巫女ハー18-1

 もやもやを吹き飛ばすべく始めた神社の雪掃除を簡単に終わらせ、私は異変の調査に戻ることにする。
 と言っても湖の調査だから、ひょっとしたらあの冷たい冷たい水の中に入らなきゃいけないと思うと気が滅入る。せめて寒中水泳にならない道具でもハーフ君からもらえたら、と思ったけど彼はすでに神社に居ない。
 ハーフ君に頼れないなら夢美達に聞いてみるとしよう。

「ねえ、冬の湖に入っても寒くならずに探索出来る道具とかない?」
「なんだよ突然。寒中水泳なら水着だけで十分だろ」
「したくないから聞いてんのよ」
「にとりに聞いたら良いだろ。あいつ水を操れるし、水の中に道を作れるくらいだぜ」
「やっぱりそれが一番かなあ。ひとっ走り妖怪の山まで……」
「なら、私も着いて行くわ」

 ぐっと伸びをして走る準備を整えると、夢美がそんなことを言ってきた。
 当然いつものようにダメだと言おうとするより早く、彼女は言葉を続ける。

「ああ、今回ばかりはダメだと言っても無駄よ? 止めたければ一戦交える覚悟で来なさい」

 あの異変以來に聞く本気の声のトーンに、二の句を継げない。私もびっくりしたが、同じくちるりも食い入るように夢美を見据えている。この様子を見ると、計画というわけではなく夢美の独断なのだろう。
 私は軽く目を細めながら理由を尋ねる。

「今回はやけに声を張ってるわね。どうして?」
「妖怪の山に行くのなら、天狗の棟梁に会いに行きたいのよ。あの河童に会いに行くなら、連れて監視すればいいわ。問題ないでしょ?」
「いやいや、人間が妖怪の山に入るのってかなりダメなんだけど?」
「宴会してたじゃない」
「あれは結構その場のノリ、ってのが大きかった気がするんだが」
「黙らっしゃい。私は技術提供者だから顔パスなのよ」

 本当かしら。

「そもそも、異変から結構日が経ったのに特に問題は起こしてないでしょう? そろそろ問題なしって判断されていいはずよ」
「あんたが決めるなあんたが」
「結構急ぎなのよ、割と」

 淡々と語る夢美にどこか凄みを覚える。ここでいつものように止めたら、本気で一戦やる必要が生まれそうだ。
 あの異変の戦い自体、私が夢美に勝ったのは色んな助けと偶然あってこそ。加えて共同生活で私のデータが豊潤であろう今の夢美と戦えば勝率は限りなく低い。

「それに保護観察なんて口約束でしょう? 貴女が私を無理に止めるメリットはないわ。ずっと一生、神社に住ませるつもり? それって監禁よ」
「え、そ、それは違…………」
「ならいいじゃない」
「だ、ダメだって。妖怪の山なんて危険なんだし」
「私は巫女より強いわ。ちゆりのサポートだってあるもの」
「私より強い妖怪なんてうじゃうじゃいるわ」
「別に妖怪の山以外へ行く、とは言ってないでしょう? 人里と同じでちょっと移動するだけよ。妖怪の山までなら、貴女やハーフだっていける。それなら危険はないわ」

 そう言われてしまうと割とぐうの音も出ない。
 彼女は元々バイタリティ溢れる研究者だ。あの異変だって私が止めていなければその好奇心の赴くままに幻想郷を渡り歩いていたことだろう。
 今まで沈静化していたそれがきっかけで――きっとハーフ君との話だろう――活発になり、鳴りを潜めていた衝動が沸き上がっている。

「落ち着けよご主人。それに巫女、お前が心配してくれるのはわかるが、妖怪の山なら話は別だ。私達も、あそこならゲスト扱いで行けると思う。それに、ご主人がこう言う場合は結構急ぎっぽい。まあ幻想郷破壊なんて真似は考えてないだろうし、しようとしたら私がパイプ椅子で止めるから、ここは行かせてやってくれないか?」

 なんでパイプ椅子、というツッコミはさておきちゆりの仲介で少し頭を冷やす。
 アリスのことも心配だしレティのお願いのこともあるし、今日はハーフ君のせいで調子がおかしい。きっとそうだ。落ち着いて、落ち着いて……うん、OKOK私は冷静だ。

「私の用件済ませたらそっちを手伝ってあげるわ。それでどう?」
「はあっ? マジかよご主人」
「マジもマジ、まじまじ。いい機会じゃない、巫女の仕事を手伝っていれば私のデータ収集も潤いそうだわ。それにハーフみたいな人妖や妖怪よりちゃんとした人間が手を貸すってことが大きいと思わない?」

 そうやって落ち着きを取り戻そうとする私に、追い打ちを掛ける夢美。何か言おうと一瞬鼻が白みそうになったが、よく考えてみれば夢美の技術提供を受けられるなら良いんじゃないか、と思い直す。
 でも、なんでいきなり?

「どうしたのよ夢美。一体何事なの?」
「どうしたもこうしたも、閉じこもっているより建設的だと思っただけよ。せっかく貴女が助けを求める程度には難しい事件なんですもの、やりごたえありそうじゃない?」
「私は楽してデータ収集したいぜ……」
「妖怪相手に楽なんてものはないのよ」

 そりゃそうだ。

「うーん、うーん……手伝いって言っても、湖の中に入れたりする道具とか持ってるの?」
「そのために妖怪の山に行くのよ。あそこには押収された道具がいくつかあるしね。ちなみに湖の中どころか、自分の体をあらゆる環境に適応させる道具なんて、私達の時代じゃそんな珍しいものじゃないわ。宇宙にだって着の身着のまま行けるわ」
「本当に着の身着のまま放り出されたら帰ってこれる保証はないけどな」

 未来の技術ってすごーい。
 考えてみれば、服と見紛う薄さの鎧に加え(けどデザインが競泳水着っぽいのはなぜ?)装着者に武術の達人の動きを付与させるなんて真似が出来る時点で文明レベルの基準値、桁が違うのよね……そもそも次元移動をしている時点で、出来ないことなんてそうそうないか。

「わかった、普段自分の興味持ちそうなことじゃないとテコが壊れて動かなくなる程度の夢美が『しれっと褒めないでよ、素敵ね』褒めてない褒めてない、手伝ってくれるんならありがたく申し出を受けますか。ちゆりも当然来るのよね?」
「選択肢、あると思うか?」
「何言ってるのよ、そんなこと言いながらも着いて来る気満々のくせに」
「へへっ、バレたか」

 ちゆりは享楽主義のため、楽しめることがあれば首を突っ込んでいく。普段閉じこもっていた鬱憤が晴らせるなら、多少の面倒でも行かないはずがないのだろう。

「よし、それじゃあ二人とも防寒具とか準備してちょうだい。妖怪の山で用事を済ませて、それから異変の現場へ――」
「ああ、巫女は先に湖に行ってて。まだ何も調べてないのなら、事前に何か情報収集も出来るでしょう」
「いやいや、一応監視は続けさせてもらうって。それに湖の場所わからないでしょ?」
「貴女には発信機が着いてるから、それを辿れば問題ないわ」
「いつだ、いつ付けた!?」
「神社に来たその日ね。ああ、肉眼じゃ目視出来ないほどの小さいものだから違和感も不快感もない優れもの」
「安心できるか!」
「ちなみに仕掛け人はハーフよ」
「あのやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 いつだ! どこだ! いつどこに取り付けた!? 今後会ったら絶対問い詰めてやる!
 魔法的なマーキングも出来るから二重に安心だな、とほざくちゆり含めた二人に怒鳴りつつ、私達は妖怪の山へ向かうのだった。



 不穏。
 妖怪の山へ入った私が感じた空気はそのひと言に尽きる。
 以前、演習という名目で許されていたといえ宴会をしていた場所とは思えない空気が蔓延していた。
 ピリピリしているというか、馴染んでいるというか。
 山道を一歩進むたび、足元からじわりと何かがにじみ出ている、と言えばいいのだろうか。人を不安にさせる、妖怪特有の怪しさを感じさせるのだ。
 ちゆりもそれを感じ取っているのか、山に入るまで朗らかに笑っていた笑みに時折鋭さを帯びている。周囲を警戒しているのだろう。夢美はいつも通り周囲を興味深そうに観察していた。ブレなくて素敵。
 私自身、いつ誰が来ても戦えるよう手袋の下にお札メリケンを巻いている。これなら武装していることがばれないし、何より手をかじかみから守ってくれるのが良い。
 そんな風に警戒しながら進む私達の前に、羽を翻す音が届く。
 見上げれば、私が一番見慣れた天狗である射命丸文がマフラーをなびかせながら木の上に佇んでいた。

「こんにちは、巫女さん。今日はハーフさんとご一緒ではないのですね」
「別にいつもいつでも一緒、ってわけじゃないでしょ。たまには交代よ、交代」

 ハーフ君のことをどういうべきか、一瞬言葉を失う私をフォローするように夢美が代弁する。文は目を細めて私達を見るが、それ以上の追求はなかった。

「では改めて。今日はどのようなご用事でしょう?」

 そう問いかける文は見慣れた笑顔。けれど私はその笑みの下に隠れた感情を匂わせる。
 それがどんなものであるかまでは知らないが、ここに居ることを歓迎されていないことだけは理解できた。……お仕事中、だろうか。

「夢美が所要らしいのよ。私はそのお目付け役。あと、にとりに会いたいんだけど」
「夢美さんのほうは御屋形様より話を聞いていますので問題ありません。巫女さんはまあ、私が一緒に行けばいいでしょう」
「おい、私には聞かないのか?」
「ちゆりさんは夢美さんに着いて行くのでは?」
「そうだぜ」
「でしょう? 全く、無駄な手間を取らせないでくださいよ」

 やれやれと首を振る文はどこか疲れた様子だ。バラけるのなら、ついでに話を聞いてみようかな。
 文が木の上から飛び降り、手を上げるとそこに一羽の鴉がこちらへ飛んでくる。文が連れている鴉ではないようだけど……夢美が軽く目を見開いているわね、見覚えでもあるのかしら?

「こちらが案内してくださります。見た目は鴉ですが、これでも御屋形様の眷属ですので失礼な態度は取らぬようお願いしますよ」
「ふーん、貴女あいつの鴉預けられるほど地位高いの? ちょっとお話しない?」
「私はしがない鴉天狗です、誓ってね」
「まあ、簡単な質問でいいわ」

 口早に夢美は文を問い詰める形となり、私はその場に放置された。夢美の話、早く終るといいなと思う私は、互いの合流を決めていなかったことに気づいた。

「そうだ、お互いの用事が終わった後の合流はどうしようか?」
「用事が済んだら入り口でどうだ? あーでも一応、これ渡しておくぜ」

 ちゆりはそう言って、私の蝶のリボンに何かを取り付けた。重みのないそれは、摘もうとしても本当に何かを取り付けたのかわからないほどの薄さだ。軽くさすってみてもリボンの感触しかない。

「これは?」
「遠くの相手と話せる機械って言えばいいかな。集音器の機能もあるから、耳元に当ててなくても話せばこっちに聞こえる」
「へえー流石未来ね、こんな薄い電話もあるなんて。どうやって使うの?」
「……使い方わからないだろうから、後で教えてやるよ。こっちの用件が済んだら話しかける。お前のほうが先なら、リボンを軽く二回握ってくれ」
「握るだけでいいの?」
「ああ。そうすりゃ少なくともこっちには届く。今はそれで勘弁な」

 未来って色々進んでるわねー。

「あのブンヤには内緒にな。天狗に知られたら面倒臭くなりそうだ」
「確かにね。わかった、変に時間取られたくないし内緒にしとくわ」

 そうしてくれ、と会話を締めるちゆり。丁度あちらの会話も終わったようで、夢美がこちらへ戻って来るところだった。

「じゃあちゆり、行くわよ。さっさと用事済ませて異変の調査と行きましょう」
「へいへーい」
「巫女さん、では我々も」
「りょーかい。私がついていける範囲で飛ばしていいわよ」

 私は二人と別れ、にとりへ会いに行くべく九天の滝へと歩みを進めていく。
 季節が冬なのもあり、寒風が一吹きするたびに身を苛む。走っているはずなのに一向に体が温まらず、寒い寒いと体を震わせる私をよそに、文は気にした様子もなく黒い翼で風邪を切り裂いている。
 けれど見上げるその姿に、いつもの余裕が見当たらないのは気のせいか。妖怪の山の不穏……緊張と関係しているのは確かだと思う。
 こういう時は当たって砕けろ、である。

「ねえ文―――最近何が――あったの?」

 樹の枝を利用した跳躍を繰り返し、高度の到達点へ上がるたびに文へ話しかける。面倒極まりない話しかけ方だけど、空を飛べないのだから仕方ない。
 文は少しぎょっとしたが、すぐに苦笑へ切り替えて答えてくれた。

「最近、御屋形様が少しピリピリ……いえ、好奇心を沸かせていまして」
「それが――何かあるの?」
「夢美さん達の技術を率先して受け入れたのが御屋形様でして。未来の文明というのは天狗の秘術よりも不可思議な物も多く、参考になる部分も多いのかもしれませんが……やはり我々は幻想の生物。戦国の世に広まった鉄火硝煙はともかく、秘術を超える技術はあまり好きではないのです。鬼を想起しますからね」
「つまり上司の――わがままでピリピリ――していると」
「少し、違いますが……そこはすみません、これ以上は私の口からは巫女さんに教えられません」
「そ、っか」

 文個人とは親交を結んでいるけれど、私自身妖怪の山に受け入れられているというと少し首を傾げる。比べるほうが悪いのだけど、この山では個より組織が優先されるので当然のことだと思う。
 むしろこれで文がぺらぺらとその御屋形様のことを喋ったほうが問題な気がする。
 しばらくしてにとり達の住処が見えてくる。河を泳ぐ河童に声をかけようとするが、彼女は私と文を見るなり少し怯えを含んだ視線を投げてきた。……はて?

「ちょっと聞きたいんだけど、にとりは居る?」
「あ、えっとあー……」

 ちらちらと、河童は私――正確には文を見ながら口ごもっている。
 妖怪の山では天狗の下に河童が居るそうだから、上司の前で勝手に口を開けちゃいけない、と思っているのかな?

「私のことはお気になさらず。にとりさんが居るなら案内してあげてくださいな」
「……いえ、にとりはすみません、最近天魔様にちょくちょく呼び出されてまして。今日もしばらく帰って来れないんじゃないか、と思います」
「呼び出し?」
「あの子、教授の技術提供を受けた中で頭角を表しまして。そこに目をつけた御屋形様が、未来道具のメンテナンス要因として招集してるんですよ。たまに道具も持ち帰ってきて、それをみんなで弄ったりもしてますね。とっても楽しいです」

 へー、出世したのね。技術顧問というべきか。
 異変以降に会いに行ったこともあるけど、その時はそんな話をされたことはなかったからつい最近の話なのかもしれない。
 私と文で壊したロボットみたいなのに御屋形様が興味津々で、にとりはそのメンテナンス。文達はそのロボットを使ったあれこれで苦労しているから妖怪の山に緊張が……うーん、大体こんな感じ、かな?
 不穏さを感じたのは多分、妖怪の山だからだろう。なんせ妖怪が住んでるんだし。

「わかった、ありがとうね。今度遊びに来る時はきゅうりでも持ってくるわ」
「ホン……! えっと、その時を楽しみにしてますね」

 文の前だとちょっとやりにくいかな? 
 私は手を振りながら礼を言って、その場を後にする。
 にとりがいなかったのは残念だけど、妖怪の山のことを少し知ることは出来たのでよしとしよう。後は夢美達を待つばかり。

「夢美、調査に必要な道具持ってきてくれるかしら」
「ほう、調査ですか。巫女さんは今、何をしておられるので?」
「ん? ああ、まだ大事じゃないけど不思議なことが起きててね。それを調べに行く中で、湖の中に入るかもしれないからにとりに協力してもらえないかな、と思って来たのよ。夢美はなんかその御屋形様に用があるみたいだったけど」
「あの人は今現在、御屋形様の一番の興味対象ですからね。長くなるやもしれません」
「御屋形様、話長い口?」
「そういうわけではありませんが、未来の道具を説明する時間があるのではないか、と」
「あー、なるほど」

 そのことは考えてなかった。
 一応ちゆりに教えられた通り、私はリボンを軽く二回握る。リボンのどこに付けたかわからないので、これで合ってるかわからないけど……

「私は入口に戻るわね。文はどうするの?」
「お送りはしますよ。まだあの方達も戻ってないでしょうし、戻りはゆっくり移動しましょうか」
「別に構わないけど……」

 入口についてから話せばいいと思うのは私だけだろうか。
 まあいいや。

「そういやさ、天狗の秘薬かなんかで体が元気になる薬とかってある?」
「ハーフさんがまた変なことでもしたんですか? お仕置きは適度に、ですよ」
「そんなんじゃ、ないわ」

 私は秘薬が必要な理由、つまりアリスの症状について説明する。
 魔力が消耗した、とのことだが私にはいまいち実感がない。
 体中ボロボロになったこともあるけど、大体自然治癒やハーフ君が用意してくれた薬でなんとかなった。
 けど魔力については門外漢。ハーフ君がなんとかしてくれるかもしれないけど、念のため、というやつだ。

「ふむ、アリスさんは幼……少女ながら中々の魔力をお持ち。そんな方が一気に枯渇するほどの魔法とその現場。とても、気になりますね。良い記事が書けそうです」
「今はやめときなさいって。体調悪い時に取材なんて受けられないでしょ?」
「では、治すために何か用意でもしますかね」
「あるの? 薬」
「天狗とて元は行者ですからね。僧侶の真似ごとなどもしている天狗もいますので」

 答えになっているのかいないのか、軽く自分の胸を叩く文。任せていいのだろうか。

「それじゃあ、良ければお見舞いに行ってあげてくれない? 私はこれから調査があるから」
「ええ、構いませんよ。あちらにハーフさんも居るのでしょうか」
「一応、頼んだけど。居合わせるかどうかまではわからないわね」

 言葉を選びながら返す私をじっと見つめる文。どうしたってのよ。

「巫女さん、ハーフさんと喧嘩でもしてます?」
「はあ? 何よいきなり」
「いえ、記者の勘というやつです。また経験則から言わせてもらえば、妖怪の山という普段と違う場所へ外出するにも関わらず、あの方がついてきていないこと。出会ってから今までハーフさんの話題をどこか避けているようにも見受けられたので」

 記者の勘と経験って怖い。

「別に、私とハーフ君との喧嘩なんて珍しいものじゃないわ」
「そうですか? 私には珍しいです」
「いいでしょ、別に。単に隠し事されてて話題に出す気分じゃないだけよ」
「へぇ」
「どーでも良さそうに返事するなら、聞くなっ!」

 それは失礼、とどこかから取り出した扇で顔を隠しながら謝罪する文。謝るならちゃんと目を見て謝れ。

「ま、機会があったら私のほうから探っておきましょう」
「え、本当?」
「冗談で……冗談の冗談です、だから拳を振り上げるのはやめましょう。貴女との戦いは適度に面倒ですので」

 どうどう、と両手を下げて私を落ち着かせようとする文。
 いかん、私も少し感情が高ぶりやすくなってしまっているわ。冬の寒さのようにクールに、白く感情を落ち着かせないと。
 しばらく瞑想にも似た集中を発揮していると、遠くから誰かの声が聞こえてきた。

「お待たせ。こちらの用事は済んだわ」
「待たせて悪いな。けどいくつか道具を持ってきたから見返りは十分だぜ」

 話しかけたのは夢美達のようで、ここでようやく私達は合流した。
 
「では私はこれで。アリスさんとハーフさんのことはお任せくださいな。お二人も、あまり御屋形様にいらぬ知識を与えるのはおやめくださいね」
「あ、うん。よろしく」
「考えとくわ」
「考えるだけだがな」

 文はそそくさとその場から去っていく 。
 別に逃げ出すような状況ではないと思うけど、現在御屋形様とやらからのプレッシャーの元凶が二人なので、今は会いたくなかったのかも。

「慌ただしい天狗だな。巫女、アリスはともかくハーフのことで何か頼んだのか?」
「隠し事を調べてもらうなんて、浮気調査でもしているみたいね。心配しなくても巫女に一途でしょうに」
「何の話だ! それより、道具をいくつか、って?」
「可能性空間移動船の外壁は壊れたけど、中の施設はいくつか無事だからな。ある程度は天狗に押収されちまったから、幻想郷全域に影響を及ぼさない程度のものだぜ」
「さらりと全域に影響のある道具も置かれてる、って聞こえたんだけど」
「ん、月を常に居座らせる道具とかもあるわよ? 妖怪が支配する幻想郷じゃあ一大事でしょ」
「当然ってか、絶対やっちゃダメだからね!?」

 妖怪の山の天狗がそんなの使ったら、バランスを崩すどころの騒ぎじゃなくなるって!

「大丈夫、私にしか扱えないもの。危険な道具が天狗に使われることはまずないわ。パスワードもかけてあるし」
「信じていいんでしょうね……」
「おいおい、私達の穢れ無き瞳を信用しろよ」
「瞳は汚れてなくても行動が信用を汚すのよ」

 無邪気とは言うけど、邪気がなければなんでも許されると思うなよ。

「ご要望の、環境に適応する道具はちゃんとあるわ。これなら水の中でも地上と変わらぬ動きも出来る」
「それがあれば安心ね。それじゃ、早速案内するわ」
「それじゃ、行くわよ! 私の輝かしい幻想郷の歴史の第一歩!」
「最初に踏み外したから、一歩も歩けなかったもんな……幻想入りで山に船を直撃って」
「うるさい!」

 そんな二人のやりとりに苦笑しつつ、私は、私達は湖の現地へと向かうのであった。



「――どうやら熱も下がっているようだね。倦怠感はしばらく続くだろうが、今日を乗り切れば明日には治っていると思うよ」

 巫女の言葉通り、食料を持ち込んで見舞いに来た僕と小傘は早速アリスの体調の具合を調べていた。
 僕の言葉に、ベッドの上で苦しそうに伏せるアリスは力なく頷こうとする。だがその行動は傍に居た小傘によってやんわりと窘められた。

「だめだよアリスー。声出すのも辛いなら、無理して動かさなくていいからね」

 そう言って冷たいおしぼりを変え、アリスの小さな額に乗せる。季節は冬だが、発熱している以上は冷やさなければならない。普段は魔法で使うであろう暖炉も主がこの有り様では使えそうにないのだから。
 アリスの看病を小傘に任せ、軽い食事を用意する。塩粥に梅干しでも……いや、風邪じゃないからもう少し味のあるおじや(要は雑炊)でも作るとしよう。卵や刻みネギといった簡単な野菜もつけておくか。
 台所を借りて調理する中、割と綺麗に手入れがされていることに気づく。まだ齢にして十を超えるかもわからない少女がここまできちんとした生活を送っているのを見ると、その理由をつい探ってしまう。修行だと本人は言っているが、あの年齢から大した精神だ。
 土鍋で炊き上げた米を使って完成させた雑炊を器に入れ、アリスの部屋へ戻る。僕の入室に気づいた小傘は、アリスの上半身をゆっくりと起き上がらせた。

「はーいアリス、お口開けて~」
「じ、ぶんで、食べられる、わ」
「それは元に戻ってからすればいいよー」

 いつも以上に間延びした声音ながらも、小傘は決して引く様子はない。その意気込みに共感した僕が傍の小台に雑炊を置くと、小傘はレンゲで器の中身をすくい、ふぅふぅと息で冷ましてからアリスの口へ寄せる。
 体の調子のせいか、小傘に抵抗することが出来ないアリスは白旗を上げる。つまり、小さな口を開けてレンゲを受け入れたのだ。
 黙々と咀嚼する様子に、小傘は満面の笑みである。

「嬉しそうだな、小傘」
「んー。やっぱり人の役に立つって良い気持ちだからかな」
「傘としては多分違うだろうけど、その気持ちは大事だよ」

 食事は小傘に任せて、僕は他のことで見舞うとしようか、
 暖炉などが稼働せず、保温の機能が停止しているアリスの家は全体的に冷たい。まずは薪を使って温度の底上げといこう。
 アリスの部屋には適当な火炉を設置して室温を調整する。込めた魔力に応じて持続する簡易的なものだが、明日まで持てば後はアリスが自分でなんとかするだろう。
 後は体を拭くためのお湯でも沸かしておこう。着替えの用意は女同士に任せておかないとな。翌日に刃物を持った人形に襲われたら困る。

「……はい、よく噛んで~」

 不謹慎かもしれないが、されるがままのアリスは歳相応に見える。弱ったアリスというのは新鮮だが、変に大人びた姿より可愛げがあるというものだ。
 巫女も巫女で変に自分を大きく見せる時がある。自信というより、精神的な面で、だ。
 博麗の巫女としての責任か、子供っぽい所をあまり見せない。僕の言う子供っぽさとは遊び心のようなものであり、見た目のことではない。いや見た目も少女ではあるが、アリスほどではないのだが。
 博麗の仕事に忠実な巫女と、魔法使いとしての面を見せるアリス。お互いに小さな頃から自活した似たもの同士な二人が親交を結んだのは当然の帰結だったかもな。
 そうこうしているうちにアリスは雑炊を平らげたようだ。

「おかわりは?」
「んー…………」

 虚ろ目のアリスから返事はなく、呻くばかり。
 おかわりを作れなくはないし、体の力を機能させるためには食事を取ってエネルギーの補給も大事だ。かといって無理に食べさせて戻してしまうのはよくない。

「ちょっときついか。元々風邪ではないし、後は薬だけで済ませてしまおうか」
「く、すり?」
「今日を乗り切れば大丈夫だって言っただろう? 理由は、これさ」

 そう言って、僕は右手の霊印を起動させ太極図を顕現させる。
 取り出すのは、事前に用意していた薬。袋に包まれた中身は、瑠璃色の粉だ。魔法使いのアリスには覚えがあるのか、困惑するように僕を見上げている。
 これは下処理を用いた竜の鱗を砕いて粉末状にしたもので、魔力の回復にはうってつけの薬だ。竜種が珍しい幻想郷においては、中々の貴重品である。

「お、流石に気づいたか。まあ今回は巫女の無茶ぶりに応えたからこその症状だし、巫女にツケておくからアリスは心配しなくていいよ。小傘、アリスの顔を上げさせてくれ」
「はーい」

 言われる通り小傘はアリスの背中を支え、腰を少し沈める。アリスはしばらく逡巡していたが、やがて観念して顎を上げた。
 僕は適量の粉を懐紙へ乗せ、少女の舌の上へふりかける。苦味に苦悶するアリスへすぐに水を差し出し、無理やり胃へ流し込ませた。

「はい、よく頑張ったね。苦味はすぐに収まるから、少しだけ我慢しておくれ」

 う~……とうなるアリスに苦笑しながら、味のついた飲み物のほうが良かったかなと思い直す。たまにコーラや果実水を缶に詰め込んだ飲み物なども流れ着くし、甘味のほうが舌触りもいいはずだ。

「甘味と言えば、薬を飲ませる前に果物を切っておいたほうが良かったかな」
「んー、それは明日のお楽しみでいいんじゃない? 朝食代わりにもなるだろうし」

 それもそうか、と納得する僕だった。

「じゃあアリス、そろそろ体拭こっか」
「え?」
「ハーフさん、お湯お願いね」

 小傘は流れるようにアリスのパジャマのボタンを外す。ボタンが一つ解かれるたびに虚ろげだったアリスの表情に感情が戻っていく。段々と息を呑んでいくのを見やり、僕はアリスの胸元までボタンが解かれ白いキャミソールを覗かせている小傘を止めた。

「小傘、男の目の前でその行為はやめておいたほうがいい。同姓であっても恥ずかしい子は恥ずかしいだろうからね」
「あ、そうなの?」
「――~~~~~―――~~~~!」

 声にならない叫びを上げるアリス。ああ、頭痛が生まれたのか頭を抱え出した。
 小傘の介護によって上がった親しみは、無頓着さによって崩れたかもしれない。深まったのは友好ではなく溝である。
 これ以上アリスに苦労をかけるわけにはいかないので、僕はさっさと退出して小傘の要望通りお湯を持ってくることにする。
 洗面器に張ったお湯と備え付けのタオルを確認し、僕はそっとドアを開けて中へ押し込んだ。隙間から見える光景は、アリスが半身を起こしてベッドから落ちる間際の姿。

「僕はリビングに居るから、何かあったら呼んでくれ。あと、アリスにはちゃんと謝っておいたほうがいいぞ」

 聞こえているのかいないのか、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にするアリスを必死に落ち着かせようとする小傘の悪戦苦闘ぶりを見納めながら、僕はリビングへと戻っていった。



 リビングへ戻った僕は、時間を利用して巫女が着る服の強化をすることにした。
 まず、取り出したるは大漁のお札。
 お札メリケン等に使うのと同じ――いや統一原理の流用によって以前より改良されているものだ。
 流用と言ってもあちらが持つ光と熱のエネルギーを全て霊力に変換しているだけだが、十二分に強い。
 彼女らの協力により数えるのが億劫なくらいに作ったお札は、全て出力や規格を統一している。物理的に重ねるのではなく、一枚のお札の中に百の質が込められている、と言ったものだ。
 実際には破れない程度に圧縮しているので百は超えていると思うが、正確な数はわからない。それらを生地の層として使えば、あの妖忌の一撃も防刃してくれるはず。
 そんなお札を生地にした巫女服。
 加えて霊印にも使われている技術の流用によって、たとえ生地の札が破られたとしてもすぐに次の札が召喚・補充される仕組みだ。
 もし過剰な攻撃によって破れたとしても、自動修復と装填機能によって従来の何倍もの防御力を発揮出来る。
 ……そうだ、どうせなら結界としての機能もつけよう。
 生地とは別に結界用として消費するお札を仕込んでおけば、攻撃を避ける必要なく防ぐことが出来るし、切り返しの霊撃としても機能させられる。
 夢美とちゆりはリアクティブアーマーという反射装甲を鎧の中に組み込んでいたし、それを参考にすれば無駄もない。もし広範囲爆撃のような攻撃にさらされても、これで一安心だな。

「そうと決まれば呪文を刻んで……後は、と」

 各種術式が刻まれた生地を確認した僕は、人差し指と中指を札と札の間に挟む。
 今回は通常の制作ではないので、糸は物質のものでなく心理の層に作用する精神的なもので代用する。アリスが使う人形を動かす見えない魔力の糸、と思えばいい。巫女服に使う分なので、霊糸と言ったほうがいいか。
 眼には青白く映るそれが人差し指と中指の間に生まれる。
 霊糸をお札に這わせ、通し、縫い合わせていく。一見して継ぎ目のない綺麗な服にも見えるそれは、お札と霊力で編まれた不思議な巫女服というわけだ。
 さて、今後の巫女の生命を左右する服だ。しっかり作りこんでいくとしよう。



 どれだけ没頭していたか。
 巫女服はひとまずの完成を終え、心地よい達成感が全身を包み込む。一息つく僕だったが、作業はこれでは終わらない。
 ソファに腰を深く沈めながら懐からあるもの――華仙が放置していった茨木の百薬升をテーブルの上に置く。
 百薬升の用途を抽出出来ない僕に何かを言いかけていた彼女はしかし、小傘の乱入によって羞恥心を大いに刺激されたのか先ほどのアリスと同じくらいに顔を赤らめて去っていった。
 華仙からすると、百薬升を忘れるくらいの衝撃だったのだろう。その後の小傘が元気一杯活力全開に溢れていたのが良い証拠。よほど良質な驚きをいただいたのだと推測できる。
 華仙には悪いが、置いていったのなら都合が良い。今頃冷静さを取り戻して工房に戻っているかもしれないが、だからこそ僕は小傘を引き連れてすぐにアリスの見舞いに来た。
 流石にずっと借りたままだと窃盗なので、せめて用途の複製が出来るまでは預からせてもらう。鬼の力による治癒に加えた筋力の上昇を促す道具など、活用しないなんてありえない。

「とはいえ、今のままだと前の二の舞……」

 道具には質がある、と華仙は言った。
 それは当然だと思っていたが、道具であるなら等しく同じものだと思っていた。思い込んでいた。
 その認識を打ち壊した鬼の道具を前に、僕は考える。
 正直に言って僕は強くない。小傘は強いと言ってくれたこともあるが、それは全て道具のおかげだ。
 農民が鉄砲を持てば訓練した武者を殺せるように、道具はその身一つで何十年もの修練に勝る。例外も当然あるが、基本的には通用する。
 だから強力な道具さえあれば巫女の助けにはなるのだが、その道具を使えないとなると一気に何も出来なくなる。縋るしかないのはわかっているし、無理だとわかっていても手を伸ばさずにはいられない。
 
「なら、まずはこうしてみようか」

 右足にくくりつけたポーチから小瓶を取り出す。中身は酒だ。
 簡易の消毒用と一杯分の燃料として複数常備しているのだが、今回はこれで鬼の力を得てから用途を抽出する。前回は飲んでから日が経っていたが、今回は飲んですぐだ。多少なりとも有利に働くと思う。
 アリスにこれを飲ませるという選択肢がないわけでもなかったが、僕が持ってきた薬で代用出来たのだし、瀕死でもないなら知らぬ間に鬼に近づけさせるのはよくない。
 小瓶の蓋を開け、百薬升に酒を注ぐ。中身を全て移したのを確認して、テーブルに置かれた百薬升を包むように両手を添える。
 一気に中身をあおる。喉を鳴らして酒を飲み込んだ僕は、改めて百薬升を見据えた。
 先程は血が出るほど無理をしたが、今度は焦らずゆっくりと攻めてみる。
 一度目を閉じて、力を溜める。鑑定とも言うべき僕の能力に力の大小は関係ないが、
 茨木の百薬升。用途、酒飲で鬼になる。
 道具の名称と用途は変わらない。必要なのは、その用途を生み出す力。
 ゆっくりと息を大きく吸い、吐く。
 そして、僕は瞳を開き用途の抽出を始め――



「――――!―――ん!」
「――――――――あ?」

 気づけば、僕の視線は百薬升でなく小傘を見上げていた。
 
「気づいた、良かった!」
「あー…………?」
「ハーフさん、倒れてたのよ? しかも鼻から血も出てたし。テーブルかどこかに鼻をぶつけて気を失っちゃったの?」

 両手に握っていた百薬升が手元にない。体を起こすと、ずきりと頭痛が走る。……倒れた僕の現状を考えれば、思惑は外れ同じ結果になった、か。 
 
「ハーフさん?」
「ああいや、うん、うっかり転んでしまってね。ええっと、何かに躓いたのかも」
「もう、うっかりさんね。えっと、躓いたってことは…………あ、これかしら」

 そう言って小傘が周囲を見渡し、手を伸ばしてそれを拾い上げる。

「これに躓いたの?」
「んー、ああ。これだ、ありがとう小傘」

 礼を言って、小傘から百薬升を受け取り太極図の中へ入れる。しばらく視界がかすんでいたが、うん、間違いない。

「これ、確かハーフさんの工房でも見たような」
「華仙の忘れ物だよ。その、うっかり、持ってきてしまったようだ」
「大変! この子このままじゃ付喪神になっちゃうよ!」
「いや、流石にそれはな…………」
「そうかもしれないけど、早く返しにいかなきゃ!」

 小傘は忘れられた傘が付喪神となって妖怪化した存在。だから忘れ物には過敏に反応するのだろう。
 まだ検証したいところだが、華仙なら貸し出しは無理でも試すくらいは許可してくれるかもしれない。そうなると、ちゃんと返してツテを生んでいくほうが利口なやり方か。

「わかった、僕が工房に戻って見てこよう。いなければ後日引取りに来てもらうよう手紙でも残しておく。盗まれることはないだろうが、それでも置いておくには勿体無い道具だしね」
「うんうん、それがいいよ。でもハーフさんが行くの? 私が行こうか?」
「アリスの体調は良くなったのか?」
「寝汗はちゃんと拭いてるし、呼吸も落ち着いてきたから多分大丈夫だと思う。きっと目が覚めたら完治しているはずだわ。ハーフさんの薬が効いてるのね」
「小傘の献身と仲良く半分こってところさ。それでも治りかけも危ういから、念のためまだアリスのことを見ていてくれ。工房に行って戻るくらい、そんな時間は取られないだろうけど……一応、これを渡しておこう」

 そう言って太極図の中から取り出したのは、無線と呼ばれる遠く離れた相手と話せる道具――その用途を混ぜたカフスだ。
 夢美達はパワードスーツに内蔵された思念端子と呼ばれるものを使ってやりとりしているそうだが、生憎とその道具の持ち出しは自分達の分しか出来なかったようだ。
 そこで夢美は僕が幻想郷を巡って拾った道具を使い無線というものを作り、その用途を僕が拝借してわけだ。
 思念端子を使えば話したい相手を頭に浮かべるだけで会話が出来るそうだが、そこまでの機能は望めない。だが僕と小傘だけでも話せるというのは有効的に活用できるはずだ。
 機能を説明しながら小傘の右袖にカフスを着けてやる。嬉しそうに笑みを浮かべてカフスを撫でる彼女は、しばらくそれを眺めたり触ったりして堪能していた。

「ハーフさんありがとう! けど、どうせなら私自身にその用途を溶かしても良かったんじゃない?」
「おいおい、君は唐傘お化けの多々良小傘だぞ? ほいほいと用途を溶かしこんでいたら、君自身の本質を忘れてしまう。それに僕が用途を入れるのは道具だけだ。いち妖怪として存在する君を道具に見る必要はない」
「私は、道具だよ?」
「君は、妖怪なんだ」

 むぅ、とへの字で僕を見上げる小傘。

「協力するって言ったから道具として扱っていいのに……あ。でもほら、人間から妖怪になる人だって珍しくないし、妖怪が変質するのもなくはいでしょう?」
「小傘、いい加減にしろ」
「いい加減なのはハーフさんよ。気遣ってくれるのは嬉しいけど、より好みなんて出来るの?」

 何気ない小傘の台詞に、怒りの沸点が急上昇していくのを感じる。すぐさま自分の左手を右手で強く抑える。そうしなければ、手が出そうになってしまったからだ。

(このくらいで怒るなんて…………百薬升の効果か? しばらく離れていたほうが良いな)
「ハーフさん?」
「なんでもない。この話はまた今度だ。僕は工房に戻るから、何かあれば通信カフスを使って教えてくれ」
「あっ! 逃げた!」

 上がっている身体能力を駆使して、僕はするりと小傘の前から姿を消しそそくさとアリス邸から走り去っていく。
 雪を踏みしめる音に混じって遠くから小傘の声が聞こえてきたが、前を向いたまま軽く手を振って返した。許せ小傘、今ちょっと荒れているのだ。
 寒風があまり冷たいとも感じられない。これも百薬升の恩恵なのか。

(やっぱり返すのもったいないよなあ…………ちょくちょく説得して借りよう)

 華仙なら割と簡単に貸してくれそうだしな。いやまずは謝るのが先か。その反応次第だろう。
 どうにか華仙から百薬升を定期的に貸し出してもらえるよう画策しながら、僕は工房へと戻っていった。



<続>

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