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狂われ狂い時の中

支援SSではありますが、霖之助と咲夜のSSを書いてみました。
即興ものなのでご都合主義やら霖之助さんがきれいやら色々ありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。



 世界が止まったと感じたのはいつの頃からか。
 時間を止めるという能力を持った十六夜咲夜が、その感想を思い返すのは意外にも生涯で二度目であった。
 一度目は時を止める能力に目覚めた時。
 覚醒以降は時を止めるというより、時を進める能力を使っている、という認識が強かった。
 何故なら世界には彼女一人しか存在しない。
 死ぬまで傍に居ると誓った主。その家族に同僚や主の共である客人とその従者。幻想の場で出会った人間の友と、友ではない知人やその他諸々。
 それら全ては、世界を進めたことで得られたものだ。
 立ち止まっていれば周囲に誰もいなくなるのは自明の理。だから彼女にとってその力は、同じ時を過ごす周りに合わせるために時計の針を進める程度の能力というものである。 
 そうやって人並み、というには些か妖しいが衣食住すべてカバーした生活を確保した咲夜からすれば能力を使わない時こそ時が止まっているのであり、能力使用時は時を進めているという感覚だ。
 何故なら、自分は人と違う世界に生きているから。時を進めなければ歩調を合わせられない。
 こればかりは誰に言っても理解を得られない。
 当然だ、時を進めて足並みを揃えられても、根本的に彼女の世界に踏み込める者はいないのだから。
 だから、だろうか。
 普段と変わらずに能力を使い、想像の中にある時計の針を進めようとした時にその異変に気づいた。

「――あら?」

 最初の一声は呑気なものだった。
 友人である紅白の巫女の影響もあるかもしれないが、一番は咲夜の性格から紡がれた言葉だろう。
 脳裏に浮かぶ時計の針が止まったままだ。
 進めようとしても微動だにせず、一向に動こうとしない。
 体調でも悪いのかしら、と思いながら今度は手巻き式の懐中時計を想像する。そうやって実際にネジを手で巻くイメージを浮かべることで、動力である能力を動かすといった一種の暗示だ。
 それでも、やはり時計の針は進まない。
 足を早め、急ぎ紅魔館へ向かう。ここ数年間、異変でもあまり見ない焦りが咲夜の中に渦巻いていた。
 果たして、辿り着いた赤い館は――モノクロのように白黒に染まっていた。
 それは咲夜の時計が進んでいる世界であることの証左。彼女の世界に未だ留まっている証。
 門へ目を向ければ、だらしなくヨダレを垂らしてうたた寝をしている門番、紅美鈴が目に入る。

「美鈴、起きなさい」

 数年の間で作業にもなった問いに答える声はない。
 寝ている。そう、寝ているだけだ。少し強引に起こさないと彼女は起きないだろう。
 常ならば気を張っている彼女なら声を掛ければ起きるという、同じく数年の間に理解していた事実から目を背けながら咲夜は強く呼びかける。
 ――それでも、美鈴は起きない。

「今回は手強いわね」

 その声が震えていることに咲夜は気付かない。気付けない。指摘する、指摘してくれる者がいない彼女にはわからない。
 そうだ、最近は魔理沙の襲来が頻繁にあったから対処に追われて疲れているのだろう。
 昨日も眠い様子を見せながら花壇の面倒を見ていた。遅くまで手入れをしていたのかもしれない。
 なら今日くらいはゆっくり寝かせてあげよう。
 そう思いながら咲夜は「お帰りなさい」という声を聞くことなく門をくぐる。
 決して体には触れない。触れたくない。
 ナイフを投げる行為は思いつきもしなかった。
 そうして目覚めなければ――寝息すら聞こえていないという事実を認めなければならないのだから。


 紅魔館には大量の妖精メイドが存在する。
 住む場所と食材が与えられているだけで給料のない待遇ではあるが、基本的に暇な妖精にとっては絶好の遊びであり暇つぶしなのである。
 門をくぐればメイド長である自分に挨拶の一つでも投げるのだが、今日に限っては誰からも声をかけられない。
 咲夜もまた声をかけることはない。歩みはまっすぐ主の居るであろう部屋を目指していた。
 先程まで出かけていたのは、主のレミリア・スカーレットのいつものわがままで暇つぶしの道具を求めていたからだ。
 香霖堂からそれを入手した咲夜には、レミリアにそれを報告する義務があった。
 普段は目が痛くなるくらい真っ赤に染まる壁が今日に限っては気にならない。慣れた、そう慣れたからだ。
 レミリアの部屋にたどり着く前に、咲夜は小さな少女を発見する。
 赤い服に身を包んだ七色の宝石羽を持った少女。レミリアの妹であるフランドール・スカーレットである。
 フランドールは両手を後ろに組み、何か楽しそうなことはないかと言わんばかりにつまらなそうな表情を作りながら止ま……歩いている。
 咲夜はそんな主の妹へ声をかけた。

「妹様。何か遊びをお探しでしたら、お嬢様のお部屋に参りませんか? たった今、香霖堂で買ってきたおもちゃがありまして」

 フランドールに反応はない。思考に耽っているのだろう。
 まるで先ほどの香霖堂の店主のようだと苦笑を漏らしながら一礼し、咲夜はレミリアの部屋へ向かう。
 辿り着いた先で、モノクロに染まる扉を開く。
 そこには親友件客人であるパチュリー・ノーレッジと共に紅茶を飲むレミリアが居た。
 パチュリーの傍らにはティーポットを持つパチュリーの従者、小悪魔も佇んでいる。

「お嬢様、戻りましたよ。パチュリー様に小悪魔も、おはよう」

 言いながら、咲夜は紅茶の器の傍に香霖堂で購入したおもちゃをいくつか乗せる。

「店主さんからいくつか仕入れてきましたわ。最近、最新の外の世界の道具をよく入荷するようになったらしく、今回も――」

 思考の方向音痴な店主から聞いた話を整理してかいつまみ、淀みなく説明する。
 頭の回転も早い咲夜は相手の意を汲むことに長けている。話が長く自分本位の説明しかしない香霖堂の主の話であってもそれは例外ではない。
 彼が語れば一時間は余分に取りそうなそれを、咲夜は数分にまとめてみせた。
 説明が終わる。レミリアやパチュリー、小悪魔に反応はない。

「ううん、説明が難しかったでしょうか?」

 微塵もそんなことを思っていない頭とは裏腹に、咲夜はそう口に出す。
 いいや、きっと自分の説明を噛みしめて整理しているのだろう。
 そう決めつけた咲夜は、一礼して退出する。
 主の傍に居るのがメイドの努めだが、こと紅魔館では自分が動かなければその機能は大半が動かなくなるからだ。
 だからいつも通り、時計の針を進め……進んでいたことに気づいて一瞬だけ動きが止まる。

「私も疲れてるのかしら」

 そうやって咲夜は時計の針を見ないようにする。
 やがてその事実に気付くまで、彼女は普段通りの行動を続ける。
 その補填が、他者からではなく自らの内から出た慰めである時に気付くまで。
 咲夜はいつも通り働かない妖精メイド達の分まで、紅魔館の清掃を開始するのであった。


 博麗神社。
 霧の湖に魔法の森の霧雨道具店や人形遣いの館。
 白玉楼に人里と命蓮寺、迷いの竹林に永遠亭。
 妖怪の山に守矢神社や天界。地獄の地霊殿。
 すれ違う仙人、果ては空に浮かぶ輝針城まで。
 咲夜はレミリアという名の内から漏れる幻聴に耳を傾け続け、その場所へと赴いていた。
 世界は余すことなく白黒で作られ、咲夜の目をモノクロに染めていく。
 それでもなお咲夜はサイクルを崩さない。
 紅魔館で目覚め、家事や清掃に手を回し、レミリアの提案で幻想郷を巡ったり紅魔館の催しのための準備に奔走する。
 時間がどれだけ経過したのかなんて咲夜にはわからない。
 何故なら、咲夜の時計は止まったままなのだから。
 他者と共有出来ない時計を持たぬ咲夜にとって、時計を見るという習慣はサイクルと共に薄れていった。


 何度繰り返したか。
 鏡があれば目が濁り、モノクロに染められた咲夜の姿を見ることが出来ただろう。
 だが彼女は見ない。
 身だしなみを整えるために使う鏡は、すでに自身の顔を映していなかった。見るのは髪と服装の乱れだけで、咲夜は自分の顔を見ることを拒否していた。
 今の自分がどんな顔をしているかなど、知りたくなかった。無意識化で、避けていたのだ。
 サイクルを繰り返す中、不定期であれ幾度か足を運んでいたためか――世界から色が失われて始めて、咲夜は香霖堂へ向かっていた。
 理由は単純、レミリアがティーカップを所望したからだ。
 ティーカップは割れない限り半永久的に使えるものだが、レミリアは飽きが早い分その取り換えも比例する。
 だから新たなお気に入りを探すべく、数ヶ月ぶりに香霖堂に訪れた。
 ここへ来たのは、ただそれだけの理由であった。


「こんにちは、店主さん居る?」

 たわいない、よその場所では言葉を変えて使われる定型句。
 その文句と共に訪れた香霖堂は、やはり何の変化もなく様々な道具が積み重なった廃墟のようなていである。
 自分がこの店の従業員ならば即座に綺麗にしてしかるべきだが、ここは好きでやっている他人の店なので介入するのはあまりよくない。

「今回はティーカップを買いに来たの。何か、良いのはある――」

 言葉が途切れる。
 いや、封殺される。
 あまりの驚きに、咲夜が口を震わせ言葉を続けることが出来なかった。
 視線の先には、香霖堂の店主である森近霖之助が居る。ただし、彼もまたモノクロに染まっている。
 ここまでは他と変わらない。
 だが、唯一にして決定的な違いがあった。
 それは、彼の手に握られた道具――少し時間の進みが悪いと言って修理に出した咲夜の懐中時計が握られていた。
 何よりそれは、モノクロに染まる世界にあってなお『銀』に輝く色彩を放っていたのだから。

「て、店主、さん?」

 答えはない。
 いよいよ幻覚が見えて来たのかと唇を噛む咲夜の耳に、ある音が捉えた。
 カチリ。
 刻まれる時計の音。
 それは、霖之助の持つ懐中時計から発していたものだった。
 しかもそれは正確ではなく、不規則な音を連続で続けている。
 音が三回鳴る。一度途切れて一回。
 さらに時間を置くと、音が二回。さらに途切れて三回。
 最後に八回。締めに一回。
 法則があるようなないような、その繰り返しだ。
 だが、咲夜はこれを無視しなかった。
 己の中で時が進み、周りの時が止まった世界において唯一の変化を生み出した場所と音だ。何かあるに違いないと、その聡明な頭脳を回転させていく。
 様々な情報が交錯する中、最後に霖之助から受けた外の世界の道具のことを思い出す。
 確か彼はガラパゴスとかいう、姫海棠はたての持つ携帯電話の別種を手に入れたとご機嫌そうに語っていた。
 最も最近知り合った外の世界の人間が持つ携帯電話はさらに進化していたが、という愚痴も忘れずに。
 その説明を受けた後におもちゃのことを尋ねたので思い出すことはなかったが、確かその道具で手紙が書けるということもあった気がする。
 その方法が……!
 それに思い至った瞬間、咲夜は即座に香霖堂を漁り始めた。
 目的はただ一つ。その携帯電話を見つけるためだ。
 ほどなくして 咲夜はそれを見つける。
 開かれた携帯電話の下部には数字の羅列が刻まれており、同じくかな文字や英単語が添えられている。

「確か、数字と押す回数で文章が違うって……」

 かつてなく動く咲夜の頭が、雷光の速さでその回答を閃く。
 三回鳴った音。途切れて一回。
 音が二回。間を置いて三回。
 最後に八回。締めに一回。
 これを携帯電話における文章の作り方に当てはめれば……答えは「さくや」だ。

「店主、さん……?」

 答えはない。
 だが、懐中時計の音だけが繰り返し咲夜の名を呼んでいる。
 それに気づいた瞬間―ー咲夜は霖之助に顔を押し付けながら、体を震わせた。


 咲夜が消えた。
 気づいているのは僕だけだろう、と霖之助はひとりごつ。
 霊夢や魔理沙は彼のこうした突拍子もない思考を切り捨て、最近知り合った宇佐見菫子もまた苦笑いを返すだけで疑いの目を向けていた。
 だが、僕だけは気づいていると霖之助はその姿勢を崩さない。
 紅魔館のメイド、十六夜咲夜は世界から消えているのだ、と。
 皆は言う。
 咲夜は昨日見た。いつか見た。挨拶に来ていた、と。
 レミリアも言う。
 紅魔館で見た。食事を用意してくれている。イベントだって問題なくやっている、と。
 だが、その姿を見たかと聞けば揃って首を傾げた。
 痕跡を残し、会話をしていると言っているにも関わらずその姿を誰も見ておらず、それを疑問に思わない。
 それが異常でなくて何と言う?
 さらに情報を集めてみれば、サブリミナルのように咲夜の姿はおぼろげながらも記憶にある、という。
 だから姿が見えない、ということに対して疑問が湧かないようだ。
 しかし、僕は違うと霖之助は思う。
 何故なら霖之助は咲夜を見ておらず、彼女から預かった懐中時計の用途に変化が訪れていたからだ。
 名称:懐中時計。用途は刻を進める、であった。
 それが今、そのその用途が十六夜咲夜を繋ぎ止めるに変わっているのだ。
 きっと咲夜はどこか異次元にでも囚われて、そこから脱出できないでいる。
 これは憶測ではなく確かな根拠を持った理論だ。
 何故なら、知り合う彼女らの口からは確かに咲夜は存在し、その痕跡を残している。だから咲夜は存在する、と口を揃える。
 だが霖之助はそうではない。彼女が香霖堂を訪れる様子もなく痕跡なんか一つも残っていない。
 単に香霖堂へ来ていないんじゃないの、と霊夢は言った。だろうな、と魔理沙も同意した。
 それらに対し、霖之助は頷かなかった。
 その答えが、用途の変化だ。道具の声を聞く霖之助だからこそ気づいた真理である。

「問題は、どうやって咲夜と連絡を取るか、だ」
 
 周囲の様子を見るに咲夜は今も問題なく生きている。
 おそらく咲夜なりに連絡を試みているのだろうとあたりをつけた霖之助が取った方法は、最後に咲夜に語った外の世界の道具を使うことだった。
 ガラパゴス・ケータイというスマホの退化版というべき外の世界の道具。
 これをどうにか咲夜に売りつけられないかと思い熱心に説明したのだが、結局買われなかった一品。
 それでもその機能は菫子から受けた説明により理解し、伝えていた。
 だから試した。
 咲夜を繋ぐ道具が懐中時計だったのは幸いだったと霖之助は思う。
 これがあれば、文章を送ることが出来る、と。
 そうして思考錯誤を続けて数日――懐中時計の刻む音に、変化が訪れる。
 さ、く、や、という伝言からの返信。
 り、ん、の、す、け、という文字を刻む音が、懐中時計から発していたのだから。
 霖之助は、自分は間違っていなかったと己を盛大に湛えた。


「ええと、私があっちに居る、ねえ」

 震える体と声を元に戻した咲夜は、霖之助からの返答に首をひねる。
 時が進んだ世界に私が居るとはどういうことなのか。
 その説明は、時間こそかかったが刻まれる懐中時計の音からなんとか推測することが出来た。
 曰く、咲夜が今まで刻んでいたサイクルが奇跡的に時の進んだ世界とリンクし、あたかも同一次元に存在しているかような結果を残している、と。
 今までやっていたことがむしろ自分の孤独を深めていただけということに気づいた咲夜の心は割れそうになったが、目の前の懐中時計の音がそれを修復する。
 互いの時間軸がずれる中、唯一自分を認識出来る霖之助との会話は咲夜を慰めた。 
 だから自然と、店主さんから霖之助さんという呼び方に代わり、可能な限り彼に喜んでもらうような文面を作り、送った。
 霖之助からの疑問でわかったが、今回はいつもと違い周りの時が止まった世界では生命維持のための栄養補給も睡眠を取る必要もなくなっていた。
 ある意味半妖の生態みたいね、と彼と同じにものになった自分に喜んだ。魔法使いも同じだね、と言った霖之助の意見には頬を膨らませたが、些細なことだ。
 そんな生活が何日か続き、やがて奇妙なことが起きた。
 銀に染まっていた懐中時計を握る霖之助の手に、肌色が戻っているのだ。
 これには咲夜も度肝を抜かれた。
 それはつまり――霖之助もまた、この世界に馴染んできている、ということなのだから。
 咲夜は躊躇いつつもそれを霖之助に言った。
 そうすると彼は、

「ふむ、これは君をこちらに戻す可能性が高まったのかな?」

 なんて、呑気なことを言った。
 理由を尋ねれば、

「君はうちの唯一のお得意様だしね。早く帰ってもらわないといけないし、嫌な想像をする暇はないさ」

 呆れを筆頭に様々な感情を心に渦巻かせる咲夜だったが、霖之助らしいと納得させた。
 それからさらに数日が立ち、決定的な変化とも言うべき自体が発生する。
 それは――

「うーん、毎度この音を届かせる時間がもどかしいな。手紙と違って日を跨ぐわけではないよりマシなんだが……」

 そんな、霖之助の声が耳に届いたからだ。
 万感の想いが吹き荒れる心の感情を唇に乗せ、咲夜はその名を呼んだ。

「霖之助、さん?」
「うん?」

 呼びかけに答えるように、霖之助が咲夜に振り向いた。
 そう、振り向いた。声が、届いたのだ。
 それはつまり、咲夜の世界に霖之助が訪れた瞬間であり――咲夜の孤独が消え去った証明だった。


「霖之助さん」
「あ、ああ。僕だよ」
「霖之助さん」
「はい、霖之助です」
「霖之助さん」
「はいはい、霖之助です」

 そんなやり取りも何度目か。
 声が聞こえたことがそんなに嬉しかったのか、咲夜は霖之助が聞いたことのない弾んだ声で名を呼び続ける。
 メイドとして培ったものが冷静さを装っているのだろうが、押し寄せる波のように喜びを発する咲夜に気後れしてしまう。
 何より、咲夜の声を聞いたという変化こそあったが現状は特に変わっていないことに霖之助はうなだれる。

「うーん、結局君の現状は変わらないな」
「別に気にしませんけど……」
「いや気にしよう」
「ふふ、冗談ですわ。早くお嬢様達の声を聞きたいものです」
「僕で悪かったね」
「いえ、そんなことは」

 一体どれだけの日々を時のない世界で過ごしたか知らないが、咲夜の優先順位は霖之助が最上位に近づいていた。
 もちろんレミリアや紅魔館の面々が傍にいれば変わったかもしれないが、今の咲夜は大抵のことよりも霖之助の声を聞くことが何より嬉しかった。
 
「とりあえず紅魔館へ行ってみよう。僕の声が聞こえるということは、君の声も届くかもしれない」
「はい」

 咲夜の声が弾む。
 その足取りは軽く、サイクル時に幻想郷を巡っていた時と早さは同じであったが重さが段違いだった。
 そんな中、紅魔館にたどり着き美鈴がレミリアに傘を差している場面に遭遇する。
 美鈴が昼寝をしている場面ではない。つまり、周りの時が進んでいる。
 その事実に咲夜は希望を抱いた。

「お嬢様、美鈴?」

 咲夜の声が通る。
 霖之助も黙り、天気は快晴で風も少ない。
 声を阻害する要素が何一つないにも関わらず、少女の言葉は主と同僚に届かなかった。
 落胆する咲夜に代わり、霖之助がレミリア達に声をかける。
 とりあえず咲夜を確保した、という現状だけ伝えようとしたのだ。
 けれど。けれど。
 霖之助の声に反応するものは咲夜以外にない。
 何度言葉を紡いでも、傘を掴んでも帽子を取り上げようとしても、触れることが出来ない。
 当然だ。
 二人共、最初から動くことなく止まっていたのだから――

「これは……僕もまた、咲夜と同じことになったのか?」

 その結論に至るのは当然であり、それは同時に咲夜の絶望を復活させるものであった。

「あ、あの…………」

 咲夜の言葉は続かない。
 当然だ。霖之助を自分と同じ世界に連れ込んで……引きずり込んでしまったのは確実に自分であると、咲夜は知っていたのだ。

「ん? ああ、困ったものだね。どうしようかな」

 だが咲夜が想像するような、彼女を責める声はない。
 そこには新たな難問に頭を抱える霖之助こそいたが、それだけだ。咲夜に何かするでもなく、霖之助は思考に没頭している。

「霖之助さん……絶対、私のせいなんですよ? どうして、そんな冷静なんですか?」
「僕は半妖だし、時間はたっぷりある。時の流れぐらい狂うなんて、人と過ごしていれば嫌でもわかることさ」

 それは、今だけかもしれない。
 何年、何十年が経てば霖之助は咲夜を責め罵詈雑言をぶつけ害する可能性だってある。

「それに、君が居るしね。一人じゃないなら、大抵はなんとかなるだろう?」

 けれど、それはあくまで可能性。
 今咲夜の目の前にいるのは、呆れるくらい呑気な男。
 だから咲夜は、狂った時の流れに落とし込んだ馬鹿な自分に冗談を告げる霖之助に笑い返した。

「怒るなら僕の無力さ。興味本位で突っ込んだのはこっちなんだから、咲夜が気にする必要はないよ」
「ふふ、それなら本当に気にしないことにしますわ」
「ああ、そうしてくれ。君も僕もいつも通りでいよう。それが最初の一歩になるよ、多分」
「多分、って付け加えないでよ」

 吸血鬼は初めて訪問した家では、その家人に招かれなければ侵入できない。
 知らず咲夜は主のように、己の世界に訪れた霖之助を招き入れ、閉じ込めていた。
 咲夜は自分を作る。いつもの呑気で主の紅茶に悪戯を仕込み、奇妙な道具を集める赤い館のメイドの自分を。
 その内心に、霖之助への確かな感謝と――孤独から解放された歓喜を秘めながら、二人は時の狂った世界に生き続ける。
 狂った歯車が元に戻ったかどうか。
 それを知るのは、時が狂ったことを知る霖之助と咲夜の二人のみ。
 狂っていない時の中に居る者には、決してわからない話であった。

<了>

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
noblenova☆gmail.com←☆を@に変えて送信お願いします。
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  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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