ラブぜろ? 十四話

 目を覚ましたのは、木の上だった。
 夕日を浴びて太目の枝に腰を下ろした女性は、獲物を狙う狩人のような目で周囲を見張
っている。瞬はというと、その膝を枕にして今まで眠っていたようだ。
 慌てて離れるが、木の上だったため枝からずり落ちてしまう。受身なんて取る間もなく、真っ逆さまに地面へ落下する。かなり良い音がした。
 鈍痛に顔をしかめる横に、音も立てずに女性が降り立った。



「大丈夫ぅ?」
「なんとか……痛つ……ってか、なんでここに?」
「離界管理局員に見つかっちゃったから逃げてたのよぉ」

 説明を受けながら、時間と共に記憶が蘇ってくる。瞬は四つん這いになり、世の理不尽に嘆いた。

「現実であれ非現実であれ、事件ってのは回避できないもんなのかなぁ」
「逃避しているところ悪いんだけどぉ」

 無理やり四つん這いの体勢を正され、瞬は木に背を預け女性はそれを見下ろす形になる。瞬は観念して両手を上げた。

「それで、現状は?」
「逃げたのはいいんだけどぉ、厳戒態勢引かれちゃったみたぁい。あの後も何匹か蹴り飛ばしちゃったからぁ」

 あの巨大な質量を持つキルカートを二撃で打ちのめすほどの威力だ。そんなの受けたらひょっとしたら死んでしまうんじゃないか? 外見の細さと美しさに反して、中身は凶器だったようだ。

「大丈夫よぉ。本気なら脳髄ぶち撒けちゃうんだけど、汚れたくないから加減くらいしてるわぁ」

 さらりと怖いことを言わないで。

「んで、俺は人質ってことですか。あんまり意味なかったみたいですけど」

 せめて躊躇くらいしてくれても罰はない、と切実に思った。

「あら、ラブのことならあれでも加減してるほうよぅ? それにやむない事情ですものぉ。カンベンしなさぁい」

 命令調なのがこれから先の苦労を物語るというかなんと言うか。知り合った時間で言えば三十分も経っていないが、強引かつ理不尽だというのは身に染みた。
 ん? と瞬は言葉の中に聞いたことのある単語が混じっていたことに気づく。

「ラブ? 佳奈理さん、高原のこと知ったんですか?」
「えぇ。ラブこと高原恋と言えば離界人の中でも結構有名よぉ?」

 それにしても、佳奈理が恋のことを知っているのは軽く驚きだった。おそらく、平和ゼロの悪名が轟いているのだろう。

「ま、もう嘆いても仕方ないんですっぱり切り替えます。それじゃまず、紹介お願いできますか?」
「意外と冷静な子ねぇ。伊達に地球人の身で離界人と知り合いじゃないってことかしらぁ」

 感心したように声を上げる女性。
 その後、彼女の事情を説明してもらった。話してもらえないことも多々あったが、目的とここまでの経緯を聞き出した。
名前はかなり佳奈理。そして目的は実に単純明快、会いたい人がいるらしい。その人を語る佳奈理の様子から、恋人、もしくは想い人に相当することは推測された。
 順番に説明すると、元々は一緒に暮らしていたのだが、事情により離れて暮らしていた。時が経ち、ようやく会いにいけるようになり愛和町へ向かった佳奈理だが、そこで何者かに邪魔された。
 会いにいく邪魔をするな、と抗議したがそれが騒動に発展、やむなく撃退したものの、それが離界管理局員に知られ傷害罪として元の世界に強制送還させられそうになっているらしい。
 湖から現われたのは、その世界特有の移動法のようで、水を使ったテレポートのような超能力だと判断した。宙に浮いていたのも、佳奈理の世界では誰もが出来る技術であることも教えてもらう。
 話が少しずれたが、佳奈理の現状は実に分かりやすく厄介な話である。問題を解決しようにも、恋達が呼べないので瞬にはどうしようもない。かといって呼ばせることなどさせてもらえないだろうが。
 はぁ、っとため息を零す。また面倒ごとに巻き込まれてしまった。さて、どうやって逃げ出せばいいのだろう。身体能力では決して逃れられない。となれば一般ぴーぷるたる瞬が持つ現時点最大の戦力、携帯電話を――

「……ない」
「これのことぉ?」

 佳奈理は瞬の携帯電話を手を弄びながら、見せ付けるように目の前に持ってくる。気絶している間に抜き取られたようだ。

「こんな事ばっかしてるから目をつけられるのでは?」
「恋する女は普段よりもちょっと積極的になるのよぉ」

 世の中の恋する女は人質取ったり血まみれになるほど人を蹴り飛ばしたり物を盗んだりしません。

「そんなに会いたいってことですか。この場合情状酌量の余地ってあんのかな」
「なかったら感情を理解できないと同じよぉ。責任者は即刻クビね」
「女王様すぎますから」

 再びため息をつく。離界人とは、得てして地球人と感覚が違い強引かつ我が侭なものなのかもしれない。……全部が全部そうではないと信じたい。

「早く返してください、それ」
「返したら逃げるでしょぉ?」

 当然だ。

「お願い、私はどうしても家族に会いたいのぉ」

 お願いの割に頭も下げず、佳奈理はただ言葉を発す。懇願しているようには見えないが、声音だけはその真剣さを窺える。中でも、瞬は『家族』という単語に反応した。

「佳奈理さんは家族と離れて暮らしてるんですか?」
「そうよぉ。両親はいないし、残ってるのは弟だけぇ。あの子もほとんど私が育てたようなものなのぉ」
「じゃあ会いたい人ってのは、弟さん?」
「えぇそぅ。やっぱり学校には行ってもらいたいからぁ、交換留学生としてこの地球に移住したのよぅ。その間、私は自分の世界で働いてたわぁ」

 意外と苦労人だった佳奈理に驚きながら、瞬は少し彼女に共感した。同じ事情とは言えないが、家庭のことで苦労しているのなら同じようなものだと思った。
 話を聞けば、佳奈理は瞬の年頃の頃には働きに出たらしい。そこから何年か働いて弟の学費を稼いだそうだ。
 性格に反して佳奈理は立派な女性だった。家族のために身を粉にするなど、並大抵の覚悟では出来ない。瞬は胸の内で佳奈理に対しての評価を反省する。

「さっき恋する女とか言ってましたけど、その、義理の弟なんですか?」
「いいえぇ。正真正銘実の弟よぉ」 
「それは、まあ、茨の道、ですね」
「血が繋がってるほど燃えるものだわぁ」

 どうやらかなりのブラコンらしい。シスコンの雪尋と気が合いそうだ。シスコンとブラコン、雪尋は年上の綺麗なお姉さんもストライクゾーンだし、佳奈理はそれに分類される。意外と良い組み合わせかもしれない。

「それでぇ、暇が取れたから会いに行くために愛和町へ来て……後は説明した通り」

 どうでもいいことを考えて逃避していたが、佳奈理によって現実に引き戻される。しかし、事情は把握したもののどうすればいいのやら。
 どう考えても、穏便に済む方法はやはり、一つしかないだろう。

「佳奈理さんは、弟さんに会ったらどうするんですか? もう被害は出ちゃってるし、どの道結果は変えられないと」
「仕方ないけど、その時は弟を連れて世界の果てに逃亡――」
「学校に行かせたいとかほざいてたお姉さんはどこへ行った」

 渋面を作る佳奈理。その考えに至っていなかったらしい。薄々気づいていたが、暴走すると周りが見えなくなるタイプだ。
「ま、それは後々考えましょう。今は、その弟さんを見つけることに専念するってことで」
「それって――」
「手伝いますよ。どうせ逃げられそうにないし、それなら早く見つけて引き渡したほうが利口ですから。俺は、佳奈理さんの弟を探すことに協力することを約束します」

 この方法しかないだろう。苦労するのは瞬だが、考えてみれば瞬しか苦労しない。
 おそらくこんな面倒なことは、レフィンが去るまで続くのだろう、と瞬の勘は告げている。逆を言えば、あと数日我慢すれば面倒なことは全て終わる。

(引越しもあるしな)

 半ば自棄にも近かったが、それでも動くことを決意したことには変わらない。

「人質にされたっていうのに、肝が据わってるのねぇ」
「面倒なことは早く終わらせたい。ただそれだけです」
「ありがとうぉ。貴方が弟だったら夕焼けの見える丘で抱きしめてキスしてあげたいくらいよぉ」
「つまり弟さんにはやってるんですね。……それはともかく、どうするんです? 俺を出歩かせて危険じゃないなんて、わからないわけないでしょう? それとも、解放するって遠まわしに言ってるんですか?」
「それはないわぁ。さっきは私も言葉が足りなかったけど、貴方が、じゃなくて貴方のお友達に協力して欲しいのよぅ」

 そう言って、携帯電話を放り投げてくる。言っている意味が完全に把握できない瞬は、たまらず聞き返した。

「お友達? 自首して事情を話すんですか?」
「そんなことしたら捕まるだけだよぉ。貴方の、地球のお友達に弟を探してもらうのよぉ」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんな結論に?」
「だって貴方は人質だから動けないし、私も出歩くわけにはいかない。となるとお友達を使うしかないでしょう?」

 となると、の部分に色々突っ込みたい。友人がいない者にとってはどだい無理な話であった。

(雪尋達は、友達って言っていいか微妙なラインだしな)

 それ以前に、瞬は携帯電話を持ってまだ一ヶ月も経っておらず、レフィンが帰れば返す気でいたので番号の登録をしていない。従って、電話をしようにも番号がわからないのだ。
 その旨を佳奈理に伝えると、彼女は顔を強張らせて携帯電話を放った。さらに、音速を体現するかのような蹴りで携帯電話を微塵に粉砕した。

「何してんですかっ!?」
「離界管理局員の携帯なら、GPSとかそういう機能が着いていてもおかしくないから、壊させてもらっただけよぅ」

 さも当然と言わんばかりにその顔には迷いがない。離界人が離界管理局員に対してどういう感情を持っているか少しわかった気がする。

「ひょっとして貴方が冷静なのも、実はこれを狙って?」
「いやいやいやいや。俺はただの学生です。そのへんの特殊部隊とかテレビの中にいるようなのと一緒にしないでくださいよ」

 それは確信を持って言える。確かに妙な縁で離界人と知り合ってはいるが、自分にはそんなことを考える頭も経験も存在しない。
 それでも佳奈理は疑るような目を向けながら、一人頷いて瞬を手招きする。近寄ると、 佳奈理は指を振るい指先に小さな水の球を精製する。一見、何の変哲もないただの水だ。宙に浮いてる時点で普通じゃないという突っ込みは却下する。

「それを飲んでぇ」
「なんですこれ?」
「念のための保健よぉ。それを飲むと、一時的に相手の考えてることを言葉じゃなくて頭で理解できるわぁ」

 俗にいうテレパシーというものだろう。これはこれですごい能力なのだろうが、瞬には躊躇してしまう問題があった。

「物凄くプライバシーとかそういうのが汚されるので却下したいんですけど」

 考えてることがわかる、というのは裏を返せば相手の情報も知ってしまう。自分のプライバシーを知られるのは嫌だが、相手の秘密も知ってしまうというのも遠慮願いたい。それすなわち厄介なことに発展する可能盛大だからだ。

「この場合仕方ないわぁ。無事に帰ったら記憶の処理でもしてもらえば平気よぅ」
「……なんか佳奈理さんが今までどういう仕事してるのかわかった気がしますね」

 促されるままに水を飲み込む。味は特になく、本当にテレパシーが出来るのか疑ってしまう。
 何事も起こることのない時間が続く。ややあって、佳奈理が突然右足を振りかぶり射抜くような鋭さを以て瞬へ繰り出した。
 反応も何も出来ず呆然と突き立つ瞬。咄嗟に目をつぶり、来るべき衝撃に目を閉じたが、蹴りはいつまで経っても瞬に当たらない。
 目を開けてみると、佳奈理は足を下ろし詫びるように謝罪の言葉を投げた。

「ごめんなさぁい。本当に何も知らないのねぇ」
「え、もう頭の中覗けたんですか? っというより今の蹴りは?」
「それは方便。大抵ならこの方法で白状してくれるのよぅ。誰だって自分の命が大事だからぁ」

 確かに、佳奈理の蹴りの威力ともっともらしい言葉を並べられれば、情報を本当に持っている相手は白状してしまうだろう。瞬は本当に知らなかったので、佳奈理は信じてくれたようだ。

「だからそう言ったのに……」

 安心したと同時に心拍数が急激に跳ね上がる。恐怖によるドキドキで胸が張り裂けそうだ。

「確認しないと不安なのよぅ。少しはわかるでしょう?」
「気持ちはわかりますけどね。過ぎた事は流しましょう。それで、これからどうするんです?」
「とりあえず場所を移動するわぁ。貴方が知らなくても、本当にその機能がついてるかもわからないものぉ」

 疑心暗鬼、というより注意深いのだろう。佳奈理は瞬へ近寄ると、再びその細い腕で抱きしめてくる。

「移動するにも、これどうにかなりません?」
「嫌ぁ?」
「嫌じゃあないんですが、緊張します」
「ウブねぇ。男の子なんだからリードする側に立たなきゃぁ」
「生憎慣れてないんで」

 観念した瞬は、抵抗もせず流れに身を任せた。その様子がおかしかったのか、佳奈理はくすくす笑いをかみ殺している。

「よくそんな口を開けるわねぇ。普通の人が貴方の立場なら、怖がるしかないんじゃなぁい?」
「こういう理不尽な展開はもう何回かあるので」
「経験豊富ねぇ」
「俺はこんな経験したくなかったですけどね」

 ぐだぐだと話を繰り広げながら、瞬の体が再び宙へ浮き始める。また気絶すんのかな、と覚悟していたが、だからといって気絶を回避できるわけでもなく――

「そういえば、名前はぁ?」
「しゅ、瞬…………」
「そう。じゃあ瞬、しっかり掴まりなさぁい」

 それに対して返事をすることもなく、瞬は強制的な気絶によって再度気を失っていた。
 後に佳奈理はスピードを抑えたと明言したが、それが地球人にとっては耐え難いものである以上、初めてくれた気遣いは無駄な結果に終わるのだった。

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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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上記絵文字提供:うるち

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