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巫女ハー 16-3

 博麗神社に深々と降り積もる厚い積雪に足跡を残し、岡崎夢美は一人誰もいない敷地を歩いていた。周囲一面が白雪の中、赤い髪と普段より厚みのある紅の衣は鮮明に映え彼女の姿を必要以上に目立たせている。
 散歩と称した見回りはしかし、言葉通りのものではない。夢美の表情はどこか険しく、まるで見知らぬ襲撃者に対して警戒を取っているようにも見て取れた。
しばらく止まらなかった歩みは、神社の裏庭で止まる。境内からは無論見えず、大声を上げたとしても中にいるちゆりに届くことはない、離れの地。
 そこで夢美はつぶやくように声を漏らした。

「そろそろ出てきても良いんじゃない?」
 呼びかけに答える声はない。それでも、夢美はまるで相手がそこに居ると確信しているように言葉を続けた。

「貴方でしょう? 私達が神社に――ううん、幻想郷に来てからずうっと観察していたのは。最初こそ気づかなかったけど、妖怪の山に居た頃からあった違和感が神社に来てから顕著だった。妖怪の山じゃ出来なかった話、したいんでしょう? 要望に答えてあげたんだから、顔を見せるくらいしてもいいのでなくて?」

 言葉と共に吐き出される白い息が尾を引いて大気に霧散する。それが完全に空気に溶け込み視認することが不可能になるかならないかの瞬間。それは消えゆく吐息と入れ替わるように現れた。
 空間に亀裂が生じる。裂かれるように割られた虚空から現れたのは、無数の目玉だった。百眼という妖怪を知識として知っていた夢美は最初にそれを想起したものの、すぐに違うと判断する。
 それを証拠付けるように、中空に生じた無数の目が浮かぶ空間の裂け目から何かがゆっくりと浮かび上がってくる。
 目に入り込んだのは、金糸を束ねて編まれた織物のように美彩な髪に蝶の羽を連想させる装飾を施された帽子を乗せた、夢美よりも年若い傘を携えた少女だった。
 夢美はすぐに少女の姿をした妖怪なのだと直感で判断を下す。彼女の持つ瞳が、妖怪特有の怪しい色を秘めていたからだ。
 大陸風の服にフリルをあしらえさらに独特に改良したような、和洋曖昧の見られぬ混沌然とした装束に身を包む彼女の姿があらわになる。
 幻想郷の妖怪は人の形を模した者が多いように、彼女もまた例外ではないようだ。しかしそれが単純に擬態として普通に人間としての形を取っているのか、そういう形の妖怪なのか夢美には一見して判断がつかなかった。

「こんにちは、妖怪です」

 耳に届くその声に、夢美はわずかに眉をひそめながら答えた。

「一方的だけどそっちが知ってるようだけど、初めまして。気づいてくださいと言わんばかりに向けていたあの怪しい気配、気づかないほうがどうかしてるわ」
「貴方の助手は気づかなかったようですけど?」
「よく言うわ。私だけピンポイントに狙っていた癖に」
「それが理解出来ているなら嬉しい限りですわね」

 右手に握った扇子を口に当て、優雅な笑みを浮かべる少女。外見だけ見れば育ちの良い淑女のような上品さが窺える。反面、その表情を見る夢美は内から湧き上がる二つの衝動を抑えるのに必死だった。
 目の前の少女の形をした妖怪を調べたいという欲求と、その欲求すら即座に捨てて逃げろという相反する感情が、夢美の中でひしめき合っている。常に探究心が上回っていた夢美が慎重になるのは、天狗の棟梁との対話以来だった。
 すう、と息を整える。感情のままに湧き上がる欲求を原動力に、冷静に頭の中を整理していく。そうして、夢美は少女との対話に望んだ。

「知っているだろうけど、改めて自己紹介するわね。私は岡崎夢美。貴方は?」

 自分の口から漏れているとは思えない、慎重な判断ねと思いつつ夢美は会話を要求する。応えてくれるかは不明だが、何よりも相手の意図を知るのが先決と考えた。

「ご丁寧に。私は八雲紫と申します」
「それで、用件は何?」
「あら、私とのおしゃべりを希望されているのではなくて? 雑談を交えてから質問攻めにされる覚悟をしていたのですけど」
「観察だけじゃ私の全ては理解出来ないってことよ。貴方は格別に素敵と思う反面、あっという間に喰われてしまいそうな怖さがある。でも、それってとても素敵なことだと思うわ」
「お褒めにお預かり光栄ですわ。不安を募らせているのが、なおいい」

 照れるように目を細める紫。実際に賞賛に気分を良くしているのかもしれないが、そう見えない胡散臭さが見て取れた。つまり演技だと判断した夢美は、紫のそれを流すことにする。

「あまり時間が経つと、巫女かちゆり、それに唐突な来訪者が来るかもしれないわよ。ハーフなんて、すぐ気づいて来るかもね」
「ああ、それはないのでご安心を。彼女はお供を連れて異変とも言えない小さな事象を調査していますし、貴方の助手がここに気づくこともない。それに、彼が今日に神社の鳥居をくぐることはありません」
「どういうこと?」
「さあ、どういうことでしょう」

 夢美の意識が手持ちの武器の確認と懐の銃に向く。神社での武装は禁止されているものの、非常用に作った武器の隠し場所まで知られたわけではない。そこから持てる限りの武装を仕込んで来たが、目の前の存在とやりあうには圧倒的に不足している。
 体に積もった雪を払う仕草を擬態に、服の下に着込んだ軽量パワードスーツのレベルを最大限まで上げる。それでも不安は拭えない。

「ですが、時間に余裕があっても早めに会話を終わらせたいのはお互い様。私も色々と歩き回らなくてはならなくなったので、手早く用事を済ませることと致しましょう」
「それは何よりね。さて、聞きましょうか」
「はい、聞かせましょう。私は、あなた達が速やかに幻想郷から出ていって欲しいと望んでいます」

 何を気負うことなく、世間話のような気軽さで紫はそう言った。その変哲のなさが、夢美の紫に対する警戒をさらに高める。
 慎重に言葉を選びながら夢美は言った。

「妖怪らしくて素敵な物言いね。でも、私達がここに来たのに使った可能性空間移動船、壊れちゃってるの」
「存じております。天狗にも困ったものね。私としては廃棄して欲しい、統一原理なる新たな技術に目を奪われている。好奇心と言ってしまえばそれまでですが、それが自分達を殺す科学であると知りながら手を出すのだから性質が悪い」
「好奇心は何者にも勝る素敵な感情じゃない。でも廃棄されるのは困るわ。妖怪を、魔力を調べることも出来ないし元いた世界に帰ることも出来なくなる」
「妖怪の資料は幻想郷縁起で間に合っております。あと、元の世界に帰れないなんてホラを吹く必要はありません。可能性空間を検出するコア自体がまだ残っていることは存じておりますので。本当、彼女には困ったものです。もう少し幻想郷のパワーバランスの一角を担っている意識を持って欲しいわ」

 その発言が、いや紫が夢美を見やる瞳が僅かに伏せられる。それが、空気を変えた。
 夢美は即座に銃を抜き放つ。探るような気配は一瞬にして消えさり、紫の挙動を伺う完全な戦闘態勢へ移行する。
 超人間原理を切るか否か。秒よりも短い単位の時間の中、目まぐるしく動く夢美の思考はいかに目の前の相手から振り切ることにのみ費やされていた。

「そんなに急く必要はないわ」

 夢美がそう逡巡する中でも、紫に動く様子はない。ただ、悠然と携えていた扇子で神社の一角を指した。パワードスーツが持つ知覚能力から送られた情報では、そこには一匹の鴉が木の枝に止まっているらしい。その意図を探る前に、紫がその疑念に答える。

「あれは天狗の目。それも、その棟梁たる天魔特製のもの。貴方との取引通り、きちんと護衛を果たしているようね。まったく、その律儀さを他のところに回して欲しいのに」
「…………」

 どこか拗ねるようにも見える言葉はしかし、夢美の警戒を解く理由にはならない。むしろ、秘密裏に結ばれた道具提供を対価にした護衛の契約を知り得る八雲紫への認識をより危険なものへ高めるものでしかない。
 だがその内面をおくびにも出さず、夢美は問いかける。

「それを承知で、どうして私達を排除するなんて宣言を?」
「貴方がどれくらい天魔に頼っているかわからないですが、その『軽さ』を知っておいて欲しいと思いまして」

 そう言って、紫は背後から夢美の肩を軽く扇子で叩いた。
 刹那、パワードスーツが最速を伴って駆動する。いつの間に、なんて言葉はない。ただ背後に回られたという結果だけが夢美を振り返らせる。
 最大威力のビームガンが紫の脳天へ撃ち込まれる。エネルギー残量への配慮すら忘れ、一撃の元に消し飛ばす気迫を乗せて放たれたビームガンは、避ける間もなく命中した。
 紫は直撃の勢いのままに地面へ倒れ――

「そう、『軽い』。妖怪への認識が軽いのよ。彼女も、貴方も」

 なかった。
 その声の主は紛れも無い、八雲紫のもの。先程夢美が頭へビームガンを撃ち込んだはずの妖怪は、夢美から顔が見えない程度に仰け反った姿勢のまま言葉を重ねる。

「名の通り、貴方は夢を美しく語る心の持ち主なのでしょう。それは幻想を幻想たらしめる人の想像力。素晴らしいものですわ。けれど、貴方達の夢は妖怪の本質を見抜けない。上書きでしか中身を見ることが叶わない」

 ゆっくりと体を起こしていく紫。ビームガンの威力を考えれば、首から上がなくなっているはずの熱量のはずだった。
だが、現実は違う。
 再び夢美の瞳に八雲紫の姿が映る。そして、彼女は息を呑んだ。
 紫の顔に傷はない。熱量による火傷の後すら見当たらない。けれど、今までと決定的な違いがあった。
 紫が現れた時にも見た空間の裂け目、スキマとも言うべき亀裂が彼女の右目に重なって生じていた。位置と相まって、まぶたや目元の皮膚が剥がされて眼球が浮き出ているような奇怪さがにじみ出るスキマの中の右目と、正常な左目。異なっているはずなのに同一にも見える双眸が夢美をねめつける。ビームガンの銃撃は、あのスキマの中に消えたのだと夢美は漠然とそう思った。

「想像で押し潰せるほど、目の前の幻想は儚くない」

 その光景に目を奪われたいたせいか、夢美はようやく自身に傘の穂先が添えられていることに気づく。
 球状の光が傘の穂先に集う。避けなければ、先の紫にそうしたように今度は自分がそれを直撃する。それがわかっているはずなのに、夢美は紫から視線を外すことが出来なかった。

「人生の大病はただこれ一の傲の字なり。培った歴史が幻想を追い立てても、その萃夢なる泡が現実を包めないことはない。統一原理の恩恵を受け未来の知識を培った身なら、幻想を理解できるとでも思った?」

 内包する感情が見えない紫の台詞に、夢美は――

「素敵ね」

 そう、返した。
 傘の穂先に集まる妖力に対し夢美はビームガンを懐に収め、代わりに掌から浮かび上がる光子が形成する十字架――ストロベリークロスを取り出す。手の中にあるそれを一振りすると、十字光は彼女の身長ほどの巨大さへと増大した。夢美はそれを携え紫に応える。

「私がここに来たのは、可能性を求めてのこと」

 統一原理が、夢美の持つ力が実体を持たぬ十字架に収束していく。束ねられる熱量は、紫が放出せんとする妖力に劣らぬエネルギーを秘めていた。

「貴方達が統一原理の範疇外であるなら、喜びこそすれ落胆なんてもったいない。上書きなんてナンセンス、しっかり別々に保存して研究した後に一つに組み込んであげる。素敵でしょ!」

 宣言と共に、十字光の中に集められた光子が解放される。
 科学と幻想、対立する二つの異なる力がぶつかり合い周囲が光に包まれる中、夢美は続けざまにパワードスーツの動きに導かれるままにストロベリークロスを紫へ放った。が、それは傘の一振りによってかき消される。
 ようやく紫の位置を視認した夢美は、彼女が目の前から消えていることに気づく。すぐに知覚情報を頼りに周囲に首を巡らせると、紫は天魔の目と称した鴉の傍に佇んでいた。

「全く、貴女が気に入りそうな人間ね。破滅的というか刹那的というか、見事に突き抜けた欲(ゆめ)を持っている。案外、貴女が取り込まれてしまうかも。それはそれとして、例の件はお願いしますわ」

 夢美には紫が語る内容を理解することが出来なかったが、代わりに初見から感じていた不気味さが少し弱まっているように思えた。

「さて。私は他に行くところがあるのでここで失礼させていただきますわ」
「煽るだけ煽って帰る気? 素敵な性格してるのね」

 押しこむなら今か、と思案する夢美をよそに紫が扇子を振るうと、そこにスキマが現れる。夢美は迎撃に意識を切り替え、来るべき攻撃に備えた。

「これは返しておきますわね」

 そう言って、紫は左目を閉じて目配せした。つまり、ウインクである。その行動に意表をつかれる形となった夢美は、ほんの少しだけ注意が紫の左目に傾けられた。
その空白を埋めるように、ウインクした目と対となるスキマの右目より光線が――夢美が紫に撃ち込んだはずのビームガンが放たれる。それに対し、夢美は後手をとらざるを得なくなった。
 反射的にストロベリークロスで相殺を図ったものの、完全に光線を消し切ることが出来なかった。夢美は即座に後方へ転がり、回避を試みた。
 パワードスーツのレベルを最大値にしていたおかげか、光線を受けることなく避けきったのだが……代わりに、紫はもうこの場から消えていた。パワードスーツに搭載されたレーダーでも知覚できぬ範囲に居ないことを確認し、夢美は受け続けていたプレッシャーを吐息に変えて長く長く溜め込んでいた空気を吐いた。

「流石幻想郷、私にもわからない未知がうようよして何よりね。でも……はあ、なんとか生き延びたー。こりゃバージョンアップ早めに済ませないと」

 改めて先程紫が居た空間を見やるが、そこには何もない。天魔の目も同様である。近々天魔の所にも顔を出さないと行けないかな、とスケジュールを組み立てていく夢美。だが今は無事なことに安堵するのが最善であると判断し、夢美は疲れを預けるように盛大に体を地面へ投げ出していた。






「うーん、随分と中身が薄いわね。残滓が散っては集まってを繰り返している。どんなに破壊してもこの風景が崩れることはない。ううん、この空間内に限定して、再現し直して固定しているといったもの……かしら?」

 可愛らしく首傾げられてもそれ以上にこっちはまるで意味がわかりません。
 引き連れた助っ人と共に私は再びレティが居た洞窟へ戻っていた。助っ人は件の事象を確認するなり思案に暮れてしまい、私の声が聞こえないほど没頭してしまっている。
 そんな少女の背に私は応援の念を飛ばす。両手から何かを飛ばすように念じたそれを一心に込め続けるくらいしか、自分に出来ることがないとも言える。
 生地の厚いブラウスにストールを巻きつけ、普段青いリボンをつけている頭部には代わりにファーの帽子が載せられた冬仕様の防寒具だ。腰にはしっかりと紐で閉じられたグリモワールが大事そうに留められている。私も厚着に加えてマフラーもしているけれど、なんだか彼女のほうが暖かく見えた。
 私が洞窟攻略のために呼んだ応援は、小さな魔法使いの少女アリスだ。以前のごたごた以降、たまに遊びに(とある誰かさんに連れだされているらしい)来ることもあり、邪見にされず対応してくれたのは感謝である。
 それでもアリス自身はこの現象に魔法使いとしての好奇心が刺激されたようで、先程から熱心にグリモワールと見えない壁に向けて視線を彷徨わせている。
 物理的に破壊出来ないものならばお手上げな私としては、彼女が何らかの解決策を見出すまで言ってはなんだがとても暇だった。だから、応援の念をさっきから送り続けているのだけど……

「あの、ちょっと」

 振り返り、言いにくそうに口を濁すアリス。どうかした?

「すごく、気が散る」
「そーよねー。かと言って何もしないのはね」
「むしろ大人しくしていて欲しいのだけど」
「いや、手持ち無沙汰なのよ。かといって後よろしくとか言って帰るのは無責任でしょ? 私にやれることもなさそうだし、どうしたらいいやら」

 はあ、とため息をつくアリス。小さな子供にその所作はどうかと思うが存外似合っていると思った私は感性がずれているのかもしれない。

「変に生真面目ね。まあ整理って意味で、この現象について説明するわ」
「わかったの?」
「ある程度は」
「流石魔法使い! 頼りになるわ」
「こういう術は巫女さんのほうが専門じゃない?」
「私はそういうのまるで使えないから。私から霊力を感じたと思うなら、それは全部ハーフ君の道具から漏れてるのよ、きっと」
「言い切るにもどうかと思うけど」
「事実だしね。割り切るのは難しいけど、理解するしかないわ」

 そう、とアリスは小さくこぼす。術に関してはもうどうしようもないので仕方ない。
 かといって話してて良い気分でもないので、私は先を促した。

「それで、現象がわかったんだっけ?」
「ええ。簡単に言ってしまえば、これは夢のようなものね」
「夢?」

 思わぬ言葉に首をかしげる。
 夢と言えば、あれだ。寝る時に見る、あれのこと?

「他にも目標を夢に例えることもあるけど、概ね巫女さんの言い分で合っているわ。ただ、私が夢と称したのは、そういう儚さを内包した世界だからなの」
「世界?」
「そう。結界と言っても良いかもしれないわね。すでにこの洞窟だけが完成された造形物でもある。ううん、元は夢ですらなかったものが件の雪女に触れて形を得た、ってところかしら」
「先生、さっぱり意味がわかりません」
「先生なんて言われるほど知識を蓄えているわけじゃないのだけど……詳細な説明は省くから簡単に言うと、この現象は雪女が見ている夢が現実に起きている、って覚えていればいいと思う」
「夢の世界が現実に現れる、か」

 そうは言われてもねえ、と私は口に出さずに腕を組む。
 レティが見ている夢とかどういうことなのか。言葉通りに受け取るならば、それはレティがこの現象を望んでいるとも取れる。
 でも彼女はこの再現を止めて欲しいと私に頼んだ。レティが見ている夢、つまり望んでいることならば私の協力を当てにする理由はない。

「雪女が見ている夢なら、そいつを倒せばいいと思うけど」
「うーん、それはそれで違う気がするのよね。その前に、この壁を突破しないといけないし」

 言いながら、アリスに見せるように氷の壁を軽く叩く。洞窟の侵入を妨げる門番にして、この現象の原因の一旦とレティが称した謎の氷壁。
 アリスの推測で進めるなら、いわゆるレティの夢の一部らしい。しかし当の本人がこれを壊して欲しいのだと望んでいる。以上のことから考えるに、これは彼女の手によるものではないと私は思う。

「巫女さんがいくら壊しても先に入れず、元に戻るなら正しい手順で侵入する方法があるんじゃないかって私は思う」
「やっぱり? となると、何者かがレティに干渉してこれを作り出したってことになるわね。レティはやっぱ、それを私に倒してくれって依頼したってことかな」
「改めて、妖怪を退治するべき側の人間が請け負う仕事じゃないと思う」
「そう言わないの。ほら、人間も妖怪も幻想鏡の住人に変わりないんだし」
「はあ、貴女にそう言っても今更か。……ちょっと強引な手段になるけど、壁を突破する方法がないわけじゃないわ」
「ほんと!」
「うん、正規ルートじゃないからスマートじゃないんだけいたぁ!」

 私にとっての希望の声をつぶやくアリスに向き直り、その小さな肩をぐっと掴む。やや力が入りすぎていたのか、アリスは苦悶の声を上げた。

「もう、手加減してよね。ハーフさんは精神的に面倒だけど、貴女は肉体的に面倒だわ」
「ごめんごめん。それで、手段っていうのは?」

 私よりも一回りは年下の少女に情けなく謝りつつ私は意見を促す。アリスは痛みを紛らわすように両肩を回し、ひとしきり痛みが引いたのか体を動かすのを止める。そうしてゆっくりと紐を解いてグリモワールを取り出しながら、その手段を語りだす。

「グリモワールの魔法の一つに、空間の矯正みたいなのがあってね。本来は幻とか視界の効かない場所を正しく正常な空間に戻すものだけど……この夢空間は幻想郷全域に広がってるわけじゃなく、一部にしか適応されてない。だから、この魔法で強引に元に戻すってことよ」

 なるほど、確かに正規ルートではない。原因を解析するのでなく、無理やり元に戻すという手法も確かにスマートとは言わない。でも私からすれば元通りになるなら過程は別に気にしないでいいんじゃ? とは思う。

「解決する側としてはそう思うのも無理はないわね。でも私達魔法使い……見習いだけど、魔導に携わる者からすれば過程は非常に重要よ。何がどうして、どうなって結果を作り上げるのか。それは研究に置いてとても大切なことなの」
「科学者みたいな言い分ね。ハーフ君や夢美もそうだけど、学術に没頭する人ってみんなそうなの?」
「没頭するほど熱中出来るから、その職業に就くと言ったほうがいいかも。とにかく、その魔法を試してみようと思う」
「うん、私に止める理由はないわ。アリス、お願い」
「あっさり言うのね……まあ、それが巫女さんよね。わかった、やってみるから少し離れてて」

 軽く返事をしながら、私はアリスの邪魔にならぬよう後ろへ下がる。
 十分に位置が離れたことを見図らい、アリスが詠唱を始める。私にはまるでわからない呪文の羅列が並ぶにつれて、グリモワールに記された文字が光を帯びていく。
 以前ハーフ君が所有していたなぞるだけで魔法が使える本があったけど、あれがあくまで異端でありアリスのやり方こそが正当な魔法の使い方なのだろう。これからどんな幻想が起こるのか、そう考えるだけで期待に胸が高鳴っていく。
 それを助長するように、アリスの足元に白色で作られた六芒星の魔法陣が展開していく。小さな彼女の全身を包み込む円形の中に浮かんだ六芒星は螺旋を描くように回転を続けて二重三重に交わり、十分に練られた魔力がグリモワールを起動させる。
 グリモワールはアリスの手から離れ、ひとりでに浮かび上がるように中空にあった。呪文が紡がれるたびに魔力の紫電をほとばしらせるそれは、今か今かと主の声を待ち続ける従者のようにも見えた。
 綺麗、と漏れた台詞がきっかけだったのか。はたまたタイミングが良かっただけなのか、ともかく私のつぶやきを合図にするように、魔法が起動する。

「リフォーム」

 それが発動の合図なのだと認識したのは、グリモワールから空間全域に広がっていく光が発生してからだった。
 光は魔法陣の領域を増やすように洞窟全体へ広がり、入口は勿論あの見えない壁を覆うように伝っていく。
 魔法陣が一回りするたびに伝う光の数が増えていく。一条が二条に、二条が四条に、四条が八条へ倍々ゲームのように増えては覆いを繰り返していく。
 やがて光は集束していくように壁を密接し、一つの幾何学模様を描く。六芒星でもない、どういった意味を示しているのかは把握出来ないものの、あれがこの魔法の本領なのだと漠然と思った。
 疑問に応えるように、幾何学模様が形を変える。意図の読めぬ記号と文字の羅列から意味のある単語、門へと成り代わった。
 アリスの足元から、水中から水面へ跳ねる魚のように何かが飛び出してきた。魔力の塊にも見えたそれは、やがて鍵のようなものへと変化する。

「巫女さん」
「あ、はい」

 ハーフ君のものと違い、魔法らしい魔法が見れたことに感動して思わず敬語で返してしまう。アリスがその様子に呆れながら右手を振るうと、鍵が私の手元へと落ちてくる。これは? と視線で問う私に、アリスはこう言った。

「頼まれたのは貴女でしょう。なら、最後はよろしく頼むわ」

 やだ、この子律儀可愛い。
 私は喜色の笑みを浮かべながら礼を言い、頼もしき魔女見習いから受け取った鍵を門の中へと押し入れる。
 その時、私は一つの館を幻視する。日本にある幻想郷に文化である和風住宅でなく、西洋建築における貴族が住まう、チェック柄が印象的な大きな館だった。
 はっとして、意識を取り戻す。
 ほんの一瞬だけ意識が途切れていたらしい。途切れた合間に見た見たあれは一体……?
ぶんぶん首を振ってあの脳裏の景色を散らす。今するべきことは違うでしょ、私。と気合を入れ直す。
 そして差し込まれた鍵に呼応するように門が開かれる。途端、洞窟全体を覆っていた光が鍵の中に殺到していき、その鍵も私の手を離れ中空のグリモワールの中へと吸い込まれていった。
 光が消えたことを確認したアリスは改めてグリモワールを手に取り、ページに目を落とす。すると、彼女は怪訝な顔を浮かべて私のほうに振り向いた。

「ねえ巫女さん、改めて聞くけど貴女は結界術……境界操作って出来ないのよね?」
「いやいやいや、事前に言ったでしょ。無理だって。何かあったの?」
「気にするほどのものじゃないかもしれないのだけど……この空間自体がおかしいから、かな。ううん、私の気のせいだったかも。気にしないで」
「そう言われたら気になるのが人間なんだけど」
「いいから、先に進みましょうよ」
「まあ、それもそうね」

 過程はまるでわからないけど壁を突破したようだし、先に進まなきゃアリスに申し訳が立たない。

「一応聞くけど、まだついてくる? 協力要請はここまでだったけど」
「意地の悪い巫女さん。ここまで好奇心を刺激させておいて、放り出す気だったの?」
「言ったでしょ、一応だって」

 くすくす笑いながら、憮然とするアリスを眺める。帰ると言えばそのまま見送るつもりだったけど、正直アリスがこのまま去るとは思っていなかった。アリスもそれがわかっていたからこその反応だけど、これくらいしても良いかなーと思い実行させてもらった。
 仲良し、ってわけではないけどこれくらいなら許してもらえる気配があったのだ。徐々に心の距離が近づければいいなと私は思う。

「それじゃ、先に進みましょうか」

 レティはこの先にいるのかなーと呑気なことを考えていた私だったが、壁を超えた先にあった光が漏れていることにおや? と頭を捻った。

(洞窟なのに光源があるってことは、開けた場所なのかしら)

 何があるかわからない。私はいつでもアリスを抱えて後退出来るように位置を調整しながら進んでいく。
 その先、光が見える空間へと足を運んだのだけど――その先の光景に、思わず言葉を失った。
 そこにあったのは大きな湖だった。円形の大きな湖の周りには注連縄が巻かれた岩が並んでいるのが見えるが、他に注目すべきところは見当たらない。しいて言えば、湖から溢れるほどに水が多いくらいか。
 洞窟を抜けたら湖でした、と言ってしまえばそれまでだけど、氷の洞窟が続くと思っていた私はどう反応すればいいかわからず、放心するように湖を見やる他なかった。

「でもおかしいわね、氷の洞窟が出来る前は平原だったのに湖があるなんて……」

 位置的には神社の裏側に位置する現在地だが、元々あの洞窟は唐突に生まれたものだった。地底湖のように、洞窟から続いて湖を発見するならまだしも冬の季節でもさんさんと輝ける太陽は健在だ。だからここは外であり、平原に洞窟が生えたと思ったら今度は湖になったということになる。

「リフォーム失敗したかも……」

んん?

 思案する私の耳に、アリスのつぶやきが届く。
 確かグリモワールの魔法を使うさいにリフォームを言っていた気がするけど、まさかこの状況に関連しているの?
 疑惑の視線に気づいたのか、頬を掻きながらアリスは照れるようにぽそぽそとこの湖の現状を語りだす。

「空間の矯正って言ったでしょ? 本来ならグリモワールの魔力で空間ごと再構成するんだけど、今の私じゃそこまでの力は引き出せなかった。だから今回は消去じゃなく変化させたってわけ。質量保存の法則からして洞窟を構成する固体を変化させたってわけだから、ひょっとしたらひょっとすると、あの洞窟の氷全てが水になった可能性があるわけで」
「いやいやいやいや、それならこれ矯正じゃなくて正すでもなくて、押し潰すって言ったほうが正解じゃ……」
「だからスマートじゃないって言ったのよ……」

 ぶんぶん手を振って否定する私の傍らで、恥ずかしそうにそっぽを向くアリス。視線を向けても目を合わせてくれないあたり、相当な羞恥心があるみたい。可愛い。もう一度言う、可愛い。

「でもそうなるとあの注連縄は元から洞窟にあったってことかしら」
「注連縄って?」
「神前とか神事の場に不浄なもの、神社なら幽霊とか妖怪かな。そういったものの侵入を禁じる印みたいなもので、境界を利用した結界の一種ね」
「ってことは、あの湖の中に何かが封じてある、ってこと?」
「その可能性は高いわね。本来なら多分、洞窟の中だったんだろうけど」

 そして、それこそがレティが本当に解決して欲しい問題だと私は考えている。
 と言っても、湖の中にあるとしたら潜らないといけないのかな……冬の寒中水泳とか死ねる。想像するだけで億劫するものの、動かなければ仕方がないと私は意を決して湖へと近づいていく。
 水場へと近づいた私はさっそく湖の水に手を差し入れる。途端、全身に低温による刺激が走り咄嗟に手を引いた。
 この冷たさは洒落にならない。動きが阻害されるからあまり着衣水泳したくないし、動きやすい水着に着替え直したとしてもこの水温ではどのみち体が固まってしまいそう。氷でも張っているんじゃないの? ってくらい冷たい。
 アリスの説明通りなら、氷の洞窟から湖へ姿を変えただけらしいし、氷水みたいなものなのかしら。入りたくないわーホント。
 まあそれ以前に、私は水が苦手って大前提があるから入りたくないんだけど……

「ねえアリス、体を保温してなおかつ水の中でも地上と変わらない動きが出来るようになる魔法とか……」

 ふと、ここでアリスがいないことに気づく。振り返れば、膝に手を置いて息を荒げるアリスの姿が目に映った。私はすぐさま彼女に近寄り状況を尋ねる。

「アリス、突然どうしたの? 大丈夫?」
「……っ、はー、はー……」

 空気を求めてあえぐアリスからの返事はない。発汗で顔を濡らしていることからよほどの疲労が窺えるが、先ほどまで問題なく受け答えしていたはず。一体何が原因なの?

「……めん、な、さい。ちょ、……休ませて」
「…………ううん、今日はここまでにして帰りましょう。貴女の状態、ただごとじゃないわよ」
「私は……だい、じょぶ、だか……ら。た、だ。ま、りょく。切れ……た、だけ……少し、休……めば……」
「なら尚更休むべきだし、そんなことを言う子は信用できません、っと」

 どう見ても大丈夫に見えないアリスを背負い、私は負担を掛けぬようなるべく注意を払いながら元の道を引き返していく。
レティには悪いけど異変解決は後回しだ。現状、湖の中へ入る方法は不明だしアリスを放置するわけにもいかない。
 魔力の枯渇というなら、あのグリモワールの行使が原因に他ならない。まだアリスが扱うには早い魔法だと聞くし、少しくらい受け答えしただけといえアリスの体調に配慮しなかった私のせいだ。
 単純な疲れなら休ませればいいけど、魔法の行使による負担は疲労だけで済むかは私にはわからない。ハーフ君ならその辺詳しいだろうし、彼の家に行ってアリスを診てもらうのが一番だろう。いなければベッドだけ借りて神社に行けばいるだろうし。

「それじゃ、ハーフ君の家に向かうからそれまでは背中で休んでなさい」
「……待……て。行くなら……わた、しの……家に」
「アリスの家? 診てもらわなくていい?」
「くすり……あるから……」
「そう。それなら目的地変更ね。何かおかしなことが起きたらすぐ言って」

 返事はない。頷くのすら体力が消耗するのだろう。
 このとても軽く小さな少女にどれほどの負担をかけてしまったのか、と反省しながら私は急ぎ魔法の森へ疾走していく。

(アリスの手を借りるのを控えるなら、湖に入るならにとりに協力してもらうべき? でも協力してもらって倒れた子がいるのにすぐ頼るのは駄目か。かと言って私一人で潜水するにも難しいだろうし、素直に頼むべきかなぁ。ううん、今は考えるのは後。アリスの看病に専念しましょう)

 情けない博麗の巫女だこと、と自嘲しながら、私はアリスの家に進んでいった。






 目が覚めた場所は、どこかの建物の中だった。
 木造の天井が見えるそこから首を横に向けると、丸い形に造られた窓がある。外の景色は森の中のようだが、周囲一面が闇に包まれているところを見ると現在の時刻は夜のようだ。
 時間が夜だと意識すると、部屋に明かりが灯っていることにも気づく。近くの台には水が張られた洗面器が置かれている。ゆっくりと体を起こせば、額の上に乗っていたタオルが腹に落ちた。
 どうやら、僕はベッドの上に寝かされていたようだ。上半身には何も着ていなかったが、代わりに丁寧なやり方で包帯が巻かれている。
 開かれた窓から風が入り込んでくる。夜風は季節のせいもあって体を寒さで震わせるに十分で、僕は慌てて布団を引き寄せた。

「いづっ……」

 暖かさと同時に、胸に痛みが走る。なんで痛みが――……!!

「そうだ、巫女……っ」

 痛む胸を押さえて苦悶の声を押し殺す。痛みに身悶えながら、現状を整理すべく僕はあの時の状況を回想していく。
 脳裏に浮かぶのは、当代の博麗を斬るといった老剣客。八卦炉を手に刀を防いだことまでは覚えているが、その後斬られてからがまるで思い出せない。
 いや思い出せないのは放置だ。早く神社に行って巫女の安否を確認しなければならない。もう遅いかもしれないが、それでも行くしかない。
 ベッドからすぐに出ようとするが、痛みが邪魔をして思い切り転倒してしまう。洗面器が置かれた台を巻き込んでしまい、派手な音を立てながら新たな鈍痛と体を濡らしてしまった。同じくして普段後ろに結っていた紐はなく、無造作に垂らされた長髪が水を含んで皮膚に付着していたがそんなのはどうでもいい。早く、早く巫女のところにいかなければ。

「何事で……大丈夫!?」

 転倒から体を起こすのと同時に、何者かが入室してくる。水差しなどを乗せたお盆を持った誰かは年若い女性だった。桃色の髪に二つのシニョンキャップを被せ、真紅の瞳は驚きに眼を瞬かせている。
 驚愕は一瞬、すぐに落ち着きを取り戻した彼女はお盆を適当な所に置き床に倒れる僕の肩を取ってベッドへ押し戻す。立たせてくれるのはありがたいが、戻るべきはここではない。

「すまないが、博麗神社はどこか教えてくれないか?」
「何、何を言って…………」
「早く行かないと、巫女が危ないんだ」

 懸命に僕は介抱の手から逃れようとするが、悲しいかな彼女の体がびくともしない。怪我のせいで力が出ないといえ、女性一人振りほどけないなんて情けない体だ。
 それでも止まるわけにはいかずなおも足掻いていたのだが、彼女のひと言が僕の動きを止めた。

「あの老人のことなら私が追い払っておきました。博麗の巫女にはこのことは何も伝えていない。怪我をした貴方を治療するために、私に家に連れてきた……説明はこれで良い?」
「君は、一体……」
「茨華仙。行者よ」
「馬鹿な。あの相手はとても強かった。追い払うなんて真似、そうやすやすと出来るはずがない」
「そうは言われても。貴方がこの場にいることが証拠と言う他ないわ」
「………………それも、そうか。助けてくれた相手に失礼なことを言ってしまってすまな……すみません。僕に名前はなく、でも周りからはハーフと呼ばれていました。助けてくれたみたいですね、ありがとうございます」
「物分かりがよくて結構。あと素でないなら、敬語はいいですよ」

 色々考えることはあるものの、助けてくれたことに違いはなさそうなので僕は華仙と名乗った女性に礼を言う。行者と言うからには何かの修行をしているようだが、あれを追い払うと言っている辺り武芸者の類だろうか。あの老剣客を退かせるなんて、よほどの腕でなければならないと思う。一体何者なんだ?

「落ち着いたなら、まだ安静にしていて。真っ二つにされてないだけ御の字な傷口だったんですよ」

平行線を続ける気もなく、抵抗するのを止めた僕は華仙に導かれるままベッドへ戻される。寝台に体が沈み込むのを感じていると、突然華仙の手が伸びて口を開けられる。何を、と言おうとするとなみなみと酒の注がれた升を渡される。

「酒なんて飲んでる場合じゃ……」
「それは茨木の百薬枡と言って、飲めば傷を癒す効能があるんです。多少乱暴になるというデメリットもありますが、その傷口を治したいのならずっと飲んじゃってください」

 ……信用、していいのだろうか。とはいえ助けられたのも事実。僕には毒物はあまり効かない体質だし、飲んでから判断しよう。デメリットと言うのが気になるが、今は治るかもしれない傷を癒すほうが先決だ。
 するとどうだ。
 口に含み、中身を呑んだ途端体の痛みが嘘のように収まる。慌てて包帯を解いて体を見てみると、両断されかけた痕はすでになく、傷のない元の体に戻っているではないか。

「デメリットで乱暴になると思いますので、まあ傷を負ったままよりはマシでしょう」
「……すまない、今まで疑ってしまっていた」
「あ、いえ。見知らぬ相手に警戒するのは悪いことではありませんし」

 何度か謝罪のやり取りをしてようやく落ち着きを取り戻した僕がどうにかしてここから出なければと思案していると、椅子を寝台に寄せて座る華仙のほうから質問を投げてくる。

「聞きたいのですけど、貴方は当代の博麗の巫女とどんな関係? 随分と固執しているように思えたけど」

 巫女との関係、か。
 しばし逡巡してから、僕は理由を語ることにする。

「今の博麗の巫女とはもう十年くらい前に知り合ってね。色々あって、ずっとつるんでいる。固執というのは語弊があるな。あの相手は、博麗の巫女を狙っているらしいんだ。心配するのは当然だろう?」
「なるほど。それでは次。危機が迫っているというなら、どうしてそのことを巫女に知らせないのです? 見たところあの老人は人間じゃなかった。なら博麗の巫女なら退治の範疇のはず」
「駄目だ。あれは危険すぎる。巫女と会わせるわけにはいかない。……叶うなら、彼女には何も知らせずにいたい」
「どうして? 妖怪退治が博麗の巫女の勤めでしょう」
「あれは、巫女が関わるべき相手じゃない」

 あれを巫女に対峙させてはいけない。
 巫女とあの老剣客を戦わせるのは危険だ。おそらく、老剣客が巫女を狙っていると知れば彼女は戦いに赴くだろう。
だがあれは今までの妖怪は無論、強力な妖怪である天狗の文や外の世界の技術を使う夢美達よりも危険だ。遊びがない。博麗の巫女とか、そういう肩書きなど無縁に敵を斬れるタイプだ。だからこそ、巫女の幻想など斬り伏せられる。相対すれば、そうなれば、――されてしまう。だから――

「危険なんて博麗の巫女なら避けては通れない道。貴方のさじ加減で判断するものではないわ」
「違う。僕だって、妖怪退治を止めるつもりは微塵もない。けど、あいつは駄目だ。あの老人には遊びがない。今まで巫女が倒してきたものとは一線を画する存在なんだ」
「要約すると、強すぎるから戦わせたくないって聞こえるんだけど」
「そう、言っている」
「貴方が無意識のうちに私の結界を破ったり、伝言を残すくらい博麗の巫女を心配していることはわかっています。ですが先程と矛盾しています。妖怪退治を止める気がないのに――」
「巫女に」

 強く、会話を区切るように言葉を言い放つ。華仙も強調に気づいたのか、僕の発言の続きを待ってくれた。

「巫女に、ただの人間に戦わせるべきタイプじゃないんだ。戦わせたらきっと、彼女の『在り方』が壊れてしまう。それじゃ駄目なんだ」
「『在り方』?」
「とにかく、僕はあの相手を巫女に関わらせたくはないんだ」
「遠まわしに、博麗の巫女ではあの老人に勝てないと?」
「……………………………そうだ。そして勝てないからと言って、彼女は逃げることをしない。力量差とかそんなのを差し置いて、博麗の巫女であらんとする強烈な意志が巫女から後退を奪う。――僕は、巫女を殺されたくない」
「なるほど、ね。でも、私はやはり言うべきだと思うわ。狙われているのが彼女なら、そのことだけでも伝えるべきだと思う」

 僕はそれに返す言葉はなく、それきり沈黙が場を支配する。
 華仙はしきりに頷いて何かを思案し、僕はと言えば巫女への強烈な罪悪感にうなだれていた。何かを裏切ったわけではないが、素直に巫女の力を信じきることが出来なかったことに対するものである。
 本来なら狙われていることを告げ、十二分に彼女をバックアップして戦いに臨むのが筋だろう。けれど僕はそうしなかった。
 勝てないと華仙には言ったが、実際のところはわからない。彼女は術が使えないことを体術という名の努力で補ってきた。それだけで妖怪と渡り合ってきた。そこは僕も知っているし、そこまで鍛えた彼女の鍛錬を褒めるべきだろう。
 だが、僕は彼女の努力の根っこを知っている。そうすべき理由があるから、巫女は今まで頑張ってきた。
 しかし、今回は違う。巫女の抱く幻想への憧れをあの老剣客は躊躇なく変えてしまうと危惧する。会話らしい会話もないし、一方的に斬り伏せられただけの直感みたいな判断だが……どうしようもない不安が、こびりついて離れないのだ。
ゆえにこの件については水面下で処理しなければならない。自分があの老剣客を倒せない以上、人に頼るのが一番なのだが……
 僕は横目で華仙を見やる。
 流れで華仙に協力してもらうよう頼むのは簡単だ。僕に治療を施してくれているのだから、悪い人物ではないだろう。しかし僕と彼女では結果は同じでも過程が違う。
 巫女に知られずにあの老剣客をなんとかしたい僕と、巫女に危険を告げた上で対応するという華仙。
 仮に協力が叶ったとしても、僕に秘密で巫女にそのことを打ち明けてしまったらそれこそご破算だ。だから頼み込むのに躊躇してしまう。
 あれこれ考えて脳が疲れたのか、強烈な睡魔が襲いかかってくる。華仙の薬の効果なのか体が睡眠を欲しているかわからないが、そのまどろみに抗えず意識が闇の底に沈んでいく。

「考えるのは傷を癒してからにするといいでしょう。今はゆっくりおやすみなさい」

 布団をかけ直してくれることに華仙に何か言おうとするが、声は言葉にならずかすれた息をもらすだけ。そうして、僕はまぶたが眠気によって垂れ下がってくるのを実感しつつ、巫女のことを強く思いながら眠りに落ちていった。
 





 寝息を立て始めたハーフを眺めながら、華仙はこれからのことを考える。
 治療のために連れてきた彼のことは気になるが、それ以上に気がかりなのは老人とその背後にいる存在だ。
 あの老人の目的はハーフの言質によると博麗の巫女を斬ることらしいが、そうすると華仙に対して放たれた言葉に相違点がある。確かにあの老人には何らかの目的があることには間違いなさそうだが、本当に博麗の巫女に用事があるならハーフを斬る必要はない。
 博麗の巫女に対する人質とも考えるも、そういう策謀をするタイプではないと華仙は思った。お互いに知り合い、という線もあるが老人のほうが一方的にハーフのことを知っていたフシがあることからおそらくは違うだろう。
 ハーフを斬ることを気乗らぬ作業と称していたことから、自分の意志で行った所業ではない。あの老人に命令できる何者かが背後にいるはず。  あれほどの強さを持った人物と後ろ盾、これは何らかの陰謀を感じる。
 この青年が巻き込まれたのは単純な偶然か、それとも博麗の巫女への挑発か。実際に華仙が通りすがらなければハーフは死んでいたかもしれないが、実はギリギリのところで生かす予定だったのかもしれない。
 浮かんでは消える予測に、こめかみをぐりぐりと指を押し込んで整理をつける。
 情報が足りない。あそこで乱入したのは人道的に間違っていないだろうし、助かったことには変わりないはずだ。華仙は己の行動に間違いなどない、と気持ちを奮い立たせて悪い予想を消していく。
それよりもこれからのことね、と華仙は独りごちて頬に手を当てる。
 博麗の巫女に知られずに対処すると言っても、あの老人がいつまたやってくるかわからないということもある。直接神社へ乗り込まれたら誤魔化しも何もないだろう。
 とりあえずあの幽体のような特性に関しては『腕』の力が効いているだろう。本来なら消滅させるはずだったが、少し勝手が違いそこまでには至らなかったが多少なりとも被害はあるはずだった。

「どうしたものかしら。協力するのもやぶさかではないんだけど」

 博麗の巫女へ忍び寄る悪意を人知れず排除するというのは人間の味方をする仙人としての格も上がるだろうし、死神への牽制にもなるはずだ。
 個人的に巫女を助けたいというハーフの心意気に共感するということもあるが、あまり派手に動いて目立つこともしたくはない。
 そんな心の天秤が揺れる華仙だったが、突然椅子から立ち上がったと思うと部屋の中央を睨みつける。そこには虚空しかなく、誰も存在してはいない。
だが華仙には見えていた。いや、感じていた。上手く消しているように見えて、隠し切れない強力な妖怪の気配を。
 その様子から居場所がバレたと観念したのか、中空からそれが現れる。老剣客以上のプレッシャーを受け、華仙は右腕から漏れるもやのようなものを侍らせ対峙する。
 そうして、何かは現れた。

「こんばんは、妖怪です」





<了>

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Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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