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ラブぜろ? 十七話(最終話)

 その日の夜、瞬は遅くまで起きて浩輔を待ちわびていた。
 話があるから、と電話で早く帰宅するよう連絡したのだが、直接浩輔に言えなかったので届いているか不安だ。その予想を的中させるかのように、時刻はすでに深夜一時。レフィンはすでに眠っているし、普通なら皆寝静まっている時分だ。
 うつらうつらと現実と夢の境を彷徨っていた瞬は、開かれるドアの音に意識を呼び覚ます。浩輔が帰ってきたようだ。
 浩輔は瞬を見て眉をひそめたが、やがて思い至ったように謝罪をしてくる。

「ごめん瞬、連絡は届いていたんだけど仕事が終わらなくてこんな時間になっちゃった。まさか起きてまで待っているとは思わなかったよ。本当にごめん」

 父親として威厳も減ったくれもない言動であるが、一つ一つに浩輔の誠実さが伺える。人の良さで言えば浩輔は文句なしに一級品だ。ただ、生活とそれが比例しているとは限らないだけだ。

「別にいいよ。それよか、いきなりなんだけど話があるんだ」

 
 緊張を含んだ声。それを察したのか、浩輔も自然と顔を引き締める。
 浩輔は緊張をほぐすためか、服を脱ぎながら冷蔵庫にある麦茶を出してコップに注ぐ。それを二つ作り、テーブルに置いて腰掛ける。瞬は麦茶を一気飲みしたが、すぐにおかわりを申し出る。
 三杯目を飲んでも、胸の内を切り出すことが出来ない。しっかりしろと奮い立たせても、出てくるのは沈黙だけだ。こんなに臆病だったか、と自分に愕然とする。

「瞬、落ち着いて。途切れ途切れでもいいんだ。言わなければ、瞬の意思を僕に伝えられないよ?」

 浩輔の気遣いで、荒波だった心象風景が少し収まる。時化からセンチメートル級の津波にまで戻った心に向けて瞬は泳ぎ出した。

「あの、さ。転勤するから引っ越すって話なんだけど……俺、ここに残っちゃダメかな」
「友達かい?」

 え、と続く言葉を失い呆然とする。
 浩輔にその話をするのはこれからであったし、その様子も一切見ていないはずだ。なのに、察されている。一体何故?

「な、なんで」
「食器がいきなり増えたし、部屋の配置とか、色々変わっているところが見られたからね。よく家に呼んでいるみたいじゃないか。しかも、食事まで作って。最近、瞬の顔が弾むこと多かったしね」
「あれは…………」

 恋や蛇神のことは言えないし、レフィンのことはもっと言えない。
 それに食器が増えた理由として、先日藍那を招いて大盤振る舞いをしたさいに向こうからの持ち込みの食器をもらっていたのだ。
 貧乏性な瞬は喜んで受け取ったのだが、まさかそれでバレてしまうとは。配置が変わったのは言わずもがな恋と蛇神のせいだ。自分が過ごしやすいように、と言ってタンスなどの位置を動かしたのだ。

「よく見てるなあ…………」
「一応、これでも十五年間瞬の父親してるからね。まあ、あまり父親らしいことしてないって言われちゃおしまいだけど」

 苦笑い、浩輔は麦茶を一飲みする。瞬としては隠していた事柄をいきなり言い当てられてただただ混乱するばかりだ。

「それじゃ、話を戻そうか。瞬としては、まだ引っ越したくないってことかい?」
「ん、ああ。その……高校に上がるまででいいから、許してもらえないかな」

 現在は九月。卒業のリミットを考えると残り半年しかないが、もっと長く居たいと思ってしまった瞬としては短く感じる。それでも、そのわずかな時間を楽しみたいと思っている。

「高校になったらそっちに行くからさ、お願い。その、無理に仕事先を変えたっていうのにこんなこと頼むのは筋違いかもしれないけど、俺、まだあいつらと離れたくないんだ」

 脳裏にふとレフィンや恋達の顔がよぎったが、すぐに顔を振って散らす。あれはもう、明日で居なくなる。それに騒動の種を育てる気は全く無い。

「いいよ」

 あまりにもあっさりした返答に、拍子抜けしてしまい、確認の意味を込めて聞き返した。

「…………ホントに?」
「ああ。もう何年も我がままを言わなかったに頼られているんだからね。ここで男を見せなきゃ父親失格さ」

 もう失格してるけどね、と話をにごしながら浩輔は続ける。

「別に高校まで、なんて言わなくても、この町にある愛和高校に行ってもいいんだよ? 学費は僕がなんとかする」

 そして、今まで見たことのない真剣な目つきで父としての言葉を瞬に与えた。

「そんなに急がなくていい。青春の時間は有限で、一生の中でも限定的なものなんだ。でも、僕は瞬から思春期の時間を数多く奪ってしまった。でも今、瞬はそれを取り戻そうとしているんだよね? その時間は僕が作ろう。だから瞬は少し歩みを遅めればいい。急がなくたっていいんだ。――その時間は、きっと夢よりも大切になるから」

 瞬はゆっくりと、時間をかけてその言葉をかみ締める。
 初めてかもしれない。浩輔が父として、息子に真剣な言葉を向けたのは。
 初めてかもしれない。浩輔が父として、息子の期待に応えてくれたのは。

「はは、ここまで青臭く話すのはなんか恥ずかしいね。……正直、罪滅ぼしって意味も含んでいるかもしれない。けど、言葉に嘘はないよ」

 浩輔としても、母と別居し生活水準の上下には罪の意識を感じているらしい。なら息子としても、父のその想いを汲んでやらなければならないだろう。

「ありがとう、父さん。でも、俺は夢まで捨てるつもりはないんだ。今聞かれれば友達って言うかもしれないけど、それはテンションが上がってるって部分も大きいし、とりあえず今は高校まで考える時間をちょうだい」
「けど、瞬が公務員を目指しているのは僕のせいだろう? 僕がしっかり生活の基盤を立てないから、瞬は安定を求めて公務員になろうとしている。けど、このまま友達と一緒に高校に行けば別の可能性だって見つかるかもしれないんだぞ?」
「確かにそうだけど、何年間も目標としてきたことをいきなり変えるのは無理だよ」
「すまない、僕が…………」
「やめろよ父さん。過去に何があったって、変えようがないんだからさ」

 過ぎた過去はどうあがいても変わらない。それは離界人も地球人も関係ない、誰もが同じことだ。けれど、今はそんなことを関係なく生きている。そう、恋のように。

「なら、現実を考えて今どうするか考えて動いたほうがよっぽど建設的だよ」

 それで意見をシャットアウトしたつもりであったが、浩輔はなおも食い下がってくる。

「じゃあ、今から中学を卒業するまでの約半年、そして高校の三年間で心変わりしなければそのまま公務員を目指せばいいよ」
「……その辺が妥協案、なのかな」
「そうそう。過去は変えられないと言うけど、現在は常に変わるからね。公務員を目指すのも良いけど、それは僕によって選ばされた後天的の夢だ。選択肢は自分で決めるものだし、多いほうがいい。そしてその選択肢は、時間によって増えつづける」

 最もな言葉を受けて瞬は軽く感動する。父、片乃瀬浩輔は思っていたよりもずっと父親だった。

「何かホント、今初めて父さんを父親って感じたよ」
「はは、だったら恥ずかしい言葉を無理に使った甲斐があったかな」

 本当に恥ずかしそうに顔を俯かせる浩輔の顔はしかし、何かをやり遂げた男を思わせる。瞬は少しだけ、浩輔とのわだかまりが解けた気がした。

「じゃあ、今日はもう遅いし、早く寝ようか」
「わかった。じゃあ、お休み」

 その言で、話している間に沈静化した眠気が呼び起こされる。自室へ戻った瞬は無理に抗うことはなく、心地よい睡魔に抱かれていった。




 遂にレフィン滞在の最後の日が訪れた。
 時刻は朝の八時。すでに炊事も済ませ、浩輔は元気に仕事に出かけている。今日も昨日と同じ時間……つまり翌日の深夜になるということだ。恋はレフィンをプラントへ送るのは夜と言ったため、今日一日瞬はレフィンに付き合える。

 しかし学生の身分たる瞬は、学校へ登校しなければならないという難問が待ち構えていた。別に戻ってからでも少し時間に余裕があるが、それでも数時間の時間のロストには他ならない。
 出した結論として、瞬は人生二度目のサボりを試みた。どうせ先日の藍那の事件で皆勤賞は消えている。今日でサヨナラするレフィンと過ごすことは、それよりも大事なことなのだから。……引越しを繰り返す身なので皆勤賞は元々ないという突っ込みは今は却下する。

 どこに行くか全く決めていなかったが、佳奈理との事件の日にキャンプがしたいと言っていたことを思い出した瞬は、森林の湖へ足を伸ばすことにした。
 色々と荷物を詰め、午前は湖についただけで終わってしまった。少し時間を無駄にした気もしたが、その分昼食は少し凝ってカレーを作ることにした。飯盒など、野外における調理一式は恋に用意してもらったので、ちょっとした林間学校気分だった。

 レトルトでは味気ない、ということで玉ねぎをあめ色になるまで炒める本格的な調理で作ることにした。時間はかかったが、その分味に凝ったカレーはレフィンにも好評で、自分でも満足のいくものだった。
 午後は森での散策に勤しんだ。好奇心旺盛なレフィンは、競争しているわけでもないのに我先にと率先して先を急いだ。町の中といえそれなりに深い森の中に身長十五センチ弱の子供が駆け回っていれば、追いかける方は当然苦労した。

 何度もレフィンを見失いそのたびに声を上げて探し回った。何か言おうかとも思ったが、今日で最後と思うと自由にさせてやろうという気持ちが勝った。
 午後はそれだけで使ってしまい、結局そのまま夕方となってしまった。湖で釣りでもしようかと考えていた瞬は子供にゃ敵わんと一人愚痴っていた。
 夕方以降は湖を後にして、自宅で過ごすこととあいなった。もう少し外に居てもいいと思ったがそこは子供、烏が鳴ったら帰ろうというやつだ。種族と世界を越えて繋がっているとは思わなかったが。

 最後の晩餐は、最初にレフィンに作った果物と野菜中心のスープ、ナチュラルハージーン。妖精の食事で始めたのなら、終わらせるのも妖精の食事。ちょっとした粋な計らいであった。
 普段なら恋や蛇神の乱入する食卓であったが、今日は瞬とレフィンの二人だけ。食器を擦る音やスープを飲み込む音など、実に静かな食事だった。積極的に食事中に話すことのなかった瞬にとって久方ぶりのことであったが、馴染んだものはむしろ心地よさすら感じた。 別れの時間は、すぐそこに迫っている。だから、レフィンと出会い今日まで過ごした日々をかみ締める、貴重な時間となった。

 白状すれば、最初は本当にうざがって出て行って欲しいと願っていた。
 離界人などという不思議な人々との出会いなど、瞬にとっては日常を乱す災厄としか思えなかった。
 事実、レフィンを拾ったことで普段なら絶対に行かない山に登り、さらに犯罪者(演技であったが)に追われるなど人生のワースト五に君臨する出来事のオンパレードであった。

 それから今日までも、大きく分ければ藍那に片霧姉弟と騒動の種は尽きなかった。今までの瞬であったなら絶対に迷惑と断言した事件である。
 なのに、今抱えているこの気持ちはなんなのだろう。
 例えるなら、万感胸に迫るといったところか。
 喜怒哀楽全てが交じり合い、笑えばいいんのか憤ればいいのか、さっぱりわからない。けれど、今までこのような面倒事に関しては憤りしか感じていなかった瞬が、喜と楽の感情も芽生えたのだ。これは大きな変化であった。

(まあ、なんでかって言えば悔しいけど――)

 それら全て、恋のおかげなのだと思う。出会いときっかけはレフィンであったかもしれないが、事の顛末を辿ればいつも彼女がいた。
 思えば、レフィンと親密になったのもある意味恋のおかげだろう。共に騙された者同士、という効果があったのかもしれない。最も、それはきっかけであってレフィンに構うようになったのは事件から二日も経っていない。けれどきっかけをくれたのはあくまで恋である。
 藍那と片霧姉弟の事件にしても、恋が中心部に存在していた。だからひょっとすると、自分は彼女によって変えられたのかもしれない。そう思うと、あの強引さに救われていたのか、と自問する。
 しばし黙りこくったが、すぐに辞めた。憶測は憶測でしかない。それに、仮にそうであったとしても今更面と向かって感謝するのも恥ずかしい。
 言葉に出さない代わり、胸の内で感謝しておこうと独りごちた瞬間、音もなく恋がその場に現れた。心臓が口から出るほど驚いたが、恋は突然現れたことに対しての驚きと勘違いしてくれたおかげで、胸のうちを察されることはなかった。

「ちょうど食事が終わったみたいね」
「あ、ああ。……もう時間なのか?」
「ええ。悪いけど、指定の場所まで案内させてもらうわ」

 わかったと頷くと、数秒後に瞬は月光煌く夜空の下にいた。視界の中には待ち構えていたように蛇神の姿も見える。恋に説明を求めると、ここは愛和町で一番高いビルの屋上らしい。恋が【手品師】を使ったのであろうが、事前の説明くらい付け加えて欲しかった。
 ぶつぶつと文句を垂れていると、目の前に十を超える幾つもの光体が浮かんでいたことに今更気づく。目を丸くする瞬へ、その光体の群れが前触れなく殺到してくる。咄嗟に目を瞑ったがそこから何も起こらない。おそるおそる目を開けてみれば、群れは手前に浮かんでいたレフィンの前で静止した。
 様子を観察してみると、レフィンもまた体に燐光をまとって光体となると、笑顔でその光体の群れへ飛びついている。
 目を丸くする瞬をよそに、光体の一つへ向けて蛇神が手を差し出した。

「初めまして。この愛和町の異界管理局員、蛇神です」

 光は人型となり同じように手を作ると、蛇神のそれに手を添えた。単なるシェイクハンドであるのだが、光がそれをしているだけでこうも理解不能な構図になるとは。

「高原、あれは?」
「光で姿を隠しているけど、あれはレフィンのご家族ね。兄弟姉妹にご親戚、お父さんのほうは先日のことがあって、この場には来ていないようだけど」

 愛されてるな、と笑いが込みあがる。それを肯定するように、恋は説明を付け加えた。

「プラントは家族、言ってしまえば血の繋がりを大事にするみたいだから、こういう大事な場には親類も顔を出すってわけね。あれでも少ないくらいだと思うけど」
「あれでか?」

 光体は目測で十を超えている。普通の家族にしても大家族の域であるし、これに加えて親戚まで出てくるとは、ちょっと度が過ぎていないか?
 そう思うのは瞬が地球人である何よりの証拠であるが、生憎その考えまで行き着くことの出来ない瞬は、ただただ疑問を浮かべるだけだった。

「そういえばなんでまた光になってるんだ? レフィンみたく肉眼で見えるようにすればいいのに」
「空気の違いね。光で体を包まないと、調子が悪くなるみたい。彼らにしてみれば、自然が伐採されている場所は毒ガスの中に飛び込んでる気分じゃないかしら」
「おいおい! そんな場所にレフィン何日もいたんだぞ! 大丈夫なのか!?」
「知らないだろうけど、レフィンの体は薄い光の膜でガードされてたから大丈夫」
「じゃあなんであの人らは全体包んでるんだ?」
「それだけ慣れていないってこと。最初にレフィンに会った時、あの子も光に包まれてたでしょ? 片乃瀬君と出会うまで、あの子もそれなりに耐性がつくまで試行錯誤していたんじゃない?」
「……よくそんなんで同盟結べたな」
「別に地球に住むわけじゃないしね。会議なんかは別の次元空間で行われるし、そんなに深刻な問題でもないから。うーん……言ってしまえば、空気の薄い場所へ来ているところに、酸素ボンベ持参で来てるってとこかな」

 判り易いような判り難いような恋の説明を受けている間に、家族の再会と蛇神の話が終わったらしい。蛇神はこちらへ歩み寄り、瞬にこう言ってくる。

「せっちょん、レフィンに何か言ったらどうだ?」
「もう帰るんですか?」
「向こうさんからしてみれば不慣れな土地に変わりないからな。一秒でも早く故郷に戻りたいんだろ」

 そうですか、と瞬はレフィンに向き直る。レフィンも光体の群れから離れて肉眼で捉えられる姿になると、理解できない言葉の羅列を始めた。
 翻訳できないもどかしさがここで頂い点に達した。最後の最後なのに、挨拶一つ交わせないのは悲しかった。レフィンも同じ気持ちなのか、笑顔なのに悲しい雰囲気をかもし出している。

「翻訳、いる?」

 背中に声がかかる。そうか、恋の【手品師】なら意思の疎通など朝飯前だろう。瞬はすぐに恋のカードに手を伸ばし……たが、すぐにそれを引っ込めた。頭に疑問符を浮かべる恋に、苦笑しながら理由を言った。

「これが、俺たちの関係だと思うから。言葉がなくたって、まあやっていけたんだし、これで良いんじゃないか」

 もったいない気もするが、瞬はそう思う。今更言葉を言わなくても、表情と動きだけで察せる関係だ。無理に付け足すことはない。
 しかしそれは瞬の理屈であって、お子様なレフィンには通じなかった。恋の手に飛んでいくと、使用してくれとせがんでいる。俺の気持ち返せ。

「まあ、片乃瀬君の意を組んで、ひと言だけってことで」
 恋の【手品師】が輝きを帯び、同種の光がレフィンに宿る。レフィンはすーはー息を吸い込み、何やら深呼吸をしている模様。何を言う気だろう。
 瞬の予想は、レフィンのとんでもない行動によって覆される。彼女はゆっくりと飛んで来たと恋から【手品師】を受け取り人間サイズに成長し――え?

「………………………………………」
「……………………………また、ね」
「おま、レフィ、レフィン、何して」
「ひゅーぅ♪」

 周りから口笛や拍手やら騒音が聞こえる。
 簡単なことだ。レフィンは瞬にキスしたのである。アメリカなどでは家族や友人などに挨拶の軽いキスをするらしいがここは日本だ。加えてレフィンは、頬ではない場所にキスをした。

 その場所は――
(マ、マウ、マウー……ああああああああああああああああああああああ!!)

 なぜか英語で思ってしまうが……まあ、つまりはそういう場所である。
 そもそも恋愛は元よりこういった女性のあれこれにも疎い瞬が、何もかもすっ飛ばしていきなり口付けである。そりゃあもう、思考回路が焼き切れた。
 問題のレフィンもすでに元のサイズに戻り、照れた笑みを浮かべながら光体の群れに戻っている。傍らで舌を出しながら二枚の【手品師】を操っていた恋がいたが、瞬は最早そんなことに気を向ける余裕もなかった。さらに言うなら、初めて聞くレフィンの言葉も覚えていなかった。
 おかげでレフィン達がプラントへ帰るべくに見せた、幻想的にして荘厳な光が辺り一面を灯す風景を見逃した。神秘的と言っても過言でないその光景は、ひょっとしたら二度と拝めない代物だったかもしれない。
 そんなこととは露知らず、瞬はひたすら唇に残る感触に悶え苦しんでいた。
 正気に戻るまで二人の異界管理局員がその様子を見て爆笑しており、尚且つビデオに撮られたのはパンドラの箱よろしく永久封印したい記憶として瞬の心に納められたのだった。


「行っちゃったね」

 一時間後、ようやく意識を取り戻した瞬は自宅で感慨にふけていた。ちなみにビデオは即効で破壊済みだ。
 慌しかった日々であったが、実際レフィンがいなくなると淋しさを覚える。明日から手間が減ると思い込もうとしたが、空虚さは未だ消えていない。

「そーだな」

 だからなのか、ぶっきらぼうなことしか言えなかった。恋とて気持ちを確認するように声をかけたのだろう、瞬の反応を見て頷いている。

「それじゃ俺たちも行くか」
「……もうですか?」
「ああ。悪いが、こういう経験は何度もあるんでな。中々感慨ってのは沸き難くなっちまってる」
「何、淋しいの?」
「んなわけないよ」

 突っぱねた言い方をしているが、内心は物寂しさが詰まっていた。迷惑な彼女らではあったが、これでお別れと思うとやはり言葉に詰まるものがある。

「まああの雑居ビルに一応支部があるし、何か離界人問題があればいつでも訪ねてきて。私達はいないから別の担当に会うと思うけど」
「意味ないじゃん」
「お、やっぱり俺らに会いたいってことだな。うんうん、意識改革あっておにーさん嬉しいぜ」

 うんうんと満面の笑みの蛇神。恋は恋で勝手な言い分を告げた。

「これを機に片乃瀬瞬は高原恋と蛇神浩史に感謝の気持ちとして自分も異界管理局員の在民協力者として名を連ねるのであった」
「勝手に決めるな」
「えー、この流れなら普通もっと離界人に関わりたいしレフィンとも再会したいから協力しようって流れじゃないのー?」
「残念だな。一応、まだ公務員になるってのは諦めてないんだ。それに、在民協力者になんてなったら、へんなもの押し付けられたりされてもっとはた迷惑なことされそうだ」
「ぎくり」
「ぎくり」
「わざわざずらして同じ言葉を並べる意味がわからない」

 本当にわからないが、おそらくその場のノリで言っているだけなので深く考えるのはやめる。他人の頭の中なんてわかるはずがないのだから、考えるだけ時間な浪費だ。

「それじゃ、淋しいけどホントにお別れね」
「俺は一足先に帰る。ラブ、せっちょんに言い残したいことがあれば言っておけよ。……じゃあなせっちょん、おまえのメシは最高美味かったぜ」

 別れの台詞にしては気軽なものであったが、らしいと言えばらしかった。蛇神は手を振って簡単な別れを済ませると、ジャンプ一番その場から消えてしまった。最後までデタラメな運動神経だった。

「片乃瀬君」

 意外なのは恋だ。彼女こそ一番気楽に別れを済ませるのかと思ったが、名前を呼んだきり黙りこんでしまった。
 こうなると瞬が焦ってしまう。こちらとしても別れの言葉など考えていなかった。じゃあな、では簡潔過ぎるしかといって長々と文を連ねるのも何か違う。
 各々に見通せない想いを抱えたまま、互いに五分以上は黙っていた。均衡を破ったのは、一際強い一陣の風であった。それが吹きつけ終わると、恋が喉を動かした。

「ありがとう。貴方のおかげで、私はまた一つ笑い方を覚えました」

 いつもの無表情でない、真剣な顔で礼を言われる。その姿に一瞬だけ見惚れ、瞬は慌てて思考を散らした。

「よせよ、おまえが真剣な表情すると、その、なんてか、困る」
「あら、感謝には礼を。世界共通の認識じゃなくて?」
「なんでお嬢口調。そうじゃない、おまえはその、いつも人をからかって冗談めいてて余裕たっぷりで……あー……似合わないわけじゃないんだけど、反応しにくい」
「酷い! 勇気を振り絞って告白したのに、そんな振り方ないじゃない!」
「そうそう。そんな風なのが一番らしい」
「本当に礼を言う時にまで冗談めいてちゃ、気持ちが伝わらないでしょ」

 数秒だけ空白の時間が生まれ、すぐに吹き出した。
 恋が何か言って瞬があしらう。レフィンに言葉がいらないように、片乃瀬瞬と高原恋の関係はこれが一番いい。

「私も、そろそろ行くね」
「そっか」

 いよいよ、本当の別れだった。恋が【手品師】を取り出したのを見図らない、瞬はその場から一歩下がる。
 恋を包むように光が渦巻く。瞬間移動のための力の顕現が、光となって恋の周囲に発生しているのだ。足の先から解け消えていく彼女に、瞬は最後の言葉を送った。

「んじゃあ……な」
「うん、じゃあね」

 光が消えると、恋もまたその場に居なかった。
 最後の最後までさっぱりしていた。けどこれでいい。重々しい別れなんてしたくないし似合わない。これがベターなのだ。
 瞬はほんの少しだけ表情に陰りを残したが、ビルの頂上に自分だけ取り残された状態に気づくと理不尽な彼女に向かって世界の隔たりを越えて届くような絶叫を轟かせた。
 けれど、離界人という名の台風が去った今、瞬の心の季節は夏を象徴するように光に満ち溢れていた。








エピローグ


「じゃあ瞬、また明日なー」
「ああ、じゃあな雪尋」

 学校の帰り、制服のままカラオケに入店、その後雪尋の家で遊ぶなど、今までの瞬では考えられないことに熱中する昨今、忙しない日々は継続を続けていた。
 無論、離界人絡みの事件によるものではない。単に学校帰りにどこかで遊ぶ、少し積極的にクラスメイトと話す、ただそれだけのことだ。けれど瞬にとってそれは、確かに慌しい日々としてカウントされている。

 現在瞬は一人暮らし。浩輔はあの日から一週間後に転勤していた。相変わらず朝早く出て夜遅くに戻るようだが、食生活をしっかりして倒れないか不安である。まあ変にタフネスである浩輔なのであまり大丈夫だと思うが、一応家族なので心配だ。
 来年になって一緒に住むかまだこの町に住むかは決めていないが、年が明けてから考えることにしている。それまでは今までおろそかにしていた遊びに熱中するのに夢中なのである。

「うー、さむさむ」

 息を手に吹きかけて瞬間的な暖房を持続させながら帰路につく瞬は、車のライトによって一瞬だけ目に映った光体を見やり、物思いにふけっていた。

 別れの日から二ヶ月。暦は初冬を迎え順調に冬へ近づいており、寒さも段々と厳しさを見せていた。
 時々、錯覚したように数人分の食事を作り、食器も人数分用意してしまう時もある。さらに言えば蛇の餌までも。その度に他人には見せない淋しげな顔を浮かばせる。なんだかんだで、あの生活が気に入っていたのは明白であった。
 先日、隣のマンションの管理人に問い合わせたが、すでにあの部屋は空室となっているらしい。当然だろう。保護すべきレフィンがいないのだから、滞在する理由がない。

 それでも、時々思い返してしまう。
 生涯連れ添う関係になるだろう、という恋の言葉。様々な状況で上手く立ち回ってくれた蛇神。レフィンが最後に残した言葉と感触。あれらが瞬の胸の内を占めている以上、いつの日か不明だがまた会うような気がした。

 家の扉を開けながら、ふとレフィンがいた頃が懐かしくなってついただいまー、と言ってしまった。
 返事などないのにな、と自嘲と苦笑の交じり合った表情をしながら家に入ると、施錠してあったはずの窓が開いており、寒風が瞬を冷やした。

 閉めたはずだけどな、とどこか引っかかることを覚えながらも瞬は開いた窓を施錠する。一息つく暇もなく、今度はテーブルにケーキ用の食器とフォークが置かれていた。食器皿にはごく少量のクリームとスポンジの生地が残っている。月に一度の甘味の日にとっておいたケーキだ。……まさか!?

 施錠した窓を再度開く。目の前には、マンションの一室に繋がる窓が一つ。前までは、カーテンもなく何も無い殺風景な部屋が見えるだけであったが今は違う。二ヶ月前と同じように窓が開放されてカーテンが取り付けられており、中には家具の一式が見えた。

 絶句し呆然とする瞬の視界の中、軽い足音を立てながら何者かが窓へ向かってきた。
 その人物と目が合う。彼女は、彼女らは何も言わない。瞬の言葉を待っている。
 けれど突発的に上手い台詞など言えない瞬は、咄嗟にへにゃっとした苦笑に近い表情を浮かべた。顔を変化させた後で、なんで俺はこうなんだと心の中で葛藤する。
 しかし、肩に乗る小さな女の子も、それを乗せる彼女も気にした様子もなく頬を緩ませる。
 再会を告げるそれは、曇り一つない晴れやかな笑顔だった。



<了>

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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