扱い悩む鳥の日

 焼け付き痛みさえ伴った熱さの夏の光。
 雲一つない快晴の青い空。
 香霖堂だけならず、幻想郷には暑さと不快感を合わせた風が吹き結ぶ。
 一年の中で最も湿度の高い梅雨の季節は過ぎ去り、道具や本に付着するカビに頭を悩ませることもなくなった。
 水無月から文月へ移り変わる時分、その現象は何もおかしいことはない。
 だが僕は今、カビよりも切実な悩みを抱えていた。
 それは天気といった自然的な悩みでなく、ぬらりひょん巫女や泥棒魔法使いによる人的な悩みでもない。

「ねーねーおにーさーん、今日は何を作ってくれるの?」
「お空、さっき昼ごはん食べたでしょ?」
「でもさ、あと少ししたら『おやつ』が出るんでしょ? それが楽しみなのよ」

 原因とそれを引き寄せた間接的原因が今日のおやつについて話している。
 たまに出すおやつだと言うのに、こうも急かされては叶わない。
 と言っても、食べた分の差し引きをさせてもらうなら構わないと言った手前僕には前言撤回をすることもできず、ただうな垂れる他なかった。いっそ料金を取立てに行こうか?
 原因――霊烏路 空ことお空――と間接的原因――朱鷺子――を見やり、僕は本日何度目かわからないため息をついた。
 発端は、香霖堂へやってきた朱鷺子を接待していたことから始まる。
 朱鷺子を見るとあまり思い出したくないことを思い出すので、早々に帰ってもらいたかったのだが、彼女は珍しい本に加え外の世界の魔術書を持っていたので接客することにしたのだ。
 交渉の結果、僕の持つ本との交換の取引が行われたりもしたが、そこは特に問題ないので割愛しておく。
 事態は、朱鷺子の目的である芸術的飛翔についての話題になった時のことだ。

「美しく飛ぶとなると、やはり別の鳥類妖怪を観察することもあるのかい?」
「うん。ミスティアなんかとはよく話すわ。歌いながらっていうのも考えたけど、二番煎じになる可能性高いから諦めた」
「なるほど。なら別視点から攻めてみるのは? 弾幕ごっこなんかは美しさを競うものでもあるし、そこから得られるものもあるんじゃないか?」
「それも考えたわ。でも鳥頭だからってバカにされるほうが多かったから、嫌になって聞くのやめちゃった」
「ここの住人は基本的にひねくれてるからね。話半分に受け流して聞いていれば、二割くらいの確率で答えてくれる」
「そんな博打嫌よ…………でも香霖堂は私のことバカにしないね?」
「一応商売人だからね。いきなり罵倒や侮蔑の言葉を吐くほどひねくれちゃいない。しかし、鳥だから鳥頭なんて逆に言ったほうがお目出度い頭を持っているな。妖精と比べるつもりはないが、基本的に鳥は動物の中でも頭が良いほうだ」

 鳥頭と相手をなじるのは簡単だが、それより犬頭、猫頭という単語がないことに注目して欲しい。
 犬頭という言葉がないゆえ、犬は頭が良いなんて短絡な結論に達するなんて聞いたことがない。
 犬や猫、それらの妖怪を基準にすれば、鳥は間違いなく彼らより賢いのである。

「じゃあどうして、鳥頭って言葉がまかり通っているの?」

 話に食いつく朱鷺子。皮肉の言い合いを常とする幻想郷の住人にとって、やはり鳥類の彼女に鳥頭と言えば格好の話題だったのだろう。
 安易に答えを求めず、自分の中で意見をまとめてから質問して欲しかったが、子供にそんな冷静さを求めるのは酷な話か。疑問を疑問として思い質問するだけマシな部類だろう。
 僕は話を続ける。

「推測に過ぎないが、普通の人間には決して得られない飛行に憧れを持ってしまったがために、翼を持つ鳥が人間以上の能力を求め過剰な期待を抱いてしまったのだと考えている」

 期待が大きいほど、裏切られた時の落胆は大きい。
 要するに過剰かつ無謀な期待に応えられなかった鳥に落胆した結果、鳥頭がネガティブな意味として定着するに至ったと考えてよいのではなかろうか。
 犬が間抜けなことして「鳥頭な犬だな」というフレーズはまず聞いたことがない。
 鳥なら、もっと賢いはずなのだという期待があったからこそ発生した言葉なのだと考えておかしくはなかろう。
 もし人間が幻想郷のように全てを受け入れ、或いは空を飛ぶ程度の力が興味に値しないくらいの価値観を持っていれば、きっと鳥頭なんて単語は生まれなかった。場違いな怒りから生まれた言葉であるが、鳥にとっては迷惑な話である。
 
「なるほど……やっぱり香霖堂ってすごいね! 本一冊のために惜しげもなくもっと多い本をくれたし!」
 
 と、無垢な笑顔で僕を褒める朱鷺子。
 言ってはなんだが、僕はいささか居心地が悪かった。
 魔理沙もそうだが、交渉の末に手に入れた道具や本は、彼女らにとって不当な条件であることが多い。
 今回朱鷺子から手に入れた本も、魔理沙から買い取る鉄くずほどではないが、僕が所有するエンターテイメント性の高いだけの本と交換ですませられる程度の価値ではないのだ。
 朱鷺子が本を読むのは、あくまで想像力に刺激を与えより人目を惹く飛行技術を手に入れるためだ。
 僕や大図書館の魔女のように、本から与えられる情報を知識に変えるというわけではない。
 それがありがたいと言えばありがたいが……朱鷺子の僕を見る眼が、尊敬やらそれに近い類なので魔理沙よりも性質が悪い。
 話の流れを変えるべく、適当な話題を振ろうとした僕より早く朱鷺子が口を開く。

「んー……香霖堂は、鳥は本当は頭が良いって思ってるってことだよね?」
「ああ。少なくとも犬や猫より良いと思ってる」
「じゃあさ……私の友達の名誉も回復してもらえない? お礼はするから」

 思い返してみれば、この話が出た時点でそんな義理はないと答えれば良かったのだ。普段の僕ならきっとそうしただろう。
 けれど根が商売人な僕はお礼という単語や朱鷺子が持ってくるであろう新たな書物に心奪われ、二言目には了承してしまったのだ。 
 



 翌日、香霖堂にやってきたのは、同年代よりも頭一つ高い長身の少女。
 緑色のリボンをつけた長い黒髪は水洗いして無造作に垂れ流したようなボサつきさであるが、鳥の羽のようなボリュームはむしろ彼女に似合っている。背に携えた翼が彼女を妖怪だと示しており、右手や両足から発する苛烈なまでの力強さは神性すら感じ、その辺の妖怪よりも上位であることを僕に伝える。

「初めまして、かな。僕は森近霖之助。古道具屋であるここ、香霖堂の店主を務めている」

 挨拶をすませ、次いで朱鷺子が口を挟む前に長身の少女は僕の名前をかみ締めるようにつぶやき、叫んだ。

「森近霖之助……ああ、そっか! さとり様の恋人ね!」

 とりあえず、僕がすべきことは決まった。
 ええー! と絶叫する朱鷺子をなだめ、僕は改めて彼女――霊烏路 空ことお空の誤解を解くことにする。
 ああそうか、彼女がさとりの言っていたペットの鳥にしてお燐の友人か。

「残念だけど、僕とさとりは友人なだけで恋人ではないよ」
「えー、でもお燐はそう言ってたよ? いずれ地霊殿に住むかもしれないから、会った時はそそーのないようにって」

 間延びしたお空の声に、僕は小さな子供をあやすような口調で返す。

「お燐からはどんな説明を?」
「んっとねー、一緒に寝る程度の仲に進展してるから結婚秒読みとか」

 お燐には今度会ったときお仕置きしてやろうと決定した瞬間だった。
 一緒に寝る程度で結婚するのなら、僕は魔理沙と何回結納を挙げればいいんだ?
 流星群の鑑賞会などで霊夢とも川の字で寝たことも含めれば、重婚にもなってしまう。
 それ以前に、僕はさとりと一緒に寝たことがない。

「そ、そ、そーなのー!」

 朱鷺子、落ち着きなさい。誤解と勘違いが入り乱れた嘘の情報だから。

「何度も言うけど、僕とさとりはそう言った関係じゃない」
「けどさとり様ってよくここに来るんでしょ? 今までそんなことなかったし、私達にもおにーさんのこと楽しそうに話すし、絶対好きだと思うけどなぁ」
「さとりは適切な人間関係に恵まれなかったからね。愛情と友情がごちゃ混ぜになっていて錯覚しているだけだ」

 思春期の頃はわりと友愛と恋愛が混じるのはある話だ。さとりの場合はそれ以上に、自分を肯定的に、かつ彼女をさとり妖怪としてでなくただのさとりとして見てくれるような人間関係に恵まれなかったことのほうが大きい。
 過去は詳しく知らないが、心を読めることで人間関係に苦労したことだろう。それゆえきちんした人付き合いもほとんどなかったため、本来ならもっと幼いころに完全に分化する友愛感情と恋愛感情が混在してるのだ。
 仮に本当にそうだったとしても、それはハシカみたいなものだ。時間が経てば笑い話の一つとして雑談のネタに変わるだろう。
 僕はお空にそう諭してやるが、彼女は「うにゅ?」と首を傾げるだけだ。多分、理解していない。
 たまらず朱鷺子を見る。朱鷺子はこれが用件だと言わんばかりに説明した。

「お空とは、空を飛んでいたら偶然見かけてさ……弾幕ごっこしながら飛ぶ姿がすごくかっこ良かったからすぐ声をかけて、それから友達になったの。最近まで封印されてた地底の妖怪だって言うし、案内も兼ねて色々な所に顔を出してたんだけど、行く先々で、その…………」

 口ごもる朱鷺子。
 僕は鳥頭の話題からお空を連れて来た朱鷺子の言葉を連想し、これが彼女の用件なのだと推測する。

「お空。君も鳥頭と良く言われるのか?」
「んー? そうだね、私物覚え悪いから思い出せないけど、言われたカナ?」
「で、朱鷺子が何故かかばってくれてると」
「うん。気にしてないんだけど、それじゃいけないって朱鷺子が言うの」

 確定。

「朱鷺子。いらぬおせっかいなんじゃないか? お空は別に気にした様子がなさそうだが」
「で、でも! お空ってばすごく綺麗に空飛ぶんだよ!? そんな子に悪口なんて、絶対許せない!」

 朱鷺子のわめきを流しながら、僕はどうやって彼女を納得させるか頭を回転させる。
 ようは朱鷺子が魅せられ、尊敬すらしている人物を悪く言われるのが納得できないだけだ。純真と言ってしまえばそれまでだが、妄信するほど傾倒してしまう可能性もある以上、ここで止めるきっかけが出来たのは朱鷺子にとっても良いことだろう。

「だがお空は気にしていないという。無理に性格を矯正させるのは善意の押し売りでしかない。飛行という行為は否応なしに人を惹きつける現象だ。朱鷺子、君が望むのは飛行の先にある芸術性だろう? 今回のように善意の押し売りを続けていたら、周りから敬遠されて目的を達成できなくなってしまうが?」
「う……うう……で、でも……」

 朱鷺子は納得いかない様子。もう少し感情が育ち理性を覚えるようになれば、理解もしてくれるだろうが今は難しいのかもしれない。
 僕はお空を見やる。
 彼女は僕達の話を聞いてはいるが、深く突っ込む気はないようだ。むしろ、店内に陳列された商品に目を奪われているようで、商品を手にとっては観察を続けている。
 一方通行もここまで来ると清々しい。
 朱鷺子は頭が固いだけで、友情に報おうとする姿勢はむしろ好感が持てるものだ。僕を含む周りの住人にはない純真さがまだ残っている様子は微笑ましささえ浮かぶ。目から鱗の気分だ。
 ペットを飼っていたらこんな気持ちを持つのだろうか。今度さとりに聞いてみよう。

「だが朱鷺子がここまで惹かれる飛行か……お空、君が飛ぶ姿はそんなに綺麗なのかい?」
「うにゅ? 私はただ飛んでるだけなんだけど…………」
「そんなことないよ! すごく綺麗なの! すごく力強くて、怖くなるくらいすごいの!」

 魅せられ、恐怖するまでのものか。
 僕は少し、お空が飛ぶ姿に興味を持った。ひょっとすると、お空の右手や両足から感じる力に何か関連するのだろうか?

「なら、八咫烏様の御力のおかげね!」

 と、唐突にお空が叫ぶ。
 
「ヤタガラス?」
「うん。私に力を与えてくれた偉大なお方なの。朱鷺子が私の飛ぶ姿を綺麗と思ったのは、多分八咫烏様に魅せられたからよ!」
「えー、私はお空のこと綺麗に思ったのよ?」

 うまい具合に話を逸らしてくれたお空に感謝しつつ、僕は彼女から発する神性の正体を知る。
 八咫烏と呼ばれる神は三本足の鴉で、太陽に住んでいると言われている。
 鴉である八咫烏の足を三本足とするのは、陰陽五行思想によるものだ。陰陽五行思想では、二は陰数で太陽に相応しくなく、陽数である三こそが太陽を示す。
 詳しい諸説は省くが、ともかく八咫烏は太陽神である天照大神の御使いだ。
 ふと朱鷺子を見やる。
 彼女は朱鷺の妖怪であり、その羽は天照大神を祭る伊勢神宮の神宝の一つの装飾品に使われる。つまり、彼女は天照大神と遠い遠い縁を結んでいる。
 そんな朱鷺子がお空を慕っているのは、神話をなぞらえると逆の立場であるが面白いものだ。
 以前さとりから聞いた話が確かなら、お空は地獄鴉という種族らしい。 
 とすると、お空――鴉が太陽神の御使いである八咫烏の力を手に入れたのは必然とも言える。
 何故なら、鴉と太陽は関連性がとても深いのだ。
 例えば、ギリシャ神話では光明の神=太陽と同一視されるアポロンは鴉を御使いとした。
 アイヌ神話では、鴉が太陽を救うという話がある。
 神が世界を作ろうとしたとき、魔物が邪魔をして太陽を飲み込もうした。そのとき、鴉が魔物の喉に飛び込み喉を詰まらせ世界を救ったとされる。小ネタとして、鴉は一度世界を救ったことがあるので何をしてもいいと思い、人間の食べ物を盗んだりするという説もある。
 古来中国では太陽の中に三本足の鴉が住むと考えられ、また、太陽は鴉によって空を運ばれるとも考えられた。
 なぜ鴉が太陽と結びつくのか。空に浮かぶ太陽が空を飛ぶ鳥と結びつくのはわかるとして、なぜそれが鴉だったのか。
 神話的になぞらえると、太陽が身を隠してしまったときの世界。つまりは闇の色。あるいは太陽が存在する以前の世界の色。
 太陽が存在する以前から鴉は存在しており、鴉が太陽を世界に運んできた……そう考えると、鴉の神秘性が一層増す。
 考えてみれば、鴉は人間にとっていちばん身近な野生動物だ。身近であるということは、それだけ知られており知名度が高いということだ。知名度の高さは神にとっては非常に重要な力だ。それゆえ世界で唯一絶対の一である太陽の御使いとして鴉が用いられた。
 ふと、僕は八咫烏と八咫鏡(やたのかがみ)の関連性を思い出した。
 八咫鏡は天照大神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大神自身を映し、興味を持たせて外に引き出したとされる。
 八咫烏は神武天皇の行軍のさい、道に迷った軍を導くために天照大神が遣わし道案内をしたとされる。
 この道案内とは、行く道を照らしたと言い換えられるのではなかろうか?
 そして草薙の剣は天照大神に奉納された記録もある。
 つまりお空が八咫烏を示しているのなら、朱鷺子もまた草薙の剣に関連性を持っているのではないか? 朱鷺子とお空の関係から見るに、史実と逆の関係を結べるかもしれない。なるほど、僕との縁に何らかの関連性が伺える。
 そうなると、お空が力を宿した過程を理解すれば、朱鷺子にも天照の力を宿せる可能性があるのではないか?
 調べて見るのも一見の価値があるかもしれないな。僕の技術にも何か応用が効くかもしれない。
 お空が太陽における炎を操るなら、僕は雷雨といった水の力を操れるのかもな……中々普通の妖怪に出来る芸当とは思えない。

「どうしたの? ニヤニヤして」
「いや、なんでも。……って、お空。何してるんだい?」

 お空は商品を眺めて元に戻す作業を繰り返していたが、やがて一つの商品を手にとってじっと見据えていた。
 それは以前も拾った「携帯ゲーム機」と呼ばれる道具だった。

「これって?」
「ああ。外における弾幕ごっこを体験する道具……といったところかな」

 手に乗るくらいの大きさの灰色の小箱で、材質はプラスチックと呼ばれる金属とも石ともつかない材質の道具である。最近はこの材質の道具は非常に多い。また、様々な形のボタンやスイッチの様な物も付いている。
 この携帯ゲーム機の用途は、あらゆる物を操作できるといったものだ。いつでもどこでも仮想の敵相手に、戦ったり滅ぼしたり出来るとあのスキマ妖怪は言っていた。
 僕はこの道具を危険だと判断し、壊そうとしたのだが紫によって止められている。あくまで仮想は仮想であり、現実に影響を及ぼすことはないそうだ。
 想像したイメージを抽出し、「ソフト」と呼ばれる道具に溶かし込むことでその現象を起こせるらしい。僕の技術に似たこともあり、ストーブの燃料の代金として紫に持っていかれたモノと同じ型を拾った後にどうにか起動しようと試したのだ。

「へぇ。スペルカードルールが外にも適応されてるんだ?」
「適応かどうかはともかく、その道具で外の世界の弾幕ごっこを味わえるのは確かだ」

 結果は成功。お空が持っている携帯ゲーム機に差された「岩男の世界」と呼ばれるソフトを起動させることが出来た。
 岩のように頑丈な男が、世界を支配せんとする我入と呼ばれる技術者を倒すという物語が、そのソフトの中に入れられている。
 このソフトは、岩男の英雄願望の思念が注がれた物語とも言える。男ならそういった思考は一度は持つモノなので僕も共感できるが、敵が強すぎるので彼の英雄願望は度が過ぎている。苦労した時の達成感を味わうためといえ、想像ですら勝てないなんておかしいにもほどがある。
 僕は難攻不落のソフトの遊びを諦め、商品として置いているというわけだ。

「えっと……ろっく、まんの、せかい?」
「ああ。ソフトの名前だね。遊ぶ場合は、その四角い面に浮かんだ人物を動かして弾幕ごっこをするんだ」
「ロックって確か閉じるって意味よね? それで、マンは男でワールドは世界でしょ? なら…………」
「引きこもり男の妄想を実体験できるのね」
「君は何を言ってるんだ?」

 お空が漏らしたひと言に、僕は思わず突っ込みを入れた。
 岩の肌を持った男の話が、どうして引きこもりに繋がるんだ?

「朱鷺子が翻訳してたじゃない。だから閉じた男の世界は引きこもりの想像ってことじゃ…………」
「中途半端に言葉を聞いたから誤解しているだけだ。なんでそうなる」

 お空は鳥頭と言われるだけあって、手に入れた知識の欠落が見られるようだ。それとも、八咫烏という強大な力によって、知能に綻びが生じているのだろうか? だとすると、強大な力を手に入れるのも考えものかもしれないな。

「やりたいやりたい! したい体験したい!」
「…………まあ構わないか。くれぐれも壊さないでくれよ?」

 話を元に戻し、僕は携帯ゲーム機を起動させてやり方を説明する。
 朱鷺子も興味津々のようで、私もやらせてとせがんでくる。霊夢や魔理沙も似たようなことをしたので、なんとなく既視感を覚えた。まさか魔理沙買い(ちなみにこの携帯ゲーム機の納品は三台目)していくことはないだろうかと不安になってしまう。
 説明も終わり、朱鷺子達はゲームを始めた。箱から音楽が流れ、その現象に驚き騒ぐ二人を眺めつつ、長くなりそうだと思い僕は昨日朱鷺子と交換した本を取り出した。
 二人はよほど携帯ゲーム機にはまったのか、それとも岩男に共感したのか声を出しながら実況中継を開始する。子供の叫び声に顔をしかめ、僕は注意を呼びかけるが二人には聞こえていない。
 いい加減に我慢も効かないので、僕は携帯ゲーム機を取り上げようとする寸前、事件は起こった。

「うにゅにゅー!」

 いきなり吼えたお空から炎が顕現し、店内に猛威となって襲い掛かる。
 突然の不意打ちのような出来事に僕は呆然としてしまったが、商品に着火する火事一歩手前の状況に強制的に頭が冷やされる。
 お空がすぐに制御したことと消火活動を行ったおかげで家が全焼することはなかったが、携帯ゲーム機やいくつかの商品は融解してしまい原型を留めぬ状態になってしまった。
 燃えたプラスチックが落ちて床が焦げてしまったこともあり、散々である。

「ご、ごめんなさい…………」

 話を聞けば、熱中するあまり感情移入してしまい、つい熱くなってしまったとのこと。
 目に一杯の涙を溢れさせて謝罪するお空。当然のことであるが、それだけでは足りない。

「商品を壊してしまったんだ。当然、対価は払ってもらうよ」
「た、対価?」
「携帯ゲーム機に目を付けるとはお目が高い。これはなんと外の世界の品で、ソフトもつけると値段もそれ相応だ。他の商品も……」
「えっと……私も何か……」

 じろりと朱鷺子を睨む。携帯ゲーム機を含む商品を壊してしまったのはお空なのだから、彼女自身が対価を払わなければ意味がない。朱鷺子も僕の意図を察したのか、すぐに口を引っ込めた。
 まあ、壊れた商品は希少価値の高いものではなかったので一週間も働いてもらえば良いだろう。

「さて、それじゃあまずは片付けから始めようか」

 僕は単に失った商品の対価を労働で払ってもらおうとした。以前、人魂灯の対価を払うために妖夢がしたことと同じだ。
 ここで僕は迂闊にも、八咫烏の力に魅せられていたせいかこう考えていたのだ。
 能力を調べることを対価にする、なんてことを。
 それが嘆きの始まりだと知らず、僕はお空にそのことを告げていたのだ。




 一日目。
 私こと霊烏路 空は霖之助おにーさんの店の道具を壊してしまい、その弁償として一週間ここで働くことになった。おにーさんは毎日日記を書いているようなので、私も真似して一週間だけ日記をつけてみる。
 働くついでに八咫烏様のことを調べたいって言ってたけど、八咫烏様の御力を広めるのは私にとっても都合の悪いことじゃないので二つ返事で了承した。
 右腕の制御棒を初めとした私の体を調べたり、実際に力を見せておにーさんがそれを見て独り言をつぶやくことの繰り返しなので、楽なものだった。
 火焔地獄跡が暴走しないよう火力を調整するお仕事もそう難しくなかったけど、おにーさんのそれはすごく簡単だ。
 むしろ、こんなのでいいのかな? とも思っちゃう。
 あの「ろっくまん」とかいう道具は、替えのない外の道具だとおにーさんは言う。すごく面白かったけど、壊しちゃったのは他ならぬ私なのでしょぼくれちゃう。
 地底の仕事もあるのでそう長くは滞在できず、日が落ちる頃におにーさんから今日は上がるよう言われた。うん、明日はもっと役に立つように頑張って動いてみよう。
 ちなみに朱鷺子が私の仕事っぷりを見学に来ていた。でも店には誰も訪れなかったので、話をしていただけだった。いいのかなぁ。
 あと、さとり様にはこのことを黙っておくことにする。友達に迷惑かけちゃったって知ったら怒られちゃうし。


 二日目。
 倉庫の掃除というものを行った。
 店の回りもそうだけど、こーりんどーの商品の散らかりっぷりはひどい。すごくひどい。
 おにーさんは宝の山だって言うけど、売れなさそうな商品を並べてたり意味のない置物がある辺り、何がしたいのかよくわからない。
 でも中には綺麗に光る宝石みたいなものもあって、私はそれに見惚れたりもした。
 おにーさんからサボらないようにって言われたけど、どーしてもそれが気になってしまう。
 仕方ない、と言っておにーさんは宝石に紐をくくり私の手首に巻いてくれた。

「仕事中だけだ。実際に試着して人から見てもらうのも立派な商法だよ」

 なんて言ってたけど、店に来るのは閑古鳥くらい。それとも、あれは常連だから大事に接するべきかな?
 でも結果的に私に渡してくれるあたり、やっぱりさとり様の友人で優しい人なんだなって思ってしまう。
 よし、今日も頑張るぞ!

 張り切りすぎて店の商品を燃やしちゃった。怒られた。


 三日目。
 今日は能力を使うこともなく、まったりと過ごした。
 昼ごはんを食べずに来たら、ご飯を用意してくれた。そのあと、おやつを出してくれるんだって! 朱鷺子が来たので、一緒に食べた。
 すごい良い人だね、おにーさん!


 四日目。
 今日は霊夢と魔理沙がやってきた。私がいることに眉をひそめてたけど、理由を話したらあっさり納得した。
 おにーさんとの会話がすごく自然で、家族みたいだと思った。
 ……今日は帰ったらお燐やさとり様、居たらこいし様とも話そう。


 五日目。
 今日は紅魔館の当主とそのメイドがやってきた。霊夢を探してきたそうだけど、神社にいるんじゃないかと言ったらすぐ帰りそうだったから、私は従業員として接客することにした。
 何故か話すたびに二人の顔がだんだん無表情になっていってちょっと怖かった。
 おにーさんに助けを求めたけど、何もしてくれなかった。やっぱり商品壊したこと怒ってるのかなぁ。
 あ、おやつおいしかった。





 僕は疲弊していた。理由はお空との付き合いだ。
 お空を雇って五日が経過しており、八咫烏のことを調べたが……一週間の期限では全てを理解するには至らない。この短い時間では無理だと判断し、諦めて労働だけしてもらうことにした。
 労働自体は構わない。光物に目を奪われることを除けば、素直に言うことを聞くしちゃんと働いてくれる。
 だが、一番辛いのは会話だった。
 僕は商人だ。商品の仕入れは元より話術もそれなりにあると自負している。
 いや、していた。
 お空との会話はなんというか……心が折れていく。
 紫とは違った意味で、お空は何を考えているのかわからない。思考が明後日にいきすぎて予想できないのだ。
 一例を挙げると、こんな感じだ。

「私、おにーさんが道具屋さんだと思ったら……」
「たら?」
「え、たらって何?」
「……思ったらなんだい?」
「なんだろう」
「君が思ったことだろう? 僕が知るはずない」

 と、言おうとしたことを忘れられて肩透かしを食らう。
 また、上客であるレミリアと咲夜が来店したさい、僕はそのとき裏に篭っていてお空が接客したのだが、商品の説明が出来ず適当なことを言うばかりだと聞いている。
 僕が店に顔を出した時には、すでに雰囲気が悪かった。

「貴方は本当に適当なこと言うのね」

 と、レミリアが凄みを利かせて言えば、お空は涙目で僕を見た。何が起きているのか説明すら受けておらず、状況がわからないのにどう対処しろと?
 接客が終わった後、

「僕に助けを求めるのは構わない。けど、せめてなぜ怒らせたのか説明してくれないと困る。彼女達が何に怒っているかわからないからね。おかげでレミリア達の怒りを僕が受けることになってしまった。何の説明もなしに僕に投げっぱなしにしないでくれ」
「藁をも掴みたかったの」
「僕は藁なのか。藁扱いなのか」
「切れそうな藁だと思っても、掴むしかないと思って」
「その程度の存在なのか、君にとっての僕は……」

 確かに僕はレミリアと比べるまでもないほど弱い。とりあえずお空が困っても二度と助けないと心に決めた。
 他にも……

「ヴァンパイアってあれだよね、血を出す人」
「血を吸う鬼だよ。なんで全く反対方向に行くんだい?」
「え、だって顔色悪いから常に貧血なのかなーって」
「肌が白いだけさ。病的とまでは行かないが、女性らしいだろう?」
「そうなんだー。スカーレット・デビルって血を飲みすぎちゃって、たまらず吐いて服を赤く染めるんでしょ? だからいつも貧血なのかと思ってた」
「いや、あれは血を飲むのが下手でよくこぼすだけであってレミリア自身は少食だよ。ともかく、彼女の名誉のためにもオブラートに包んで言ってやってくれ」

 などなど。
 お空を働かせるのは大体昼から夕方だが、それこそ僕がお空と一緒にいられる限界時間だった。
 それ以上は頭の中がふわふわしてきて何も考えられなくなる。お空の出す空気に侵されてる錯覚さえ受ける。
 お空との話は面白いが、面白いだけだ。何も残らない。
 別に僕はお空のことが嫌いではない。僕よりもほんの少し低い長身であるにも関わらず、思わず頭を撫でたくなるような愛らしさを感じることもある。
 だが、それ以上に疲れる。
 お空は自分が何を話したのか覚えていないことが多く、自分が他人に与える印象の大きさに気づいていない。
 朱鷺子は出会った当時の印象が強かったのだろうが、お空にとってはあまり重要ではなかったのかもしれない。
 物事を忘れることと記憶を忘れることは違う。
 鮮烈な印象となって記憶に刻まれた印象を忘れないように、朱鷺子はよほどの「色」をお空から感じたのだろう。
 だからこそお空を必要以上に尊敬しているとも言える。
 僕から言えるのは、一つ。
 早く目を覚ませ。


 六日目。
 今日は無縁塚に行った。
 わざわざ歩いていくのが面倒なので、荷物ごとおにーさんを運んだ。
 おにーさんは何か見直した、とか何か言っていたけど何のことだろう?
 商品を仕入れるのに時間がかかっちゃって、帰る時には夜になってしまった。
 今日で終わりなので、泊まっていくといいっておにーさんは言ってくれた。
 うにゅ……さとり様に悪いような気もするけど、好意に甘えることにする。
 なぜか食事が豪華だった。やっぱり最終日だからかな?
 あと、これが一番重要かも。
 今日は夜遅くまでお喋りした。さとり様はおにーさんと話すのが好きって言ってたけど、なんとなく分かる気がした。
 内容は覚えてないけど、一杯話したことはわかってる。おにーさんは辛そうだったけど、眠かったのかな?
 日記もこれで終わり。面倒だけど、楽しかったかな。


 
 ほんの少し、お空のことを見直した。
 朱鷺子が魅せられた理由が、わかった気がしたのだ。
 それは無縁塚へ行ったときのことだ。
 今回も手押し車を用意していた僕を見るなり、お空は車ごと僕を無縁塚まで抱えて飛んでいったのだ。
 そのとき、僕は彼女の飛ぶ姿をじっくり観察することが出来た。
 容姿もさることながら、マントの裏地に刻まれた星空の模様に、力強く飛翔し風を切り裂いていく翼。
 何より、鳥類ゆえか飛ぶことが自然体だ。姿勢といい広げた翼の動きといい、傍目から見てもその動きはスムーズで無駄がない。
 なるほど、朱鷺子が目を奪われるのも頷ける。
 評価を改めざるを得ない、と僕は思った。
 ……そう言えば、朱鷺子からお空の名誉を回復するようにと言われていたな。今思うと、全くそのことについて何もしていない。
 と言っても、お空がそれを気にしていない以上お節介でしかない。僕に出来ることなどないのだが、お礼を受け取る手前何もしないわけにはいかないか。
 常よりも仕入れに時間をかけてある物を手に入れて帰宅した僕は、時間も遅く今日で対価の支払いも終わりということでお空を泊めることにした。さとりからは僕から言っておけばいいだろう。
 お空は自分のことは言わないで、と言ったが心を読むさとりに会えば全てわかることだと諭し納得させた。違うんだけど、と言っていたが何が違うのだろう?
 ともかく、僕は少し自分の話術を伸ばすためだと奮起しお空と夜通し喋り続けた。
 結果はと言えば……ココロガ、オレカケタ。


 七日目。
 日記を書くつもりはなかったけど、なんとなく一週間最後の日なので書いておく。 
 仕事自体はなく、日が頂点に昇るまで私はおにーさんと話をしていた。
 昼になって地霊殿へ帰ろうとしたそのとき、私はおにーさんに呼び止められた。
 何を言われるのかわかんなかったから、私は一週間前の出来事をひたすら謝った。
 いくら物覚えの悪い私でも、記憶に刻まれたことは忘れない。
 怒られるかも、と構えていた私だったけどおにーさんの用件は全く違うものだった。
 さとり様やお燐によろしく、という言付けと一緒に渡されたのは、小さな袋だった。石でも入っているのか、少し重い。
 帰ったら開けるといい、って言葉に従って、私は地霊殿に戻って中身を空けた。
 そしたら、そしたら、そしたら!
 入っていたのは携帯ゲーム機だったの! それも、「ろっくまん」と一緒に!
 しばらく気づかなかったけど、袋の中にはまだ紙が入っていた。
 何だろう、と思って見ればそれは私宛の伝言だった。

「対価と給料が釣り合わなかったから、上乗せしておく。今度は溶かさないように」

 なんだか、胸がぽかぽかした。
 あの人がさとり様と友達で、本当に良かったと思った。



 ――カラン、カラン。

「香霖堂、いる?」
「朱鷺子か。どうかしたかい?」

 お空が帰った翌日、店に朱鷺子がやって来た。

「お礼を言いにきたの」
「お礼?」

 もらうようなことはあっても、言われることはしていないような気がするが。

「お空のこと。何かしてくれたんでしょ?」
「ああ。したと言えばしたが、名誉を回復したわけじゃないんだが?」
「そうなの? でも、お空がすっごく嬉しそうに空を飛んでたから、今はいいわ」
「そうかい。ところで、君のほうはどうなんだ? 美しい飛び方というのは」
「うーん、まだ発展途上としか言えないわ。でも諦めるつもりなんてない」
「良い意気込みだ。商品を買ってくれるともっとありがたい。まあお空のあれは一種の才能だろう。けど、努力が才能に劣ることはない。努力した時間は必ず自分に応えてくれるからね。常々精進することだ」
「はーい」

 その後しばらく談笑を交わし、夕方になったところで朱鷺子は帰っていった。
 夜も深まり、日が完全に暮れたところで僕は店を閉めようと扉に鍵をかけようとした。

「おにーさーん!」

 その寸前、遠くから声がした。
 扉を開けて音源を見れば、お空がこちらに向かって飛んできていた。
 僕は営業時間を少し延長し、お空を対応することにした。

「どうした? こんな遅くに…………」
「あのね、あのね! これ、くりあ? って画面が出てこれ以上新しいのが出なくなったの! どういうこと?」

 そう言ってお空は携帯ゲーム機を僕に差し出した。
 待て。クリア、だと?
 僕が月単位の時間をかけて達成できなかった遊びを、一日でクリアしたというのかこの子は……!

「おにーさん?」

 才能とは行動における結果に大きな比重を傾けているのだろうか。技術論は役に立たないのだろうか。
 やりこみ、それでもなお届かぬ高みにあっさり手を伸ばすのは、選ばれた者のみということか。
 持論を崩され、呆然自失した僕を責められるのはいないだろう。

「おにーさーん」

 ああ、僕ごときが神の力を手にしようなんておこがましかったのだろうか。
 八咫烏という太陽の化身の力を手にしたお空のように、選ばれし者にはやはり天より与えられた才能があるというのか。
 思考の海に沈み続けた僕を引き上げる手が差し込まれたのは、それからおよそ一時間後のこと。
 それまで僕を呼び続けるお空の声が、いつまでも香霖堂に響いていた。
   
 




<了>

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