ラブぜろ? 十二話

 つもりだった。

 レフィンがシシーへ雷撃を打ち、さらにターゲットの変更を強要した。目論みは成功し、狂犬は小さな小さな少女へ牙を向けた。

 その牙が人形のようなレフィンを裂く寸前、彼女は突如発生した光と共に消えてしまった。

 驚きに目を瞬かせていると、収まった光の中から、何者かが姿を現した。

「お二人さん、よく頑張った」
「へ、びがみ、さん…………」

 痛みでかすれてしまった声が名前を呼ぶ。あの気絶から復活して、ここに来てくれたようだ。

蛇神は笑顔でウインク一つ送ってきており、その様子に半ば呆れてしまう。そんな中、蛇神は指をぱちんと鳴らした。

 恋の【手品師】のような派手さとは対極的に、無音で中空から現れたのは、シシーと同じ体躯を持った巨大な蛇であった。その大蛇は、現れただけで場を支配した。

「悪いな、これ以上はおまえさんも望んでないだろうから、すぐ何も出来なくしてやる」

 蛇神の一声で大蛇がシシーへ迫る。だが、藍那がその中間へ割り込むことで迎撃しようとしたシシーに躊躇が働く。

 大蛇は構いもせず藍那の横を通り過ぎてシシーの体に巻きつき、拘束する。恋の【手品師】よりもさらに強力な鎖となった大蛇は、黒き巨犬から一切の抵抗を奪ってみせた。さらに何か軋むような音が響き、一際大きく鳴ったと思えばシシーはぐったりと気絶してしまった。大蛇は用済みと言わんばかりに、再度蛇神が指を鳴らしたことで消えてしまう。

 大人しくなったシシーに、藍那が駆け寄ってくる。無事なことを確認すると、蛇に巻かれたままのシシーをきつく抱きしめた。

「ごめん、痛い思いさせて、ごめん」 

 痛い思いは藍那もだろう、と言おうとしたが、言葉に出せなかった。自分が傷つけられるよりシシーが傷つけられたほうが痛かったのだろう。この辺は、普通の女の子なんだなと感傷に浸る。

 瞬は藍那の無事だけを確認すると、消えたレフィンについて蛇神に訪ねた。

「ああ、レフィンなら無事さ。俺と位置を入れ替えて、今はラブんトコにいるはずだ」
「位置の、入れ替え?」
「簡単に言うと、瞬間移動だ」

 ただ移動するのではなく、位置を交代させる対象がなければ発動しない瞬間移動と蛇神は言う。これも恋の【手品師】の能力らしい。万能すぎだ。

「感謝しろよ? 本来あまり使うのを禁止してるのに、せっちょんに限ってはすげー量を使ってんだからな」

 ああ、と思い出す。【手品師】は一日に使える回数が決まっていると言っていた気がする。【手品師】をケチらなければ藍那も傷つくことがなかったのではないかと思うと、感謝の気が薄れてしまう。瞬の心象を把握したのか、蛇神はフォローに入る。

「出来ないことはなかっただろうが、多分あのレッグトラートは死んじまったかもしれないぜ。ただでさえ、能力に過敏に反応する状態だったんだ。そんなところにさらに能力使ったら、頭の血管切れちまうよ」

 なんだかよくわからないが、とにかくシシーは離界人の持つ能力が大の苦手ということだけは把握する。しかし、藍那の匂い袋が今まで聞いていたのは一体?

 事情を説明し、匂い袋を蛇神に渡す藍那。突然現れシシーを気絶させた張本人であるが、恩人であることは理解しているので事を荒立てることはなかったが、その剣幕は瞬に向けたものよりきつくなっている。

 蛇神は意にも介さず匂い袋を調べると、へえ……と関心したように息を漏らす。

「報告通り、こいつは小さいお嬢ちゃんの能力と似たような効果が確かにあるな。支配とまではいかないが、鎮静剤以上の効果はある。確実にアニマジカの香草が使われてるな」

 となると、藍那の両親は瞬と同じく離界を知る地球人なのだろう。娘の危機なのだからすぐに駆けつけてくれるぐらいの甲斐性は見せて欲しかった。

「でも、どうしてレフィンやその匂い袋のせいで暴れたんですか?」
「多分、小さいお嬢ちゃんの能力が強すぎたせいだな。その子の能力は簡潔に言っちまえば、他人を強制的に喜怒哀楽のうち楽の感情に変化させるんだ。楽って言えば楽しいこと、言ってしまえば笑顔になるってわけだ。だから能力発動後はさわやかな空気になるんだろ」
「それは、また…………」

 まさに天然マイナスイオンの名に相応しい能力だ。たとえどんなに怒り頂点にあったとしても、レフィンの能力を受けてしまえば怒りは霧散してしまうのだ。攻撃性は全く無いが、敵対する相手を作らないという点では恋の【手品師】より有能かもしれない。

 そこまで考えて、腑に落ちないことが浮かぶ。強制的に場を和ませる能力であるはずなのに、むしろシシーは凶暴になって襲い掛かってきた。その理由が気に掛かる。

 蛇神はしっかりその部分も説明してくれた。

 アニマジカの生物は病原菌のような、体を害するものには人一倍過敏で抵抗力が高い。体の器官の構成上、病原菌を駆逐する白血球の比率が地球人よりも何倍も多いらしい。

 レッグトラートはその中でも病原菌を栄養とする器官も持っている。レフィンの能力は病原菌でなくじゃなくむしろ有効に働くものだったのだが、体内器官は異物として排除しにかかった。だが今回、レフィンの能力はレッグトラートの抵抗力の上を行った。

 支配と駆逐が体内でせめぎ合い、結果として暴走という結末に発展した。体内器官が、レフィンの能力にどう反応していいのかわからなかったのだろう。

 その点匂い袋は、アニマジカの香草が使われているため、本来の効用通り気分を落ち着かせる効果があった。

 ただ、体内器官に異常をきたしてしまったのであれば、その匂い袋など何の役にもたたなかったというわけだ。むしろ、似たような効力が働くことで体内器官がさらに狂ったのかもしれない。

 ピーポーピーポー、と救急車のサイレンが聞こえてくる。瞬が先ほど呼んだためだろう。すぐに来てくれると思ったが、経過時間は十分少々、存外手間がかかるようだ。

「あ、そこのレッグトラートは俺が連れてく。色々体内を洗浄しないといけないからな」

 そう言ってシシーを担ぐ蛇神。相変わらず痩躯な体のどこにそんな筋力が隠されているのだろう。

 藍那は自分もついていこうとするが、傷が深いせいか口篭もってしまい言葉を外に出せていない。瞬は蛇神に藍那を連れて行くよう進言しようとしたが、傷を考えると無理をさせるわけにはいかないと思い至り、瞬もまた言葉を口に出せずにいた。

 蛇神は二人の気持ちを察してくれたのか、懐から光り輝くカード、【手品師】を取り出し藍那の背中へ放った。

 みるみるうちに藍那の傷口が塞がり、血を拭いてみればそこには傷痕も一切存在しない完璧な治癒が行われた。驚きに目を丸くする藍那に蛇神は声をかける。

「ブリーダー、急がないと救急車が来る。着いて行きたいなら俺に掴まりな」
「あ…………はい!」

 久方ぶりに、無愛想な少女の笑顔を見た。

 お世辞にもレフィンのように花の咲くような笑顔とは言えないが、開かなかったつぼみから少し花が覗くような、珍しくて眼を惹くものだった。

 がっちり藍那とシシーを抱えた蛇神は、またなと言って跳躍した。飛んだと錯覚するほどのジャンプで、数秒後には蛇神達の姿は見えなくなっていた。

 それからすぐに救急隊員が公園にやってきた。瞬は傷口を見せながら、野犬に襲われたと真実混じりの嘘を話しながら傷の手当てを受けた。

 そこで蛇神の蛇の存在がバレて一騒動起きたのだが、瞬が必要以上に痛がる演技をして救急隊員の目を引いたため蛇は無事に逃げおおせた。色々と感謝する、蛇。

 終始混乱して犬の外見を覚えていない、という主張をし続けた瞬が病院から開放された時には、日はとっぷり暮れ夜の帳を迎えていた。


「……あれ? 鍵開いてる」

 痛む体を堪えながら帰宅した瞬は、自宅の施錠がされていないことに眉をひそめた。

 中はしん……として誰もいないように思える。しかし、散らかったテーブルの惨状と現在進行形で鍋を煮立てる音を奏でるキッチンを見れば、誰かがいることが伺える。

 瞬は少し緊張した面持ちでキッチンに踏み込んだ。

 そこには、荒らされたキッチンと横たわるレフィンの姿があった。コンロにはままごとセットと見誤るばかりの小さな鍋が火で温められている。

 瞬は慌てて火を消して鍋の中身を確認する。幸い中身は無事のようで、火を消し終わった後もことことと程よい煮立ちを続けている。

 次いでレフィンを見やると、彼女はいつの間に用意したのか、人形サイズに合わせた小さなエプロンを身につけていた。ぐったりしているのは、単に疲労からくる状態のようで体に別状はない。

「レフィン、どうしたんだ?」

 事情の説明を追及するべく、瞬はレフィンを撫で起こす。ややあって口元から少し涎を垂らしながらレフィンが起き上がる。目の前に瞬がいることに気づくと、慌てて口元を拭い鍋のほうへ飛んでいく。

 危ない、と言いかけたが時すでに遅し、レフィンは鍋の縁に手を当て火傷を負ってしまう。すぐにタオルを水で濡らし、慌てて暴れるレフィンを押さえて患部を冷やす。しばらくして痛みが治まってきたのか、レフィンは暴れることをやめて大人しくし始めた。

「ゆっくり、落ち着いて、な。一体、何をしてたんだ?」

 レフィンをテーブルの上に座らせ、瞬もまた椅子に座って目線を合わせる。子供は同じ目線の高さで会話するのがいい、とどこかで聞いたことがあったのでそれを実践しているのだ。

 それでもそわそわと忙しなく目を泳がせており、居心地が悪そうに顔を背けている。昼休みのことを引きずっているのだが、生憎今の瞬はそれを思い出せなかった。

「謝りたいのよ、レフィンは」
「高原?」

 かけられた声で立ち上がると、いつの間にか目の前に移動していた恋がそこにいた。

「随分ボロボロね。レフィン」

 恋はレフィンに何か耳打ちすると、レフィンはようやく瞬の現状に気づいたようで、慌てて掌に傷を治す光を灯し始めた。文字通りの『手当て』によって、シシーに負わされた傷の痛みが引いていく。一応消毒と包帯をしているが、もう必要ないほど体は回復する。

 傷が塞がった後も、レフィンは心配そうに瞬の体を気遣ってくる。先ほどまでと全く違う態度に、戸惑いを覚えた。

「謝りたいってのは?」
「昼休みに喧嘩したんでしょ?」
「それはおまえにも責任あるぞ。なんでレフィンがカバンに入ったのを放置したんだ。それくらい、高原なら……いや、おまえらならわかってたろ」
「見知らぬ地に一人放り出されてるのよ? むしろここ数日我慢してくれたことこそ感動するわ。レフィンはまだ子供。一人じゃ淋しいんだから」

 恋の言葉に言い返せない。レフィンは表情の八割は笑顔だった。自然と、寂しさという感情とは無縁のような気がしていた。

「笑顔が多いのも、無理をしてたからじゃないの? 笑うことで、自分を誤魔化してたのかもしれない」
「どんなことにも騒いでたのは、これは楽しいことだ、って自分に言い聞かせてたってことか?」

 そうだとすれば、それに気づかなかった自分が馬鹿らしくなった。子供になんてことをさせていたのだろう。

自己嫌悪に陥りそうな瞬に、恋は続けて言った。

「片乃瀬君といる時は自然な笑顔だった。それは保証する。でも、昼のことはその片乃瀬君に嫌われたと思ったんでしょうね」
「それがこの有様と何の関係があるんだ?」
「……片乃瀬君、自分が食事の時に少し表情が和らいでる自覚ある?」
「へ?」
「だから、食事の時に自分が笑ってるって気づいてた?」

 言われて思い出してみるが、心当たりはない。浮かんで来るのは、恋への文句とレフィンの食いっぷりに対する賞賛の声だけだ。

「その様子だと気づいてないみたいね。でも、私とレフィンは知ってる。片乃瀬君って、食事の時は穏やかに笑ってる感じなの。だからレフィンは思ったんでしょうね。自分もご飯を作って、笑って欲しいって」

 言われて、一つだけ思い当たった。自分一人でなく、他の誰かとの食事が続いたおかげだ。

「ってことはこの鍋、レフィンが?」
「こんな小さいサイズの鍋で食事を作るなんて、世界中捜してもレフィンだけよ? 必要な道具は私の【手品師】で作ったんだけど。あと危ないから包丁関係は私が担当しました」

 瞬は改めて鍋の中身を確認する。作られたものは、じゃがいもやたまねぎなど、野菜等で作られたスープだった。

 最初にレフィンに作ったものと酷似していて、瞬は自然とレフィンに目を向ける。レフィンは気恥ずかしそうにしながらも、機嫌を伺うように瞬を見上げた。

「はい」

 渡されたのは、既製品のヨーグルトカップをすくうものよりも一回り小さなスプーンだった。レフィン用のものだろう。

 受け取り、スープの中身を租借する。

「う」

 舌がぴりぴりする。すくった量は普通のスプーンよりもさらに少ないにも関わらず、だ。今度はレンゲに切り替えて口へ持って行く。

しょっぱくて塩味が濃い。鍋に入れる前の野菜一つ一つに塩コショウがかけられており、通常の量を食べきったら塩分過多で体調を崩してしまいそうだった。この分だと鍋の中身をかき混ぜている時にも塩などを入れたのだろう。

 おずおずと、挙動不審なレフィンと目が合う。笑え、今は嘘でもいいから笑え俺。

「うまい、よ?」
「なんで疑問系」
「頼む黙っとけ」

 ひくつく唇を無理やり吊り上げる。傍から見ても厳しい笑顔だった。

 それでも、瞬はスープを全て飲み干した。熱さなど微塵も気にしなかった。今はただ、顔の筋肉全てを駆使して表情を笑顔に固定する。

 しかし、一度耐え切れなくなって口元を押さえて俯く。顔を上げると、レフィンは目尻に涙を浮かべていた。

 それを見て、酷使していた顔の筋肉が全て緩む。瞬はしばらく息を吐き出し続け、深呼吸で心臓を落ち着かせる。

 ふーっ、と大きく息を吐き出し、瞬はひっくひっく言いそうなレフィンの両の頬を指ではさんだ。

「塩使いすぎ。野菜の甘さとかそういうのが全部吹き飛んで味も何もあったもんじゃない。でも一番悪いのはいびつな形の野菜達だな。皮は完全に剥けてないし、それが全て台無しにしてる」
「あら、反撃されちゃった」
「誉めてどーすんだ。……ま、不器用なりに気概は感じた。だからそれがすっごく嬉しい」

 今なら自覚できる。瞬は穏やかな表情を見せながらレフィンの頭を撫でる。しばし唖然としていたが、やがてレフィンはくすぐったそうに体をよじらせた。

「ありがと」
「おまえじゃないっての。や、一応、高原も、か。まあ、さんきゅ」
「べ、別にアナタのためにやったわけじゃないんだからねっ!」
「余計なリアクションせんでいい」

 にやにやする恋のおとぼけに反応しにくい。感情は思い切り篭っているのだが、生憎と表情が半分近く台無しにしている。

「高原も、レフィンみたく花咲く笑顔でいたらどうだ? そうすりゃ少しはその性格でも人が寄ってくるだろ」
「……………………」
「高原?」
「あまり親しくない人に寄られても困るわね。どうせなら片乃瀬君みたいに、弄り甲斐のある人や波長の合う人がいいな」
「はいはい、そーですか」

 一瞬だけ沈黙した恋だったが、すぐに切り返してくる。訝しげに思ったものの、レフィンが顔に抱きついてきたので、それ以上考えられなかった。

「今日の夕食は楽しみにしてろよ? レフィンの好きなのばっか作ってやるから」
「お肉もよろしく」
「んじゃ、ポトフかな。今日は世話になったし、特別に意見聞いてやるよ」
「それじゃ、さっき全部解決したって蛇神さんから連絡あったし、呼びましょっか。多分卯花さんもついてくるけど、構わないでしょ?」
「えー…………まあ、いいか。今日だけな」
「了解」

 頷き、恋は携帯電話に手をかける。

 その日の夜、結局瞬は四人と小さな一人による食事を取った。シシーや蛇神の蛇軍団も乱入し、結局家での食事は不可能となり、藍那の家の地下室に厄介になった。

 席では藍那が今日のことを謝罪してきたが、すでに完治している以上大げさに怒る気はなかった。それに、レフィンのことは藍那以外は忘れさせたと恋の報告もある。だから何も言うことはなかった。

 賑やかな場での食事は学校以外では初めてだった瞬も藍那も、この日だけは何も言わず食事を楽しんだ。そう、食事は大人数で取ったほうが美味いのだ。

 この夕食会は、家族で食事を取ることが少なかった瞬にとって、とても嬉しい出来事だった。

 どんちゃん騒ぎを起こしたさいに、蛇神が持ち込んだ酒によって恋以外の全員が二日酔いになり、翌日頭痛に悩まされたのは、また別の話であった。








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Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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