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夢幻の篝火




 蒸し暑い夏の最盛期も頂点を迎え、少しずつ下がる気温を肌で感じながら僕は少し早い香霖堂の大掃除を始めていた。
 毎年秋の彼岸の時期に無縁仏への墓参りを欠かさない僕だが、同時にそれは香霖堂の商品の店卸しの時期でもある。
 緩やかな売上の上昇と商品数の下降を続ける香霖堂もそろそろ商品替えをしなければならない。常に新しいものを考えたり、仕入れたりすることで人間は進化し店も繁盛するというわけだ。
 それに、今年はさとりを始めとする新しい客と知り合えたことで去年より売上が多くなった。その分多く仕入れをしたため商品が多くなり、窓の風通しが悪くなった弊害もあるが些細なことだ。それに整理整頓をしておかないと店に何があるのかわからなくなる。販売品を把握していないと、いざというとき不良在庫もとい商品を売ることもできない。
 早速僕は店の商品を外に出し、適当な場所に置いていく。掃除といっても全ての埃を取る、といった本格的なものではない。ある程度古めかしさを演出するためのさじ加減が必要だ。
 とりあえず商品をどかして、適当にはたきで叩いておけばいい。綺麗な香霖堂はあまり見たくないし、このくらいで丁度いい。
 大きな商品から片付けして気づいたが、香霖堂の店舗部分は意外と広いということを実感する。それだけの物がスペースを取っていたのだと思う反面、数多くの道具が未だ使われることなく眠っている。
 道具は使われてこその道具だ。ゆえに、使われることこそ道具の命題であろう。
 その願いを遂げさせてやりたいが、幻想郷の住人のどれだけがその価値を見出してやれるだろう。
 幻想入りしてまで自らを消さない道具達が、幻想郷で本懐を遂げられるよう願う。
 僕に出来ることは、使い手が見つかるまでここに保管してやることか。
 ふと、一冊の本が目に入る。
 外の世界の魔術書でも何でもない、目に付いたから拾った本だ。
 なんとなく僕はそれを手に取り、流し読みをしていく。

「……ああ。そうか、こんな内容だったな」

 以前にも読んだことのある本だ。内容は見返すたびに思い出せる。
 反芻しながら、僕はなんとなく続きが見たくなったので適当な道具に腰掛け、次のページをめくっていった。









 空よりある建物を見下ろしている私の顔は、きっとしかめ面になっているだろうと断言できる。
 魔法の森の入口に建てられた建造物、その名は香霖堂。
 友人が店主を勤めるここは幻想郷で唯一、外の世界の道具や、妖怪の道具、冥界の道具、魔法の道具を扱う店だ。
 文面、あるいは口頭だけで聞けば品揃え豊富な名店にも思えなくないが、店主の性格に問題があって知る人ぞ知る、程度の知名度でしかない。本人は幻想郷一の道具屋を目指しているつもりだろうが、百年経っても変わらないような気がする。

「何してるんだか…………」

 渋面を作ったまま、香霖堂の周囲に散らばったよくわからない道具の山とその一角で腰を下ろしている友人、森近霖之助の姿を捉える。

 森近は適当な道具の上に座って本を読みふけっていた。
 ただでさえ汚い香霖堂の店周りはさらに乱雑していて、近寄るのも気が引ける有様を見せている。
 そういえば、この間そろそろ掃除でもするかとぼやいていた。多分、その作業中興味の惹かれるものを発見したので掃除も忘れてそれに没頭しているのだろう。燐もたまにするし、空は頻繁にやる。こいしは気づけないのでわからない。 
 掃除をしているのならよくあることなのだけど、森近の場合は集中しすぎて夜になるまでのめり込んでいそうだ。せっかく店に来たのだから、手伝ってやるのが友人の甲斐性というものかもしれない。けど、安易に手伝うと都合よく働かされる気がしないでもない。
 左手を頬に当て肘を右腕で抱えながら思案した結果、ピアスの通信機能を使うことにした。多分適当に流すと思うけど……どんな反応を見せるかしら?
 眼下の森近に気づかれないよう、私は少し距離を取って口を開いた。

「森近、今大丈夫?」

 視線の先では、懐からピアスを取り出した森近がそれを唇に寄せている。

『すまないが今は忙しい。後でまた話しかけてきてくれ』

 うわぁ。
 あまりにも予想通りな展開に思わず心の中でつぶやく。

「忙しい? 何をしてるの?」
『仕事中だよ』
「地上では本を読むことが仕事になるの?」
『情報を取り込み、自分の中で再構成して知識を得る。立派な仕事じゃないか……って、さとり。どうして僕が本を読んでいるってわかったんだ? 心を読む能力だって、有効範囲というものがあるはずだけど』
「別に。なんとなくだけど?」

 白々しいにもほどがあるわね。私も、森近も。

『何らかの方法で僕の心でも読んでいるのか?』
「心を読むだけが覚じゃない。森近お得意の観察力とか洞察力を高めれば、情報だけで相手の心情も理解できるわ」
『なるほど。僕の趣向と性格をある程度知るさとりは、そう推測したわけか。正解だ、君も中々覚妖怪しているね』

 いえ、直接見ているのだけど。

「そういえば、この間言ってた掃除はちゃんとしてるの?」
『今しているところさ』
「していた、の間違いでしょ。発掘した本をちょっと見てみたら、没頭しちゃって今に至るんでしょ?」
『悪いかい?』

 開き直られた。なんて大人気ない……
 そろそろ遊びはここまでにしておこう。私は香霖堂へ移動し、道具の上に鎮座する森近に向かって言い放つ。

「良い悪いで言えば、悪いほうに分類されるわ」
『…………そっくり返す。君の行為も十分悪い」

 肉声と合わさった森近の二重の声音が響き、私は笑みを浮かべながら通信を切る。
 最近は森近のペースに巻き込まれることが多かったから、してやったり、だ。 
 ため息をつく森近は肩をすくめながらピアスを懐に収め、呆れたような視線を私に投げてくる。
 
「それで、僕の読書を邪魔した真実は?」
「別に、何も。ただ事前に連絡を入れるか入れないかの違い」
「君も案外勝手になってきたね。あいつらみたいにならないでくれ」
「力を真似できても、性格を真似るのは言われても無理だと思うわ」

 心を読まずとも、森近の指すあいつらが誰かはわかる。私達地底の妖怪の中で最も知名度のある人間二人のことだ。
 あそこまで我が道を貫ける人間は(ああ、それにしてもちょうどいい。手伝ってもらえないかな)尊敬に値する。
 あの性格なら悩み事なんてないのだろう。羨ましい限り(お茶くらいなら報酬としてご馳走するし、どうだい?)だ。
 ……先ほどから森近の心がやかましい。直接言えばいいのに、嫌がらせだろうか?

「あのね、せめてちゃんと言ってくれれば手伝う気も沸くと思うのだけど?」
「さすが、持つべきものは話のわかる友人だ。会話いらずとは非常に楽だね」

 はいはい、その代わり終わったらちゃんと接待して頂戴。

「もちろん。それじゃ、続きといこうか」

 森近のつぶやきに、私はため息で返事をしながら心と会話を交えて掃除の手伝いを始めていった。









 中天を迎えていた太陽は下降を続け、夕焼けが幻想郷に降りてくる。
 労働によって軽く紅潮していたさとりの頬がますます朱に染まっており、結構な時間の経過を知らせていた。
 ひと息つく彼女の姿を見やる。妖怪と言っても動けばそれなりに疲れるものだ。さとりの協力によって夜までには掃除をある程度の区切りまで終わらせることが出来た。後は一人でなんとかなる量だ。
 さとりには高価なお茶でも出して労わないとな。

「お構いなく……と言いたいけど、お世話になるわ」

 何かに気づいたように微妙にそわそわするさとり。体に動きはないので傍目からでは分かり難いかもしれないが、それなりに付き合いの長い僕は察することができた。微妙に目が泳いでいるのだ。
 首を傾げながら、僕はさとりに居間で待つよう言ってお勝手に向かう。

「折角だから夕餉を食べていくといい。エネルギーの補給でなくとも、食事は嗜んで損はない。といっても、香の物といった酒の摘みがメインだけど」
「……そうね。そうさせてもらうわ」

 やはり落ち着きのない様子を見せるさとり。食事の貧相さを気にしているでもなさそうだ。
 だとすると、何を憚ることがあるのだろうか。
 こんなとき心を読めれば簡単だが、そう甘くないのが世の常である。
 考えてもわからないなら、直接聞くのが手っ取り早い。僕はさとりに声をかけた。

「さとり、さっきから何をしているんだ? 遠慮せず、言ってみるといい」
「別になんでもないわ。……ただ、夜になっちゃったな、って思っただけ」
「お燐達のことが心配なのか? ひょっとして、何も言わずに来たとか?」
「いいえ、香霖堂に行ってくるって言付けはしておいたから問題ないわよ」

 ペットが心配といったようではない。すると、こいしか?

「それも違うわ。あの子は今もどこかをふらふらしてると思う」
「なら、一体どうしたと言うんだ。口に出せないことなのか?」
「別にそうでもないんだけど、ちょっだけ、疲れたかなーって」

 妖怪は肉体より精神を重きに置く。仮にも地霊殿の主だし、掃除といった使用人の仕事はあまり慣れていないのかもしれない。
 地底の顔役、地上で言えばレミリアのような一勢力のトップに掃除を手伝ってもらったのだ。今にして思うと、友人といえ凄まじいことをさせていたのだろうか、僕は。

「別にペットの世話で慣れてるから、気にしてはないけど」

 なら、精神的な負担からストレスの抑圧になっているかもしれない。倒れられても困るし、大事をとって休ませるべきか。

「だから別にストレスなんて感じて」
「そうだな、君が構わないと言うなら香霖堂で一泊していくかい?」
「………………………………え?」

 さとりの言葉を遮り、僕はそう提案する。すると彼女は絶句したように目を丸くした。

「ああ、誤解しないでくれ。別に邪な意図はないし、友人としての好意と思ってくれればいい」

 働かせるだけ働かせて、対価が夕餉だけというのはあまりにもあんまりだろう。仮宿として布団を貸すくらい、やぶさかではない。

「いいの? 簡単にそんなこと言って」
「さとり、君が人間関係に奥手なのは理解している。でも、この程度で遠慮することはないよ。博麗神社だって妖怪が入り浸ってるし、幻想郷は図太い神経の持ち主が多いからね。少しくらい見習っても良いんじゃないか?」

 図太すぎてるのはいただけないが。
 けど今までが今までなのだし、さとりは少し大胆になるくらいが丁度いいと思う。

「そう。なら、遠慮なく今日はお世話になるわね」
「ああ。大した持て成しはないがくつろいでくれ」

 夜になると家の中の行動は限られる。
 のんびり食事をして、のんびり酒などを飲んでまったりするくらいしかないが、子供はともかくさとりも僕もそれだけで時間を潰せる人種だ。ただ話をして雑談を交わすだけで、十分な休憩になる。
 僕は宵闇を迎えた世界を照らすため、店の明かりをつける。
 妖怪が活性化する時間、僕らはそれに反逆して静かに過ごすとしよう。 










 
 掃除をしていたせいか、森近は道具というものについての話題を多く提供してくる。
 使い方がわからずとも道具は使える。外の世界以外ね、と付け足すところが森近らしい。
 森近の話では、道具も時間の経過によって意思を持ち妖怪化することが稀にあるようだ。人間が死後に妖怪化するのは聞いたことがあるけど、道具は初耳である。
 曰く、桜は人の感性を狂わせ自らの下に集めることだけを考えて咲くそうだ。千年以上も昔からそうやって人を集めることだけを考えていたら、例え植物とはいえ不思議な力を持つようになる、とのこと。
 どこまで真実かはわからないけれど、何故か不思議な説得力があった。森近は想像の飛躍が多いけれど、たまに的を得た発言をしないでもない。分かりやすいやら分かり辛いやら……種族と同じで曖昧だ。
 その推測で時を進めたのなら、香霖堂にある道具もいずれ意思を持つ。そのとき、森近は一体どのような反応をするだろうか。少し、見てみたい気もする。
 そんな風に会話の中に話題が生まれ、生まれた話題が次々に移り変わる雑談を交えていると急に視界が真っ暗になる。どうやら明かりの種火がなくなってしまったようだ。
 急に光を失った店内は一転して闇夜に包まれる。月光は雲に遮られているようで、その恩恵を得るのは叶わなかった。

「さとり、すまないがそこでじっとしていてくれ。明かりを……っ」

 鈍い音が部屋に響く。森近は立ち上がろうとしていたようだが、慌てていたのか食卓の台に膝をぶつけたみたい。暗くて表情は見えないけど、痛みに顔をしかめていることは想像に難くない。
 食卓が少し揺れる。台を握り、部屋の距離感を掴もうと頭を廻らせているようだ。思考が忙しない。
 
「急に立ち上がるからよ。……そうだ、ちょっとそこから動かないで。座って構わないから」

 くすくす笑いながらそう言うと、私の向かい側で畳が軋んだ音を立てる。森近は指示に従って腰を下ろしてくれたようだ。
 少し趣向を凝らして、驚かせてあげよう。

「ねえ森近、なんでもいいから光をイメージしてみて」
「? よくわからないが、わかった」

 言ってから――深く、沈みこむように森近の心の奥底を覗く。
 彼が想像したのはゆらゆらと揺れる小さな火だった。鬼火か何かと勘違いしそうだが、これは……篝火だ。
 太陽といったもっと大きな光を思い浮かべるかと思っていたけど、違った。夜だから慎ましい明かりをイメージしたのかもしれない。
 懐に収めていたスペルカードを取り出し、私は「想起」する。
 カードから光が立ち昇り幾重もの光線に分かれ、一つの絵画を描いていく。
 虚空の画紙に記されたのは炎の画。線に囲まれた空間が風化していくように崩壊していき、徐々にその姿を晒していく。
 やがて炎は世界へ降り立った。
 再生され中空より現出する光……篝火が周囲に浮かび上がる。
 森近が何か言っているが、私は答えない。さらに心を覗き、部屋に配置された道具の詳細を把握していく。
 正確な数はわからないけれど、それらが数百を超えたところで私は心を読むのを止めて再度「想起」する。
 光の筆は一瞬で火を描き、やがて部屋に明かりが灯っていった。
 
「これは…………」

 私の想起の力は幻に過ぎず、蜃気楼のような儚い幻影でしかない。
 けれど、人間であれ妖怪であれ精神は肉体に影響を及ぼす力を持っている。
 催眠術といった洗脳による精神干渉があるように、たとえ幻であれ当人がそれを実感してしまえば肉体はそれに適応してしまう。
 作り出した幻の弾幕によって霊夢や魔理沙が傷ついたように、そこに「在る」と認識する限り虚は実を得て本体を帯びる。
 想起した篝火は一つではない。
 心の中の商品を一瞥し、森近の記憶にある篝火を視認。それを細分化し、一つ一つ道具に灯らせていく。
 闇夜を照らす篝火だけが部屋を支配する。
 篝火だけが光源の中、私は思った。
 この火と同じ数、それ以上の道具が森近に拾われてここに在る。
 道具達が一つ一つ、小さく寄り添いあって香霖堂という大きな火とくっついていく。
 森近の言を借りれば、これは道具達の希望の光なのだろう。
 幻想入りし、忘れ去られた道具が自身の存在を知らしめるため、なけなしの力を振り絞って光を発している。
 香霖堂という大きな炎の恩恵を受けることで、道具達は幻想郷の住人に自らの存在を知らせている。
 もう二度と、忘れ去られることはないように。
 強く、願っているのだ。
 俺は、僕は、私は、自分達はここにいる、と。
 その証拠……と言ってはなんだし、私としても予想外のことだったけど、光が描く色彩は道具によって一つ一つが異なっていた。
 橙、黄、青、赤、藍、紫、緑といった虹の七色を筆頭に様々な色がツギハギされて新たな色を生み出し、紅白に加え闇夜すら取り込んだ黒白をも体現している。
 篝火が揺れ動き、幽霊のように移動する。
 食卓の上を踊ったかと思えば、背後から巻きつくように動く。棚の上に鎮座したかと思えば、床下から隆起して思わず後ろに下がってしまう。後ろに下がった先からも篝火が現れ、私を驚かせる。
 それらは不規則でいながら、強く視線を釘付けにする。
 道具達が描く光の演出、発光する幽玄な篝火。まさにそれは、物言わぬ幻葬の舞。
 光景に目を奪われていた森近は目を瞬かせ――やがて大きく見開き、口元を綻ばせて笑い始めた。

「夢の……いや、夢幻の篝火か。幽雅幽玄、とても幻想的だ」
「私はただの火付け役。導火線は貴方が、そして種は元から香霖堂にあった」
「それでも感謝するよ。良いものを見させてもらっている。ああ、風に色を塗るプリズムがあればもっと美しいだろうな」

 それは、同じ意見だった。
 森近はこの夢幻の篝火のことを示しているようだけど、私は別のこと……掛け値ない、子供のように幼くただ感情のままに浮かべたその笑顔を見ることが出来た。普段が普段だから、きっと、レアな表情。
 恋をすると女は綺麗になると言うが、それは男にも適応されるのだと思う。
 森近は道具に恋している。
 恋愛的な意味でなく、古くから使われる単語としての恋。尊敬や憧憬といった称えるための感情。
 一途に道具達を見据える森近は、確かに恋していると言い換えられないだろうか。
 私は、その姿に見惚れた。
 子供が欲しかったおもちゃを手に入れたときのような、無垢な喜びが全身に伝わる。
 ただ純粋にこの光景を見れたことが、とても嬉しかった。

 ――篝火とは周囲に明かりを照らすだけだが……まさか、そこに意思が一つ加わるだけでこんなにも幻想的になるなんてね。彼らはまるで妖精だ。一度消えたかと思えばすぐに別の場所から光が差し込む。出現する場所も常に不規則で神出鬼没。本来篝火とは風に揺られるだけで自発的に動くことはない。
 だが、ここは香霖堂。マジックアイテムを始めとして様々な道具が置かれている。力のある道具は一箇所に集めると、それぞれが干渉して性質を弱めたり強めたり、また、別の性質を持つ事がある。さらにさとりの想起の力によって仮初といえ幻という他者に影響を及ぼす力を与えられた。
 その結果、篝火は光という指向性を得たことでエネルギーをそれらに換算し、一時的に潜在能力以上の力を発揮しているのではなかろうか。篝火という器から漏れない程度に、彼らは意思を得た喜びを色で表現している。僕は個人としても道具屋としても、この光景を一生忘れることはないだろう――
 
 森近は思考に没頭し、この光景についてあれこれ考察している。
 私はそれを邪魔するのは無粋と思い、彼の顔や周りで踊る光を見やる。
 整った顔立ちや揺らめく光に煌く銀色の髪と合わせて、それは絵画の一枚絵のような美麗さをかもし出していた。
 それを眺めて、私はある結論に至った。
 その感情を自覚するには、若干の時間が必要だった。








 外のほうがより彼らの姿が映えると気づいた僕は、居ても立っても居られずさとりの制止も無視して整頓した道具を再び外に出していく。
 推測は当たっていたようで、想像したよりも幽雅な光景が展開されそれを全て記憶に収める。
 ああ、なんてことだ。ここに写真機の一つでもあって僕にそれが使えるのなら記憶だけでなく肉眼でこの光景を保存できるのに。
 今更悔やんでも遅い。
 今度文々。新聞が届けられたときにあの天狗を捕まえて色々聞こう。答えてくれるかはわからないが、何か行動を起こさないと僕の気持ちが治まらない。
 いや、それよりさとりの想起の力を再現する道具からか?
 そうすればいつでもあの光景を幻視でなく実際に見ることができる。
 記名・保持・再生・再認といった記憶の四律を道具に起こすにはどうすればいいだろう……ああ、考えるだけで胸が躍る。
 さとりのほうへ振り向くが、彼女はこれらに魅了されているのか惚けたように顔が蕩けている。声をかけるのは無粋だろう。僕もまた、この篝火に惑わされているのだから。
 湧き上がった感情がようやく沈静し、冷静さを取り戻す。
 落ち着け。
 これは、保存していいものではない。
 儚く消えやすい光露の命。儚いからこそ輝くものだとわかっていても、僕の中で延々とこれを眺めていたい衝動は止まらない。
 抑えろ。
 この天衣無縫な作品は決して手を入れていいものではない。
 自然に発生したからこその完美。
 飾り気のない天真爛漫な道具達を僕の手で汚すわけにはいかない。
 いかに技巧が優れていようと、不埒な介入が混ざってしまえばこの幽玄さは消えてしまう。
 だから、堪えるんだ。代わりに……この夢幻の如き光景は絶対に忘れない。 
 一つ一つの光の息吹を実感し、僕は全ての道具に感謝しながら壮美なる夜を楽しんでいた。



 残念なことだが、想起の力も永続というわけではなく夢幻の篝火は終わりを告げる。
 気落ちしていた僕を気遣ったのか、さとりが心配そうな声音で話しかけてくる。

「ねえ森近。なんなら想起でもう一度見てみる?」
「……いや、いいよ。ろうそくが燃え尽きる前に放つ一瞬の強い輝きみたいに、刹那の時間だからあの美しさを保っていたんだ」

 本当に残念だが、あれは二度と見られないからこその幽雅さを持っていた。
 さとりがその気になれば今の光景をもう一度想起することが可能かもしれないが、僕は考えた結果断ることにした。
 再現してもそれは本物ではない。
 けど、あれはそこにあるだけでいい。目指すものがそこにあるだけで、僕はそこに向かっていける。
 永遠に追いつけないほうが、満足しないほうが向上心を伸ばし続けるだろう。
 時代に取り残されないためには、常に新しいことを考えなければいけない。
 安易にあれらを手にしては、その考え自体が消えてしまいそうな気がする。
 僕はそれが怖かった。
 道具達に感謝の言葉を返したいのなら、彼らを使ってくれる誰かを探してやるのが香霖堂店主としての正しい返礼だ。
 だが、その前に……

「ありがとう、さとり。君のおかげで僕は一つ成長できた気がする」
「……こちらこそ、どういたしまして」

 照れているのか、そっぽを向いて僕の言葉を受け取るさとり。僕は、さらに続けた。

「君の力は忌み嫌われるものかもしれないけど……僕は、そう思わない。この光景を見ることが出来た切欠に、そんなことは言えない。だから断言するよ、さとり。誰からも嫌われる恐怖を体現する古明地さとりはもういない。少なくとも、僕は君のことを嫌わないからね」
「んなぅ…………」

 暗闇の中でもわかるほど、頬を紅潮させるさとり。褒められるのに慣れていないのは当然か、ならもっと褒めることにしよう。
 紡がれる賞賛の言葉にいちいち反応するさとりを楽しみながら、僕は口元が緩むのを自覚する。
 どれだけの時間絶賛していたかわからないが、肩で息をするさとりを見やり流石にもう寝ようかと提案する。
 その台詞に少しびくつくさとり。ああ、言葉が足りなかったな。

「大丈夫。客間と寝る場所は違うから、変に慌てることはない」
「そ、そう。ならいいわ」

 さとりも少女なわけだし、配慮が欠けていたな。
 霊夢や魔理沙、それに前にお空を泊めた時はそういうことを言わなかったし気にする必要はなかったが、これらが異常なだけで女性としてはさとりの反応が普通だろう。

「それより、掃除はちゃんとできる? 私はもう動かないわよ。止めたのに運び出すんだもの」
「それについては悪かったと言わざるをえないな。大丈夫、一人でできるさ。感情のままに動いた結果だし、これくらいは僕がやる」
「そう、偉いわね」
「幼い子供か、僕は」

 お返しとばかりにからかっているのか、そんなことを言うさとり。
 やれやれ、常連に感化されて配慮に欠けた結果か。これからは気をつけよう。
 軽口を叩き合いながら、僕はその日の就寝を迎えた。
 ちなみに考えることが多く、寝るのがいつもより遅くなってしまったと追記しておく。





 森近が寝入ったときを見計らい、私は彼の部屋に侵入した。
 メガネを外し、子供のような寝顔をさらす彼にいつもの皮肉げな表情はない。穏やかな顔だ。
 けど、夢幻の篝火を見たときには及ばない。
 ああ、なるほど。
 保存できない、二度と見れないからこその価値という森近の言葉が今になってわかる。
 記憶の中のあの笑顔は、焦がれるからこその美しさだということを。
 でも、私は森近と違う。
 違うから、また見たいと思う。
 そのために出来ること――それは、森近の中の私の立場を変えることだ。
 夜の空気に、言葉が溶け込む。
 彼が答えることはないので、私は安心してその名をつぶやいた。

「――霖、之、助」

 森近……いや、霖之助という名前をかみ締める。
 古明地さとりは、私は霖之助に好意を持っている。
 お燐を切欠に得た、私の耳に飾られたピアス。この恩恵を受け、能力に関係ない会話によって私がどれだけ救われたことか。
 語り合える相手がいる喜びを教えてくれた。
 それだけじゃなく、友達にもなってくれた。
 あのスキマ妖怪は私の霖之助に対する気持ちは友情と愛情が混ざっていると言っていた。
 再度尋ねられても、どちらかに重きを置いたちゃんとした答えは言えないと思う。
 この感情が、霖之助が道具に抱くような恋ではないとは言い切れないからだ。
 でも、どんな意図であれ霖之助のことは好きだと言える。
 まずは呼び名から変えてみよう。
 ゆっくり、少しずつ距離を詰めていけばいい。気持ちに白黒をつけるのは、それからでも遅くない。
 ピアスという導火線によって地霊殿と香霖堂は繋がった。
 あとは種火(わたし)がゆっくり着火していけばいい。
 雨に消されることがないように。線が途中で切れてしまわないように。
 ゆっくり、大事に進めていこう。
 ぐっと、拳を握る。
 その中に想起した、小さく芽生えた奇跡の欠片を握り締め、それを自分の胸に寄せる。


 ――どうか、この気持ちが夢幻ではありませんように。
 その願いを込めながら、私は心の中でそうつぶやいた。












「それじゃあまた来るわ……霖之助」
「…………ああ、またおいで。さとり」




画像提供:Chama





<了>




このお話にもイラストを描いてくれた方々を紹介します。
同じくpixivですが、見れる方はどうぞ!
黒の彼方さん Chamaさん 晨風さん

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
noblenova☆gmail.com←☆を@に変えて送信お願いします。
バナーは目次の中にあります。

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  お礼画像はこちらです。
  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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