアル本の対価に値する。ちなみに渡すのは複製した本だ。オリジナルは全て僕の手元にある。

「お待たせー」

 朱鷺子が戻ってくる。その表情は満面の笑み。よほど嬉しかったのだろう。

「いや何、それなら持ってきた甲斐があったというものだ。……それより、あの本に興味を示すということは、君も外の世界の魔術に興味があるのか?」
「え? 香霖堂も?」
「ああ。僕も外の世界には並々ならぬ興味を持っているよ。僕がこうして君を訪ねたのも、外の世界について話そうと思ったからだしね」

 へー、と頷く朱鷺子。これで僕が外の世界に興味を持つことが彼女に伝わった。
 ここから先が勝負だ。

「そう言えば、無縁塚で会った時に本を持っていたけど……外の世界の魔術書もあそこで?」
「うん。あそこ以外にもあるけど、そこは私の秘密の場所だからまだ教えてあげない」

 猫のように笑う魔理沙とはまた違った、活力のある笑み。しかし僕もまだ未熟だ。無縁塚や人里、大図書館以外に外の世界の本を手に入れる場所があろうとは……
 ふと思ったが、朱鷺と本読みを結ぶ点とはなんだろうか? 僕の知的好奇心が疼き、少し質問の矛先を変えてみる。

「君はいつから幻想郷に? 僕が外の世界にいたときはまだ朱鷺は幻想入りするようなものじゃなかった。けど、君がここにいるということは、ひょっとすると…………」
「半分当たりで、半分はずれ、かな」

 どこか寂しそうに言う朱鷺子。僕は「半分?」と返す。

「うん。外の世界にはまだ朱鷺はいるんだけど、純粋な日本生まれは…………」
「そうか」

 部屋はそのまま、無言の空気に支配された。
 取り繕おうとする頭の片隅で、前に霊夢達と食べた朱鷺鍋は大陸産だったのかな、などと不謹慎なことも考える。 

「野生絶滅。博麗大結界が生まれる前から外の世界では朱鷺を保護していたと思ったけど、間に合わなかったのか」
「そう。だから私は、本を読んだりして自分を高めているの。まあ、本を読むのが好きだからっていうのもあるけど」
「自分を、高める?」

 気になる発言が飛び出し、僕は眉をひそめる。

「…………うん。香霖堂は、朱鷺が空を飛ぶところは見たことある?」
「ああ。朱鷺は他の鳥と違って羽の色彩に独特な美しさがあるから、その雄姿は鮮明に思い出せる」

 朱鷺子が顔を綻ばせる。同属を褒められたこともあって、嬉しいのだろう。

「鶴の恩返しの話は知っているよね? 日本の佐渡島の方言では、朱鷺の事を『ツウ』とも言うんだ。著作者がそのことを知らず、『ツウ』を『つる』と間違えたかもしれない。そして物語ではその羽根から作り出された着物によって老夫婦が富を得ている。その点から見ても、鴇色の羽の美しさは筆舌に尽くしがたいものがある」

 うんうんと頷く朱鷺子。ふと気になって、僕は歴史の裏側を聞いてみた。

「鶴の恩返しはそういう解釈も出来るわけだけど……それに、あの物語の後、鶴はどこへ行ったのか。真実はどうなんだい?」
「今はいいじゃない。ともかく、重要なのはその雄姿が今は見られないことよ」

 はぐらかされた。それとも知らないのか……

「それと自分を高めることに何の関係が?」
「自分が魅力的になれば、空を飛ぶ姿も絵になるでしょ?」

 とても女性的な理由というか何と言うか……

「そうすれば、朱鷺の魅力をもっとみんなに知ってもらえるじゃない。これが日本の朱鷺だー! って」
「…………つまり、幻想入りしてしまった日本の朱鷺の美しさを、君が証明したいというわけか」
「うん!」
 
 気持ちの良い声と求道者としての姿勢に、僕は自分の目的も忘れてただ朱鷺子に尊敬の念を抱いた。
 だから、なのか。
 自分でもらしくない言葉を与えてしまったのは。

「ならいずれ僕が外の世界にいったとき、話の種の一つとして君が飛び立つ姿を絵に納めたパソコンを使って、外の世界の人間に見せ付けてあげるよ」
「え?」

 言ってから、自分の吐いた台詞に気づく。
 ……朱鷺子が魔理沙のように努力する子だからか。つい、同じように接してしまった。ほぼ初対面だと言うのに馴れ馴れしいな、気をつけないと。 
 それにパソコンという単語も使ってしまった。警戒されてはここに来た意味がない。
 いや、むしろここは攻め時か? 話を切り出すなら、今を置いて他にないだろう。

「朱鷺子、ちょっといいか――」
「あのさ、もっかい言って――」

 僕と朱鷺子が同時に口走る。違っていたのは、朱鷺子は僕達を挟んだ卓に両手をつき顔を僕に寄せてきたという点。
 朱鷺子の両手が卓を叩いた拍子に、飲んでいたお茶がこぼれてしまい僕の上着を濡らす。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 慌てて謝る朱鷺子。僕は気にしなくていいと言いながら上着を脱ぎ、濡れ具合を確かめる。……水量はそう多くない。少し時間が立てば不快感が消える程度には薄れるだろう。
 そうしていると、朱鷺子が僕を見て首を傾げていた。

「香霖堂って、青じゃなかったの? それとも貴方、別人?」
「……今はブラックで、本人だ」

 確かに、上着を脱いだ僕は黒い衣を着ている。
 けどだからといって、今まで話していた相手を服を脱いだだけで認識出来なくなるなんて……思ったより鳥頭なのか? だとしたら、さっきの台詞もあって落胆せざるを得ない。
 この子は、色で相手を認識しているのか?
 それとも、色に執着しているせいで、他と比べて色に対する感受能力が尖って伸びてしまったのだろうか?
 その瞬間、僕の脳裏に閃くものがあった。
 想像妊娠という言葉がある。
 これは実際に妊娠していないのに、月経閉止やつわり、腹部のふくらみなど妊婦の症状が出ることを意味する。そして症状だけでなく、実際に出産してしまった稀有な例もあるらしい。
 朱鷺子は朱鷺の妖怪だ。
 その身の羽根は、太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)を崇める伊勢神宮の神宝の一つ、須賀利御太刀(すがりのおんたち)の柄の装飾としても使用されるほど格式の高いものである。
 加えて朱鷺子は少女。女性であるということ。
 女神に納められた宝の一つに、同じく女性である朱鷺子の羽。それらに何らかの繋がりがあるのかもしれない。
 女神の力の基本は「産む力」であり、それは豊穣をもたらす自然の生命力や生産力そのものと言える。
 地上のあらゆるものの生命力と波長のエネルギーを司る女神の供物、その一つである鴇色の羽を持つ朱鷺子には、想像することによってその力……異常な色彩感覚を得るに至ったのではなかろうか。
 興味は尽きないが、今ここで考察するほどのものじゃない。それに想像で想像を補うのは空想に過ぎず、幻想には至らない。
 出鼻を挫かれてしまったが、僕は僕の目的を果たさなければ。
 僕はお茶の水滴による不快感を堪えながら上着を羽織り、改めて言った。

「気にすることはない。それより、無縁塚で会ったとき、本を抱えていたようだけど……何の本なんだい? 少し、気になっていてね」

 少しどころか、そのためにやって来たのだがそんなことを正直に告白する必要はない。

「う、うん。あれも外の世界の本なんだ」
「そうか。さっきも言ったけど、僕も外の世界のものには興味があるんだ。良ければ、僕にも見せてもらえないか?」
「えと」
「もちろん、タダとは言わない。僕は商人だからね。対価は用意している」

 今だ、手札を切るチャンスはここをおいてない!
 僕は道具袋から朱鷺子が本来持っていた本、そのシリーズものの全てを差し出した。

「これって…………」
「君の本、あれは全十五冊からなるシリーズものなんだ。僕のこれと、さっき渡した三冊で全てが揃っている」

 複製品だが。

「朱鷺子、これを交換条件といかないか?」
「…………どうしてそこまでして欲しいの? たくさんある本の一つでしょ?」

 ぎくりとする。
 朱鷺子が香霖堂を訪れなかったのは、霊夢と魔理沙がいる店だと思っていたからだ。
 けれど、マニュアル本を持った朱鷺子が店を訪れコンピュータを買っていけば、彼女が外の世界の式神を扱う最初の一人になってしまう。
 外の道具を扱う香霖堂店主としては、やはり外の世界の式神を扱うのは僕が一番最初でありたいのだ。
 道具屋としての自尊心のため、などと素直に言うわけにはいかない。
 だから僕は自尊心を除いた意見を言った。

「僕は、いずれ外の世界に行きたいと思っている。己を高め、研磨したいんだ。知っての通り、ここ幻想郷は閉鎖空間だ。ここ百年の間に人間と妖怪の関係が風変わりしているように、今の幻想郷は変化している。僕もそれに習い、外の世界の技術を学び、活かしたいんだ。だから外の世界のものは、どんなものであれ目にしておきたい。……それに、明確たる目的を持ちそれに向かって努力する君を好ましく思った、というのもある」
「こ、好ましく……?」

 動揺する朱鷺子。多分、褒められなれてないのかもしれない。

「わかったわ。外の世界に想いを馳せる者同士のよしみで、了解してあげる」

 僕は心の中で喝采をあげた。目的を達することが出来そうだ。

「はい」

 朱鷺子は同じように退出し、ややあって本を抱えて戻ってきた。
 夢にまで見た、コンピュータのマニュアルだ。
 裏返しにされたそれを受け取って手早く道具袋に納める。すぐにでも帰って紙が擦り切れるまで読み返そう。

「じゃあ僕はこの辺でおいとまするよ。邪魔して悪かったね」
「あっ!…………あのさ、もし外の世界に行った時、できたら、その…………」
「…………ああ。さっき言った通り、君の雄姿を伝えるよ。だから、朱鷺子も自分を高めるといい」
「…………うん!」

 ぶんぶん手を振って見送ってくれる朱鷺子を背後に、僕は彼女の家を後にした。




 帰った時には、世界は夜を迎えていた。
 提灯に明かりを入れ、僕は早速道具袋から本を取り出す。
 拝むようにその本を掲げる僕。霊夢や魔理沙が見たら茶々を入れること確実な光景であるが、今はその邪魔者もいない。
 いざ!
 僕は本を裏返し、本を広げた――




 私は彼の色を思い返して、物思いにふけっていた。
 案外良い人だった。本を見つけてくれたし、私のこと応援してくれたし、大事なはずの外の世界の本まで譲ってくれた。
 好感を持ったと言ってくれたけど、それは私もだ。同好の士を得たみたいで気分がいい。
 動かない古道具屋、って話だけどやっぱり噂はあてにならない。
 外の世界に行きたいと言ったあの人は、噂とはかけ離れた熱い人物だった。百聞は一見にしかず。やっぱり何事も触れ合わなきゃわかんない。
 香霖堂が言っていた鶴の恩返し。彼は御伽噺の裏を探ろうとしていたようだけど、実はあの推測は当たっている。
 あの話は、私達の先祖を題材にした物語。異なるのは、老夫婦でなく若者と朱鷺の少女の恋愛物語だったということ。
 若者が朱鷺を助け、少女となって嫁になり彼女が織った着物を売ることで財を儲けた、というのは変わらない。
 でも、若者の欲によって二人は別れた。決して覗いてはならない部屋を覗き、自らの羽根を使って着物を織る朱鷺の正体を知ったためだ。
 一般論からすれば、悪いのは若者。でも、この話は朱鷺の少女も若者に隠し事をしていたから起きてしまった。
 この教訓を生かすため、私達は長い時間をかけて互いに隠し事をしない相手を探すことを義務付けられる。
 そうやって種の繁栄に時間をかけていたせいか、朱鷺は絶滅の危機を迎えた。人間は自らのエゴを満たすために私達を保護したけど、それは傲慢以外の何者でもない。 
 当然な話よね。
 そうやってお見合いみたいにしたって、誰とでも夫婦になれるわけじゃない。
 私達は人間達より恋深く、一途なまでの純真な愛を求めている。用意されたものに惹かれるほど軽くない。
 でも、そんな風に意地を貫いていたためか……種の滅びを避けられなかったのは言うまでもない。
 その結果が、私。種族の絶滅と同時に幻想郷に流れた朱鷺の末裔。
 あの人なら、友達と同じく私の本当の名前を教えても良いかもしれない。
 親しくなった相手にだけ自分の名前を伝えるのが、私達の一族の掟だから。

「もう少し仲良くなったら、だけどね」

 独りごちた言葉は、夜の空気に溶けて消えていく。
 まだしばらくは朱鷺子のままだろう。けど、悪くないと思った。
 その日、私は気分良く寝ることが出来たのだった。





「どうしたの森近。コンピュータの起動に成功した? え、違う? 勘違い? パソコンじゃなくてマイコン? マイコンって何なの?……集積回路っていう外の世界の石だけど、持ってないから使えないし持っててもコンピュータを動かせない? ちょっと落ち着いて話して。阿求への切り札をなくした? だから頭の中をまとめて話して。何を言ってるのかわからないから。酒を用意しろ? 何、今から晩酌始めるの? 私はもう寝ようかと……友達なら付き合え? こういう時にそれを持ち出すの反則…………ああもうわかったわよ! でも今度あったら想起を覚悟しなさい!」

 交信ピアスを持っていたがために、私は森近の意図の読めない愚痴を聞く羽目になった。今ほどこれを捨てようと思ったことはない。
 その日、私が気分悪く寝る羽目になったのは言うまでもない話だった。






<了>

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