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巫女とハーフと妖怪達

 第6話


 今日は私達と行動を共にするようになった文の歓迎会をすることになった。
 先日の天狗の宴会(記憶がほとんどないけど、そういうことがあったらしい)はあくまで天狗全体と私達のものであり、文個人のものではなかった。小傘と顔合わせはしたものの、一緒に酒を飲まない限りは仲間とは言えないだろう。
 そんなわけで神社の貯蔵庫に途切れることなく溢れている酒をいくつか手にし、私は今頃料理や酒のつまみを作っているであろうハーフ君達の待つお勝手へ戻っている最中だ。
 そして、お勝手に入った瞬間に広がっていた光景を見て絶句した。
「ふぐぅおあぁあぁぁぁぁあぁあぁ!」
「へいへい骨々組曲お一つどうぞー!」

 私の目に映るのは、みょーな言葉を発する文と、その文に関節技を決められているハーフ君だった。小傘を探せば、入室した私を見るなり地獄からの生還もかくやという安堵の息をついている。
 技は多岐に渡り、みしみしとやばい音がするにも関わらず、それら一つ一つの鳴る音がリズムとなって曲になっているのだ。無駄な才能だと私は切に思った。
 って、そうじゃないって。 

「ちょっと文ぁ!? 何してんのよ!」
「巫女さん、聞いてくださいますか!」
「ハーフさーん!?」

 ぽいっと投げ捨てられたハーフ君は小傘に任せ、私は両手の酒をその辺のテーブルに置き文の事情聴取を開始する。

「ハーフさんったらひどいんですよ!」

 言われて、私はハーフ君がまた何かちょっかいかけたんだなー、と思った。この時点で焦りはなくなり、呑気に構えていたのだけど、

「宴会に卵を使ったのですが…………」
「ああー、そういうこと。ごめんね、ハーフ君には私からも言っておくわ」

 文達鴉天狗は卵生だと聞いたことがある。そんな種族を目の前にして卵を調理するのは、いささかデリカシーにかける行為ね。ハーフ君は軟体動物のように手足が伸びきっているように見えるけど、無視して文をフォローする。

「そうですよ、ハーフさんってば卵の調理法が半熟じゃないんです!」
「え、そっち!?」
「他に何があるのですか!」
「普通に気づかないわよ!」

 つまり、卵を料理に使ったことに怒っているのでなく、調理法に問題があったというわけね。
 それだけで全身の骨がおしゃかになりかけるハーフ君。……南無。

「朝食のための作り置きとしてサンドイッチを作っていただけなのに、この仕打ちはひどすぎやしないか?」

 あ、復活した。
 小傘が手足を弄ってたみたいだけど、上手い具合に元通りになったようね。すごっ。

「だまらっしゃい! 先ほどの料理に使った鶏……いえ、全ての鳥類に謝ってください!」
「規模広がってる!?」
「何より私にまず!」
「理不尽な上に逆切れ!?」
「もういい。君用に作った半熟卵のオムライスは全部小傘にあげるとしよう」
「わーい」
「うああ…………ふ、ふふん。そ、そそんなもので私が言葉をて、撤回するとでも…………」
「旗やケチャップで文字のオマケつきだ」
「ハーフさん。私は時に心と裏腹な言葉を吐いてしまうのです。すみませんでした」
「うん、とりあえず説得力持たせたかったら料理から視線外しなさい」

 思いっきりガン見してるし。しかも撤回する理由安いし、味覚子供……
 
「人は時に衝突するが、分かり合うために舌を持っている。何、僕は元より気にしていないよ文」
「大丈夫よ文さん。今日は貴方の歓迎なんだから、もしハーフさんが何か言って覆しても私がおすそ分けするわ」
「ああ……貴方達は菩薩です……」

 人間と妖怪のハーフと付喪神よ。ついでに今はともかく、人間と妖怪って衝突してナンボだから。
 つまり何? 武力介入? 私全員ボコせばいいの?
 と、思考が危険な方向へ誘導される中、私はなんとかして我にかえる。何考えてんだろ。

「はいはいはーい、そこまでそこまで。さっさと食事にしましょう」

 手を叩いてこのコントを終わらせる。食事は心を豊かにするから、無駄な争いもなくなるはずだ。
 酒を見せたらほら解決、喧騒はそこそこに調理は程よく進み、スムーズに場を進めることができた。酒はかくも偉大である。

「それじゃ、かんぱーい!」
「乾杯とはけんぱいとも言える。あくまで読みであって乾杯の本来の意味は祝辞や人の健康について――」
「小傘ー、薀蓄封じー」
「はーい♪」

 小傘が唐傘を放ると、ハーフ君は餌に食いつく魚のようにそちらへ誘導され、弁舌を傘に向けて展開していく。基本、話を聞いていると思わせる相手がいればハーフ君の注意はそれるのだ。で、終わる頃合は唐傘を通して小傘が教えてくれる。
 ハーフ君は自分の薀蓄を話せて私達も面倒がなくて、大変よろしい結果になるというわけだ。
 提案した私が言うのもなんだけど、馬鹿っぽい。

「うーん、神社の酒は天狗のものとはまた違う味わいがありますねぇ」
「そうなの?」
「あちらは味より量な傾向ですからね。もちろん、味が良いことに変わりはありません」

 小傘から分けてもらったオムライスを頬張る文。いや、卵生生物が卵を食べるって妙な光景ねー
 そんな風に、何の問題もなく小規模な宴会は続いていた。
 あるひと言が出るまで。

「私も自前で卵を用意した甲斐がありました」

 場が凍る。少なくとも、私の時間は凍った。
 それ、は、自腹とかそういう意味で他所から調達した、の?……えーっと……その……それとも……
 おいしいー、という小傘の声が遠い。
 もしゃもしゃと宴会料理や酒が凄まじい勢いで消費されていく中、私は文に真相を聞くかどうか悩み……結局、復活したハーフ君の酌が間に入るまで、口を開くことが出来なかった。
 その後、嫌なことを考えたくなかったので記憶がなくなるまで浴びるように酒を飲みまくり、翌日凄まじい頭痛に苛まれるのは別の話だった。





 第7話


「………………ふぅ」
「どうした巫女、ため息なんてついて」
「アンニュイな気分ってあるでしょ? それよそれ。小傘もあるでしょ、そういうの」
「うん、必死で考えた作戦を決行したのに全く驚いてくれた人間とか、あまつさえ呆れとか蔑みとか、冷笑とか…………忘却」
「ハーフ君は何かないのかしら!!」

 瞳から光が消えそうな雰囲気の小傘を紛らわすように絶叫する巫女に、僕は厳かなつぶやきを持って答えた。

「………………………………文かな」
「随分切羽詰った声ね」
 
 脳内に高笑いで僕を見下ろす文の姿を描いてしまい、僕はぶるりと体を震わせた。
 先日の事件で僕達とつるむようになった鴉天狗、射命丸文。
 自分で新聞を書いて配っているという彼女は、ネタに対する追求心が半端ない。
 いや、それよりも僕への蛮行による被害が右肩上がりなのだ。

「でもハーフさん、文さん私にも巫女さんにも優しいわよ?」
「どこだが? 僕には痛みしかないんだよ!」

 険しい顔で小傘の肩を掴んで迫る。
 瞳に光が戻った代わりに怯えの視線で僕を見上げる小傘に、説明できない衝動が湧き上がるが、かぶりを振って散らしてわめく。

「それ、ハーフさんが悪いんだと思うけど?」
「なぜだ。僕は何も悪いことをしていない」
「私らにちょっかい出したり、小傘にあることないこと仕込んでるの誰よ」
「え? 巫女さんにたびたびちょっかいかけてるからじゃないの? 私は教わってるだけよ?」
「騙されてる、騙されてるから」
「僕は場を和ませようとしているだけだよ。まったく、文は妖怪なんだから退治しないのか?」
「人? を襲うのは妖怪として当然のことだし、私らが文に何かしたら妖怪の山全体を敵に回すと思うけど? 仲間意識高いんだし。ほらほら、小傘怖がってるから離しなさい」
「しかし…………!」

 僕を小突きながら僕と小傘の間に割り込んだ巫女に、切実な悩みを叫ぶ。
 天狗である文は身体能力が巫女並に高い。
 だが巫女と違い手加減がないのだ。
 いや、巫女もときどき手加減がないが、ダメージで言えば文の被害のほうが大きい。
 ふと、ここで僕は解決方法を見出した。

「こうなれば…………文をどうにかするしかない」
「どうにかできたら、悩んでないでしょうに」
「何かいい案でもあるの?」
「ああ、いいことを思いついたんだ。待っていろ文――!」
「…………………………ご冥福をお祈りします、ハーフ君」

 巫女が僕に両手を合わせて、お祈りするように頭を垂れる。
 小傘もそれに習って同じようなことをしているが……なるほど、文への手向けということか。
 博麗の巫女だと言うのに妖怪にも寛容とは、恐れ入る。
 僕は、背後に笑顔で迫る文の影に気づかず込みあがる笑いを殺しきれずに笑った。





 シュッ、シャッ、シュッ……
 胸に空洞のある木彫りの人形を削る音が工房内に響き渡る。
 それはまるで切れ味の鈍った包丁を研ぎなおしているような音だった。
 事情を知らない誰かがこの音を聞けば、不気味に思うだろう。
 だが僕にとっては不気味どころか仕事していることを実感する程慣れ親しんだものだった。
 部屋には大小の槌に砥石車、奥のほうには鋳造機(ちゅうぞうき)や鉱石の入った袋に炉など、この鍛冶工房で様々な物を創作する僕にとって、必要不可欠な道具が色々と置かれている。
 武器や装飾品物を作るには欠かせない仕事場だ。
 僕は今、自宅の工房内の作業椅子に腰掛けて、身代わり人形の制作に取り掛かっていた。
 身代わり人形とは使役者の言う通りに動く式神と違い、一発限りの使い捨てのお守りである。
 しかも、僕が使っているのは騙したい相手の情報を持つ何かを人形に仕込まなければならない。
 普通、こういった方法の人形は呪いの人形に使われるが……僕は違う。
 相手に影響を与えるというなら呪いかもしれないが、別に体調を崩すわけでも死ぬわけでもない。
 単に、この人形を僕に誤認させる……つまりは、相手の五感を騙すためのものだ。
 幻影の魔法でも持っていれば楽だが、生憎とそんな便利なものを持っていない僕は道具でその効果を代用するしかないのだ。

「ハーフさん、何を作ってるの?」
「小傘か。ふっふ、聞いて驚いてくれ」

 背後から聞こえた小傘の声に振り向かずに答える。
 僕は自信を持って詳細にこの人形について説明した。

「あとは文の髪か何かを手に入れれば、完成だ」
「へぇー面白そうですね。あれだけ痛い目に合ってめげないのは感心します」
「そうだろうそうだろ…………」

 急に口調が変わったと気づいたときにはもう遅い。
 振り向いた僕の手から人形は離れ、にんまり笑う文の手に収まっていた。

「声真似が上手いね」
「造作もないことです」
「何のようだ?」
「いえいえ。ハーフさんが面白いことをしていると思ったので伺っただけですよ?」
「僕の家を教えた覚えはないんだが?」
「気絶から復活した貴方を尾行すれば容易いことです」

 巫女、小傘、気づいていただろうに……まあいい。

「しかし、その選択は正解でした。色々と面白いものが見られそうです」
「勘弁してくれ。基本的に工房は秘密にしなきゃならないんだ」

 以前、小傘を連れ込んだときがあったが、あれは唐傘の修復のためだからだ。
 ここは巫女ですら基本的に入らせない。
 
「ならその秘密を暴くのが記者のお仕事です」
「暴く真実の選択を正解してくれ。これ以上迫るなら、僕も自爆を使わざるを得ない」
「なんで自爆なんですか?」
「男のロマンだ。工房がバレたら自爆して全てをうやむやにする」
「物騒すぎますからやめてください」
「君が何もしなければね、……しかし意外だな。すぐに暴力を振るうものと思っていたが」
「いえいえ、実際面倒な武器を作っていればそうしたかもしれませんが、可愛いものです。むしろ、協力してもいいくらいですよ」

 ほう? と僕は目を光らせる。
 同じく文も目を光らせると自分の髪を風で切断し、人形と一緒に僕に渡してくる。
 僕は文と同じにこやかな笑みを浮かべ、それを受け取った。

「お互い良い取引が出来たようだね」
「光栄です、ミスター」

 互いに含むものがあると理解しつつ、僕は作業を続けることにする。
 刷り込んだ土に文の髪を混ぜ、それを人形の空洞部分に埋めて蓋をする。そこを溶接して刻印を入れれば完成である。

「あやや。私専用と言うからには、私似の人形かと思いましたよ」
「出来ないことはないが、そんな手間暇かかる作業はしないよ。確かに効果を強めるあるという点では一考できる価値があるが、量産を目的としているからね」

 ほほー、と僕の手から再び人形を取る文。
 そこで僕は人形の能力を遠隔操作し、効果を発動させた。
 文は効果が発揮されるとも知らず人形を眺めている……
 くく、と笑いが込みあがる。
 文は基本的に面白さを追求している。
 理不尽な暴力はともかく、珍しい道具があれば僕に薀蓄を交えた説明を求めることがある。
 僕が復讐のために道具を作っていると知れば、必ず興味が湧くだろうと確信してのことだ。
 興味津々に人形を見る文。
 さてこれからどう復讐してくれようか……僕はお仕置きの内容を考えながら、一人思考に没頭していった。




「…………………………何コレ」
「いえ、正直彼の考察癖……というか、思案癖を舐めていました。ここまでとは」

 気絶から復活したハーフ君が文に復讐するとか言って飛び出した翌日、感情が伺えない微妙な表情を浮かべた文が神社にやってきた。
 どうしたの、と訪ねてみれば何も言わずについて来てください、とのこと。
 私は小傘を伴って追いかけてみれば、向かった先はハーフ君の家だった。正確には、そこの地下工房である。
 そこでの光景を見てつぶやかれたのが、今の台詞である。
 ハーフ君は木彫り人形に向かってひたすら薀蓄を垂れ流しているのだ。
 私の一週間分、いや一年分は喋ったんじゃないかという言葉の数々で椅子に座らせた人形にひたすら喋り続けている姿は、正直怖い。
 殴って止めたいくらいだ。
 でも、ちょっと止めにくい理由があった。

「ハーフさん、すっごいいい笑顔してる。随分楽しそうで羨ましいわ」
「うん。私も見たこと無いわ」
「実に生き生きしてますね。これはこれで良い被写体です」

 活力に満ちたイイ笑顔で語り続けるハーフ君を止めるのは、ちょっと抵抗があるのだ。

「説明を聞く限り……文、貴方に影響あるんじゃないの?」
「天狗の速さを舐めないでいただきたい。私の髪を渡すと思わせて、一瞬で切り取ったハーフさんの髪とすり替えておいたのですよ」

 つまり、ハーフ君は自分で自分に呪いをかけたわけね。自爆すぎる。

「ハーフさんは食事しなくても生きていけるし、止めなかったら永遠にこのままなんじゃないの? それは私、寂しいわ」
「うーん。正直に申しますと、ハーフさんが私に何をしようとしているか突き止め、責めの嗜好とか性癖とかその辺を全て暴露してやろうと思っていたのですが……いやはや、ままならないものです」

 あやこわい。
 ……良かったわねハーフ君。知らないうちに社会的に抹殺されなくて。

「で、どう止めるの? 私らを呼んだってことは、自分じゃなんともならなかったんでしょ?」
「はい。簡単な衝撃では無理なようなので、協力要請です」

 見てみれば、ハーフ君の体は打撲傷が多い。文が叩き続けた結果だろう。――なんて、不憫。

「わちきらが救ってあげるわ、ハーフさん!」

 謎の使命感に燃える小傘の目。あー、なんか異空間に紛れ込んだ気分。さっさと離れましょう。

「それじゃ、せーので行くわよ。タイミング合わせてね」
「わかりました」
『せーの!!』

 私達は拳と扇を振り上げ、それをハーフ君に叩きつける。
 その甲斐あってハーフ君は口を止めた。ついでに、体の活動も。
 倒れ伏すハーフ君を見下ろす私達。
 何とも言えない沈黙を、小傘が打ち砕いた。

「あの、二人とも……普通こういう場合、ハーフさんじゃなくて、人形を攻撃するものじゃ…………?」

 言いながら振り下ろされる唐傘。破壊される人形。
 二つの被害を見比べながら、私と文は小傘に声をかけられるまでひたすら冷や汗を垂れ流していた。




 翌日、原因となった文はハーフ君の介護をすることになった。
 原因の一端を担う私と純粋な厚意による小傘も含め三人の交代制ではあったけど。
 罰代わりとばかりに嬉々として責めるハーフ君と屈辱に震える文を見ていると、一応復讐は適ったようだ。
 代償が布団生活なことを思うと、絶対割りに合ってないなぁ、と思いつつ我慢の限界に達し逆ギレした文の暴力を止めるべく、私はのんびりと二人に声をかけるのだった。



 第8話



「そういえば、巫女さんって前衛的な服装してますね。正直、巫女服としてはアバンギャルドって気がします」

 妖怪退治に出かけぬ昼下がりの気だるげな午後、以前ハーフ君がおみやげに持ってきた饅頭を頬張っていたときのことだった。
 昼食を一緒に食べた文も今日は騒いでおらず、久しぶりに静寂を堪能していたのだけど、何やら色々起こりそうな予感がする。
 境内を一瞥しても誰もいないんだけど……不安。

「今の人里では、そんなものも売ってるんですか?」
「ああ、これはね…………」
「僕の手製、いわゆるオーダーメイドってやつだね。たぶん幻想郷じゃ巫女しか持ってないよ」
「うひゃっ!」

 賽銭箱の蓋がいつものように自動で開き、中から現れたのはこれまたいつもの二人、ハーフ君と小傘であった。
 文が驚いたぞ、やったねハーフさん、と喜びを露に手を打ち合うのはいいけど、それ以上は文の機嫌が下がっていくから注意しなさい。

「今度はいつから入ってたの?」
「賽銭箱の下に秘密の地下工房を作ったさい、誰かが神社に来ると知らせる仕組みになっていてね。ちょっとした落し蓋に改造した結果、工房の出口の一つがこの賽銭箱に繋がっているだけのはなぐっ!」
「勝手に改造すんなっ! お賽銭ガメてるんじゃないでしょうね!?」
「大丈夫よ巫女さん。ちゃんと必要経費しかもらってないから」
「結局盗んでるんでしょうがぁぁぁぁぁ!!!」

 わめき散らす私と耳を塞いで聞こえていないフリを続けるハーフ君と小傘。その様子をカメラに収める文。
 このままではハーフ君の思う壺と判断した私は、冷静さを取り戻し改めて何の用件か尋ねた。

「用件と言うほどの用ではない。たまたま出ようとしたときに、文の台詞が聞こえてそれに応えただけの話だよ」
「となると、巫女さんの服のデザインは貴方が?」
「ああ。設計に口出しはされたものの、基本的にその服を作ったのは僕だよ」
「ほほーう。ハーフさんの服も自家製なので?」
「目の付け所が違うね。当たりだよ」
「私の帽子もハーフさんが作ったものなの」

 頷くハーフ君の隣で、雲の意匠を凝らした帽子を取って文に見せる小傘。
 それを受け取った文の目が鋭く光る。文花帖を取り出しペンを舐める仕草が、記者としてのスイッチが入っている証拠。
 ああ、なんか面倒な予感。

「服装が不良巫女、に至る経緯をお聞きしたいのですが?」
「不良って何よ」
「言葉の通りじゃないか。君のそれを見て、巫女だと一目でわかる人は少ない」
「里の人達は主に着物よね? 女の人なら洋風のデザインも見るけど……巫女さんのは、それに似てる気がする」

 三者三様の視線が私を射抜く。何もしてないし気恥ずかしいから、見ないでよ。

「まあ、一応巫女服は当然ながら神社にあったわよ? でも、私も女なわけだし、もっと可愛い服を着たいなーって思ってさ。それでハーフ君にお願いしたのよ」
「多分、歴代の中でも君だけだと思うよ。巫女らしい服を着ない巫女は」
「そうかなぁ」

 私が着ている服のデザインは、黒い衣に肩を露出した白い上着。外の世界の言葉ではタンクトップ・オフショルダーと呼ばれるもの。
 改造して袖の部分は巫女装束みたいに幅が広く、胸元に巻かれた紐で固定されている。
 下は袴に似せたロングスカートなのだけど、これでも巫女っぽくしたつもりなのよ?

「したのは僕なんだが?」

 はーい、感謝してまーす。

「ですが、そのスカートでは動きにくいのではないですか? 短くしてもいいような」
「最初は短くしてたんだけど、その……止められてね。今ではハーフ君が試行錯誤してくれたおかげで、長くても問題なく足技使えるわ」
「ああー、見えちゃうからね」

 こら小傘。あえて言わなかったんだから、口に出さないの。

「苦労の甲斐あり、だね。その点としては嬉しく思うよ」

 頷くハーフ君。
 ハーフ君はと言えば、私より生地の厚い黒衣に袖なしの上着、両腕には保護布を巻き腰にはポーチやら巻物やら何やら、様々なものを吊り下げている。
 身体能力の低さを道具で補った結果とはいえ、重くないのかしら。
 にしても、中華風? やら大陸風のデザインで攻めながら、下は洋風なブーツなあたりハーフ君の服のコンセプトがよくわからない。和洋折衷ってやつ?

「わちきのは残念ながら、ハーフさんお手製なのは帽子だけなのよね」
「そりゃあ知り合って間もないんだから仕方ないわよ。むしろ、もらってるだけすごいんじゃない?」

 ハーフ君って趣味人だから、道具にしろ服にしろ、新しいのは気まぐれにしか作らないのよね。

「いやはや羨ましい。ですが、私だけ仲間外れとはひどくありませんか?」
「…………何が欲しいんだ?」
「何を言われますかハーフさん。そんな声を出されては、まるで私が脅迫しているかの様子ではありませんか」
「そうよハーフさん。文さんはちょっと寂しがってるだけじゃない!」
「小傘さんの言う通りですよ。殿方にそんな、いきなりお願いだなんて恥ずかしいではありませんか」

 もじもじと指を合わせながら、ハーフ君に流し目を送る文。
 外見だけで言えば見目麗しい少女だから、人里の若い男なら十中八九目を奪われてしまうであろうその仕草。 
 が、見てくれに騙されてはいけない。
 白く華奢であるはずの指で何かをすり合わせていると思えば、それはその辺で拾ったと思われる小石であった。
 それをなんでもないかのように指ですり潰し、粉末状になった残骸が地面に落ちている様をハーフ君に見せ付けているのだ。
 百パーセント、脅迫だと思う。

「巫女ー、ここに妖怪がいるぞ。倒してくれ」
「今はホリデーよ」

 にべもなく言う。文に目をつけられた貴方がいけないのよ。

「孤立無援でも、僕は諦めるわけには――」
「まあまあハーフさん。耳寄りな情報もございますゆえ」

 眉をひそめるハーフ君。文はかがんでください、と告げて腰を低くしたハーフ君の耳へ唇を寄せる。
 私にも聞こえない小声で何かを告げると、怪訝な目をしていたハーフ君の瞳が大きく見開かれた。
 そして対峙すると、無言で握手を交わす二人。……どういうことなの?

「いや何、僕は文のことを誤解していたというだけの話だよ、巫女」
「私も、ハーフさんに私の本当の姿を理解してもらえて嬉しいです」

 握手を交わしながらにこやかな笑みを見せる二人。怪しさ抜群この上ないけど、多分教えてくれないだろうから無視することにする。

「結局ハーフさん、文さんに何か作ってあげるってこと?」
「まあ、そういうことになるのかな。文、君の意見を聞こう」
「巫女さんが服、小傘さんが帽子ですからね。同じというものもなんですし……何にしましょうか」
「決まらないなら、服の改造でもいいんじゃない?」
「改造ですか? ふむ、それも良い案かもしれませんね」

 即答だった。それでいいの? と聞けば、これでも結構考えましたよ、と返ってくる。全くそんな風には見えないんだけど……

「文は僕らとは思考速度が桁違いなんだろう。その差異は人間と妖怪の差でもあるのかもね」
「何か理不尽に感じるわ」
「いやいや、文が今の自分を構成しているのはまぎれもなく文自身の努力か何かがあったんだろう。天狗というだけで全員同じ強さなら、鴉天狗や白狼天狗といった種族が分かれていないと思うよ」
「お褒め預かり恐悦至極」
「私からすれば、みんなすごいなーって思うのだけど」
「気にするな、僕は気にしていない」

 しょんぼりする小傘にフォローの言葉を投げながら、ハーフ君は改めて文へ目を向ける。

「文、詳しいデザイン案を聞きたいんだが……」
「面白そうね。私も混ざっていい?」
「構いませんよ。巫女さんのセンスなら、悪くならないでしょうし」
「私も一緒に考える!」
「意見は多いほうがいいわね。そうだハーフ君、どうせなら小傘の服のデザインも変えてあげれば?」
「難題を押し付けるなよ。君はどこのかぐや姫だ」
「おとぎ話に比べたら、私の提案なんて体験版にもならないって。それよりほら、こういうのは計画するのが一番楽しいんだから、みんな楽しんでやりましょ」

 女にとって自分の思い描く服が現物になるというのは嬉しいことの一つなのだから、楽しまなければ損というものよ。
 そうと決まれば即実行、私はデザイン案を記すため、紙と筆を用意するべく道具を取りに自室へ向かっていった。






「こんなところかな」
「おお、注文通りの出来ですね」
「さっすがハーフさん、幻想郷一の仕立て屋さん!」
「照れさせるだけならともかく、あまり調子に乗らせないでね」

 あれから何日か経ち、少女三人の姦しい設計図から作り出した文の服のお披露目となっていた。
 小傘の服も改造してはどうかという意見が出たが、今は保留の流れになっている。
 やがて全員分の服を新調しなくてはいけないのかと思うと頭が痛い。
 元々巫女に服を作るのは、僕が支援する代わりに危険から守ってくれるという期待をしてのことなのだが、迂闊に作りすぎたかもしれない。
 しかし、こうして嬉しそうにしているのを見るとまんざらでもないと思ってしまうこの気持ち。どうするべきか。

「改造と言ってもそれほど派手ではなかったな。それでいいのかい?」
「見栄えも大事ではありますが、大事なのは中身ですよ。中身が良ければ、自然と外も魅力的に映ります」
「なるほど、一理ある」

 改造を施したのは主に背中の生地だ。
 裾を延ばし、翼のように展開させている他は、華奢な腰をさらに印象つけるようにリボンを結んでいる。
 これは小傘の案だ。巫女は手首に巻けばどうか、と言っていたが一応それも考慮しているようだ。
 袖なしの上着は僕の意見である。

「いやあそれにしても思いがけぬ収穫です。私も何かお礼を返さねばなりませんね」
「お礼と言えば文、忘れないでくれよ?」
「ええ。わかっています」
「…………そういえば、二人でなんか協定組んでたみたいだけど、何なの?」
「私も気になる。近くにいたけど、小声な上に早口で聞き取れなかったわ」

 どうやら二人は僕と文の間に結ばれた約束が気になる様子だ。……これくらいなら、言っても構わないか。

「ゴーレムもどきの騒動を覚えているかい?」
「そりゃあ当然よ。文がここにいる原因だし」
「今度出たらわちきも絶対参加するからね!」
「はは、わかったよ。……あれの一部を僕に回して欲しいと頼んだんだ」
「なんでまた?」
「あれに使われる技術が気になってね。職人の性というやつだ」
「ハーフさん、よく実験するもんね」

 そういうことだ、と言い残し文に目線を送る。彼女は一瞬だけ逡巡していたが、やがて頷いてくれた。

「そうなんですよ。一応証拠品扱いなので保管は厳重にしなければならないのですが……そこは腕の見せ所ってやつですね」
「盗みとか、そういうの企んでるんじゃないでしょうね?」
「まさかまさか。私とて大天狗様、ましてや天魔様を敵に回すなどとてもとても考えられませんよ」

 では、早速行って来ます、と言い残し文は妖怪の山へ戻っていく。
 せっかちね、とつぶやく小傘に同意しつつ、僕はあくびをかみ殺す真似をした。

「あらハーフさん、おねむ?」
「なんだかんだで睡眠時間を削っていたからね。僕はこの辺でおいとまさせてもらうよ」
「文のことはいいの?」
「あとで届けてもらうよう伝えてあるから、構わないよ。……それじゃあ、また」

 二人の声を背に、僕は己の工房へと戻っていく。
 ……実を言えば、巫女と小傘に伝えていないことがある。
 ゴーレムもどきをそのままこちらに手配してもらうのは流石に無理がある。
 だが、今までの文のパワフルさや僕の過去の経緯から彼女らはそれを信じきっている。……そうでなければ、意味がない。
 実際に僕が回してもらう資料は別だ。
 文の情報収集によると、妖怪の山の近くで哨戒天狗がある資料を発見したらしい。
 知り合いだと言うその白狼天狗から資料を流してもらった文であったが、どうも幻想郷のものではないとのこと。
 そこで僕へ鑑定の依頼が出されたのだが、どうにも理解に難儀している。
 巫女ならばあるいはわかるかもしれないが、なるべく僕は彼女にこの事を伝えたくなかった。
 言うならば、勘。
 カリスマや勢いによる肯定ではない、理詰めによる説得力。
 すなわち根拠を持って物事に対応する僕にしては珍しく、それを信じることにしている。
 気のせいでなく、巫女の直感が僕に宿ったのではないかと確信を持って言えるのだ。

「本当に、珍しい」

 懐から取り出したのは、一枚の写真。中身は、事前に文に撮ってもらった一冊の本。
 比較物理学の誕生という題名のそれを見やりながら、僕は得体の知れぬ予感に震えていた。



 第9話



「巫女さんは、博麗の巫女というには微妙な気がする」
「んー?」

 それは毎度のごとくの妖怪退治の仕事を終え、博麗神社への帰路についている時のこと。
 私の隣を歩く小傘が、突然そんなことを言った。
 今回大活躍だった彼女からそう言われるのは、やっぱ爪が甘かったせいかな。
 小傘を庇ったせいで一時的に動けなくなっちゃった私を、遠まわしに叱咤しているのかもしれない。
 力量不足による説教はちゃんと受けつつ、それでも小傘には何かお礼でも渡さないと……
 そう考えていたが、その考えは他ならぬ小傘本人によって散らされてしまった。

「だって、巫女さんって人間の味方なんでしょ? なのに、私や文さんとすんなり協力してるもの」

 小傘も食料である人間(かといって、彼女は人食いでなく心を食べるうえに、驚かすだけなので害はない)を守るため、私の仕事を手伝うのが当然になっている。
 私は、それがどうして疑問に繋がるのか純粋にわからなかったので、小傘に尋ね返した。

「どうして? 手伝ってくれるって言うなら、ありがたく受け取るものでしょ?」
「妖怪退治をする人間なら別に問題ないだろうけど、私らは仮にも妖怪よ? 昔から博麗の巫女であれなんであれ、問答無用で退治されるものなの」 
「私だってちゃんと妖怪退治してるけど?」
「巫女さんは博麗の巫女というより、巫女さんとして妖怪退治をしているのよ」
「ごめん、ちょっとわかんない」
「んー、何て言えばいいかなー」

 眉間にしわを寄せて難しい顔を作る小傘。
 本人は精一杯悩んでるつもりだろうけど、私からすれば可愛らしい仕草にしか見えない。

「境界が薄い、って言えばいいかな。人間だけど、妖怪の精神を持っているというか……うん、幻想郷の巫女とは思えないくらいフレンドリー」
「つまり何、妖怪と仲良くしていることに違和感があるってこと?」
「そう、そんな感じ」

 そんなにおかしなことなの?
 私は口に出さず疑問を胸の内で止め、代わりにこう言った。

「妖怪退治は仕事だけど、それは妖怪が人間を襲うからでしょ? 貴方達は別に害でもないし、協力してくれるならそれに越したことは……」
「それ、その考え。それが多分異質なんだと思う」

 ……ますますわからない。一体、小傘は何に対して疑問を持っているのだろう。
 人間と妖怪が組むのがおかしいと、小傘は言う。
 でも、私からすれば小傘も文も妖怪というより「仲間」である。
 外見だって私らみたいな人間に酷似してるし、話してみれば彼女らは妖怪というより「多々良小傘」と「射命丸文」なのだ。
 ハーフ君は昔からの知り合いだし、人間の血が混じっているから問題ない。と思う。

「さっきのことを思い出してみて。妖怪を退治するのが博麗の巫女の仕事だけど、私が妖怪を倒してしまった。それを享受してるのが、おかしいのよ。妖怪退治は博麗の巫女の仕事だって昔から決まってる。だから、本来なら邪魔した私に敵意を持つのが当然なの」
「はぁ? なんで協力してくれる子にそんなひどい事しなくちゃいけないのよ。別に悪いことなんて…………」
「異変や事件の解決は巫女の仕事。それを取られたら、イメージに影響が出るわ」
「イメージ?」
「妖怪と馴れ合う博麗の巫女って取られて、自作自演かと疑われるとか、色々ありそうじゃない。何より賽銭も潤わないし」

 小傘にしては随分とまあ、何と言うか……言ってはなんだけど、そこまで考えていてくれるとは思わなかった。
 失礼ではあるが、そう思わずにはいられない。

「何よ小傘、私のこと嫌いにでもなった?」
「そんな訳ないわ。ハーフさんに色々教えてもらったり、文さんに楽しませてもらったり……そんなこと考えたこともない」
「じゃあなんで、そんなこと言い出したのよ」
「最近、人間を驚かしていたときに聞いちゃったの。『巫女の仲間か』って。そしたら、驚かせた味とか――何より、自分がすごく薄れちゃった気がした。驚いてくれたけど、それは身内同士の冗談の言い合い、軽口で笑う程度の驚き。妖怪は人を脅かす存在じゃなきゃいけないわ。そういった幻想が、妖怪の根源だから」
「……詰まるトコ、小傘は妖怪として見られないことに対して不安だった、ってこと?」
「それは……うん、そうかもしれない。妖怪の存在意義なんて今まで考えたことなかったけど、ふと、不安になっちゃって」

 足の歩幅が徐々に小さくなってくる。足を止めないのは、私を気遣ってくれているからか。 

(こないだ、ハーフ君から『死』についての薀蓄聞かされてた影響もあるのかな…………)

 自分が死んだらどうなるか、という解釈である。
 文や小傘なんかは、死は怖いと思っていても、死後に対して呑気に考えていた。
 ここ、幻想郷では地獄といった死後の場所が確立されているからこその考えかもしれない。
 けど、私やハーフ君はそう思わなかった。
 死ぬのが怖い。今自分を構成する自我は消えたらどうなるのか。眠っているときのように、何も感じないのか。
 ふと考えると、すごく怖くなる。
 わからないことを考えても仕方ない、というハーフ君理論を適用して私も考えないようにしてたけど……

(まさか、小傘がそんなこと考えるなんてね。結構、本気で考えなきゃいけない話題かしら)

 元々行動派なので、私に出来ることは会話を紛らわして小傘を楽しませることである。

(『考える』のは適任の人がいるし、後で相談しとこ)

 そうと決まれば即実行、私は小傘の雰囲気を崩すべく上手く回らない舌を必死で動かしながら、博麗神社へ急ぎ足で向かっていった。







「……なるほど。小傘は良くも悪くも影響されやすいからね、ネガティブに気持ちが傾いてしまったからしばらくはあのままだと思うよ」

 妖怪退治から帰った巫女から相談を受けた結果、僕は時間が解決すると伝えた。
 当然、次の言葉も予想できるので軽く耳を塞いでおく。

「そんな簡単に言わなくてもいいじゃないのよ」

 が、その行動は無意味だった。
 怒鳴られるかと思ったが、小傘のネガティブさが移ったのか巫女の声量が小さい。意外と応えているようだ。

「幻想郷の妖怪は、享楽主義な文をはじめ基本的に呑気な者が多い。多分、小傘は君のことを考えるあまり、深みにハマってるんだろうね。むしろ、そこまで慕われてることを誇りに思ったほうがいい」

 妖怪の山の面々も、本当に排他的であるならわざわざ文をこちらへ寄越さない。
 最近彼女が博麗神社に入り浸っているのは、人里ですら知られていることだ。
 天狗がそれを知らないわけがない。そして、何も行動を起こさないということはつまり、黙認しているということである。
 ようは、考えすぎというわけだ。僕も思考に没頭することがあるが、あくまで考察であるし気分が悪いほうに影響が出たらすぐ止める。

「慕われてる?」
「小傘は隠しておきたかったんだろうが、本音が見えているよ。というより、君がそれに気づいてフォローしなきゃいけないんだが?」
「むー……なんなのよー」
「任せることと、思考を破棄するのは別ってことさ。ヒントをあげるから、自分で考えてみるんだね」
「ハーフ君のいじわるー」
「意地悪で結構。それじゃヒントだ、『妖怪の小傘が巫女の仲間』であるということは、だ」
「『当然である』」
「はい不正解。残念賞として、もっと正解に対して考える時間をあげよう」

 むむむ、と唸る巫女を尻目に、僕は励ましの言葉を送って境内へ向かった。
 元々留守番のために神社にいたのだし、巫女が帰ってきたなら今日の僕が長居する理由もない。

「過保護かと思いきや、案外大人の対応で接しているんですね」
「必要以上の助けは堕落に繋がる。自分で出来ることは多いほうがいい」

 いつから居たのか、鳥居の上に座っていた文が僕を見下ろしながら話しかけてくる。
 僕はそのまま通り過ぎようとしたのだが、急に真下から吹き上がった風によって強引に鳥居の上に乗せられてしまう。
 能力の無駄遣いすぎるぞ、文。

「まあまあ、少し雑談に興じましょうよ。話題のネタは、二人がいつ元通りになるか、です」
「僕は帰ってすることがあるんだが?」
「あの二人の距離より重要ではないでしょう。ほらほらハーフさん、観念してくださいませ」
「あのゴーレムもどきの犯人に近づく手がかりかもしれないというのにな…………」

 鳥居から降りるのは簡単だが、文がそれを許さないだろう。
 用がなければ、わざわざ話しかけず僕に風を使わなかっただろう。つまりは、話に付き合えということだ。
『比較物理学の誕生』の本の解読を諦め、ため息をつく。
 文はそれを了承と受け取って腰を下ろし、僕も合わせて隣に座った。

「ほら見てくださいよハーフさん、神社の上」
「上?」

 文の手の指す方へ目を向ければ、どんよりとした暗雲をまとっている錯覚すら引き起こすほど憂いの表情を帯びる小傘が見える。
 僕が帽子に混ぜた、空気を演出する程度の機能も程よく作用しているようだ。
 しかし、向ける相手が自分では意味がなかった。

「あちらに座ってから今に至るまで、私にもハーフさんにも気づいていないご様子で」
「他人との距離を図り損ねている、といった体だな」
「小傘さんは貴方達と行動する前は単独で行動していたようですし、その可能性は高そうですね」
「初めて出来た友人と喧嘩してしまったかのようだね」
「上手い例えですね。あながち間違いではないかもしれません」

 友人云々はともかく、巫女とどう接すればいいのか考えているのだろう。
 いつもの小傘なら気にせず、呑気に天然に、ぽや~っとした空気を出しながら会話に混ざるだろうに。
 今の小傘では無理な話である。

「仲を取り持つわけにもいかず、見て見ぬフリをするわけにもいかず。もどかしい思いですねぇお父さん」
「そうだねお母さん」
「あややや。苗字変えはおろか、結納もしていないのに気が早いですよ」
「なら離婚してるんだろうね。理由は妻からの暴行……そういう話をしたいわけじゃないんだろう?」

 軽口を返しながら、僕は小傘に向けていた目を文に切り替える。
 文は曖昧に笑っていたが、やがて表情は真剣なものになっていた。

「ハーフさん。巫女さんとは幼い頃から付き合いなんですよね?」
「彼女の年が十を超えない程度からだし、十年くらいかな」
「人間にとっては十分幼少時と言えますよ。……彼女、どういう子でした?」
「どういう、とは?」
「文字通りの意味です。博麗の巫女でありながら、霊力が驚くほど少なく、巫女としての能力も乏しい。身体能力だけは天狗並とお見受けしますが、博麗の巫女としては不十分です」
「神主の選定に誤りがあると?」
「有り体に言えば、そうなりますね。肉体的にも精神的にも、どうして彼女が博麗の巫女なのか私にはわかりません」
「だから、僕に?」

 はい、と言い切る文。

「教えてもらえませんか? 巫女さんについて」

 僕は自然と半眼になりながら、どう答えるか考えあぐねていた。
 顔を逸らそうにも、文の目が僕に視線を泳がせることを許さない。
 目と目が合いながらも、互いに抱えた感情は決して共有できるものではなかった。

「…………星を見るのが好きだったね。小さい頃は、よく連れ出されたものだ。おかげで流星群の日にも詳しくなってしまった。そのせいか、彼女は幻想郷のどこからでも――」
「私はそういうことを聞きたいのでは…………いえ、わかりました。質問を変えます」
「と、言うと?」
「彼女は、博麗の巫女をこなせているのですか? あれでは、単に腕っ節が強いだけです」

 やや不安げな文の声。当然だろう、と口に出さず思った。
 巫女の仕事の中でも最も重要なこと。それは博麗大結界の管理である。
 それが出来ないのあるなら、その中に住む人間と妖怪を含めてあらゆる存在が危険にさらされる。
 巫女としての能力に不満があるなら、まずはその懸念を抱いてもおかしくはない。
 
「小傘さんが悩んだ原因である、『巫女の仲間』たる妖怪の件にも関わりますが……こんな話もあります。今代の巫女はすでに死んでおり、妖怪が擬態している、とも」
「人里の秘密歴史結社が噂でも流してるのかい? 自分のことしか考えていない奴らが、歴史の名を語るなんてちゃんちゃらおかしい。仮に擬態していたとしても、人間の味方をする理由や管理者を黙しきれるのか、その他もろもろ、つつけば穴が出てくる」
「それは至極どうでもいいです。……問題なのは、彼女はあまりにも脆弱なんです。それこそ、私達が襲う人間と同じにしか見えない」
「巫女は妖怪にとって、畏怖されるべきものだと?」
「妖怪が人間を襲い、人間は妖怪に恐怖し、巫女が妖怪を倒し、人間は巫女に感謝する。それが、博麗の巫女でした。ですが、彼女は人間と妖怪の区別がついていない。おそらく、知り合ってしまえば妖怪ですら助けるでしょうね」
「だから、いずれ妖怪のために人間を敵に回してしまうかもしれない?」
「…………先に言われましたが、その通りです。そんなものは巫女ではありません」

 妖怪退治を行っているが、博麗の巫女は結界の管理者、つまりは幻想郷を牛耳っている存在だ。
 妖怪から人間を守ることは、人間のためだけでなく妖怪のためでもある。つまり、巫女は中立でなければならないのだ。
 
「小傘さんが懸念しているのはそこです。大事にしてもらうのは嬉しい、でも最後には人間の味方であって欲しい。そう思っているはずです」
「巫女は多分、そこまで考えていないんだろうね。目の前で知り合いが危険な目に合っているから助ける、ただそれだけだ」
「確かに、貴方達と一緒に行動するのはとても楽しいです。ネタになります。ですが、それでも私達の間には確実に線が引かれていなければならないはずです」
「なぜなら彼女は人間で、君達は妖怪だから、かい?」
「その通りです。人間と妖怪のハーフである貴方なら……構わないとは、思いますが」

 少し、声のトーンが落ちている。どうやら、随分と巫女に入れ込んでくれているようだ。
 そんな文と、今も神社の上で難しい顔をする小傘のことを見やると、僕は思わず笑ってしまった。

「…………似合わないな、しおらしい君は」
「笑わないでくださいハーフさん、私は真剣な話を――」
「真剣に、巫女のことを考えてくれているんだろう? なら、その考えをまず捨てることだ。……安心するといい。見ていて不安かもしれないけど、君の懸念は無意味だよ」
「……本当ですか?」

 視線を文から小傘、そして下へ向けると神社の中から巫女が出てきた。
 こちらに気づいて顔を上げる巫女に、僕は神社の上を指してやった。
 小傘に気づいた巫女が、跳躍して神社の上に登る。驚く小傘に、色々話しかけているようだ。
 
「ああ。こんな台詞では不安かもしれないが、文が納得してくれるまで、僕はいくらでも言葉を紡いで付き合うよ」

 今もなお、小傘の不安を晴らそうと必死な巫女に負けないように。

「こういう感情は、弁舌でどうにかなるものではないと思いますよ?」
「言葉を紡ぐ力も、根本は行動力さ。体か口か、それだけの違いだよ」
「そういうものですかね」
「そういうものだ。君も記者なら、なんとなくわかるんじゃないか?」
「……なんとなく話を逸らされているような気もしますが、そう言われるのなら今はそれで説得されてあげます」

 憮然としながらも、文はそれ以上の追求をしてこなかった。
 もういいのかい、と声をかければ「これ以上は何も得られそうにありませんので」とにべもなく言う。
 巫女達へ目を向ければ、あちらでも説得は成功したようで、小傘にも笑顔が戻っている。

「幻想郷は妖怪のための世界だ。不安要素を放置しておくほど、上の妖怪は愚かではないと思うよ」
「かも、しれませんね……私も、巫女さんの空気に当てられたのかもしれません」
「集団でなく個人なら、そういう空気も悪くはないんじゃないか?」
「すでに侵されている貴方に言われても、説得力ありませんよ」

 そうは言うが、苦笑する文を見れば先ほどよりは若干不安が晴れている様子。僕は安堵の意味を込めて苦笑した。
 ――いつの間にか、空は夕焼けに染まっている。このまま帰ってもいいが、今はそれより飲みたい気分だった。

「さて、面倒の後は酒と相場が決まっている。文はどうする?」
「酒が飲めると分かっているのに無視するのは、マナー違反ですよ」

 一足先に降りた文へ、同じく神社の上から飛び降りた巫女と小傘が駆け寄ってくる。
 巫女達の下へ殺到した文の背中を見ながら、僕は宵越しの記憶を持つべきか持たぬべきか、そんなことを考える。
 だから、もう巫女について悩むこともない。
 明日から普段の日常が帰ってくることを確信しながら、僕は鳥居から飛び降りた。



<了>


支援絵いただきました!
会帆さん(文への服)
画像提供:会帆

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鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
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上記絵文字提供:うるち

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