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ラブぜろ? 十五話

「そこの離界人、せっちょんを解放して自首することをお勧めする。これ以上抵抗は、お互いに疲れるだけとは思わないか?」

 今日の全ての始まり、スタート地点たる愛和町郊外の森林地帯。その中央に座する湖の広場で事件は佳境を迎えていた。



 あれから数時間、見つけては逃亡のいたちごっこを繰り返し、黄昏は黒い情景に染まっている。キルカートという機動力を失った恋だったが、地の利を生かして先回りすることで常に先手を取っていた。
 対する佳奈理は、瞬という人質を上手く使って攻撃を掻い潜り、終始五分五分の状況へもつれ込ませていた。瞬としてはいつ死んでしまうか気が気でなかったが、反論すら叶わず使われていた。
 互いに手詰まりというこの状況下、恋の【手品師】によってこの場所へ追い込まれた佳奈理と人質の身たる瞬は、離界アニマジカが住人、蛇神と対峙していた。
 恋一人で五分五分というのに、蛇神という援軍まであっては不利な一方だ。向こうもそれをわかっているのか、はたまた離界管理局員としての義務か、交渉の場を設けようと提案し、現在佳奈理を説得中である。無論、佳奈理はその間にも恋への警戒を怠らない。

「折角だけど、お断りするわぁ。私にも目的があるのよぅ」
「蛇神さん、この人の言ってることは間違ってません。あの、話を聞いてもらえないですか?」

 瞬としても一触即発のムードを解決するべく、蛇神の提案には大賛成だった。これ以上逃亡を続けていたら、体がどうにかなってしまいそうだった。

「おまえさんには強制送還以外にも色々罪状が着いちまってんだ。自首って形にすれば少しは刑が減るぜ? それにさ、俺女性には紳士で通してるから力ずくはしたくないんだ」
「お断りよぅ」
「まあそう言わずに話し合おうぜ? 何のために俺たちには口がついてるんだって話だよ」

 両手を上げて白旗を揚げる蛇神。降参を示して近寄ってくるが、佳奈理に話し合う様子は見られない。
 蛇神は真摯な目で佳奈理を見据え……ているのだが、明らかに目線が顔より下に向いている。辿ってみれば、スカートから伸びる細い足を凝視していた。顔は明らかに緩みきって紳士のしの字も感じさせない。心なし息も荒かった。……最早何も言うまい。

「ねぇ瞬」
「はい?」
「れっつごー♪」

 何が、と言う前に答えが結果として現れた。背中を押された瞬はそのまま蛇神に向かって吹き飛んだ。

「おうわぁ!?」

 蛇神がしっかり瞬を受け止めた瞬間、佳奈理の延髄蹴りが炸裂した。その衝撃で瞬は放り出されるだけですんだが、蛇神にはさらなる追撃が迫る。

「タダ見は先着一名様なの、ごめんなさぁい」

 四肢は勿論鎖骨や肋骨、膝の皿や足の甲など、速射砲の如き蹴りが蛇神を打つ。時折聞こえるぐちゃっ、びちゃっ、という音は幻聴と判断して聞こえないフリをした。
 しばし惨劇というか自業自得というか、佳奈理による蛇神浩史撲殺ショーが続く。時間が経つに連れて観客の嘔吐感を促進させるのがこの劇の特色だった。二度と見たくない。
 屍と化した蛇神をよそに、恋と佳奈理は再びこう着状態に陥っていた。位置関係としては、瞬を中央に据えて左右五メートル程度に二人が佇んでいる。蛇神が犠牲になることで、佳奈理から瞬というアドバンテージが取り除かれたのだ。
 こうなれば恋は迷うことなく【手品師】を佳奈理に用いるだろう。佳奈理は確かに強いが、肉体的な強さでは恋を攻略することは不可能だと確信している。
 となれば、この状況下で恋を止める方法はたった一つだった。

「――高原!」

 瞬は佳奈理に背を向け、恋の前に立ち塞がる。そのおかげか、【手品師】を投げようとしていた恋の手が止まった。

「頼む、話を聞いてくれ」
「あらびっくり。面倒ごとが嫌いな片乃瀬君が自ら飛び込むなんて」
「茶化すな。この人はただ、家族に会いに来ただけなんだ」
「私は片乃瀬君と違ってその言を鵜呑みにするつもりはないわ。どうしてそこまで信じきれるの? 嘘をついている可能性だって、無きにしも非ずよ?」

 恋の言うことに一理はある。向こうにしてみれば、理由はさておき同じ現場の仲間を傷つけられている状況である。
 もし瞬の知り合いが同じような立場になって、瞬が恋と同じ側に居るのであれば、あるいはそう言っただろう。真実と事実とは、難しいものだ。
 瞬が佳奈理を手助けする理由は、面倒ごとの早期解決も勿論あるのだが、突き詰めれば家族のためという点に大いに共感しているからだ。
 互いの事情こそ違うが、家庭のぬくもりというものが不足している瞬にとって、弟のために働く佳奈理は助けてあげたい存在だった。
 レフィンを一時引き取ると決断させたのも、似たような理由だった。彼女もまた家族のために一人地球へ赴き、危険な宝鮮花を求めた。
 暴走したシシーを止めるべく奮闘したのは、あの巨犬を家族として扱う藍那を助けてやりたかったから。
 とどのつまり、片乃瀬瞬は家族想いな人物に甘いのだ。

「約束したんだ。そして俺は約束を破る人間にはなりたくない。それが佳奈理さんを信じる理由だ」

 どんなものであれ、約束を破ることはしない。瞬は幼いころからそう誓っている。
 昔、浩輔と約束を交わしたことがある。それは、数年経った今でも果たされてはいない。
 約束して一年ほど経ったある日、瞬は約束を破る人間にだけはならないと決めた。破った瞬間、自分は浩輔と同じになってしまうと思った。

(絶対、同じわだちを踏んでたまるか……)

 正直、父親のことは嫌いではない。一応、経緯はどうあれ自分をここまで育ててくれたことに違いないからだ。けど、その生き方に共感を覚えることはない。これから先もそうだろう。
 ちっぽけなプライドとはいえ約束は守る。たとえそれが様々な痛みをこうむったとしても、浩輔と同じことをすることに比べれば……否、比べるまでもなく痛みを選ぶ。
 だから、レフィンの面倒も見ていた。彼女を保護すると、約束したから。

「約束って単語に括られてると、自分じゃ処理できない問題まで抱えちゃうわよ?」
「その辺の折り合いは、まあ頑張ってつける。俺だって無理なことは約束しない」
「そう言って最後まで面倒見ちゃうのが片乃瀬君なのよね」
「どーでもいいだろ。高原、結局おまえは佳奈理さんを見逃してくれるのか?」
「うーん…………片乃瀬君はそう言っても、後ろでびんびん殺気出してるお姉さんがいるから」

 佳奈理に振り向けば、隙あらば逃げる気まんまんといった風情が見て取れる。……うん、俺の文句台無しだね。

「佳奈理さん、抑えて……もらえませんか?」
「瞬が助けてくれてるのはわかるけど、まだラブが味方かどうか判断つかないわぁ。なんか、笑顔で人を裏切るとか余裕でしそぉ」

 否定できないのが何とも言えない。

「高原、頼む。佳奈理さんは、弟に会いたいだけなんだ」
「だからといって、離界犯罪者になってもおかしくない前科を持ってしまった人を見逃せって? 片乃瀬君なら、組織に属する者がそれをすることがどういうことか、わかるでしょう?」

 恋の言葉は正論だ。正論だからこそ、崩せない。法を取り締まる者として、理由があれば犯罪を犯していい、なんて戯言は聞いてはならないのだ。

「それでも、そこを曲げてお願いするってこと?」

 正直な話、これが恋でなければ取り付く島もなかっただろう。瞬が何を言おうと一蹴されて終わる。佳奈理は再び逃亡するか捕まるかの二択しかなくなるのだ。
 だが、目の前にいるのは恋だ。片乃瀬瞬の知り合いである離界管理局員。赤の他人よりは話を聞いてくれる。
 その事実は、瞬にとってプラスになる。佳奈理に残された二択に、弟と会うという選択肢を作る機会を与えることが出来る。
 なら、それに縋るしかない。恋との邂逅による縁。それこそが、この情況を打開する片乃瀬瞬に与えられた唯一の武器なのだ。

「――――…………ああ、そうだ」

 皮肉なものだ。切りたいと願っていた縁に頼ることになるとは。自分の身勝手さに嫌気が差すが、そうは言ってもいられない。
 我が侭と言いたいなら言えばいい。何様だと言われても反論はしない。むしろ【手品師】で何をされても受け入れるつもりだ。
 そう、覚悟した。
 ごくりとツバを飲み込むと、待っていたかのように恋が口を開いた。

「良いわよ」

 緊張した空気を斬り裂くような淡白さで、その言葉は紡がれた。

「あら、本当ぅ?」

 空気が感染拡大したのか、佳奈理もあっさりと返す。瞬は一人だけ空気に馴染めないまま呆けていた。
 十秒ほど思考が停止していたが、恋に話しかけられて再起動した瞬はすぐさま疑問の声を上げた。

「え、ちょ、そんなあっさり」
「嫌なの?」
「いや、全然嫌じゃないしむしろ望むところなんだけど。俺が頼んでるのって、完璧に我がままだろ? それを簡単に了解されたから、なんつーか拍子抜けっていうか……離界管理局員の立場、大丈夫なのか?」

 それを聞いた恋は、たまらないように吹き出し、おかしそうにくすりと笑う。

「な、なんだ…………って、え?」

 瞬は恋の笑顔を初めて見たことで気が動転したのか、彼女の一挙一動に眼を奪われた。さらにとどめと言わんばかりに、次に発した台詞に言葉を失った。

「片乃瀬君とはこれから先も連れ添う関係が続くと思うから、うわべだけの友好を取りたくないの。だから私は仕事より貴方を取る」

 ある種の告白とも言える言葉に、瞬は動揺を通り越して呆然とする。口をぱくぱく開閉させるだけで、肝心の言葉が出てこない。
 なんとか躍動する心臓をなだめ、ようやく出た言葉は簡素な疑問であった。

「それって…………」

 どういう意味なんだ、と言おうとしたが、恋が発した台詞に遮られ言い切ることが出来なかった。

「そういうわけです蛇神さん。私はあちらに着きます」
「マジかよー……めんどいなあ」

 ぽりぽりと頭を書きながら、屍状態から復活した蛇神がぼやく。あの怪我で平気なこともそうだが、未だに頭や体の節々が流血しているのが怖かった。動いて大丈夫なのか?

「俺は死にましぇん! みんなのことが、しゅきだからー!」

 ボケる余裕があるので心配は破棄する。
 蛇神は寒くなった空気を誤魔化すように咳払いし、声のトーンを真面目に戻して切り出す。

「ラブ、わかってるのか? おまえが離界管理局本部に逆らうってことは…………」
「今なら大丈夫なんじゃないですか? 三年前とは違いますし」
「まあ捕らえることは可能だろうけど、被害が甚大じゃなさそうだしな。確かにそれを考えると安易に考えれん…………」
「部下の尻拭いは上司の仕事ですよ?」
「横暴だっつの!」
「横暴じゃなかったら私じゃないです」

 そういう問題か!?

「ま、確かに」

 納得しちゃうの!?

「それに仕事を取るか友情を取るかって言われたら今は友情だしな。誰かを養ってる立場じゃねーから仕事を取るほど切羽詰ってねーし」
「あの、そんな簡単に済む話なんですか? 会社を自首退社するとかそんなレベルじゃないですよね?」

 何やら不穏な空気を感じ取った瞬は、思わず口をはさんだ。離界管理局を警察に例えてみれば、警察官が犯罪者の逃亡を手助けしたようなものだ。ただ辞めるだけではすまさず、罰せられる可能性が高い。

「まーせっちょんが考えてる通り、懲役くらいは受けるかもな」
「そんな……!」
「んじゃどうするんだ? せっちょん一人でなんとかするか?」

 それは出来ない。だからといって瞬の我がままのせいで罰せられれば、絶対に自分を許せなくなる。しかしそうなると佳奈理はどうなる?
 そもそも、恋は何故そこまで肩入れしてくれる? 一生連れ添うかもしれない、という勘だけで人生棒に振る気か!? いや、そもそも自分にそんな価値はない。なら……
 思考の海を泳ぐ瞬は、蛇神が起こした言葉の波によって溺れていた。もがいてももがいても、体は沈む一方で浮上する気配がない。

「ま、情状酌量の余地に期待するっきゃねーな。俺だけならともかく、最初に傷つけたっつー奴の存在があるしな。そいつが許してくれれば問題ない」

 それは思考の海に投げ込まれる浮き輪となり、瞬はそれを掴んで一気に浮上した。

「佳奈理さん、最初に蹴っ飛ばした奴ってのは――」

 最中、森の一部が大きく茂み注意がそこへ向く。その場所から現れたのはレフィンだった。未だに【手品師】の効力が切れていない、人間サイズのままだ。
 その身に何があったのか、恋に用意してもらった服は汚れてくたびれている。瞬の元へ殺到するレフィンを抱きとめると、彼女は安心したような笑顔を見せて泣きじゃくった。一旦思考を破棄し、レフィンの無事な姿に安堵する。

「レフィン、良かった。でもなんでそんなに汚れてるんだ?」
「俺を探していたんだ」

 レフィンがやってきた茂みからさらに人影が見える。徐々に姿を現したそれは――霧男、ミストラルの離界人だった。

「おまえ、どうしぐげっ!」
「明介(あきすけ)ぇ!」

 突然佳奈理に突き飛ばされ、瞬はレフィンと共に転倒する。半ば意地で自分が下敷きになったのはいいが、レフィンが上に乗ることで肺に圧力が伴い、一瞬呼吸を忘れた。
 上半身を起こしてみれば、佳奈理が霧男、明介を抱きしめている。……ひょっとしてひょっとすると――

「もしかして、佳奈理さんの弟ってあいつ!?」
「そうよ。ミストラル人の片霧(かたぎり)姉弟と言えば主に姉が有名ね。局員じゃないけど、在民協力者の中では頭一つ抜けてる感じ」

 聞きなれない単語を聞いてみれば、在民協力者というのは離界管理局へ友好的に接してくれている地球人や離界人の名称を指しているらしい。
 地球人の情報ネットワークや、離界人で構成された民間組織による離界犯罪者の逮捕の助力など、活動は様々のようだ。

「もしかして知ってたのか?」
「いいえ。今日知ったことよ。片乃瀬君が人質になっている間、彼女のことを調べたの」
「よくそんな暇があったな。行き着く暇もない逃亡と追走だったのに」
「携帯電話貸したでしょ? 実はあれ、中に発信機を搭載してたのよ」

 佳奈理の推測は見事に的中していたようだ。佳奈理の経験に驚愕するべきか組織というものの用意周到さに戦慄すべきか悩む。

「そして私の【手品師】で会話を遠隔受信したってわけ。まあ、離界人が地球に来た時に個人情報を教えてもらってるから、携帯電話からデータベースにアクセスすれば一発よ」

 自慢するようにふんぞり返る恋。自分が渡されていたのは高性能の携帯電話だったらしい。そんなのが微塵に粉砕されてもったいない、と貧乏性な考えが浮かぶ。それにしても、遠くの会話まで聞こえるとは、本当に【手品師】は便利なものである。出来ないことはないのではなかろうか。
 瞬はレフィンの頭を撫でながら、ようやく話を再開させた。疑問が多すぎるので、一つ一つ解していくことにする。

「聞きたいことが色々あるけどまず、レフィンがぼろぼろになってる理由は一体何なんだ?」
「会話を聞いたって言ったでしょ? 特徴を聞いてすぐに片霧君って気づいたわ。その時にレフィンが、自分も片乃瀬君を助ける手伝いがしたいって願い出たの。私と蛇神さんは貴方達の追跡があったから、片霧君探しは任せたってわけ。感謝しなさいよ? 元の姿じゃ騒ぎになるからって、人間サイズのまま慣れない足を酷使して探し回ったんだから」

 万感の想いが込みあがる。感激しているのは間違いないのだが、それ以外にも複雑に感情が交じり合って言葉に出来なかった。
 瞬はレフィンのブーツを脱がす。玉のような肌は汚れと靴擦れによって傷ついている。それを見て、さらに何とも言えない感情が込みあがる。

「…………無茶しやがって」

 華奢で小さな体を思い切り抱きしめる。レフィンが窮屈そうに手を押しのけてくるが、そこは我慢してもらう。今はハグしてやりたい気分で一杯だった。

「もっと言うと、片霧君を探すのに協力してくれたのはレフィンだけじゃないのよ」

 恋は携帯電話を取り出し、瞬へ投げ渡した。慌てて受け取ってみると、ディスプレイには通話中と表示されている。怪訝に思いながら受話口へ耳を寄せた。
 伝わってきた声は、意外な面子からのものだった。

『おー、繋がった繋がった。瞬、玉砕したかー?』
『早く結果教えてくださいよー』
『忘れたかったら薬を提供しますよ?」

 雪尋、沙紀、藍那の三人だ。状況が理解できない。一体、三人は何のことを言っている?

「ああ、片霧君とレフィン人間ヴァージョンと片乃瀬君が三角関係って設定にして、今日この場所で告白するって嘘ついたの。それで片霧君がまだ到着してないから探すのに協力してくれって」

 片乃瀬君の声で話したわ、と悪びれた様子もなく恋は語る。

「ちなみにレフィンは外国人って設定。言葉が通じないからジェスチャーで三人と会話したの。片乃瀬君と会話するために生まれたジェスチャーが役に立ってよかったじゃない」

「はああぁぁぁぁぁ!?」

 突然の急展開に理解が追いつかない。瞬は時間をかけて深呼吸等で落ち着きを少しずつ取り戻していく。
 ようやくまともに考えられるようになった頭で、適当に三人と会話を合わせる。そして、そもそも何故三人は手伝ってくれたのかをおそるおそる尋ねた。

『この間の借りを返そうと思っただけです』
「藍那ちゃんは、昼過ぎから今にかけてずっと探してた」
『やっぱ恋愛ってしっかり決着つけたいじゃないですか』
「好奇心が強かったし、お兄さんや友達の頼みだからだと思うけど、それでも途中からは片乃瀬君のために動いてくれていた」
『俺らの仲だろー?』
「ここまで貴方のことを考えて行動してるのよ? 友人って思っても大丈夫じゃない?」

 雪尋達に、恋に何を言えばいいのかわからない。嬉しいには違いないのだが、それを言葉にするための語彙が浮かばない。代わりに、目から一筋の涙が溢れた。

「なんだ、なんだよ皆して。俺泣かせたって良いことないぞ」

 目を拭い、滲んでいた視界をクリアにする。それでもあふれ出るものは止まらなかった。
 恋の優しさ、それから怒涛の勢いで明かされるレフィン達の助けに瞬は声を押し殺して泣いた。男はあまり泣いちゃいけないと浩輔は言っていたが、こんな時は許してくれても文句はないはずだ。

『今度、説明するよ。こっちはちょっと立てこんでるから切るな』
『おう、期待しとくぜー』
『暇潰し程度には』
『待ってまーす!』

 清々しい気分で電源を切ると、そこに恋の横槍が入った。

「まあ、親友にまでは至ってないかもしれないけどね」
「感動してんだから水を差すな」

 鼻をすすり、差し出されたハンカチでもう一度目を拭いた。ようやく涙の収まると、こちらに向けて頭を下げる片霧の姿が見えた。先日のことを思い出し、思わずレフィンを背後に隠す。

「姉が迷惑をかけてすまなかった」

 出てきたのは、謝罪の言葉だった。その様子は真剣で、からかう様子も何もない。それだけで、レフィンを隠し過剰に敵対意識を向けた自分が恥ずかしくなった。

「や、そっちが謝る必要なんてないだろ」
「迷惑をかけた相手には謝罪をするべきだ。それより病院に行こう。どこか具合が悪くなっているかもしれない」
「だ、大丈夫だ。精神的に疲れただけで、怪我はしてない」

 思えば、騙したと発覚した後も片霧はちゃんと謝罪の言葉を口にした。口数が少ないだけで、彼は真面目なのかもしれない。

「明介かっこいぃわぁ…………」

 実の弟に向けるにはあまりに危険な、とろんとした目で頬擦りをする佳奈理。誰だこの人。

「姉は、周りより少し元気な人なんだ」

 瞬はその解釈に何も言えなくなった。佳奈理の行動を、少し元気で済ませるあたり片霧も頭のネジがどこか抜けているのかもしれない。

「姉さん、しっかり彼に謝らないと」
「瞬んぅ、ごめんねぇ。でも、貴方の啖呵は素敵だったわよぅ?」
「録音しておけば良かったわ」
「頼むから言うな思い出すな」

 思い出すだけで恥ずかしさで死ねそうだ。追い詰められていたとはいえ、我ながら言動が青臭い。心の宝石箱に厳重に保管しなければ。

「でもさ、結局佳奈理さんや高原の処置はどうなるんだ?」

 話題を変えるべく、瞬は気になっていたもう一つの事項を場に投げた。笑ってすますことも、見過ごすことは出来ない、重要な話だ。恋もそれをわかっているのか、纏っていた空気が少し重くなる。

「ああ。そうね……佳奈理さん、最初に貴方に突っかかったのってどんな風貌か覚えてますか?」

 そうだった。今の今まで横に置いておいたが、この存在が事件の穏便な解決を握っている。彼、もしくは彼女に会い説得するしか方法はない。しかし、それにしても……

「その、データベースってのにアクセスして確認できないのか?」
「何故かアクセスしても検索できないの。だから唯一の目撃者に聞くしかないわ。それで、どうでしたか?」
「うぅん……いきなり襲われたから……あ、でもよく思い出すと離界人だったわぁ。手から雷出したからぁ。ミストラル人って雷苦手だから、つい力が入っちゃったのよぅ」

 ということは、傷つけた誰かというのは離界人ということだろう。それにしても手から雷……何か引っかかる。

「……なるほど」

 何かに納得するように頷き、恋は佳奈理の言葉を反芻し始めた。

「一人納得してないで、俺らにも説明してくれ」
「時間をちょうだい。ひょっとしたらこの事件、案外何事もなく解決出来そうよ」

 大軍を打破する策を思いついた軍師のように、恋は自信満々にそう言った。恋がこう言っている以上、瞬にはそれ以上の追求は出来なかった。彼女が断言するのなら、きっと言葉通りに実現するのだろう。性格はともあれ、能力こそは優秀そのものなのだから。少なくとも、瞬が動くよりは確実だ。

「今日はこのまま各自解散しましょう。明日か明後日には、解決の報を届けるから」

 片霧姉弟、というより姉は満足に頷き弟がすまなそうな顔を見せながらその姿を虚空へ溶け込ませていく。周囲には霧が漂い、徐々に晴れていく。おそらく彼らの住居へ帰ったのだろう。
 同時に、レフィンの体が輝きを帯び始めた。眩しさのあまり目を瞑る。目蓋を閉じてなお眼球に色を与える光だったが、それも数秒のことだった。
 光が収まって瞬が目を開けると、そこにはレフィンが着ていた服が散乱していた。目を瞬かせていた瞬は、上着部分が盛り上がっていることに気づく。
 服をどかしてみると、そこには人間状態でなく、プラント人としての小さなレフィンがそこにいた。【手品師】の効果が切れてしまったようだ。
 ほっとしたような残念のような、複雑な感情を抱きながら瞬はレフィンをジャケットの内ポケットに 忍ばせる。すると複雑な感情はすぐに消え去り、代わりに安堵が漏れた。やはりレフィンはここか頭に 乗っているほうが落ち着く。
 散らかった服をかき集め、それじゃあ帰るかと腰を上げた瞬間、瞬の足に電気が走った。

(…………あ、足が痛い)

 当然だ。昼間から体を酷使していた上に、ずっと緊張の糸を張り詰めていたのだ。むしろ今の今まで痛みが出なかったことが驚きだ。
 そして手に持つのは着る者が不在となり余分な荷物となった人間モードのレフィンの服。一キロもない重量ではあるが、それなりに負担だ。

「高原、【手品師】で家まで――」

 恋が居た場所に目を向けても彼女の姿はない。蛇神もだ。もう本部へ帰ったのだろうと判断したが、せめて一緒に送るくらいの甲斐性を見せて欲しかった。
 途方に暮れながらも必死で帰路についた瞬は、自宅でくつろぐ恋と蛇神を見て何故二人がここにいると叫んだ。今だけどうでもよくなった瞬は、体が起こす強制的な睡眠の誘惑へ自ら飛び込んでいった。
 三十分後、【手品師】で強制的に覚醒させられた瞬は、何故二人のメシスタントをしなければならないのか疑問に思いながら、遅めの夕飯の支度を始めていた。
 そこに感動の余韻はなく、慣れ親しんでしまったため息だけが片乃瀬家のキッチンに流れていった。



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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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