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趣味人仙人商売人

 昼下がりの香霖堂。
 本日の僕は店内におらず、店の外に出て一つの商品、いや商品予定となるものを眺めていた。
 もう少しすれば梅雨という皐月の終わりの時分、僕はあるものを手に入れた。一見すれば大きめな赤い箱に見えるそれは、硬い金属で作られているものだ。中々に重量があり、身体強化の魔法などをかけない限り霊夢達のような人間の少女の細腕では持ち上げるのに苦労するほどだろう。
 名称はモトコンポ。用途はモトを持ち運ぶ。モトというのがよくわからないが、モトコンポのモトだろうか? となるとコンポとは……梱包かな? 下部には二つの車輪がついているのを見れば何らかの運搬を目的とした車であると予想する。だが荷物を置くにしては些か箱の面積が心許ない。これなら手押し車や馬車のほうがよほど数多く乗せられる。加えてこの重さでは車輪があるといえ、モトコンポ自体を持ち運ぶのに不適切ではなかろうか。
 考えながら、僕は用途の意味を知るべくこの大きな車輪付きの箱を調べてみる。どうやら下部には車輪が勝手に動いても問題ないように支えるための台があるらしく、それをまず動かしてモトコンポの車体を上げる。こちらは問題なく出来た。次は上部に設置されたこの黒い長方形の物体に手をやるが、その部分が簡単に外れた。

「えっ」

 思わずびくりとする。調べようとした黒い部分の一部が、急に外れたのだ。壊してしまったのか? もったいない……
 焦る僕は壊してしまった部分を見直すと、中には空洞がありそこに黒い棒状の何かが収納されていた。どうやら壊してしまったのではなく、箱を密封する蓋であったようだ。
 安堵の息をつきながら、僕は蓋を適当に置いて中身を取り出そうとする。棒状の何か――確か外の世界の雑誌で似たようなものを見たことがある。確か、ハンドルだったか?――は簡単に取り出せたが、やけに締りの緩い柄が一緒になっていた。少し力を込めれば簡単に動く柄には別の金属が取り付けられており、ニ、三度握ってみるが特に何か起こる様子はない。下を向けば同じものがもう一つあり、これらが二つで一つのセットであることが伺える。同じく線上には凸凹の何かがあり、こちらは回すことができた。後で調べてみるか。

「これは鏡、か?」

 ハンドルには手の平に収まるサイズの鏡が設置されている。多少の汚れは見えるが僕の顔がはっきりと映るので、まだ十分に使えることを示している。後で念入りに拭いておこう。
 鏡はさておき、再度ハンドルを調べていると、動かせる範囲が一定であることに気づいた。収納されていたことを考えれば箱の中に入るのは当然として、そこから起き上がるように縦に向けて動かすことが出来る。かといって百八十度回転するようなものではなく、半身を起こすように簡単な動作が可能なようだ。それに気づいたからと言って進展があったわけではないのだが。
 いや待てよ、と僕は線上にあった凸凹の部分に手を添える。ハンドルを前輪の位置まで上げると、その凸凹を回す。回すたびにハンドルの締りがきつくなっていくのを見ると、どうやらバルブやネジのように回すことで位置を固定するものだったらしい。片方が固定されたことで、ハンドルが回るたびに前輪が動く。それが正しい行為であることを知り、そうと分ければもう片方のハンドルを固定する。そうすることでモトコンポは雑誌で見たのと同じような形へと変貌した。
 さらに注目すると、ハンドルの下部にカギのようなものが取り付けられている。これで動きを止めていたのかと僕はカギを意気揚々と回したのだが、モトコンポはうんともすんとも言わない。カギを再度回したり戻りしたりしてみるが、扉が開くような音は一切聞こえない。

「…………特に変化はないな」

 外の雑誌に乗っていたバイクと呼ばれるものに酷似するようにはなったが、それまでだ。単にハンドルを動かすことで前輪を操作出来るようになっただけで、モトコンポ自体が動くようになったわけじゃない。ここからどう動かそうかと試行錯誤している僕に、かけられた声があった。

「整備中かしら?」

 声のするほうへ首を向けてみれば、そこに佇んでいたのは独特の形に結った薄茶色の混じった金髪の少女だった。羽織られたマントが少女の体躯を大きく見せており、一種の威圧感すら覚える。笏と呼ばれる板片を口元に当て、優雅な笑みを携えながらの質問に僕は一瞬だけ意識を奪われる。それもつかの間、すぐにお客様なのかと思いモトコンポを弄る手を止めて対応する。

「いらっしゃいませ、香霖堂……こちらにご興味がおありですか?」

 挨拶もそこそこに、少女の視線がモトコンポに向いていたので話題を切り替える。少女はこくりと頷いた。

「うん? ああ、珍しいものだから気になっただけだよ。この店にあるとは思わなかったから」
「……こちらの商品をご存知で?」
「いいや『私』は知らない。けど、似たようなものを知っている。とはいえ、手こずっているようね」
「ええ、何分外の世界の道具なので簡単には――」

 モトコンポを一瞥した少女が、笏をしまいながらそっと手を寄せる。華奢な手は腕の細さに違わぬ優美な曲線を描いており、妙に女性的な印象を受ける。まじまじと見るのも失礼と思い目を逸そうとしたが、彼女の行動に僕の目は離せなくなる。少女は差し込まれたままのカギとハンドルを回し、側面に取り付けられていたレバーのようなものを足蹴にする。それも何度もだ。思わず声を上げようとしようとした矢先、モトコンポが盛大な唸り声を上げた。

「ふむ、見よう見まねだったがやれば出来るものだ」

 大きく目を開く僕をよそに、少女は一つ頷き自身の行動を自賛した。

「ど、どうやって動かしたんだい?」
「言っただろう、見よう見まねだって。とある河童の欲や僧侶の乗っていたものを思い出しただけさ」

 そう言ってマントを口元に寄せ朗らかに笑う少女。マントによって大きく見えていた体が体躯の線に沿うように包まれることで、彼女の華奢な肩が浮き彫りになる。仕草の一つ一つが洗練されているためか、それとも少女自身の容姿のせいか。何気ない動作一つ取っても目を向けてしまう雰囲気が備わっており、僕は無意識に目を向けてしまう。意図的……だとは思うが、自分を良く魅せるという技術が今までに会った人物の中でも抜きん出ている気がした。これがカリスマ、というやつなのだろうか?
 変な気分になってきたので、気を逸らすようにモトコンポへの追求をする。

「その言い分だと、モトコンポに似たものを見たことが?」
「ああ。河童のバザーや命蓮寺の僧侶が夜中に走り回しているバイクという代物に似たものね。このハンドルを回すことで自動で二輪が動いて、走ることが出来るんだ」
「モトコンポは運搬用のはずですが……」
「馬車だって荷物を運ぶためのものだろう? それが携帯サイズにまで縮んだだけの話になっただけよ。ま、馬よりは速いのかもしれないけど、こうもうるさいのが続くと慣れるのに時間がかかりそうね」

 未だに音を鳴らすモトコンポだったが、少女がカギを回すと鳴りを潜める。どうやらあのカギがモトコンポを動かすためのものに違いはないようだが、そうなるとさっきはどうして……再び思考に沈みそうになる僕を、少女の声が引き上げる。

「店主、こちらは試乗してもいいのかな?」
「え?」
「え? じゃないよ。試乗、試し乗りだ。どれほどの速さが出るか気になる」
 
 時速100キロ以上出ると好ましい、と語る少女。残念だが先程まで動かし方を知らなかった僕には答えがわからない。嘘をついても仕方ないので、僕は素直に内心を告げる。

「すみません、僕もこれの動かし方を探していた身でして。恥ずかしい話ですが、お客様のおかげで初めてこのモトコンポが動いたのを見た次第です」
「それは知っている。だから私が動かそうと言うんだ」
「構いませんが、完全に動く保証も出来ませんよ? ひょっとすると走行中に倒れてしまうかも」
「暴走車に轢かれるより倒れるほうが痛くはないだろうさ」

 まるで似たようなものに轢かれたことがあるような台詞だ。幻想郷でそんな機械があるとすれば河童くらいだろう。だが少女は先程河童と知り合いのような素振りだった。それに命蓮寺の尼……いや待てよ、命蓮寺の僧侶が使うバイク? つい最近どこかで見たような気が……あっ!

「そうだ、最近都市伝説騒ぎで活躍していた…………貴女が聖徳太子か。ご活躍は新聞などでかねがね」

 最近はオカルトボールというアイテムに思考と時間を奪われていて、中に入って来ない限り香霖堂の外で弾幕ごっこをしていても気にしないようにしていて情報が遅れた。文々。新聞を定期的に送ってくれると言っても最近は毎日というわけでもなかったし、食事をする必要もないので没頭している間に随分と時間が経過していたこともある。そのせいで目の前の彼女やモトコンポに似たバイクの存在に気づくのにも遅れてしまった。
 僕の言葉に待ってましたと言わんばかりに少女、豊聡耳神子はマントを翻し両手を広げたポーズを取る。

「ようやく気づいてくれたか。私の知名度もまだまだね」
「元々聖徳太子は男という説での認識が強かったものですので。ひょっとしてさっきから妙に振る舞いに力が入っていたのは?」
「それは特に意識してのことではない。自然と民衆に意識されるよう過ごしていたからか、政に携わっていた副産物と考えて頂戴」
「承りました」
「よしなに。話を戻すが、このモトコンポに乗ってもいいのかな?」
「貴女の足とするには些か役者不足に過ぎると思うのですが」
「私とて常に乗り回すわけではない。ただ、似たようなものに乗ったやつがいて、そいつにはあまり負けたくないので同じ土俵でも勝って行きたいわけだ」

 その人物は、おそらく命蓮寺の聖白蓮のことだろう。霊夢が信仰合戦でライバル視していた人物の一人(目の前の彼女もそうだが)だが、二人はおそらく霊夢のことをそんな対象では見ていないのだろう。神子からすればライバルと思っているのは白蓮一人のようだ。道教と仏教、その代表者としては目には見えない様々な思惑があると見た。

「しかしバイクとモトコンポ……レースでもする気ですか?」
「それも良いわね」

 僕の軽口に笑みを深める神子。聖徳王は思っているより固くなく、ジョークも嗜むようだ。

「今この瞬間、私は異国の闘牛士となる。と言ってもこいつは鉄の闘牛だがね。こいつを飼い慣らせないと、あれと疾走するには足りないわ」

 そう言って神子はモトコンポに軽く触れる。その意気込みは素晴らしいと思うのだが、それでも僕は彼女を静止した。

「お客様、特に貴女ほどの方に何かあれば大騒ぎでしょう。ですので、一度私が乗って安全を確かめてみようと思うのですが、いかがでしょう?」
「…………貴方は商人ではないな」
「何か?」
「素直なのは美徳だと言ったのだ。まあ騙されてあげよう、でも動かし方を知らないのに乗るというの?」
「ですので、教えてもらえませんか?」
「…………………」

 あんぐりと口を開ける神子。いや確かに客相手に説明を求める店主など前代未聞だとは思うが、知らないものは知らないのだから仕方ない。仕方ないのだ。呆けた顔をしばらく見せていた神子だったが、誤魔化すように咳を一つ落として気を取り直そうと顔を作る。どこか気恥ずかしげな様子で、頬を軽い朱色に染めているのは僕の色眼鏡か。神子は再び口元に笏を当て、片目を閉じながらつぶやく。

「まあ、構わない」
「本当ですか!?」
「ただし、後で私の望みも聞いてもらう。それでいいね?」
「出来ることと出来ないことはあると思いますが、大丈夫ですよ」

 まさかかの聖徳太子から依頼を受けることがあるとは、僕も中々に偉くなったものだ。この調子なら幻想郷一の商売人になるのも『無理じゃないかな?』……顔に出ていたか?

「私とてその辺の判別はつけられるから安心するといい。しかし、誰かから私の力を聞いていたのかな?」
「何のことです?」
「…………天然か」

 一体何のことを言っているのだろう? お偉方の考えはよくわからない。

「こっちの話さ。この話題はおしまい、モトコンポに乗りたいんでしょう? さっさと腰を下ろしなさい」

 それもそうだ。
 僕は神子の言いつけに従い、おそらく荷物部分を乗せるであろう中央部分に座る。僕の体が大きいのかモトコンポが小さいのか、乗っただけでほとんど荷物を乗せる場所はない気がする。お腹を圧迫する可能性もあるが、一応前に置けなくもない。けれどそこに置くくらいなら最初から別の運搬道具を使ったほうがより多くの荷物を運べるはずだ。
 そんな僕の訝しげな顔に気づいたのか、神子が眉をひそめながら言ってくる。

「どうかした?」
「いえ、このモトコンポはモトを持ち運ぶの用途を持っているのですが、それにしては些か量が心もとなく思いまして」
「動かす前から変なことを気にするのね。でも運搬、か。……それはひょっとして、モトコンポで、ではなくモトコンポを持ち運ぶということではないか?」
「モトコンポが、運ばれる?」
「ああ。外にはコンポという音楽を聞いたり録ったりすることの出来るものがある。私もこれを作った時に少し聞きかじった」

 神子が自分の耳飾りを示す。僕は目を細め能力を使ってそれを見た。黄金の色彩を持つ瞳から輝きが失われ、深く、海の深淵へ落ちていくように名前と用途の情報を探っていく。それによると名称はヘッドホン、用途は音を遮断するとあった。

「音を遮断するのに、音を録るので?」
「…………なるほど。そういう能力か」

 じっと僕を見据えていた神子が口を開く。

「君はその力のせいで用途、いや答えを先に知っているからこそ誤解をしている。確かに私のこれは余計な声を聞かないための措置だが、本来のこの道具は音を収集するためにある。拡散する音を自分にのみ集める、と言った具合だね。なれば、モトコンポもそれ自体が運ばれるもの、つまり荷物だと考えられる」
「……そうか、外の世界の主な移動手段と呼ばれる自動車か!」

 拾った雑誌の中には、自動車と呼ばれる鉄の箱が羅列された本も数多く存在する。何度か読み込んだことで、外の世界ではこれが馬車に変わる主な移動手段なのだと推測している。本の中で見た自動車にはサイズの違いがあり、大きいものならモトコンポが収納しても問題ないサイズだったはずだ。それにモトコンポは今の形ではなく、折りたたみなどで収納が可能だ。なるほど、指摘を受ければそれが正しいと思える。

「おそらく、自動車で移動した先あるいは自動車で入れない道を踏破するためにモトコンポはあるのだろう。聖白蓮のバイクのように、ただ自動車に成り代わる移動手段と言えなくもないが、少なくとも君がそんな用途を見出したということは、それを目的として作られたはずだ」
「使い方次第で道具はいくつもの顔を見せる、か」

 その通り、と神子が差し込まれていたカギを回しながらハンドルの柄、グリップと呼ばれるものを握るよう指示する。

「基本的にこのカギで動かすか動かさないかを決める。エンジンに火を入れる、というわけだ。エンジンという言葉は知っているか?」
「ええ、読んだことはありますね」
「ならいい。その後にハンドルのグリップを回しながら左側のこの出っ張り、キックレバーを上手く動かすのだけど……やってみるといい」

 言われた通りグリップを握りエンジンを入れるべくキックレバーを蹴ってみる。すると、モトコンポは先ほどの神子と同様にうるさいくらいの唸り声を上げ……すぐに途切れた。ニ、三度蹴ってみるが一時的に音が鳴るだけでその後何の反応も示さない。音が鳴るということは順序が間違っているわけではないはずだ。となると、スイッチが上手く入っていないということか。

「蹴り方が違う。もっとこう、軽くでいい。スイッチを入れる感覚だ」
(……スイッチ、スイッチ……こうか!)

 何度目かの挑戦、力は入れず押しこむような蹴り方が功を奏したのかモトコンポが音を鳴らし、それが継続的に続く。エンジンが入ったようで、その成功に顔が緩まる。疲れるほどの苦労をしたわけではないが、達成感は軽いものでも味わうと気分がいい。
 
「後は支台を外せば動くだろう。右側のハンドル、手前を回すことで車輪が周り、レバーを押せばブレーキだ」
「よし…………」

 逸る気持ちを抑えながら、僕は神子にしばし待つよう言付け香霖堂の倉庫へと向かう。戻ってきた僕の手には、赤いヘルメットとゴーグルが握られていた。

「どこへ行っていた?」
「この道具達を取りに」

 倒れても飛べばいいのに、と神子は言うが外の世界ではこれが正式なバイクの騎乗スタイルらしい。ならば郷に入れば郷に従え、僕もまたヘルメットとゴーグルを身につけるべきと考える。決して倒れた時咄嗟に飛ぶなんて反射神経がないからではない。それに戦場で馬に乗ったなら兜をつけるのは当然なのだ。そしてゴーグルは眼鏡の上からでも身につけられるほどに大きい。多少側頭部への締め付けがきついが、我慢出来ないわけじゃない。
 準備を整えた僕は、改めて唸り声を上げるモトコンポの支台を外すと、タイヤが地面と接地する感覚が全身に行き渡る。さあ動かそう、と思ったその瞬間、モトコンポは僕の意志に反して動き始めていた。

「っとぉ!?」

 両手が強く引っ張られる感触を覚えながら倒れないよう咄嗟に強くグリップを握る。モトコンポの仕様上、グリップを回すことでタイヤが回転する仕組みとなっている。当然、しがみついたグリップに回された手は最大限の力を以てこれ以上ない加速を発揮した。――結果、急激な加速に耐えられなくなった手がグリップから離れて宙へ放り出される。まるで飛び込みを行ったかのように勢い良く前宙を決め、奇跡的に一回転を決めただけで背中から着地した。欲しかったのはヘルメットでなく背中を守るものだったようだ。幸運にも痛みはそれほどない。が、モトコンポは突っ切った先で倒れ後方では神子の笑い声が木霊する。精神的にはモトコンポに負けないくらい大きく聞こえた気がした。

「あっは、あはは、ははは! いやいや、いや、すまない。それだけ受け身が上手いなら、飛ぶ必要がないな」
「…………偶然だよ」

 皮肉を飛ばされ、思わず敬語もモトコンポと一緒に吹き飛んだ。真面目にやっていたというのに笑うのは失礼だ。そんな僕の気持ちをあざ笑うかのように、神子は軽くお腹を抱え目尻に涙を浮かべている。言ってはあれだが、そんなに面白いことだったか?

「いや、不意打ち、不意打ち。笑う、ぐふ、つもりはなかったんだが、あは、あまりにも見事に初心者によくある事故で宙を舞ったものだから」

 差し出された手を取って立ち上がる。その柔らかく白い手は、強く握れば折れてしまうのではないかと錯覚するほどに線の細いものだった。そう思ったのも刹那、ヘタをすれば倍の重量はあろう男の体を物ともせずに僕の体を引いて立ち上がらせた。確か彼女は仙人として蘇ったと聞くし、仙丹などの恩恵で身体能力が見た目以上に高いのだろう。
 立ち上がった僕は前方に転がるモトコンポを起き上がらせると、今度は即座に支台で車体を固定させた。今度は気をつけて動かさなければっ。

「悪かったよ店主。お詫びに私がナビゲーター、案内をしよう」

 と、気合を入れて再動しようとする僕の背後で神子の気配がする。振り向くと、彼女は僕の肩に手を置きモトコンポに浮かんだ僅かなスキマの間に立っていた。しかもモトコンポが体重によって沈むことはなく、振り返ったことで肩が彼女の足に当たったが、その体からは重さというものがまるで感じなかった。軽くなっているわけではない。重さ自体が消失していると言えばいいのか、羽根どころか空気のように簡単に彼女の体が肩の軌道に従ってズレた。

「これは…………」
「私とて仙人の端くれ。体から重さをなくすなんて造作もない」
「流石は聖徳太子、と言ったところなのか」
「流石は私、と言ってくれるほうが嬉しい」

 その言い回しに紫のことを思い出す。頭の良い存在というのは、思いの外に我というのにこだわるようだ。

「座りはしないので?」
「マントが車輪に絡まったら大変だろう?」

 ごもっともである。なら脱げばいいのでは、と言おうとしたが別にどららでもいいかと思ったので結局その言葉は喉元を通る前に飲み込んだ。

「でも、後ろに立つのは何か違うような」
「いずれ屠自古や布都を乗せるかもしれないもの。私自身、二人乗りを経験しておけばより説明も出来る。何、次に宙を飛んでも私が救ってあげよう」

 まあ本人が納得しているならいいか。

「その心配はいりませんよ。二度目はありません」
「期待しておこう」

 じゃあ、出発だ。
 今度こそ、という意気込みが通じたのか、モトコンポは転倒することなく僕と神子を乗せて走り出していった。
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 人里までモトコンポを走らせた結果、神子の求める性能はない、という判断が下された。最初こそ歩くより、ゆっくり飛ぶよりもずっと速いモトコンポに驚き感心していた僕達。けれど最高速で出来る限りの加速で走った先で、神子がこれでは奴に勝てぬと無念そうにつぶやいたのだ。確かにモトコンポは徒歩や飛脚などの走りに比べれば移動手段としては優れているが、それはあくまで人間の範疇内でのものだ。妖怪の身体能力、吸血鬼や天狗といった相手と比べたら分が悪いとは思う。だが客の求める性能ではなかった以上、仕方ないことか。
 せっかく人里までやってきた、ということで僕達は仙人御用達と一部で噂の団子屋にて休憩を取っていた。評判の店だけあって客入りは上々のようだが、人が多い分神子の姿を知る者が多く店に入ると軽い騒ぎとなってしまった。今は神子がプライベートだと説明して落ち着きを取り戻しているが、去年の人気争奪戦で台頭を示した彼女の人気は侮れない。今もなお席の遠巻きから僕達の様子を伺っている里人もいる。多くの弟子入り願望の人間が詰め寄るのも納得の人気だった。それが聖徳太子なら尚更だろう。霊夢、うかうかしていると人里での活躍も奪われてしまうかもしれないぞ?

「しかしお忍びという割にはマントを脱がないのですね」
「一応人里における私の認知度は、この姿が一番高いもの。ああもちろん、他の服を持ってないわけではない。季節ごとの服もちゃんとある」
「太子の服ともなれば中々に高級品そうですね」
「身内の手作りだよ。博麗の巫女が君に服を作ってもらっているようにね」
「おや、ご存知で?」
「ええ。君があの魔法使いに――八卦炉を作ってあげたことを知る程度には」

 その言葉に団子を食べていた手が止まる。神子の言葉の一部が妙に力強く感じたからだ。仙人というだけあって、八卦炉への造詣も深いのかもしれない。去年の夏の異変は、面霊気と呼ばれる妖怪が引き起こした出来事だそうだが、元の道具となった面を作ったのが目の前に居る豊聡耳神子だと聞く。国宝とも言うべき道具を作る手腕があれば、本物の八卦炉に近い仙炉を作ることも可能なのか? 本人が目の前に居るのだ、聞いてみて損はない。 

「貴方も八卦炉の製作を?」
「うむ。君が作ったものほど小型ではなく、工房に設置されているものだがその分性能は高いと自負している」
「炉の性能が高いなら、仙丹などを作るのもそう苦労はないでしょう。あれらは炉の機嫌や素材への配慮が必要ですが、そこでミスするとは思えない」
「おやおや、随分と口が回る。何か私に求めているのかな?」
「いえ特には。団子屋に団子があることを特に注目などしないでしょう。そういうことです」
「……君の例えはわかりづらいな」

 つまり聖徳太子の作る道具なら、不出来なものはなくその格相応なものが出来上がるのに不思議はない、ということだ。

「八卦炉を作るということは、仙人なのか?」
「いいえ、今までもこれからも商売人ですよ」
「とてもそうは見えないから聞いたのだけど」

 苦笑し、誤魔化すように団子を頬張る。神子も軽く団子をつまむが、タレ付きの団子でもそれを口元や服にこぼすといった無粋な真似はしない。仙人でなく人間の聖徳太子として過ごしていた時代では、多くの人の目に映ることや身分の高い相手との食事の経験も多いだろう。人前でのマナーというか、魅せ方というものが上手い。動きがいちいち目に入るのは目の保養なのか目の毒なのか判断に困る。

(――僕の視線に気づいてわざとらしく笑っている。きっと、自分がどう見られているのかを正確に理解しているタイプだ。生来に加えて経験まで含んだ観察力というのは厄介なものだな)

 そう知っているのに釣られてしまう僕は、案外簡単な男なのかもしれない。団子を食べ終えて一服すると、ようやく本題とも言うべき話題へと切り替わる。

「性能の面で否定はしたが、モトコンポ自体はちょっとした趣味や暇の潰しにはなりそうだ。あのモトコンポ、いくらになる?」
「うっ…………」
「なんだその声は。噂に聞く二人のようにツケで買うとでも思っているのか? そこは安心するといい、何なら君の言い値で買おう。お金は渋る時は渋り、必要な時は躊躇なく使うものだ」

 羨ましい台詞っと違う違う、今はどうやってモトコンポの購入を踏みとどまらせるかが先だ。
 というのも、神子が購入を求めているように僕もモトコンポが気に入ってしまったのだ。風を切る感触や徒歩では決して味わえない景色。天狗に飛ばしてもらう空の景色と違う、自分の技量で適度な調節が可能というおまけつき。大きな荷物の運搬は難しいが、簡単なものや時折訪れる人里への移動の負担軽減などメリットはたくさんあるのだ。動かし方がわかった現在、売るのがもったいないので非売品にしたいくらいだ。

「ですが、神子さんが求めているのはあの住職に対抗するバイクでしょう?」
「確かに彼女に負けないものも欲しいが、勝負に使わなければむしろ好みの部類だ。ま、私が使うならもっと大きいものに変えるが」
「河童のバザーで、河童製のものを買うというのは?」
「どうせあれらは定期メンテナンスとか言って無駄に金を使わせるだろう。河童は中々に貪欲なものだからね。モトコンポを購入したら、自分で改造しようと考えている。私は道具の作成も行っているからな、機械はあまり扱ったことがないがこれも勉強と思えば悪くはない」
「いずれ河童とは違う方面で驚異的なものを作りそうだ。何かパーツが欲しいのであれば香霖堂へどうぞ、探しておきますよ」
「……やけに売るのを渋るな。あのモトコンポ、整備して売りに出そうとしていたと見受けたが、違ったか? それとも、私が気に入ったのを見てふっかけようとしているのかしら?」

 神子が良い感じに質問をしてくれた。ここであれは非売品なんですよ、と言うのは簡単だ。だがそうなるとこの金払いの良さそうな聖徳太子の機嫌を損ねてしまう。モトコンポを手放せばいいがこの道中で気に入ったのは彼女だけではない。僕も気に入ってしまったからこそ悩む。
 彼女はすでに趣味や暇潰しの面としてモトコンポを買おうとしている。プライベートに突っ込むのは野暮だしそんなのは天狗だけで十分、僕が言っていいことじゃない。ここまで購入の流れを打ち切ることが出来なかった時点で僕の負けなのか。乗り方を教えてもらった立場にも関わらず否定する、という考えがそもそもいけないのか。かといってこのまま無言を通すのはもっとまずい気がする。……いや、待てよ? これなら……と、時間にして数秒。だが僕にとっては果てしなく長く感じた思考が導いた答えは、

「そう、ですね。商品にしようかな、とは考えてましたが道中の走行で貴方と同様に僕もあれが気に入ってしまいました。なので、今更ながら手放すのが惜しいと考えています」

 素直に心情を打ち明けることだった。
 元より僕の商売は自由気ままなものだ。売れれば嬉しいし売れ残れば悲しい。けどそれら商売の全ては僕のモチベーションあってこそなのである。神子はモトコンポを買うだけ買ってリピーターとして来るかわからない。それならここでモトコンポを手放した後悔をしないほうがいい。――やはり、僕は商売に向いていないのかもしれない。だが、これで終わってしまっては単に神子を呆れ、あるいは怒らせるだけだ。ならば別のものを用意する必要がある。
 神子は目を瞬かせ、呆れるような顔を向けてくる。そこにあるのは落胆に近いため息だ。

「河童を少し見習ったほうがいい、ってくらい君は商売人としての技量が不足している。商人ならいかに自分の考えを殺しながら相手を思惑通りに誘導するかが常道であろうに」
「それは政治に似ていますね。それは相手にもよる、と考えております。生憎と弁舌において敵うとは思いませんので」
「張り合いがないな、もう少し頑張ってみてもいいものを」
「交渉とは突き詰めれば自分が欲しいものを手に入れるための過程であり、結果ではありません。それに、依頼したいことがあるのでしょう? そちらのほうでサービスさせていただこうと考えています」
「ふむ、思い切りの良さは買おう。それに媚びるのではなく、対価を持ちだしているのなら交換条件とも言えるか」

 マントで口元を隠しながら僕を批評する神子。笏を使うのもそうだが、口元を隠す癖があるように見受けられる。政治の面において海千山千の相手に対して表情を隠してきたからか、純粋にそういう癖なのかどちらだろう。
 
「うん、それならたっぷりサービスしてもらおうか」
「では……」
「ああ、モトコンポは君が自由にするといい。屠自古達には悪いが、いずれ似たようなものを作るとするよ」

 作れない、と言わない辺りに彼女の自信が見える。僕も道具を作ることもあるが、それは主にマジックアイテムだ。霊夢の巫女服など、特別な力を持たないものも作らないわけではないが、流石に機械を作るとなると前提の知識が不足しているので河童どころか素人の日曜大工程度になってしまう。工作の雑誌が拾えればいいが……やはり河童のバザーに行くのが一番か。教えを請うとお金がかかりそうだし、河童の道具を買って分解するのが一番か。

「それで、僕に頼みたいこととは? おそらく八卦炉に関したものではないか、と推測しますが」
「正解。弟子も増えてきたから稼働させる八卦炉を少し増やそうと思ってね」
「……他の誰かに作らせたりはしないので?」
「もう作らせてみたことがある。その上で言っている」
「お察しします」

 つまり自分以外にまともに稼働させることが出来なかったのだろう。話を聞けば仙人の同士や弟子は数多いが、一人は風水の担当で一人は仙人というより怨霊の振りをした亡霊なのであまり造詣は深くないようだ。それでも生活が問題なく回っていた辺り、神子の才覚が伺える。

「それに、私の炉と別の炉があれば一種のブランドが生まれるからね。弟子達のモチベーションも上がることだろう」
「僕の炉はふるい落としですか」
「気に触ったなら謝ろう。私自身選り好みはしないが、そうすることで生まれる利益もある。それなら活用しない手はない」
「利益、ですか」
「ああ。こうやってまったりする時間だ」

 遠回しな休息の要望に、軽い笑い声が漏れる。問題なく回ることと暇があるのは別のようで、随分と忙しい身の上らしい。

「お弟子さん方に見つかっては貴方への追求というより、僕が連れだしたと思われそうだ」
「そんなゴシップに惑わされる者達では……あるかもしれないが……大丈夫、うんきっと」
「そこはもっと安心を約束するように断言して欲しかった」
「最近は幻想郷の雰囲気に馴染んできたせいか、割と勝手に動くことも多いんだもの」

 おかげで新たな発見を生むこともあるから構わないけど、と神子はお茶をすする。割と勝手に動く人物に思いを馳せているのか、その瞳が静かに伏せられた。苦渋とは言わないが、軽く顔をしかめているのを見ると手綱を取るのに苦労しているのかもな。

「ともかく、私が君へ求める対価は仙丹を作るための炉だ。モトコンポとこれを同一の対価とするつもりはないから、別途何かを……」
「いえ、構いませんよ。元より要望の取り消しをしていだいた身ですので」
「だが、それではあまり等価交換とは言いがたい」
「そちらには利のあることでは?」
「技術の提供にはそれに値する報酬を与えるものだ。一方的な利益が嬉しくないわけではないが、私の道場で使う炉とモトコンポが対価と聞けば耳を疑う者も出る。よほど上手く交渉した、と察せなくもないが大部分はそんな大したものではないと判断されてしまう。それは些か不愉快だ」

 上に立つ者として見栄えを重視しないわけにはいかないわけか。なるほど、為政者の考えだ。逆に言えば僕の技術が彼女の道場に置くに相応しい物だと評価されているということ。唇が釣り上げる。我ながら知らぬ間に聖徳太子に認められていたようだ。炉の製作ということは魔理沙だろうし、あいつには感謝しておかないとな。

「僕としてはリピーターとして来られていただければそれでいいのですが」
「面と向かって言わせてもらうが、私は君に商人でなく職人を求めている」

 本当にはっきり言われてしまった。

「では、こうしましょう。まずモトコンポを売ります。その後、出来栄え次第でモトコンポを報酬としていただき……後は広告とする。広告には莫大な金額がかかりますからね。それなら貴方のルールにも適応されるし僕の商人としての最低限の面子も立ちます。一応これでも商売人ですので、職人としての名よりは商売人としての名声を広めたいのです」
 
 宝貝と呼ばれる仙人の道具を報酬とするという考えもあったが、今の自分にとってはモトコンポこそがそれに値する品。なら、それを通すべきだ。

「正直、今の君がそこまで名声を求めているようには見えないのだが」
「何を馬鹿な。いずれ幻想郷一の商店を目指して努力しておりますよ」
「明日から頑張る、という子供の言い訳にしか聞こえないのは何故だ」
「それは錯覚でしょう。僕ほど真摯に商売をしている者はおりません」
「あー、それはなんとも、うーん」

 なんとも言えないといった困惑の表情を作る神子。隙を見せない完璧超人の雰囲気は崩れ、貴重な素の部分を見た気がした。崩れすぎてそのギャップが大きい気がする。同士や門弟はその魅力に当てられている部分も大きそうだ。いや、単に僕が聖徳太子という色眼鏡で見ていただけか。霊夢だって香霖堂で見る姿は子供そのものだが、妖怪退治や人里での振る舞いは博麗の巫女に相応しいようだしね。決して雲の上の存在などではなく、普通に笑ったり泣いたりもするのだろう。
 混乱から立ち直った神子は、善は急げとばかりに立ち上がる。

「私の家には幻想郷のどこからでも入れるし、モトコンポを香霖堂に置いてから赴くとしよう」
「わかりました」

 それに習う僕の足取りは軽い。神子と知り合いになった上に依頼をされ、広告までしてくれるのだ。中々に気分がいい。どんな用途の炉を求められるか知らないが、全力で励ませてもらうとしよう。その前にまずはモトコンポだ。香霖堂までの帰り道までに堪能し、炉の製作の士気を十分に上げるとするか。
 そんな楽しい未来を考えながら、僕達は来た時と同じくモトコンポに乗り込み香霖堂へ戻るのであった。………のだが。

「あの、なんだか動かなくなったのですが」
「ガス欠。いわゆる燃料切れのようね。新しく燃料を入れるまでは動かないだろうな」
「…………その燃料というのは」
「私は持っていないよ。改造というのは、外の燃料に頼らずに動くようにする意味もあったんだ」
「…………やっぱり報酬は仙人が使う宝貝でも」
「君、もう商売やめろ」

 商売人をやめる気はなかったが、モトコンポが再び動いたのは一ヶ月後のこと。ストーブよろしく外の世界の道具には、燃料というものが必須らしい。
 その頃にはだた下がりした評価のためか、神子の道場で使う炉を作り上げても広告に芳しい効果はなく、香霖堂には特に変わらぬ静寂が続いていた。ただ、代わりに少し変わった仙人がたまに香霖堂を訪れるようになった。咲夜よりも頻度は少なく顧客というにはあまり商品を購入はしないが、僕の技術ではそれが限界の広告だったようだ。

「やはり、君は道具の製作をしていたほうがより才能を活かせるよ」

 それに対しての返答はいつも一つ。

「僕は商売人だよ」

 呆れる神子の視線にさらされながら、僕は彼女の分のお茶を煎れにお勝手へ向かうのであった。


<了>

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