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マウス・ツーマウス

 雪によって鈍った妖精の代わりにウグイスが声を鳴らす。
 鈍重な体と気分を引き連れる冬は雪解けを皮切りに移り変わり、暦は新たな舞台へ差し掛かっていた。
 穏やかな眠りの後は緩やかな覚醒である。
 一新した白によって失われた幻想郷の色は天然の息吹を吹き込まれ、色鮮やかな景観を見せている。
 花咲き乱れた春爛漫、まさに季節は春の到来だった。
 外ではそんなことになっているが、春眠暁を覚えずという言葉があるように春の夜は寝心地が良く夜明けになっても中々目が覚めないものだ。
 ゆえに、香霖堂を開くのに若干の誤差が出るのも当然である。
 幸いと言っていいかはわからないが香霖堂にはあまり客が訪れないので、遅めの起床による本日の開店が昼前だったとしても何ら影響はないということだ。
 年末は掃除しかしなかったし、今日は倉庫の店卸しでもしよう。
 カラン、カラン。

「む、危ないな。店の人かい?」

 内側から入口の扉を開けた僕の耳に届いたのは、カウベルと誰かの声だった。
 そこにいたのは、両手に細長い棒(しかも、棒の先は何かを象るように歪曲している奇妙なものだ)を携えた、灰色の髪の少女だった。
 頭部から生えた耳の形からして、彼女は鼠の妖怪らしい。

「おやすまない、ぶつかりはしませんでしたか?」
「大丈夫。それより、道具が欲しいんだ」

 来訪者は久しぶりのまともな客のようだ。
 僕は倉庫のことを頭の片隅に寄せながら、鼠の妖怪を店内に迎える。

「さて、どのような品物をお求めでしょうか」
「手で掴めるくらいの大きさの宝塔を所望する。宝塔自体は知ってるかい? 仏塔とも言って……簡単に言えば、和製ピラミッドの下に宝玉と設置台を接着したようなデザイン――」
「噛み砕いた説明をしなくても大丈夫だよ。それ自体は知っている」
「手間が省ける。私が欲しいのは、毘沙門天の宝塔だ」

 簡単に言えば墓石のようなものだ。一説には釈迦の墓標として建てられたとも伝えられ、信仰の対象としての機能も果たす代物である。最も知名度が高いものとして、毘沙門天の持ち物として知られた一品だ。
 しかし宝塔か。時期は忘れたが、拾った覚えがある。僕が持つ宝塔と言えば確かにそれしかないが、妖怪がそんなものを必要とするとは思えない。
 疑問に時間を使う中、鼠の少女は急かすように倉庫のある方角を指した。

「私のダウジングでは、この店の倉庫にあると告げている。保管した場所を忘れたなら、協力するけど?」
「いやいや、勝手に倉庫に入られたら困るよ。少し待っていてくれ、探して来よう」

 僕は少女に待機を告げると、収納した場所を思い返しながら倉庫へ向かう。
 順調に増えて敷地を埋める非売品の数々が収められた倉庫へたどり着き、宝塔の無事を確認する。
 毘沙門天の宝塔。用途は信仰を集める。
 僕の能力はこれを本物と判断した。つまりは正真正銘の毘沙門天の持ち物である。
 毘沙門天と言えば武神のイメージだが、僕のような商売人なら財宝神としての加護のほうが強い。拾ったときはお守りぐらいにしか考えていなかったが、やはり毘沙門天は僕に福を授けるありがたい神様だったようだ。
 店内に戻れば、尻尾を絶え間なく揺らす少女の姿があった。そう時間をかけたつもりはないが、急ぎの用事なのかもしれない。焦るのはともかく、尻尾の先に釣られた籠の中に入っている小ネズミを見ていると、気分を悪くしないのか、とどうでもいいことを思ってしまう。
 ん、ネズミ?……なるほど、そういうことか。

「お待たせ。こいつがご注文の品だよ」
「ああ、良かった。私の主がこれを落としてしまってね……保存状態も悪くない。大事にしていてくれたみだいだね」
「仮にも財宝神の持ち物だからね。大切にするのは当然だ」
「…………それはそれは。いくらだい?」
「おや、ちゃんと料金を払ってくれるのか。落し物だから返せ、と言われるくらいは覚悟していたが」
「元は迂闊なご主人様が悪いが、生憎あの方は責任感が強くてね。何もしないと逆に怒られてしまうんだよ。ま、保管料込みってところかな」
「話せる相手で嬉しいよ。そうだね……いや、値段は君に決めてもらおう」

 料金を提示すると、少女ははあ? と呆れた声を漏らす。
 目を瞬かせるのも一瞬、すぐに双眸が細まり僕を睨みつけてくる。
 微風のようにそれを受け流し、僕は説明を続けた。

「毘沙門天の宝塔の持ち主である『ご主人様』……さぞかし、縁起の良い人物なんだろうね」
「……………………」
「宝塔は毘沙門天の加護の象徴。これは信仰する者への福を授けるということ。つまり、これを保管していた僕にはその恩恵に預かる権利はあると思いませんか?」
「随分と過程を無視した強論だ。あとうすら寒い敬語は結構。たったそれだけのことで、過剰な恩を預かろうとする気かい? 随分と小賢しい真似をするね」
「商売人は小賢しくてなんぼだよ。その辺の駆け引きすら、毘沙門天は許さないってことかい?」

 苦虫を噛み潰す表情を作る少女。僕とて久しぶりの臨時収入のチャンスを逃すほど愚かではない。

(二束三文で買い叩くのは簡単。ご主人様は宝塔の行方を細微な点まで言及はしないはず。だが毘沙門天の福の信仰の部分を出された時点で好む好まぬに関わらず、私は宝塔の価値に等しい金銭をこの男に払わなければならない、か。ならいっそ……いや待て待て、金で解決できるなら楽なものだ。時間もかけられないことだし、今は素直に従うべきだろう。それに、金銭を持ちかけたのなら、金銭で決着をつけるのが正道だ。問題は、いくらで引き取るかだが…………)

 少女はかぶりを振って反論しようとするが、僕には聞こえないほどの声量かつ言葉を飲み込んでしまい結局吐き出されることはなかった。代わりに、微かな苛立ちが視線に混ざる。
 
「いいや、全く持って君の通りだ。商売の駆け引きを許さぬほど毘沙門天は狭量な神ではない。迂闊だったね、金銭を用いた取引を持ちかけた時点で私が不利じゃないか」
「貨幣を用いた商いだ。何もおかしいことはない。かといって、先ほど君が言ったように何もせず返してもらう都合はない。どの道、こうなることは変わらなかったろうさ」
「それを差し引いても君の強欲さにはあきれ果てる。一度閻魔に説教してもらうことをオススメしておく。何なら口添えするよ」
「数百年後辺りになったら頼むよ。さて、こうして問答をしていても結局は問題を先送りにするだけだが?」
「わかっているよ。全く、とんだ相手に拾われたものだ」
「商売人としては、褒め言葉だね」

 難しい顔をして黙り込む少女。
 直接言ってはいないが、僕の言わんとすることを理解しているあたり、この妖怪少女は機知に富んでいる。
 何より、毘沙門天の宝塔を求める鼠という時点で彼女のルーツが知れるというものだ。
 古来中国の唐の時代には、鼠は毘沙門天の使者として見なされていた。
 理由として、当時のある国の王が周辺の国の侵略を受けたさい、毘沙門天に祈りを捧げ金銀異色の大鼠を祭ったことで、敵国を何千何万の鼠が襲ったという記述がある。王はこの鼠の恩を感じて、いよいよこれを祭り多くの福徳を獲た。ゆえに鼠は毘沙門天と大きな縁を持っている。
 日本では出雲神話においてスサノオの知略から大国主を助けたとして、鼠は大黒天の使いとなっている。国によっては異なる諸説もあるというわけだ。毘沙門天からしてみれば、どれも真実であることに違いない。神は分霊といった自分の分身を生み出すことが出来るのだから。
 そしてこの少女の語る、毘沙門天の宝塔の持ち主であるご主人様……毘沙門天本人は流石にない(そもそも無くさないはず)だろうが、その信仰による力を得た何かであろう。予想としては、毘沙門天の使いとされる寅か。
 寅が日本で毘沙門天の使いとされる理由は、聖徳太子が物部守屋討伐をしようとしていたとき、寅の年・寅の月・寅の日・寅の刻に毘沙門天が現れて物部守屋討伐の術を授けた、という説から生まれたものだ。先の鼠同様、これらのルーツから毘沙門天の使いは寅とされ日本ではそんな逸話が残っているわけだ。
 ともあれ、目の前の鼠はおそらく毘沙門天の由縁を持った妖怪なのだと僕は推測する。そうでなくとも、僕の話の裏を理解する程度に頭が回る。 
 だからこそ、僕はこの手段を提示したのだ。
 あえて宝塔の値段を相手に決めさせるというのは、少女にとっての主に対しての信仰心の深さを測るものだ。単なる妖怪であれば二束三文で引き取ったかもしれないが、この少女は見た目の幼さ以上に賢い。保管料と言って落し物にしっかりと値段を払おうとする辺りが、良い証拠だ。
 少女が毘沙門天の加護を受けているというなら、半端な値段は出さないだろう。
 何せ、対価が己への利と比例するのだから。
 
「これくらいは?」
「君の言った通り、こいつは本物の毘沙門天の宝塔だよ? 信仰の象徴とも言える代物に、これはどうかと思うがね」
「それは君の中の値段だろう。世間における金銭価値と君の価値をイコールにするなど愚かしいと思わないかい?」
「時間とともに金銭の価値が変動するのは世の常だが、最近はそんな暴落した覚えはない。それに財宝神の持ち物、それも本物だ。後の利益を考えれば、安いと思わないか? けんどんは君に似合わないと、僕は思うがね」
「そうだろうね。そして毘沙門天は残念ながら、どこかのけんどんな男に福を授けるほど格式高い」
「全くだ。それでこそ神の一門に相応しい。君だってその恩恵を求めているなら、自然と答えは出るものだろう」
「誇らしいくらいに素晴らしいが、不釣合いな輩にまで些か利を与え過ぎて困りものだね。……これで」

 そう告げる少女の声には抑揚がない。
 諦観も入っているような気もするが、静かに金額の提示を繰り返すあたりまだ余裕があるのかもしれない。
 僕は少し考え込む。
 彼女は泥棒や強盗の類ではない。きちんと支払いをする「客」だ。だとすると、この辺りが引き時だろうか。
 そう考えていると、少女はさらに値段を上げる。
 その内容に僕は思わず言葉を失った。何故なら、予想よりも遥かに多い金額がそこに置かれていたからだ。
 意外である。もう少し論戦して粘るかと思っていたので拍子抜けだが、別に撤回する理由もないので即決した。

「商談成立だ」
「光栄だね、ミスター。お金は君に預けておこう」

 受け答えする少女の唇の端はつり上がり、若干の不満さがそこに残っていた。
 鎮静の意味を込めて何か言おうとするが、少女は宝塔を受け取るとさっさと店の入口へきびすを返した。

「今日は時間がないのでここで失礼するが……また来させてもらうよ、店主」

 剣呑な光を帯びた視線にさらされ、僕は顔をしかめる。
 スペルカードルールのように、恨みっこなしが幻想郷の流儀だが、どうにも目の前の少女はそうもいかないらしい。
 しかし、客としてまた来るなら大歓迎である。
 毎度あり、と言葉をかけるが返事はカウベルの音だった。
 せっかちだな、と思いながらも僕は臨時収入をどう使うかに思考が回り、以降はそのことを気にすることはなかった。






 人里に新たな寺が建ったらしい。
 先日あった、空に浮かぶ謎の影についての異変を解決したと霊夢と魔理沙から聞いたときのことだ。
 雑談の一つとしてその話を聞いていた僕は、その寺が毘沙門天を奉るものだと聞いて先日の妖怪鼠が関わっているんだろうなと思い返す。宝塔を売ったことは言わなかったが、あれが関連しているのは間違いない。
 また来ると言っていたが、今度は例のご主人様とやらを同伴して来るのだろうか。
 その情報を仕入れた数日後、鼠の少女は言葉通り再び香霖堂へと訪れた。

「やあ、この間の予告通り顔を出させてもらったよ」
「いらっしゃい。宝塔は役に立ったようだね」

 おかげさまでね、と澄まし顔の少女。
 一瞬の沈黙が生まれるが、間を縫うように少女は自己紹介を始めた。

「先日は火急の用事があって紹介もなかったが……改めまして、私はナズーリン。最近人里に建てた、命蓮寺に住まわせてもらっている妖怪だ」
「これはご丁寧に。僕は森近霖之助。ご覧の通り、道具屋香霖堂の店主だよ」

 丁寧な言葉に何か含むものを感じながらも、僕も対応して返す。
 しばらくは他愛のない話に興じていたが、ナズーリンが店のカウンターに様々な道具を置いたことで流れはそちらに傾いた。

「これは?」
「私が拾った道具だよ。命蓮寺も建設したてで色々と実入りが必要だから、出稼ぎしているんだ」

 こいつらでね、と両手に携えたダウジングロッドや首から提げるペンデュラムを指すナズーリン。
 妖怪が使うアイテムだ、おそらく僕の能力同様に探し物に適したものなのだろう。

「見せてもらっていいかい?」
「どうぞ。そのために持ってきたんだ、じっくり見てくれ」

 商談を始める前に、僕はナズーリンが持ち込んだ道具の鑑定に始める。
 ダウジングによる探し物を稼ぎとしているだけあってか、カウンターに置かれた品々は全てが標準以上の価値を持つものであった。だが、わざわざ非売品にしたいというほどの物はあまりない。
 少なからず落胆すると、ナズーリンは目ざとく指摘してくる。

「お気にめさなかったかい? これでも探し物は得意な身の上なんだが」
「いや、別に価値がないわけじゃないよ。気にしないでくれ」
「そうか。ああ、無縁塚で道具を漁るなら、もう少し粘ってみることをオススメしておくよ。そいつらは全部そこで拾ってきたものだからね」

 その言葉に僕は眉をひそめる。
 無縁塚での道具と言えばつい最近行ったばかりだ。ただ、あまり良い物はなく墓参りに行っただけに等しいものだった。
 どういうことだ、と疑問に思いつい口にしてしまう。

「今日これを手に入れたのかい?」
「そうさ。死者は少なく、荒されてもしていないから見つけるのが楽だった」
 
 誰かは知らないが私のためにわざわざありがとう、と口元を歪めるナズーリン。どこで僕の仕入先の情報を手に入れてきたか知らないが……先日のお返しということだろうか? わざわざ口に出す辺り人を小馬鹿にしている印象を受ける。
 こういう類のものは無視するに限る。僕はナズーリンの台詞を右から左へ流れるように受けつつ鑑定を続けた。

「忘れていた」

 あらかた鑑定を終え、評価をナズーリンに言い渡そうとしたそのとき、彼女は両手に持ったダウジングロッドを片手に束ね、もう片方の手を四角い型抜き穴のあるスカートの中に入れる。何かを取り出すかと思ったが、拳を握ったままこちらに突き出すだけで、何も持った様子はない。小さな宝玉か何かだろうか。
 
「これも頼むよ」

 握った拳を開くと、手のひらの中に入るほどの小さな棒がそこにあった。もっと高価なものかと思っていたので、少し落胆する。

「間に合ってるよ」
「え? 君にはこれが単なる道具に見えるのかい?」

 きょとんとした顔を作るナズーリン。ようやく感情の伺える顔をしたと思えば、まるで状況に合っていない。
 僕はしかめっ面を浮かべながらも、客の要望に答えて棒を受け取る。
 これは……!

「…………本気かい?」
「さすが、噂に違わぬ鑑定眼だ。御見それしたよ」

 どこまで本気で褒めているのか知らないが、感心したような声を上げるナズーリン。
 僕の能力がこの道具の名称と用途を教えてくれるが……先日の宝塔の件を思うと目の前の妖怪少女が何を考えているのかわからなくなる。
 毘沙門天の宝棍。用途は武を示すこと。
 宝塔と対を成す毘沙門天の象徴……これを売りに出す、だって?

「そこまで貧困しているようには思えないが?」
「いや何、宝塔を大事に保管しておいてくれたお礼らしいよ。私からしてみえば、憤然たる面持ちをせざるを得なかったがね」
「……君のご主人様、とやらのことか」
「気にすることはない。ご主人様は自分の鉾を持っておられるし、あまり必要としていなくてね。ま、毘沙門天の福の加護を受けたんだ、素直に買い取ってくれ」
「お礼じゃないのか?」
「何の対価もなく払う気かい? 商売人なら、それらしく引き取ってもらいたい」

 微妙に納得がいかないような気もするが、加護うんぬんを持ち出したのは僕だ。そう言われてしまえば反論はない。
 先ほどの道具と合わせて、適正価格に加えいくつか物々交換を見繕ってそれを引き取る。前にナズーリンに売った宝塔のお金はまだ余っているし、買取り自体は容易かった。

「はいどーも。遊覧船が人気といえ、こうした稼ぎも馬鹿にはならないから助かるよ」
「何、真っ当な客なら大歓迎だ。また何か見つけたら鑑定しよう」
「それは助かる。そうだ、どうせならさっきのに隠された仕掛けを見せてあげよう」

 ナズーリンが先ほどの宝棍を手に取り、僕の前に突き出す。そして拳を開いた瞬間何の前触れもなく僕の目の前に細長い棒が現れた。
 空間を操る能力? と驚きに目を瞬かせ身を竦めるのも一瞬、すぐに仕込み棒だったことに気づく。棒の先端、この場合は石突きがその部分に小さな突起物が出ている。そこを回すことで、中に圧縮されていた本体が飛び出す仕組みである。
 ハンカチをかけ、取った瞬間にステッキが現れるような手品芸の一つ。……これを僕に見せてどうしようと言うのだろう。彼女なりのジョークのつもりか?

「シルクハットがさぞかし似合いそうだ」
「観客兼助手に褒められてると照れるね」

 だったら、もう少し照れた表情をすればいいものを。
 動いたのは唇だけで、顔の表情はほぼ動じていない。これでは感情を伺うことすら困難だ。

「しかし、毘沙門天にも遊び心があったのか。まるで手品じゃないか」
「そこで暗器と言わないあたり、君は戦闘の心得には疎そうだ」
「物騒な話題は避けて生きているからね」

 色々あったが、ナズーリンはあのメイドと同じくらいに良い顧客になりそうだ。探し物が得意と言っても、それが何であるかの判断は僕のほうが適している。持ちつ持たれつな関係を築いていきたいものだ。

「とはいえ、まだ少し目標には足りないんだ。協力してもらえるかい?」
「構わないが、まだ何か隠していのか?」
「いや、協力というのは違うかな。これは義務だ」

 買い取った道具を片付けていると、ナズーリンはもったいぶったような物言いをしてくる。さっきのといい、一度に全部出せばいいものを。

「僕は別に毘沙門天の信徒ではないんだが?」
「ばっかみたいだね、君」

 呆れたようにやれやれとお手上げするナズーリン。……妙に、胸騒ぎがした。

「君は毘沙門天の加護を受ける権利を主張した。そして、それに応じた対価を受けた。だから『義務』なんだよ。いわば、君は毘沙門天というブランドを利用して商品を売りつけたんだ。提携した以上、こちらにも当然君の恩恵を受ける権利がある。ま、変な言い回しは止めて率直に言わせてもらおう。お布施を命蓮寺に払ってもらおうか」

 そう言って腕を組み、ぎらついた視線を僕に向けながら徴収を催促してくる。
 言いがかり、というわけではない。僕は宝塔を売るときに毘沙門天の信仰をダシにしてナズーリンに売りつけた。宝塔の価値がそのままナズーリンの信仰に比例すると思い、実際高値で買い取ったからだ。

「ブランドも何も、あれは正真正銘毘沙門天の宝塔だろう? 単に本物を売っただけじゃないか」
「勘違いしてるよ、君。毘沙門天の加護は信仰する者へのものだ。君が加護を受けたというならつまりそれは、毘沙門天への信仰に他ならない。信徒でなくとも、お布施を渡すには十分な理由さ」

 随分と過程を無視した強論……だが発信源は僕である。
 ここまで金銭に拘る相手は久しぶりだ。ひょっとしたら、香霖堂開店以来、初のことかもしれない。
 迂闊だったな。いつもツケで済ませる相手、金銭の高低に関係ない客しか相手にしてこなかった油断。
 授業料、ということでここは素直に払っておこう。

「……はい、これがお布施だ」
「おやおや? 些か少ないようにも思えるがね。宝塔の保管を任せられるほど信心深いというのに、上が相応しい対価を払わねば下への示しがつかないじゃないか。上司の給金が低いと部下が苦労するだろう?」
「一番上としては、負荷が少なくて楽だろうに」
「馬鹿にしてるのかい? 神様の力量は信仰心に比例する。君の意見は人間の枠組みでしかないよ」
「少ないお布施でも、願いがあるなら神様にとっては些細なことだろう」
 
 ハッ、と吐き捨てるナズーリンをよそに、僕自身も拙い言い訳だと感じていたので静かにお布施の額を上げていく。
 神様は自分勝手気ままに幻想郷に生きる妖怪の一種だが、毘沙門天となれば話は別だ。
 毘沙門天は武を司るほか、財宝神としての説もある。
 財宝神ということはつまり、それに相応しい宝の数々を所持し維持する必要がある。さて、その維持費はどこから生まれてくるか。
 無から有を生み出すわけではないのなら答えは一つ。他所から集めてくるのである。それゆえ、財を所持している者にこそ毘沙門天への貢物が必要だ。僕の倉庫にある品々など、本気で毟り取られかねない。
 本来なら、僕が渡す理由がないのだが、性質の悪いことに僕自身が毘沙門天の加護を受けた、なんてことを言ってしまった。そこで重要なのは加護を受けることを「願って」しまったということだ。
 自身の発言を省みると、どんな些細な願いでもそれが神様にとっての信仰に当たる。信仰による恩恵を受けたのなら、それに相応しい感謝を提供しなければならない。それが、神様の和(にぎ)を疎かにしたとして荒(あら)の影響を受けてしまう。
 結局――僕は宝塔で得た金銭の大半をお布施として差し出した。収入としては、本来の十分の一である。
 
「意外と持ったものだね。ま、そのくらいの性根でないとふっかけるなんて発想もないだろう」
「けなされてるのか、褒められてるのか微妙なところだね」
「褒めているよ。私としては中々面白い話題だった。……どうだい、いっそ本気で入信を考えてみるのは。今ならサービスして私が付きっ切りで指導してあげるよ」
「口は上手いが冗談は下手のようだね」
「何、嫌がらせだ」
「面と向かって言う台詞じゃないな」

 くつくつとナズーリンは笑うが、僕にして見れば収入が減った大損である。ま、元々臨時収入だったし何もないよりマシか。 

「それでは失礼する。また道具を手に入れたら売りに来るよ」
「勧誘やお布施以外なら大歓迎だ」
「そうするよ。あと、これは元に戻しておこう。プレゼントに変わりはないから、しっかり『仕掛けを作動させる前』の状態で、大事に保管しておいてくれ。ま、君は収集家らしいから誰かに売ることはなさそうだけど。それじゃ、失礼」

 ナズーリンは宝棍を手に取り、ギミックを操作して拳の中に入る小ささへ戻し帰っていった。
 なんだかんだで上手く言いくるめられた気もするが、悪いことではないだろう。
 カウベルの音を背景に僕は改めて宝棍を取……

「………………ん?」

 僕は小さくなった宝棍を両手の中に包み、凝視する。
 一秒……五秒……十秒……しばらくそれに注目し――やがて溜め込んだ感情が激発した。

「あのネズミ……!」

 急いで店の扉を開けて周囲や空を見渡すが、ナズーリンはどこにもいない。すでに帰った後のようだ。

「やられたな…………」 

 店に戻ってカウンターの近くに備えていた椅子に座り込む。
 宝棍を宙に投げてはキャッチする作業を繰り返しながら、僕はこの状態の用途について改めて考える。
 その用途とは武を示し、『信仰心』を高めるもの、である。
 よくよく考えてみればおかしいことだ。
 神の恩恵はそんな難しいものではない。願い事を言って貰えるだけで信仰心が集まるので、神にとっても都合が良い。だから金銭に関係なく、その『行為』こそが神にとってのお布施に当たるからだ。
 それに信仰しないことで神様が消えてしまうのは、願う者が悪いわけではない。営業の足りない神様……ようははっきり利益を示さないほうが悪い。その都度、都合の良い神様に願いをするだけで十分なのだ。
 だが、信心深い信徒にはこれは通用しない。
 自分の祭る神こそが絶対であり、それ以外は気に留めないのだ。
 ここで関わってくるのが、先ほどの宝棍の用途である。
 僕が引き取る前、つまりギミックを作動する前は単なる武器に過ぎない。だが、一度仕掛けを解いてしまえば、用途は変わり所有者の信仰心を高める効果として機能した。
 所有者とは、引き取った僕のことである。
 ナズーリンは最初に用途を隠した状態で僕にこれを売りつけ、所有者になったところでもう一つの用途へ変化させたのだ。
 信仰心を高める機能を持つ道具の所有者である僕は、その力の影響をもろに受け信心深い……かはわからないが、毘沙門天へある種の盲信を抱いてしまった。ゆえに、高いお布施を払ってしまったのだ。 
 信仰心の底上げによる盲信。魔理沙達の話に聞く、噂の風祝のように一種の思い込みに陥ってしまった。
 なまじ知識があっただけに、根拠も合わさってあのざまだ。他の神のことをないがしろにすることが、どれほど危険かを金銭的に身を持って知った。

「これから、彼女には注意してかからないとな」

 けれど、ちゃんと用途を元に戻し僕に気づかせてくれた手前、意趣返しのつもりでそれ以上のことはないのだろう。彼女にしてみれば、お返しが出来たので十分だったのかもしれない。
 ある種洗脳にも等しいこの道具……僕にだけ使い、それ以外に利用することはないという表れだろう。こんなものが出回ったら、宗教戦争でも起きてしまいそうだ。
 それに宝棍を置いて道具を売りに来る辺り、香霖堂をちゃんとした用途で利用する気はあるようだ。
 なら、今度来店した時に今度はこちらが何か仕掛けてやろうか。相手の頭の回転を考えると、ナズーリンに一杯食わせるのは骨が折れそうだ。しかし、こうして知恵の経験値を稼ぐのも一興か。
 だが、こんな危険な道具を売るのはまずい。
 新たな非売品を抱えて倉庫へ向かいながら、僕は来るべきナズーリンとの舌戦に備えるべく頭を働かせていた。





<了>

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プロフィール

鳩

Author:鳩
ついにブログ開設です。
オリジナル小説のほか、東方projectのSSを主に書いています。
最近はジャンル問わずの投稿小説サイトであるArcadiaや、東方SSサイトの大御所、Coolier-クーリエ-東方創想話で「鳩」名義で活動中。森近霖之助を主役に書いてます。
リンクはフリーです。
何か連絡があればこちらへどうぞ
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  画像提供:会帆
東方・森近霖之助<いらっしゃい。折角だから、訪問記録をつけさせてもらうよ。


上記絵文字提供:うるち

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