スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ラブぜろ? 十話


 午前の授業が終わり、時刻はみんな大好き昼休み。生徒は各々昼食を取った後自由時間を運動や読書、雑談に費やすのだ。

 瞬もご多分に漏れず昼食を取っていたが、その時問題は起きた。

 やけに教室の外が騒がしい。騒音は徐々に広がり瞬達の教室の前でピークに達する。がらりと開かれたドアから、小柄な女生徒達が顔を出す。見れば制服のリボン緑色、一年生のものだ。上級生の教室に下級生が来ればそれは当然話題にもなろう。

 そこまでなら問題はなかった。問題なのはその女生徒と瞬は知り合いで、彼女が卯花藍那と黒野沙紀であるということだ。





「沙紀じゃん。どうしたんだ、寂しくて慰めにもらいにきたか?」
「藍那が用があるって言うから連れてきたんだよ。勘違いすんな」
「用があるの卯花だけなんだろ? だったらおまえが来る必要なんてねーじゃん。ほら、言っちまえよ、おにーちゃん寂しかったのーって」
「ふざけんな! ちょ、こっち来んな!」

 大きく両手を広げ、妹へ愛の抱擁をしようとする雪尋。微笑ましい兄妹のスキンシップを尻目に、瞬は「どうしたの?」と藍那に用事の内容を尋ねる。

「藍那、ちゃん? どうしてここに」
「単刀直入に言います。片乃瀬さん、昨日何がありました?」
「何かって?」

 動揺を押し隠し、瞬は顔中に汗を垂らすも心を落ち着かせながら聞いた。

「昨日私が気絶する前に見た人型の飛行生物のことです」
(高原ああああぁぁぁぁぁ!!)

 記憶をいじっておくとか言いながらまったくしていない恋を恨むが、今はそんなことをしている場合ではない。口先三寸でなんとかこの場をやりくりしなければならないのだ。

(どうするどうするどうするどうする)
「昨日、あれが空を飛んでいたのを見ました。見てるこっちが落ち込むくらい沈んでましたね。それを追いかけていたらアパートの一室に入って、調べてみたら片乃瀬さんの家でした」
(やばい、やばいよやばいよ)

 動揺が度を過ぎて心臓の鼓動は十六ビート。サンバだって踊れそうだ。

「な、何のことだ?」
「この後に及んで嘘をつく必要はないですよ。私も不必要に騒ぐつもりは毛頭ありませんし、警察に通報するといったこともしません。だから観念しなさい」

 最後だけ敬語でなくなったのは焦っている証拠か、藍那は瞬の顔をつかむと、ずいっと引き寄せた。傍目から見ればキスしているように見えなくもないが、生憎そんな甘酸っぱさは微塵もない。脅迫に屈するか否かの瀬戸際なのだ。

「ちょっと待て、藍那ちゃん待て、待ってくれ。いないものに対して出せって言うのはないんじゃないか?」

 年下とはいえ年頃の少女の顔が眼前にあることが気恥ずかしくなった瞬は、慌てて藍那の手を離して距離を取る。だが後退など許さないと言わんばかりに藍那の足が瞬との間合いを埋める。

「まだシラをきりますか。……いいです、なら直接家に赴かせていただきます。何もないなら別に構いませんよね?」
「え、っと、それはかなり困る…………ほ、ほら男の家って汚いし」
「喫茶店で部屋の片付けは定期的にしてるからそれなりに綺麗なんじゃないかな? って私に言ったのは誰ですか」
「誰だろうね」
「今私の目の前にいる人です」
「……ほう、雪尋か」

 強引に回り込んで藍那の視線の先に雪尋が見えるように移動する。無駄なあがきだと自分でも悟っているが、それほど瞬は追い詰められていた。

「…………そうですか」

 藍那は抑揚のない声でつぶやきながら、藍那は瞬をとん、と押した。体のバランスを少し崩した瞬間、藍那の足が閃き鞭のようにしなる。瞬は足を刈られ転倒、さらに藍那に転がされうつ伏せにされる。間隙を縫って刈られた足にさらなる激痛が走る。背筋を駆使して背後を見てみれば、藍那は瞬にさそり固めを仕掛けていた。

「ぐううええええええええええええええ!」
「武力行使するつもりはなかったですが、この場合到仕方ありません。さあ、足の筋が伸びないうちに観念してください」 

 プロレスラー顔負けの見事な決めだった。藍那が本気なら数分とたたずに瞬の足は折れているだろう。だが本気で折ろうとは微塵も思っていないこの関節技は、地味に痛い。

「ゆ、雪尋、助けろ! 沙紀ちゃん、親友ならこの子を止めてくれ!」

 年下の少女相手にこんなこと言うのは情けなかったが、なりふりなど構っていられない。瞬は学友とその妹に助けを求めた。

 しかし。

「青春してるねえ。よし、俺たちも瞬に負けずいちゃいちゃしようぜ」
「やめろ! 離せ! 妹相手に発情すんなバカ!」

 見れば、雪尋は沙紀を押し倒して迫っていた。俺はシスコンだよと豪語していたが白昼堂々とアホすぎる。ああすることで沙紀の反応を楽しんでるんだよと超がつくほどの笑顔で語られたが、押し倒しを実行するとは恐れ入る。あ、頭突きされて鼻血出してら。

 呑気に兄妹の戦いを眺めることで軽く逃避していたが、押し寄せる痛みのレベルが上がり強制的に現実に戻される。

「沙紀に来てもらって正解でした。雪尋さんがいれば確実に沙紀にちょっかい出しますからね。救援はこれでありませんよ」
「か、確信犯かー!」

 恐ろしい子っ! と軽く白目になりながら、瞬は押し寄せる痛みに歯を食いしばる。暴力に屈するな、俺!

 藍那はひたすら瞬の足をねじり、それを耐える攻防が数分ほど続く。ちなみに黒野兄妹の戦いは沙紀のボディへの一撃で雪尋が沈んでいた。勝者の沙紀は周囲の視線に負けてすでに逃亡中である。

「……なぜそこまでして庇うんですか」

 中々観念しない瞬を怪訝に思い、藍那はそう口にした。

「か、庇うも何も俺は元々知らないんだって」
「…………そうですか」

 言下、激痛が消えた。藍那が足を離してくれたのだ。すぐさま藍那と距離を取るが、足が痛んで危うく倒れてしまう。だが転倒することはなかった。藍那が支えてくれたおかげだ。

「少し私も短絡的過ぎました、すみません」

 そう言って謝罪する藍那。反転した態度に戸惑いながらも、諦めてくれたことにほっと息をつく。我ながらよくここまで我慢したものである。たとえそれが自己満足だとしても、だ。

「肉体的でなく、精神的な攻撃に切り替えます」
「へ?」

 藍那の言葉を理解する前に、瞬は片足を取られ再び床に背を預けた。藍那は倒れた瞬の両足を上げると、ポケットから取り出した一本の棒を瞬の足に叩きつける。それは打撃の痛みを感じさせない代わりに、縄のようなしなやかさを持って瞬の足に絡んだ。

 両足をぴたりと閉じられた瞬は、さらに両腕に藍那の右足と左腕がゆっくり添えられ完全に身動きを封じられた。藍那は残った右腕で制服の裏地から何かを取り出す。

 それは濁った泥色の液体が収められた小ビンだった。藍那は小ビンの封を切ると、ずいっと瞬の口にそれを近づけてくる。

「栄養剤です。さあ、ぐいっと飲んでください」
「藍那ちゃんが俺の立場だったら信じられる?」
「この栄養剤は魔法で出来ていて、ある言葉を言うと消える仕組みなんです。その言葉とは片乃瀬さんもよく知ってるはずです」
「俺が何をした…………」

 強引なところが恋に似てるな、と瞬は顔をしかめた。何が悲しくて学校に来てまで恋を思い出さなくてはならないのだ。

 瞬は口をしっかり閉じて黙秘権を行使する。もし口を開けるために左腕を離せば、同時に解放される右腕で抵抗すればいい。不意をつかれなければ、体格差でどうあがいても瞬の勝ちだ。

 瞬が口を動かす前に、事態は進展を見せた。もちろん、悪いほうへ。

 ジィィ……とファスナーの開く音。そこへ眼を向けると、瞬のカバンの中から何かが飛び 出し、瞬の顔にぶつかってきた。

 太陽の光を練りこんだ金色の髪に、琥珀色の双眸。滑らかな白磁の肌に包まれた肢体は柔らかさと女性らしい丸みを帯び尖った耳と背に生えた翼が現実では表せぬ幻想的な美しさをかもし出している。ご存知天然マイナスイオン発生器のレフィンである。

 瞬も藍那も、教室内にいる全員が息を呑んで絶句している。誰一人言葉を発さぬ状況の中、満面の笑みを浮かべるレフィンだけが浮いていた。

 静寂に包まれる中、瞬は周りに溜まっていく熱気のようなものを感じていた。静けさが続けば続くほど、それは大きさを伴って爆発する、時限爆弾のように感じられた。

 レフィンが現れたことで、導火線は着火していた。

 ジャスト一分。世界で、教室で、音が爆発した。

「うわああああああああああああ!」
「きゃああああああああああああ!」
「ぎゃああああああああああああ!」
「おわああああああああああああ!」

 弾けた音で鼓膜が破れそうになる。咄嗟にレフィンの耳を塞ぐが自分の耳は守られず、ひとしきり音が通過した聴覚は、しばらく機能を停止していた。

 くわんくわんと頭を回し、耳鳴りがする世界の中で瞬は咄嗟にレフィンをポケットにしまい、出てくるなと言いながら騒いでいる隙に教室から脱出を試みる。しかしそれは、諸手狩りとも言わんばかりの藍那のタックルによって阻まれてしまう。

「どこへ行くつもりですか?」

 冷ややかな声が耳をつく。瞬は絶対零度の凍気を感じて教室に吹雪と白鳥の幻を見た。

「ここじゃないどこかへ」
「詩的な表現をするつもりなら違う場所と状況のほうが説得力ありますよ。ここじゃあまり感動できません」

 はぐらかしは不可能だった。元より逃げ出したところで目撃者が多すぎるのでどうにもならないのだろうが、今はこの場に居たくなかった。

「おまえ達! 一体何をしている!」

 天の助けか、名前は知らないが中年の教師が騒ぎを聞きつけてやってきていた。白衣を着ているところを見ると理科か何かの教諭であろう。ほっと息を漏らしたが、事態はさらなる悪化へ転がっていった。

 藍那は犬笛を取り出して口に添える。息を吹き込むと、人には聞こえない音波が周囲に響き、数秒後にはドドドドドドドと重量のある何かが教室へ走ってくる音が聞こえる。

 嫌な予感がひしひししていたが、それは外れることなく的中した。開いた窓から黒き従犬たるシシーが這い上がってきていたのだ。教室は別の意味で戦慄に包まれた。

「先生、ちょっと昼休みの時間を使って犬の生態について勉強中なんです」

 ぐわっ、とシシーが牙を向く。事態の仲裁のために赴いてきてくれた教師は、汗をたっぷり流し始めて恐慌している。無理もない。大の大人よりも大きな犬が口を開けて自分へ向いているのだ。噛まれないかと不安にならないほうがおかしい。

「そうか。なら昼休みが終わるまでに犬は元に戻しておきなさい」

 結果として教師はシシーに屈し、回れ右をして去っていく。当然かもしれないが、教職を名乗る以上身を投げて生徒を守って欲しかった。

 学校では抑止の代名詞である教師を退けた藍那は、恐怖政治よろしくシシーを背後に周りへ指示を出す。瞬はというと椅子に座らされ、ズボンのベルトを解かれ手を椅子に縛り付けられる。教室の出入り口全てを封鎖する念の入用だ。何の拷問?

「さて、弁明するのは構いませんが判決は覆らないのでそれでもいいなら口を開いてください」
「って待てよ! そもそも判決ってなんだ! 俺悪いことしてないよ!?」

 手が動かない状況なので喚くしかない。なのに喚いても意味がないなどと封殺されて瞬は半ば自棄になりながら叫ぶ。

「私に対しての虚言です。これは有罪ですよ」
「何様だよ! ゴーイング我が道貫くのはいいけど人を巻き込むな!」
「……得てして意志を貫くというのは大なり小なり犠牲がつくのです」
「俺以外にやれ! っつか、なんでみんな藍那ちゃんの言うこと聞いてんだよ!」

 囲むようにして一定の距離を保つクラスメイトに、瞬は普段学校では絶対見せないような叫び声を上げる。ざわざわ騒いでいるのはそのせいでもあるだろう。無論、一番の比率はレフィンのことだろうが。

「犬に襲われるのはちょっと」
「俺らもさっきの気になるし」
「他人の恋愛沙汰って話の種になるから」
「前二つはともかく、どこからどう見たら恋愛沙汰に見える! 俺らそんな関係じゃねえって!」
「普通ならたとえ部活の先輩後輩でも、よほど話が合わなきゃ上級生が下級生と縁を持つことなんてないんだよ! しかもわざわざ教室まで来るなんて、よっぽど親しくなきゃしないだろ!」

 それは単に消極的なだけだ、と言いたかったが自分の人付き合いを考えると唸るしかなかった。それに藍那なら自分でなくとも、興味のあるものを持っていれば誰であろうと教室どころか別の学校を繰り出すこともありえる。

「雪尋、なんとか言っ……ってなんだその目」

 妹からの暴力によって気絶から復活した雪尋はにやにやと微笑ましい笑顔でこちらを見据えている。一体なんだ?

「いや、おまえも俺と同じでロリコンだったんだなって」
「一緒にすんな! っつか俺に対しても藍那ちゃんに対しても失礼だろ!」
「俺はロリコンである前にシスコンだ。いや、沙紀がああだからロリコンになったとも言える。綺麗なお姉さんも大好きだけど」
「話聞け! っつか沙紀ちゃん背は低いけど藍那ちゃんと違って貧相ってわけじゃないんだろーが」
「おまえ俺の沙紀をそんな目で見てたのか!?」
「違う違う違う、全力で否定するぞそこは!」
「瞬は沙紀を見ても魅力を感じないのかよ!」
「言ってることが支離滅裂だ! つーか雪尋が前に散々語った内容じゃないか」
「ああ。あいつ小さい割にあるんだ。それでも小さいけど」 
「何満足そうな顔で語ってるんだよ。話それてたけど、助けてくれよ!」

 ひとしきり騒ぐ中、瞬は徐々に落ち着きを取り戻す。ようやく学校での自分を思い出していると、藍那が静粛な教室の波紋を崩す。

「さて、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
「黙秘」

 瞬はそうつぶやくと、目を閉ざし口にチャックをかける。このまま無言で昼休みが終わるのを待つ。それが瞬の出した結論だった。

 沈黙すること数十秒。藍那は何を思ったか突然指をぱちんと鳴らした。

「被告人の所持品を取り出してください」

 言下、何故か雪尋が瞬の足を踏みながら内ポケットに隠していたレフィンを摘み上げる。翼や手足をぶんぶん動かして反抗しているが、悲しいかな体積の違いで筋力の絶対値が違う人間を振りほどくことは出来なかった。手足を動かせない瞬もまた、阻止することが出来ない。

「何従ってんだよ」
「卯花からは沙紀の情報をもらって世話になってるんだ。悪いな」
「ストーカーかよ! 兄妹だろ? 家で聞けばいいじゃないか」 
「面と向かって聞いても話してくれない時があるからな」

 問答の合間に、レフィンの垂れた眼が少し細められる。まずい、あれは雷撃を使う兆候だ。

「レフィ――」

 瞬の懇願よりも早く、レフィンの雷撃が閃く。雷は服に着火し、雪尋は転げ回りながら火の勢いを消し、消火したころには屍と化していた。

 ともかく、光によって雪尋の手から逃れたレフィンは瞬の頭に乗り髪にその小さい体を埋める。頭が揺れていることから、どうやら震えているらしい。

「おい、怖がらせるな」
「……すみません、欲求が爆発するあまり性急な催促をしてしまいました」

 真摯な声で頭を下げる藍那。話している時の無感動さを知っている瞬から見れば、確かに本当に反省しているように見える。

「というわけで、この距離を保ちつ話を聞きたいと思います」
(その前に雪尋のやつを保健室に送ってやったほうがいいんじゃないか?)

 スタンガンに迫るレフィンの雷撃を受けたのだ。しかも不意打ち気味に。体に異常をきたしていない保証はどこにもない。哀れだと思うが、この結果は自業自得なので言葉には出さなかった。

 それに沙紀ちょっかいを出しては殴り倒されることもある雪尋のことだ。痛みには耐性があるだろう。ゆえに放置。

 というより、目の前で雷撃を出されたというのに動揺の一つも見せない藍那に、ほんの少しだけ尊敬の念を覚えた。

「つーか、すごく面倒なので嫌なんだけど。俺の性格少しは知ってるだろ?」
「ええ。でもそうやってぞんざいなこと言いつつ意外と面倒見が良いことも知ってます。今はこの教室だけにとどまってますが、ドアを開けた瞬間野次馬が飛び出すのは明白かと思いますけど」
「脅迫かよ! 不当な扱いを受けたことで裁判起こすぞ。弁護士だ、弁護士を出せ」
「そうすると不利になるのはどちらでしょうか」
(このガキ!)

 恋が非常識で相手を追い詰めるなら、藍那は理詰めの常識で相手を追い詰める。どちらにしろ二人が厄介極まりない相手というのは明白である。というか、何故先日からこんな扱いばかりなのだろう。品行方正に生きてましたぞ?

 苛立ちに拍車をかけるように、脅えるレフィンを一目触ろうと、クラスメイトが次々に手を伸ばす。流石に藍那も控えるよう意見するが、そんなものでは止まらない。

 雪尋の二の舞を恐れず、我も我もと次々に近寄ってくるクラスメイトに歯を出して怒りを示すが、拘束されたこの状況では強がりにしか見えないのだろう。一瞬だけ怯むが、それだけだ。

 まずい、と思う間もなく一人の手がレフィンに伸びる。その手は藍那によって阻まれたが、二人目、三人目の手はシシーが防ぐ。けれど、一度に数十人の手は防げない。ダメか、と思った瞬間、教室の中の空気が一変していくのを感じた。

 皆が次々に、驚くことに藍那までも動きを止め、穏やかな表情を見せていく。先ほどまでの好奇心全開の瞳はそこになく、爽やかささえにじませる笑顔がちらほら見られる。

 レフィンから仄かな燐光が灯っている。傷を治したものとはまた違ったものだった。
瞬は好機とばかりにレフィンに指示してベルトを焼き切らせる。少し皮膚がかぶれたような気もするが、そこはレフィンのフォロー、傷を治してくれる光のおかげで痛みはない。

 拘束から抜け出した瞬はレフィンを内ポケットに隠すと、何事もなかったかのように教室のドアを開ける。数人のグループが目を丸くしていたが、適当に言葉をにごして人気のない運動場の隅へ向かう。

 グラウンドにたどり着くと、ボール遊びをしている生徒の人波を掻き分けて誰の目にも留まらない死角へ移動する。そこでようやく瞬は一息ついた。

「今回ばかりは、その、おかげで助かったよ」

 気分を落ち着かせるというより、感情の操作と言っていた恋の推測は正しかった。殺気とまではいかないが、少しくらい荒事に発展しそうな雰囲気だったのだが、なぜか爽快感漂う空気に変換されてしまった。あそこまで反転すると、操作、もしくは支配の範疇に入る気がする。

「でも、それとこれとは話が別だ。なんで学校に来た?」

 ここは一時の保護者としても叱りを入れなければならない。レフィンは地球では異端の存在だ。現に、好奇心だったとはいえ藍那を暴走させ、それはクラスメイトにも感染した。これがもっと大物、たとえば生物学者か何かの目に留まったと思うとぞっとする。

 レフィンには、もっと自分がどんな風に見られているかを分からせなくてはならないのだ。ここはあえてきつめの言葉を選択する。

「レフィンが学校に来なければこんな騒ぎにならなかったし、あんな怖い思いすることもなかったんだ。退屈だったのかもしれないけど、ここはレフィンの故郷じゃない、別の場所だ。気軽にうろつける環境じゃないんだよ、わかるか?」

 レフィンは俯くだけで何も言わない。言われたところで言葉を理解することはないが、少なくとも喜怒哀楽のいずれかは読み取れる。それすらもない以上、何を言えばいいのか本人もわからないのだろう。まあ説教中なんて不満か泣くかの二択でしかなかろうが。

「いいか? レフィンが勝手に動くことで俺にも迷惑がかかる。俺の性格を完全に把握してはないと思うけど、俺は面倒事が嫌いだ。だから今の事態にも結構怒ってる。声を荒げないのは一応周りに人がいるからだ。家なら多分怒鳴りつけてる。自分がどれだけ迷惑なことをしてるか身を持って知ったろ? レフィンにとっても俺にとっても、勝手な行動ってのは碌なことにならない。だから、こっちにいる間は俺の言うこと聞け」 

 そこまで言い切ったところで、レフィンの大きな瞳から大粒の涙がぼろぼろ零れ出す。その姿にぎょっとして思わず言葉を失う。何を言うか考えあぐねていると、レフィンは後ろを向いて空の彼方へ飛んでいってしまう。

 追いかけようにも、人は空を飛べないのだから無理がある。しかし放っておくわけにもいかない。恋や藍那とは違った意味で厄介極まりない。これだから子供は!

 すぐさま携帯電話を取り出し、恋に連絡を試みる。数秒のコールの後、聞こえてきたのは留守番電話サービスのアナウンス。舌打ちしながらレフィンのことを伝え、瞬は自分も追いかけるべく階段を駆け下りていく。

 一旦見失ったものの、幸運にもレフィンの後ろ姿を見つけることが出来た。後を追おうとしたが、それは予想外の相手に阻まれる。

 シシーだ。黒く巨大な体躯をしなやかに走らせ、かの犬は人はもちろん犬でも絶対にありえない跳躍力を見せてレフィンを捕まえていた。

 意外な状況に戸惑うこと数秒、事の大きさに気づいた瞬はすぐさまシシーを追いかける。まさか、藍那に命じられてレフィンを?

「片乃瀬さん」

 振り向けば自転車に乗った藍那がいた。忌々しげに睨む瞬に少し怯みながらも、藍那は自転車から降りながら何か言ってくる。瞬はそれを無視して彼女を問い詰める。

「おい、あれはどういうことだ? 洒落じゃすまないってのはわかってるよな?」

 普段と違い、口調が乱雑になったが気にしていられない。藍那は少しだけ怯んだものの、すぐに普段の落ち着きを取り戻して素っ気無い言葉を連ねる。

「あれは私も予想外のことです。あれはいくらなんでも乱暴過ぎますし、そもそも今のシシーは私の言うことを聞いてくれないんです」

 藍那が原因でないのなら彼女に構っている必要はない。瞬は走りだそうとしたが、足に飛びつかれて転んでしまった。

「待ってください。私はあの子を探すのを手伝おうと思ってるだけです」

 そう言うと、懐から携帯電話を取り出した。いや、携帯電話のような形をした何かだった。

「シシーには迷子用に発信機つけてるので、これで追いかることができれます」
「先に言ってくれ」
「言おうとしたら無視したじゃないですか」
「人間不信になりそうな行動ばっか取られてるんだから許せ。……なんでこないだから俺の周りはこんなんばっかなんだ」

 最後のつぶやきは聞き取れなかったようで、藍那は首を傾げた。気にするな、本当に、と返す。何にせよ、これで動ける。

 手元の端末を動かすこと数秒、藍那は瞬に追うべき相手の座標を示す。

「……見つけました。シシーは街に向かってるみたいです」

 よし、と瞬は自転車に跨り、藍那を後ろに乗せて走り出した。

「藍那ちゃん、もうここまで来た以上隠さないけど、これだけは答えて欲しい。シシーからレフィンを取り返して……それから、君はレフィンをどうするつもりだ?」
「どうするつもり、とは?」
「珍しい見世物としてテレビにでもタレコミするのか、実験動物みたいに彼女を調べたいのか、それともただ会ってみたいのか。……君はどれだ?」
「……わかりませんね。ただ、衝動的に体が動いている状態です。会ってから決めますよ」

 思わず自転車を止めようとしたが、続く藍那の言葉がそれを許さなかった。

「自転車止めたら、見失っちゃいますよ? 片乃瀬さん以外の人が見つけたら、どうなるんでしょうか、彼女」
「藍那ちゃん嫌な子だなちくしょー!」 

 わかりやすい脅迫に泣きたくなった。家族を除けば自分が一番仲が良いと思っていたが、どうやらそれは自惚れだったようだ。自分の興味のためなら少しばかりの道徳心は放棄できるらしい。

 相手が誰であれ構わずプロレス技をかましていたのは、自衛であり感情を表に出さない彼女の心の一部を体現していたのだろう。すなわち、容赦のなさに。ひょっとすると藍那はサディストなのかもしれない。

「そこの交差点右。黄色だから突っ込んでください。法律上、赤を無視して跳ね飛ばされても悪いのは自動車になりますから傷害罪とかそこらはこっちに罪はありません」

「いや、物騒すぎるし論点ズレてるし! それにレフィン追えなくなるし!」
「事故ってもそのへんは軽業で避けてみせます」
「いや、俺が! 俺が! 俺が死ぬ!」
「葬式には綺麗な花束を用意しますよ」
「死亡確定かよ! 嫌だって!」

 そんなやりとりをしていれば自然と交差点を意識してしまう。ひょっとして曲がった瞬間に車が突撃してくるのではないか――漠然とした不安が瞬の胸を占める。

「ええい、ままよ!」

 不安を振り払うように瞬はカーブを曲がり――高速で突っ込んでくる何かによって吹っ飛ばされた。

 超高速のジェットコースターのループ回転のように、世界が急速に回る。痛みは全くなく、今起きている事を認識できる余裕すらあった。だから、これは自動車によって跳ね飛ばされたのではいと気づいた。

 さらに言うなら、吹っ飛ばされたのではなく突き倒されたのだ。数十を超える爬虫類によって。

 それを認識して言葉が出せるようになると、瞬は開口一番に叫んだ。

「蛇神さんか!?」
「むぐが、もが」

 返事を待つ前に、くぐもった声が瞬の耳に届く。声に振り向いてみれば、藍那の全身に蛇が群がっており、口にはロープのように一匹が巻きついている。

 瞬は強引に口から蛇を引きはがす。かはっ、と咳き込んだ藍那の背中をさすると、今度は瞬の首に蛇が回ってくる。

 しかし、蛇が瞬の首を絞めることはなかった。蛇は一種のアクセサリーのように適度な締め付けで首に巻かれており、二又に裂けた舌でちろちろと頬を舐めてくる。犬や猫に舐められたことはあったが、蛇に舐められたのは初めてだ。

「おお、どうやらせっちょんのメシが気に入られてたみたいだな」

 ざし……とアスファルトの砂を鳴らしながら現れたのは、予想通り蛇神だった。顔は蛇でなく普通の人間のほうだ。それでも凶悪すぎる目つきで一見すれば犯罪者と言われても納得してしまいそうな風貌だ。せっちょんという呼び方に関して突っ込もうと思ったが、やめた。嫌と言っても聞きそうにないと判断したのだ。

「メシって、単に蛇神さんが用意した生肉に手を加えただけでしょうに」
「あれ、ねずみの肉だぜ。一般的に蛇を飼う場合冷凍した鼠をチンして食わすらしいけど、生憎冷凍鼠なんてせっちょん餌すら渡してくれそうにねーからな。肉だけ用意して渡したってわけだ」
「…………マジですか」

 本気で驚いた。鳥・牛・豚など基本的に市場に出回っている肉なら幾度となく捌いたことがあるが、まさか知らぬうちに鼠の肉を調理していたは……

「片乃瀬さん、その人――」

 藍那が全てを言い切る前に、蛇集団が彼女の足下に潜り込むと、即席の足場となってそのまま移動を始めた。段々瞬達から遠ざかっていく。

「あの子のことは任せ――」

 藍那同様、蛇神も全てを言い切ることができなかった。蛇神の首の横にしなやかに伸びる両足がはさまれたのだ。

「うお、おおおあああああえええええええええええ!」

 足は首を基点に蛇神を抱えたまま天に上がり最頂点まで到達すると、そこから蛇神の体は後ろに飛び上がった。否、回転した。

 入れ替わるように藍那が瞬の目に飛び込んでくる。蛇車をいち早く抜け出し、蛇神に技を仕掛けたようだ。

「シュ、シュトライナー……!」

 有名なプロレス選手の代表技とも言える攻撃によって、アスファルトの地面に思い切り頭を叩きつけられた蛇神はひくひく体を痙攣させている。今の一撃で朦朧してしまったようだ。

(アンタ離界人だろ! 走ってる自転車止めたりしたろ! っつーか藍那ちゃんが異常なのか!?)

 蛇神が情けないのか藍那がおかしいのか、多分どっちもだろう。

「無駄な時間を使ってしまいました。さあ、早く行きましょう」

 自転車を起こして瞬を促す藍那。

「はい…………」

 もうこの子に逆らうのやめよう。そう悟った瞬だった。








コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
noblenova☆gmail.com←☆を@に変えて送信お願いします。
バナーは目次の中にあります。

web拍手

      ↑
  お礼画像はこちらです。
  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。