烟りの匂草

 香霖堂の店内に紫煙が漂う。
 口元に含まれた小さな紙状の棒の先から立ち上る煙が、ゆったりとした動きで店内に匂いや中身を染み込ませていく。
 客の訪れる頻度の少ないこの店は、営業中の喫煙時間も自然と多く取れる。
 店主である森近霖之助も、タバコを吸うのは道具を弄る前の一服として使っていたくらいだ。煙草の燃える音すら聞こえそうなほどの静寂の中で、霖之助は煙によって視覚化された風の流れを観察するのも趣きを感じていた。
 最近、手巻きタバコというものを拾って以来霖之助は水煙草ではなくこちらを嗜好品として愛用していた。
 理由は簡単、今吸っているブレンド品のように己の手先一つでタバコの味を変えることが出来るからだ。
 彼は道具屋にして技術屋であり、発明家のような閃きにも秀でている。閃きを通り超えて跳躍した思考は知り合いから変人として揶揄されるものの、今は割愛しておく。
 ようは発想が豊かで手先が器用な霖之助にとって、己の考え一つで幾つもの組み合わせを作ることが可能な手巻きタバコは、趣味と実益を兼ねた嗜好なのだ。
 余談だが、ブレンドをしてまで吸うという喫煙者は少数派だ。
 大抵の人は素材の味をストレートに楽しむ。お茶のようにその葉だけの味を楽しむのがいいし、この作業に楽しみを見いだせるのは思いのほか少ない。
 さらに香霖堂には霊夢や魔理沙といった少女が来店する手前、常にタバコを吹かしておくのは難しい。そのため、霖之助は営業中にこういう作業をする時は入口の立て札に喫煙中と描かれたものを追加した。その気配りを見せるなら営業中に吸うなというのは普通の魔法使いの言葉である。然もありなん。
 ちなみに巫女は嫌いじゃないという評価だった。
 近くの燃えやすいものを極力除いた後、霖之助は面積の広がったカウンターに幾つかの道具を広げる。
 タバコの味の元となる複数の葉たばこ。煙をろ過するフィルター。フィルターと葉たばこを包む巻紙ペーパー。そしてそれらを詰め込むためのローラーの4つだ。
 口元にタバコを咥えたまま、霖之助はまずフィルターを手に取る。
 煙をろ過させて味をまろやかにする効果を持つフィルターは、こちらも作り一つで味を変える。そのメカニズムを解析して売りに出せば結構売れるのではないかと密かに霖之助は画策していた。
 欲望を頭の片隅に置きながら、霖之助はフィルターをローラーの間に挟む。
 ローラー、つまりローリングマシンと呼ばれるそれは長方形の台座の上で横にした二本の棒で谷のような凹みを作り、下地となる生地を貼り付けたものだ。それを利用してフィルターと葉を、ペーパーの中に巻き付かせれば、簡単に手巻きタバコが出来上がる。
 当代の博麗の巫女である霊夢の服を自作出来るほどの手先の器用さを持つ霖之助ならローラーを使う必要はないのだが、彼はせっかくある道具を使わずにはいられない性格だった。
 まずフィルターをローラーの左端に配置。そこへ事前に選んでいた数十種類の葉たばこ――刻(きざみ)を、フィルターがもちろんローラーの棒と棒の間にある下地全てを覆うように詰め込んでいく。
 軽く刻をならして形を整え、ローラーを閉じる。固定でなく可変式の棒が動かされることで幅が狭められる中、霖之助はローラーの棒を手前に回す。そうすれば、谷状の凹んだ部分へ丸みを持った葉がタバコの中身となって押し出されていく。
 押し出された刻を包むように一部が糊付けされたペーパーを差し込み、もう一度手前に回す。ペーパーは四角い形状の薄い紙で一部に糊付けの処理が施されている。糊付けされた部分は変色しており、それがローラーを回し終えるサインとしても機能する。
 糊の効果を果たすため、霖之助はサインされている箇所を舌で舐めた。水分を含ませることで、紙により粘着性を与えるためだ。決してそういう嗜好があるわけではないことを彼の名誉のために追記しておく。
 再びローラーを手前に回してペーパーを丸ませ、包んだ葉とフィルターをこぼさぬよう糊付けしローラーを開けて取り出せば手巻きタバコの完成だ。
 外の世界でもっとも普及されているという、紙巻きタバコのような小さく細長い形を見やる霖之助。紙の先から少し漏れていた葉を取り除いた霖之助は、その出来栄えに微笑む。
 今吸っている手巻きタバコをいくつか消費し、その作業を繰り返した霖之助は一ダース程度の量産に成功した。
 だがこれだけでは終わらない。
 葉たばこはまだ残っている。いくつか組み合わせたストックを一ダースずつまとめて作り置きしておくのが、霖之助のちょっとしたこだわりだった。
 一時間ほど使って味にして四種類、計四十八本の手巻きタバコを作り終えた霖之助は、それらを保管する箱を用意していなかったことに気づいて席を立とうとしたその時、香霖堂の呼び鈴が客の来店を告げた。
 いつもの二人なら喫煙中は扉越しに声をかけるため、霖之助は普通の来客だと判断した。……普通の客相手にも喫煙中の札をかけるあたり、どこか抜けている男である。

「……ここ、道具屋じゃなかったの?」

 入ってきたのは、初対面の少女だ。タバコの煙に形の良い眉をひそめている。短めの赤い髪や白いジャケットに煙の匂いや色がつくのを嫌がっているのかと判断した霖之助は、すぐにタバコの火を消すべく備えてあった灰皿へ吸い殻を押し込む。
 同時に、足元に置いてあった掃除機と呼ばれる道具の用途を持たせた箱を開く。開放と同時に、店内に漂っていた紫煙は匂いも形も全てがその箱の中へと吸い込まれていった。
 驚きに目を瞬かせる少女。赤と黒の模様に彩られたシャツの上に垂らされたネクタイが激しく動き、服を押し上げる豊かな胸が揺れる。健全な男性なら目を奪わされそうな光景にもしかし、霖之助の視線は足元の吸引箱と名付けた装置へと向かっていた。

「お待たせしました。タバコは単に嗜好の延長で実演販売という形を取らせていただいておりまして。遅れましたがいらっしゃいませ、香霖堂へようこそ。何をお求めで――」

 笑みを浮かべながら少女に近づく霖之助。久しぶりの貴重なお客かもしれない相手のためか、その口調は知り合いが見れば揶揄されそうなほど丁寧なものだった。
 しかし、言いかけた言葉を全て終えることは出来なかった。
 少女は呆けるように口を開けたと思えば、今度は残念そうに眉根を寄せていたのだ。タバコの煙や匂いに苛立ったならともかく何を残念に思ったのかと、と霖之助は頭の回転を巡らせる。
 情報が足りないと判断し、霖之助はまず謝罪から入った。

「申し訳ありません。タバコが苦手でしたか?」
「いいえ、その逆。結構良い匂いだったのに消えてしまったから残念だったの」
「そうでしたか。それなら……」

 恐縮しながら、霖之助は吸引箱の蓋を開ける。開けた途端に広がる煙が店内に蔓延し、店内は再び喫煙場として機能させていた。

「ありがとう。流石は噂の道具屋ね、そんなのが置いているなんて」

 初対面の印象はまずまず。霖之助は満足して笑みを浮かべた。
 吸い殻に押し込んだ手巻きタバコがまだ残っていたのに消してしまったのは、少し残念だったが。

「ここには子供が来るからね。ましてや人間の女の子なら小さいうちに煙にあてられるのは体に悪い……ものでして」

 霊夢達のことを思い返しながら話したせいか、思わず素が出てしまう霖之助。作ったとはいえ笑顔から一転して呆れとなった表情の変化にも、少女は驚く様子もなく悠然たる態度を変えていない。
 そもそも少女と評した以上彼女もそうではないかと思ったが、佇まいが成人した女性のそれに類似しているため霖之助は彼女を子供としては見ていなかった。

「素が出やすいのね。敬語はお嫌い?」
「いえ、そんなことは」
「ふふ。嘘ではないようだけど、テンポが悪いわ。普通の口調で構わないわよ」

 何が可笑しいのか、口元に手を当てて笑う少女。利発そうな瞳から雰囲気を一転させる態度に軽く口ごもる霖之助だったが、平静に努めて言い返す。

「ですが、お客様ですので」
「他ならぬお客様が望んでいるのだから、その辺りはサービスして頂戴」
「……わかった、じゃあ改めてさせてもらうよ」
「よろしい、呼吸のリズムが滑らかになったわ」

 何が良いのか、一人頷いて納得する少女。
 来店早々におかしな流れとおかしな客を前にした霖之助だったが、心を見透かすような物言いをする人物相手に取引を続けてきた彼にとっては、この程度で取り乱すことはない。
 口調を戻し、霖之助は用件を訪ねた。

「それより、香霖堂へは道具を求めて?」
「ああ、忘れていた。一応はその予定だったけど、今は別のものに興味があるわね」

 少女の視線は、カウンターに広がった手巻きタバコに注がれている。煙の匂いを良いと評したのは、彼女にも喫煙の趣味があるのだろうと霖之助はあたりをつける。

「良ければ吸ってみるかい?」
「あら、良いの?」
「喫煙客はそれほど多くなくてね。サービスだ」
「ありがとう、聞いていた話より積極的なのね」
「香霖堂はいつでもどこでも客に優しいお店さ」

 ただ、客がほとんどいないだけの話だった。
 霖之助は少女に出来たての手巻きタバコのうち一つを渡す。軽く眉をひそめる彼女をよそに霖之助は火種を用意しようとするが、少女はそれを遠慮して人差し指を立てた。
 迸る光電。稲光ほど強くはないが、確かな白さを持った光が生まれた瞬間、少女の指に挟まれていたタバコに火が灯る。軽く目を見開く霖之助に、煙を一息吸い込んだ少女の人差し指が再度立つ。
 自然と釣られるように注視する霖之助の目の先で、少女は人差し指の上に小さな光球を生み出す。それが雷をまとっていることに気づき、霖之助は開けた目蓋をさらに大きく広げた。

「火種いらずの良い力だね」
「それだけ? もっと驚いてくれると思ったのに」
「幻想郷ならそう珍しいことでもないだろう」

 確かにね、と苦笑する少女。霖之助は内心の驚きをなるべく顔に出さないようにしていたが、目尻を下げて笑いを噛み殺すような素振りを見せる少女からして叶わぬ願いだったらしい。軽い敗北感に口を引き結ぶ霖之助は、押し黙りながらも少女に感想を求めた。

「ん、男の人にしてはマイルドな感じ。もっと重いかと思ってたわ」
「お気に召さなかったかな」
「嫌とは言ってないじゃない。せっかちは直したほうがいいわよ」
「普通のことだと思うけどね」
「味わうのを邪魔するとも言い換えられるもの」
「それは失敬。反省すべき点だな」
「よろしい」

 年上にたしなめられるような錯覚を感じながら、霖之助は自分も自作の手巻きタバコを吸うことにした。ただ待つだけなのは手持ち無沙汰だったのだ。
 火種を持とうとする霖之助に、少女の唇が寄せられる。

「ふはう?」
「生憎、君と違って初対面の異性にそこまで積極的にはなれないタチなんだ」
「え?……ああ、気づいてないのね」

 少女は苦笑しながら手巻きタバコを口から外す。

「何のことだい?」
「何でもないこと」 

 シガレットキスってロマンよね~と反応を伺うように口に出す少女に辟易しながら、霖之助は彼女の人差し指にいまだ集っていた雷球へタバコの先を突っ込んだ。雷による着火を確認した霖之助は、ゆっくりと手巻きタバコを口に含んだ。

「ん、美味し。他のもサンプルなの?」
「一つずつくらいならいいけど、ニつ目以降は買ってもらうよ」
「わかってるって」

 そうして二人は霖之助手製の手巻きタバコをしばし堪能する。特に会話らしい会話のない間が続くが、そこに息苦しい沈黙はない。二人が二人、美味しい料理に舌鼓を打つようにタバコを愉しんでいるのだ。
 そこに多くの言葉はいらない。ただ、刻と煙だけが静寂を埋めていた。

「――ん、ごちそうさま」

 四種全ての味を愉しんだ少女が一足先にタバコを終える。霖之助はまだ最後の一種を味わっているところだった。一度タバコを取り、言葉を作る。

「どういたしまして。僕のはどうだったかな?」
「悪くない、って言葉じゃ安いわね。四つ全部良かったし美味かったんだけど……」
「けど?」

 少し不安になる霖之助。今回の組み合わせ以外にもパターンはあるが、それでも実際に己で考え配合したものだ。気にならないわけがなかった。
 動揺を隠すように、残り僅かとなった最後の一本を口に含もうとして――

「貴方の唇の味が、思いのほか強かったのかもね」

 ――盛大に吹き出した。 
 急激に多量の煙を吸い込んだことでむせてしまい、咳き込む霖之助。苦しみが和らいだところで顔を上げれば、そこにはイタズラに成功した幼い子供のような、してやった笑みの少女の姿。

「あは、かーわいい」

 朗らかな声と共に、霖之助の顔がさらに歪む。少女は霖之助の口から吹き飛ばされた手巻きタバコを受け取っていたようで、それを何の躊躇もなく口に含んだからだ。

「距離の近くなった間接キスってなんて言うんでしょうね」
「間接は何をしても間接だ」

 少女の言う間接キスとは、手巻きタバコを作る上で行った糊付けのことだ。舐めてつけたことで確かに間接キスに該当しないでもない行為だが、霖之助からすればそんなカテゴリーには分類されていない。
 口元に垂れたよだれを拭い、霖之助はあからさまに表情を歪めた。

「男は可愛いと言われて喜ぶ生き物じゃないぞ。それに、あれは作業に必要不可欠な行為だろう」
「でも間接キスに違いはないわよ。男の手巻きタバコを異性に勧めるんだもの、誘われたかと思ったわ」
「僕と君とでは思考の方向が違うようだ。少なくとも僕は一瞬でそこまで至れないし、そういったことも出来ない」

 発情でもしているんじゃないか、という台詞は寸前で飲み込まれた。流石にそこまでの物言いをするのはらしくない、と自制した自分を霖之助は脳内で褒める。

「別に唾液が多いわけでもないし、感触も気持ち悪くないけど」
「個人的な意見だが、そんな無作為に男を惑わすのは褒められたものじゃないと言っておくよ」
「ごめんなさい、その目を見るとついからかいたくなって」
「目? それの一体何が」
「――ねえ、他の葉たばこはある?」

 先程までの軽い調子ではなく、やや真剣味を帯びた声で少女がつぶやいた。まるで、話を逸らしているようにも感じた。
 サンプルの試吸を繰り返すのかと怪訝に思う霖之助だったが、先程まで感じていた奇妙な共有意識がそうでないと知らせる。

「ないことはないが、物足りなかったか?」
「言ったでしょ、美味しかったって。せっかくだから、私もお返ししようと思っただけ」

 お返し。つまり少女もまた手巻きタバコを嗜むのかと推測する霖之助。顔を向ければ、同意するように少女は頷く。
 躊躇する理由は、なかった。

「どんなのが欲しい?」
「うーん、葉たばこだけ用意してもらっていい? せっかくなら、吸うまで楽しみにしたほうが盛り上がるもの」

 違いない、と咳き込みも治まった霖之助は葉たばこを保管している部屋へと足を向ける。数が多いため箱の中に保管してあったそれらを用意し、店内へと運んだ霖之助はカウンターの上へそれを置いた。もちろん、すでに作った手巻きタバコは除いてある。
 素材を一瞥した少女は、いくつかの葉たばこを選んでいく。それ以上見るのはやめておこう、と霖之助は後ろを向いて少女が作る手巻きタバコの完成を待った。

「出来たわよー」

 予想以上に早い完成に、霖之助は大きく下がった少女の評価を上げた。問えばタバコが楽しみだったという返事がありそうだが、実に安い男である。

「はい、召し上がれ」
「どれどれ。へえ、君はフィルターをつけないんだな」
「変に遮断するより、直で味わいたいタイプなの」
「僕はフィルターがあるから使っているが、確かにそれも悪くない」

 差し出された手巻きタバコを受け取り、少女の人差し指に集った雷球で火をつける。少女も自分の分を用意していたようで、片手に摘んだ手巻きタバコを雷球の中、ではなく霖之助の手巻きタバコから火を拝借した。
 少女を見れば、再びしてやったと言わんばかりに歯を剥いて笑っている。言っても無駄か、と霖之助は諦観した。
 気を取り直し、霖之助は刻が燃えることで焚かれる煙をゆっくりと吸い込む。五つ目となって体に重さも残る頃合いだと言うのに、その手巻きタバコは茶葉の香りと仄かな甘み、緑茶独特の苦みを感じた。

「これは……アイスティーと、グリーンティーのブレンドかい?」
「その二つにマニトウってものを加えたものよ。いかがかしら?」

 無言の肯定。
 それが満足な出来栄えであることを雄弁に語る所作と思ってのことだ。少女の行動への嫌悪も忘れて、霖之助は感心すら抱いていた。
 マニトウは重さ調整で入れるものでどちらかと言えば余分だが、味にパンチが出るから完全に邪魔というわけでもない。その結果、この手巻きタバコには適度な苦みと香り、確りとしたダージリンのような味がした。
 この手巻きタバコは、普通のタバコでは決して味わえない創作の品である。こういった十人十色のブレンドを味わうのも、手巻きタバコの醍醐味と言える。大勢の人は、この楽しさを知らないと思うと残念だ。
 故に、霖之助は少数派な仲間である少女にこの言葉を送った。

「うん、美味い」
「それは何より」 

 相手もまた、そう言われることを望んでいるのだろうから。
 その言葉を発した時、霖之助は少女へ確かな親近感を感じた。数少ない手巻きタバコを愛用する相手ということもあるし、それが自分の好みに合う味を仕立てる一種の共有意識から芽生えたものだ。
 それを認識した途端、彼の瞳に浮かぶものがあった。
 名称、堀川雷鼓。用途、手巻きタバコを愉しむ。
 思わず両目をさすり、もう一度少女を見やる。だが、その瞳に映る情報に変化はない。
 どういうことだと一人おののく霖之助を、少女――堀川雷鼓の視線が射抜く。先程まで軽快なやり取りをしていた明朗な笑みはなく、焦燥にも似た驚愕に染まっていた。
 お互いが動揺に凍りつく中、最初に我に帰ったのは雷鼓だった。

「……実際に使われて見ると、私達みたいな存在からすれば結構厄介ね。親近感を抱けば抱くほど、昔のことを強く思い出すわ」
「え、と。すまない、何を言っているかよくわからないんだが」
「ああ、ごめんなさい。貴方は全然悪くないのよ、単に気持ちの問題」

 表情を緩めようとする雷鼓だが、無理をしているのは明らか。霖之助は何が彼女をそうさせているのか頭を働かせたが、雷鼓の変化を目の当たりにしている以上気軽に他のことを考えるのは難しかった。
 このままでは彼女を放置して没頭しそうだったため、霖之助は一端その思考を捨てた。

「一人納得されてもなあ」
「ごめんね、迂闊に話すと丸裸にされそうだから」
「僕にそういった趣味はないぞ」

 強く否定する。
 初対面の客、ましてや女性にそんなことをしたら翌日どころかヘタをすれば当日中に香霖堂は社会的にも物理的にも消えることだろう。
 脳内の執行者が巫女と魔法使いだったのは容易に想像できることだった。

「物理的ってわけじゃないわ。『眼』にさらされる、見透かされるっていう心理的な意味合いよ」
「眼?」

 言われて、霖之助は自分の眼が道具を鑑定する時の感覚だったことに気づく。
 霖之助が持つ、未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力は特に制御が難しいものではなく、意識すれば使うことが出来る力だ。
 ただ、その力を使うきっかけとは道具への好奇心、つまり相手のことを知りたいという欲求だ。
 今まで単に物珍しく、接していて気持ちのいい客相手から彼女自身への興味を抱いたこと。そして霖之助は知らずとも能力が看破した雷鼓の種族に反応したのである。

「うーん、まだまだ私も未熟ね。少し、景気付けに演奏して発散しなきゃ」
「すまないが、説明してくれると大変助かる」
「気持ちの整理がついてからでいい? 大丈夫、ここや貴方は気に入ったし、二度と来ないってことはないわ」
「よくわからないが、また客として来るなら歓迎するよ」

 霖之助からすれば、意味不明な雷鼓にこう反応する他ない。
 少し考えればわかることかもしれないが、会話に意識を傾けている現状でそこに至ることはない。

「その点だけは、商売人ね」
「僕は最初から商売人だよ」

 結局、その後雷鼓は葉たばこのいくつかと霖之助が考案したブレンド品を購入して香霖堂を後にした。霖之助も雷鼓から見繕ってもらい、物々交換のような取引で現金こそ入ることはなかったし最後に変な間こそあったが結果的にそれに勝る収入だと霖之助は満足していた。
 先程彼女の名前が浮かんだ疑問は後に回し、早速雷鼓ブレンドを試してからまた新しい刻を開発しようと意気込む霖之助だったが、そこで香霖堂の扉越しに  姦しい二人の少女の声が聞こえてくる。
 それがいつもの客じゃない常連であると判断した霖之助は、乾いた笑いを上げながら吸引箱の蓋を開く。
 雷鼓が残した手巻きタバコの煙はやはり吸引箱に吸われ、喉に残る苦味に世の無常さを感じて嘆く霖之助なのであった。

<了>

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
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東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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