世界の彼方の葬送花

*この話は、自作である「食欲納涼求めば水辺へ御越し」から設定を共有しています。良ければそちらからどうぞ*



 彼岸花によって深紅に染め上げられた再思の道を踏みしめ、僕は無縁塚へ向かっていた。
 言うまでもなく、死者の埋葬と火葬、その報酬である道具の収穫のためだ。
 この場所へ赴くたびに、僕は思索する。
 幻想郷の端の端と言われるここにいれば、ふとしたきっかけで外の世界へ赴くことが出来るんじゃないか、と。
 以前見た夢の中の外の世界は想像よりも醜い世界であったが、あれは僕の無意識が程度を下げて必要以上に落胆させないための防衛処理を施したのだと考えている。精神衛生のためだ。
 博麗大結界の交点でもあるので、うっかりしていると冥界へ連れ去られてしまいそうだが……そんなミスは犯さない。これでも数十年同じことを繰り返しているのだ。
 猿も木から落ちる、弘法も筆のあやまり。その道に長じた者も、時には失敗することがあるという例えであるが、全てがそれに習うわけではない。
 全ては周りの決め付けから生まれたことわざなのだ、それは。
 人間であれ妖怪であれ、神ならぬ身であるのだから完全でないのは当然、揶揄するために無駄に知恵を巡らせた賜物なのだ。最も、その無駄さも人間ゆえ致し方ない特徴である。人間は他の動物と違い、知恵と知識を共有できる存在なのだから。
 言えることは、僕のように慎重に動いていればそんなことわざの例に遭遇することはない、ということだ。
 しばらく歩き、行き止まりにさしかかる。目的地である無縁塚の到着だ。
 結構な数の死者を弔っている僕だが、今回の死者は思った以上に多い。一日を潰す覚悟でやらなけらばならないかもしれない。いや、面倒だから日を跨ぐのもありかもしれない。
 思案した分だけ時間が削られる。人間と妖怪のハーフたる僕は寿命に関しては呑気に構えられるが、夜になるまでこの場にいるのは遠慮したい。
 最も、それはあくまで僕が一人だけならば、という前提条件の下で今の考えは成り立っている。今日だけは夜どころか、昼過ぎには終わると僕は思う。
 何故なら…………

「話には聞いてたけど……こいつは上質なモノが多いねぇ。んー! 着いてきて正解!」

 猫車片手にはしゃぐ妖怪――お燐が僕の背後で声を上げる。
 今回、さとりとの通信の中で無縁塚へ赴くことを知った彼女が同行を願ってきたのだ。
 曰く、地上の死体の実地調査らしい。灼熱地獄跡に異変が起きたわけでもないし、どう考えても仕事と趣味を合わせているとしか思えない。死体を持ち去る程度の能力を持つがゆえの性分かもしれない。
 彼岸花の毒については問題ない。彼女は妖怪なのだから精神を弱める病でなければ大丈夫、肉体に対する毒なら意味を成さないのだ。

「お兄さん、これ全部もらっていいの?」
「どの道火葬するんだ。墓地の場所が変わるだけだろう」

 死体の有効活用、つまりは灼熱地獄の火力調整のための燃料である。安らかに眠りたい――死者はそう考えるかもしれないが、世界において優先されるのは死者よりも生者である。
 これらの死体が火葬によって亡霊になったとしても、お燐なら霊と会話することも出来る。物言わず漂うくらいなら、話し相手のいる場所に運ばれるほうが彼らも有意義であろう。

「んん~! はぁ……にゃー……」

 お燐が壊れた。
 いや、言語機能に異常が出ているようだ。一体何事だ?
 どうした、と声をかけてもお燐は死者の群れを眺めているだけで返事はない。……おそらく、彼女にしかわからない感動があるのだろう。残念だがその気持ちは共有できない。
 理解できないことは放置するに限るので、僕は気持ちを切り替え乱雑に転がる死者をお燐の猫車へ運ぶ作業を始めるのだった。








 結構な時間が経ち、昇って間もなかった太陽も頂点に差し掛かっている。
 一人でなく、運送を生業とするお燐がいたおかげで作業はスムーズに進んだので、仕事はほとんど終わっていた。今は取り残しがないか調べるべく、お燐と共に周囲を徘徊中である。

「そういえばお燐、君は死者を選別しているようだが……意味があるのか?」
「当然さね。あたいが運ぶのは、専ら犯罪者といった、過去に罪を犯した者の死体なのさ」
「ふむ。それは種族としての性というやつか?」

 うん、とつぶやくお燐。妖怪の種族の一つ、火車(かしゃ)と言えば彼ら……この場合は彼女らを示す場合に様々な説がある。
 火車は地獄の使者ではなく極楽浄土からの使者であり、当人が来世を信じるかどうかによって火車の姿は違ったものに見えるとされているという説もあれば、彼らが現れたことで呪われ、数日後に下半身が腐って死んでしまい、その死体を運ぶために火車は乗り物を持っているという説もある。
 偶然ではあるが、ここ無縁塚への不埒な乱入者を防ぐ自然の門番、彼岸花も同じように対義語としての意味を持つのだ。

「そうなの? 単なる毒花かと思ってたよ」
「それは物事の表面でしかないよ。先ほどの火車と一緒さ、視点を変えれば違う面も見えてくる」

 彼岸花の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。別の説には、これを食べた後は彼岸(死)しかない、というものもあれば、別名として称される曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は、法華経(ほけきょう)などの仏典に由来する。また、天上の花……おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天から降ってくるという意味も持っているので、火車同様に意味を相反するものがある。
 
「うーん、世の中知識に満ちてるね」
「その知識が妖怪を生み、育み、幻想になっているんだ。そう馬鹿にできるものじゃないよ」
「馬鹿になんかしてないさ。ただ、いっぱいありすぎてすごいなーって思っただけだよ」
「漠然かつ抽象的な意見だが、的を得ているな。知識というのは数えればきりがない、そもそも――」
「あー、あー、今はお仕事お仕事ー」

 そう言いながら、お燐は両手で人間部分の耳を覆い、妖怪部分の猫耳を丸くして閉じ、四つある耳全てを塞ぎ首を横に振って聞こえていませんとアピールする。仕方ない、薀蓄の披露は後にするか。

「おいおい、そんなに動かないほうがいいんじゃないか? ここで騒ぎを起こすのはマズい」

 一応『お守り』を渡したといえ、僕一人ならともかく妖怪であるお燐に無縁塚の長期滞在はあまりオススメできない。今のところ危険な様子はないし、視界に収まる範囲にいるので何かあったらすぐここから離れればいいのだが。この辺に出没する幽霊も亡霊も、お燐なら会話できるし問題ないはずだ。

「話に聞いているよりは、ずっと楽だけど……まあ確かに、下手に騒ぐのはまずいかな。ごめん、お兄さん」
「いや、気をつけているならそれでいいさ」

 無縁塚が人間にとっても妖怪にとっても危険な理由――それは、この場が結界の交点であるからだ。
 幻想の境界が曖昧のため、彼らはこの場にいる限りその存在の維持が難しくなってしまうのだ。
 それも当然、妖怪は幻想の生き物なので外の世界での存在は不可能だからだ。怪異を信じる者がいないからこそ、ここ幻想郷で妖怪は存在できる。その定義を根本から崩されるということは、自己の存在の肯定と否定が繋がってしまうのだ。妖怪にとって、そんな曖昧な状態を維持するのは難しい。
 人間にしても同じだ。
 幻想郷に住む身でありながら、すでにここの人間は幻想を常識として捉えている。外の世界では失われた幻想を肯定する限り、交点であるこの場で『想い』の結界である博麗大結界に引っかかってしまうのだろう。
 人間も精神に影響される生き物だ。頭をかき混ぜられるような錯覚を常時起こされたらたまったものじゃない……と僕は考えている。
 僕は人間と妖怪、どちらの種族でもある元々が曖昧なハーフのだから、結界の交点であろうがなかろうが、あまり意味を成さない。それゆえ、僕は幻想郷で最も危険とされる無縁塚に居ても何ら悪影響がないのである。

「でもこのお守り外したら、もっと危険かな……?」

 ワンピースタイプの服の胸元を緩めて手を入れ、そこから紐を垂らした小袋を取り出すお燐。それを大事そうにぎゅっと握りしめ、僕を見上げてくる。

「何を期待しているのか知らないが、やめてくれ。僕の監督不届きと言われて責められるのは、お門違いだしね」
「嘘嘘、そんなことしないさ。現に、これのおかげで『ここ』に居られるって実感してるし」
「本当か?」
「アタイウソツカナイヨー」
「口笛を吹かないそっぽを向くなこっちを見て目を合わせろ」

 僕の言葉でこちらに向くお燐は悪戯が成功した子供のように、口元に手を当てて無邪気に笑っている。……からかわれたようだ。 
 はあ、とため息をつく。
 お燐は精神年齢が高いと思っていたが、遊び盛りな少女の域から抜け切れていないようだ。最も、弾幕ごっこを行う全ての少女に言えることだが。何せ、あれは少女達の『遊び』なのだから。

「怒らないでよ。そうだ、代わりにあたい厳選の死体を分けてあげる」
「香霖堂ではそのようなものの取り扱いはしておりません」
「あたいが買いに来るよ? 売上があるよ?」
「君以外は回れ右だ。僕は客を選り好みするつもりはない」
「今なら色々サービス実施中」
「間に合っているよ」
「じゃあ、諦める…………」
「断腸の思いで諦めてるみたいな顔するな普通にない、ちょっと考えたらわかるだろう、子供か君は」
「はい、子供です…………」
「そこで肯定しないでくれ。僕が強烈にイジメてるみたいじゃないか」
「いや、その流れるよーな罵倒は人によっては結構クるんじゃない?」
「罵倒というほど声を荒げたつもりは全くないよ」
「お兄さんの気性は穏やかだからね。そういう人の言葉は深く静かに胸のうちにざくざく来るんだよー」
「そもそも罵倒という前提からおかしいと考えてくれ」

 げんなりする僕に楽しい楽しいとはしゃぐお燐。
 彼女だけ楽しい会話が無情にも続けられる中、僕はお燐に渡したお守りが一応は機能していることに安堵していた。
 お燐に渡したもの――それは、霊夢の毛髪を博麗神社の土に混ぜて圧縮し、お守りとして作り出したものだ。
 五行の関係上、木は火を生むとされる。木である霊夢の力で火のお燐の力を増幅させ、自己の確立を手助けさせる効果を持っている。
 お守りの中には、毛髪を入れる「も守り」という種類もある。伝染病が流行ったとき、数本の髪を着物の中に入れることで伝染病を防ぐという説や、胎児の毛髪から筆を作る習慣もある。
 霊夢が髪を切るさい、僕が彼女の髪を切りついでに許可を取って採取したものだ。妖怪のお守りに使ったなんて言ったらどうなることやら。霊夢なら多少の小言で済むかもしれないが、少し怖い。
 以前、さとりも無縁塚に着いてきたことがあったが、やはり同じく毛髪を使わせてもらった。さとりは土であったので、霊夢でなくお燐のものを使わせてもらったが。

「でも、道具の効果は抜群だと思う。お兄さんには感謝はしないと」
「そう言ってくれると、道具屋冥利に尽きる」

 元よりお燐の来訪がきっかけで地霊殿の妖怪達と交流がスタートしたのだから、サービスというやつである。

「よーし、それじゃあ張り切って取りこぼし探そうか!」
「落ち着きなさい。テンションを高くする理由がないよ」

 お空よりは被害的な意味でマシといえ、お燐も相当に腕白な性格をしている。普段はお空のフォローに回った分、己を抑えているのかもしれない。だからと言って、僕が面倒を見るのはお門違いな気がするのだが。
 忠言するも、お燐は曖昧に笑うだけで答える様子がない。
 なら仕方ない。死体の選別は彼女に任せて、僕は僕のやるべきこと――死体同様、ごみの山から宝を発掘しないとな。
 ため息をやる気に変え、僕達は無縁塚の埋葬と発掘を続けるのだった。










 死体の火葬と道具の収拾を終えた頃には、日は傾き昼下がりの時間となっていた。
 昼過ぎに終わると思っていたが、さらに時間がかかりそうだ。
 当然、その原因はお燐である。
 物が捨てられない魔理沙ほどではないが、墓地においてはお燐の能力が最大限に発揮されてしまい、僕一人では絶対に見つけられないような場所まで発掘し、さらにそこから新しい死体を見つけ……のサイクルで時間は過ぎるばかりだったのだ。
 お燐だけ残して帰るわけにはいかず、僕は道具の残骸の上で識別を行っていたのだが、それもそろそろ終わりを迎えそうだ。明日以降の識別の時間を先に使ったと思えば無駄な時間ではないが、することがなくなって手持ちぶたになるのも面倒だ。
 が、今日の僕は幸運があったようで、道具の識別を終える頃にはお燐が自分の作業を終えたところだった。

「いや~大量大量、また来ようかな」
「妖怪の君にとって、そう何度も来るところじゃないと思うが?」
「お守りあるし、大丈夫じゃない?」
「褒めてもらえるのは本望だが、頼りすぎるのは過信だ。そう何度も危険な橋は渡らないほうがいい」

 道具作成技術に自信がないわけではないが、相手は幻想郷と博麗大結界だ。慎重に事を構えて損はない。

「そうだね、どの道お兄さんの協力がないときついっぽいし、今は我慢しとくよ」

 今は、と来たか。いずれお燐と交渉する未来が見えそうだ。

「綺麗にして思ったけどさ……この場所は、寂しいね」

 周囲を一瞥して生まれた、寂寥を孕んだつぶやき。僕は沈黙の間を、同じつぶやきを持って埋めた。

「ここは縁を失った死者が眠る墓地、無縁塚だからね」
 
 外の世界の人間に比重が傾いているといえ、元より縁者の居ない者の墓地として在る場所だ。さらに彼岸花によって守られていて荒されることもないので、閑散として物寂しいのは当然である。
 紫の桜が散る時期ではないが、この桜はこの無縁塚の結界として機能しているため外からの想い――ここへ赴く者達の感情を遮断してしまうのだ。
 感情の無さはすなわち無であり、無は空虚であり、空虚からは何も生まれず……ゆえに騒ごうとする気持ちが抑えられるのだ。さっきまでは紫の桜を意識してなかったが、こうして想起してしまえば何も言えない。お燐でさえ、先ほどのはしゃぎように陰りが見えるほどだ。

「お兄さん、桜が結界なの? 確かに物寂しい雰囲気に満ちてるけど、花は咲いてないみたいだしそんな力感じないような…………」
「目に見える壁だけを結界と決め付けてはいけないよ、お燐」

 無縁塚に紫の花があることで、ここから先にそういった境界があると区切られている。結界とは想いを通さず中のものを守る役割を示しているのだから、機能さえするなら多種多様の形があるということだ。

「死者の眠る場所は、静かにしろってことだろうね」
「耳が痛い…………」
「僕達は放置された死体を供養しているんだ。これらはその報酬だよ」
「うーん、案外お兄さんも精神図太いなぁ……」

 褒められて光栄だね。
 しかし、外の世界の道具にしろ冥界の道具にしろ、忘れられた道具のたどり着く先が墓地とは皮肉が利いている。
 幻想入りを果たしたといえ、まだ彼らは死んでいないというのに。
 そう憤る僕を、お燐が不思議そうに見上げる。僕は理由を説明した。

「墓地にゴミ……人工物の残骸、ホント関連性を疑っちゃうね」
「案外、そんな風に作られているのかもしれないよ。偶然が二度続けば必然だ」

 墓地が終着点であり、鉄くずを含んだゴミ山が彼らの眠る場所というわけではない。僕が持ち帰り、有効に成仏させる必要があるのだ。
 
「ははっ、終わりにして始まりってやつ?」
「詩的だね。けど、まあ……ロマンがある」

 終わりの始まりか。お燐も良いことを言う。
 外の世界と幻想郷の彼方同士、相性は良い。

「…………をお?」
「どうした、お燐」
「ほら、あれ見て」

 お燐が指した先、上空を見上げてみると僕はそれ以上の言葉を紡げなくなった。
 昼下がりだと言うのに、空が薄暗く見える。日は確かに昇っており、存在しているはずなのに光が天を行き届いていないのだ。
 だから、僕は青空の中に夕暮れの暗さを感じてしまう。
 流れる雲は彼岸へ向かう死者の亡霊に見えて、先ほどの憤りすら霧散していく錯覚さえ覚えた。
 寂しげな青空に風が吹き抜ける。
 ゴミ山に佇む僕は、傍から見たらどんな顔をしているのだろう。
 お燐に聞いてみようと思ったが、その考えはすぐに散った。ただ、吸い込まれそうな天空を一途に見上げる。
 からっぽの器に寂しさを詰め、空虚に、ただ空虚に空を見る。
 吸い込まれた先にあるのは、紫の桜の幻視。
 青く黒い感情が紫に囲まれる中、僕の視界が白一面に染まり――

「――――――――――――――――え?」

 ――後に、舞い散る赤を見た。
 はっとして、自分を取り戻す。
 今、僕は何を考えていたんだ?
 ここに赴いて以来、初めての経験……これが、自分の存在が薄れるということ……なのか?
 剥がれ落ちた色がたどり着く先は白である。
 僕と言う存在の色が塗り替えられ、忘れられた色へと変わっていく過程を今しがた経験したということか?
 思考の海に沈みかける僕の意識を浮上させたのは、明るい少女の声だった。

「にゃにゃーん!」

 掛け声に、思わず力が抜けた。 
 脱力したおかげで僕は自分を取り戻せたのだが、活力が沸くのは時間がかかった。
 その間、僕の瞳に映ったのは空から降ってくる彼岸花の群れだった。
 遠い空を埋め尽くす鮮烈な深紅。
 紅は人間の血の色であり、最初に感じる生命の色、つまり原初の色。これは存在そのものと考えても良い。
 空虚なる無に存在を象徴する紅が混ざることで、僕は体の底から不思議と活力が湧いた。

「お燐、何をしてるんだ?」

 ようやく、僕は少女――お燐に声をかけることができた。
 お燐は毒を持つ彼岸花を物ともせず運び、ゾンビフェアリーに手伝ってもらってまで空へ飛ばしている。何を考えているんだ?

「ん、ほら、さっき空が寂しかったでしょ? 終わりの始まりって自分で言ってから、そこでお兄さんから聞いた彼岸花の話を思い出してさ。どうせなら掛け合わせてみようって思ったの」

 彼岸花。
 毒性を持ち踏み入る者を静かに死へ誘う美しき花弁となり、空から降れば祝福の花弁にもなる。
 こじつけであるかもしれないが、終わりと始まりを示す花というわけだ。

「確かに、視点を変えれば見方は変わる。見事な回答だよ、お燐」
「いつの間に問題出されてたの?」
「僕が勝手に、だよ」

 世界の果て、忘れ去られた者達のたどり着く場所で吉兆を示す花が舞う。
 死と再生が織り成す無縁塚から屍を運ぶ少女が手向けるそれは、世界の彼方の葬送花。
 ゴミ山の上で佇む僕と寂しげな青空に、赤い花を運ぶ一陣の風が吹き抜けていく。
 もう一度天空を見上げる僕の眼には、物寂しく切ない――けれど、命を感じる色が広がっていた。






 あれから数日後、僕は香霖堂でお燐の来店を待っていた。
 わざわざさとりに頼んで、こちらへ出向くよう指示をしてまでのことである。無論、ちゃんと目的がある。
 お燐に、先日のお礼の言葉ととっておきの品を渡すためだ。
 用意したのは、お燐なら必ず喜ぶであろう代物だ。お燐でなくとも、幻想郷の住人なら試しにもらいたい一品である。

「他の誰かに取られなければいいがな…………」
「そうだとしても、彼女なら蹴散らして死守するのでなくて?」
「!?」

 突然沸いた声に驚き、僕は音源へ振り向いた。
 店の奥から優雅に歩いてこちらへ寄ってくるのは、苦手な部類に位置する妖怪、八雲紫である。
 今回も店のカウベルを鳴らさず入店とは、相変わらず不気味である。

「ちゃんと店の正面から入ってもらえないかい?」
「今日は客ではありませんので」
「だとしても、常識を弁えた行動を取ってもらいたいね」
「あら、妖怪相手にそんなこと言うなんて無粋ですわね」
「香霖堂は店だからね。ここに入るなら店のルールは守ってもらわないと」

 善処しますわ、とくすくす笑う紫。絶対に守らないな、と心の中でつぶやきながら何の用件かを尋ねた。

「貴方のその、重度の移入症についてです」
「移入症?」
「感情移入自体に異論はありませんが、あまり一つのものに入れ込みすぎるのは感心しません」

 ひょっとして、無縁塚の出来事を見ていたのか? いや、彼女なら或いは知っていてもおかしくない、のかもしれない。なら、警告にでも来たのだろうか。

「貴方が彼岸に行ったら、霊夢も悲しみますし」

 意外な言葉だ。僕のことを、気にかける程度の存在だと認めているとは。
 無論、紫が、である。

「遊びであれ話であれ、一人で出来ることは少ないですし……私も貴方とは付き合い長いですし、ある程度は気にしていますわよ?」

 ……これだ、紫を苦手とする理由の一つ。
 さとりのように能力を使った様子でもないのに、心を見透かすこの言動。今更だが、得体が知れないにもほどがある。

「おや、そろそろ待ち人が来るようですね。私はこれで失礼しますわ」

 一方的に言い残し、紫は入り口へ向かうとカウベルを鳴らして帰っていった。
 入るときも同じようにしてくれたら、どれだけ僕の精神的負担が減ることだろう、と適わぬ願いを思い返す。
 やがて、紫の言葉通りに来店する少女――お燐が店に訪れた。
 軽い挨拶と雑談を交わし、先日持ち帰った死体処理の報告を受ける。どうやら死体は無事灼熱地獄でのお勤めを果たしたようだ。
 亡霊になった彼らとどんな話をしているのか気になったが、犯罪を犯した人間の死体であることを思い出し、あまり碌なものじゃなさそうだと顔をしかめる。
 おっと、用件はそうじゃない。さっさと言わないとな。 

「なあ、お燐」
「どしたの?」
「礼を言っておくよ」
「……どうしたの?」

 怪訝な顔を向けるお燐。その視線は僕を僕以外の何かに見ているようで腹が立つ。
 別に、何もおかしいことを言ってないだろう?

「彼岸の毒もらったの?」
「違う」
「だったら何なのさー。そもそも今日だって、いきなりあたいを呼び出したりして……本当にどうしたの?」
「いや何、いいものを見せてくれたおかげで、思索の幅が広がってね。そのお礼を言いたかっただけだ」
「思索の幅……ああ、無縁塚のあれ? 気にしないでよ、あたいは思いついたのを実行しただけだよ」
「その発想が大事なのさ」
「いやいや、お兄さんから彼岸花の話を聞いてなかったら浮かばなかったし」
「それだけじゃないよ。紫じゃなくて君が、僕を引き止めてくれたんだろうし」
「にゃ?」
「ああ、気にしないでくれ」

 やはり、面と向かって礼を言うのは気恥ずかしいな。少なくとも僕がお礼をしたいという意思は伝わっただろうし、後は実行に移すのみだ。
 僕は自分が座るカウンターの近くに置いておいた「それら」を持ち上げ、お燐に見せた。

「ほら、これを渡したかったんだ」
「!…………お、お兄さん、これ」
「説明はいらないかな。マタタビ酒だよ。一つは僕の自作だが……霊夢曰く、香霖堂では酒が作りにくいそうだから、あまり期待しないでくれ」

 それでも渡すのは、作り上げた僕の職人としての矜持である。マズくはないはずだ、多分。

「にゃあぁぁぁん♪」

 が、あまり聞こえていないようでお燐は眼を輝かせるばかり。
 以前、魚を食べさせたときのような血走りとは違い、純粋な喜びから来る輝きのようだ。
 酒造りを始めてから結構経つが、自分だけが満足する味には仕上がっていると思う。様々な種類を作って放置していたのだが……うちの一つに、マタタビ酒があったのでついでに渡しておこうと思ったわけだ。

「君に魚は危険だからね。代わりにこれらを用意させてもらった」
「うわ、うわ、ああー…………もうお兄さん最高!」

 渡した二つのマタタビ酒を抱きしめ、頬ずりするお燐。これだけ喜んでくれると、用意した甲斐があるというものだ。

「お互い様というやつさ。今日はそれで一杯やるといい」
「言われなくてもそうするよ!」

 テンションの上がりきったお燐は、どこにそんな語彙を隠していたと言わんばかりの怒涛の褒めちぎりを僕にした。こちらにしてみれば、するのが逆なのだが……ともかく、一通り喜んだお燐は、マタタビ酒を抱えて地底へ戻っていった。早速飲むのだろう。
 用件を済ませたことで、紫の警告によって生じたストレスが晴れていく。
 けれど、彼女の言うことに嘘はなく、従っておいたほうが良いというのは確かな事実。
 今度、霊夢に紫相手にまともにコミュニケーションを取る方法でも教えてもらおうか。
 多分無理だろうな、と結論付けながら僕は乾いた笑いをこぼした。



 後日、お燐がマタタビ酒を飲んで宴会場で暴走したという記事が文々。新聞に載った。
 大事に飲んでいたらしく、一気に全部を飲むのでなくちょびちょび飲んでいたらしい。
 そして地上の宴会でそれを持ち込んださい、少なくなった酒を一気飲みしたとのこと。
 彼女に物を与えるのは今後一生金輪際絶対止めておこうと、僕は改めて誓うのだった。




<了>

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
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