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巫女とハーフと鴉天狗

第5話


 打突において必要なのは、相手を個で捉えるのでなく点で捉えること。点を打ち抜く技量と足運び。打突は払いよりも破壊力があるが、その分避けられた場合に隙が生まれやすい。そのため、最も必要な用途は、反撃を恐れない胆力にある。
握り締めた拳から突き出された拳は三連。その一撃一撃に、大の大人が三回気絶できる威力が込められている。あくまでも、人間相手のものであり当たればの話だが。
 私が今、相手にしているのは野生の妖怪、それも三匹。妖怪達は攻撃を避けながら、私の血肉を抉らんと牙をむく。
 それを軽やかな動きで避けきると、再度襲い掛かる狼型の妖怪の頭を掴む。力に任せて握ったそれを別の妖怪に投げつけ、重なり合った妖怪達の体に打突の連打を浴びせ気絶させる。
 手を休めず宙に跳び上がる。
 一秒の間もなく、今まで私が占めていた空間に別の妖怪の弾幕が空を切る。降下しながらも、曲芸をする軽業師のように器用に空中で動きを整え最後の妖怪の腹に蹴りを叩きこむ。涎を吐き出して痙攣している妖怪三匹を横目で見やり、私はうめいた。

「む」

 足の先でそーっと妖怪達を突っつき、完全に気絶しているかどうか確かめる。……よし、大丈夫。
 風が森林の木の葉と私の髪を撫でていく。あたり一面の木々が音を立てて合唱しているような気がする。気持ちいー、とつぶやきながらしばしの間風で涼む。これで周りが明るければ最高だけど、生憎この場所に光は届いていなかった。

「…………?」

 今、何か動いたような気がして茂みに眼を向けてみる。視界は悪いが、私には別に何の問題もない。すると、小さな野ウサギが茂みから飛び出し、目の前を走っていった。気のせいかとつぶやき、森林浴を再開する。
 目蓋が重くなってくる。今の状態なら立ったままでも眠れそうだ。まあ実際、そういう経験がないわけではないが。

「立ち寝とは器用な真似をするね、巫女」
「人間、その気になればどんなとこでも寝れるものよ?」
「君が道具を切らさなければ、僕が出向く必要は全くないんだが……」

 やれやれとつぶやきながら、大腿部に取り付けたポーチからお札を何枚か取り出すハーフ君。
 それを見るたびに、私の中になんとも言えない感情が湧き上がる。こればかりは割り切って整理するしかないのだが、人は感情で生きているのだから切り離すのは難しい。
 ハーフ君より渡されたお札を妖怪達に貼付ける。いや。握ったまま叩きつけたと言ったほうが正解だろう。
 拳の物理的威力とお札の精神的威力によって浄化される妖怪。彼らは今ここで、ようやく消滅を迎えたのだ。

「ふぅ、助かったわハーフ君。お札のない私だけじゃ、妖怪は倒しきれなかったし」
「僕にとっては安全に繋がるからね。手を抜く理由がないよ」

 そうは言ってくれるが、お札が切れたと報告してまだ一日も経過していない。かなりの速さで用意してくれたのは周知の事実である。
「あーあ、なーんで私にゃ霊力に恵まれなかったのかしらねー」
「その代わり、有り余る肉体の才能があるじゃないか。天は二物を与えず、というやつだよ」
「幻想郷なら博麗こそ天である、と具申します」
「博麗と天はまた別だよ。最高神である龍神とは関連がない」
「わかってるわよ」

 わかってる。これは自分のワガママなのだと。
 当代の巫女である私は、先代に比べて霊力値が驚くほど少ない。先代が100とするなら、私は10にも満たない落ちこぼれ。
 霊気を操る才能は博麗の巫女なら誰しも持つもののはずだけど、私にはそれがない。
 代わりに体術は歴代最高と言われているけど……妖怪を相手にする場合、それでは足りないのだ。
 私の手足では妖怪を完全に滅することが出来ない。肉体でなく、精神を重きにおく妖怪を消滅させるには、精神にダメージを与えなければならない。
 たとえ私が妖怪を撲殺しても、彼らは時間さえあれば蘇ってしまう。肉体だけ滅ぼしても、彼ら妖怪を倒しきれないのである。
 そんな私の光明は、ハーフ君の存在だった。
 人間と妖怪のハーフである彼は、悔しいことではあるけど私より豊富な霊力を持っている(まあ私が低すぎるので、比較するだけ無駄)。それを利用して、妖怪退治の道具を作ってくれるのだ。
 けれども私には扱うための霊力が足りず、宝の持ち腐れでしかない。霊力がなければ、ハーフ君の用意してくれた道具を満足に扱えないのだ。

「ま、君にそんな器用な真似をしろとは言わないよ。何せお札はノーコンだし、お払い棒を返り血に染めて折るしの二重苦だからね」
「ぐ……! う、うっさいわね。料理とかは普通にできるから、決して不器用じゃないわよ」
「君は自己流のアレンジさえしなければ料理同様に道具を使えるのに。料理にアレンジされた結果、どうなったか覚えてないのか? あれだけ僕が苦心して教え込んだというのに……」

 あー、懐かしい。
 こうしたほうが美味くなるかも、といって大好きな天然モノの筍に調味料とか色々ぶっかけた記憶が蘇ってくる。毒料理と化したそれに辟易したハーフ君指導の下、料理にだけは自分のやり方でなく、教えられた方法で作るようになったんだけど……道具、というより戦闘に関しては勘で動くから、手が無意識に動くのよね。そのせいで、道具をろくに使えない。ま、元々の霊力が少ないから使えても拳のほうが強いんだけど。
 閑話休題。決して掘り下げてはいけない区分よ。覚えておきなさい。
 彼はそんな私に合うやり方を教授してくれた。それが、先ほどのお札だ。
 お札自体にハーフ君の霊力が込められており、誰が使っても同じ威力を出せるという優れものだ。つまり霊力の少ない私でも、これを貼りつければ妖怪を倒せるというわけだ。こんな簡単なことはない。
 だから、いつもは余裕を持ってお札を持ち歩いていたのだけど、今回は迂闊にもお札を入れた道具袋を無くしてしまったのだ。
 結果的にこうして倒せたから問題ないけど、相手がもっと強い妖怪だと思うとぞっとする。

「さて、今日はくたくただ。さっさと戻ったほうがいい」
「そうね。そういえば、小傘は?」
「食事と言っていたから、また人を驚かせにいったんだろう。何、いずれ神社か僕の家に顔でも出すだろう。だから早く戻るぞ」
「今日はやけに急いでるわね。何かあったの?」
「場所が問題なんだ。昼間なのに光が届いていない。となると、ここは…………」

 ハーフ君が口を開きかけたその瞬間、風に乗ってその声が聞こえてきた。

「それは、博麗神社なら安全だからと言うことでしょ? だからと言って、山のテリトリーを侵した人物を見逃すことはないけど」
「え、誰……」

 私は全てを口にすることは出来なかった。
 突風が私の体に吹きつけ、荒れ狂う暴風となって直撃する。不意打ちにも等しい、さらに自然ではありえないほどの強風に私は大した抵抗も出来ず、軽々とその場から吹き飛ばされてしまう。
 遠ざかる私の視界に移ったのは――風の影響を受けず呆然と上空を見るハーフ君と、鴉を肩に乗せた少女の姿だった。





 ああ、これはマズイな、と僕は自らの置かれた境遇に嘆息する。
 巫女を吹き飛ばし、上空で翼をはためかせる黒髪の少女――おそらく天狗であろう彼女は敵意と怠惰の5:5の割合で僕を睨み付けている。
 白いブラウスにフリルのついた黒いスカートを翻し、ゆっくりと地上に降りてくる。
 まるで体重を感じさせずに音もなく降り立つ彼女は、半眼のまま口を開いた。

「なんつー面倒なことをしてくれたのよ、貴方。出かけようとした矢先に山に侵入なんてしてくれちゃって……おかげで別の奴にネタが渡っちゃった。この代償、高くつくわよ」

 言ってる内容の陳腐さの割に、帯びる敵意は物騒を通り超えて脅威である。妖怪とはえてして、そういうものかもしれないが、今は何の慰めにもならない。

「さて、何のことだかわからないんだが? 見たところ鴉天狗とお見受けするが、僕が何かしたとでも?」

 体を反転させ、左肩を前に出す姿勢を維持したまま相手に見えないよう右手を足に取り付けたポーチに入れる。彼女に悟られないよう、ゆっくりとお札を取り出し、足元や手に設置する。
 少女は僕の動きにやや眉を潜めた。視界の悪さなど、ここに暮らす彼女らにとっては問題ない。動きを見抜いているだろうに、何をするつもりもなさそうだ。

「痴呆? それとも難聴? さっき、山に侵入と言ったはずだけど?」
「覚えがないことを言われても困るよ」
「そう言えば見逃してもらえる、なんて考えてるわけでもないでしょ? 素直になったほうが身のためよ」
「僕ほど素直な人物はいないと思うんだけどね」

 チュン、と擬音にすればそう取れる音が耳元で響く。同時に僕の頬から血の雫が垂れ、背後の木々が派手な音を立てて切り取られる。僅かに発生した風を刃として飛ばしたようだ。

「彼女は博麗の巫女だから後で注意すれば問題ないけど、貴方はそのどちらでもない。さっき見た感じじゃ巫女の手伝いしてるから、妖怪退治の類か何か? どのみち、巫女以外の人間が妖怪の山に赴くその意味、わかるでしょ?」

 どうやら彼女は、僕のことを人間だと思いこんでいる様子。先ほどの威嚇といい、問答無用で殺しに来る類ではない。
 理性を持って口で交渉できる時点で、生存率は桁違いに跳ね上がる。ここは、彼女の性格を探る意味でも話を長引かせないとな。

「どうにか見逃してもらえないか、という案を提示したいが、いかがかな?」
「私個人としてはどうでもいいんだけどね。けど、時期が悪かった。今の私はお山のその習慣通りに動かせてもらうわ。ストレス発散の意味を込めて」
「八つ当たりとはみっとも無い。それが天狗のすることかい? 君達はもっと高貴な妖怪と思っていたけど」
「世辞は結構。口車でなんとかなる、なんて思わないほうがいいわよ」
「では、どうして君は律儀にそれに付き合ってくれるんだ?」
「貴方、この状況で私を出し抜こうって考えてるでしょ? 暇つぶしにそれに付き合ってあげようと思って。気概のある人間は大歓迎よ」
「怒り心頭の天狗の言葉とは思えないね」
「怒った理由も、突き詰めれば暇つぶしの話題だしね。さっきも、今も」

 血とは別に汗も垂れてくる。理知的な相手といえ、造作もなく僕を殺せる存在との会話は疲れる。
 が、光明は見えてきた。後は上手く事を運ぶのみ。

「侵入者を問答無用で排除する、と聞いていたが……やはり社会と個人では考えに相違があるみたいだね」
「そりゃ当然でしょ。全ての存在が統一してたら、私と貴方のように種族なんて分かれてないわ。ま、別にお上に文句はないけど」
「随分と排他的と言うか何と言うか。そもそも、君は僕を過大評価しすぎだよ。天狗に喧嘩を売る気なんて、さらさらない。それに何度も言うが、君達に迷惑をかけた覚えもない」
「生きていれば自然と誰かに迷惑かけるものよ。貴方はそのたまたまが、今だっただけの話」
「おお、怖い怖い」
「今、かなりイラっときたわ。具体的にはウザい」
「身に覚えがあるんじゃないのかい?」

 その言葉を皮切りに、少女の体がブレる。いや、消えた。
 瞬転、僕の側頭部に衝撃が走る。白く細長い少女の柔足から繰り出されているとは思えないほどの威力。僕が本当に人間なら、間違いなくこれで潰されているレベルだ。
 が、生憎普段から巫女に殴る蹴るの暴行を受けているこの身の上、彼女に比べれば何ら問題ない。
 そんな僕の視線の先では、僕が占めていた空間、つまり現時点での少女の立ち位置から暗雲を晴らすかのように周囲を白に染め、天へ伸びる一条の光が立ち昇った。僕が足元に設置したお札の効果である。
 少女の姿は見えない。つまり、光は確かに彼女を飲み込んだのだ。

「ふぅん。貴方の切り札ってこのお札? 確かに、随分と過大評価だったかも」

 しかし、少女のその声には陰りなど微塵もなく、先ほどの光による影響はなかった。
 むしろ足元に設置したお札を上から踏みつけ、ぐしゃぐしゃに潰している。手に握っていたお札もその効果を発揮することなく、ひらひらと宙を舞っている。
 落胆するような目を向けてくるが、その選択は少女にとって間違いで、僕にとって正解だった。
 僕は満身創痍、といった体を装いゆっくりと立ち上がる。彼女はへぇ、と感心の声をあげた。

「評価をやや上向きに。――うん、貴方酒のツマミのネタにはなるわ。私に蹴られても死ななかったって」
「まったく、ありがたくない、評価だね」
「いいえ、正当な評価だと思うわよ。特にその目。伊達に長く生きてなくてね、そういう目をした人間って見たことあるの。例えば――」

 最早僕の目では決して捉えられないほど俊敏な動き。一瞬にして背後に回られた僕の首に、少女が取り出した扇が触れる。こしょばい、と思うのが普通だが今の僕には羽飾りが刃に見えた。
 少女の手が僕の背中に触れる。少し力を入れられて指圧されるが、それ以上のことはなかった。

「ほら、体の硬直が短いし痛みを感じた様子もない。満身創痍を気取るなら、もっと演技を上達させたほうがいいわよ?」
「必要以上の嘘は、面倒だからしないことにしていてね」
「それは殊勝なことね。清く正しく生きてるようで」

 一足で僕との距離を三間(一間1.8メートル)ほど取る少女。顔にはニヤついていて、僕の行動を楽しんでいるように見て取れる。

「……何がおかしいんだい?」 
「言ったでしょ? 暇を潰せる人間は大歓迎だって。記事のネタにもなるしね」
「だったら、見逃して――」
「それとこれとは話が別。大天狗様に怒られたくないし。侵入者を取り逃がしました、なんて言ったらどうなるか……」

 ぶるり、と体を震わせる少女。彼女ほどの強さを持っていたとしても、上には上がいるようだ。
 さて……そろそろ、かな。
 僕は無言でそのあたりに転がっていた石や小枝を蹴り上げ、少女へと放った。彼女は避けるのも面倒なのか、手にした扇の一閃で僕の射撃を無効化している。
 が、それはフェイク。
 間を置かずお札を扇を振るった後に投擲するが――扇を持たぬ手による手刀によって叩き落された。

「―――――――――」
 
 少女の驚く顔が目の前に迫る。
 そう、目の前に、だ。
 お札の攻撃も陽動、本命は動きを制限させることだった。
 目にも留まらぬ速さで動くのなら、動く場を制限してやればいい。壁を持ってこれないのなら、幅を狭めてやればいい。
 少女は僕に対して高圧的だった。
 これは、彼女が僕よりも強い存在で、彼女が僕を格下に見ているからだ。
 そこに異論を挟む気はない。重要なのは、そこに含まれる驕りに似た自信。
 少女は自分の技量に自信を持っているだろう。なら、そこを刺激するように動かしてやればいい。
 小石や小枝を投げれば扇で払い、先ほどしたようにお札は己の手足で潰す。
 いかに早い動きであっても、そこに持っていくように調整してやれば、僕でも一撃を当てることができる。
 僕が用意したのは、水気を秘めたお札。
 それを両手に持ち、少女を抱き込むように突き出し、彼女の手元で力を解き放つ。水が体を濡らし僅かに怯む少女。もう少しいけるか、と思い直接手を押し当て――

「あやややや。これはこれは」

 ることは、叶わなかった。

「うん、やはり手加減はするものね。相手の底力を全部見てから倒せるもの」

 僕の手は空を切る。勢いが強かったせいでたたらを踏もうとするが、足払いをかけられ転倒させられるかと思いきや、それすらもされなかった。
 地面にぶつかる直前に蹴り上げられ、お手玉のように僕の体は宙に浮く。
 視界に広がるのは、木々に囲まれた戦場を抜けた青い大空。そう、僕は何十間も上空へと舞い上がっていたのだ。

「思った以上に楽しめたわ。貴方が見落とした敗北の要素は、私の速さを見誤っていた。それだけよ」

 せめて最後は大技で、そんなつぶやきが風に乗って聞こえる。

「天孫降臨の――」

 少女の声が途切れる。
 次いで聞こえるのは、爆弾のような破砕音。徐々に下がっていく景色を視界に入れる中、音源へ目を向ければ痛みに顔をしかめる天狗の姿が目に映る。
 空中なので息が吸いづらく吐きづらかったが、僕はここにきてようやく安堵の息をついた。
 地面に激突する寸前で、僕の体は何者かに支えられる。いや、すでにその人物が誰であるか僕にはわかっていた。

「あのさ、普通こういうのって立場逆じゃない?」 
「あの少女相手に時間を稼げただけ、僕としては生涯に残る大健闘をしたつもりなんだがね」  

 ごもっとも、と呆れの声を上げながら――巫女は苦笑を僕に向けていた。







「博麗の巫女? どうしてこの場に…………」
「こっから空に昇る光が見えたのよ。こんなに暗いんだもの、目立つこと目立つこと」
「ふむ。さっきの攻撃は派手な割にほとんど威力がありませんでしたが……そういう事ですか。知らず、私との問答も時間稼ぎに使っていたのね」
「そういうことだ。騙したなんてことは言わないだろう?」
「ええ。戦わざる者にとって、それも立派な戦術ね」

 感心する少女。こうして飄々としているようだけど、私は警戒心を最大限に鳴らしていた。
 不意をついて攻撃した一撃は、確かに痛みを与えたようだけどダメージというほど明確なものじゃない。
 天狗は身体能力も妖術能力も等しく高いと噂はかねがね聞いてたけど……そんじょそこらの妖怪とは、一線を画している。
 私は腕の中のハーフ君を下ろし、下がるように言った。彼も異論はなく、頷いて返す。

「気をつけろよ、巫女。彼女の風はとてつもなく速い」
「普段なら、ね」

 気を引き締め、獰猛な笑顔で返しながら私は腕に付着したハーフ君の血を見やる。それを拭い、石鹸で洗うように掌にこすり合わせていく。

「あややや。巫女風の戦闘儀式というやつですか?」
「ハーフ君の分まで、一緒に殴ってやろうと思って」

 私は少女をにらみつける。
 普段から私に迷惑しかかけてないハーフ君ではあるが、大事な友人なのだ。傷つけられて平静でいられるわけがない。

「おお、怖い怖い」
「天狗に僕の台詞がパクられた…………」
「今はそんなのほっときなさい。で、貴方一体何者?」
「これは申し遅れました。私、妖怪の山に住む鴉天狗で射命丸文という者です。以後御見知りおきを」
「こちらこそ、よろしく」

 動作に間がないとされる移動術、無拍子。
 文にしてみれば、いきなり私が目の前に迫ったと錯覚するはずだ。
 うなりを上げる右の正拳突き。さっき倒した妖怪なら、気絶はおろか必殺の威力を秘めたそれは、鴉天狗――文の扇によって受け止められていた。

「流石は武闘派と呼ばれる当代の巫女。霊力が篭ってないにもかかわらずこれだけの威力、感心しますよ」
「そんなあっさり受け止められてると、説得力感じないんだけど。一応不意を打ったつもりなのに」
「伊達に天狗してませんから」
「そう、ね!」

 体を浮かせ、左足による回し蹴り。文はしゃがんでそれを回避するが、コマのように回転して体勢を整えた私は右足で矢のような蹴りで文の扇ごと彼女を射抜く。やはりそれも防がれるが、草鞋からはみ出た足の指先で扇の羽を掴み、彼女の動きを制限させた。

「なんと器用な」
 
 右足を引き寄せ、文をこちらへ引き寄せる。抵抗は思ったよりなく、眼前に寄ってくる彼女に向けて左の拳を打ち込――もうとしたところで、足の指先に感じていた圧力が消える。弾ける巫女の直感に身を任せ、私は頭を下げた。その上を風が通過し、背後の木々が盛大な音を立てて切り崩れていく。
 飛び上がろうとする文。だが、飛ばない。文の速さを考えればおかしいこの事実、首を傾げる私だが彼女もまた驚愕を顔に刻んでいた。
 降って沸いたチャンスをものにするため、文に殺到する私。直線距離や標準の速さでは天狗に適わないが、手足の届く近接戦闘なら――数メートル範囲の短い距離ならば、その差に大した違いはない。
 腰の捻りを加え力の乗った拳が扇によるガードを抜けて文を打ち抜く。まともに入った一撃、どの程度効く……!
 文の風と同様、木々をへし折りながら吹っ飛ばしたものの……結構すぐに起き上がられた。いえ、効いてはいるようだけど、戦闘に支障は全くない様子。おのれ。

「つつ…………」

 言葉とは裏腹に体を抑える様子はない。おのれ。
 戦闘再開、と思いきや文はハーフ君を見やって続ける様子はない。なんとなく気になったので、それとなく冗談めきながら話を振ってみる。

「何、ハーフ君に見惚れた?」
「とんでもない。……ただ、彼をいまだに侮っていた自分を叱咤しただけです」
「…………?」
「翼だよ、巫女。さっき彼女の羽を濡らしてね。単なる水なら彼女は力技でなんとかしてしまうが、護符による特別製だから絡み付いて飛びにくい。だから、どうしても飛ぶ時に隙が生まれてしまう。そして巫女は、その隙を逃すほど愚鈍じゃない」
「信頼されてるようで何よりね」
「そうして得意げな顔で説明されると、力ずくで黙らせたくなりますね」

 本気でやりかねないので、私はハーフ君を守れるような位置に移動する。もちろん、文へ踏み込みには問題ない程度の距離は保つ。

「あー、引く気はないですか? こちらとしては、そちらの方さえ引き渡していただければ、貴方と対立する理由がなくなるのですが」
「答えはNO、よ。それに、博麗の巫女が妖怪相手に引いたなんて天狗に知られたら、どんな脚色されて広まるかわかったもんじゃない」

 呑気なことを言う文。元より取引は考えてないし、ハーフ君の敵討ちだから引く気もない。死んだ人は皆良い人効果によって、私の中でのハーフ君の好感度は急上昇中だ。

「巫女。何か不埒なことを考えてないか? 主に僕の名誉に関して」

 別にー。

「ほんっと呑気なものですね。妖怪を前にした人間とは思えません」
「逆に聞くけど、そっちが引く気はないの? 博麗の名を盾にするわけじゃないけど、こっちと事を本格的に構えるのはそちらにしても避けたいところでしょ?」
「妖怪が人間を襲い、人間を守る博麗の巫女の言葉とは思えないほど建設的ですね」
「そういう意見も大事だってハーフ君が言ってた」
「巫女、それは建前という奴だ。……しかし、えー……」
「文と呼んで構わないわよ」
「では、文と。事実、君は誤解しているようだが僕は本当に妖怪の山に入ってはいない。この場は麓だろう? まだ本格的に入ったわけじゃない」
「こちらに入った妖怪は、こちらのルールに則って処分するって決めているのよ」
「ほう? わざわざ妖怪を招き入れて、僕らを誘導させたのに?」

 その言葉にぴくりと反応する文。「私」は取引しないけど、「ハーフ君」が交渉するなら文句はない。むしろに一任しているので、私は口出しはしない。ただ、彼を信じるだけだ。

「少し、おかしいと思っていた。君ほどの速さと風の能力があれば、麓の手前でも騒動に気づいていたはずだ。なのに、ギリギリ干渉したと言い張れるラインまで何もせず、妖怪を倒したところを見計らって君は現れた……随分と狡猾な真似をしたものだ」
「あくまで貴方の想像よね。推測だけで物事を推し量らないで欲しいわ」
「では聞こう。本当に君の言う通り山のルールに則って処分するなら、白狼天狗か何かが僕らに事前勧告か何かを告げるはずだ。天狗は幻想郷中に目を持っている。僕らが退治を目的として、あの妖怪を追いかけていたことなんてわかるはずだ。ましてや、博麗の巫女がいるんだからね」

 すらすらと言葉を紡ぐハーフ君が手を掲げ、指を三つ立てる。

「なのにそれがなかったということは、考えられるのは三つ。白狼天狗の目が節穴か、担当の天狗が僕らに構っている場合ではない状況か……上から放置するよう通達でもあったのか」
「……………………」

 文の目が細められる。私は警戒心を最大に、来るかもしれない攻撃に備える。

「通達する理由についても色々と考えられる。一つは自分なら始末をつけられるといった、天狗の傲慢な精神から来るもの。一つは君が言うストレス発散のためのもの。或いは……君ほどの実力者が出向かなければならないほど、侵入者が強かったということ。まあわかってもらえるとは思うが、僕は見回りの白狼天狗にも劣る。だが君は構わず僕を始末せず、口車に乗った。暇つぶしという意見も確かにあっただろうが、僕の推測からすると――」
「はあ、もういいわ。取材の時ならともかく、これ以上長い口上聞いてると目眩がしそう」

 観念します、とため息をつく文。うん、気持ちはわかる。薀蓄もそうだけど、ハーフ君自分の話を聞かせるの大好きだから……

「ふむ。じゃあ難癖だったのは認めるのかい?」
「難癖とは失礼ね。貴方を疑ったのは事実だし」
「と、言うと?」
「博麗の巫女の前じゃ下手な嘘は無意味ね……恥を晒すようで失礼しますが、実は貴方がたの前に侵入者が山に入ったのですよ。哨戒していた白狼天狗は、光線のような熱傷を負っていました。幻想郷ではそんな使い手ごまんといますから捜索は難航していたのですが……現場近くにお札が落ちていましてね。先ほどそちらの方と戦ったときに使われたお札と同じなのです」
「それ、きっと私が落としたお札だわ。犯人はそれを拾って、天狗に使ったのよ」
「なんと……! というか、落としたのですか。迂闊ですね」
「……………………黙秘」
「口に出すと間抜けっぽいよ」

 ……………………黙秘!

「つまり、今は君のような鴉天狗を配置して、犯人探しを行ってるわけか」
「ええ。最初からその犯人として扱うと、警戒されてしまうから、私個人で動いているよう演技してたの。ま、無意味だったけど」
「何にせよ、自分の陣地で暴れられて黙認するわけにはいかないわけよね。……なら、私達も犯人探しに協力しましょうか?」
「…………本気ですか? 妖怪と人間が手を組むので?」
「そんなに不思議なことかしら。そこの人は人間と妖怪のハーフだし、知り合いに道具の付喪神になった妖怪もいるわよ?」
「あやややや、殺伐としていた先代とはまた随分違いますね。いや、撲殺巫女って時点で十分物騒ですけど」
「それが巫女の特徴ってことさ」
「なるほど、流石巫女さん」

 どうでもいいけど、私里の人からも周りからも名前で呼ばれない。なんで通称のほうばっかで呼ばれるんだろ。
 まあいいか。自己満足かもしれないけど、それでもいい、って思う時もあるし。切り替え切り替え。

「じゃ、結局お開きってことでいい?」
「お山の判断としましては、犯人を見つけない限り無理ですね。いわゆる落とし前というやつです」
「つまりは、だ。真犯人を見つければ今回の件は無事解決するわけだね」
「それが見つけられないから苦労を…………」
「おいおい、ここにおわすは博麗の巫女だよ? 幻想郷に仇名す者なら、持ち前の勘ですぐに見つけてくれる」

 高まる期待に私は押しつぶされそうです。過度なプレッシャーは簡便してよ。

「なるほど、確かに。……そういうことなら、私に戦う理由はありませんね」
「私も異論はないわね、実害はハーフ君だけだし。それでいい?」
「ああ。天狗を敵に回すなんてごめんだし、問題ない。それより、巫女のほうがよほどひどい」

 うん、ハーフ君。今は簡便するけど、事件終わったら覚えときなさいよ?

「ふふ……なるほどなるほど、侵入者でなく、個人で接する分だと貴方達は本当に面白いほうに分類されるわね」
「褒められてる?」
「天狗に面白いなんて言われるのは、不幸の象徴だよ」
「おやまあ、連れないですね。これから仲間になるメンバーに向かって」
「仲間?」

 首を傾げる私。文ははい、と答え胸を張る。

「もしや、私を連れていかないのですか? 他の天狗に見つかった言い訳に使えると思われますが」
「私は別にいいけど。ハーフ君は?」
「距離を置きたいというのが本音だが、今は無実を証明するために必要な人材だ。構わないさ」
「決まりですね。……改めて、射命丸文です。今後ともよろしくお願いしますね!」

 懐から取り出したカメラで私達を撮る文。にっこり笑顔は魅力的なのだけど、下心がありそうで怖かった。
 ともあれ、文と私達はこれがきっかけで今後長く付き合う仲間となったのだった。






 妖怪の山へと本格的に登ることになった僕達は険しい山道を進んでいた。
 犯人がどこにいてどうやって見つけるか、ということより(どうせ巫女が見つけてくれる)視界の不便さや急斜面に難航する。
 黙々と歩くのもなんなので、間を埋める意味でも僕は文に質問を投げてみた。

「文、翼は出さないのか?」
「先ほどのハーフさんとの戦いを活かそうと思いまして。別に羽がなくとも飛べますし」
「最初からそうしておけば良かったんじゃない?」
「犯人の狙いはわかりませんからね。天狗を狙ったのかもしれないので、一目でわかるよう出していただけですよ」
「今は出さなくてもいいのかい?」
「だって、真犯人を見つけてくださるのでしょう?」

 文は巫女に過度の期待を寄せているようで、その期待に間違いはない。普段ならともかく、こういった事件時に彼女の直感は未来予知もかくやというレベルで匹敵するからだ。すでに犯人が見つけることなど、確定事項である。
 それよりも、事件後の身の振り方だ。天狗と一悶着を起こすなんて予想外、どう上手く逃げようか。

「犯人の特徴って被害者の傷跡くらいしかないのよね?」
「ええ。幻想郷ではさして珍しくない傷ですね。お札を見つけたと思ったらぬか喜びでした」
「けど、おかげで君は真犯人を捕縛する権利を与えられたと思えばマシだろう?」
「そうですね。人生切り替えが大事です」

 僕への誤解も解けたようで(元より人違いと知った上であったが)文は先ほどから敬語である。最初が最初なので違和感があるが、止める様子はないので慣れていくしかない。

「しかし、犯人が妖怪の山の外へすでに出た、という可能性はないのかい?」
「低いですね。犯行時刻は一日も経ってませんし、現場は山のてっぺん付近です。飛んで逃げたならすぐに誰かが気づくでしょうから、近くに潜伏していると考えられます」
「でも、力ある妖怪なら誰にも気づかれずってことも出来るんじゃない?」
「いや、それはないよ巫女。わざわざ妖怪同士で争うとしても、仲間意識の強い天狗の集団に喧嘩を売るやつはいない。他にも色々理由は推測できるけど、一番の理由は犯人の拙さだね」
「拙さ?」
「はい。妖怪の山の頂上付近にまで侵入できる実力を持ちながら、襲ったのが哨戒天狗ということがまず一つ」
「次に、わざわざ証拠を残す……残したのかもしれないけど、あまりにもずさんだ。本気で天狗と戦うなら、そんなことをする理由がない」
「じゃあ、どうして犯人は天狗を襲ったのかしら」
「さあね。さとり妖怪じゃあるまいし、心を読めない僕達に真相はわからない。わかっているのは、天狗の思惑に巻き込まれたことだよ」
「天狗の、思惑?」

 巫女が首を傾げながら文を見る。文は何処吹く風とばかりに無関心を通しているが、巫女の視線に耐えられなくなったのか両手を挙げて降参を示した。

「やっぱり察しの良い人は騙せませんね。ハーフさんには悪いと思いましたが、示しというものもあるのですよ。上がやる気を見せないと下は着いてきませんし……何より、犯人の出方を伺うという方法でもあります」
「そのために処分される身になってみろよ」
「正直、人身御供は誰でも良かったというのが本音かもしれませんね。けど、見つかったのはお札だった。巫女を殺したら次代を探すまでの間、大結界にも影響があるかもしれないしさあ大変、そこへ目を向けたのが貴方だっただけの話です」
「他人に迷惑かけてるのは君達じゃないか。余所者に厳しすぎやしないか?」
「そんな細かいこと気にしてたら、幻想郷じゃ生きてけませんよ?」
「細かいことを気にしてるから、今まで生きてきたんだよ」
「それは失敬」

 直接戦ったことも手伝ってか波長でも合ったのか、やけに文と話が合う。いや、口が上手いのだろう。今度話をスムーズにさせるために、薀蓄でも披露してやろう。

「活動範囲を山全体に敷いているにも関わらず見つかっていない……いったい、どれほどの隠形を持っているのやら」
「見つけても、また逃げられる可能性があるってことですか? 直接対峙さえしてしまえば、私から逃げられませんよ?」
 
 それは言外に、さっさと見つけてくれと言われていると考えるのは穿ちすぎか。
 さっさと見つけて今日のお仕事終わりにしましょ、とつぶやく巫女に気負った様子はない。それも当然、彼女はいつも通りビジネスをこなしているだけなのだ。
 弾ける巫女の直感に任せて山を登る僕達は、やがて開けた場所へ出た。光の届かぬ場所といえ、かろうじて暗視が利く。そのまま先に進もうとした瞬間、巫女は躊躇するように足を止めた。

「巫女?」

 僕の声に答えず、巫女は周囲を一瞥する。景色に変わりはないが、どうやら巫女の勘がここに何かあるんじゃないかと告げているようだ。

「見た感じ、変な様子は見当たりませんが……博麗の巫女の直感とやらを信じてみますか」
「そうだね。巫女、僕が危ないから傍を離れないでくれよ」
「…………ほんっと、言う側と言われる側の台詞逆よねー…………」

 実力を考えれば当然だ。別に僕は気にしないしな。
 そんなことを考えているうちに、僕はふとした違和感に足を止めた。どうしたの? と巫女が声をかけてくる。
 僕は首をかしげた。なぜか、何もない中空に道具の気配がするのだ。

「何か見つけました?」
「ああ。どうにもおかしいことでね、この辺に道具の気配がするんだ」

 僕の手は中空を漂っていて何も触れていない。空を掴んでいるだけだ。
 巫女と文を見てみるが、彼女らは首を横に振っている。それも当然かもしれない。僕だって何もないと思う。が、能力がここに何かあると告げているのだ。

「僕の能力が保障する。ふむ、この辺か……名称は……? なんだこれは、判別しにくいな。英語……でもなさそうだ。まあいい、用途は姿を消すこと――」
 
 台詞が言い終わる前に、僕は突然巫女に飛びつかれた。驚きの声を上げようとしたそのとき、先ほど僕が居た空間を一筋の光線が閃いた。位置は、僕の手がまさぐっていたところだ。

「文!」
「合点承知!」

 巫女が声をかけると同時に、文の風が巻き起こる。目標は当然、先ほど光線が出現した場所だ。
 金属が刃とこすれるような甲高い音が響いたその瞬間、マントのような何かが周囲に落ちる。
 そして、それは姿を現した。

「…………ゴーレム?」

 僕はそれを見て思わずつぶやく。
 ゴーレム。ヘブライ語で胎児の意味を持つ泥人形。
 作った主人の命令だけを忠実に実行する召し使い。運用上の厳格な制約が数多くあり、それを守らないと狂暴化すると言われている。
 なぜゴーレムがここにいるか知らないが、相手がそれなら人形の額にある「emeth(真理)」という外来語で描かれた文字の最初のeを消してmeth(死んだ)にすればいい。
 そう思い、巫女に指示を出そうとしたが、僕はそこで目の前の存在とゴーレムの違いに気づいた。
 人型という点では同じだが、全身を装束で隠しているものの、文の風によって剥がれた衣の中は金属の装甲に覆われていて、まるで中世の甲冑騎士を連想させる。武器こそ持っていないが、僕よりも頭ひとつ高い長身とそれに匹敵する長い腕、地面を潰す重量から繰り出される一撃は相当に重そうだ。
 何より、額に文字がない。つまりこれは、ゴーレムではないということだ。

「な、なにこれぇ!?」
「わかりません。私の風も、あまり効果がなかったんでしょうか……?」
「そこに転がっているマントが姿を消していた、という意味ではそれを引っぺがしただけでも十分効果があるよ」

 言いながら、僕はその場からの撤退を図る。この場にいても無駄、僕に出来るのは二人の邪魔にならないように離れることである。
 
「それに見ろ、金属で覆われた装甲に傷がある。決して効かないわけじゃない」
「なるほど、よく見ていらっしゃる。私の攻撃が効くのなら……」
「倒せない道理はないわね。文、行くわよ」
「委細承知」

 そして戦闘が始まった。
 先手は文。扇から吹き結ぶ一閃は風の刃となってゴーレムもどきを襲う。
 ゴーレムもどきは腕でそれを受け止めるが、支えきれずもう片方の腕を使ってそれを防ぐ。その隙に間合いに入り込んだ巫女の右腕がうなりをあげてゴーレムもどきを殴り飛ばした。霊力がないと嘆く巫女であるが、僕からすれば素手で二百キロ以上はありそうな物体を殴り飛ばせるくせに何を言う、と切に思う。
 吹き飛んだゴーレムもどきが地面に落ちるより早く背後へ回り込んだ文が、疾風迅雷と称する高速の攻撃を繰り出す。風をまとって突進の繰り返しのように見えるが、天狗の速さから繰り出される衝撃は計り知れない。
 ゴーレムもどきが防戦一方の反面、即興のタッグは攻撃の陣形。その攻撃、まさに疾風怒濤。  
 このまま押し切れるかと思ったのもつかの間、ゴーレムもどきが長い腕を振り上げたと思えば、その腕に三十センチほどの金属製の筒が握られていた。
 僕の目が細まる。道具であれば、視認して何であるかを把握できるからだ。
 未知のアイテムの名称と用途を知る程度の能力を駆使してそれを見やり、言葉を失う。
 ゆえに、反応が遅れた。ゴーレムもどきがそれを二人に投げつけたのだ。 
 僕は、力の限り叫んだ。

「巫女、文、どちらでもいい! その金属筒を遠くへ吹き飛ばせ!」
「え?」
「文、言うこと聞いて! ハーフ君は道具を見るだけで理解する能力があるの。そんな彼が言うってことは……結構やばげな武器よ、あれ!」

 僕との付き合いの長い巫女のほうが反応が早く、彼女は一瞬で距離を詰めると、右足を振り上げ金属筒を空へ蹴り飛ばす。遅れて、文も風で援護し金属筒はさらに上空へと放りあがる。
 一瞬の後、閃光と爆音が視界に広がる。
 僕のお札と比べることがおこがましい光量とその威力。咄嗟に目を瞑ってもなお目蓋の裏を照らす光に視界が狂う。

「二人とも、無事か!?」
「な、なんとか…………」
「なんですかアレ…………」

 あの金属筒の名称は爆弾。用途は熱風と衝撃を撒き散らす。どの程度かは知らないが、姿を消す道具を持つほどの高度な技術を保有しているのだ。危惧していても損はなかった。
 視界が収まるころには、ゴーレムもどきは二本目の金属筒を取り出していた。

「マズ、あれ投げさせちゃダメよ!」
「だめだ、もう遅い!」

 ゴーレムもどきの腕が伸びる。最早二撃目は必然と誰もが思ったその時――この場にいる誰よりも早く動いた存在がいた。

「私より早く動けるとお思いですか? 鈍重な、貴方が」

 扇によって巻き起こった風の一閃。鋭さをより増した風刃がゴーレムもどきの金属の腕を付け根から断ち切ったのだ。

「さすが天狗!」

 その空隙を縫って駆け出した巫女がジャンプ一番、射抜くかのような蹴りをゴーレムもどきの頭へと突き入れる。
 ふらつくゴーレムもどき。それでも最後の力を振り絞って立ち上がろうとしたゴーレムの背後に、死神達は迫っていた。

「いい加減…………」
「おねむの時間です」
 
 巫女の天狗の十字蹴り。前と後ろからの衝撃は、拡散も逃げもできず全ての力がゴーレムもどきの内部で駆け巡り、結果ゴーレムもどきは圧力に耐え切れず自壊した。
 煙を上げて沈黙するゴーレムもどき。つまりは、完全無欠の勝利であった。

「はぁー、二個目の爆弾が来たときはどうなるかと思ったわ」
「おや、爆弾と言うのですかあの筒は」
「ああ、僕の能力でもお墨付きさ」

 しかし……はてさて、僕はいつ巫女に爆弾という名称を教えたのだっけ? いや、巫女は時々変な言葉を知っているし、今回もたまたまそれに引っかかったのかもしれないな。

「けど、これが真犯人なのかしら?」
「姿を消す道具を持ち熱傷を与えられる武器も所有している。状況と言う名の証拠だよ。だが……これは一体、何なんだろうな」
「河童の技術かしら? 高度な文明を持ってるって話だし」
「うーん、研究好きの一部の河童の発明品の暴走なんでしょうか……ともあれ、私はこれを真犯人として大天狗様に持っていこうと思います」
「なら、この事件は解決……かな?」
「少なくとも、これで面目は保てます。ご協力に感謝しますよ、また後日お礼に伺います」
「下山途中に襲われることはないだろうね?」
「あやや。これは失念していました……そうですね、ではこれをお持ちください」

 さらさらと、懐から取り出したメモ帳に同じく取り出したペンで走り書きすると、それを千切って僕らに渡してきた。
 内容は「私の知り合いだから通して上げて 射命丸 文」とある。天狗なのに、存外可愛い文字である。

「それを見せれば顔パスとまでは行きませんが、問題ないはずです。では失敬」

 言って、ゴーレムもどきの残骸を抱えると文は風のように消えていった。疾風の動きはまさに天狗である。

「うーん……一応、解決でいいのかなぁ」
「僕らに被害が出ない、という意味では解決さ。身内のことは身内に任せればいい、僕らはさっさと帰ろう」

 確かに、巫女が落としたお札が本当にあのゴーレムもどきが使用したのかもわかっていないし、この事件は結局根本的な解決に至っていない。
 だが、僕らが動かずとも天狗の山が排他的なのだからその分自分達の不始末は自分達でつけるはずだ。そこに僕らが介入しては、逆に悪影響を及ぼしてしまう。おそらく、これが僕らにとっても彼らにとってもビターな選択なのだ。
 身の振り方は、考えずとも何とかなりそうだ。

「折角協力できたのになぁー」
「なに、一度協力したんだ。次もあるかもしれないよ」

 適当なフォローの言葉を言っておく。巫女の精神は強いようで脆い、まるでガラスのような精神だ。気を使って損はない。
 だから、

「お疲れ様、巫女」
「うん、あんがと」

 こうしてちゃんと返事をさせることで、意識の切り替えを行わせるのだ。
 今日は本当に疲れた。
 肉体労働はこれっきりにしてもらいたいものだ。
 そんなことを考えながら、僕らは無事博麗神社へと戻っていくのだった。




 その後の話をしよう。
 とりあえず侵入者に関しては、あのゴーレムもどきを破壊したことで解決を見た。
 やはり河童が疑われたようだが、現時点であのゴーレムもどきを知る河童はいないらしい。
 そうだろう、とは思う。
 そもそも、天狗を襲う時点で僕は幻想郷の住人ではないと考えていた。天狗の生態を知っていれば、絶対に妖怪の山で騒動を起こすなど考えないからだ。
 何らかの影響で外からやってきた妖怪、あるいは人間かそれに準じる何か。それらが哨戒天狗を何も知らずに傷つけてしまったのだと思う。
 その存在がまた現れてもそいつらは長続きしないだろう。何せ、天狗を敵に回してしまったのだ。無事に済むとは思えない。
 が、今はそんなことより重要なことがあった。
 それは――

「さあさあ、呑んでくださいよ。お世話になったからには、酌くらいはさせていただきます」

 僕はむっつりと押し黙ったまま、文の酌を受けていた。
 あの後、協力者へのお礼という名目で呼び出された僕と巫女は、天狗達の宴会に招かれたのだ。小傘は残念がっていたが、今回はお留守番である。
 最初こそタダ酒が飲めると思っていたのだが、彼らの酒豪っぷりを舐めていた。舐めきっていた。
 天狗の生態について詳しく聞こうと思っても「教えて欲しければ酒を飲め」と強引に杯に酒を注ぐのだ。最初の天狗の相手を巫女に任せ、逃げ切って一息ついていたところに待ち受けていたのが文であった。

「僕らを酔わせてどうする気だい? まさか、よからぬことを考えているんじゃないだろうね」
「疑り深いですねぇ。そんなことないですよ、陽気に酒を、一緒に飲みたいだけですってば」

 笑顔を向ける文。僕が彼女のことを何も知らなければ、それは魅力的に思えたかもしれないが、生憎ともう遅い。何を考えている、とつい口を滑らせてしまいそうになってしまう。

「ほら、男が小さいことを気にしてはいけません。もっと豪快に生きましょう」
「器に合った生き方をしているつもりだがね」

 注がれた酒をあおり、巫女の様子を見やる。真っ赤な顔をしてへべれけになるまで飲む彼女も結構な酒豪であるが、天狗達はもっと上だ。明日の記憶がちゃんと残っているか心配である。

「あ、そうだ」

 ふと、文がそんなことを言い出した。どうかしたのか? と訪ねれば、こちらに手を差し出してくる。

「これは?」
「友好の握手ですが?」
「なぜ」
「一応、混乱を回避するべく事件の犯人としてあの鉄人形を差し出しましたけど、真犯人は見つかっていません。面倒なのですが要請を受けまして、妖怪の山の面々とは別に動かないといけないんです。ようは、真犯人捕縛に関して巫女達に協力するってことですね」
「僕が協力するのは決定事項か」
「だって、巫女さんが協力するなら貴方も動くでしょう?」

 僕は何も答えず、話題を逸らした。

「…………面倒な仕事を請け負ったな」
「いえいえ。ネタが増えると思えばそうでもないですよ?」

 ああ、何故だろう。
 僕は巫女や小傘をよくからかうのだが、その時に指摘された目を文に見ている。
 つまりは、ターゲット・ロックオン。

「そんなわけで、清く正しく射命丸です。これからも長いお付き合いをどうぞよろしく」




<了>

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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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