巫女ハー 17-2

 食事を終えた僕は、夢美から通信機なるものを受け取って神社を後にした。
 どうやら遠く離れていても相手と連絡を可能にする技術のようで、これでいつでも連絡を取り合うことを可能にしたのだ。後で用途を抽出して八卦炉か何かに混ぜておこう。
 ――結論から言ってしまえば、僕は夢美に全てを打ち明けた。
 巫女と妖忌を対峙させたくない一心だったが、あの老人以外の妖怪が巫女の周囲で動いているのなら僕だけではとても対処しきれない。協力者が必要だ。
 必要最低限の情報交換をして、巫女が居ない時に連絡を取り合えるようになったのは僥倖だ。夢美かちゆりが巫女の傍に居てくれれば、いつでも彼女の現状を把握できる。
 憂いを幾分かなくした後、僕は改めて八卦炉を取り戻すべく奔走していた。探査魔法がそう得意ではないが、時間をかけて行えば問題ない。片手間に出来るのが一番だが、そこは向き不向きと割り切るしかない。
 マーキングから発する信号を辿れば、八卦炉はなんと僕の住居でもある工房を示していた。てっきり雪山に埋もれたままだと思っていたのだが……

(問題は、誰が運んだかってことだな)

 夢美の言から、少なくとも金髪の妖怪は零時間移動(テレポート)を行使することが可能らしい。ここから妖怪の山まで出来るみたい、と言っていた。付け加えて、その程度ではなく幻想郷中のどこにでも現れることが可能と考えたほうがいい、とも。
 そんな能力の使い手が相手に居るのなら、僕達の現在地を割り出すことなど簡単だろう。待ち構えているのか、それとも八卦炉にメッセージでも添えて届けてくれたのか……後者は願望だな。
 そうこうしているうちに工房へとたどり着くと、入口の扉に背を預けて座っている少女を発見する。
 警戒心を上げ、物陰に隠れてその少女の正体を探る。彼女は、白いブラウスに緑色の上着を羽織り、頭に雲をイメージさせる帽子を被っていた。その傍には大きな茄子色の唐傘が置かれているのを見やり、それが多々良小傘なのだと気づく。
驚きで体勢を崩し足音を立ててしまったが、彼女は構わず静かに寝入っている――その両手に八卦炉を抱きかかえながら。

「小傘!?」

 僕は声を荒らげてすぐさま小傘へ駆け寄る。八卦炉を抱えた両手を外すことが出来ずに十分に体を調べることは出来なかったが、彼女に怪我はなく静かに寝息を立てている以上の変化は見受けられない。だが夢美も僕も襲われて居るのなら、小傘だって可能性がある。
 八卦炉と一緒なのは僕へのメッセージのつもりか。それとも……

(とりあえず中へ運ぼう。冬に外で寝かせるのはまずい)

 妖怪なのだから体の病気である風邪を引く心配はなかろうが……見た目が見た目だ、どうしても先にそういう心配をしてしまう。この辺はどうにも巫女に感化されてきた気がする。いや、そんなことより今は小傘だ。
 小さな彼女の体を抱えて持ち上げる。するとその振動がきっかけになったのか、小傘がううんと小さく声を上げた。すぐに彼女を下ろし、小傘の安否を改めて確認する。

「ん……………」
「小傘、僕だ。わかるか?」
「………………」

 うっすらと小傘の瞳が開かれる。ぼんやりとした表情にとろんとした目が僕を視界に納め、目の前に居るのが両手に抱えた八卦炉の持ち主であることをゆっくりと把握していく。

「あ……………」

 小傘の目が大きく見開かれる。ようやく僕に気づいたようだ。視界の中の僕を認め、声をかけようとしたその時、小傘の両目が大きく滲んだ。

「こが――」
「う…………わあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 キーン、と耳鳴りがした。目の前で突如発生した鳴き声はハウリングを起こして僕の鼓膜を刺激する。喉の奥から泣き叫ぶ小傘の声は、時間の経過と共により一層激しさを増していく。

「小傘、小傘! 声抑えて!」
「わあああああああああああぁぁぁぁぁぁ! うああああああああああああああああ!」
「怖いのか? 怖い目にあったのか? その時居なくてすまない、けど僕にも事情があったんだ! だからとりあえず落ち着いて話をしよう! させてくれ!」

 目線を下げて小傘と同一にして、どうにか対話を試みる。だが小傘は落ち着くどころか逆に胸元に顔をうずめ、八卦炉を取り落として僕を抱き返す。
 巫女のことを思い出して少し逡巡したが、僕は彼女の体を抱きかかえ幼子をあやすように頭を撫でる。巫女にした時のことを思い出し、抱擁というより添えて支えるように彼女の腰と頭に手を回す。
 これ以上僕に出来ることと言えば、小傘が泣き止むまで声と手を動かし続けることしかなかった。



 ……どれだけ時間が経ったのか。
 最初と比べてマシになったと思う程度に泣き声の治まった小傘が、僕の背に回していた手の力を緩めて一歩下がる。自然と僕も小傘から手を離した。
 そうして取り落とした八卦炉を、小傘は大事そうに拾い上げて僕へ差し出した。そこで、僕は小傘の服の一部が赤く染まっていることに気づいた。

「ごめん、ね。大事な道具落としちゃって」

 声はまだ震えていたが、言葉を交わすには問題ない。僕はそんなことより、と続けた。

「小傘、その服」
「あ、ううん。これは、その、ハーフさんの八卦炉を、見つけた時に付いた、もの。私自体に怪我はないから、心配しないで」

 嗚咽が止まらない小傘は、まるでしゃっくりを上げるように途切れ途切れの言葉を発する。嫌な予感が芽生えながらも、それを一度無視した。

「汚れているのは確かだ、すまないね。適当に僕の服を代わりにしてくれ。その間に洗濯して汚れを落とそう」

 時間が経って黒ずんだ血は小傘の服を汚しており、目に悪い。僕は八卦炉を受け取って小傘に家へ入るよう促す。
 だが小傘は八卦炉を僕に渡してから、いや渡す時も俯いていて顔をあげようとはしない。怪訝に思う僕がそのことを尋ねるより早く、小傘が言った。

「その八卦炉、血まみれだった。拾った時には、ハーフさんも居なくて、家や神社に行っても誰もいなくて、それで、周りを探していて、やっぱり家に戻ってるかな、って」

 心臓が跳ねる。
 小傘が八卦炉を持っていると気づいた時に浮かんだもう一つの可能性。
 妖忌や夢美が遭遇したという妖怪の手先とまるで関係のない、たまたまあの場所で小傘がこれを見つけたという、単純な理由。
 となれば、言い訳は簡単――

「ああ、少し実験をして一緒にいた人を怪我させてしまって。八卦炉はその人のものだろう。大丈夫、その人は親切な仙人に助けられているからそこで養生して――」
「嘘、つかないで。八卦炉、刀傷があった。出来てそう日が経っていないものだった。何より、付着してる血がハーフさんのだって、傷ついたこの子が、教えてくれたから」

 では、なかった。
 小傘が八卦炉を持つ僕の手を取って顔を上げる。
 その眼に涙をにじませながらも、僕を見据え射抜く双眸にははっきりとした意志が宿っていた。何があったのか話して、と。
 普段、いや過去に見せたことのない気迫がそこに感じる。彼女が人を驚かせるために計画や行動をする時にすら見たことがない、似つかわしくない、けれど確かにある凄みが備わっていた。

「刀傷ってことは、巫女さん達とのじゃれ合いで傷ついたわけじゃないでしょ? 妖怪か何かに、やられたんだよね? それとも人間? どちらにしたって、誰かに襲われたっていうなら私は許せない。驚かすにしたって、限度がある!」
「いや、驚かすっていうか、それは小傘基準というか」

 やはり小傘は小傘なのか、巫女の時のような選択を強いられていたと誤解していた頭と体が脱力する。頭痛を覚えながらそこから立てなおそうとする僕に、聞き逃し難い台詞が紡がれる。

「手強い相手なら、巫女さんに相談しよ? 昨日はいなかったけど、ハーフさんが居るなら巫女さんもいるよね。きっとあの人なら」
「駄目だ!」

 小傘の手を跳ね除け、八卦炉を取り落とし彼女の小さな肩を掴む。ひっ、と驚く小傘の表情に怯えが混じっていることに気づいてすぐに手を離す。昨日からどうも感覚的というかがさつというかおおらかというか。
 思考を噛みしめる前に体が勝手に動いてペースを乱されていることを自覚し、僕はそっと髪留めにした巫女お手製の札へ触れる。――水の跳ねる音が、どこかから聞こえた気がした。
 幻視による打ち水で気を取り直し、僕はまず小傘に謝った。

「すまない、今のは、僕が悪かった。痛かったか?」
「う、ううん。大丈夫。……これが、巫女さんに言えない理由なの?」

 僕の落とした八卦炉を拾ってその外壁に刻まれた刀傷を示す小傘に、思ったより自分は彼女を侮っていたのだと反省する。彼女のことは幼い子供のようだと思っていたし、事実そうであるが……それでも、小傘を侮っていた。
 きっと、話さないと小傘は巫女にこのことを伝えるだろう。それは、避けるべきだ。力ずくで小傘の口を塞ぐ手段もあるが、そんな選択肢は元から存在しない。巫女は大事だが、そのために小傘を害する覚悟なんて僕には持てない。
 きっと、彼女に僕の血が付いた八卦炉を拾われた時点でこの展開は決まっていたのだろう。

「ああ、彼女には言えない。これは、巫女に知らせずに解決しなきゃいけないことなんだ」
「私には、教えてくれる?」
「言わないと、君はきっと巫女に相談してしまうと思うし。話をするなら、中へ入ろう。服を着替え――いや、それより風呂を焚かないとな」

 体、冷えてるぞと先程小傘に手を握られた時と両肩を掴んださいの体温を思い返す。妖怪は体の病気にはかからないが、体温を感じないわけではないのだ。
だが、小傘はその場から動こうとしない。

「小傘?」
「うやむやには、しないで。今言って。ハーフさんが大怪我をしたってことは物騒なことなんだろうし、それなら私は頼りにはならないかもしれないけど、それでも……嘘は、つかないで。置いてけぼりは、嫌」

 少女の凍える手が、僕の背に回される。決して逃がさない、という強靭な意志が宿ったように、大した膂力を持っていないはずの小傘の両手には拘束に近い強さがあった。普段小傘をからかっているツケでも回ってきたのか、話すと言っているのに信用されていないようだ。自業自得と言えばそれまでだが。

「大丈夫、話すよ。だから手を離してくれ。君は体を随分と冷やしているから、話を聞く前に体の調子を整えないと。ほら、このままでいるなら君を抱えたまま僕も風呂に入ってしまうぞ?」
「別にいいよ。お風呂に入っている間に、そこに閉じ込めたりしそうだもん」

 あまりの信用のなさ、加えて巫女からでなく小傘にそう言われていると思うと軽く泣きそうになった。

「先日までならともかく、大怪我したっていう大事なことまで隠そうとしてる今の嘘つきなハーフさんは、信用出来ない」

 どうやら、寝起きの会話で僕への信頼は急降下したようだ。
 押し問答に埒が明かないと判断し、僕は小傘の背に左手を回し右手は彼女の膝へと差し込んで抱き上げた。少し抵抗されたが、怪我の回復以降体の調子がいい僕からすれば些細なものである。
 それでも両手を離そうとしない小傘に構わず、僕は工房の中へ入っていった。



 小傘を抱えたまま浴槽に湯を張り、風呂を整えた僕は宣言通り小傘共々入浴することにした。流石に服を脱がす真似まではしていないが、手を離してくれないので浴槽には彼女と一緒に入ることにする。
 僕自身、昨日神社の外で寒空の下で寝入ってしまった経緯もあり、温め直すにはいい機会だったとしよう。ちなみにお互いタオルはちゃんと巻いている。
 巫女に見られたら騒がれそうな場面だが、僕も小傘も一緒に風呂に入ることに抵抗はない。小傘にとっては唐傘こそが本体であり、人間の少女に見えるそれは擬態でしかないのだから。
 ちなみにその本体はと言えば僕の手で現在洗浄中だ。少女の姿をしている小傘は、現在の唐傘のご機嫌を示している、といったところか。
 浴槽の傍で唐傘を洗う僕の傍では、小傘がその端に背を預けている。ほう、と息をついて堪能している様子を見ると小傘も寒さをやせ我慢していたようだ。
 両手にすくったお湯に口を沈め、ぽこぽこと空気を泡立てている小傘の様子を眺めながらしばし無言で自身と唐傘に湯をかけて温めていると、体が解されたのかお湯から口を離した彼女が最初に切り出した。

「ハーフさんは、どこまで答えてくれる?」
「随分曖昧な質問だね。聞きたいことは、正確に言うべきだぞ小傘」
「ごめんなさい。…………私が知りたいのはハーフさんが怪我をした理由と、巫女さんにそれを言えない理由。あと一つあるけど、今はその二つが知りたい」

 そうか、とつぶやき僕は唐傘の汚れを落としながら小傘に理由を語る。
 神社へ向かおうとしたら博麗の巫女を狙う妖忌という名の老剣客に襲われたこと。
 その相手が巫女では勝てない、立ち会わせたくない危険な人物だということ。
 さらに単独ではなく、夢美にも共犯者と思われる妖怪が手を出していたこと。
 といった僕が知り得る理由を全て小傘に打ち明ける。それは、巫女が危険に及ぶことを理解してもらい、小傘の口から彼女に伝わることを防ぐためだ。

「どうしても、巫女さんじゃ勝てないの? あの人は、強いよ?」

 知ってる、とどこか他人事のように僕は断言する。

「僕や夢美達、文も巻き込めることが出来れば勝てなくはないかもしれない。でもな、小傘。僕が危惧しているのは強さにおいての危険じゃない。幻想を超えた現実を前にしたら、あの子の心を……彼女が持つ博麗の巫女のあり方を、壊されてしまうんじゃないか、って僕は思うんだ」
「博麗の巫女の、あり方?」
「あの子が、博麗の巫女を続ける理由だよ。巫女はね、夢見がちなロマンチストなんだ」
「ほえ?」

 小傘が僕へ振り向く。話の繋がりを理解出来なかったのだろう。
 説明のために、僕は補足する。

「妖怪と仲良くしたい、っていうロマンだよ」
「それは、悪いことなの?」
「個人ならともかく、博麗の巫女という立場でそれは許されるものじゃない。幻想郷は妖怪側に属する土地だから、彼らにとって都合の良いルールでなければならない。人間は妖怪の敵であるべし、と」

 巫女だってそこは知っている。術の使えない身の上ながら仮にも博麗の巫女として活動しているのだ、幻想郷の管理者からきつく言われていることだろう。
 その上で巫女が出した答えは、体一つで妖怪と渡り合うということだった。

「妖怪退治に懸念を抱いているわけじゃない。必要だと理解している。遭遇した相手がどんな妖怪か、その身を晒すことで危険に向き合い、体感する。ようは被害者としての受け身を抱えている。被害者ってのは、横綱相撲と言えるほどの実力差はないからさ」
「そっか、巫女さんは手足で戦うけど、何か霊的な護りとか一切ないんだっけ。でもそれは、ハーフさんの道具である程度軽減出来てるんじゃ?」
「被害者と言っても実際に怪我をするわけじゃないし、させたくないしね。この妖怪はこういうことをする、っていうのがわかればいい。けど、そんなのは妖怪退治をする博麗の巫女としては持っていちゃいけない性質だ。彼女は人間で、人間は脆いんだから」

 妖怪を怖がるのは人間でいい。けど、博麗の巫女がそうであってはならない。
 博麗の巫女は中立のバランサーにして、人間の味方だ。
 それを彼女は妖怪の怖さを体感してから退治、という手段を取っているものだから危なっかしくて仕方ない。
 通用するならともかく、それが通らない相手からすればそれは死に直結する行為なのだから。

「あんまりそんなイメージはないけど……」
「それは、今までそういう相手と遭遇したことがないからさ」
「でも、文さんとか教授さんとか、強い相手はたくさんいたよ?」
「あれは、どちら側も本気じゃないからさ。小傘、文が巫女相手に組手しているのは見たことあっても、余裕が崩れるところを見たことはあるか? 夢美が鹵獲でなく退治を目的とした戦闘を見たことがあるか?」

 押し黙る小傘。それが答えだ。
 天狗という種族自体、高等な妖怪である。以前妖怪の山における戦闘で天狗の何人とも戦ったことがあるだろうが、そこに天狗の棟梁や文の上司という大天狗の姿は見かけなかった。あの異変自体、夢美の技術を相手にした天狗の軍事訓練という扱いだったのだから当然かもしれないが……
 逆に言うなら、本気ではない。威力偵察とは違うかもしれないが、あくまで天狗という力の一旦に過ぎないのだ。
 仮にあの場で妖怪の山のトップという天魔やその直属が混じっていたら、きっと僕らはここで風呂に入っていることもないし、博麗神社に術の使えない巫女はいなくなる。
 夢美にしても同様だ。
 僕の持つ技術では、彼女達の統一原理には到底かなわない。
 薄布一枚に見紛うパワードスーツという鎧で巫女と同等の体術を得るに飽きたらず、世界を渡るという途方もない技術を持っておきながら、巫女一人倒せないなんてことは絶対にない。事実、一度彼女は捕まっているしな。
 鬼と渡り合う英雄ではないのだから、意志でどうにかなる範囲には限界が当然ある。そして、今回はその意志をゆうに超える。
 一通り唐傘の洗浄を終え、僕は浴槽の中へと足を入れ小傘の隣に腰を下ろした。

「そして、僕と夢美が遭遇したという相手は多分そっち側の妖怪だ。でもそれは、巫女が妖怪退治をやめる理由にはならない」
「…………むしろ、ハーフさんに怪我を負わせたって知ったら、火に油だよね」
「嬉しいことにね、悲しいけど。少し話は逸れたけど、ようは巫女の『遊び』の枠を超える相手と出会ったら、嫌でも変わらざるを得なくなる」

それが意味するのは、巫女が巫女でなくなる可能性。その危険が生まれただけでもアウトなのだから、慎重にことを運ばざるを得ない。

「そっか、巫女さんでも勝てない相手、か」
「やってみなくちゃわからない、とは思う。でも不安は極力取り除いておきたい。だから小傘、巫女に伝えるのはやめて欲しい」

 懇願するように、僕を見上げる小傘の瞳を見ながら告げた。外の時と違い、僕の意図を理解した小傘は眉根を寄せて悩んでいる。了承してくれれば問題ないが、もしそれでも巫女にこのことを伝える、と言われたら僕はどうしよう。
 霊印の中に閉じ込め……とまで考え、慌ててその思考を振り払う。茨木の百薬枡による治療の代償、そろそろ切れてくれないかな。

(そうしたくはないが、だが…………)

 話すのはこの衝動が済んでからにすれば良かったか、と苦悩する僕をよそに、小傘がうーんうーんと声を上げる。彼女は 真剣に悩んでいるのだろうが、何故か呑気な印象を受けてしまい僅かな苛立ちが――と考える自分が嫌な奴だと自己嫌悪した。
 呻く僕をよそに、湯が波立つ音が聞こえた。小傘が体を横に向けたのだ。

「ハーフさんは、これからどうするの?」
「とりあえずは、巫女の装備の強化が第一かな」

 夢美との話し合いでも軽くしたが、僕がこれからすべきことは妖忌や金髪の女妖怪といった危険を巫女から遠ざけることだ。幸い、と言っていいかわからないが巫女が今している異変の調査は難航しているようなので、神社から遠ざけるのは簡単だ。
 その間に夢美達と協力して色々なものを作る予定だったりする。零時間移動の技術を持つ夢美とちゆりは、どちらか片方が巫女の傍に控えることで急な襲撃にも対処する形だ。
 金髪の女妖怪も似たようなことが出来るそうだが、そちらは巫女に対して直接的な被害を与える様子はない、とのこと。故に現状では妖忌への対処を考えていればいい、というのが相談の結果に出した結論だった。
 今後の予定を話すと、小傘は両腕を引き締めぐっと拳を握った。

「決めた。ハーフさん、私も手伝うわ」
「手伝う?」
「うん。巫女さんが傷つくか私達妖怪が傷つくかって言われたら、頑丈な私達がやるべきだよね。そのおじいさん剣士と、よくわからない妖怪を巫女さんに知られる前になんとかしたりやっつければいいのよね?」
「そんな気軽な相手でもないんだが…………」
「それに、道具を作るならきっと私も手伝えると思う。ううん、手伝えなくてもきっと私が居たほうがいい」
「どうして?」
「だって、私の名前は『たたら』小傘だもん! 妖怪の一本だたらは一時卒業、今はハーフさんのお手伝いをする製錬たたらの多々良小傘になる」

 力説する小傘。
 おそらく根拠などはなく、とっさに思いついたことを言っていると思わせる。だが、言われてみれば彼女の苗字はそれに通じるものがある。
 だから、と小傘は僕と目を合わせた。

「手伝わせて。私だって、巫女さんのこと好きなんだから。あんまり強くないのは承知だけど、それでも私は何かしたいの」

 外でのものと似た、けれど正の感情を秘めた気迫が僕を包む。妖怪とは思えないほどに純粋な好意から生まれるそれが、僕の心をかき乱す。巫女に伝わることなく協力者を増やし、道具の製作も手伝ってくれるのなら一石二鳥。けれど治ったはずの傷跡が少し、湯よりも高い熱を持った気がした。
 これと同じ傷を負う可能性があると考える僕の手を、小傘がそっと包み込む。擬態でありながら少女の柔らかい感触が、濡れたお湯越しに伝えてくる。

「僕みたいに、危険な目に合うかもしれないぞ? 今までみたいに驚かす、なんて生易しいものじゃない。あの妖怪の山の戦いよりも激しくなるかもしれない。君が向いているとも到底…………」
「それは、ハーフさんも一緒だわ。戦う人じゃないもの。なのに貴方が頑張るっていうなら、私も」

 二の句はない。小傘がしたのは、僕の手を握るという行動だけ。
 意志は伝えた、言葉はいらない。だから応えてくれ、と彼女は告げる。
 だから僕は答える。もとより、選択肢はそれしかないのだから。

「わかった。こちらこそよろしく頼むよ、小傘。一緒に巫女を助けていこう」
「がってん!」

 満面の笑みを浮かべる小傘。この笑顔を曇らせることだけはしないようにしないとな、と僕は巫女だけでなく小傘にも何か考えておかないとな、と頭を働かせていく。
 体も十分に温まり、気持も新たにしたところで僕達は風呂を上がる。小傘は八卦炉を拾ってから僕の工房に来るまでは動きっぱなしだったということでもう少し風呂を堪能するよう言って先に上がった。
 体を拭いて着替えを済ませ、早速設計図の図面を引くことにする。もちろん、巫女の新装備に関するものである。
 図面を引きながら考えるのは、服の裏地にお札を何層にも仕込んで防御力を高めるというものだ。お札メリケンである程度攻撃力が確保出来ている現状、何より安全第一のために優先するべきはそちらである。
 少なくともあの妖忌の斬撃を防げる程度の防御力が欲しいが……夢美達の統一原理を早速使わせてもらおう。あれのもたらす道具と用途を拝借出来れば、それが叶う巫女服を作ることだって出来るはずだ。小傘が風呂から上がったら、早速夢美と連絡を取って融通を効かせてもらうとしよう。
 連絡と言えば、華仙のことはどうしようか。
 恩人でもある彼女を無関係なこの計画に巻き込むのは気が引けるが、少なくとも妖忌を退ける実力者ということに違いはない。彼女が積極的に協力してくれるのなら少なくとも妖忌の襲撃を恐れることはなく、僕も気兼ねなく神社へ遊びに行って巫女と戯れられる。
 が、それは無理だろう。
 助けてくれたのは偶然に過ぎず、今思いついたのは責任を投げる行為に他ならない。華仙にはまたいずれ改めて礼を言うことにしよう。今は早く巫女の服を作らないと。
 意気込む僕だったが、そこに工房へ仕掛けた察知の結界が反応する。誰だ、と思いながら素早く道具を整え、傷ついた八卦炉を取り出した。魔力を送ってみれば、まだ動くことが確認出来る。
 工房に来るということは巫女か文という可能性もないわけではないが、襲われてそう日も経っていないのなら警戒はする必要がある。
 小傘にしばらく風呂で大人しくしていてくれ、と言おうとするよりも早く工房の入口の扉がノックされた。察知から到着まで早すぎる。
 いつでも八卦炉で魔法を使えるよう構えながら、僕はゆっくりと入口へ近づいていく。こちらから不意打ちをしようかと思った矢先、扉越しに女性の声が聞こえた。

「ハーフ、私です。仙人の茨華仙です。あの妖忌という老人に襲撃されて警戒しているのはわかりますが、少し話があって参りました。開けてもいいでしょうか?」
「え?」

 警戒が一瞬で散った。まさかの来訪者である。
 華仙を語る別人という考えが浮かばないでもなかったが、語る理由もなければ襲撃を知る仙人なんてピンポイントな相手は彼女しかいない。
 それでも家を教えた覚えもないのにここを見つけるなんて、と逡巡しているうちに扉が勝手に開かれた。

「あ、こら!」

 隙間風と共に入ってきたのは、一匹の鳥だった。
 鷹……いや、鷲か? とにかく翼を持ったそれは工房の入口をぐるりと回転し、僕を翻弄した後に華仙の肩の上に止まった。見た感じ、懐いている……いや、使役している、のか?
 考えを巡らせる僕を見やり、華仙は目を伏せながら頭を下げた。

「突然に申し訳ありません。いたずらに警戒を与えてしまうかもしれないとは思ったのですが、こうして出向かせていただきました」
「あ、ああ」

 たどたどしい言葉しか出ず、しどろもどろになる僕。華仙のことを考えていた先から彼女のほうから訪ねてくるなんて不意打ちすぎた。
 僕は焦りながらも、工房の居間へ華仙を案内する。鷲は外で待機させるようで、ほどなくして外へと飛び立っていった。
お茶を淹れようかとも思ったが、それには及ばないと華仙のほうから話を切り出した。

「ここに私が居ることに驚いているでしょうが、こちらも用件があって参りました」
「用件? 何かあったのか? あー、治療しておいてもらって勝手にいなくなったのは謝るが…………」
「いえ、貴方の巫女に対する感情はある程度察したつもりなのでそこは気にしていません。用件は複数ありますが、まずはこちらを」

 そう言って華仙が渡してきたのは、僕が彼女の家に担ぎ込まれた時に着ていた服だった。あれから見てはいないが、斬撃と出血による変色と裂傷があるはずの服にはその痕は見当たらない。洗濯したての、シミ一つない左右非対称の綺麗な服がそこにあった。

「ある程度の修繕はこちらでしておきました。ひとまず、これを届けようかと思いまして」
「ご丁寧に、ありがとう」

 差し出された服をおずおずと受け取る。これはまだ前フリ、本命の用事が残っているだろう。それは一体、なんだ?
 無駄に舌戦をする意味もないので、僕は率直に華仙がここへ来た用件を窺った。

「それで? わざわざ服を届けに来てくれたってだけじゃないんだろう?」
「もちろん。……一応、貴方が下手な希望を抱く前に忠告をと思いまして」
「忠告?」
「はい。今回の件に、私は直接的な介入しません。少なくとも襲われた時に、これから戦うべき時に助けてもらえる、という考えは捨てなさい」

 それは、そうだろう。
 元よりあの時助けてもらっただけでも儲けもの。華仙がいなければ、僕はあの雪山で朽ち果てていたかもしれないのだ。さらに治療までしてもらっているのだから、無い物ねだりをしても仕方ない。

「ああ、それは元から承知さ。まあ、ひょっとしたら、なんて考えがなかったわけでもないが、少なくとも後は僕『達』がなんとかするよ」
「…………こう言っては意外ですが、思いのほか理性的ですね。茨木の百薬升のデメリットも加えていいから助けてくれ、となりふり構わなかったり、力ずくで無理やり私に協力させようとしてくる、とかその辺りも考えていたのですが」
「確かに乱暴な思考になることは否めないが、元から僕はそんなに強いほうじゃないしね。弱い妖怪ならそんなに適応されないんじゃないか?」
「そんなはずはないのですが……貴方は副作用を極力薄め、メリットだけ受け入れるような、特別な体質なのかもしれないわね」

 食べなくてもいい、体や心の病気にかからない人間と妖怪のハーフという性質が、治療効果にも適応されているということか? 今まで気にしたことはなかったは、随分と僕は恵まれた体質をしているようだ。

「半妖がそんな生態だとは知らなかった。いいとこ取りの良い種族なのかもしれないわね」
「良い種族かどうかは知らないが、君がわざわざとりなしに来る、という時点であの升のデメリットは相当に大きいようだね」
「時による、としか。普段なら放置しただろうけど、今の貴方が暴走したら抱えている秘密も全部べらべらと喋りそうだもの。何せ、飲むたびに性格や体が鬼のようになっていくものだから。鬼って奔放な性格をしていることが多いから、隠し事なんてすぐ言っちゃうわ。年季の入った鬼なら言わないだけ、という相手にとっての嘘をつくことも出来るだろうけど」

 そういうことは早く言ってくれ。

「言う前に飛び出していったじゃない」

 ごもっともである。
むしろそれを教えに来た華仙に感謝するべきだろう。

「でも、瀕死の大怪我でも負わない限りあれに頼るのは控えたほうがいいでしょう。貴方は体質なのかそういう『モノ』なのか知らないけど、あれの副作用はさほど見られない。だからといって多用していいほど、茨木の百薬升は都合の良い治療薬じゃないわ」

 鬼になりたいっていうなら別だけど、と息をつく華仙。
 幻想郷ではもう見られない、幻の種族。その強大な力は災厄を招くだけではなく、文明においても作用し、鬼の道具は幻想郷全域を巻き込めるほどの力を秘めたものが多いと聞く。……ひょっとして。

「あの茨木の百薬升、鬼の道具なのか? 人間に紛れて怪我人や病人を鬼にして種族……いや兵隊を増やす、なんてことも考えそうなことだが」
「そんなことはしないと思いますが、茨木の百薬升自体はとある『ツテ』から手に入れたものです。私はこれを飲み続けないと、右腕が腐ってしまうの」
「飲み続けているのに右腕が治らないのか? 僕の怪我は治ったのに」
「私の傷はいくら飲んでも癒えないのよ。その分、癒えるまで副作用もないから応急処置にはうってつけというわけ」

 そう言って包帯に包まれた右腕をなぞる華仙。
 飲み続けないと腐り落ち、だが飲んでも完治することがない。この矛盾から考えると、常に右腕を癒やそうとする茨木の百薬升とないものは治せない、という呪いじみたナニカが華仙の右腕を呪いのように覆っているのだろうか。
 結果、消失と復元が相互に作用し消えることはないが戻ることもない、という半端な状態に落ち着いているのかもしれない。

「話を戻すが、手を貸してくれないという割に鬼化を心配して様子を見に来てくれた、ってことでいいのかい?」
「直接的な介入はしないだけです。それに、貴方の気持ちを無碍にするのも悪いと思ったので」
「なんのことだ?」
「覚えていないのなら構いません」

 意味ありげに含みを持った華仙も気になるが、答える気はないようなので流しておこう。それよりも、直接的な介入はしないが助けてくれる、ということだろうか?

「じゃあ茨木の百薬升を貸してくれたりするのか?」
「調子に乗らない。さっきも言ったように鬼の道具を侮らないこと。こうしてまともに会話していることが不思議なくらいですが、迂闊に使えば思わぬしっぺ返しを受けるでしょう」
「怪我をしないまま事を終えることが理想だが、それは無理だろう」

 そもそも僕にとっての勝利条件があやふやなのだ。
 妖忌を退けたとしてそれで終わり、とは思えない。あくまで暫定の脅威が彼だからこそその対策を考えているにすぎない。
それを考えこんでしまうと何も出来なくなるので、対処療法的とわかっていてもさらなる情報が集まるまではそうする他ない。

「そうですね。今は私が痛手を与えたのであの老人が全力を出すことはないでしょうが、それでも片手間に貴方を斬殺出来るのは容易い強さを持ちえている」

 ズキリ、と治ったはずの体に痛みが走った気がした。その幻肢痛を無視しながら、僕は知ってる、と返した。

「だからこそ、だろう。あれがあればある程度無茶は出来る」
「鬼になったら巫女の傍にいられず、むしろ退治される側になってしまいますよ? それでは本末転倒です。完全に副作用を受け付けていない、というわけではないのでしょう?」
「じゃあ、どうしたら貸してくれる?」
「貸さないという選択肢をしたいです」
「じゃあくれ」
「あげません」

 子供ですか、と僕をたしなめる華仙に不満をありありと顔に出しながらねめつける。その行為自体が彼女の言う通り子供の言い分だとわかってはいるが、現状で強力な道具が手に入る機会を逃がすわけにはいかない。

「副作用と言っても、僕の体質と理性で抑え込める程度だ。安心して僕に貸してくれ」
「口だけで言われてもまるで信用なりません。貴方が逆の立場だったら貸しますか?」
「いや、全然」
「せめて自分を納得させる程度に理論武装してから話しなさい。ほら、そういう勢いでものを言うのも副作用ではなくて? この分では、いつ体のほうにも現れるか」
「そっちのほうは問題ない――」

 僕が必死で大丈夫だと説得するその場に、ばたばたと騒がしい足音がこちらに近づいてきた。一体何事かと振り返る僕の目に飛び込んできたのは、さっきまで風呂に入っていた小傘だった。入浴中に飛び出してきたのか、本体である唐傘はともかく擬態である少女のほうはバスタオル一枚だけの姿である。

「ハーフさん、無事!?」

 彼女は水滴を滴らせながら息を荒らげ、僕と華仙を交互に見渡している。そして華仙もまた小傘と僕を相互に眺めたと思いきや、僕のほうには眉根を寄せた鋭い目つきに切り替えている。

「貴方、まさかそっちの方面で鬼化の影響を……?」
「何言ってんだ仙人。何考えてた仙人」
「むむっ」

 華仙が僕を睨んでいるのに気づいた小傘が、唐傘を構え精一杯の眼力を作りながら僕の前に立つ。そんな小傘の表情は見たことがない。

「工房さんから知らない人が来てるって聞いたから飛び出してきたけど、貴方ハーフさんを怪我させた妖怪の仲間?」

 どうやら、妖忌の仲間が襲ってきたと勘違いして駆けつけてくれたようだ。
 そんな小傘を見た華仙は、ややあって自分の発言が誤解だと気づいたのかそっぽを向いて僕から目を逸らす。わざとらしく咳をして場をごまかしながら、華仙はぺこりと僕と小傘に頭を下げる。

「すみません、勘違いをしました。ですが、彼女は一体?」
「仲間だよ。一緒に巫女を助けてくれる、ね」
「彼女は妖怪のようですが……」
「個人なら、親しい妖怪の一人や二人作れるだろうさ」
「そうでしたか、肩書きがなければこんな悩みもなかったでしょうに」
「彼女からすれば、博麗の巫女になったからこそこういう交流があったとも言えるよ」
「ハーフさん、この人は?」

 緊急事態と思って慌てて飛び出して来たのに、緊迫どころか和やかな会話が流れる空気に困惑する小傘。僕は前に出て唐傘を下げると、小傘に改めて華仙のことを紹介する。

「彼女は茨華仙。僕を襲うどころか、その犯人から助けてくれて治療もしてくれたありがたい仙人様さ」
「え、そうだったの?」
「ああ。恩人とも言えるな」
「そ、そうだったんだ。ごめんね、えーっと仙人さん? 華仙さん?」
「どちらでも構いませんよ」

 じゃあ華仙さんで、と頭を下げる小傘に華仙はこちらこそと丁寧に挨拶を返す。僕は場も落ち着いたところを見計らい、小傘にこの場は大丈夫だと伝える。

「とりあえず小傘、風呂に入り直すか着替えるかはしたほうがいい。湯冷めしてしまうからね。彼女がこの場にいる限り、工房は安全だと思っていい」
「思い切り利用する気マンマンですね?」
「はは、そのお人好しに甘えてるだけさ」
「そこまで親しいわけではないでしょう」
「そんな相手に世話を焼きに来てくれた」

 むぅ、と口をつぐむ華仙。単純な善意、以外にも何かあるのかもしれないがそれで助かっていることに違いはない。小傘はそのやり取りを見て華仙のことを信用したのか、じゃあ着替えてくると言ってその場を後にした。
 ぱたぱたと去っていく小傘を見送り、僕は改めて華仙に問いかける。

「話を戻すが、升自体は諦めよう。代わりに用途だけ譲ってくれ」
「用途?」
「ああ。茨木の百薬升の治療の用途だけ抜き取って別のアイテムに移し替えてしまえば副作用なく恩恵だけ受けられるはずだ」
「その移し替えとは、どういうことですか?」

 仙人の華仙にも知らないことがあったのか、と謎の優越感を抱きながら僕は自分がやろうとしていることを説明する。事が終われば用途を戻すから升自体がなくなるわけではない、と力説しながら。
 補足として僕の能力も教えると、華仙は口に手を当てて何かを考え始めた。思考する彼女の様子は真剣で、軽く声をかけるのも躊躇う雰囲気を放っていた。

「すみません、一つお聞きします。老人との戦いの中で、私は貴方に害を及ばぬよう防御結界張りました。ですが、その結界を貴方は破壊している。あの老人でも斬れない、強力なものを、です」
「すまないが、覚えがない。そもそも斬られた後の記憶は、華仙が僕を介抱してくれたのが続きになる」
「無我夢中、と。偶然だったといえ、それが出来る力が貴方にはあるようですが…………対象……………結界?……無意識下………無効化を……もしその仮説が……」

 何やらぶつぶつと考え込む華仙。加えて声を潜めているせいでよく聞こえず、単語しか拾えない。改めて声をかけようとするよりも早く、華仙が「能力の一例を見せて欲しい」と言ってくる。そうだな、と僕は霊印の中から適当な短刀と紐を引っ張りあげた。

「こいつの用途は見たままに『ものを切る』だ。用途を抜き取ればたとえ刃がついていても切れなくなる」

 言いながら僕は能力を使う。
 短刀から具現化された用途が淡い光を帯びながら現れる。文字のような魔法陣のような、模様と称する他ない用途のイメージ体だ。これがマジックアイテムなどの高度なものなら模様も幾何学的だったり複雑な式を示すのだが、ただの短刀ならそのイメージは簡易なもので、見れば刃物を浮かべる程度にわかりやすい。
 どうぞ、と用途が抜かれた短刀を華仙に手に取るよう促す。目を丸くして用途の抽出を見ていた華仙だったが、おずおずと短刀を取り適当に輪を作った紐をそれで切りつける。
 振り下ろした速度は単なる紐を切るには十分で、輪っかは抵抗なく裂ける。
それが、普通の短刀ならば。

「……………」

 華仙は無言でそれを見下ろす。
 振り抜こうとしていた短刀は紐を断つに至らず、まるで棒を押し付けているかのように加算された重みで沈むだけに終わる。華仙はそこから引きを行ってみるが、やはり紐の輪は健在である。当然だ、切る用途が存在しない短刀はただの棒なのだから。

「まあ、こんな感じかな」

 一例を見せた後、抽出した用途を元に戻す。
 以前はその場で用途を出したり移したりするにはかなり疲れたり、専用の場所でない限り抽出された道具からは永遠に用途が失われた。だが今は夢美達と知り合ったことで統一原理の一部を学び、効率が上昇した。
 その結果短時間ならば用途の永久消失はなくなり、今はこのくらいなら汗をかかずに行うことも出来る。思わぬ副産物に、より多くの実験が出来ると喜んだものだ。

「妖忌に使えば良かった、なんて言わないでくれよ? そんな一瞬じゃ無理だし、出来たとしても鉄塊で殴られたら傷の付き方が変わるだけで結果は同じ、何より動きが見えないから無理だ
「いえ、そんな無体なことを言うつもりはありません。ありませんが、なるほど。貴方はそういう『素養』を持っていましたか」
「一人で納得してないで、何を言いたいのか教えてくれないか?」

 というより何をさせたい、だろうか? 僕の能力は道具作成において真価を発揮するものだが、結界といった力場を解除するわけじゃない。それがマジックアイテムによって発生したものならその限りではないが。

「失礼。力を見せていただきありがとうございます。ですが、それでも茨木の百薬升は今の貴方の手元へ貸し出されることはないでしょう。もちろん、その用途も」
「でも――」
「ええ、口では納得出来ないでしょう。だから、ほら」

 くすりと笑みを浮かべ、華仙は腰に吊るしてあった袋から僕が望んでやまなかった茨木の百薬升を目の前に置いた。それと華仙を見比べる僕に、彼女は人を諭す仙人のような声音を紡ぐ。

「本体は渡せませんが、この場で能力を使ってみてください」
「……いいのか? いや、僕が望んだことに違いはないけど」
「はい。先程も申し上げたように、それから用途を抜き出すのは無理でしょうから。だから場所を移動せずとも、この場でやっていただいて結構ですよ。加えて、その程度の『掌握』では茨木の百薬升の用途を消すどころか、イメージ体が見えることもないでしょう」

 む、と少し感情が沸き立つ。
 これでも八卦炉をはじめ多くのマジックアイテムを製作し、それよりも多くの用途を見て抜き取ってきたのだ。仮に鬼の道具だとしても、道具であるなら僕に扱えないはずがない。そう意気込み、能力で茨木の百薬升を見た。
 名称:茨木の百薬升。用途:酒飲で鬼になる。
 ……本当に鬼になるようだ。怪我や病気が治るというのは、鬼ともなれば自然治癒力、いや復元力が相当に大きいのかもしれない。それこそ高名な英傑か相応の術や武具でなければ退治どころか傷をつけられないのだから、それも当然と言えよう。
 僕は霊印から八卦炉を取り出し、茨木の百薬升の用途をそれに移し変えんと勢い新たに能力を使う。掲げた右手から灯る光が茨木の百薬升と干渉し、対象からその用途を抜き出す……

「……………?」

 けれど、反応は一向におこらない。直接茨木の百薬升を掴み、握るように力を込めてみたが変化は見当たらない。

「っ……………」

 琥珀の瞳から光が消え、深く、沈み込むように茨木の百薬升の記憶を探っていく。中々に厄介、鬼の道具は身持ちも固い。だがその殻、剥がさせてもらう。
 道具という情報の海へのダイブに応じて右手の光が強まる。明滅を繰り返すように光は揺らぎ、茨木の百薬升から用途を掴もうとするが一向にイメージ体が現れる様子はなかった。
 両手で茨木の百薬升を抱えるように握りしめる。瞳に血が集まっていくのがわかる。握力と異能が篭った両手が力むごとに震えるが、茨木の百薬升は僕に応じることなく不動を貫いていた。
 もっと、もっと深く道具の記憶に沈んで――と、思い至ったところで茨木の百薬升は僕の手から離れた。いや、華仙の左手が取り上げた。僕が全力で掴んでいたそれを、彼女はまるで意に介さず引き寄せた。
 唖然とする僕に、華仙が包帯に包まれた右手で自分の鼻を指す。鼻が何か、と指摘するより早く、テーブルの上に赤い液体が垂れる。僕は鼻を拭うと、その指先に血が滴っていた。
 
「え?」
「鼻血、出てましたよ。力を使いすぎたのか、それが目だったから眉間に力を寄せすぎたかはわかりませんが、普段以上の負担があったことは明白です」

 言った通りでしょう、と何の含みもなくつぶやく華仙。それだけに、その言葉が深く僕の胸に突き刺さる。懐紙を鼻に当てて出血を塞ぎながら、僕はどうして茨木の百薬升に能力が通じなかったのかを自問する。
 専用の場が欲しいのは、抽出した用途を散らさないためだから場所が悪かったわけではない。華仙が何かしら細工をしていたのなら、用途にそれが現れるはず。
 干渉しようとしても微塵も反応がない、ということ自体が始めてだ。八卦炉を作った時、一番重要だった三昧真火だって用途を八卦炉に移し替えることが出来た。……鬼の道具は何かが異なる、としか考えられない。

「腑に落ちない、という顔をしていますね」
「当然だろう。こんなこと、今までなかったんだ。ひょっとして何かしたのか?」
「いいえ。貴方が茨木の百薬升から用途を抜き出せなかったのは、単純に力不足です」
「僕は、複製とはいえ八卦炉を作れるくらいには自分の技術に自負がある。なのに」
「でも、本物ではない。その仙炉に宿る『火』も、贋作の域を出ないんですよ」
「なんだって?」
「どういう経路で入手したかは知りませんが、三昧真火を生み出そうとした仙人を私は何人か知っています。そして、道具の用途はそれを作った者、利用する者次第で如何様にも姿を変えます。あなたとて、その炉に使った三昧真火が太上老君の八卦炉と同一、なんて思ってはいないのでしょう?」
「そ、それは…………」

 それは、当然だ。
 僕自身この八卦炉がレプリカだと思っているし、三昧真火の用途がある道具を拾った時は疑ってなかったし幻想郷ならありえる、そう思っていた。僕の能力によって視えた名称が三昧真火であり、今までそれに恥じない火力を生んできた。
 それ以外にも、未来からやってきたという夢美達の技術である統一原理にだって通用したのだ。だからどんな道具だって扱える。
 そんな希望を、華仙は無慈悲に打ち砕く。

「同じ名称と用途の道具にも『質』というものが存在する。つまりは、そういうことです。何より――鬼の一旦が、貴方程度の力で届くと考えているのならそれは傲慢です。焦りが過ぎるわ、ハーフ。道具の質の違いなんて、貴方にわかってないはずないじゃないですか」
「そんなの、君に」
「ええ。出会って一日とない私でも指摘できるくらいですよ? なまくらと名刀、火縄銃に大砲、泥に陶器と差は如何様にも現れます。あんな道具の掌握の能力を持っているのなら、道具が等しく統一化されていた弊害もさもありなん、と言ったところかしら」

 言葉の一つ一つが見えない刃となって心を抉っていく。借受しようとした道具を自信満々に扱おうとして失敗した僕には痛すぎる。
 い、いや。確かに茨木の百薬升は使えなくなったかもしれない。だからといってそれで終わるわけではない。あれば確実に助けにはなっただろうが、絶対に欲しいわけではない。いや欲しいが、欲しすぎるが。
 とにかく、ここは一度諦めるにせよ機会を窺って……

「その上で、貴方に言うべきことがある」

 顔を上げる。茨木の百薬升を諦めろ、と言うつもりだろうか。ごくり、と唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。 その様子を観察でもしていたのか、僕の呼吸が整うタイミング良く狙いどことなくしたり顔な華仙が切り出す。
 一体、何を言う気――

「小傘共々、私の修ぎょ『ハーフさん。着替え済んだー』か?」

 台無しだった。
 大事にしていた空気が一瞬で粉砕された華仙が、顔を赤らめ僕と小傘を視界に収めながらぷるぷると体を震わせる。
冷静になって思い返せば、どこかしたり顔だったから結構小傘が来る前までの展開を狙っていたのかもしれない。きっと華仙の中では、想定通りと言わんばかりの道筋が出来ていたのだろう。
 しかし、その計画は無邪気な唐傘妖怪が打ち砕いた。
 やったね、すごいね。

「ば、ばかもにょー!」

 あ、噛んだ。

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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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