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ラブぜろ? 十一話


 それから一時間ほどかけてシシーとレフィンを発見した。シシーは公園の砂場で足を止めていたのだ。普段なら小さな子供や奥様方の井戸端会議が行われているはずだが、今日に限って閑散とした無人の広場へと成り下がっている。

 さて、問題はここからである。どうやってシシーからレフィンを奪還するか。それが唯一にして最も厳しい障害だった。





「藍那ちゃん、こっからシシーに呼びかけても応えてくれるかな」
「無理ですね。片乃瀬さんは知らないですけど、あの後教室は何事もなかったように平穏無事だったんですけど、急にシシーが暴れ出して大変だったんです。犠牲者は雪尋さん一人だったので安心なんですが」

 どうやら雪尋は藍那にとってどうでもいい存在に位置付けされているようだ。リスペクトなど夢のまた夢だろう。

「沙紀が看病についてるので明日には全快してますよ」

 それは大いに同意する。以前、軽く事故って三日は入院という傷も沙紀の看病によって一日で退院していた。恐るべきはシスコンという名のプラシーボ効果だ。

「言うことを全く聞かないシシーは、一目散にあの小さな子に向かって走り出しました。それで今に至るわけですが、何故あのようなことをしたのか全くもって不明です」

 そうか、と唸る瞬の隣で、何の前触れもなく疑問の答えを持った少女が現れた。

「プラント人の能力がシシーにとって、狂化(きょうか)の引き金だったというわけね。全てに対してリラックスと思いきや意外な展開」
「………………………………おい」
「なぁに?」
「なぁに? じゃねえええぇぇぇぇぇ! なんで唐突にいるんだよ!」

 電話に出なかったくせに、と付け加えて絶叫を上げる。そこにいたのは瞬の中で人的公害にランクされる離界管理局員、高原恋であった。

「私はどこにでもいるしどこにでもいないの」
「そんな難しい言い回しせんでいい。今はレフィンとシシーをなんとかしないと」

 指を向けても、先ほどまで存在していた黒き巨犬の姿はそこになかった。今のやり取りで気づかれて逃げてしまったのかもしれない。

「あーあ……片乃瀬君、やっちゃった」
「片乃瀬さん…………」
「何さも俺が悪いような空気出してんだよ!……や、俺のせいだけど」

 たとえやむえない事情があったとはいえ、シシーに気づかれるほどのやかましさを出したのは他ならぬ瞬だ。そこを認めないほど子供ではない。

「それはさておき、貴方は一体?」
「あれを見ちゃった以上説明しないわけにはいかないわね。片乃瀬君、操縦よろしく。乗りながら説明するから」
「【手品師】使ってくれないのか?」
「一日に使える回数決まってから、あまり無闇に使いたくないの」
「躊躇している間にレフィンがどうにかなったらどうするんだ!?」
「そのつもりならレフィンを連れ去らずにとっととやってる。でもそうしないのは、別の理由があると私は踏んでる。それに」

 恋は瞬の耳に口を寄せ、こうささやいてくる。

「この子の目の前で【手品師】使った日にはどうなるか、火を見るより明らかだと思うけど?」

 藍那が観察するように瞬達を見ている。一瞥し、瞬は重いため息と共に意を決する。

「…………頑張れ、俺」

 再び自転車に跨り、今度は三人乗りでシシーの追跡を再開する。瞬は立ち漕ぎ、藍那はサドル、恋は後輪への搭乗だ。ある意味曲芸の域に達しているが、人間意識の壁を越えると重さなど感じなくなる。後日の筋肉痛の恐怖は今だけ忘れる。

 その間、恋は瞬に話した内容とあまり代わらない程度に離界や離界管理局のことを藍那に説明した。話すたびに藍那の目が輝きを帯びたのは珍しいものを見れて得な気分だった。

「それで、貴女の飼っていたペット、実はあれアニマジカの動物なのよ」

 恋の告白にショックを隠せないのか、藍那は俯くだけで何も言わない。代わりに、回された腕の力が増した。

 シシーが離界人……というか離界犬と聞いて、むしろ瞬は納得がいった。二メートルを超える巨大な犬なんて地球産とは到底思えなかったのだ。事実、シシーのことが話題になったさい、名のある生物学者たちがシシーを調べたのだが、明確な結果は出なかった。そこから色々あって今は卯花家に引き取られたわけであるが。

「昨日の熊といい、アニマジカ人ってかなり多く地球に関わってるのな」
「そりゃそうよ。アニマジカの人や動物は地球と酷似したものが多いから、自然と足を運ぶ機会も多くなる」
「あれは、蛇神さんと同じ系列なのか?」

 蛇の容姿を持つ蛇神を思い出す。人間版ならまだ人として見られるが、本来の姿であったら完全に現代社会ではアウトの判定だ。ひょっとしてシシーも人間になるのかと興味が湧く。まあ沸くだけで追求はしないが。

「地球に人と動植物が分かれているように、アニマジカにだって種の違いは色々あるわ。あれはアニマジカでも最もポピュラーな種族、レッグトラートね」

 追記すると、蛇神の種族はグランファズロというものらしい。ごちゃごちゃになりそうなのでアニマジカ犬で統一することにした。

 ちなみにそのごちゃごちゃな部分、アニマジカの各種族の名称の教えを請う藍那と、それに対してすらすら答える恋を見て、本当に頭良い奴は何を考えているかわからんと心の中でつぶやいた。

「藍那ちゃん落ち着いたみたいだね。自分のペットが地球外生物の上に、離界人の存在まで知ったのに」
「ペットじゃなくて家族です。訂正してください」
「あ、ゴメンな」

 藍那の剣幕に押され、瞬はすぐに自分の非を認め謝罪する。

「それでいいです。……まあ、驚いてますよ? ただ、好奇心や知識欲が上回っているだけです。それに、昼間のあれで少し耐性付きました」

 昼間のあれ、言わずもがなレフィンの騒動であろう。人形が雷撃を放ち空を飛んだのだ。一度そういう事例を目撃している以上、同じような不思議な現象が起きてもある程度落ち着いて対応出来るようになったのだろう。驚くべき思考の柔軟性だ。

「積もる話はシシーを保護してからにしましょう。次の角、右に曲がってください」
「了解」

 確かに、今は雑談している余裕はない。早くレフィンを、ついでにシシーを保護しなければ。

 さらに足の筋力を行使し、瞬はスピードを上げて藍那の指示の下シシー追走を再
開した。

 指示に従って角を曲がった瞬間、藍那の口から悲鳴じみた声が漏れる。なんだ、と後ろを振り返ったが、それが瞬にとって最悪の選択肢であったことは、突如襲ってきた衝撃が証明した。

 吹き飛ぶ瞬の視界の端に、黒毛の巨大犬を捉える。シシーが自転車ごと瞬達に体当たりを仕掛けてきたようだ。

 体が軋み、頭が朦朧とうる。恋と藍那は無事か? それを確認する術もなく、瞬は意識を手放した。




 どすん、と音を立てて瞬は仰向けになって天を見上げていた。

 痛みと衝撃音から察するに、どこかから落ちたらしい。頭を振って歪んだ視界を戻すと、ベンチが傍にあることに気づく。ここに横たわっていたようだ。

(なんでベンチなんだ? 俺はシシーに吹っ飛ばされたんじゃ…………)

 状況確認のため周囲を見回す。明るさを考えるとあれからまだ時間は経っていない。場所は先ほどまで居た公園のようだ。

「ん?」

 瞬は地面に濡れたハンカチを見つける。土にまみれて汚れてしまったが、額に感じる水気を考えると今までこれが乗っていたようだ。

 誰がこれを、と悩む前に答えは向こうからやってきた。

「あ、起きたんですね」

 藍那だ。彼女は落ちたハンカチを拾って水道で汚れを落とすと、再び瞬にそれを渡してくる。

「あ、ありがと。……え、っと」
「言いたいことはわかってます」
「ああ、そっか」

 シシーが自転車にぶつかってから、一体何があったのだろう。藍那がこうしている以上、無事であることは間違いないが……

「片乃瀬さんの努力が実を結び、ついに空中三回転を会得しましたよ」
「わかってねーじゃん!」

 まさか藍那がこんな状況で冗談を言うとは思わなかった。普段の真面目な印象が目立つ瞬にとって、ちょっとした衝撃である。 

 ちなみに空中三回転は、シシーとぶつかって放り出された時にそうなったらしい。つくづく最近の自分は空を舞うことが多くて困る。

「すみません。もう騒動は解決したので、普段通りの調子に戻ってもらいたかったんです」

 解決? と首を傾げる。はい、と藍那が抑揚の無い声でつぶやく。

 藍那が指を上げ、瞬も指した方向へ顔を向ける。そこには、横向けで倒れるシシーの姿があった。

「あれは…………?」
「高原さんでしたか、彼女が当身をしたらシシーが大人しくなってしまったんです。単なる打撃でシシーを静めたことについて説明を求めようとしたらいつの間にか逃げられてしまったのが残念です。ああ、ホントに逃げたのではなくて、連れを呼んでくるらしいので安心してください」

 言われずとも、恋がこの件を放置するとは思えないので、瞬は適当に頷いておいた。

 気絶させたというのは当身ではなく、おそらく【手品師】を使ったのだろう。藍那に一から全部説明したら確実に恋の【手品師】が衆目にさらされ数を減らすことになるので、逃げるのは当然の判断と思えた。元より渡すつもりはなかろうが、しわ寄せが思い切り瞬に来そうな予感がした。

 現に今、恋の連絡先を教えてもらえないかとせがまれる真っ最中だ。

 自分の家族と断言するシシーのことがあったばかりだというのに、本当に元気な娘である。放っておかれるシシーが可哀想になったので、瞬は話題変更と共に藍那の注目をシシーに集める。

 藍那もシシーのことは心配なのか、恋のことなど忘却の彼方シシーの様子を真剣な面持ちで窺っている。助かった。
(助かった? なんだ、何か引っかかる)

 そういえば、何故自分はシシーを追いかけていた? 簡単だ、自分が保護するプラントの離界人を助けに――

「レフィン!」
「わっ」

 急に大声を上げたせいか、藍那は軽く驚いたようだがそんなことに構っている暇はない。本来の用件、レフィン救出のほうが優先なのである。

「藍那ちゃん、レフィンは!?」
「あ、ああ。昼間見たあの子でしたら、そこに」

 目がベンチを向き、瞬は首を折れる勢いで先ほどまで寝ていた場所を見やる。瞬の頭があった場所の少し上、そこでうつ伏せで眠るレフィンの姿を確認する。

 ほっと息をつき、あれじゃ苦しいなとレフィンをあお向けに直そうとしたその時だった。倒れていたシシーが急に唸り声を上げ、体を起こし始めたのだ。

「気絶してたんじゃなかったのか!?」
「起きてしまったようですね」
「何冷静にしてんの! 今高原いないし、襲って来たらどうするんだ?」
「大丈夫。私は常にシシーを宥める匂い袋を持っているんです」

 藍那は腰に吊るしていたお守りのようなものを取り出す。少し鼻を寄せてみると、刺激臭のような香水のような、よくわからない匂いがする。

「それで大人しくなるのか?」
「ええ。人で言えばアロマセラピーのようなもので、これは私が改良して即効性を重視したものです」

 アロマセラピーなど試したことはないが、ストレスを軽減させると聞いたことがある。それの即効性というになら、ひょっとすると昼間レフィンの起こした現象の道具版ということか。

「今までこれで大人しくなってますから、安心です」
「そうか、なら安し……ってちょっと待った!」

 レフィンと同じ効果、というのならひょっとしてひょっとすると――

「オォォォォォォォォォォン………………!」

 予感的中。是非外れて欲しかった。

 理由は皆目検討がつかないが、穏やかさを与えることにかけては定評のあるレフィンの能力によってシシーは暴れ始めたのだ。それと細かな違いがあるといえ、似たような効力を持つそれを嗅がせてしまえば、同じようになるに決まっている。

 けど、今まではそれで大人しくなったと藍那は言っていた。ならどうして今になって?

「…………考えてる暇なんてないか」

 今もなおシシーを宥めようとする藍那の手を引き、その足でレフィンを掴んでその場から逃亡しようと試みる。だが試みただけであって、それは成功することなく終わってしまう。

 完全に覚醒したのか、シシーが犬の機動力に相応しい動きで藍那へ殺到してきたのだ。

「藍那ちゃん!」

 咄嗟に藍那を突き飛ばす。おかげでシシーの体当たりは免れたものの、今度は標的が瞬へ切り替わった。獲物かどうかは知らないが、自分の邪魔をした小動物の存在に気づいたのだろう。

 アクションヒーローでもなんでもない瞬は、逃げることも叶わず、迫り来るシシーによって押し倒されてしまう。咄嗟にシシーの頭を掴んで牙を突き立てられることは防ぐが、膂力が根本的に違うせいか、そう長くは続かない。

「痛ッ!」

 爪が肌に食い込み、浅く血が滲む。深くはないものの、シシーはそれ以上の攻撃はしてこない。いつさらなる食い込みを見せるかと思うとぞっとしてある意味血を流すより怖い恐怖に狩られる。

「シシー! 待て! 待て! 片乃瀬さんから離れなさい!」

 鋭い叱咤。今まで片手で数えるくらいしか聴いたことの無い、切羽詰った声だった。やはり人の命がかかっているとどんなに無愛想でも懸命になるのだろう。

「人肉はまずいんですよ!」
「そういう問題じゃねー!」

 こんな時まで何を言うか。それでも突っ込んでしまう自分が悲しい。そんな命がけのツッコミをしている間にもシシーの爪と牙は瞬を蹂躙していた。

 必死に歯を食いしばって痛みに耐える。耐えながら、こんなにも理不尽な展開にどうしもうもない怒りがふつふつと湧いて来る。

 何故に平日の昼間からこんな命がけの死闘を演じているのだ。本来なら今の時間、学校でノートにペンを走らせる非常に平凡な学生労働をしているはずなのに。

 先日といい今日といい、何故に自分だけがこんな目に……!

 怒りが瞬間性の力となり、藍那が作った一瞬の隙をついて瞬はシシーの下から逃れる。火事場の馬鹿力よろしくそのまま藍那も助けようとしたが、それは無常にも実行することができなかった。怒りは瞬間性があっても、持続性はないのだ。

 シシーが前脚を振りかぶる。瞬の目には、それはスローモーションとなって映った。

 爪が胸を穿ち、風圧で体が吹き飛ぶ。痛くはない。ぴくりとも体は指一本動かせないのに、意識だけが鮮明だった。痛みが度を越しすぎて、痛覚が麻痺してしまったのかもしれない。

 仰向けに倒れる瞬の前に藍那が立った。シシーにこれ以上進ませないように、両手を広げ体を張って阻止している。

「やめなさいシシー。おふざけでも、これ以上は許せない」

 無茶だ。今のシシーは一種の狂化状態にある。話なんて通じるはずない。事実、シシーの唸り声はますます迫力を増し、今や地の底から響くような深さまで伴っていた。

 さらに、シシーの牙が藍那の小さな体へ向いた。瞬は見ているだけで何も出来なかった。

「やめ、逃げ…………」

 声を絞り出し、かすれながらも言葉を伝える。藍那は瞬が未だ意識を保っていたことに軽く目をひそめたが、すぐにシシーへ向き直った。

「身内の不始末は身内でつけるものです」

 そう、言い切った。ペットを家族として扱う人は多く、藍那もその内の一人だ。けれど、あんな巨大なシシーを、さらに離界犬と知った今でも彼女のシシーへの愛情に揺るぎはない。

「シシー、おいで」
「ウオオォォォォォォォォォ…………ン」

 シシーの牙が藍那の小さな肩に触れる。瞬以上に傷が深く、流れる血も一筋ではすまない。痛くないのか?

「………………ッ」

 そんなはずはない。痛くなければ、ああまで歯を食いしばって耐える顔をしない。従来の犬歯の倍以上の牙が突き立っているのだ。痛くて痛くて仕方ないはず。

 それでも藍那はその場から動かない。むしろ、広げていた両手の一つをシシーの頭に乗せて撫でている。

「懐かしいね。昔はよく噛まれたっけ」

 赤子をあやす母親のように、藍那は昔話を語り出す。

 生後間もない子犬は、よく人や物を問わず何かを噛むという話を藍那から聞いたことがある。口の中が気持ち悪くて噛み付きによって気を紛らわす他、噛んでいいもの悪いものをわかっていないため、人間が教えなくてはならないから苦労したらしい。

「でもね、噛んでいいもの悪いものは、ちゃんと教えたでしょ? 忘れちゃった?」

 狂化状態のシシーに何を言っても無駄なはずだ。極度の興奮に身を任せている相手に、言葉など届くはずが無い。あんなのは自己満足だ。

 そう、言葉など、通じるはずが無いのだ。

 ぐわっ、とシシーが死を与える鋭い犬歯を伴った顎を開く。藍那は動かない。撫でるのをやめて、ぎゅっとシシーへ抱きつくように体勢を変えている。

 すぐさま藍那へ駆け寄って引き離そうとするも、彼女は強く抵抗してその場から離れようとしない。それが歯がゆくて仕方ない瞬は、公園のゴミ箱を持ち上げ、シシーへ全力で振り下ろす。さすがにこの不意打ちはたまらなかったようで、藍那の肩から牙を離した。

ポケットからハンカチを取り出して藍那の肩をきつく縛る。そして一一〇、一一九と携帯電話の番号をプッシュし、警察と救急車を呼んだ。

 もう離界人がどうだか構わない。ただ、このままではいずれ失血死してしまう。知り合いが目の前で死ぬなんて、瞬には考えられなかった。

 ハンカチ一枚では満足な止血を行えない。瞬は藍那のポケットから彼女のハンカチも取り出し、二重に巻いた。後はもう動かないでいて欲しいのだが、彼女は止まる様子を見せない。

「もうやめろ! このままじゃ出血多量になる!」
「構いませんよ。シシーが止まれば問題ないです」
「ありまくりだ! 止まるかどうかもわかんねーだろ!?」
「止まります。前にもこんなことがあったんですけど、頑張って話しつづけたら落ち着いてくれましたから。まあ朦朧としてよく覚えてないですけど」

 一度この方法で止めたことがある、それが絶対の自信となっているようだ。おそらく、藍那は本当に気を失うまでシシーを説得し続けるだろう。それこそ、野生の動物を相手にするネゴシエーターのように。

 それでも、瞬は無理だと思っていた。説得というのは基本的に時間をかけてじっくりと行う作業だ。二、三の問答で解決するのは交渉でも説得でもなんでもない。

 ただでさえ、言葉の通じにくい動物相手への説得。そして対象の精神は凄まじい興奮状態にある。言葉に耳を貸すとは到底思えないのだ。昔のシシーが大人しくなったのも、おそらく朦朧としていた時に麻酔銃か何かで眠らされたのだろう。

「片乃瀬さんは関係ありませんから、さっきの子を連れて逃げてください。もう面倒事には関わらなくていいですよ。いえ、巻き込んだのは私ですから調子に乗った台詞ですね。……お願いします、逃げてください」

 その台詞は卑怯だった。常日頃面倒事は御免と断言する瞬にとっては恰好の逃げ道だ。だが、この状況で言われるのはそれこそ、見捨てると同意義だ。たとえレフィンを連れていくという理由があっても、素直に頷くことなど出来ない。

「今まで私のわがままに付き合わせてごめんなさい。そして……ありがとう」

 藍那がこんなに素直に感情を発している。それは、彼女が成長した証。

 あの時レフィンを見捨てなかったように、今の藍那を犠牲にするなど微塵も考えなかった。
 
 悪ガキがほんの少し素直になったところであっさり情にほだされるのはフィクションだけだ。瞬は、謝るくらいならこれから藍那に仕返しするつもりだった。

 そう、しとやかな性格にでも矯正して穏便な日を象徴するカテゴリーに入ってもらうくらいはしてやらないとな!

「…………片、乃瀬さん…………何をっ!」
「ウゥゥゥゥゥゥルルルルルルルルウゥゥゥ…………」

 瞬は朦朧としているシシーへさらに石を投げつけて頭に命中させ、一目散に自転車へ走って跨り、逃亡を図った。

 先ほとのゴミ箱と合わせての連撃だ。当然怒りが湧き上がり、矛先を小さな主から無礼な若者へと変更させる。――速い!

 総逃亡距離が五十メートルどころか公園内からも脱出できず、瞬は背後からシシーの突進を喰らい宙を待った。

 背中から思い切り叩きつけられ、一瞬息が詰まる。衝撃で体が引っかき傷を思い出し、傷口が熱くなる。雑菌か何かで病気になるかもと脳裏によぎったが、大地に伸びた両手にシシーの前脚が乗ったことですぐに忘れた。もう逃げることなど不可能だった。

 藍那の援護も間に合わない。顎が瞬の頭に迫る。死を覚悟し、抵抗することも忘れた。

(短い生涯だったな……せめて、もう一度家族で…………)

 暮らしたかった、とつぶやき瞬は生涯最後の言葉を残した。








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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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