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巫女ハー 17-1

 華仙の介抱を受け、傷と体調を整えた僕は真っ直ぐ博麗神社へと向かっていた。
 あの老剣客――華仙曰く、妖忌という名の翁の襲撃の翌日。巫女の安否が気がかりな僕は、起き上がるやいなや華仙の静止も振りほどいて神社へと走っている。
 こんな時、もっと飛行の練習もしておくべきだったと痛感する。飛べないわけではないが、慣れていないせいで段差のある場所ならともかく平地を急ぐ時は走ったほうが速い。巫女に合わせてずっと歩きや走りだったので、普段の使い慣れの差がここで出てしまった。
 加えて襲撃された場に八卦炉を放置してしまったようで、巽(そん)……つまり風の力を利用した移動速度の向上もままならない。泣きっ面に蜂とも言うべきか、降り積もった雪上の移動は著しく体力を消耗する。
 だが今日は妙に体の調子が良い。
 筋力が向上しているのか、普段なら足を取られるはずの雪の上でも普通に走る以上の速さで駆け抜けることが出来た。自分の体が何かおかしいような気はしたが、今はどうでもいい。
 駆け抜けた先、少し開けた場所に出た。
 そして気づく。ここは、以前訪れた妖怪の山の中であると。つまり華仙の家は妖怪の山に存在していたのだ。修験道の通例といえ、妖怪の山に籠もるとなるとやはり彼女は相当な実力者なのだろう。今更ながら、もう少し話をしておけば良かったかもしれない。
(いや、今は巫女の安否のほうが重要だ)

 気がおおらかになっているのか麻痺でもしているのか、今は一つのことしか考えられない。普段の思考癖など捨て置き、僕は乱雑な考えのまま博麗神社へとひた走る。
 やがて息を切らせながら、僕は神社へと足を踏み入れる。
 思うほど体力を消耗していないことに驚きを隠せないが、それより先に視線は神社全体を見渡す。
 普段ならば掃除をしているか、修行をしているはずの巫女の姿は境内にない。ならば、と足は巫女の自室へと向かっていた。

「巫女!」

 乱暴に障子を開いて中の様子を窺うも、目的の巫女をそこには居ない。
 僕はすぐさま夢美達に充てがわれた部屋へと走る。彼女らと雑談しているかもしれないし、彼女がどこに居るか知っているかもしれない。
 予想に反し、夢美の部屋にもちゆりの部屋にも巫女はいない。どころか、二人すらいない。
 まさか、という考えは一瞬で捨てる。
 仮にそうだとしたらもっと争った跡があるはずだ。妖忌という老剣客は刀を使うのだから斬撃の跡が一つもないのはおかしいし、無抵抗でやられる巫女や夢美にちゆりではない。
 そうなると、出かけているのか?
 いや、と僕は裏庭へ走る。まだ神社の全てを見まわっていないのだ。結論付けるのは尚早というものだ。
 だがそんな儚い希望を壊すように、神社の中にも裏庭にも、果ては周辺一帯にも三人の姿を見つけることが出来なかった。
 落ち着け。たまたま、三人で人里へ向かったという可能性だってある。なら人里へ向かうべきか?
 だとしてもすれ違う可能性だってあるし、そもそも人里へ行ったというのも僕の推測でしかない。
 ……落ち、着こう。
 今すぐにでも飛び出そうとする足を懸命に抑え、僕はゆっくりと歩き出す。華仙の家から飛び出して今に至るまでのスピードを考えれば牛歩のような遅さで賽銭箱の前へと向かう。
 博麗神社全体を正面から見据えるように視界に収め、反転する。石造りの敷居に腰を下ろし、賽銭箱に背中を預けた。

「っは………!」

 足を投げ出し、うつむきながら片腕で両目を覆う。熱くなっていた感情が、一気に冷めていく。
 何をしている、と冷静な自分が告げる。あるいは、僕の妖怪の部分か。
 身を粉にして博麗の巫女を助ける義理などない。逃げてしまえばいいと、想像を凌駕する現実が事実を告げる。
 立ち向かう必要などない。逃げて、幻想郷を放浪していればいい。狙われているのは自分ではないのだ。ならば放置しておけと、今更そんな考えが浮かぶ自分に嫌気がさした。
 けれど、その誘惑はとても魅力的だった。
 感情が落ち着いたことで、死にかけた恐怖がゆっくりと這い上がってくる。
 妖怪はそう簡単には死なない。けど、僕は人間とのハーフだ。死ににくいというだけで、不死というわけではない。
 生来、そういう荒事は避けて生きてきたではないか。
 だから逃げる。あの子に会う以前は日常的にしていたことだ。簡単な、ことだ。
 巫女を、見捨てれば、いいだけの、話――

「そんなの、出来たらとっくにしているじゃないか」

 誰に言うでもなく、ひとりごつ。
 僕はあの子は見捨てられない。昨日怪我を負った理由を考えれば、そんなこと出来ないこと、とっくに知っているはずだ。
 仮にあの子を神社から連れだして、この幻想郷のどこかに逃げるとしても。きっと、巫女は僕の目を盗んでここへ戻ってくる。それが術の使えない己の存在価値なのだと、僕にとってどうでもいい戯言を吐きながら戻るに決まってる。
 けど現実問題、夢美達を倒した時のようには行かないことも察している。
 あれは一種のデモンストレーション。解決出来なかったとしても巫女は死ななかった。夢美が巫女に向ける興味は暇つぶしの域を出なかったからだ。
 妖忌は違う。
 捕縛でなく、殺傷を目的とした実力者。昨日は華仙という偶然のおかげで助かったにすぎない。
 どうしようもない現実。逃げるしか自分に打てる手はないというのに、逃げしたい相手に逃げる気がないのだ。……ああ、苛立つ。
 ガン、と力任せに敷石を叩く。脆かったのか、敷石は砕け散りじんとした痛みを手に残す。ああ、華仙の家に続いてまたやってしまった。
 散らばった石片を片付けようとする気は起きず、むしろもっと壊してやろうかとすら思ってしまう。一刻も早く巫女の安否を確認したいというのに、こんなことを考える自分に愕然とした。
 華仙から治療の代償は乱暴になる、と言っていたがこれほどとは思わなかった。
 殻に閉じこもるように体を丸め、湧き上がる全ての衝動を封殺するようにぎゅっと自分を抱きしめる。大人しく、大人しくしろ。今何より重要なのは、あの子の生死だ。
 少しの間、せめてこの衝動が治まるまではここに居ればいい。それを抑えこんでなお帰って来ないのなら、文に協力を要請すればいい。

「……はっ、なんで華仙の家が妖怪の山にあると気づいた時に考えなかったんだか」

 大分参っている。
 いや、無意識に文がここにいるとでも思ったのか。今は、どっちでもいい。
 吹き結ぶ風の音にすら苛立ちそうになる自分を隠しながら、僕は巫女の帰りを待ち続ける。
 だが――巫女も夢美もちゆりも、夜になっても帰ってくることは、なかった。



 微睡みに浸る視界に、昔日の残照が映し出される。
 始まりは、水の跳ねる音。
 沈んでいたものが浮かび上がるそれに酷似していた音は、鮮明な画と共に記憶を掘り起こす。
 振り返るその姿。幼い外見とは不釣り合いな、髪と同じ色の虚無を宿した双眸。
 紫色の桜花が舞い散る中、透明な水滴を滴らせて佇む彼女。
 人にも海にも無縁なあの土地でどうして全身を濡らしていたのか。そんな相手になんと声をかけたのか。今はそれを思い出すことが出来ない。
 掴み切れない雲のような漠然とした不安定さを内包した反面、掴めるはずのない小さな手が己の手をしっかり握っていた感触は思い出せる。
 添え木のように寄り添うか細く小さな存在が、口を開く。
 そうして、彼女は――



「ハーフ君?」
「―――――」
「うわっ、急にガン見しないでよ驚くじゃない」

 ――記憶の中よりもずっと成長した彼女は、呆れた顔で僕を見下ろしていた。
 咄嗟に周囲に首を向ける。あれから少し意識を失ってしまっていたのか、僕の背は賽銭箱に預けたままである。

「あらハーフ、無事なのね」
「なんだなんだ、待ちきれなくなってうたた寝か?」
「や、うたた寝ってレベルじゃないでしょ。地べたで寝るとか流石に野性的すぎるというかもっと常識身につけて欲しいんだけど」

 巫女の背後から、荷物袋を抱えた夢美とちゆりの姿が見える。袋の先から見える野菜などから、人里へ買い出しに出かけていたようだ。
 だが、そんなことより。そんなことよりも……!

「ったく、寝るならせめて神社の中にしてよね。こんなところで横になられて、誰かが来たら不気味に思う……どうしたの?」

 声なく己を見据える僕を怪訝に思い、巫女がそっと自分と僕の額に手を伸ばす。熱はないみたいねと軽い判断をしつつ、僕の体温を測っているようだ。
 むー、と唸る巫女が、今度は僕を立たせようと手を伸ばしてくる。
 僕は、その手を力強く掴み、

「痛っ。ハーフ君、何をって寒っ!」
「……………………っ!」
「なっ、ちょ…………寒い、冷たい!」
「おひょっ!」
「わお」

 勢いのままに胸元へ引き寄せた。
 彼女の体を抱きしめる。己の体一つで妖怪を相手取る巫女の体は、予想以上に華奢で小さな体をしていた。
 すん、と鼻を鳴らし匂いを嗅いでも血の気配はしない。巫女が何事もない健康な状態であることを意識し、僕はさらに巫女の体に回した腕に力を込めた。

「やめ、やめなさい! 二人が見てるし、それに冷たくて痛い、力入れすぎ! ホント何ハーフ君なんかいつもよりなんか痛いから恥ずかしいから!」

 どこか慌てる巫女の声を聞きながら、彼女がまだ妖忌と遭遇していないことを認識し心底安堵する。……まだ、大丈夫。

「これはあれですかご主人、冷えた体を物理的にあたためて欲しいっていう直接的なアプローチかと思われますが」
「いつもみたいなちょっかいとはまた違う気がするけど、男として見れば積極的で素敵ね」
「ほ、ほら二人がすっごい見てるから離しなさい!」
「つまり二人きりなら良いって暗喩ってことだぜ?」
「私達が来る前は毎日のようにしてたんでしょうね、素敵」
「~~~~~~~!! やめろって言ってんでしょうが!」

 瞬間、まだ明るいのに星が煌めいた。
 巫女の頭突きが僕の鼻を強打したのだ。流石にその痛みには耐え切れず、巫女は僕の腕から強引に離れてしまう。
 巫女は荒い息を整えながら何やら不満の声をあげていたが、鼻から頭に響く振動で脳が揺れたせいか上手く聞こえない。けれど、なんだか込み上がるものがあり――僕は、その感情のままに笑い声を上げた。
 当然、僕の内心を知らぬ巫女はドン引きの声を上げる・

「えー……いきなり笑うとかなんかもう、なんなのよ。何か実験で変な薬でも飲んじゃったの? もー、アリスのお見舞い、こんなんじゃ頼めないじゃない」
「話を聞いた時にも言ったけど、私達が行ってあげてもいいのよ」
「そのまま逃げそうだからだーめ」
「信用ないって悲しいぜ」
「うちに住んでから何回脱走したか言ってみなさい」
「さあ。過去は振り返られない主義なんだ」
「何言ってるのよちゆり。過去に決着をつけてこそ未来に進めるというのに」
「ご主人は囚われすぎなんだよ」
「どうでもいいけどどうしたのよハーフ君、いつにも増して気持ち悪い」

 三人の会話をよそに僕はひとしきり笑った。それが治まる頃には、おっかなびっくり差し出されていた巫女の手を取ってようやく冷たい敷石から立ち上がった。

「すまないね、巫女。ちょっと色々あって」
「色々すぎるっての。なんか力も強くなってるし、セクハラ妖怪にでもなる気?」
「退治されたくないし、巫女にしかやらないよ」
「よーし今度は踵がいいってことね」

 足を鞭のようにしならせ空に向かって蹴りを数度放つ巫女。腕のように器用に足を動かせるおかげか、その滑らかさと柔らかさには思わず感心の声も上がるというものだ。

「生憎だけど期間限定だ。またの機会にお楽しみに」
「楽しんでないからね? いいハーフ君、女の子はもっと優しく扱ってくれたほうが相手も喜ぶのよ。いきなり引き寄せるとか強引なのもたまにはいいかもしれないけど、そういうのは雰囲気補正ってやつのおかげだから何も知らない子にやったら嫌われるほうが多いんだからね。あと髪の匂い嗅いでたみたいだけどそういう変態チックなのも控えなさい。ったく、なーんでそんなことしちゃったの。教えてみなさい」
「今日は口が動くね」
「あんたがいきなり変なことするからでしょ!」
「巫女を抱きしめただけじゃないか」
「それがおかしいっての。貴方別にわんこっぽいスキンシップ取らないでしょ。どっちかというと小傘のやり方」
「わんこがさ?」
「離してもどんどん抱きつかれます。って違う違う。話そらなさい。二人もなんか言ってやってよ」
「いや、私らはお邪魔虫かなーって。珍しくご主人だって同意するように静かじゃないか」
「ん、そうね。ここは退散の一手と行きましょう」
「ここは同居生活で培った友情的な何かを今こそ発揮するところでしょう」
「ハーフは何か言いたいことでもあるみたいじゃない。私達が居ると話しづらいだろうし、真面目に去るわよちゆり」
「おっけーい」
「え、ホントに? ホントに置いてくの? おーい」

 本当に先に神社の中へ入っていった夢美達を遠巻きに見る巫女の手が、誰に向けるでもなくから回る。
 なんだか、こういう会話は久しぶりに感じた。妖忌に襲われてから会話を楽しむ余裕なんてまるで浮かばなかったのだから、そう思うのかもしれない。
 まったくもう、と軽い怒気を発しながも巫女は僕に向き直る。なんだかんだで相手をしてくれる辺りが巫女であり、だからこそ構いたくもなってしまう。

「最近神社に来なかったことに関係あるの? それに服がいつもと違うわね、イメチェン?」
「ん? あー……ちょっと新しい術式を開発してね。服もそれで汚れたから変えただけさ。その実験で篭っていたんだ。僕に会えなくて寂しかったかもしれないけど『全然』即答されるとこっちが寂しい」
「あーもう、ハーフ君はいつも通りよくわかんない。とりあえず、ほら」

 巫女がこちらへ歩み寄り、すっと手を差し出してくる。僕はその小さな手を軽く握り、引っ張られるままに立ち上がった。

「ほら、手が冷たい。いつから寝てたか知らないけど、神社で凍死なんて勘弁してよね。あったかいものでも出してあげるから、とりあえず私の部屋で待ってて」

 そう言ってパタパタと騒がしく駆けながら巫女は神社の中へと走っていく。特に体調が悪い自覚はないが、寒いことは寒いし巫女の好意はありがたく受け取っておくとしよう。
 今は、この胸から生じる暖かな空気に包まれていたかった。



「ほい、熱めだから気をつけてね」
「ああ」

 沸騰するヤカンが発する音を聞きながら巫女の部屋に備え付けた(設置は僕がした)こたつの中で待機していた僕は、やややって二人分の湯のみを持って現れた巫女からお茶を受け取る。
 体とお茶から生じる温度の差でゆるやかな痛みがあるものの、特に気にせずに熱いお茶をあおる。
 じんとした痛みを覚えながらも、体は温もりを得たことで徐々に体温を上げ始めていた。 ほっと息をつく僕をよそに、対面に座り頬に手を当ててこちらを見やる巫女の目は訝しげである。

「で、一体どうしたの?」
「どうしたって、何が?」
「何が、じゃないわよ。何かあったんでしょ? 流石に、今までのあれと比べて普段の行動だって言われても違和感しかないわ」
「ちょっと別の手口にしたいつも通りじゃないか」
「その割には随分と迫力があった気がするけどね」

 ズズ、と巫女がお茶を飲む音がやけに響く。
 少し、間が空いた。沈黙を続けるのはまずいと判断し、僕はその溝を埋める。

「それより、最初に言ってたアリスの見舞いっていうのは?」
「ん、ちょっと今回の長続きしてる冬の調査を手伝ってもらったんだけどね。無理強いさせちゃって、倒れちゃったの。私としては付きっきりで看病してあげたいんだけど、神社を放置するわけにもいかないからさ。治るまではハーフ君か小傘にでも看病お願いしようと思ってたの」
「小傘と言えば、見てないのかい?」
「てっきりハーフ君と一緒かと思ってたんだけど、違うの?」
「いや、見てないな。まああの子だって毎日来てるわけじゃないからおかしいことじゃないが、随分とタイミングの悪いことだ」
「ハーフ君も駄目なの?」
「正直に言うと夢美達に変わって欲しいところだな」
「アリスのお見舞いより大事なのことなの?」
「…………………」
「ハーフ君?」

 どう答えるのが正解だろうか。安否も確認出来たのだし、次のやるべきことは襲撃への備えだから、まずは落としてしまった八卦炉の捜索をしなければならない。
 夢美達との出会いの中、レーダーという存在を知った僕は八卦炉にマーキングをすることで位置を把握することが出来るので、探査魔法を使って本格的に探せば見つけることは簡単だ。
 不安があるとすれば落とした八卦炉が誰かに拾われている可能性。複製版を作るための材料も調達しなければならないため、製作は最終手段にしたい。
 そして今しがた聞いたアリスの体調は確かに心配だが、命に別状がない以上優先順位が下がってしまうのは致し方ないというものだ。こちらの事情と単なる体調不良とは比べるものが、違うのだから。
 答えに詰まったことで、巫女が逡巡する僕へ向ける目は懐疑的だ。……ここは、少しでも早いアリスの復活を手助けしたほうがいいだろう。

「わかった。アリスの見舞いは僕がやっておくよ」
「悪いわね、私も手が空き次第向かうから」
「君が行く時にはアリスの体調も治ってるさ、きっと」
「だといいけどね」

 ここでようやく、巫女の顔に笑みが浮かんだ。さっきから不満と怒りしか見せない彼女であったが、やはり笑顔が一番である。
 そこで、巫女が僕を見て何かを発見したように首をかしげた。

「……あれ、今日は髪縛ってないの?」
「ん、あ、ああ。ちょっとなくしちゃってね」

 言われて、いつも首元で束ねている髪を縛っていないことに気づく。妖忌に斬られた時に一緒になくしてしまったのだろうか。少なくとも華仙の治療を受ける時にはなかったような気がする。

「そうだ巫女。せっかくだから縛るの貸してくれないか?」
「別に構わないけど……これの予備でもいい?」

 そう言って、巫女は左の一房だけ編んだもみあげを縛る蝶型のリボンを手に取る。ちゆりと服装について盛り上がって会話していたさい、頭にもアクセサリーが欲しいと言い出した巫女のためにこしらえたものだ。手先がやや不器用な巫女のために最初は僕が編んであげたが、今ではなんとか自分で編めるようになったからその成長を嬉しく思う。
 流石に女物のリボンはちょっとと断りを入れながら、僕はふとリボンの代用品を思い付いた。

「なあ巫女」
「どした?」
「君が最初に作ったお札。あれをお守り代わりに代用にさせてくれ」
「…………んえ?」

 奇声を上げる巫女。きょとんとする彼女も可愛らしいと思うが、それを突っ込むのは後回しとしておこう。

「ほら、巫女になってすぐの頃にお札を自作していた時期があっただろ? あれだよ」
「あー、あー。そんなこともしていたようなしていなかったような」
「してたんだよ。最初はともかく、作った回数が二桁になったくらいでぶーたれて僕に代理をお願いしていたのもはっきり覚えてる」
「妖怪って忘れっぽいって聞いたんだけどー!?」
「巫女のことだからね、よく覚えてる」
「からかう材料だと思ってこのやろう」

 私不満です、と顔を険しくする巫女。今にも飛びかかってきそうな気配だが、このラインはまだ大丈夫。何年も接していれば、いつ巫女が手を上げるかその見極めは容易い。

「頼むよ」
「…………なくしちゃったわよ、あんなの」
「この部屋のタンス、二段目の奥に置いてあるのはなんだっけ?」
「見たの!?」
「なんだ、やっぱりあるんじゃないか」

 んぐ、と喉に声をつまらせる巫女。静々とお茶を口に運び、そっぽを向いて僕の視線から逃げようとしているが、甘い。

「昔から大事なものはそこに隠していたろ。変えない巫女が悪い」

 僕は立ち上がり、逃げ場をなくさんとそのタンスへ歩み寄る。そうして中身を取り出そうとしたその時、巫女が急に絶叫した。

「あ、ちょっと待って! 今そこには」

 静止は遅く、タンスの戸を開けた先にあったのはいくつかの布地だった。まず目についたのは、レースの生地で編まれお椀のように丸い窪みが二つあり、それらを繋げるように伸びた紐の先にはホックが備わっている。確か、前に夢美達が教えてくれた外の世界における下着類だった。これは胸に巻くもので、もちろんというべきか履く分もしっかりある。
 とりあえず先の展開が見える気がするが、その窮地を脱するべく僕はさらに奥を漁って巫女の自作の札の一枚を入手する。
 振り返り、僕は見せつけるように不格好なお札を掲げ――そのお札を避けて繰り出された巫女の湯のみが顔面にめり込んだ。投擲が苦手な癖に、こんな時だけナイスなコントロールである。

「あのね、いくら気心知れてるからって、異性に下着見られて何も感じないほど思春期女子は甘くないから! 兄妹だとしても、恥ずかしいことは恥ずかしいのよ?」
「いや、今のは完全なまでに僕の失態だ。ごめん」

 熱さと湯のみによる物理的な衝撃で前が見えない状態から回復した頃(何故か治りがいつもより早かった)、僕は顔を赤くする巫女をなだめながら改めてこたつのテーブルの上にお札を置いた。
 すでに十年近く前に作られたにも関わらず、保存状況が良好であったためか色あせた様子もなくそのお札はそこにある。

「まったく、なくしたとか言いながらしっかり取ってあるんじゃないか。君はいつからそんなあまのじゃくになったんだい?」
「っさいなーもう。あんまりこういうのは人に見せるもんじゃないでしょうに」
「一緒に作ったのに?」
「だからこそ、でしょ」

 別に気にすることはないと思うのに。このくらいの年頃、それも人間の少女の気持ちは中々正確にはつかめないな。

「それで、私の恥ずかしい過去をほじくり返して何の意味があるのよ?」
「言っただろ、こいつを髪留め代わりにするんだ」
「だから、その理由を聞いてるの。今までだって髪留めとか別に気にしてなかったじゃない。わざわざこんなの持ちだしてげん担ぎするなんて、よほど何か大きいこと抱えてるんでしょう?」
「…………」

 本当に、つかめない。
 さっきまで子供のように羞恥で喚いていたと思えば、こうして言ってもいない部分を鋭く付いてくる。付き合いの長さもあるかもしれないが、これも巫女の勘というやつか?

「女の勘よ」

 断定する、巫女の勘だ。

「まだ何も言ってないんだが」
「ハーフ君が私の気持ちをある程度察するように、私だって貴方のことは多少わかるわよ」
「お、ついにデレ期かな?」
「デレ期って何よ」
「ちゆり曰く、巫女はツンデレだそうでつんつんした態度から一転仲良くなるとこっちを嬉しくさせる行動をするタイプで、その甘えにも似た時期のことを示すらしい。そんな単語があるなんて、未来は進んでいると思わないか?」
「知らん! それに言うほど進んでるとも思えないんだけど……って、話を脱線させようったってそうはいかないから。ほら、きりきり吐く」

 流石に一筋縄ではいかないか。
 普段ならまだ押し切る自信はあったが、今日はちょっと唐突な行動を多く見せてしまった。僕の雰囲気がいつもと違うというのも、彼女は察しているだろう。
 それを気遣っているから夢美達だって乱入してこないし、巫女も僕を逃がす気は見せない。さて、どうするか。

「巫女が言う通り、げん担ぎさ。ちょっと、大掛かりな仕事をする予定があってね。君の思い出にあやかりたい」
「失敗作なのに?」
「本当に失敗作だったらとっくに捨てているだろ? 君がこれを大事にする、本当の理由にあやかりたいのさ」
「…………ハーフ君が初心にかえるって、一体何をしでかす気なのよ」
「大事なことさ。巫女が巫女を続けるくらいには」

 考えるまでもない。
 巫女を騙すのが難しいのなら、嘘をつかなければいい。伝えるべきものが真実なら、そこに偽りはないのだから。

「それが何かを、教えてくれる気はある?」
「なるべく秘密にしておきたいかな。終わったら巫女にも言うよ」
「……………」
「ま、あれだ。誰しも秘密はあるってことで一つ」

 だから、聞いてくれるな。
 僕は無言で巫女にそう語る。信頼を逆手にとった卑怯なやり方とは思うが、それで巫女を命の危険から遠ざけることが出来るなら躊躇はしない。
 苦労はするだろうが、信頼はまた作りなおすことは出来る。でも、人間にとって命は一つしかなく、やり直せる機会は存在しない。
 この幻想郷なら妖怪化という逃げ道もあるが、彼女は多分、そうしない。
 それが、巫女だから。

「ずるいよね、そういうの」
「僕が姑息なのは今更だろ」
「んー…………」

 こめかみを抑えて唸る巫女。彼女の脳内で、理性と本能が戦っているのだろう。
 僕を信用して何も聞かない理性と、自分の気持ちに正直な本能。僕が今の立場でなければ後者への後押しをするところだが、僕はずるいのでもし後者になりかけても前者になるよう言葉を選ばせてもらう。
 葛藤はそう時間はかからなかった。

「わかった。とりあえず、貸してあげる。ついでに巻いてあげるから、横向いて」
「……サービスいいね。そのまま首を締めないでくれよ?」
「それはフリですかお客様」
「いえ、従業員の気配りに感動してつい出てしまった言葉です」

 ふざけた掛け合いをしながら、僕は言われた通り横を向く。見えないが、巫女が腰を上げて膝で擦り寄ってくる。途端、背後の髪に彼女の手が入った。

「ホント、ハーフ君男の人にしては髪長いわねー。切らないの?」
「切る理由がないからね。特に困ったこともないし」
「髪洗うのだけでも大変そうだけど」
「そうかな。やっぱり僕はそう感じないが。それより、ちゃんと巻けるのかい?」
「流石に髪結べないほどぶきっちょじゃないわよ…………」

 げんなりとした声を出しながら、巫女は僕の髪を手櫛で梳いていく。通りのよくなった頃を見計らい、彼女はこたつの上のお札を手にとった。

「やー、数年ぶりに見たけど本当に懐かしいわね」
「ひっどい文字だったな」
「子供に達筆な文字……ってこれ!」
「どうした巫女、何かあったのか?」
「わかってて言ってるわね…………」
「顔が見えないから、わかんないな」
「ほんっっっっっといい性格してる!」

 髪を通して手が震えているのがわかる。きっと、背後でまた声を詰まらせているのだろう。
 僕がタンスの奥から取ったのは、巫女が自作したお札――そのうちの一枚だ。一枚は巫女自身が普通に妖怪用に作ったもので、もう一つは区別のついていなかった当時の巫女が、僕が妖怪という事実を知って作ったものである。
 お札には神代文字で書かれるはずだったそれが、その一枚に限って言えば普通の日本語で書かれている。もちろん、当時の幼い巫女の手書き文字(イラスト付き)である。
 はあふくん、と書きたかったであろうお札には、一見すると高名の画家が描いたような素人には理解出来ない文字の羅列として記され、子供心に記念として取っておいたものが数年して消去したい思い出となって掘り起こされていたのをよく覚えている。

「まだ置いてくれてて嬉しいよ。だから、そいつを髪留めにしたい」

 それでもここに置いてあるのは、燃やそうとしていた所を僕が止めてゴリ押しという名の説得によって巫女の部屋の隅に保管されていたはずだったのだが……あのタンスに入っていたというのを見ると、やはり彼女はあまのじゃくだ。
 しばらく後ろからむー、とかうー、とかがー、などうめき声が収まる様子を見せなかったが、先ほどの葛藤よりもたっぷりと時間を使った後に、ようやく巫女の声が落ち着きを取り戻していた。

「もういいわ、そのままこれはハーフ君にあげる。大事にしてよね」

 それでも声に照れが混じっていることに、頬が緩む僕だった。
 記念のお札、当時の巫女が出来立てのそれを使って僕を退治せんと手に持って振り回していた光景が脳裏に浮かぶ。
 博麗の巫女になった最初の仕事が知り合いの妖怪を退治する、という聞こえだけならシリアスさを滲ませるそれは、単に子供のお絵かきの成果を見せるという僕を非常に和ませる遊びだった。
 彼女は、それでいい。
 夢美達の時のように、仕事で危ない目に合うこともあるだろう。でも、基本的に巫女に手を出す妖怪の中に強い相手はいない。みな、平和に慣れて争う気をなくしているからだ。
 だからこそ、それを根底から覆す強者が巫女に接触するのは避けなければならない。
 絶対に。

「ん、これでいいかな。あんまりきつく縛りすぎても、お風呂に入ったり寝る時に解けなくなっちゃうしね」
「あとで固定の用途でも混ぜておくさ」
「思い出が汚されていく気がするわね」
「気のせい気のせい」

 促されて立ち上がり、部屋に備え付けてある全身鏡の前に連れていかれる。お札が裏返しにされて結ばれているのは、汚いと思っている文字を周囲に見せたくないからか。これなら、遠目では白い紐で縛っているようにも見えるだろう。
 しっかり髪を結ばれていることを確認した巫女は、満足気にうんと頷いた。

「ん、良い感じね」
「巫女も束ねる?」

 お揃いだぞ、と冗談めいて言う。
 巫女は苦笑を浮かべながら返す。

「ま、考えとくわ」
「楽しみにしてる」

 それじゃ、食事でも作りますかと巫女はぽんと手を叩く。その提案に、僕は以前巫女が作った食事の数々を思い出し妖忌の件とは違う意味で顔をしかめた。

「巫女、頼むから普通に作ってくれよ? 別に作れないわけじゃないのに、個性出そうとして創作するから料理という名のオブジェが出来上がるんだ」
「なんかさー、決められたものを受け入れるより少しでも変えて別の存在として生まれ変わらせてあげたいっていうの? 人は変化する生き物なのだよハーフ君」
「で、その結果に対してどう思いますか巫女様」
「とーいつげんりとは何をしてもそーいう名称として取り込まれるから過程に意味はなくどんなものであれそう呼ばれます。夢美が保証してくれます」
「……だからあれも料理だと?」
「いえすあいどぅ」
 
 ひどい棒読みを見た。しかも夢美が来て言い訳が増える始末。これは、監視役が必要だ。

「それじゃ、さっきから外でこっちを覗いてる二人組。どっちか巫女の手伝いをしてあげてくれないか? 思い満足な食事のために」
「え?」

 僕が振り向きもせずにそう言うと、がらりと部屋の障子が開かれた。そこに居たのは当然、居候の二人である。

「ちょ、席を外すって……!!」
「席を外すとは言ったけど、聞かないとは言ってないわ」
「面白そうなとこ以外、多分大事なとこは聞いちゃいないよ。他は映像だけで見ていたけどな。んで、お気に入りの下着はレース系なのか。さらしで十分とか言ってた割にとっておく辺り紹介した甲斐があるっていうか、案外お嬢様じゃん」
「…………!!……………!?」

 ちゆりが言葉にならない声をあげる巫女を揶揄する。以前聞いた監視カメラ、という神社全域を把握できる技術でこちらを見ていたのだろう。ちょうどいい、巫女の監視役はちゆりに頼もう。

「ちゆり。巫女がごはん作るそうだから、手伝ってあげて」
「仕込みは最低限にさせるぜ」
「そうして。私達の美味しい食事のために」
「わかってるって。それと巫女、お前ってほんとハーフにはツンデレなのな。最初話聞いてる時の顔から髪梳いてる時の表情の変わりっぷり、見てるこっちが照れちまったぞ」
「ちゆり、後で見せてくれ。ああそうだ。巫女が今から飛びかかってくるだろうから、退避したほうがいいよ」
「了、解っぃぃぃぃぃぃ!」

 僕の発言が合図だったのか、目をぐるぐるにした混乱の最中にある巫女はちゆりの口を封殺せんと彼女に飛びかかる。だが彼女も統一原理の恩恵を受ける身、巫女に負けない体捌きでその突進を避けてエコーを残してお勝手へと走り去っていった。
 その動きに苦笑を漏らす僕に、夢美が妙に固い声音を発した。

「ねえハーフ。ちょっと聞きたいんだけど、貴方のところに知らない妖怪が訪れてない?」
「……まさか、夢美のところにも?」
「ええ、胡散臭い金髪の女だったわ」
「え? 僕は白髪の老剣客だったぞ」

 互いに無言。一瞬の思考の末、口に出した結論は同じもの。

「………………さて、どうやら」
「話し合う必要があるみたいね」

 食事が出来るまでの間、そうして僕達は互いに情報交換をするべく話し合いをするのだった。



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No title

おお、いつの間にか更新来てた!
最近先代巫女が主人公の有名な作品が出来ましたが、やっぱり私の中での先代巫女と言えば鳩さんの書く巫女さんです
更新が来るとほんとに嬉しくなります

No title

巫女ハー新作乙です!何かナチュラルにイチャついてる!いいぞもっとやって!
華仙とのやり取りももっと見たかったですがこの状況では仕方ないですね。

No title

非常に遅くなりましたが更新乙です
まさかセイバーオルタをDLしに来たらずっと見たかった巫女ハーの
続きがくるとは… また何年でも待ちますのでがんばってください
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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


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